日常茶飯事とCDコレクション
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カテゴリ:現代音楽( 4 )

その後のヘンリー・カウ 作曲家としての才能 リンゼイ・クーパー (2)

 今週久しぶりにライヴに繰り出そうか、と思っている。なかなか趣味に合致するライヴがなくて、出掛けられなかったのだが。
 クラシックのコンサートなら、時々友人が招待券をくれるので見に行くこともある。そういえば、1月の末にも名古屋フィルハーモニーの演奏会に出掛けた、演目が面白く、クラッシクとポピュラーの中間くらいのところの作品ばかり、バーンスタイン: 『ウエスト・サイド物語』からのシンフォニック・ダンス、コープランド: クラリネット協奏曲、バーバー: 弦楽のためのアダージョ、J.ウィリアムズ: 映画『スター・ウォーズ』組曲というところ。スター・ウォーズなどなかなか迫力があってよかった。また、コープランドの協奏曲は、もともとベニー・グッドマンが初演をしたようにジャズを大幅に取り入れた作品、ソロのお姐さんのテクニックも大したものだった(その割には服のセンスが悪かったような気がするが)。何処かの学生さんの団体も居り(女子ばかりだった)、いつもとはちょっと違った客層だったような気がする。が、クラッシク特有の気持ちの悪い拍手強要と何回も仲間を褒める(指揮者が演奏者数人を立たせて、「こいつら上手く演奏したでしょう」と作り笑いをする)のは相変わらずで、そういうもんとは思っても、終演となれば5回ほど拍手をしてさっさと席を立つのはいつものこと。まぁ、悪態はついていますが、楽しめたのは事実。
 と変な方向に行きそうなので、話題を戻して。テレビで若い人たちの行くコンサートを見ると、殆ど座っている人はいない。音楽のコンサートなのだから、座ってゆっくり聴きたい人もいるのじゃないかと思うのだが。一体感だの参加(サルトルのいう engagement に近いかも、哲学とは無縁な人たちだが)しているというノリなのだろうか、体を揺らしたりペンライトを振ったりと、誰もまともに音楽など聴いているように見えない、行く目的ははなから音楽にはないのだろう。エグザイルという団体はまともに見たことはないのだが、ダンスする人と歌う人から成り立っているようだ、音楽はダンスの景気付けということなら仕方ない、スマップとか嵐とかも同じですか、ああそうですか。前にも書いたが、Les Ogres のDVD でもオール・スタンディング、あんなんじゃおじさんは見に行くのは嫌だ。
 今度行くライヴは、演者も40歳台後半から50歳の掛くらい、ちびちびと酒を飲みながらピーナツでも齧って、ゆっくりと音楽を楽しめる感じにはなれそう。しかし、この頃は、50のおじさんおばさんでもずっと立ちっぱなしで興奮し捲くっているようなコンサートもあるようで、そこまで入れ込めたら、それはそれで幸せか。

 と考えていたら、Lindsay Cooper もダンスの伴奏音楽やテレビ番組のための音楽を数多く手がけていた。今回は80年代中盤から90年代初めの3作品、とはいっても多発性硬化症という難病で殆ど体の自由が利かなくなっているため、98年の View From A Bridge 以降、作品は発表されていない。

a0248963_1819944.jpg 86年、Music for Other Occasions。様々なテレビ番組のための音楽を集めたもので、83年から85年の作品が中心となり、後に87年、90年、91年の録音が追加されて、91年に CD 化された。トータル52分余りの作品だが、1分から長くて5分程度の曲で構成され、21曲も詰まっている。ヴァラエティーに富んだ、という言い方も出来るが、どっちかといえばごった煮的な印象がある。参加しているミュージシャンも多いのだが、中心となるのはいつもの Georgie Born 、Sally Potter 、Dagmar Krause 、Maggie Nicols 、Kate Westbrook といったところ。
 短い曲が多いところから、どの曲も隅々まで作曲されており、ドラムが入ろうがノリ一発みたいな演奏は一つもなく、彼女の真面目な性格(会ったことがある訳じゃないので、実際にはどんな人か知りませんが)が滲み出ているような気がする。

