日常茶飯事とCDコレクション
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カテゴリ:folk( 15 )

快調、アルバム量産、それでも佳作多し レ・ゾグル・ド・バルバック (2)

 90年代中盤の頃、ワールド・ミュージックのブームというか、エスニック音楽への関心が高まったということか、かなりの数の 民族音楽のCD が発売された時期があった。キング・レコードと日本ビクターの2社が競って出していたもので、各々百数十枚に及ぶカタログを誇っていた。様々な地域の音楽が集められ、特にキングのシリーズは音も良く、聴き応えのある作品が多かったと思う。しかし、聴き易い音楽ばかりではない、西洋音楽に馴染んだ耳には退屈に聴こえる音楽もままあったし、ヴォーカル曲は特にその感を強くした(もともと器楽が好きで、西欧楽器以外の楽器の音を聴いてみたくて蒐集を開始したので)。
 自分もかなり購入したが、やはり上に書いたとおり好き嫌いがはっきりしてしまって、全てが全て楽しめたわけではない。こうした CD は何処かで試聴出来る訳でもないため、勢い購入して初めて合う合わないが判るもの、そういう意味ではフリー・インプロヴィゼーション作品と似ていなくもない。
 この頃の CD の値段は日本盤で2,500円ほど、当時はまだ給料も少なく子供の保育園代など他にお金の掛ることも多く、ほんの数回聴くだけのものをそうそう買えるだけの懐具合ではなかった。そんな訳で新品だけでなく中古盤も探すことにしたのだが、この手の音楽はそんなに中古市場に出るような代物ではない、春秋の良い季節にはウォーキング・シューズを穿いて、中古CD店ガイドを片手に歩き回ったものだ。ぼちぼちのゆっくりしたペースで集めているうちに、廃盤になるものも出始め結局コレクションはコンプリート出来ないで終わった。
 その頃は、まだインターネットも一般的ではなく、例えばオークションや中古市場の情報を手に入れるのは難しかった。インターネットが今のような状況だったら、多分もっとお金を掛けずにコレクションを完全なものにすることが出来たろうに。また、個別のミュージシャンの蒐集と異なり、シリーズ物では、どうしても良く聴くのと全く聴かないのが出来てしまう、学問として聴く訳じゃないので金を掛ける効率性を考えると余りよくないのではないかと思った次第。
 そんな経緯があって今のような音楽コレクション・スタイルが出来ていった、そう大したスタイルでもないが。また、余程渋い民族音楽まで聴いたせいか、フリー・ジャズ&フリー・インプロヴィゼーション聴取体験と併せ、どんな音楽にも耐性が付いてそれなりに楽しめるようになったのは良かったと思うのである。

 ということで、訳も判らず蒐集し始めた Les Ogres De Barback 。彼らをどうして知ったのか、そのきっかけは定かではないが(どうも最近物忘れが多くて)、それでも大体の作品は集めた。今まで聴いてきた音楽とは傾向が違うようで、共演ミュージシャンなど全く知らない、ということで下らない感想文の類になってしまうかも。

a0248963_2274436.jpg 4作目、Croc'Noces 、2001年作品。'croc' とは「牙」、'noces' は「結婚式」、どういう意味なんでしょうね。何時もながらのアート・ワークで、歌詞カードも折りたたむと表紙がジャケットと同じ色調でセンスを感じさせる。広げると裏側はフランス地図の上にキリンに引かれる車(馬車じゃないよね)の上で演奏するメンバー4人、Sam はトランペット、Fred はアコーディオン(ちょっとビロ~ンと伸び過ぎですが)、Alice はコントラバス、Mathilde はフルート。向こう側には赤と黄色の縦じまのテント、'Latcho Drom' の文字、'Safe Journy' の意味で、ロマの人を追ったフランスのドキュメント映画の題名(1993年)のよう、よくは知らない。Aurelia Grandin という人のデザイン、彼らのジャケットは殆どこの人?統一感があり、また演奏内容と上手くマッチしている。
 先ずは 'La Manche (英仏海峡)' で幕開け、軽快なアコーディオンに先導される名曲、ちなみにこの曲、Ogres を作る前の Sam と Fred のデビュー曲のようである。また、後のアルバムの題名になる 'Avril et Toi (4月とあなた)' など印象に残る。メロディーの綺麗な曲が多く、豚の鳴き声の聴こえる曲もあるが、総じて真っ当な演奏が多い。
 基本的には4人での演奏だが、例えば10曲目や13曲目にはハンマード・ダルシマーのような音が聴こえ、ライナーにも 'cymbalum' という単語が見えるところから若干のゲストも入っている模様。それにしても多楽器主義の多彩な演奏で、器楽好きな自分としては13曲目 'Flûte!' (フルートという題名だがフルートの音は聴こえない)のようなインストルメンタルも増やして欲しいが。

a0248963_2283772.jpg 5作目 La Pittoresque Histoire de Pitt'ocha(ピット・オシャの絵のような物語)、2003年。この作品の前(2002年)に Un air, deux familles という Les Hurlements d'Léo というバンドとの連名ライヴが出ているのだが、聴いていない。
 この作品、ウォークマンに入れるとジャンルには「子供向け音楽」という表示がなされる。実際、60ページ以上の歌詞とピット・オシャの物語の絵本に CD が付いている。このイラストも Aurelia Grandin 、ルオーの油絵風と我が 'たま' の知久寿焼氏のイラスト感とを合わせたような奇妙な世界を作っている。
 非常に多くのゲストを加えた、というよりお友達を揃えてコンセプト・アルバムを作ってみました、という感じか。あまり、Ogres らしくないところも、彼らの交友関係の広いことは良く判るが、全く知識もないのでコメントしようがない。21曲目は11分を超える作品、朗読劇みたいな感じでフランス語が判らないとちょっと聴くのに苦しいところも、自分も苦しみ(?)ました。
 2009年には続編 Pitt Ocha au Pays des Mille Collines がリリースされ、2013年5月(?)には第三弾が用意されているとのこと。

 ということで、今回は2枚。ちょっと調べようにも余り情報はなく、フランス語のページを英語に自動翻訳して四苦八苦、聴くにはなんの役にも立ってないところが空しいというか何というか。頭の体操だと思えばいいのかも知れない、数行の文章を書くのに半日を費やしたとしても。
 
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by ay0626 | 2012-11-11 17:13 | folk

その後の はっぴいえんど 田舎暮らしから世界漫遊へ 細野晴臣

 久しぶりにパチンコをした。近頃は安く玉を貸してくれる、そのせいか暇潰し感覚でやっている人も多いようだ。通常の1玉4円貸しのレーンには人が少なく、1円など安く遊べるレーンの方が人が多い、特に中年以上の女性が多いような気がする。まあ、そう多くの金を消費する訳ではない、年金程度でも遊べるとなれば、テレビじゃ刺激が少ない、本を読む習慣も気力もない、そうした中高年の手っ取り早い遊びが博打 ~ パチンコ。今の台は連チャンの確率も高く、一度大当たりになればそれなりに興奮する、脳内麻薬も出捲くる。10年ほど前、連チャン機能が野放しだった頃は、勝てば10万円、負ければ5万円くらいは平気だった、勝つのが数度に1度とすれば、負けが月に20万円30万円と嵩んでいくのは当然のこと、世間の非難を浴び規制が強くなる、また世の不況もあってパチンコ業界ももう終わりか、という感じではあった。が、そう毟らなければ(節度(?)を持って毟れば)業界が生きていける程度のお客はいる(年金世代)、来てくれるということが判ったのだろう、また盛り返して来てはいるようだ。
 競馬や競輪、競艇などの博打には縁がなく、競馬は誘われて数度馬券を買い見にも行ったが、全く面白くない、「一度でも当れば違う」といわれるが、そこまで続ける気にもならず、30年以上ご無沙汰状態。しかし、パチンコはコンスタントにやっていて、学生時代は新装開店に並びもしたし、何年か前までは休みになれば何万円かポケットに入れて、出れば昼飯も食わず何時間もぶっ続けで遊んだこともある。何時の頃からか、何か憑き物が落ちたようにぷっつりと行かなくなり、誰かに誘われれ暇であれば付いて行く程度、出ていても帰る時間になれば未練なく止められる。
 そういえば、麻雀もやらなくなった。学生時代は、学校に行くのは麻雀仲間を探しに行くようなもの、決して授業を受けに行くためではなかった。友人の家でやるときは何時も徹夜、何で眠気を我慢してまでやっていたのだろう、今となっては理解に苦しむ。会社に入ってからも麻雀熱が醒めることはなく、どうだろう10年ほどはやっていたと思う、そのうち突然やらなくなった。若い世代は、4人が仲間内で金を取り合うというのに疑問を持ったという訳ではないだろうが、長い時間煙草を吸いながら椅子に座り続けるのは苦痛なのかと思う。自分もこの数年、牌を握ったこともない。そういえば会社に入った頃、会社の近くには6~7軒の雀荘があったが、バブルが消滅した頃から廃業し出し、今ではもう1件しかない。
 博打も世相を敏感に反映するもの。そのうち、パチンコ屋の客は65歳以上の老人ばかりになったりして、そういえば今日若い人の姿を見た覚えがない。

