日常茶飯事とCDコレクション
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大坪砂男の粋 + ハット・フィールド & ザ・ノース

 体が熔けるんじゃないかと思うような気温が続く。今年の天気は極端で、「経験したことのないような大雨」が中国地方や東北地方で降るかとおもうと、一方で6年ぶりに40℃を超えるような気温が山梨でも高知でも観測される。自分が住んでいるところは、雨は少なく太陽はじりじりと肌を焼く、外に出るなといわれているようなもんだ。ということで、冷房の掛かった部屋で昼寝ばかりしている。

a0248963_15594669.jpg 読書はのろのろと、それでも少しずつ積読状態が解消されていく。大坪砂男も読み進めていて、3巻収録の『私刑』は久しぶりに読み返して、へぇ、こんな話だったのか、と改めて感心した。大坪といえば『天狗』や『零人』のように観念的な論理の積み重ねみたいなのばかりだと思っていたのが、こんな日活の無国籍アクションのような作品を書いていた訳。昔、全集版を読んだ若い頃は、この面白さが判らなかったのだろう、余り良くない印象ばかりが残っていた。
 戦後のやくざ世界を描いた本作は、一人称の主人公ももう一方の主人公の清吉もなかなかカッコ良い、特に一人称主人公の肝が据わっているのに女にはある意味弱い、潔癖なところなんぞ、なかなか良い造形。清吉もその世界を厳しく生き抜いてきたことを座布団の挿話で見事に描き出している。お桑という小娘の気風の良さ、お侠さもなかなかで、それが運命に絡め取られ、最後に全ての人間関係が一挙に明らかになると同時に、さっと幕を下ろす終末も、若干書き急ぎの感じは無きにしも非ずだが、例えば『天狗』の最後の一行と同じような余韻がこの作品の最終行にもある。多分、初読時は『天狗』の印象が強く、高踏な作家と思っていたのだろう、それがこんな世俗的な(やくざ映画の如き)作品を書きゃがって・・・と反発するところがあったのだろう。
 探偵小説的なトリック(黄金仏の隠し場所)の面白さとべらんめぇ調の文体のリズムもあって、スルスル読める割には、最後が判り難いといえばその通りで、その人間関係が若干因果話めいてしまったのは、根が真面目だったからか、それでも「探偵作家クラブ賞」を受賞するだけの価値のある作品ではある。
 4巻の『零人』もぽつぽつと読んでいる。『零人』、再読してみると、ちょっと観念的な会話が却って幼稚に見えてしまって、ちょっとガッカリ。決して出来が悪いと言うわけではないが・・・・。昔読んだときは何かもっと凄い印象があったような気がするのだが(中学生のガキを驚倒させる程度の高尚さ、といったところか)、まぁ、初読時から40年も経てばそんなもん、なのかも。

 ゲームは、『逆転検事2』なかなか進まず。やっと最終話に辿り着く。感想は後日。

a0248963_160544.jpg さて、音楽は Hatfield and the North の一枚目、1973年作品。Virgin レーベルの初期作品のひとつで、非常に印象的なジャケットを持つ。CDサイズだとどのジャケットも迫力に欠けるが、LPだと30cm × 30cmと画面が大きいので、ジャケットの持つインパクトは今とは比べ物にならない。Virgin の初期作品だと最も有名なのが Mike Oldfield の Tubular Bells が映画『エクソシスト』に使われて一躍有名になり、その影響で Henry Cow や Hatfield の一枚目が目出度く日本盤としても発売されることになった。もともとそう売れるような音楽ではなく、そういう意味では Tubular Bells 様々といったところか。
 Hatfield は所謂カンタベリー派の有名どころの集まったバンドで、メンバーは Phil Miller (g、Wyatt の結成した Matching Mole に参加していた)、 Pip Pyle (ds、Gongの元メンバー)、Richard Sinclair (b, vo、Caravanの元メンバー)、Dave Stewart (kbd、 Matching Mole と Caravanの元メンバー)。もともとは、Steve Miller がキーボードとして参加していたのだが( Phil Miller の兄弟とのこと)、レコーディング時にはこのメンバーになっていた。
 ジャズ的というか、インスト中心の演奏で、流れるような感じ、特にエレキ・ピアノが印象的。印象的な歌曲があるわけではないし、曲も独立していなくて組み曲風に演奏される。 Sinclair の声も(悪くはないが)特徴的なところがないため、大衆に受ける要素は皆無といってよい。かくいう自分も、出だしから聴けば Hatfield と判るが、一部を切り離して聞かされると『どっかで聴いたような音楽だなぁ』と思う程度、一度テレビのニュースの音楽で彼らの音楽が流れたときがそうだった。
 4曲目の Calyx は Wyatt の声が充分に聴ける佳曲、素晴らしい出来。Wyatt のアルバムにも収録されている。The Northettes という女性コーラス隊も活躍しており、そのうちの Barbara Gaskin はその後 Dave Stewart と長い活動を行うことになる。
 とういことで、何度も聴いているとスルメのように芳醇な(?)風味が口いっぱいに広がります、などと適当なことを書いているが、事実その通りで、美声や覚え易いメロディーがある訳ではないので聴きこまないと良さが判らないところがある、その割には、読書のBGM としても良く使ってはいるのだが。