a0248963_18193119.jpg 91年、Oh Moscow。録音は89年10月、カナダのヴィクトリアヴィルでのライヴから。この作品は、第二次世界大戦後の冷戦状況についての作品のようで、Sally Potter が作詞を担当し、87年に完成、それ以降世界各地で20回以上演奏された。
 このCD での演奏メンバーは、Lindsay Cooper (composer, bassoon, alto sax)、Sally Potter (lyricist, vo)、Elvira Plenar (p, syn)、Alfred Harth (tenor sax, cl)、Phil Minton (tp, vo)、Hugh Hopper (el-b)、Marilyn Mazur (ds)。他の演奏会ではドラムに Charles Hayward が入ることもあったようだ。カンタベリーの重鎮からレコメン系の有名ミュージシャン結集というメンバー構成ではある。ヴォーカルが何といっても力強く素晴らしいが、加えてドラムもなかなかのもの。管楽器のソロも余り全体の調和を逸脱するようなことはないが、それなりの魅力はある。
 楽器構成からも判るとおり、ジャズの雰囲気が強い。これだけのメンバーだから部分的には即興の部分もあるだろうが、全体には作曲された感じが強く、そういった意味ではジャズ本来のスリリングなところは少ない、予定調和といっては語弊があるが、やはり Cooper さんは作曲家だということなのだろう。

a0248963_18195782.jpg 91年、An Angel on the Bridge。本作品は、オーストラリアのみで発売されたため、非常に入手が難しく、自分も98年に本作全部が再収録された A View from the Bridge で初めて聴いた。
 20歳頃からバスーンを中心にした作品を作りたかった。バスーンをブラス楽器として、打楽器として、効果音の手段として、曲全部、または一部で。それが本アルバムで叶った ~ と Linsay は A View from the Bridge のライナーで書いている。また、実際にはホテルの部屋で作曲されたとも。また、チャンネル4の「5人の女性写真家」のための曲もあるようだ(詳しくは判らないが、” Dedicate to the memory of Ruth Pantoleon 1941 - 1992 who commissioned the music for '5 Women Photographers'"との記載がある)。
 録音に若干の難があるのと、A View from the Bridge では10曲を1トラックとしてしまっている(どうにかならなかったのか、本当にそう思う)点を除けば、バスーンを中心に置いた非常に良い作品で、Lindsay の代表作ともいえるのではないか。録音メンバーは、Lindsay Cooper (basoon, sopranino sax, kbd)、Michael Askill (perc)、Louise Johnson (harp)、Cathy Marsh (vo)、楽器編成から見ても判るとおり、ロック色、ジャズ色は全くない現代音楽。マリンバやハープ、ソプラノのスキャットも美しく、調性はあり(怪しいが)、聴き易さも抜群で、こうした小編成の作品を作って欲しかった。これを聴くと、Lindsay Cooper は、ポピュラー音楽畑の人というよりもクラッシク ~ 現代音楽畑の人と判る。

 ということで、音楽だけでなく容姿も大好きな Lindsay Cooper の第2回は終わり。こんな綺麗で主張があって素晴らしい音楽を作っても、若くして難病で意思の疎通も出来ない状態になってしまう、どう考えても慈悲深い神様などいないようで。ひょっとして彼女が無神論者だったから?、それなら神様もセコい性格だったりして。
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by ay0626 | 2013-02-10 18:09 | 現代音楽

弦楽四重奏もそんなに退屈ではない クロノス・カルテット (2)

 年賀状の準備が出来て、ポストに投函した。ほんの20枚ほどのものだが、億劫なものではある。この何年かは、息子に頼んでコンピュータの賀状製作ソフトで作ってもらい、宛名もメイン・デザインもこちらの名前も書く手間がなくなって、後は数行手書きをする程度なのだが、それでも気が進まない。もともと、済んだことはあまり気にしない性質で、過去の柵(しがらみ)で年賀状のやり取りが続くのだから、多分そんなところが嫌なんだろうと思う。事実、年賀状をやり取りしている人たちとは何年も会っていない、会いたいか、と問われれば、会いたくないとはいわないけれど、是非とも会いたいという訳ではない。会ってどんな話になるのだろう、などど会う前から考えなくてよいことまで考えてしまうからか。尤も、そんなことは杞憂なのかも知れない、今年の夏、旧友に6年ぶりに会って、何の話をしたのかよくは憶えていないのだが、それでも思い出話を中心に話題の切れることはなかったのだから。
 会社関係は殆ど出さない、20年ほど前、虚礼廃止の掛け声のもと、いの一番に槍玉に上がったのが年賀状。数日の休みが明ければ嫌でもまた顔を会わせる訳だから、当然といえば当然の虚礼なのだろう、これが定着したのは本当に良いことのように思える。日本郵便は、日本の良き慣習、とコマーシャル・メッセージを打つが、これもそのうち廃れていく慣習となろう、郵便会社職員の皆さんは年賀状ノルマが大変だと聞く。
 自分の父親も大分草臥れてきて、頭も若干呆けてきている。昨年、一昨年くらいから、父親宛の年賀状の添え書きに「高齢のため、ことしで年賀も最後としたい」と書いてくる人も増えた、なかなか潔いと思う。多分父親も自覚を持って年賀状に字がしたためられるのも今年が最後だろう、同じようなメッセージを書けばよいと、見本を書いておいた。

