日常茶飯事とCDコレクション
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現代音楽って本当に高尚なの? 武満徹

 高校時代末期に現代音楽に開眼(?)し、大学時代はフリー・ジャズとの2本立てで聴いていたのは、今までも書いた通り。自己肥大の若者のスノッブな趣味と言ってしまえばそれまでだが、その頃聴いていた音楽をまだ聴いている訳で、音楽自体にそれなりの魅力があるのは間違いない。だが、その当時の聴き方と今の聴き方には、大きな違いがあるように思える。

 当時、レコードを買ってくると針を落とす前に必ず解説を読んだものだ。勿論、当時はインターネットなどなくて、音楽情報は極端に少なかったため、ディスコグラフィーの確認やバイオグラフィーなどを求めて、という理由もあったが、本当は解説の「難解な文章」に「こんな高尚な音楽を自分は聴いているのだ!」という自己満足の部分が多かったことは否定できない。確かに、フリー・ジャズでは間章(あいだ あきら)や悠雅彦など難解な文章を書く解説者は多かったし、現代音楽も同様の傾向で、ときにはポップスの分野でも変な解説(例えば Roxy Music をマニエリズムと結びつけた今野雄司など)はごまんとあったような気がする。それは、(解説を頼まれるくらいだから)多少の権威性を持った人々のご託宣として、多少は「ありがたかった」のである。
 しかし、今は全くそうした類の文章を読むことはなくなった。それは、その後、90年代後半、仕事が暇なこともあって、現代哲学の概説書を数冊読む機会があり(30歳代後半までは、読書分野でも知的好奇心が旺盛であったのだ・・・自慢してどうする?)、その中に「ソーカル事件(1995-1996)」の顛末が記してあり、今までもやもやっとしていたことがそれで判った(ような気になった)。ソーカル事件とは、NY大学教授のアラン・ソーカルが起こした、「科学用語と数式をちりばめた無意味な内容の疑似哲学論文を作成し、これを著名な評論誌に送ったところ、雑誌の編集者のチェックを経て掲載されたできごとを指す。掲載と同時にでたらめな疑似論文であったことを発表し、フランス現代思想系の人文批評への批判の一翼となった」(wikiからの引用、ありがとうございます)事件のこと。
 事件の本質(哲学の自然科学に対する無知批判)とはずれるかも知れないが、自分で納得したのは要するに、「解説」の「難解」ではあるが「無意味な」「間違った」語法で飾られた言葉で綴られた文章に言いたいことは何もなくて、高尚に見せるため「難解」であること自体に意味があるということだ。そのことに気が付いてみると、難しい顔をして、そうした文章を読んでいた自分自身が可笑しく思えて、豪く気分が軽くなったように思えたものだ。そしてそれが、ジャンルに囚われず、いい加減に知的(痴的?)好奇心の赴くまま、無節操に聴きまくる今の音楽聴取スタイルの基礎となっているように思う。

 若いときから聴き続けた現代作曲家は、Anton Webern と武満徹のふたり。演奏家で言えば80年代の Kronos Quartet など。ということで、今回は武満徹。
 武満は、ヌーベルバーグ(新しい波、前衛的な映画が60年代に流行った)の映画音楽作った人程度の印象であったが、実際にじっくり聴いてみるとなかなか良いではないか、多分当時NHK FM でやっていた「現代の音楽」という番組で長時間の特集が組まれたのではないかと思う(記憶曖昧)。ということで、最初に買ったのが Miniatur と題された室内楽シリーズ。如何にも現代音楽アルバムのジャケットらしく格好良くて、即購入した。内容的には、それなりに満足したものの、演奏者の数や収録時間に対して2,500円は高いんじゃないかなあ、という場違いな感想を抱いたことを覚えている(確かに同時期に買った Miles Davis の Get Up With It の1枚目何ぞは1時間以上の収録時間だったからなあ)。

 この Miniatur のシリーズは5集まで出ていて、様々な楽器のアンサンブルあり、ソロありとバラエティーに富んだ組み合わせで、武満入門編としては最適ではないかと思う。室内楽中心で聴いてきた自分にとって、オーケストラ作品についてはあまり縁がなく、武満のそれをじっくり聴くようになったのは、コロムビアの廉価盤シリーズが出されるようになってからだ。

 2006年に Miniatur シリーズが復刻されると知って、わざわざタワー・レコードまで買いに行った。通販はアマゾンか HMV だったので、たまにはレコード屋でも行ってみるか、という気持ちになったのだ。行ってみると、流行の音楽が8割、名盤系が2割といったところで、おじさんの変な趣味に合うようなものは殆ど置かれていない、ま、これが現実ね、と嘆息したものだ。

a0248963_16274426.jpg それでは、第1集、「アンサンブルのための作品集」。当時出ていたものの多分1集と2集を纏めたもの。当時、へーこら言って2,500円もの大枚を叩いて(2枚で5,000円)買ったものが、1,000円で1枚に収まってしまうとは・・・。
 この作品集には、ギターやヴァイブラフォンなどポピュラー系を聴く者にも馴染みやすい楽器が多様されており、また、一部には特殊奏法が使われるが、比較的聴き易い音で、BGM としても使えるのではないか。67分を超える収録時間ではあるが、スムーズに聴ける。「スタンザ」「サクリファイス」など聴いていると、Cecil Taylor の87年の Carlos Ward や Leroy Jenkins の加わったクインテットに似た感じがする、気のせいか。

a0248963_16284161.jpg 第2集は「ソロ楽器&アンサンブルのための作品集」。当時の3集と5集の合体作。若干、ピアノ・ソロについては退屈に感じる部分もないではないが(とくに長尺の「ピアニストののためのコロナ」)、ギター・ソロ「フォリス」の緊張感、異色のブラス・アンサンブル「ガーデン・レイン」など、飽きさせぬ曲順で70分を遥かに超える時間に楽しみを与え続ける。
 そういえば、数年前、このアルバムでピアノを弾いている高橋悠治のライヴを見た。韓国のインプロヴァイザー、姜泰煥(アルト・サックスで Evan Parker 並みのサーキュラー・ブリージング、マルチ・フォニック奏法を見せる怪人、近頃名前を聞かなくなった。数枚のアルバムを所有しているが、Evan ほどは夢中にならなかった、やはり楽器がアルトだから?)とのデュオであったが、70歳と高齢のためかあまり迫力がなく、ちょっとがっかりしたことを覚えている。

a0248963_1629219.jpg 第3集「打楽器のための作品集」。当時の4集に「トゥワード」を加えたもの。1970年の大阪万国博覧会で鉄鋼館の音楽監督(監修?)として関わっていたようで、メタル・パーカッションを動員した音楽を聴かせる。もうちょっと騒々しくさせれば、インダストリアルとしても通用するんじゃないかと思える類。ポピュラーとの境界を超えるには、あと数歩といったところ。

 例えば、ジャズやアヴァン・ロック、Piazzolla のタンゴ、Chieftains の民俗音楽と同じ地平で武満の音楽を楽しむのは邪道なのか(AKB や Kara、嵐や Smap と書かないのは、彼らの音楽を聴いていないという理由で)。人それぞれの楽しみ方があるのなら、それはそれでよい、RCサクセション聴いた後で Webern の歌曲とか、Magma M.D.K の後で武満の November Steps とか。
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by ay0626 | 2012-02-12 14:57 | 現代音楽