 来週は、お盆。もともと旧暦の7月15日を盂蘭盆とよんで、祖先供養したもの。一般的な8月13日から15日というのに根拠はないらしい。まぁ、8月には祝日がなく、くそ暑い中働いても生産性が上がる訳もなかろう、ということでお盆が定着したのではないかと思うのだが。うちも初盆ということで、対象となれば面倒なことではある。
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# by ay0626 | 2013-08-11 15:46 | rock

ブログの内容 ちょっと変更 +シンキング・プレイグ (2)

 この頃はとんと音楽を聴かなくなって、本を読んだりゲームをしたり。こんな気分の波は時々あって、一昨年から去年にかけては、本を殆ど読まなかった、そんな訳で音楽は熱心に聴いていたのだろうと思う。まあ、そのうち気分も変わろうというもの、今興味のあることを綴っていけばよい。ということで、音楽の話題はこれから少なめに、1回に1枚程度、これも気分次第ということで。

a0248963_16161363.jpg 幡大介さんの『猫間地獄のわらべ歌』を読む。本格ミステリ・ベスト10の十何位かということで、本屋で見かけて衝動的に購入したもの。ドラクエ7のお陰で、ずっと積読状態であったものが解消された。幡さんはもともと時代小説畑の人で、近頃よくある文庫書き下ろしシリーズを何本も抱えた量産作家のようだ。文章も読み易いが若干垂れ流し的ではある。本書は、連作的な構成になっており、猫間藩の江戸屋敷と本国の話が平行した構成となっている。本格ミステリのパロディーなのは、メタ的な会話が随所に鏤められていることでも明らか。
 【ネタバレあり】2章と3章で語られる「わらべ歌」の顛末、最初の女殺しとその亭主の狼藉が偶発事件であることが明白なため、3人目(江戸屋敷の事件を除く)以降の被害者が「首がない」ことだけで、事件の構造が見え見え。しかし、その割には地の文に「犯人」と思しき人物の心情が、犯人であったらそうは書かないよね、というような文章であるため、「自分が思った推理、ちょっと違うのかも」と思ってしまった。この視点の問題は、ミステリ・プロパーの作家さんだともう少し丁寧に書いたかも。
 4章の館モノのトリックは直ぐに判ったが、5章の性別誤認トリックには吃驚した。196頁の描写が伏線になっていたりして(ホモネタが随所にあるので「これもそのひとつか」と思わせるのがミソ)、先ず先ず満足のいく作品ではあった。特に259頁からのメタ部分、忠臣蔵の四十七士の見方については感心するところしきりで、自分も「老人一人殺すために47人で押し入り斬り殺すなど卑怯千万」と思っていたので、こういう考えもあるのだと変に納得したのである。もともと農耕民族的なところは自分には合わないので(啄木や「絆」のことでも書いたとおり)。
 ちょっと気に喰わないのは、最初の江戸屋敷での死人発生時点で、側室の罪状が明らかにならない積極的な理由がないこと、本国の事件と江戸屋敷での事件が独立して発生していること(江戸、本国で連絡を取り合った形跡がない)の2点。もうちょっと詰めれば凄い傑作になったのかも知れない、残念。【ネタバレおわり】
 こういう作品も偶にはいいですねえ。
 大坪砂男全集4『零人』も出たし、まだまだ積読本は山ほど。