 今日は、凄く寒くなるといっていたが、日中は陽の光も優しく、良い冬の日という感じ。朝掃除をして、ちょっとした片付けを終えるともう後はボケッとするだけ。こんな日は、ミニマル・ミュージックでも・・・と引っ張り出してきたのが Steve Reich の Different Trains/Electric Counterpoint 。ついでにあと2枚を加えて、Kronos Quartet の第二回。

a0248963_1835997.jpg Steve Reich の Different Trains/Electric Counterpoint 、1989年作品。Kronos は Different Trains という3つの楽章から成り立つ27分程度の曲を演奏している。
 この作品集、非常に世評に高く、ロサンジェルス・タイムズの選ぶクラッシク25選の16位に選ばれ、またグラミー賞の最優秀現代音楽作曲賞にも選ばれている。確かに、汽車の効果音と人の声の繰り返しによる、ビートといっても良い歯切れの良いリズムとミニマル感は、ついつい聴き入ってしまう気持ちの良さ。Reich が現代音楽の中で特に良く売れるのも首肯できようというもの。
 併録されている Electric Counterpoint は、Pat Metheny によるギターの多重録音作品。ミニマルの典型のような作品で、非常に聴き易く気持ちの落ち着く作品。Pat Metheny は、ジャズ・ミュージシャン、ECM や Electra などのレーベルで活躍している。どうも Bill Frisel と混同してしまって困る(のは、自分だけ?)。

a0248963_1842138.jpg 同じく1989年の作品が、Terry Riley の Salome Dances for Peace、2時間にも及ぶ長大な作品。 音楽の専門家でもない自分にとっては、あまり面白みを感じない作品(普通の弦楽四重奏との違いが判らない)。Riley の作品では CBS(メジャー・レーベル!)から出た A Rainbow in Curved Air (1969年)や Shri Camel (1980年)などのイカれたヒッピーおじさんのころの作品が好きで、テープ・ループにサキソフォンを延々と吹き続ける(演奏をテープに録音し、それを流した上にまた音を重ねるといった方法で)、危ないクスリなぞ使っていれば、必ず異世界へぶっ飛んでいってしまうような怪しい魅力が満載だった。しかし、90年頃になると、管弦楽やこうした弦楽曲も作曲するようになって、パフォーマーの側面がなくなり、落ち着いた感じの(本当はどうだか知らないが)現代音楽作曲家になってしまったように思う。1935年の生まれだから、90年といえば55歳、落ち着くには妥当な年齢ということか。
 表題の Salome とは、新約聖書に出てくる女性の名前。祝宴での舞踏が上手かったため、その褒美に何が良いか聞かれ、「預言者ヨハネの首」と答えた。そのため、哀れ預言者ヨハネはお盆の上に首を晒すことになったのである。これは、なかなか衝撃的シーンゆえ、様々な絵画に描かれたが、それ以上に有名なのがオスカー・ワイルドの戯曲、その背徳性ゆえに暫く上演できなかったという(因みにこの作品、フランス語で書かれた、英訳を担ったのがワイルドの同性愛相手であったのは有名な話)。出版された本の挿絵が有名なビアズリー、自分など ’サロメ' といえばこの白と黒だけで構成された絵を思い浮かべてしまう。

