政治的前衛と民族的音楽 アレア (2)
先日から読み進めている大坪砂男の文庫版全集、1巻を読了、2巻に掛かったところ。この作家、敗戦後直ぐの時期にデビューしたこともあって、その頃の世相が色濃く出ている。1巻の中でアンソロジーに採られることの多い「黒子」「立春大吉」(この2作は先日の記事にも書いた)「涅槃雪」、「宝石(推理小説専門誌)」49年1月から3月号に連続して掲載された3作品は特にこの傾向が強く、「黒子」の旧軍の資金、「立春大吉」の没落華族、「涅槃雪」の復員兵の悲劇などその頃の読者は身につまされたのだろうと思う。この3作、文体の点でも主題と不離の関係にあって、「立春大吉」と「涅槃雪」を見れば一読瞭然、作者も拘る人だったのだろうと思う。2巻はまだ3編しか読んでいないが、「盲妹」の実直な官吏の悲劇はその背景の湖の描写とも相俟って、なかなかにロマンティックな感興を残す一編。
戦前から戦後(昭和30年代まで)の探偵小説コレクターはそれなりの数はいるようで、光文社文庫を中心に傑作集が出ているがどれ程売れるものだろう、この大坪のような作家の(文庫の割りには値の張る)個人全集は本当のところ商業出版ベースに乗るのだろうか、直ぐに品切れになるのではないかと思って自分も購入している、3巻4巻も無事に出て欲しいものである。
平行して読んでいたのが東川篤哉の『私の嫌いな探偵』、烏賊川市シリーズの最新刊。『謎解きはディナーのあとで』がバカ売れ、そちらを書くのが忙しいのだろう、烏賊川市シリーズの長編はとんと出る気配がない。
この作品集、1編の長さが適当で大坪の短編1~2編と本作品集の1編を読むと1日が暮れるような気がした。最初の作品「死に至る全力疾走の謎」は、発端のトンでもなさと中間の捻りからすっきりしたオチ(真相)の見せ方までなかなかのもの、倉知淳の『日曜の夜は出たくない』を思い出した。2編目の「探偵の撮ってしまった画」も、作品中の描写から鉄拳という芸人を(再び)有名にしたあのことを思い付き、オチまで見事見通せて、それはそれで満足。しかし、3編以降、なかなかこれは・・・という出来のものがないのが残念。それなりに読める作品集ではありました。
読書の時間が相対的に長くなるのと反比例で音楽を聴く時間が減少しているので、どの音盤を紹介しようかと悩む次第、レヴューを書くなら1度2度くらいは聴き返さなければ失礼でしょう。考えても仕方がないので、一番手近にあった Area 、聴き始めると聴いてしまうものです。
Demetrio 在籍時唯一の公式ライヴ、1975年。流石、公式ライヴだけあって音は非常に良い、各人のテクニック( Demetrio のヴォーカルだけではない。特に4曲目、Are(A)zione の Ares Tavolazzi のベース・ソロの素晴らしさ、凄さ!)を鮮明に捕らえている。次作でメンバーの異動があり、また音楽的にも方向性が変わるため、パワフル変拍子バカテク・ジャズロックとしては最後の作品となる。
曲目は、Luglio, agosto, settembre (nero) 、La mela di Odessa (1920) 、Cometa rossa という有名曲を LP A面に並べ(オデッサは林檎を齧る音が収録されている)、B面は各人のソロを前面に押し出したインプロヴィゼーション主体の Are(A)zione から共産党万歳の L'Internazionale (インターナショナル、おお!万国の労働者、立ち上がれよ)まで、当時のソ連型でないユーロ・コミュニズムの高揚感が如実に現れた演奏、単純に正義を信じられた良い時代でした。ジャケットのジーンズにアフロ長髪の若い男女の写真が時代を映している。
問題作といわれることの多い Maledetti (maudits) 、1976年。「呪われた」という意味のイタリア語、カッコ内はフランス語。それに合った、顔面の筋肉と血管の標本図のジャケット。
内容的にも最初のトラック(LP で言えば A面の最初の曲) Evaporazione (蒸発)はミュージック・コンクレートあるいは演劇の一部、5曲目(LP で言えば B面の最初の曲)は、バッハのブランデンブルク協奏曲を加工して崩壊させた作品。こうした変な趣向が盛り込まれて、最後の曲は完全なフリー・インプロヴィゼーション。また、Gerontocrazia (老人支配) には、txalaparta という木製の民族打楽器が加わる。
メンバーは、ドラムの Giulio Capiozzo とベースの Ares Tavolazzi が加わるのは2曲のみで、他の曲では Hugh Bullen (ds) と Walter Calloni (b) がリズムを受け持つ。フリー・インプロの大御所(当時は若手乃至中堅といったところか)、Steve Lacy (ss) が2曲、Paul Lytton (perc) が1曲加わっている。前半はまだジャズロックの雰囲気のある曲が多いが、後半はフリー・インプロに半分以上嵌り込んでしまったというか確信的に入り込もうとしている。確かに最後の Caos(この曲のみ Lytton が参加、Lacy ももちろん加わっている) は、後に発表される Ivent 76 と組になる録音で、彼らのフリー・インプロ(当時はフリー・ジャズのヨーロッパ版と思われていた)に対する親近感が如実に現れている。
1978 Gli Dei Se Ne Vanno, Gli Arrabbiati Restano! (「1978年、神様は休暇、残る怒り」と訳すのか?)、1978年。今までアルバムを出してきた Cramps を離れ Ascolto からの作品、ギターの Paolo Tofani が抜けたカルテット編成(Demetrio がオルガンを担当しているので、キーボード2人体制)。
前作が混乱の頂点とすれば、バンドのガタガタが収まったせいか、非常にすっきりとした出来となっている。最初の Il Bandito del Deserto (荒野の放浪者)から地中海音楽風の変拍子満開の素晴らしい出来。今まで作曲者としてクレジットされなかった Demetrio が多くの曲で作詞作曲を担当している(実際のところ、それまでも関わりが大きかったものと思われるが)。低音好きとしては、Ares Tavolazzi の素晴らしいプレイが随所に聴こえるのが良い、トロンボーンやギターなど多彩な才能を発揮している。アルバムの纏まりも良く、これからの発展が期待できた好作品だったが、惜しくも翌年、白血病で Demetrio を失う。Demetrio を欠くバンドは Tic Tac (未所持) を発表(1980年)するが、その後長い間沈黙する。
割りに温度の低い日が続く。この頃短パンを穿く機会が増えたが、ちょっと寒いときも。死んだ親父の貯金などの名義書換をやっていて、面倒ながらも、「こうして確認する訳だ」などとちょっと納得しながら、それなりに楽しく手続きをしている、実務的なことは案外好きなのかも。