 ゲームは、『逆転検事』を終え、現在は『逆転検事2』へ。やっぱり、携帯ゲーム機には、こうした推理ものよりもRPGの方が似合いのよう。なかなか前に進まない、現実と異なり過ぎるためか、その割には「時効」のように現実的なことが問題になるときがあるし・・・、やり出したのでやってしまおう、とは思っています。9月になれば『エルミナージュ ゴシック』が出るし(PSP版は評判が非常に悪い、その点改善してくれると信じて)、10月には『ポケモンX・Y』が出る。また猿に成り下がるのは目に見えている。

a0248963_16163492.jpg さて、音楽のほうは、Thinking Plague の In Extremis、1998年の作品。前作の In This Life が1989年の作品だったので、ほぼ10年振り、その後も忘れた頃に作品を発表していく。
 メンバーは、Mike Johnson (g, syn)、David Kerman (ds, perc)、Mark Harris (sax, cl, fl)、Deborah Perry (vo)、Dave Willey (b, accordion)、Shane Hotle (p, syn)、Bob Drake (b, vln, vo)、前作と殆ど変わっていないので、音楽の中身も驚くほど変わっていない。ややロック的なところが強調され、音も厚みを増したか。相も変らぬ変拍子の複雑なリズムとアンサンブルの連続で、初めて聴いたときは、「古き良きRIO」などと思ったものだ、そういう意味では今こんな音楽をやっている人たちは極端に少ないに違いない。5UU’s の Dave Kerman が参加、Bob Drake はミュージシャンとしての参加は本作が最後。ベースの Dave Willey は、Hamster Theatre のリーダーでもあり、Drake に替わって本作から Thinking Plague の重要な一角を担う、作曲面でも力のある人。
 ボーカルの Deborah Perry は、Susanne Lewis のようなロリ声、気だるいような奇妙な雰囲気を持った人で、Dave Kerman の一人バンドになった5UU's にも参加。西海岸レコメンの人脈は相当に入り乱れている。
 佳作の並ぶ本作の中でも、3曲目は King Crimson の Lark's Tongues in Aspic Part Ⅱのフレーズが聴こえる、Drake がリード・ボーカルを取る印象深い作品。

 暑い日には、パチンコ屋で避暑ですか、昼寝ばかりですか、そうですか。おっと8月末には Weather Report の未発表ライブが出るとのこと、Jaco・Peter 期というのが若干残念ではあるが(仕方ない、Peter Erskine が編集したということなので)、それでも楽しみ。
 多分、『エルミナージュ』が出たら、矢野徹さんを見習って、このブログも『エルミナージュ日記』にしようか知らん。多分、そこまでマメではないので続かないだろうなぁ。
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# by ay0626 | 2013-08-04 15:59 | rock

大人のロック、洗練された音、歌 ロキシー・ミュージック (2)

 参議院選挙も大方の予想通りの結果に終わった。唯一の原発再稼動政党である自民党が大勝したのに、まだ新聞は原発再稼動を認めないらしい、民意民意と煩いのに、民意が明らかになるとそれは「本当の民意とは認め難い」という論調が大半だ。そもそも、原発の立地している場所では「早く再稼動してくれ」という意見が圧倒的に多いのは事実、再稼動がなければ生活が立ち行かなくなるからだ。周辺はどうかといえば、これが大反対、勿論原発の経済的恩恵に浴せないだけでなく、事故があれば迷惑は直ぐに及ぶ、福島の例を見ずとも明らかなこと。火力発電のためのエネルギー輸入で、貿易赤字も垂れ流して、輸入インフレでデフレを脱却しても、貧乏人がますます貧乏になる結果しか生まないことは、ちょっと考えれば誰にでも判るであろう。
 そういえば、東京で俳優候補が60万票以上獲得して当選してしまうということがあった。原発ネタ一本で、科学的根拠に欠ける話をアジリにアジって、新左翼(何十年も前に出来たのに未だに「新」とはこれ如何)の支援を受けていることまで明らかなのに、60万人以上の投票者がいるなど驚きである。衆愚政治と貶めるのは簡単だが、民意なんてそんなものかも知れない。
 菅ちゃん鳩ちゃんも切れない民主党は完全に退場だし、全く今の世の中に不必要な「生活の党」だの「緑の風」だの「社民党」だのは消滅ないし消滅目前、当然といったところだろう。小沢某、今度は共産党とでも組めばどうか。