a0248963_1844740.jpg 次が 1990年の Black Angel 。表題曲の Black Angel は、Kronos Quartet のリーダー David Harrington に、この曲のため弦楽四重奏団の結成を決意させたものとして有名。
 Black Angel は George Crumb (1929年生まれ)の18分ほどの作品。非常に暗く重いイメージの作品で、サブ・タイトルが "Thirteen Images from the Dark Land" という、地獄の底から沸き立ってくるような音。もともとが ’electric string quartet' のための曲、音にもかなりエフェクトが掛っていたり、人の声も多用されている、いかにもの現代音楽。
 次の Spem in Alium (Thomas Tallis) は16世紀の作品のようで、Kronos 自身が編曲したもの、現代音楽と古楽に近い作品を並べるのはいかにも Kronos らしい。 他には、ハンガリーの作曲家 István Mártha(この曲も泣いている人の声が入っている、題名が Doom. A Sigh だもんなぁ)、アメリカの前衛作曲家の Charles Ives(古いピアノと歌の録音に Kronos の演奏を被せている)、そしてソ連を代表する作曲家 Dmitri Shostakovich の作品が並ぶ。前衛と落ち着きが交差する作品集。こうしたごった煮的なヴァラエティーは、Kronos を聴く楽しみの一つ、単一作曲家の作品集では飽きてしまうこともあるが、こうした作品集にはそれがない。

 ちょっと民族系の演奏家ばかり聴いていたので、耳直しに。耳が曲がったのか、といえばそうではありませんが。偶には、長く聴いていない CD でも。
 
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by ay0626 | 2012-12-23 16:09 | 現代音楽

スタイリシュな弦楽四重奏 クロノス・カルテット

 昨日が秋分の日で、今日は雨。ぐっと気温が下がって「暑さ寒さも彼岸まで」がその通りの感じ。彼岸とは、読んで字のごとく「向こう岸」のこと、まあ仏教でいえば解脱して煩悩 ~ 様々な悩み事 がなくなって悟りを開いた状態になること、また阿弥陀如来の領地、極楽浄土のことである。そう、日本の浄土宗や浄土真宗の考え方で、念仏を唱えれば(阿弥陀という仏さんの名前を連呼すれば)極楽浄土に死んだ後連れて行ってくれるという考え方ですね。彼岸に対して煩悩いっぱいの今生きている世界のことを此岸(しがん)という。
 もともとお釈迦さんが始めた仏教には、死後の世界という概念はなかった。そりゃ、当然といえば当然で、輪廻転生を肯定することでカーストを構成してきたバラモン教を否定する思想が仏教なのだから。輪廻転生を前提とする死後の世界を肯定したら何の意味もなくなってしまう。お釈迦さんは、死後の世界を「判らないんだから語ってはいけない」みたいに言っている。それでは、この世の苦しみから逃れる(言い方は悪いが)方法は、といえば出家して修行して、何もかも一切気にならないようになること(仏教では人を愛すれば、その愛した人に執着する、つまりは煩悩が生ずると考えられた。お釈迦さん、余程の女嫌い、子供嫌いだったのかも)、つまり解脱(苦しみのサイクルから外れること)して悟りを開くこと(全く何も気にならなくなること)が重要だ、とのたまわった次第。
 しかし、貧乏人は頭も悪く、出家するほどの財力もなく、修行するほどの気力もない。それじゃあ悟りなんぞ開けるわけもない、日々の暮らしのため、やっぱり現世利益のバラモン教の方がいいや、ということでインドでは仏教が滅んだ。タイなどでは昔ながらの上座部仏教が多少生き残ったが、中国では現世利益の道教と結びついたりした。日本では、キリスト教的な「おすがり宗教」としての浄土宗や浄土真宗が幅を利かした。自分じゃなんとも悟れないので、阿弥陀さんにおすがりして、領地の極楽浄土へ連れて行ってもらおうというもの、もともと農民の宗教らしく「現世利益」的な側面がごっそり抜け落ちていて、お祭的側面は神道 ~ 神社 の担当になったようだ。
 別に死んだ後がなけりゃなくていい、とはあまり人間は思わないようで、どの宗教にも死後の世界について語る。3大宗教のうちで、全く死後世界に言及していないのは仏教だけだが、その仏教もいろいろあって、原初の形のままの仏教など、もうとうの昔に死滅してしまっている。なかなか、煩悩は消えないということか、消えなくても困らないといえば困らないが。