 昔話ばかりで恐縮だが、また70年代までの話、はっぴいえんど、その後。細野さんといえば、YMO が最も有名かと思うが、自分はあれで全く細野さんとは縁が切れました。ということで、ここでは Hosono House とトロピカル3部作まで、Hosono House はともかく、トロピカル3部作は今でも十分に聴けます。

a0248963_18201310.jpg ソロ第1作が Hosono House 、1973年作品。多分中学生の頃、LP を買った。大瀧さんにしろ鈴木さんにしろ、やはり最も愛着があるのが各人のファースト・アルバム。本当に良く聴いた。
 このアルバム、埼玉県の自宅で録音したもののようで、決して音は良くない。演奏も今の耳で聴くとどうかと思うような感じなのだが、全体のホンワカとした田舎っぽいところが気に入った。特に「僕は一寸」「終わりの季節」「恋は桃色」など当時は大いに気に入っていて、よく口ずさんでいたことを憶えている。松本隆さんの詞とは明らかに違う世界がそこにはあった。
 ジャケットもモノトーンのシンプルなもので、70年代のヒッピー、自然回帰志向がよく現されたデザイン。しかし、実質の最終曲「薔薇と野獣」はちょっとイッちゃった感じがして、やはりミュージシャンなんてのは皆悪いお薬でもやっているのじゃないか、と高校に入る頃には思っていた、的が大きく外れているとは今でも思わないが。

a0248963_1821935.jpg それから、キャラメル・ママ(後のティン・パン・アレー)の活動を行うが、その中で生み出されたのが所謂トロピカル3部作。その1作目が『トロピカル・ダンディ』、1975年作品。
 当時細野さんの新しいアルバムが出るということで首を長くしていた、高校1年か2年の頃。それほど Hosono House が好きだったのである。アルバム・リリース日に即購入、勇んで聴くと「ちょっと何か違う感じ?」。それでも聴き込んで、LP A面はそれなりに納得もしたが、B面の力の入らなさにはガッカリしたところもあった。
 その頃は、プログレを聴き始めた頃、例えば Pink Floyd の Meddle だとか、Crimson の In the Court of ~などを齧り出し、シリアス志向、大作大好きになりつつあった。とすれば、向くのは北方向(冷たく理知的な方向・・・と思っていたのだろう)、楽しく明るく能天気な南には志向が向かなかったのだろう、このアルバムのあとの2作は、CD 化された後に購入、リアル・タイムでは聴いていないのである。
 しかし、このアルバムの「Hurricane Dorothy」「絹街道」は凄く好きな曲、当時は勉強しながら掛けていました、これは本当の話。

a0248963_18213110.jpg トロピカル3部作の第2部は『泰安洋行』、1976年作品。上記のごとく、2000年 CD 化されてから購入したもの。
 かなり熱に浮かされたような出来で、ちょっと行き着くところまで行き着いた感じ、訳の判らぬワールド・ミュージック。サウンド的には実験的な部分がかなり盛り込まれている。中の歌詞ブックも凝り捲くりで、鬘を付けた白塗りの細野さんなどやり過ぎ感あり。
 演奏は、ティン・パン・アレー、当時の最高の演奏力を誇るバンド、今聴いても古びたところがないのは流石、細野さんの構成力とティン・パンの演奏力、見事なコラボレーションです。

a0248963_18221457.jpg 最終作『はらいそ』、1978年作、ハリー細野とイエロー・マジック・バンド名義。とは言ってもバンドが継続した訳もなく、これまでのソロ作品と同じ。
 前作に比べるとかなり落ち着いた出来で、録音の仕方も若干違うような感じ(前作までのクラウンからアルファ(ソニー傘下)に移籍したことも関係があるのか)。
 ストレートにグレン・ミラー(3曲目)とか沖縄民謡(4曲目)とかを取り入れ、マリンバやスティール・ドラムとか(7曲目は金属打楽器の合奏!)民族的な指向が出ている。
 それなりの出来ではあるが、前作のハチャメチャな感じの方が好きかも。

 時々ブログを読み返すこともあるが、何れも昔の音楽ばかり、偶には現役バンドの話題がないわけではないが、古いと思わざるを得ない。一番多感な頃聴いた音楽が最も心に染み付いているのは当然のこと、素直に居直っておきましょう。ということで、今後も古い音楽、沢山出てきます。

 
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by ay0626 | 2012-10-07 16:56 | folk

4人兄妹のヌーヴェル・シャンソン レ・ゾグル・ド・バルバック

 フランスといえば直ぐ思い出すのがボジョレー・ヌーヴォー、11月15日解禁とか。バブル期はフランスに出回る以上に日本に輸入され、バカ高い値段でも飛ぶように売れ、旨いんだか不味いんだか判らなくても、判ったような顔をして飲んでいた。近頃は世相を反映してか、大騒ぎをすることもなく、値段を考えてペット・ボトル入りなんてものも出回っているようだ。ワイン好きならそれを楽しみにするのは当然、昔のような狂騒感がなくなっただけ落ち着いて飲めるのは良いこと。自分は酒は飲めない口で解禁日などどうでもよいが、それでも付き合いで飲むときはワインが良い、日本酒は匂いが嫌で飲む気がしないせいで。
 フランスはお洒落な国とのイメージがある。そういえば20年以上昔に一度だけ出張でパリに行ったことがある、別段お洒落という感じはなく、普通の都会程度の印象しか残っていないが。その時、ルイ・ヴィトンの本店に行き、日本語で話しかけられたのにはびっくりした。バブルの頃だったから・・・今思えば。
 そういえば、フランス料理は好きだ、イタリア料理より余程好き。フランス料理の濃厚さが好き、イタリア料理のトマトとオリーブ油が嫌、というだけの話。
 音楽で言っても日本人はイタリア系統を好むのか、イギリス(アメリカ)の次に好きな人の多いのがイタリアのポピュラー音楽(自分はそうでもないが)、高校生の頃だったかプログレ全盛期の頃、周りでは PFM を聴いている人が多かったような気がする、自分が馴染んだのは Stormy Six 、Area 、Picchio Dal Pozzo だからかなり偏っている。フランスも同じようなもので、RIO 関連で Etron fou 、Heldon を知り、あとは Magma くらい、こっちも同様に偏っている。
 イタリアなどそれでもまだ音楽情報が入ってくるが、フランスはダメ、イギリスに対抗するフランス人の気質か、英語の情報というものがなく、言語による検索がなかなか難しい。ドイツであれば、同じゲルマン語系統ということもあってか比較的情報は多く、音楽関係のウィキペディアもドイツ語のみという例は少ない。しかし、フランスのバンドだとそうはいかない、多くがフランス語のみという有様。今回紹介する Les Ogres de Barback もウィキペディアはフランス語のみ、11枚もアルバムを発表しているのにも関わらず、だ。

 今は翻訳ソフトという便利なものがあって、それでも日本語に直接訳すと珍妙で訳の判らないものになる、フランス語なら(というよりもヨーロッパの言語なら、というべきか)英語に訳したものを読む方が理解しやすいことの方が多い。Les Ogres de Barback のページもこの方法で読んだ、大体理解できた、という程度ではあるが。