 ドラクエ7が終わったので、ちょっとは読書を。西澤保彦さんの『ぬいぐるみ警部の帰還』。ユーモア推理とあるが、ユーモアは少なめ、いつもの西澤流変人オンパレード。「サイクル・キッズ・リターン」、「類似の伝言」、「レイディ・イン・ブラック」の被害者はどれも西澤さんの作品によく出てくる「思い込み激しい型粘着質」の典型で、暗い『彼女はもういない』の犯人のお仲間さん。そうした人たちが、その性格通りの行動を取ることで、犯罪が発生する、殺されるまでのことは誰もしてないが。それにしても、女性陣の現実性(「誘拐の裏手」のお二人を除く)と見事対をなしている。西澤さんの作品では特によいという訳ではないが、サクッと読めました。

 ということで、久しぶりに Roxy Music 。1975年に一旦解散するが、78年に再結成。初期のとっちらかった溌剌さは全くなくなって、洗練された大人の音楽に・・・といえば聴こえはいいが、どちらかといえばよく出来た歌謡曲っぽくなってしまいました、とも感じる。しかし、車の中で Avalon はよく聴いたなぁ。

a0248963_1654122.jpg 1979年、Manifesto 。この言葉も良く聴くようになりましたね、民主党さんはこれで大コケしました。マネキンと本物の人間が大勢写る洒落たジャケット。音楽も相当洗練され、スタジオ・ミュージシャンを集めてやるのと変わらない。メンバーは、Bryan Ferry、Andy Mackay、Phil Manzanera が中心。ドラムは、Paul Thompson であったが、腕の故障で後に交替する。
 全英チャートで7位までいったようだが、自分にとっては非常に印象の薄いアルバム。初期の輝く感じが消えて落ち着いたポップに変化していく過程、音楽には弾けたところがないとなぁ、なんて思う。もっとも、このアルバムを購入したのはほんの4~5年前、一所懸命聴く訳もない。

a0248963_1662582.jpg 1980年、Flesh and Blood 。全英チャート1位に輝く。何といってもジャケットが良い、Roxy の派手目、エッチ目な名ジャケット群にあっても、このセンスは凄いとしかいいようがない。表ジャケットはお姐さん2人しか写ってないが、裏を返せばもう一人、勿論槍が3本写っているから3人いるのかなあ、というのは判る仕組みになっている。これらのジャケット写真は多分 Ferry さんの趣味、そういえば Siren のモデルさんは当時 Ferry さんの彼女だったが、後に Rolling Stones の Mick Jagger のお嫁さんになってしまうのである、よくある系統の話。このアルバムもそう熱心に聴いた訳でもなく、楽曲でも Same Old Scene (映画 Times Square で使用されたとか)が若干印象に残るくらい。全英1位になったのだから、聴き込めばそれなりによいのだろうが、今更ねぇ。

a0248963_1665064.jpg 1982年、Avalon 、大傑作アルバム。このアルバムは出て直ぐに聴いて(どういう経緯でかは忘れたが)、テープに取って(だから多分、貸しレコード屋で借りてきたのだろう)、車の中で流していた。今ほどアーサー王伝説が有名でなく、Avalon って鮑のことか、それにしてはスペルが違うよな、などと呟いていたのを思い出す。勿論、Avalon とは島の名前で林檎で名高い楽園、アーサー王の終焉の地。
 最初の More Than This から絶好調で Avalon など何度聴いても良い。スタジオ・ミュージシャン中心の上手いけれど、歌伴奏そのものの演奏で、別に個々のミュージシャンの名前が気になるということはない。歌が聴ければそれでよいなら、またのめり込んで聴くわけでもなければ、気持ちのよい音。「大人の音楽」は真剣に聴いちゃあいけない、BGMとして、品良く流れて他事を邪魔しないものが一番良いのかも。