 と、涼しくなって頭も確りするかと思えば、ぼ~・・・・としたまんま、暑さに破壊しつくされたようで。ということで、クール・ダウンのための音楽、現代音楽の弦楽四重奏団 Kronos Quartet の CD のご紹介。

 Kronos Quartet は、1973年に David Harrington によって創設された弦楽四重奏団、現代音楽を中心にありふれたクラッシク四重奏曲以外の、例えば古楽とか民族音楽とかにも触手を伸ばし、夥しい録音を残す。ファッション的にもなかなか尖がっていて、ライヴなどはポップのノリ(ちょっとは違うか)だったとも聴く。
 クラッシク ~ 現代音楽は、作曲家の作った作品を演奏家が演奏するという形を採るので、作曲家の作品集ということで CD を作ると、一部だけお目当ての演奏家ということもある。コレクター的にいえば、ちょっと揃え方が難しい、ということで Kronos については主要レーベルの Nonsuch 盤のみのコレクションとし、一部だけ彼らの演奏のものは購入しないこととした(変に律儀ではある)、まぁそんなに頻繁に聞かない割りに CD 枚数は相当数あるという理由もあるが。

a0248963_15332625.jpg ということで Nonsuch 最初のアルバムは1986年の Kronos Quartet (s/t) 。メンバーは、David Harrington (violin)、John Sherba (violin)、Hank Dutt (viola)、Joan Jeanrenaud (cello) 。最初期のメンバーとは異なるようだが、Joan Jeanrenaud が99年に去るまで長くこのメンバーが続いた。
 彼らの演奏が上手いのかどうか、それは自分の耳では確かめられない。しかし、現代音楽の様々な局面をヴァラエティー豊かに見せてくれる、特に初期の盤は見本市みたいな感じで、他のクラッシクに見られるような退屈さはなかった。彼らの演奏する楽曲の作曲家もロックやポップスを全く聴かずに作曲活動をした訳ではないだろう、リズムや強弱の付け方、和音の使い方などにそれなりの影響は出ているはず、ましてやロックやジャズの曲をアレンジして取り込んでいるこの四重奏団に委嘱された曲であればなおさら。
 本 CD には、5人の作曲家の作品が収められている。1曲目は Peter Sculthorpe (1929~)、オーストラリア人、アボリジニなど原住民の音楽にも興味があるようだ(ラディカル・トラッドなどでよく使われるデジェリドゥはアボリジニの楽器)。17曲もの弦楽四重奏曲を書いているが、ここに収録されたのは第8番。
 次の曲は Aulis Sallinen の弦楽四重奏曲第3番。Aulis Sallinen は1935年生まれのフィンランドの作曲家、調性のある音楽で実験的な側面の少ない作曲家のようだ。8曲もの交響曲を生み出している。
 3曲目はミニマル・ミュージックで有名な Philip Glass (1937~)、ここに収録されたのは Company と題された2番。現代音楽の中でも聞きやすく、多くの曲が CD になっている。Kronos もこの後、Glass の四重奏曲を集めた作品集をリリースする。
 4曲目は Conlon Nancarrow (1912~1997)の四重奏曲。アメリカ人だが、長くメキシコに住み1955年にはメキシコの市民権を取った。自動演奏ピアノのための作品を書いたことで有名、人間には到底弾けない音楽を作った。
 5曲目が、Kronos の名前を世に広めた Jimi Hendrix の Purple Haze ~ 紫のけむり、ほんの3分程度の演奏だが、強烈な印象を残す。

a0248963_15334196.jpg 次の作品集が、White Man Sleeps 、1987年作品。この作品集もごった煮的な印象で、聴くにはヴァラエティーに富んでいて、飽きずに聴き通せる。これがベートーベンだと途中で寝るか、だるくなって楽章の切れ目で聴くのを止め、他のCD をテーブルの上に乗せるか、のどちらかになる。
 Kevin Volans (1949~、南アフリカ)、Charles Ives (1874~1954、アメリカ)など7人の作曲家の作品を収めるが、前作の Purple Haze に対応するのが、Ornette Coleman の Lonely Woman 。これも3分程度ではあるが、印象的なメロディーが強調された良い出来。

