80年代の傑作ライヴ群 アストール・ピアソラ (2)
読み終わったのは小島正樹さんの『祟り火の一族』、名探偵(?)海老原シリーズ。春に『龍の寺の晒し首』、夏に『綺譚の島』と順調に(積読時間を3か月程度置いて)読み進め、秋には目出度く(積読状態1か月で!)『祟り火の一族』まで終了しました。小島さんのお師匠さんの島田荘司氏の作品はとうに読む気が失せているので、近頃の作品と対比することは出来ないが、非常に稀にしか起きないような自然現象を取り込んで不思議を構築していく手法は、『奇想、天を動かす』や『暗闇坂の人喰いの木』あたりにかなり似た感じ、強引なところも良く似ているが、島田氏の鼻に付く日本人嫌いのところが小島さんにはなく(ゲスな野郎は沢山出てくるけど)、それが読み続けていける理由のひとつ。
最初に読んだ海老原モノ『十三回忌』の記憶は定かではなくなっていて、感想もないのだが、次の『扼殺のロンド』はそれなりに感心した。しかし、『龍の寺の晒し首』や『綺譚の島』は面白く読みはしたが、良作程度で留まった感じ。今回作も前作、前々作に比べればすっきりした出来であると思うが、手放しで感服するまでではない。【ネタバレあり】叙述トリックと怪談話の組み合わせというのは悪くはない。しかし、叙述トリックについては、かなりあからさまな書き方をしていたので途中で殆ど判ってしまい、何故そんなことをするのか、その理由に興味は移るのだが、納得させるだけのモノがないように思えるのだ。また、一方の主人公である極悪人の思考についていけないところがあって、そこまでするか(特に殺人と自分のマスク作成、未読の人には判らない)、と思ってしまう、相当のゲスだとは書かれていても、合理的な経済人としてはここまではしないでしょう、だって後が面倒になるだけだから。また、真相が探偵の口から確定的に物語のように説明されるところなど、論理(思考過程)が完全に端折られて、「はぁはぁ、お説ご尤も」みたいで物足りない。などなどの理由で。【ネタバレあり、終わり】
探偵さんの哀しみが、上手く表現されるようになってきた。「事件に巻き込まれて・・・」ということは今回作で明らかになったわけで、これが今後どんな形で展開されていくのか楽しみである。また、因縁話をいちいち全部律儀に解釈していこうなどというところは、例えば三津田信三さんとは正反対の方向性(三津田さんは理屈では割り切れないことがある、というのが前提)で、これはこれで貴重。なんのかんのと文句は垂れておりますが、海老原シリーズは出たら読みます、今のところは。それに、これだけの分量の作品を年2冊も刊行できる筆力、大したもの。『綺譚の島』で大いに笑わせて貰った「海から現れる槌」といったの大技(というか何というか)を連打していただきたいものである。あまりシリーズを増やさずに、海老原御大で行けるところ(?)は、彼に探偵役を張って欲しいと思う。
ということで、今回は Astor Piazzolla の2回目。80年代キンティートの東京以外でのライヴ、所持しているのは4枚。秋の夜長、落ち着いた大人の音楽、とくれば美しい女性と聴きたいものだが、今のところそれは願望でしかない、残念なことに。
Piazzolla の録音の中でも特に有名なのが Live in Wien 。1983年10月、ウィーンのコンツェルトハウスでの録音。非常にクリアな録音で、各楽器の分離の良さやバランスは特筆モノ、曲も Verano Porteño (ブエノスアイレスの夏)、Libertango (リベルタンゴ)、Invierno Porteño (ブエノスアイレスの冬)、Adios Nonino (アディオス・ノニーノ) など傑作を揃えている。8曲が収められており、最も長い演奏で9分程度、じっくり聴いても良いし、BGM 的に掛け流しても良い。86年ライヴに比べると軽めな感じに仕上がっている。
Piazzolla 研究家の斉藤充正氏によれば、Piazzolla の80年代の活動のピークは、82 - 83年に掛けてと86年にあったそうだ。その一方にこの Live in Wien が位置し、もう一方に後で述べるこれもウィーンでのライヴ Tristeza de un Doble A (ダブルAの哀しみ)が位置することになる。