a0248963_1671126.jpg 1990年、1982年のツアーの模様を収めた Heart Still Beating がリリースされる。このアルバムには、1981年に John Lennon 追悼のためにシングルで発売された Jealous Guy が収められている。Lennon は1980年12月に殺されたのだが、当時も今も Beatles には全く興味がなくて「あ、そう」という感じだったが、世間ではかなりの騒ぎになっていた。この Jealous Guy は多分最初のソロ・アルバムに収録されていた作品、中学の頃、友人に洋楽好きの奴がいて(多分そいつの兄が好きだったのだろう)、良く鼻歌でこの曲を歌っていた。Jealous Guy が「嫉妬深い男」ということも知らずに。メロディーは確かに良いとは思うが、やはり Mother のほうが好きかな。

 学生諸君は夏休みか。会社でも予算の見直しが始まって、忙しい部署はこのクソ暑い中ごくろうさんなことだが、自分の部署はそうでもない。取れるうちに休暇を取ろうか、とってもやることないしなぁ。
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# by ay0626 | 2013-07-27 14:49 | rock

変容するフリー アルバート・アイラー (5)

 先週は、人が来て何かバタバタしていて書く気にならなかった。それをいいことにドラクエをやり捲くり、遂にラスボスを倒す、激闘87時間!いい歳こいたオヤジのすることではありませんな。

 明日は参議院選挙の投票日、なかなか入れる政党・候補を選ぶのが難しいが、折角この時代を生きているんだから、行って一票を投じてこよう、朝早く、爺さん、婆さんに混じって。

 宮崎駿氏の新作が公開されるとかで、NHKの9時のニュースまでインタビューを流していた。宮崎作品は、娘と行った『千と千尋の神隠し』くらいで、猫バスの出てくる何とかとか、カウンター・テナーが主題歌を歌う『もののけ姫』などはテレビで半睡状態で眺めたくらい。そういえば、もう1作映画館で見た覚えがあるが、題名も内容も思い出せない。思うに、宮崎作品は雰囲気だけで成り立っていて、そういう作品は何とでも解釈できる。頭の良い人が変に深読みして、作者も思っていないような「深遠なる思想」をそこから読み取ってしまうのだろう。一時はやった「世界系」といわれる漫画などもその類、エバンゲリオンは典型。たしかに『千と千尋』の画面は綺麗だし、その場面場面の構図は息を呑むほどのところも多々あったが、あのシナリオは何が言いたかったのか、冷静に見てみれば、案外場当たり的に決めていった感じがする。
 エンターテインメントにあまり理屈を捏ねても仕方がない。しかし、恩田陸さんの『三月は深き紅の淵を』を普通のミステリと思って読み始めて、なんじゃこりゃ!と思ったことがあった。合わぬ世界はあるもんだ、好き嫌いの世界だから仕方がないが、その最右翼が、宮崎駿と恩田陸ということなのだろう。
 宮崎氏には新作の宣伝のためか、戦争や従軍慰安婦に関する発言も話題となっていて、これも本人の雰囲気には合っている、あんな作品を作って好戦的な発言をしたら場違いだろう。まあ、彼が何を言ってくれても構わないのだが、考えの無い人たち(だからこそ宮崎作品を賞賛する)が彼の発言をマトモに受け止めて、あたかも自分の意見のように言い出す危険性はある。世の中、風潮に乗ることだけで生きている人たちの何と多いことか、それで困らないのだから仕方ないか。

 ということで、Albert Ayler の5回目。67~68年の Impulse に残されたアルバム2枚。相当に変わっていく音楽の姿、世評は高くないが Impulse の諸作はどれも好き。