 Les Ogres de Barback は兄妹4人のバンド、アルメニア系フランス人だそうな、それも大虐殺の生き残りの子孫(トルコによるアルメニア人大虐殺は有名、詳細は別の機会に)。Burguière 4兄弟は、長兄の Sam (vin, tp, Epinette des Vosges ~ ツィター属のフランス・ヴォーズ山地の民族楽器, etc)、次兄の Fred (vo, accordion, g, tb, cornet, etc)、双子の姉妹 Alice (cello, acc-b, musical saw, tb, tuba, erhu ~ 二胡, etc)、Mathilde (p, fl, cl, tuba, etc)。何れも達者なマルチ・インストルメンタリスト、カラフルな演奏に乗る早口のヌーヴェル・シャンソン。このバンドの音楽、シャンソンという言葉が非常に似合う。

a0248963_16102782.jpg ジャケットも凝った作りの1st は、1997年リリースの Rue du Temps、訳せば「’時間’通り 」ということか。14曲45分程度。この時、次兄の Fred 26歳、ということはメンバーは殆ど20歳台、その若さでこれだけのものを構成する力量には脱帽。
 歌詞カードもクレジットもフランス語ばかりで手も足も出ない、従って以下は自分の印象の話ばかり、恐縮。
 楽器類は、殆どアコースティクで変なエフェクトは掛けていない、ヴォーカリスト以外は楽器を次々に持ち替えるようで、バックの演奏は千変万化、カラフルな印象。パーカッション系の音は殆どなく、太くくっきりとしたウッド・ベースがリズムの要となる、Alice という女性が演奏しているがなかなか根性の入った素晴らしい音を聞かせてくれる。
 ヴォーカルはシャンソン!!!という感じ、これは伴奏の多くにコード・アコーディオンを使っているせいかも、やはりシャンソンは垢抜けたアコーディオンがなけりゃね。シャンソンという言葉はフランス語で「歌」の意味だから、Etron fou でもシャンソンなのだろうが、その語感は Ogre には似合うが Etron fou には似合わない。豪く早口で、誰が聞いても「フランス語」という感じ、聴き始めは鬱陶しい感じがないでもなかったが、慣れてくれば何時間でもOK。You Tube などで彼らのライヴ映像を見ると、Fred などはかなりアブナそうな感じの人ではある。

a0248963_16105373.jpg 2枚目が、1999年の Irfan ( Le Heros )。ジャケットを描いている人は異なるようだが、どのジャケットもイメージは似ていて、統一感がある。
 前回のアルバム・ジャケットでは、家の外にいるのがアコーディオンを持った Fred 、家の中にヴァイオリンの Sam、ベースの Alice、フルートの Mathilde が描かれていたが、今回は馬に引かれる車の上に4兄妹、Sam は今回トランペットを吹いている。柔らかな薄い茶色を基調とした素晴らしいジャケットである。
 音楽的には長足の進歩を遂げている。録音もくっきりとしたものになっていて、前作のややくぐもった感じがない。最初の曲 Contes, vents et marées (お話、風そして波)は、代表曲と言われるだけあって、印象深い佳曲。他にも伴奏なしの合唱曲や金管の合奏、弦の合奏など、新たな試みもなされている。16曲収録、50分強の作品。

a0248963_16111373.jpga0248963_16113053.jpg 3枚目は、EP 2枚組の Fausses notes & Repris de Justesse (訳せば「間違った音(音符?)」と「撮影の精度」(?)、良く判らん)。
 Fausses Notes が28分程度のライヴ、5曲を収録しているが最後の15分程の作品を除き、1枚目2枚目から。ライブを年100回以上行うといわれるだけあって、なかなか躍動感のある演奏を聴かせる。
 Repris de Justesse は、6曲17分程度のカヴァー集。カヴァーしている曲はそれなりに知られた曲であろうが、フランス・ミュージック・シーンに無知なため、原曲のミュージシャンを一人も知らず、従って原曲との違いを云々することは出来ない。歌と演奏はいつも通り。
 ジャケットは両面表紙扱いか、どちらがどちらの EP を現しているのかは判らないが。イラストレーターは1st アルバムと同じ人。

 全く新しいジャンルのものを聴き始めると、情報がなくて・・・まぁ、聴いて楽しければよいのだが。今回は、フランスということもあって、全く書くことに困りました、このバンドのことを次に書く機会があっても、また感想程度になりそうで。しょうがないが、偶にはそういうこともあり、ということで。
 
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by ay0626 | 2012-09-15 13:57 | folk

オランダの大道芸人集団 フレアーク

 8月の終わりから9月の頭に掛けて北海道を旅行した。北海道は何度も訪問した、これは大学時代の最も親しい友人の出身地だったこと、子供が札幌と帯広の大学に進学したため。道は良い、見るところは沢山あり、ということで何回も出かけることになった。特に子供が大学に進学した後は、2006年、2009年、2010年と立て続けにかなり長い旅行を楽しんだ、そうだ、2008年には娘の受験に付いて行って、冬の帯広に行ったのだった。夏か秋の掛りくらいしか行ったことがなかったが、真っ白な極寒の北海道もいいものだ、と思った(住むには?)。
 今回は、色々あって長い休みが取れず、加えて有名どころはほぼ廻っていたこともあって、前回行って特に良かった登別温泉での2連泊をメインにし、翌日は久しぶりに会う友人の家に泊めてもらおうとの計画を立て出発した。先ずは初日、帯広から日高樹海ロードを通って登別へ。日勝峠の絶景を見ながらのドライブ、気持ちが良かった。しかし昼食を取るところがなく、2時前に目に付いた平取温泉(びらとりおんせんと読む)でスパゲッティを娘と半分ずつ、夜の食事に差し支えてはならじと少量に抑えた訳。平取という町は、トマトと和牛で有名とか、スパゲッティもその材料が使ってあって、田舎にしては(失礼!)かなり美味しく、ちょっとびっくり。登別の宿の食事は奮発した分、量も味もよく堪能しました、特に特別に付けて貰った毛蟹、なかなかのもの。
 翌日は午前中、温泉周辺の散策、そこかしこから硫黄の匂いのする煙が噴出し、そのせいで植物の生えない荒涼たる風景が出来る、鈍い金属光沢のある水面に泡がぶくぶくと立っている〇×地獄と名づけられた池があちらこちらにある。北海道も今夏は記録的な暑さ、特に8月末の残暑は厳しかったようで、散歩していると汗まみれになった。昼前に次は何処へ行こうという話になって、娘が「友達が伊達時代村が面白いといっていた、行きたい」ということで、内心キワモノっぽいなぁと思いつつ出かけた。森の中に突然瓦屋根の建物群、平日(北海道の学校は夏休みが短いと言うことで、夏休みも既に終わっていた)ということもあり、中は閑散としており何か寂しい感じ。
 時代村とは、江戸時代風に作られた建物が並ぶ中、従業員も江戸時代風の衣装で接客する、メインは忍者アクションと時代ものの寸劇。3つのかなり大きな芝居小屋と野外ステージがあり、1つの寸劇は20分程度か、それが待たされることもなく次々と開催されていく。最初に見た野外ステージの忍者ショウは、観客の少ない中、役者が真面目に飛んだり跳ねたり。小さな子供の見に行く仮面ライダーショウと殆ど変わらないが、それでも目の前でバク転などされると、それなりの迫力、案外楽しんで見てしまう。その忍者のアクションが始まる前に、南京玉簾を見せる場面があり、そういえば子供の頃見た覚えがある、もう40年以上前、まだやっている人がいるんだ、という感じ(演じていたのは多分20歳代の役者さん)。他には、吉本新喜劇風の出し物や大尽遊びの出し物など、それなりに工夫がなされ楽しく過ごさせてもらった。途中からは、中国・韓国の団体客も入り、見物人も多くなり、そうなってくると役者も力が入るのだろう、なかなか迫力のある演技で2,400円の入場料もそう高いものではないと思えたのであった。
 夏も終わったので、これからは真面目に働きたいと思います(何時だって会社に行けば真面目に働いてはいますが)。