前にも書いたが、この2枚の超傑作アルバム、ドイツの Messidor というレーベルから出ていたもの。自分が Piazzolla を聴きだした頃(2008年だったか09年)には、このレーベルは消滅しており、権利が複雑なためか、その後復刻されることもなく、泣く泣くアマゾンのマーケット・プレースで高い金を払って購入した。しかし、内容は素晴らしく、まぁ仕方ないか、と思えるのであった。Piazzolla にちょっとでも関心があれば、アメリカン・クラーヴェの2枚(もちろん Tango Zero Hour と La Camorra)と2枚のウィーン・ライヴ(本作と Tristeza de un Doble A)は多少の無理はあっても聴きましょう、必聴です!(力んでしまった・・・)
この83年の欧州ツアーでの録音が、スイスのルガーノでのライヴ Adios Nonino (最初にリリースされたのは92年で、その時はこの題名ではなかった。持っているのは、フランス Milan レーベルでのものをビクターが日本盤として 発売したもの)。13曲、70分を超える録音。しかしながら、録音のせいなのか(若干くぐもった印象)バンドのその時の状態のせいなのか、Live in Wein に比べると今一歩という感じは否めない。選曲では、天使4作中、3曲(Milonga del ángel、Muerte del ángel、Resurrección del ángel)が収録されており、自分としては好印象。
この時期のメンバーを記すと Astor Piazzolla (bn, arr, dir)、Fernando Suárez Paz (vln)、Pablo Ziegler (p)、Oscar López Ruiz (g)、Héctor Console (b)。Paz のヴァイオリンは素晴らしいが、後ろで地味に支える Ruiz の流れるようなエレキ・ギターが特に気に入っている、録音によっては殆ど聴こえないようなものもあるが、本作ではきちんと捉えられている。
次が再度のウィーンでのライヴである Tristeza de un Doble A 、86年11月録音。83年のライヴと同様、コンツェルトハウスでウィーン放送が録音を担当しており、これまた素晴らしい作品。ギターが Horacio Malviccino に交替している以外は、前作と同じメンバーによる。
なんと言っても凄いのが、最初の Tristeza de un Doble A (ダブルAの哀しみ、ダブルAとはドイツのバンドネオン・メーカー、アルフレッド・アーノルド社の商標のこと。バンドネオンが実はドイツ起源ということは以前書いた)。22分にも及ぶこの作品、バンドネオンのソロから始まり、珍しく無調寸前までのインプロヴィゼーションが繰り広げられる。細部まで聴き取れる素晴らしい録音が緊張感を高め、終わるとホッと溜息の出るほど、これ1曲聴くために高い金を払う価値があろうというもの。あと4曲は、4分から7分程度の曲が並ぶが、Tango Zero Hour でも演奏された Tanguedia や最後の Tangata (69年作曲)などよい演奏である。
ジャケットもカッコ良く、Piazzolla 作品の中でも最後期の Luna と並ぶ出来。
87年9月録音の Central Park Concert 。もちろん、ニューヨークのセントラル・パークのこと。本作もラジオ放送用の音源のようだが、70分ぎっしりと音が入っており、出色の一枚。録音状態も良い。
曲目も代表作が網羅されている感じで、La Camorra を録音して解散するキンティート最終期の状態を記録している。
ということで久しぶりに Piazzolla を聴きました。聴き始めるとどんどん聴いてしまう。特に Doble A は何度聴いても鳥肌モノ、少しはいろいろ聴いて見ないといけないと思ったが、いかんせん時間のないのと、やはり CD ばかり聴いている訳にもいかないもので。