日常茶飯事とCDコレクション
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カテゴリ:latin( 2 )

ほの暗い大人のラテン キップ・ハンラハン (2)

 朝からどんよりした冬の空、北海道では暴風雪となり何日も停電したという。最高温度が0度に到達しない真冬日に電気が来なかったらどうするんだろう、と中部地方の太平洋側の住人が心配したところで、本当の辛さが判る訳ではない。長期予報だと、東日本から西日本にかけて今年の冬は厳しい寒さになるという、地球は温暖化しているのではなかったのか。
 今回の選挙での争点の一つが原子力発電の存廃の是非、基本的にエネルギー源を何に求めるのかはCO2の排出量をどうするかの問題だったはず。「お気楽」友愛の鳩●首相がCO2の排出量を25%削減すると、当時はなかなか凄いこというもんだ(格好はいいけど出来る目算はあるのか、経済を少しでも考える人であれば、幾つもの疑問符が頭に浮かんだだろう)、と思ったものだが、これは原子力があってのこと。原子力はエネルギー放出時にCO2を排出しないので、原子力発電の比率が高まれば必然的にCO2が削減されることになる。従って、原子力を廃止すればそれだけ火力に頼らざるを得ない、LNG をバカ高い値段で買って、貿易収支を極端に悪化させながら、それでも石炭ではCO2の排出量が大きくなり過ぎるから出来ないのだ。いっそ、アメリカのように京都議定書の呪縛から逃れてしまえばよいのに、そこら辺は反原発の大手新聞社が何も報道しない。
 もう一方、自然エネルギーの方は、一気に高い買取金額を設定し、その料金は長い間継続するものだから、色々な企業がこの分野に参入して来る。まぁ、それはそれで技術向上のためには良いのかもしれないが、問題は買取が量的には無制限に当面価格の改定もなく行われるということ、電力会社は買い取ればその価格を料金に一方的に上乗せすることが可能(法律にそう書いてある)なので、多分家庭電気料金に跳ね返る、電気価格が酷く高いものになる。同じことをやったドイツなど、法改正を求める動きが活発化しているようだ。
 石●元都知事のように核武装の準備のために、原子力発電を残すなどは論外だとしても、今の原発存廃議論の根幹は何なのか、選挙でどの党もCO2問題と絡めてこれを議論することがないのは、どういうことなんだろうかと思ってしまう。一方的な原子力嫌悪は、広島・長崎に端を発する日本人の病巣の一つなのかもしれない、それが福島事故で一挙に噴出した。

 ということで、心がほの暗くなってきたら、ちょっと陰鬱な感じもある Kip Hanrahan などを。大勢のミュージシャンを使いこなし、これだけの世界を作り上げていく手腕は相当なもの、Kip Hanrahan の世界というものを十分に現出させております。

a0248963_16431972.jpg 4枚目のアルバムは 1988年の Days and Nights of Blue Luck Inverted、85年 - 87年録音。Kip Hanrahan のライナーは、きちんと書かれていることが少なく、どんなメンバー・楽器構成でやっているのか、判然としないことが多いのだが、このアルバムでも同じことが言える。それでも、よく見てみると Pablo Ziegler なんかのクレジットもある、もちろん Piazzolla 五重奏団のピアニストだが、この頃 Tango Zero Hour を Kip がプロデュースした関係なのだろうか。全部で12曲が収録されているのだが、4つのバンド形態で演奏はなされているらしい。Fernando Saunders、Andy Gonzalez、Leo Nocentelli、Milton Condona、Steve Swallow、Alfredo Triff、David Murray などお馴染みの名前が並んでいる。ここまで来ればどのミュージシャンも自分が何を求められているかは十分に判っているはずで、それ故の安定感がある。前作に比べると、甘ったるさみたいなものが消え、硬派の中に憂いを含んだ倦怠感があり、大人の音楽になっている。

a0248963_1643376.jpg 5枚目は、それまでの Kip の集大成というべき傑作、Tenderness 1990年作品(88年 - 90年録音)。劇を模しているのか、女声と男声の交互のやり取りがあり、音楽の切れ目も明らかでなく、全体が大きな流れとなって 75分を一気に聴かせる。ヴォーカルを聴かせるのは、女声3名、男声3名だが、その中に Police の Sting がいて話題となったようだ(自分は殆ど Police を聴かなかったので、特に強い印象はないのだが)。一方、今までヴォーカルといえば Jack Bruce という感じではあったが、本作には登場していない。
 演奏の中心は、いつもの Kip バンドともいうべき Fernando Saunders (b)、Robbie Ameen (ds)、Andy Gonzalez (b)、Giovannni Hidalgo (conga, quinto)、Leo Nocentelli (el-g)、Alfred Triff (vln)、Chocolate Armenteros (tp) に加え、本作以降素晴らしい存在感を示す Don Pullen (p) 。Don のピアノは躍動感に溢れ、フリー一歩手前(もう踏み込んでいる、というべきか)のスリリングな場面を幾つも現出させる。また、本作でのもう一つの聴きものは、ミステリアスなトランペット、靄の掛ったようなソロは非常に印象深い。また、ベースとギターの絡みもなかなかのもの。
 なかなかジャケットもかっこよく、赤一色の写真、女性の髪に触れる男の腕・・・・意味深長。