 ということで、南京玉簾が大道芸、大道芸繋がりでヨーロッパの大道芸風バンドと言えばオランダの Flairck 。今回は初期3枚のご紹介。

 Flairck といえば、数年前まで、大道芸風超絶テクニック・バンドとして知っている人はめちゃくちゃレスペクトするが、なかなかCDが手に入らないことで有名だった。レーベルが一定せず、かつ活動期間も長いということで、なかなか全貌が掴みきれないところがあった。
 2007年にバンドの中心人物 Erik Visser が全ての音源の権利を買い取り、22枚組のボックス・セットが発売されて、全貌が明らかになると共に彼らの音が気軽に聴けるようになった訳。

a0248963_1854234.jpg 最初のアルバムは1978年にリリースされた Variaties op een dame (Variations on a Lady)。なかなか艶かしいジャケットで、86年の Encore までこんな感じのジャケットが続く。
 音楽は、全くのアコーステック、メンバーは Erik Visser (g, その他撥弦楽器)、Judy Schomper (vin)、Peter Weekers (各種fl)、Hans Visser (b-g)。Hans Visser は多分 Erik の弟。アコースティクで打楽器が欠けているからといっても、音楽自体の迫力は大したもの、どのメンバーもテクニックは凄いが、特にフルートの Peter Weekers は凄い、パン・フルートのパッセージの早さなど鳥肌もの。各人の楽器の持ち替えも超人的で、Erik のシタールなども非常にいい味を出している。 長く演奏され続けることになる Aiofe や Sofia などの名曲も収録されている。
 70年代後半にこの手の音楽はどのように受け入れられたのだろう、そこがちょっと興味のあるところではある。

a0248963_186458.jpg 2枚目が80年リリースの Gevecht met de engel (The Lady’s Back ~ 原題を訳せば '天使との戦い' となるだろうが、ジャケット絵からの連想で英題を付けた可能性も)。
 ヴァイオリンの Judy Schomper が抜け Sylvia Houtzager (vln, harp) が加わり、所期のメンバーが固定される。この Sylvia 姐さん、顔もスタイルも良く、おまけにヴァイオリンのテクニックも凄いとしか言いようもない、一度は拝んで見たかったと思う(そういえば昨年2011年、18年振りに来日した、Erik 以外初期メンバーは誰もいないが)。
 本作には彼らの代表曲ともいうべき Oost - West Express が収録されており、Weekers のフルート・テクニックが堪能できる。続く De Vlinder でもフルートの循環奏法によるロング・トーンや歌いながらの演奏、Sylvia 姐さんのハープなど聴き所満載。ヴァイオリンとフルートの組んず解れつのバトルが随所に聴かれ、なかなかジャケットの絵と同様の興奮を呼びます(ちょっとイヤラシイ感じです、はい)。正に初期の代表作といったところ。

a0248963_1861986.jpg 3枚目が Live in Amsterdam 、1980年3月31日のアムステルダムでのライヴ録音。メンバーは前作と同じ4人、MC で観客が笑うところがあるが、オランダ語では手も足も出ません。後年の南米チリでのライヴを収めたアルバム(95年)では、Erik も英語で MC をしていたが。
 後年、彼らのステージはアクロバティックになり、大道芸的といわれることになるのだが、このアルバムのジャケットは普通の格好をしている。その分、演奏も大人しめで、後年の Alive (90年) のエネルギッシュな自由奔放さに比べればまだまだ、といったところ、人間歳を食ってくると恥ずかしげも薄れやりたいようにやってしまうものなのか、それともテクニックの裏打ち、自信が大胆なことを可能にするのか、どちらなのだろう。活動歴の長いバンドをみるとついついそんなことを考えてしまう。
 2枚組、90分にも及ぶ大作。前2作の主要曲をほぼ完全に再現して見せるところなど、恐るべきテクニック。19分近い大曲 De Eerste Dag Na Je Vertrek (君が旅立った後の最初の日)は、インプロ部分が多く、スタジオ録音に不向きとされ、後のアルバムにも収録されていない。

 先週はそういう訳で書きませんでした。え?、誰も更新を期待していない?、そりゃ失礼致しました。明日もまた書きます、予定では・・・。
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by ay0626 | 2012-09-08 16:33 | folk

4人でつくる異世界 たま (2)

 この頃は、オリンピックばかりで政治もがたがたした割には取り上げられることもなく、世の中平和だなぁ・・・と思わざるをえない。自分も夏の暑さに弛緩して、休みともなれば昼寝ばかりで、起きているときはニンテンドーDSを弄っているだけ。

 こんなときは、たまの音楽を聴いて弛緩し切ってみるのもよい、立ち上がる気力もなくなるかもしれないが。4たまの崩壊からもう17年、3たまの解散からも9年経過しているが、あんな雰囲気を持ったバンドはその後出ていない。変に元気か変に説教臭いワンマンバンドばかりの近頃のJポップ界であります。
 4たま時代は、それぞれ個性の強い曲を4人ともが作っていたが、その中でも知久寿焼さんと石川浩司さんの個性は特に強く、知久さんには「孤独な子供」のイメージ、石川さんには「フリークスに対する親近感」を感じる。
 知久さんは、親が新興宗教の熱心な信者だったよう、宗教の信者は家に金を入れるより教主さんに金を差し出すことに熱心になり、また活動のために家を空けることも多くなるため、子供が取り残され孤独感に苛まれることが多い。知久さんもその典型だったようで、彼の歌には「取り残された子供」のイメージを感じさせる。例えば「鐘の歌」でも行方知れずの子供、「きみしかいない」も2人だけこの世に残った子供で、親の出てくることはない。彼の曲に見られる独特な暗さ、寂寥感はそこから来ているように思える。また、宗教に対するそこはかとない嫌悪感も、例えば「方向音痴」の「ほ~ほけきょ~(知久さんの親は日●宗の某有名教団だったらしい)」とか「あたまのふくれたこどもたち」の「かなしい新興宗教は/さびしげなる土手の風景です」という直接的な表現にも見えている。
 一方の石川さんの家は、父親が高級官僚で相当ハイソ(いまでも使われる言葉か?)な家庭で育ったようだ、そんな中では彼は落ち零れ。落ち零れた者たち、社会から排斥された人たちに共感をおぼえるようになるのは当然のことかも知れない。特に「カニバル」は圧倒的な迫力を持って、排斥されるもの=フリークスに対する共感を表明しているように見える。他にも「リヤカーマン」や「東京パピー」にその傾向が明らかだ。石川さんの自己肯定の精神には共感することが多く、自分の選んだこと、好きなことをあれだけ素直に表明することにやっかみさえ感じてしまう、大きな成功でなくとも好きな音楽で食べて行けることに対しても全面的な肯定、そこに何の衒いもない、好きだなぁ。

 ということで、4たまの後半戦。92年の『犬の約束』から95年末のライヴ『たま ライブ・イン・ニューヨーク』まで。

a0248963_22575023.jpg 4th『犬の約束』、レーベルを変えて東芝EMIから。12曲収録で各人3曲ずつを担当、4人が曲を持ち寄っているのに見事にたまの世界が構築されている。1st から3rd まで、比較的ストレートな音の取り方であったのに対し、このアルバムでは凝った録音・音響効果を狙っているように思える、例えば「ねむけざましのうた」「温度計」「ガウディさん」など。
 滝本さんのソング・ライターとしての才能は一層の伸長を見せる、「夏の前日」は若書の感は否めないが、「温度計」「あくびの途中で」の浮遊感というか不安定感というか独特な曲調と「化石」や「死体」という言葉に集約される無機的な、乾いた語感が合致している。また、「温度計」のウクレレや鉄琴を使ったアレンジや「あくびの途中で」のコーラスの使い方など新しい試みもなされている。
 石川さんのマイペースは変わらずだが(「ガウディさん」の不気味さはこれまでにない感じ)、柳原さん、知久さんの曲にこれはという佳曲がないのが残念。柳原さんの「たかえさん」など知久さんのマンドリンのアレンジが決まってはいるのだが、珍しく歌詞の意味に拘ってしまい、どんなシチュエーションか想像が出来なくて、困る(何を言っているのか、自分でも?)。