a0248963_1521187.jpg In Greenwich Village が Impulse 移籍第1弾となるが、続いての作品がスタジオ録音の Love Cry、1967年8月と1968年の2月録音。初出時の8曲に後に3曲が追加された。
 録音メンバーは、Albert Ayler (ts, as(1, 10), vo(1, 9, 11))、Donald Ayler (tp(1-3, 5, 7, 9, 11))、Alan Silva (b)、Milford Graves (ds)、Call Cobbs (harpsichord(3, 4, 6, 8, 10))。歌い出す Ayler、神様だーい好き、と真面目だかふざけてだか判らぬが、ヘロヘロ歌い出している。神様登場のためのハープシコード、Cobbs じいさんもヘロヘロ弾く。ジャケット写真はアルトを吹く Ayler の写真、変容していく姿を象徴するような写真だ。67年7月に John Coltrane が亡くなり、その葬儀に Ayler は演奏を捧げている(Holy Ghost: Rare & Unissued Recordings にその演奏が収録されている)、その雰囲気は本作にも受け継がれているが、キリスト教とは無縁の自分にとっては、どう聴いても「神様を信じて」あんな演奏が出来るとは思えない訳。Anton Webern が「自分は無調音楽をナチスに判らせることが出来る」といったり「子供がコンパスと定規を使って作曲する日が来るのも、決して遠いことではない」といったりしたのと同じ意味で「フリーでも賛美歌になり得る」と Ayler が思っていたとしても、それはないことではない、と思えてしまうのである。
 旧LPのA面には、2分から3分の短い曲が6曲も並び、テーマを吹くと直ぐ終了してしまうような曲が多く、肩透かしの感は否めないが、ある意味ポップ志向になっていったのだろう、多分ファンクの影響も隠し得ないところだ。

a0248963_15214155.jpg 次が、問題作というか超ポップになってボーカルが全面に入った New Grass、1968年9月録音。メンバーは、Albert Ayler (ts, vo, whistling)、Garnett Brown (tb)、Call Cobbs (el-harpsichord, harp, organ, p)、Burt Collins (tp)、Bill Folwell (b, el-b)、Buddy Lucas (b, bs)、Rose Marie McCoy (vo)、Joe Newman (tp)、Seldon Powell (fl, ts)、Bernard "Pretty" Purdie (ds)、Soul Singers (vo)。最初に聴いたときは「へっ!これが Ayler ?」と驚いたものだ。どう聴いてもフリー・ジャズじゃない、ソウルとファンクにニュー・ロックの要素をゴタ混ぜにしたようなノリの良い音楽、Ayler のソロだけが辛うじて Ayler のアルバムであることを認識させる。間章がこのアルバムを難しい言葉で評価していたような気がするが、やっぱりここまで来ると「ちょっと間違っちゃったかなぁ」と思う。それでも、1年か2年に1回は聴いている、全く嫌いではないということか、Music Is the Healing Force of the Univers や Last Album の方がずっと好きだが。ここでも Ayler はメッセージを発している、英語で幸い、意味の判る言語で話されたら、きっと聴くのが嫌になったかも。

 全く音楽を聴かなくなった。音楽を聴くときはかなり熱心に聴いて、本やゲームを殆どしない。本を読み始めると、今度は音楽もゲームもしなくなったり、ゲームを始めればゲームばかりで・・・・。そのうち、音楽の紹介を中断、ということもありそうで。ご勘弁を。
 10月になれば悪魔のゲーム『ポケモン』の新作が出て、サル以下の存在になりそうな気が。それまではせいぜいサボらずにブログでも書きましょう。
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# by ay0626 | 2013-07-20 14:20 | jazz

ベースの可能性・無伴奏の魅力 吉沢元治

 昨日もドラクエ7をやり捲くって、書くことが思い浮かばないので1日お休みになった。この頃は音楽も聴かず本も読まず、ひたすらサルのようにドラクエ7をやっている、今まで費やした時間なんと57時間超!

