日常茶飯事とCDコレクション
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墓場からの音楽 アントゥー・アッシーズ (2)

 CD 関連の話題から。
 Makám の Approaches という作品、結局オークション・サイトでも入荷せず、酷い話で返金も受けられず(手続きが面倒で)、宙ぶらりんのまま。オークション・サイトも在庫の確認ぐらいちゃんとしろよ、といいたくなる。こうなるとアマゾンのマーケット・プレースの出ものに手を伸ばそうかと、しかし、6,970円の価格は内容に比べて如何にも高過ぎる、思案中。
 Stephan Micus と Estampie の新作を手に入れた。Micus の作品は、目新しいところはなくいつもの感じだが、70分近い収録時間は過去最高かも。Estampie の方は今までとは異なりスェーデンの民謡を取り上げ、そこにはHedningarna の作品も含まれている。詳しくは、またその時に。

 眼鏡を直してもらって何とか本が読めるようになったので、積読本2冊の小林泰三さん作品のうち『大きな森の小さな密室』を読了。小林さんの作品は最初の『玩具修理者』から読んでいて、『ΑΩ』など本当に好きで、『ネフィリム 超吸血幻想譚』も世評は低いものの、その暗さゆえ印象に残っている。本ブログでも紹介した『セピア色の凄惨』や『惨劇アルバム』もなかなか(特に連作という一定の枠があることで作者の意図が見え易いというところがあって)こちらのツボに嵌った作品集だった。ところが、本作品集、世評がまあまあの割りにどうも作品世界に入って行けない、自分にとっては面白くない。
 どうした訳だろう、とつらつら考えた。例えば『セピア色の凄惨』や『惨劇アルバム』は、小林さんの邪悪な論理が加速することで物語の異常な世界をカタストロフに導くのに対し、本作品集『大きな森の小さな密室』がミステリ作品集であることで、つまりは世界がマトモに(常識的・論理的に)存在することが前提なので、事件の起こる世界の奇矯さ(前提条件にそもそも違いがある奇矯さ)にどうも違和感を残してしまう。最初の作品「大きな森の小さな密室」、二つ目の「氷橋」などは、まだミステリの感じはある(世界自体がまだマトモ)が、三つ目以降となるとどうも通常のミステリ読みには付いていけない、イライラする部分が多過ぎる。特に「更新世の殺人」と「正直者の逆説」にはちょっと閉口した。結局のところ、自分にとってのミステリとはどんなに奇妙な現象でも、現実世界のなかで現実的な論理で決着する、その約束が守られるのが大事なんだろう、と思った次第(それでは、三津田さんの作品には現実世界とは懸け離れた現象が表出するではないか、それはどうなんだ、と言われそうだが、西澤保彦さんの初期のSF本格と同様、作品の中ではそういう現象が起こるという前提で書かれている、最初からゲームの前提条件を明らかにしている訳で、使われる論理は現実世界のもの、その点が小林さんの「ミステリ」とは明らかに異なる)。
 ただ、「自らの伝言」における江本勝や「更新世の殺人」での藤村新一に対する批判というか非難は全く同感で、少しでも考え疑えば直ぐに判るような出鱈目が、大きな話題になったり賞賛の対象になるのはどうしてなのだろう。江本勝の噴飯ものの理論(「水に意思がある」)が何で話題になるのだ、人間はそうであって欲しいことを真実にしたい、と思うもんなんだろうか、それとも単に馬鹿が多いだけのことか。「更新世の殺人」で権威者の言うことに疑問を呈さないが故に「150万年前の死体が昨日死んだ人のように新鮮」ということになるわけだが、それが最後の最後まで「不思議」として残ることに作中人物(新藤礼都)同様のイライラを感じてしまい、それが面白さよりも不快感に繋がってしまうのだ(作者の意図はそれを面白がってもらいたいのだろうと思っても無理だった、ということ)。
 もう1冊、『完全・犯罪』も半分ほど読み進めている、また読了時点で報告します。

 と、唐突に Unto Ashes 。Estampie と Stephan Micus のことを書いていて思いついたのが彼ら。しかし、Micus や Estampie よりもストイックさ(?)は少なく、現代楽器やエレクトロニクスの導入が無造作であります。

a0248963_18203084.jpg Unto Ashes は、聖公会(イギリス〈正確にはイングランド〉国教会)の祈祷書の一節から採られたもの(earth to earth; ashes to ashes, dust to dust)。葬儀の際に使用されるもので、彼らの曲が葬送曲のように聴こえるのもそうした訳か。灰の水曜日(復活祭の46日前の水曜日のこと、日本でいえば桃の節句とかと同じような感覚か)でも同じフレーズを口にし、灰で信者の額に十字を切るそうだ、全くの縁なき衆生故、実際に見たことはないのだが。
 Grave Blessings 、2005年。メンバー表記は、Micheal Laird (g, Appalacian dulcimer, cello, ds & perc, hummered dulcimer, hurdy-gurdy, p, vo)、Natalia Lincoln (vo, kbd, p)、Mariko (vo)。Mariko という人、Estampie の最新作(Secret of the North)には正式メンバーとしてクレジットがあり、ヴァイオリンとヴォーカルを担当している。ゲストとしては、チェロ、バラライカ(ロシアの撥弦楽器)、フルート、フレンチ・ホルンなどの表記がある。
 いつものことながら抑揚の少ないメロディー・ラインに女声中心のコーラスが乗っかるという音楽。暗いかというとそうでもなく、まぁほの暗いといった感じか。3曲目や4曲目、10曲目は、エレキ・ギターの音がぐっと卑近な感じを醸し出す、併せて4曲目はあからさまな打ち込みリズムで、ちょっとどうかな、違和感あり捲くり。7曲目はテープの逆回しから始まる、日本語めいた感じの歌唱(聴き取れませんが)、その題名も Three Haiku !
 そうした雑なところも狙ってやっているようなところがある。Projekt というレーベル自身の持ついかがわしさみたいなのが(Black Tape for a Blue Girl ほどじゃないにしても)そこはかとなく出ているアルバム。

a0248963_18205934.jpg Songs For A Widow 、2006年。今回もメンバー・クレジットは、Laird 、Lincoln 、Mariko の3名、Mariko は今回はヴァイオリンも担当。その他、ゲストにチェロ、ハーディー・ガーディーなど、若干前作よりもシンプルな感じ。
 最初の曲は、ハーディー・ガーディーにドラムという取り合わせの葬送曲(Funeral と題名にある)。2曲目は、ハンマード・ダルシマーに弦楽器は使っているが余り中世感はない。3曲目は、中近東めいたメロディー・ラインにダルブッカ風のパーカッション、6曲目はエレキ・ギターと大袈裟なパーカッション・・・といういつもながらの出来。こうなってくると、中世風の BGM となって、あまり真面目に聴こうとしなくなる(製作側はどういう風に思って作っているのだろう、聴くだけ野暮か)。偶に引っ張り出してきて半睡半醒の状態でぼんやり聴くのが最も正しい聴き方だったりして。

 陽も伸びてきて、会社を出る時間はまだ明るい状態、寒い日もあるが、桜の開花情報なども流れるようになった。心配していた娘の就職活動もどうやら希望のところから内定が出たようでほっとしている。もうじき新年度、新しい年度には新しい楽しい出来事が起こるといいね、もう3月も半ば過ぎ。
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by ay0626 | 2013-03-16 18:03 | dark-wave