a0248963_2258206.jpg 5th『ろけっと』、93年作品。山口マオのイラストレーションでも判るとおり、音の取り方も前作に比べ余程ストレートで、帯の「空の果てまで飛んでゆく。たまのポップワールド」の言葉どおりのアルバム。
 柳原さんに佳曲が多く「ふしぎな夜のうた」は特に偏愛する一曲、乾いた叙情、サンフランシスコと珍しく実在の都市名が出てくるが、この曲にはサンフランシスコという言葉がぴったり来る。また「あの娘は雨女」もノリのよい曲。最終の「寒い星」は2nd の最終曲で知久さんの名曲「鐘の歌」の見事な返歌となっている、「満月小唄」と並ぶ柳原さんの代表曲。
 滝本さんの曲は2曲と少ないが、「日曜日に雨」「眠れない夜のまんなかで」両曲ともよい。知久さん、石川さんとも安定的。全体的にほんわかとした印象のある、好きなアルバム。

a0248963_22583631.jpg 6th『そのろく』、95年作、4たまのスタジオ・アルバムとしては最終作。自身のレーベル 地球レコードからのリリース、前作から2年振りの作品。全く音響操作を加えていない、よい意味では原点に帰った、悪く言えばしょぼい録音ともいえる音作り。
 柳原さんが3曲、知久さんが2曲、石川さんが4曲、滝本さんが1曲となっており、柳原さんの曲は小曲の感が否めず(「だるまだまるな」「猫をならべて」)、実質石川さんが主役となっている。石川さんは、「月の光」など、中原中也の詩に曲を付けるといった新しいことも行っている。
 このアルバム、インディーからということもあってか、メジャー・レーベルではご法度な言葉を使った昔の曲を収録しており、「東京パピー」「あたまのふくれたこどもたち」「カニバル」などがそれに当る。「カニバル」は相当昔から演奏されてきた石川さんの代表曲で、たまのダーク・サイドの中心にある曲、最初に行ったコンサートで「どんぶらこ」「あたまのふくれたこどもたち」「カニバル」と続けて演奏されたときは、彼らのイメージが大きく変わったものだ。

a0248963_22585440.jpg 95年の年末、ニューヨークの Knitting Factory (!) でのライヴをもって柳原さんが脱退、4たま時代は終焉を迎える。『たま ライブ・イン・ニューヨーク』は99年、たまの結成15周年記念盤としてリリースされた。70分を超える収録時間、ほとんどMCのない彼らのライヴの様子が捉えられている。
 全15曲、知久さん6曲、柳原さん4曲、石川さん3曲、滝本さん2曲の構成。6枚のスタジオ・アルバムに未収録なのは石川さんの「お昼の2時に」のみ。
 4たまのコンサート・ライヴは6~7回ほど見たと思うのだが、その印象はMCが少なく、ほとんど音楽のみで構成されている感じ。自分はMCなど不必要と思うので、彼らのライヴは非常に好きだった。前にも書いたが94年の『たまのお歳暮』と題されたライブは、演奏時間・内容とも力の入った素晴らしいライヴであった。このアルバムもそんな彼らのある意味生真面目な感じがよく出ているように思う。

 3たまになって『たま』『パルテノン通り』の2枚のアルバムは聴いたが、やはり柳原さんの欠けた穴は大きく、加えてシンセサイザーなどの取り込みなど音楽にも若干の変化があったため、その後の彼らの音楽には魅力を感じなくなった。2003年の解散ライヴは、10年近くのブランクを経て見た訳だが、知久さんの頭の薄さもあって時間の流れの厳しさを感じたものだ。またそれから10年近い月日が流れた、衰えていくものばかりで・・・。
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by ay0626 | 2012-08-11 20:22 | folk

その後の はっぴいえんど 外国語のような日本語 大瀧 詠一

 酷く暑い日が続く。部屋にいれば空調が効き気持ちも良いのだが、ちょっと外に出れば眩し過ぎる太陽がじりじり皮膚を焼く、昔もこんなに暑かったか。これだけ空調がどこの家にも入ったのは、多分自分が会社に入った頃、大学の友人の下宿先にエアコンが入っているところなど一軒もなかった。
 学生時代を過ごした京都は、本当に嫌らしい暑さが続く土地で、涼みたければ喫茶店か映画館に行くしかなく、夏は特に見る映画の本数も増えたものだ。一乗寺という町に京一会館という映画館があって、新作ではない日本映画を1週間入れ替えで2~3本立で見せていた。下宿から歩けば30分弱、自転車なら10分ほど、11時開館で開館時一番で入れば350円、それ以降だと400円だった覚えがあるのだが、なかなかその時間に間に合うように朝目が醒めない。つまり、茹だるような暑さの中でも惰眠を十分貪れるほど若かったということか、今になってはそう思う。当時でも350円で半日以上時間が潰せる娯楽などそれほどない、ということもあって4年間で200~300本は見た、この十数年ご無沙汰してる今とは大違い。邦画ばかり見ていた、洋画は七条か何処かに京都会館(うろ覚え)とかいう専門館があったが、多分字幕を読むのが面倒だ、ちょっと料金が高いくらいのことで、殆ど見に行くことはなかった。
 その映画館は、たまに休日の前日にはポルノの7本立てオールナイトなどやっていて、そのときは新聞紙を沢山持った学生さんで満員になったものだ、新聞紙は敷いて横になるための必需品ということ。勿論映画館の中では煙草など吸ってはいけないのだが、当時は大学に入れば殆どの者が喫煙していた頃、どこそこで紫煙が立ち昇っていたものだ。
 そんな環境の中、見た映画はちょっと前衛がかった作品が多かった。印象に残り今でも題名くらい思い出せるのは、黒木和雄の『祭の準備』『暗室』、曽根中生の『不連続殺人事件』、増村保造の『曽根崎心中』『兵隊やくざ』、東陽一の『サード』など。こうして見ると若かったんだね、今みたいにひねた感じがない。特に『曽根崎心中』の梶芽衣子など鬼気迫る凄い名演だったいう思いは今でもある、何処がどうとまでは覚えはないが、最後に喉を突きあって果てるところなど特に凄みがあったような気がする。
 京一会館も今はもうない、風の噂で聞いた。

 日本映画の話から日本のフォーク・ロックの話。中学時代の話は前に書いたが、はっぴいえんどの解散後はソロ活動も追いかけた。はっぴいえんどの大瀧、細野、鈴木のうち、最初にソロを発表したのは大瀧詠一。

a0248963_18255614.jpg 最初のソロは、はっぴいえんど活動中の1972年作品。スノッブというか趣味性の高い人で、日本人でこれほどヴァージョン違いやリ・レコーディングに拘った人も珍しい。多分、アレンジからレコーディング、マスタリングまで殆ど自分でこなしてしまう才能から来るものだろう、その分表面づらは非常に軽く見えてしまうところはあるが。
 このアルバム、初出は12曲入りではあるが収録時間は30分に満たない、多分高校に入って直ぐに買ったと思うが、当時もうちょっと長くてもいいんじゃない?と思ったものだ、1分当りの値段を直ぐ計算してしまう癖(ケチといわれても仕方がないが、何度も書いて恐縮だが、LP は当時非常に高価だったのだ)。現在は、増補決定盤がたったの1500円ほど、良い時代になったね。
 演奏にもミックスにも若干のチープさがあって、名盤かといわれれば首を捻らざるを得ないが、それでも当時はよく聴いた、前衛ジャズと現代音楽中心の大学時代もそれなりには聴いていたのである。このアルバムは、まだ松本隆の詞をかなり使っており、松本の詞からくる叙情性と大瀧の無国籍風のある意味能天気な感じが上手くブレンドされている、「五月雨」「それはぼくぢゃないよ」「乱れ髪」など佳曲が多い。オリジナルLP には収録されていない「空飛ぶくじら」や「恋の汽車ポッポ」もまたよい、特に「くじら」のクラリネット・アレンジなどは絶品。
 そういえば、初期はっぴいえんどにも関係した柳田ヒロが「乱れ髪」の詞に自分の曲を付けたこともあった。

