その後のヘンリー・カウ 形式だけはパンク ザ・ワーク
それにしてもよくあれだけのことをするものだ、日本人は一部の(それを商売としている)方々を除きデモを行うこともない、これが1960年代であれば少しはフィーヴァーしちゃったのかも知れないが。社会が成熟してきていること、まだ外国人が少なく外資系企業も目立つほどではないこと、などが主な要因とは思う。曲がりなりにも民主主義が定着し、前回で経験したように投票で政権が変えられることも大きいだろう。民主主義がどの政治制度にもまして良い制度だとは考えにくい、しかしながらそれ以上の有効な制度が見つからない以上、騙し騙しその制度の向上を図るしかない訳だ。国民がそれなりに考え判断できるような民度の国は、やはり民主主義的な方向しか進むしかないのだろう。
例えば宗教を基礎においた国家に民主主義が根付くかと言えば多分難しいだろう。民主主義でない国家に民度を上げることも出来ない。宗教は、自分で考えず神様を盲目的に疑うことなく信仰することから始まるし、民主主義でない(つまりは暴力以外に政権から追われることのない)国家の首脳が考えるのは自分たちの特権の維持と被支配層からの富の搾取だけだ。民衆は踊らせるもの、躍らせて言うこと聞かなくなれば、天安門事件のように戦車で潰してしまえばよい。心優しい趙紫陽さんは、そういう国家には相応しくない。
中国のデモを見て驚いたのは、未だ毛沢東の写真が出てくること。外国人なら知っている(勿論自分も知っている)、彼が大躍進運動展開によって餓死者を大量に発生させた、文化大革命発令による社会の遅滞を引き起こした張本人であることを。教えないということは怖いことではある。まぁ、豊臣秀吉の出世物語は喧伝されても、自分の子(秀頼)が生まれた後、弟の秀次に言いがかりを付け、彼の一族、女子供を含む39人を皆処刑した事実も教えない(文献に書かれたことまで隠すことはないが)、それと同じですか、ああそうですか。
70年代後半、パンク・ロックが一時隆盛を極めた、何に怒っていたんだろう、頭を逆立てがなりたて、スリー・コードの単純な音楽、反体制のための反体制、すぐに終わってしまった、しかしヴァージン・レコードには莫大な利益を齎したムーヴメント。Henry Cow のアルト・サックス、キーボード奏者、インテリ・エリート Tim Hodgkinson がその形だけを真似して見せたのが The Work 、1980年の結成である。
81年に最初の The Work 名義の作品 EP ’I Hate America / Fingers and Toe / Duty’ を発表(Megaphone でCD化された際に Houdini と併せ追加収録された)。バンドはこの後、オランダ、ベルギー、スイス、スエーデンなどをツアーし、ドイツのボンで RIO フェスティヴァルに出演。そのときに共演した Catherine Jauniaux をゲストに、最初のアルバム Slow Crime を1982年の発表する。
この The Work 、Tim Hodgkinson の言に依れば、「極力テクニックを排除した、若手中心のバンド」という。確かに Tim は本業のアルト・サックスは殆ど演奏せず、主にフラット・ギター(ハワイアン・ギターという奴ですな)と甲高いリード・ヴォーカル(このアルバムでは殆ど「叫び」といって良いほど、ライヴ盤でもこんな歌い方、よく喉が持ったな、という感じ)を担当、今までの経歴を捨て、新たな挑戦という雰囲気ではある。
メンバーは、Bill Gilonis (g, euphonium, sampling, vo)、Mick Hobbs (g, b, drums, ukulele, recorder, midi-horn, vo)、Rick Wilson (ds, bass, vo) で当時名を知られた者はいない、この内唯一 Wiki で記事のある Gilonis の生年は58年とあり、結成当時22歳くらい、Tim とは10歳近い年齢差がある。Tim のバンド紹介の言葉に偽りはないように見えるが、このバンド良く聴くと複雑な変拍子など軽々と演奏しており、聴こえる通りの唯のパンクという感じではない。Tim のインテリ・エリート(何度も書くがケンブリッジ出の秀才なのだ)としての音楽に対する考えがついつい滲み出てしまったのではなかろうか。
本作のゲスト・ヴォーカリスト Catherine Jauniaux はTom Cora の嫁さん、3曲参加している。Cora が亡くなったとき、前衛音楽仲間が Catherine と彼らの子供を助けるためチャリティー・コンサートなどを行ったのは有名な話、アヴァンギャルド・ミュージシャンも頭の芯までオカしくはないのである。
次に日本へのツアーが決まっていたところで、Wilson がインドへ行ってしまう、Hobbs はバンドの方向性で意見対立、脱退と空中分解。困って、Chris Cutler と Amos (b) に頼んで一緒にツアーを廻って貰った。このアルバム Live in Japan は、82年6月29日大阪厚生年金会館中ホールでの記録。
ホールの中ほどでカセット・テープで録音されたものという、その割には音は良い、デジタル・マスターリングの Udi Koomran (Present や Dave Kerman / 5uu's の音響処理を担当したイスラエル在住の人、ユダヤ人?) の腕のお陰か。
殆どファースト・アルバムの曲で占められた本作、やはり Chris Cutler の手数の多いドラミングは聴きもの。最後にソノシート版 'I Hate America (live version)' がおまけで付いている。ずっとCD化されず、2006年にやっと日の目を見た。
この後、長い沈黙期間に入るのだが、The Work 復活の直前89年に The Momes (古語で「ばか、うすのろ」の意)名義で Spiralling というアルバムが出ている。メンバーは Hodgkinson 、Mick Hobbs 、Andy Wake (ds) 。録音場所は、お馴染み Cold Strage 、エンジニアに Charles Bullen という This Heat 体制。
演奏は The Work に良く似ており、Hodgkinson のこの手の音楽に対する興味が一時的でなかったのが判る。音は良くない、音楽の弾け具合もそれほどでもないため、あまり聴くことのないアルバムである。
怒りなのか、ちょっと他人の尻馬に乗ってしまったら楽しくなったか。集団心理みたいなものは必ずあり、自制ができないのは困ったもの、国家が絡むと振り上げた手を下ろすこともままならないようで。パンクの波も短かった、冷静になるには民度が必要、それはいつのことか。
The Work 復活後の3枚のアルバムはそのうちに。