a0248963_15335843.jpg 3作目は、Winter was Hard 、1988年作品。この作品になると Webern や Schnittke といった有名作曲家に混じり、これからも親交を続ける Terry Riley やジャズ・前衛畑の John Zorn 、John Lurie 、タンゴの超大御所 Astor Piazzolla の作品など、その守備範囲の広さには目を見張る。多分、リリース時は通常のクラッシク・ファンには良い感じでは見られなかっただろう、アヴァンギャルド・ジャズやロック好きの方に注目されただろうと思う。
 John Zorn の Forbidden Fruit は、石原裕次郎の『狂った果実』という映画に触発された作品とのことで、あの『木綿のハンカチーフ』の太田裕美がポエトリー・リーディングを行っているのだが、これが気持ち悪く決まっていて、一聴の価値あり!と力んでおきましょう、Zorn と太田裕美、どこでどういう接点があったのだろうか。

 といことで、久しぶりに現代音楽、浸ってみるのも良いです。リズム、ビートは気持ちいいけど草臥れることも多い、偶にはまったりと・・・・とはいきませんか、ああ、そうですか。
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by ay0626 | 2012-09-23 14:13 | 現代音楽

現代音楽って本当に高尚なの? 武満徹

 高校時代末期に現代音楽に開眼(?)し、大学時代はフリー・ジャズとの2本立てで聴いていたのは、今までも書いた通り。自己肥大の若者のスノッブな趣味と言ってしまえばそれまでだが、その頃聴いていた音楽をまだ聴いている訳で、音楽自体にそれなりの魅力があるのは間違いない。だが、その当時の聴き方と今の聴き方には、大きな違いがあるように思える。

 当時、レコードを買ってくると針を落とす前に必ず解説を読んだものだ。勿論、当時はインターネットなどなくて、音楽情報は極端に少なかったため、ディスコグラフィーの確認やバイオグラフィーなどを求めて、という理由もあったが、本当は解説の「難解な文章」に「こんな高尚な音楽を自分は聴いているのだ!」という自己満足の部分が多かったことは否定できない。確かに、フリー・ジャズでは間章(あいだ あきら)や悠雅彦など難解な文章を書く解説者は多かったし、現代音楽も同様の傾向で、ときにはポップスの分野でも変な解説(例えば Roxy Music をマニエリズムと結びつけた今野雄司など)はごまんとあったような気がする。それは、(解説を頼まれるくらいだから)多少の権威性を持った人々のご託宣として、多少は「ありがたかった」のである。
 しかし、今は全くそうした類の文章を読むことはなくなった。それは、その後、90年代後半、仕事が暇なこともあって、現代哲学の概説書を数冊読む機会があり(30歳代後半までは、読書分野でも知的好奇心が旺盛であったのだ・・・自慢してどうする?)、その中に「ソーカル事件(1995-1996)」の顛末が記してあり、今までもやもやっとしていたことがそれで判った(ような気になった)。ソーカル事件とは、NY大学教授のアラン・ソーカルが起こした、「科学用語と数式をちりばめた無意味な内容の疑似哲学論文を作成し、これを著名な評論誌に送ったところ、雑誌の編集者のチェックを経て掲載されたできごとを指す。掲載と同時にでたらめな疑似論文であったことを発表し、フランス現代思想系の人文批評への批判の一翼となった」(wikiからの引用、ありがとうございます)事件のこと。
 事件の本質(哲学の自然科学に対する無知批判)とはずれるかも知れないが、自分で納得したのは要するに、「解説」の「難解」ではあるが「無意味な」「間違った」語法で飾られた言葉で綴られた文章に言いたいことは何もなくて、高尚に見せるため「難解」であること自体に意味があるということだ。そのことに気が付いてみると、難しい顔をして、そうした文章を読んでいた自分自身が可笑しく思えて、豪く気分が軽くなったように思えたものだ。そしてそれが、ジャンルに囚われず、いい加減に知的(痴的?)好奇心の赴くまま、無節操に聴きまくる今の音楽聴取スタイルの基礎となっているように思う。