a0248963_18172511.jpg 次が75年の ナイアガラ・ムーン。75年といえば高校1年生、大瀧のニューアルバムが出るというので、凄く楽しみにして首を長くしていた。しかし、買って早速聴けば???という感じ。このオヤジふざけているのか、収録時間の短いのはいつものこととして、日本語を全く日本語に聴こえないように歌って、歌詞の中身もナンセンス、何処をどう聴けばよいのだ、金返せー!!!
 それでも勿体無いから何度も何度も聴いた。そうすると、歌詞のナンセンスなこと、日本語に聴こえないことの意味が判るような気がしてきた。言葉を意味で捕らえると、音楽を聴かなくなる、ただメロディーしか聴かなくなる、多分それが嫌だったのではないか。大瀧は、ヴァージョン違いに大いに拘った人である、多くの人に音の隅々まで聴けとは言わないだろうが、少数の人には拘ったところを聴いて欲しい、例えば日曜日の新聞に載る「この2枚の絵で違いを8か所探して」と同じように、「ああ、こんなところが違うんだ」というような驚きを演出したかったのではないか。そのことは、『ナイアガラ・カレンダー』の紹介でもう一度考えてみたい。よく聴けば、リズム面でもコーラス・アレンジにしても、一見チープな中に拘りを感じさせる部分がある、例えば「三文ソング」「福生ストラット」「いつも夢中」など。
 大学時代の下宿の2階に住んでいた人が、よくこのアルバムを掛けていたことを思い出す。天井が薄かったせいか、ベースの音だけがやけにはっきり聴こえたものだ。

 ということで、ナイアガラ3部作の2作目、3作目とロング・バケーション、イーチ・タイムの紹介は後ほど、別稿で。え?ロング・バケーションの紹介など要らない、お前の無駄話など聞きたくないって・・・・そんなこと言わず、一応所持しているアルバムは全て紹介することにしておりますので、平にご容赦を。
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by ay0626 | 2012-07-28 16:53 | folk

カリフォルニアの荒涼とした心象風景 フォーン・フェイブルズ

 大津市の中学生自殺事件が、発生から10か月経った今大騒ぎになっている。報道を見れば酷い話で、よくもその当時に騒ぎにならなかったものだと思う。子供は残酷なもので、やはり苛めは楽しいのだ。そうでなければ、死に至るまで苛め続けるなんて出来ようもない。事実、加害者は死を知って笑っていたというではないか。どのように加害者が思っていたか知ることは出来ないが、苛めていたときには脳内麻薬が出捲くっていたものと思う、その快感を知ってしまった者は、たぶん表面では反省したように見えても、心の奥底には黒い塊を育てていくことになるだろう、まともな人間になれはしない。
 日本の軍隊でもそうだったが、苛めの体質というのは日本人には根底に持っているのかも知れない。しかし、弱い抵抗できない者に対し徹底的に暴力をふるい収奪し続けることは、世界史を見れば例えば南米征服史でも北米の奴隷史の中でも、また現代においてもインドのカーストの中では日常茶飯にみられることなのである。一旦、そうした関係性が出来てしまうとなかなか被害者加害者とも自分の力では抜け出すことは難しくなる、そしてエスカレートしていく。
 先生や教育委員会も非難されることは多いが、彼らだけに責任を押し付けてはいないか。彼らも職業として教師をやっているに過ぎず、この問題の多い世の中に正義の御旗だけで立ち向かっていけないのは重々知っている、自らの保身を考えるのは至極当然であって、夜の夜中まで生徒に向き合うことは無理なのだ。その上体罰も禁じられ、後ろ手に縛られて泳げ!といわれるようなもの。何か起これば、親たちは自分の責任を棚上げして教師を非難する、自分の子供が被害者じゃない者が先頭を切って・・・だ。それは、まともでない教師もいることはいる、しかし大多数の教師はそうしたジレンマの中で悩んでいると思う。
 警察の対応にも疑問はあるが、公的な(敢えて言うが)暴力装置である警察が、逮捕や補導という加害者の自由を奪う手段に出なければ問題は解決しない、学校に混乱を齎すことと人死にが出ることとどちらが問題か、自ずと答えは明らかであろう。
 らしくないことを書いてしまったが、こういう事件をみてしまうと人間の残酷性について考えてしまう。加害者の人権を考えるのは重要かもしれないが、人を死に追い込んでおいて受ける罰が少なければ、世の中を舐めてしまう。そこだけは外して欲しくないものだ。

 今回は暗い気分になれる Faun Fables 。カリフォルニア、オークランドのシンガーソングライター Dawn McCarthy とギター・フルートの Nils Frykdahl のデュオ、とういか彼らを中心としたユニットというべきか。Nils Frykdahl はいわずと知れた Sleepytime Gorilla Museum のギター/ヴォーカル。彼の名前を見て Faun Fables を聴き始めたのである。

a0248963_14321864.jpg 最初のアルバムが Early Songs 、1999年作品だが初出は CD ROM でのリリース、2004年になって Drag City (シカゴの独立レーベル、所属ミュージシャンで有名なのは Jim O'Rourke)から再発された。
 非常に太い硬い声で、奇妙なメロディーを歌う。実験的といえば実験的で、Drag City のレーベル・カラーには合っている。先日紹介した Espers と同様 New Weird America ともいわれるサイケ・フォークとして認識されているようだ。「新しい奇妙なアメリカ」とは言い得て妙である。
 本作、殆どが Hans Wendl のプロデュース、Mark Orton の録音によるもの。この2人、Tin Hat のプロデューサーとギタリストである。1曲のみ Dan Rathbun のプロデュース/録音、この人も Sleepytime Gorilla Museum のメンバー。こうして見ると、カリフォルニア・サンフランシスコ周辺のアヴァン・ロック界も狭いもの。
 このアルバムは、殆どが Dawn のギターと歌で構成され、数曲 Nils Frykdahl、Samantha Black (cello)、Rob Burger (organ、彼も Tin Hat の元メンバー)、Mark Orton (g)、David Cooper (vib) がゲストとして参加している。
 ジャケットも Dawn によるものだが、その暗さ、奇妙さは印象深い。アルバムの雰囲気をよく表している。

a0248963_14323667.jpg 2枚目が Mother Twilight 、2001年自主盤でリリース、2004年 Drag City から再発。このアルバムから、Nyls が全面参加(4曲は彼の作曲、7曲目ではヴォーカルも)。Dawn と Nyls が並んで演奏しているのを見たら、その奇妙さ、気持ち悪さは印象に残るだろうなぁ、と思える出来。SE も多用され、奇妙な感覚を盛り上げる。また12曲目など、カセットで録音したチープな音で、ある意味やりたい放題。
 特に裏ジャケットの Dawn の写真の不気味さ、どういう感じの人なんだろう、ちょっとだけならお話したくもあり、したくもなし。

a0248963_14325432.jpg 3枚目、Family Album 、2004年作品。印象に残るメロディーも多い本アルバム、Drag City での初録音である。1曲目の Eyes of a Bird 、子供の声の SE から始まり、狂気のコーラスで終わる7分半からお腹いっぱいに。アレンジ面でもアヴァンギャルド度合いが高まり、Sleepytime Gorilla Museum とは異なるが、流石サンフランシスコ・オークランドで長年音楽活動を続けて来ることが出来ただけの魅力を見せてくれる。傑作といっていい。ゲストも多数参加しているが、2曲目のグロッケンシュピール、3曲目のヴァイブラフォン、5曲目のチェロなどが印象的。
 裏ジャケットは、若干可愛らしい写真が飾られている。

 暗いのは、音楽だけにして。
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by ay0626 | 2012-07-15 13:23 | folk

スイス、不思議の森のワンマン・バンド ニュークリアス・トーン

 皆様、2週間ぶりのご無沙汰でした。如何お過ごしでしょうか、などと気楽に書き出して見たが、今年のゴールデン・ウィークは50数年生きて来たうち、最低であった。ほんと、全く・・・最低。

 今年は、会社の休日設定の関係で所属ごとに休みを決められる日が数日設けられ、その関係で当方は9連休(4月29日~5月7日)と久々に長い休日となった。アメリカやイタリアのアマゾンに数枚のCDを注文しており、それが連休前か連休の途中(5月1日とか2日の平日)に着く予定となっていたため、CD聴きながら本でも読み、陽の当る部屋でゴロゴロ、なんて中年そのものの楽しみを夢想して、それなりに用事のあった最初の2日間を適当無事に過ごし、さて今日から休みを満喫・・・と思った途端、悪夢が始まったのである。