a0248963_16435531.jpg 6枚目が Exotica 、1992年録音、93年発表。今回の基本バンドは、復帰の Jack Bruce (vo, b)に加え、Don Pullen (p)、Robbie Ameen (ds)、Leo Nocentelli (el-g)、Alfred Triff (vln)。
 のっけから Jack のヴォーカルとオルガンで始まる本アルバム、途中からピアノ(Don Pullen そのものといったタッチであります!最高!)が乱入してきて、太いベース音との絡みが凄まじい。多分、オルガンとピアノは Don の多重録音だろう、全編、Don のオルガン、ピアノは聴き所満載(特にオルガンの素晴らしさ!)、このアルバムの中心となっている。もうひとつ、Alfred Triff のヴァイオリン、控えめではあるが、流石クラシック出身、美しい音でアクセントを付けている。
 ヴォーカルが Jack になると雰囲気もまったりした感じになる。本作、前作ほど尖った印象はない。Jack のベース、こんなに太い音出していたっけ?他にベース奏者は入ってなかったように思うが、インストルメンテーションの表示はなかったから、はっきりとしたことは判らない。
 全体にはバンドとしてかちっと纏まった印象、アルバムに統一感がある、前作の迫力には及ばないものの、90年代前半の Kip の好調さを示す良作ではないかと思う。

a0248963_16441428.jpg 7枚目、All Roads Are Made of the Flesh、95年発表。録音は古いもので85年、91 - 92年が中心だが94年録音のものも。ライヴ録音が中心で、若干ごった煮的な感じもある。
 ジャケットが凄いというか、顔面ピアスのお姐さん(耳に3つ、眉毛のところにひとつ、鼻にひとつ)。デジパックを開けると唇にもしていらして、こちらをクッと睨んでおいでです、こんな顔で一瞥されたら背中がゾワーッとしてしまうんじゃないかと。
 渋いブルースを歌う Bruce なんて駄洒落じゃない、最初の曲の渋いこと、あれ?ピアノ大人しい、と思ったら Allen Toussaint でした、Don ちゃんはオルガン担当、こちらも雰囲気に合わせた控えめな音の出し方。2曲目は何時もの調子、Don ちゃんのピアノの跳ね回ること、Chocolate Armenteros と Chico Freeman がフロントを飾ります。次は Dino Saluzzi (bandneon) の入ったバーデン・バーデンでのコンサートのライヴ、Dino Saluzzi は ECM からの何枚かのアルバムを聴いたことがある。なかなか Carmen Ludy のヴォーカルがけだるい感じで色っぽい。確かに Kip の世界ではある、しかしここにはミュージシャンとしての Kip はいない、作曲者・プロデューサーとしての Kip がいるだけ。

 もう今年も残すところ1か月足らず、早いもんです、時間が経つのは。去年は碌なことがなくて、今年も前半は今一歩というところだったが、後半はちょっと持ち直したか。全く占いは信じないほうだが、この前新聞のオマケに付いてきた高島暦の簡略版を見ていたら、来年はもっと良い年になるとか、期待しましょう、心から・・・・ではないにしろ。
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by ay0626 | 2012-12-02 14:54 | latin

1980年代の衝撃、キップ・ハンラハンの登場

 1981年に社会人生活が始まった。その頃は、職場で煙草をふかすなど当たり前で、セクハラもパワハラも表面に現れることのない時代。長閑といえばそうかもしれないが、皆長時間だらだらと会社にいて、生産性は相当低かったろうと思う。もともと、自ら会社員になりたいと思った訳もなく、「自己実現」とかカッコいい言葉も流行っていたものの、実現したい自己はなく、人の命令でやりたくもない仕事をするのは好きではなかった。それでも、同僚・上司にそんなに嫌な人もいなく、居心地の悪さも感じなかったので、それなりに時間は過ぎ、時間が過ぎるに従い、スキルも増え、会社での存在感も出てくる。まあ、今思って見ると順調に社会に馴染んでいったものだと思う、未だに夜遅くまで会社に残ることは出来ないが(時間になれば、さっさと帰る、それは何時でも当りまえ)。