 おじさんもこの頃は良くゲームをやっているようで、ファミコンやらスーパーファミコンで遊んだ人たち、今40歳代前半の人だと頷いてくれると思う。自分の世代は、子供と一緒にやるか、パソコンがマイコンと呼ばれていた時からやっている人が中心、まぁいい大人はゴルフとかそういう大人の遊びをしなくちゃね、と思っている人たちはビデオ・ゲームとは縁がなかろう。そういえば、社会人になって2~3年後(大学時代には KT-80 という自作コンピュータのセットが発売され、高価ではあったが友人の一人は購入して遊んでいた)には、例えば富士通のFMシリーズとかNECのPC-88、98シリーズとか色々な機種が出て、ちょっとしたブームとなった。しかし、かなり高価だったことは確かで、購入するのに相当無理をしたのを憶えている。
 この当時、嵌り込んだのが『Wizardry』と『信長の野望』。特に『Wizardry』はやり込んだ、モンスターと出会うと読み込みに時間が掛かり、ドライブががちゃがちゃ音を立てる、戦闘が終わるとまた読み込みに時間が掛かって・・・・・・、と今から考えるとイライラするんじゃないかと思えるのだが、当時はそれで満足していた訳だ。『Wizardry』は、戦闘結果を自動読み込みする仕様となっていたので、全滅などすると真っ青、二度とそのキャラクターと会えなくなる。このゲームのなかなか厳しいところなのだが、読み込んでしまう前に強制終了してしまうと助かることがある、地下8階辺りでアーク・デーモンとご対面しようものなら、強制終了ボタンに手を置きつつ・・・ということになるのだ。
 ここら辺のところは、矢野徹氏の『ウィザードリイ日記』にも記述のあるところで、頷きながら読んだものである。矢野さんは日本SF界の長老で、『カムイの剣』が有名、自分も夢中で読んだ記憶がある(多分高校生の頃)。矢野さんも60歳を過ぎてコンピュータ・ゲームに嵌り込んだ口で、そのことが面白おかしく書いてある、こんな風に歳を取りたいと思っていたが、既に彼が『Wizardry』に嵌り込んだ歳に近くなっている。

 CD のほうは、近頃聴くことが少なくなっていて、ついに音楽ブログお終いか、と自分でも不安になってくる。そうしたら、読書とゲームのブログでいいや、と何ともいい加減なことを考えている。

a0248963_2139975.jpg 今回は、吉沢元治、言わずと知れた日本フリー・ジャズ界を代表するベーシスト。といっても、所持しているのは初期3枚のソロと阿部薫との『Nord』のみ。大学生活の後半、ちょうど Cecil Taylor の Great Paris Concert を聴いて、Alan Silva のベースにいたく感激、ベースをもっと聴きたくなった。そのときたしかトリオ・レコード(今は無きオーディオ・メーカーの子会社)から一連の日本のフリー・ジャズの廉価盤シリーズが出て、その中で聴いたのがここで紹介するうちの2枚。このシリーズは、沖至の『しらさぎ』だとか加古隆と高木元輝の『パリ日本館コンサート』とか豊住芳三郎の作品とか、本当に良く聴いたレコードが多かった。ジャケット・デザインも優れたものが多かったように思う。
a0248963_21395045.jpg 吉沢元治は、1931年生まれ、1998年に亡くなっている。他のフリー系ミュージシャンに比べてもかなりの年長者である。初期のベース・ソロ3部作が有名(後期ソロ3部作もあるのだが、聴いていない)。
 最初のソロ作品は、『Inland Fish』、1974年9月のライブ録音。LP B面の殆どを占める Correspondence は豊住芳三郎とのデュオ。2枚目が『割れた鏡または化石の鳥』、1975年7月軽井沢教会での録音。これは ALM というマイナー・レーベルから出て、当時は全く手に入らず、CD化されてから初めて聴いたもの。10曲のバラェティーに富んだ作品集。3枚目が『Outfit』、1975年9月のライブ録音。bass solo 2 1/2 とあるのは、最初の『Inland Fish』のB面が豊住氏とのデュオだったからであろう。
a0248963_21402197.jpg どの作品も、イマジネーション豊かで、真面目な人柄が滲み出る作品。特に2枚目の『割れた鏡または化石の鳥』は『よくこんな曲想が出るなぁ』という感じ。例えば Silva がヒステリックな感じ(バイオリン並みの超高音を出したり、といったところなど)なのに対して、ベースの低い音を中心に組み立てている、ベースのベースらしい音が好きなのだと思う。1年に2~3回しか聴かないが、それでも30年(途中10年以上のブランクはあるが)前から聴いていて、未だに聴くのは、やはり低音好きだからか。

 もう梅雨明けか。朝から気温はぐんぐん上昇、小暑どころじゃなくていきなり大暑、酷く暑い夏になりそうで。
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# by ay0626 | 2013-07-07 21:31 | free improvisation