 朝は、そんなに痛くはなかった。朝食も普通に食べられたし、違和感なんぞ殆ど感じなかった。それが昼近くには相当痛くなった、糞ったれの 胃 が。昼食を食う気にもならず、ひたすら冷や汗をかきながら布団に転がっていた。夕方近く、あまりに痛みが強くなったため、救急病院を探して貰い、自分で運転をして病院までたどり着き、待つこと30分近く、それでも医者はこちらの痛みを無視して、病名も告げず「胃潰瘍に対応できる薬を処方しておきます」などといって「それじゃあ」など、腹立たしい対応に終始するのみ。家に帰り、早速処方された薬を飲み、また布団にひっくり返ったのである。

 半睡半醒で一晩を過ごすと、今度は強烈な吐き気に襲われた。これから7日間、ずっと強烈な吐き気に見舞われ、水を飲むのがやっとという、強制的拷問的なダイエット期間となる。好きな音楽くらい聴けるだろう、本を読むのは出来ないにしろ・・・などと思われるかも知れないが、とてもその気にならない、特に定形リズムなど耳に入ろうものなら、途端に胃が踊りだし、緑色の気持ちの悪い液体を体の外に追い出そうとするのだ。という次第で、何も出来ず、天井の模様をボケッと眺めているしかない、そのうち胃液がある程度溜まってくると、吐き気も強くなり、2時間程度の間隔でえずき、戻して、全部吐き出してしまうと、ある程度は楽になり、また30分程度の睡眠に入る、この繰り返し。何時起きているのか、何時寝ているのかも、そのうち判らなくなってくる。突風の吹き荒れた連休最終日は、何より殆ど1週間何も食べていないため、腹が空いている感覚と胃が萎縮している感覚が渦巻き、1日中えずいてばかり、出るのは涙と少量の鼻水ばかり、という悲惨さ。

 一晩、我慢に我慢を重ね、やっと平常に返る日となった8日、近くの評判の良い胃腸科に診てもらうため、朝9時前には保険証を持って、ヘコヘコと出かけた。そこで待たされること1時間半、元気そうなじいさんばあさんに先を越され、朦朧としながらも診療室へ。親切で丁寧な対応をしてもらって、点滴を受けると体も大分楽になった。点滴を受けながら、待合室で聴いた老人の会話を思い出していた・・・「体はそんなに悪くないよ、この歳だもん、もっと悪けりゃ寝とるよ」・・・悪くもないのに来て、苦しむ人が待たされる、そんなもんかいな病院なんて。
 翌日の胃カメラと内臓エコー検査を予約して家に帰ると多少とも落ち着いた。スポーツ・ドリンクで水分を補えるようになると、意識も少しははっきりしてくる、それでもまだ音楽はダメ。そうすると、今度は寝られなくなってくる、手足が若干震える。殆ど睡眠が取れずに、翌日病院に出かけ、呼び出に対して椅子から立ち上がろうとすると、目の前が真っ黒になり崩折れた。2時間病院のベッドに横たわり、点滴を打って貰い、胃カメラは諦めたものの内臓エコー検査と前日採られた血液の検査では異常のないことが判明し、幾分かはほっとして戻った。結局は原因、判らず終いということ。水曜日くらいから食事も少しづつ取れるようになり、金曜日には2週間ぶりに自分の足で外へ出て、20分ほど散歩をした、その日体が痛くなったのはそのせいか。読書も久しぶりに、一番好きな作家、三津田信三の「幽女の如き怨むもの」をゆっくりと、味わいながら読み進めた。

 今日はほぼ、まともにはなった。50男の悲惨な、1週間も延長したゴールデン・ウィークもそろそろ終わりを迎えようとしている訳だ。

 ということで、表題の Nucleus Torn 。実際のところ、木曜日くらいから随分と気分が改善されたので、到着したCDのチェックのため、1日2枚程度は聴いてはいた。あまり気分が乗らなく、掛けっぱなしにして、聴くともなく掛けている状態。
 しかし、今日は久しぶりに音楽を聴きたい!と思った。それで引っ張り出してきたのがこのスイスのバンド。条件として、リズムが強烈でないこと、暗いこと、生音中心のこと、メロディーがそれなりにしっかりしていること。これなら聴ける、聴き始めた。

a0248963_1603748.jpg Nucleus Torn は現在5枚のアルバムがあるが、無駄話が多かったせいもあって、今回は2枚のアルバムの紹介に留めたい。最初のアルバムが、Nihil 2006年リリース。レーベルは Tenhi と同じ、ドイツの Prophecy から。音の取り方や詰め方、特にヴォーカルの使い方なんかはかなり異なるが、全体的な印象的には近いものがある。
 37分ほどのごく短いアルバムであるが、音は各楽器ともクリアにくっきりと採っており、メロディーも印象的なものは少ないにしろ、十分聴かせる力がある。もともとこのバンド、Fredy Schnyder というマルチ・インストルメンタリストのワンマン・バンドといったところで、何人ものメンバーはクレジットされているが、あんまりスタジオ・ミュージシャンを使っても変わらないんじゃないかとも思う。構成力は優れており、各楽器のソロの置き方を見ても、ちゃんとその楽器の使いどころを心得ている、楽器の音をきちんと聴かせてくれる感じ。
 ドラムとエレキ・ギターが先導する部分は、昔のメタル時代の King Crimson 的で、ある意味それを狙っているのかも。静と動の落差が大きすぎるところなど、改善の余地がありそうだ。

a0248963_161294.jpg 2枚目が、Knell 2008年。収録時間も1時間近く、堂々とした大作志向が見て取れる。メタルな部分が前作よりもかなり増えており、ロック色が強くなった。このメタル部分は、ドラムとヴォーカルを除けば、Fredy Schnyder のギター・ベース・キーボードだけが残るので(他の生楽器が、例えばメタルCrimson のヴァイオリンみたいに活躍するわけではないので)、楽曲の中での部分ごとの乖離感があって、それはどうかなあ、といった感じ。また、エレキ・ギターの使い方では、クラスタ的な用法が多く、決して単音でのソロを取らないのも物足りぬといえば物足りぬ。
 クレジットされているだけでも、男女2人のヴォーカル、フルート、ヴァイオリン、チェロとフロントを張れる楽器があるのだから、とも思うのだが。ワンマン・バンドは、リーダーの考え方次第ということか。
 ちょっと厳しいことを書き過ぎたかもしれないが、全体としては、ピアノの使い方など印象的な部分も少なくなく、十分な聴き応えはある。メタル部分の扱いは Fredy Schnyder 自身にも迷いがあったのか、次作以降では、微妙に方向転換をしているように思う。

 2週間ぶりとなった今回のブログ更新、裏にはこんな悲劇があった訳。吐き戻した胃液が深緑で、それがスイスの暗い森の色を思い出させ、それで Nucleus Torn が出てきた訳では決してありませんので。それじゃあ、どうして Nucleus Torn だったのだろう、自分でも判らなくなってきたぞ・・・。まだ頭は少し混乱しているようで。
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by ay0626 | 2012-05-13 13:57 | folk

1枚だけ偏愛 あがた森魚 噫無情(レ・ミゼラブル)

a0248963_15412227.jpg 今日は、休暇を取ってダラダラ過ごしているものだから、このブログも簡単に済まそうと思う。ということで、あがた森魚「噫無情(レ・ミゼラブル)」。

 このアルバム、何時から好きだったのか、記憶にない。中学・高校時代でも最初のアルバム「乙女の儚夢(ろまん)」が好きじゃなくて、他のあがたのアルバムは聴かなかったし、大学時代は日本のミュージシャンは殆ど聴かなかったので、多分会社に入ってから買ったものだと思う。