 若いときから聴き続けた現代作曲家は、Anton Webern と武満徹のふたり。演奏家で言えば80年代の Kronos Quartet など。ということで、今回は武満徹。
 武満は、ヌーベルバーグ(新しい波、前衛的な映画が60年代に流行った)の映画音楽作った人程度の印象であったが、実際にじっくり聴いてみるとなかなか良いではないか、多分当時NHK FM でやっていた「現代の音楽」という番組で長時間の特集が組まれたのではないかと思う(記憶曖昧)。ということで、最初に買ったのが Miniatur と題された室内楽シリーズ。如何にも現代音楽アルバムのジャケットらしく格好良くて、即購入した。内容的には、それなりに満足したものの、演奏者の数や収録時間に対して2,500円は高いんじゃないかなあ、という場違いな感想を抱いたことを覚えている(確かに同時期に買った Miles Davis の Get Up With It の1枚目何ぞは1時間以上の収録時間だったからなあ)。

 この Miniatur のシリーズは5集まで出ていて、様々な楽器のアンサンブルあり、ソロありとバラエティーに富んだ組み合わせで、武満入門編としては最適ではないかと思う。室内楽中心で聴いてきた自分にとって、オーケストラ作品についてはあまり縁がなく、武満のそれをじっくり聴くようになったのは、コロムビアの廉価盤シリーズが出されるようになってからだ。

 2006年に Miniatur シリーズが復刻されると知って、わざわざタワー・レコードまで買いに行った。通販はアマゾンか HMV だったので、たまにはレコード屋でも行ってみるか、という気持ちになったのだ。行ってみると、流行の音楽が8割、名盤系が2割といったところで、おじさんの変な趣味に合うようなものは殆ど置かれていない、ま、これが現実ね、と嘆息したものだ。

a0248963_16274426.jpg それでは、第1集、「アンサンブルのための作品集」。当時出ていたものの多分1集と2集を纏めたもの。当時、へーこら言って2,500円もの大枚を叩いて(2枚で5,000円)買ったものが、1,000円で1枚に収まってしまうとは・・・。
 この作品集には、ギターやヴァイブラフォンなどポピュラー系を聴く者にも馴染みやすい楽器が多様されており、また、一部には特殊奏法が使われるが、比較的聴き易い音で、BGM としても使えるのではないか。67分を超える収録時間ではあるが、スムーズに聴ける。「スタンザ」「サクリファイス」など聴いていると、Cecil Taylor の87年の Carlos Ward や Leroy Jenkins の加わったクインテットに似た感じがする、気のせいか。

a0248963_16284161.jpg 第2集は「ソロ楽器&アンサンブルのための作品集」。当時の3集と5集の合体作。若干、ピアノ・ソロについては退屈に感じる部分もないではないが(とくに長尺の「ピアニストののためのコロナ」)、ギター・ソロ「フォリス」の緊張感、異色のブラス・アンサンブル「ガーデン・レイン」など、飽きさせぬ曲順で70分を遥かに超える時間に楽しみを与え続ける。
 そういえば、数年前、このアルバムでピアノを弾いている高橋悠治のライヴを見た。韓国のインプロヴァイザー、姜泰煥(アルト・サックスで Evan Parker 並みのサーキュラー・ブリージング、マルチ・フォニック奏法を見せる怪人、近頃名前を聞かなくなった。数枚のアルバムを所有しているが、Evan ほどは夢中にならなかった、やはり楽器がアルトだから?)とのデュオであったが、70歳と高齢のためかあまり迫力がなく、ちょっとがっかりしたことを覚えている。

a0248963_1629219.jpg 第3集「打楽器のための作品集」。当時の4集に「トゥワード」を加えたもの。1970年の大阪万国博覧会で鉄鋼館の音楽監督(監修?)として関わっていたようで、メタル・パーカッションを動員した音楽を聴かせる。もうちょっと騒々しくさせれば、インダストリアルとしても通用するんじゃないかと思える類。ポピュラーとの境界を超えるには、あと数歩といったところ。

 例えば、ジャズやアヴァン・ロック、Piazzolla のタンゴ、Chieftains の民俗音楽と同じ地平で武満の音楽を楽しむのは邪道なのか(AKB や Kara、嵐や Smap と書かないのは、彼らの音楽を聴いていないという理由で)。人それぞれの楽しみ方があるのなら、それはそれでよい、RCサクセション聴いた後で Webern の歌曲とか、Magma M.D.K の後で武満の November Steps とか。
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by ay0626 | 2012-02-12 14:57 | 現代音楽