a0248963_14311841.jpg そんな弛緩した社会人になって、相変わらず聴くのはフリー・ジャズやアバン・ロックが多かった。その頃、仙台の Jazz & Now で通販で様々なレコードを買うようになって(主にヨーロッパ・インプロビゼーション)、その中で目に付いたのが Kip Hanrahan 。銀色に輝く背景に、髭面の男。題名は Coup de tête = 衝撃、1981年のバリバリの新録音、初発売。
 ジャケット裏のクレジットを見て驚いた。当時のニューヨーク・アンダーグラウンド・シーンの錚々たるメンバーがずらり並んでいる。Chico Freeman や Byard Lancaster 、Carlos Ward などは、そんなところかなという印象はあるにせよ、Billy Bang だとちょっと系統が違うかなという思いがあったし(当時 String Trio of New York はかなり好きだったので)、George Cartwright はCurlew のリーダーでジャズ・シーンとは関係ないのでは、と思ったりしたものだ。他にも The Golden Palominos の Anton Fier だとか DNA の Arto Lindsay 、Fred Frith だのの前衛ロック系統、Jamaaladeen Tacuma や Bern Nix などの Ornette Coleman のハーモロデックス人脈など入り乱れてどんな音楽をやるのだろうと思ったものだ。
 そして、レコードに針を落とす。それなりの仕掛けはあるにしろ、案外まともなラテンを演奏している、聴き込むうちにパーカッションの複合リズムと Lindsay のギター、Bill Laswell やTacumaのベースが絡み合い、重いずしっとくる感じが堪らない。これだけのメンバーを使って、こんなアルバムを作ってしまう人がいるんだ、と Kip の名前をつらつらと眺めた。
 もともと、演奏家(打楽器、歌唱ともそんなに上手くはない、怒られそうだが)ではなく、プロデューサーとも言うべき立場が一番相応しい、自分に必要な駒(演奏家)で自分の思う世界を構築しようとする人ではなかろうか。
 レコードのA面最後は、Carla Bley の鳥肌ものの歌唱が聴ける Indian Song 、B面の最終に Cecil McBee のベースに Teo Macero (!)、Dave Liebman 、Ward の3管が乗るノスタルジックな Heart on My Sleeve と心憎い曲配置で、聴いた後の満足感の高いアルバムだ。

a0248963_14321267.jpg それでも、衝撃度で言ったら次の Desire Develops an Edge の方が数段上を行く。初出時は、LP と 30cmEP との2枚組という変わった形でリリースされた本作は(45回転にせずに良くEPを掛けたものだ、1分近く気付かないこともあった?)、その内容の濃さ、楽曲のバラエティーの豊富さ、演奏の高度さから言って、軽く前作を凌駕する。
 3作目で全面にフューチャーされる Jack Bruce が初登場し、渋い声を随所で聴かせるのと同時に、ますます分厚くなったラテン・パーカッション群の複合リズムは乱舞し、しかし、その間に不気味な現代音楽風の楽曲を取り混ぜるなど Kip マジック全開といったところで、当時は何度もターンテーブルに載ったものだ。Jack Bruce はご存知の通りイギリスのロック・トリオ、Cream のベーシスト兼ヴォーカリストで、どんな繋がりでNY アンダーグラウンド一派と仕事をするようになったのだろう、と不思議な感じがする(といって、調べようとは思わない・・・怠惰)。

a0248963_1433385.jpg 3作目は、Vertical Currency 。1984年のリリースで、この頃自分も初配属の部門を離れ、次の部署への異動があった。内勤部門で自分の志向にも合っており、順調に仕事が進んだ、上司の指導も判り易く、今同じ会社に勤められているのもあの頃の上司のお陰だろうな、と思う。人間あくまで運、入社3年くらいで上司と揉めて辞めた同期はいたし、それが自分でなかったのは運以外何者でもない。
 閑話休題、このアルバムは、全面に Bruce の歌が全面に出て、非常に聴きやすくなっている。ちょっと、よりもだいぶ歯応えのない感じで、1枚目2枚目を聴いてきた者とすれば、もうちょっと工夫してよ・・・と言いたくなってくる。まあ、BGMとして掛けるなら、Bruce の声をどう感じるかにもよるが、おしゃれなイメージ(大人の音楽?)はあるかな。

a0248963_1435856.jpg 1986年のEP(収録時間15分程度) A Few Short Notes for the End Run から次のアルバムまで少し時間が空く。やはり、時間が空けば、気力が充実するのか、アイディアが湧いてくるのか、90年代前半のアルバム群は充実している。それはまた別稿で。
 
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by ay0626 | 2012-02-11 13:29 | latin