 もともと、日本のフォークの貧乏臭さは好きではなくて、それは日本的な職人至上主義、義理人情やウェットな人間関係がもともと大嫌いなことに端を発している。清貧といえば聞こえはいいが、唯の仕事をしない気難し屋の頑固爺が、職人気質という取ってつけたような賛美語で賞賛されるのは納得がいかない、沢山仕事をすれば自分の価値が落ちるとでも思っているんだろうか。
 また、日本の演歌の男女関係は、どうも共依存みたいで「わたしがいなければ、この人は駄目になってしまう」とか何とか言って、男をだらけさせて酒飲んで暴れさせるようにしてしまうのが落ちだ。例えば、あがたの最初のアルバムでもそうした貧乏臭さと共依存の男女関係が露骨に出ていて、そこが嫌な感じで、レコードに針を落とす機会を少なくさせた訳。

 ところがこの「噫無情(レ・ミゼラブル)」、そうしたところが少しも感じられない、これは多分にプロデューサーの松本隆の美学のお陰ではないだろうか。大正から昭和に掛けての情景を、サウンド・コラージュを多用しながら、また生のストリングスとメロトロン・ストリングスを交錯させながら、あるいは、古い昔の曲(蒲田行進曲や上海リル、小さな喫茶店など)や他ミュージシャンの曲(はいからはくちや大寒町)を取り混ぜながら、精緻な美しい書割のように世界を組み立てていく。

 曲もあがたの絶唱「永遠のマドンナK」、他にも「キネマ館に雨が降る」「大寒町」など印象に残る曲が多い。「テレビヂョン」でいろいろの声が聞こえる中、高度成長時代(何もかもが変化していく時代)直前までを幻のような美しさで見せてくれる本作は、偏愛する1枚、あがた森魚、他のアルバムは要らない。
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by ay0626 | 2012-04-09 15:25 | folk

90年代前半、奇妙な和みの時間  たま

 90年代前半という、4たま時代(知久寿焼、柳原幼一郎、滝本晃司、石川浩司、1995年末に柳原が抜けて3たま時代となり、2003年まで存続)は、世の中が大きく動き出した時期で、バブルの崩壊、社会主義体制国の瓦解(91年にソヴィエト連邦解体)、自民党政治の終焉・政治の混乱が明確化、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦・「文明の衝突」の開始、そして95年の阪神淡路大震災、オウム真理教事件の2大事件。
 こうして書いてみれば大きな流れが現在に繋がっていることがよく判るが、生活していると毎日に大きな変化があるわけではないので、テレビを見ながら「ほー」とか「へー」とか気の抜けたような嘆息しか出ないわけだ、当時は自分も30歳代前半、世間的には一番仕事に邁進しなければならない時期という認識かもしれないが、個人的には非常に優秀な部下が付いて楽なものであった。子供が保育園に行くなど経済的には厳しい面があったが、どうしようもなく貧乏という感じでもなく生活にもそれなりの張りがあり、個人的には楽しい時期であったような気がする。しかし、小遣い面は厳しく今のように気楽にCDを買えるということはなかった、90年代の音楽にリアルタイムで聴いた感じがしないのはたぶんそのせいだと思う。

 そんなざわついた世の中で、バブルの最後期の頃人気があったのが「いかすバンド天国」略して「イカ天」、様々なバンドが出ていたが、どちらかというとヴィジュアル系が多かった印象、それなりに技術を磨き、難しいことをやらずとも自分たちの身の丈にあった音楽をやっていたのには好感が持てた。そんななか、個性的といえば最も個性的であったのが「たま」。エレキ系のバンドが多い中、純粋アコースティック系で、暗いんだか明るいんだか、何を言いたいのか判らないけど懐かしい感じの歌詞とか曲調に合わせた楽器の持ち替えなど、見た目のお気楽さと違ったところもあって注目の的となった訳だ。
 バンドは、リーダーの意思によって方向性が決まる。同じミュージシャンを使っても全く違う音楽を作ることも可能で、アメリカ西海岸RIOや日本のアンダーグラウンド・シーンなど少ないミュージシャンが離散集合する場合に顕著だ。
 しかし、たまを見ると明確な音楽的リーダーがいないし、4thなどは、4人のメンバーがきっちり3曲づつ曲を書いている。これである意味堅固な「たま的世界」を築き上げているのは驚きで、よく見れば、それぞれ4人が少しずつ違ってはいるけれど、全体は纏まったたまの世界である訳だ。Beatles は好きではないけれど、似たところが多く、知久がレノン、柳原がマッカートニー、滝本がハリソン、石川がリンゴ(リンゴよりも才能はずっと上だと思うが)に当るといえば、ぴったりな感じだ。作り上げた世界観は全くといっていいほど違うが。

a0248963_1719063.jpg メジャー・デビューは、90年、「さんだる」。イカ天出場曲を中心に構成されているが、実はこのアルバム、自分としてはあまり好きではない。日本のフォークに有り勝ちな貧乏臭さみたいなのがあるのと、滝本の「日本でよかった」「ワルツおぼえて」が詰まらない(すみません、滝本ファンの皆さん)こと、石川の「学校にまにあわない」が長すぎること、などでちょっとがっかりしたものだ。「方向音痴」やイカ天で披露した曲など佳曲も多いし、「らんちう」など偏愛する1曲なのであるが。
 売り出しには相当な気合いが入っていて、プラ・ケースではなく紙製の箱型のCDケース、1枚づつに分かれた歌詞カードなど、なかなかのものだが、それよりももうちょっと楽曲の選定にも力を入れたら、という感じ。

a0248963_17194524.jpg 2枚目が「ひるね」、91年。前作からわずか半年で出た本作、編曲面、楽曲のヴァラェティー、曲自体の出来、曲の順序など、前作を遥かに上回っており、初期の代表作といってよい。特に滝本の「海にうつる月」はインストルメンテーションも特異で(石川がオルガンを担当、柳原のピアノとの対比が素晴らしい)、シングル・カットされたのもよく判る傑作。
 編曲面では、先の「海にうつる月」をはじめ、「金魚鉢」「むし」など、細かなアイディアが盛り込まれており、それをライヴでも披露してしまうという凄いことを行っている。
 各人の個性も明確化され、明るい柳原、ほの暗い知久、抑揚の少ない不安定に安定している滝本、ダダ的アナーキスト石川と、これらが渾然一体となって「たま的世界」を構成するようになるわけだ。

a0248963_1720857.jpg 3枚目が「きゃべつ」、91年録音。イギリス、マナー・スタジオでの録音ということだが、音はやや籠り気味であまり良いとはいえない。
 本作で滝本のソングライターとしての才能が開花したようだ。11曲中3曲が彼の曲で、抑揚の少ない暗いんだか明るいんだか判らないような曲調が、籠り気味の録音に妙にマッチしている。ただし「こわれた」はメッセージ性が強すぎる感じ。
 柳原は代表曲「満月小唄」の素晴らしさは言うまでもないが、他の2曲が軽すぎる。知久も有名な「おやすみいのしし」にライヴの躍動感がなくこじんまり纏まっていて、やや物足りない。他の2曲も同様。石川は我が道を行っているが、曲自体の魅力に欠ける。
 ということで、さんざん文句を言っている感じだが、嫌いなのかというとそういうことはない、ほの暗い雰囲気が全体的にあり(柳原のおふざけ曲にも、知久のいのししにも)、そこがそこはかとなく好き、に繋がっているのだろう。

 よくコンサートには行って、子供を連れて行ったこともあったが、あまりに気持ちが良いのか、寝てしまったこともあった。特に94年だったか、「たまのお歳暮」と銘打ったコンサートは、3時間以上に及び、過剰なMCもなく、彼らの世界を堪能出来た素晴らしいパフォーマンスであった。

a0248963_1720428.jpg 最後に「たま ナゴム・コレクション」。メジャー・デビュー前の録音集成。88年から89年の録音。音は悪いが、彼らの代表曲の多くがこの時期までに確立されていたことを示すアルバム。これだけの曲のストックがあれば、もう少しファースト・アルバムの選曲にも方法があったのではないか、と思ってしまうのだが。メジャー・アルバムに入ってない曲では、柳原の「満月ブギ」が不思議な雰囲気を持った曲。好き放題やっている感じがマイナー盤の良さ。

 後半戦は、彼らのフリークス好きについて見て行きたいと思うのだが、何時のことになることやら、他にも書きたいミュージシャンはいっぱい居るのだから。
 
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by ay0626 | 2012-03-25 13:19 | folk