日常茶飯事とCDコレクション
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見た目、音楽とも最高、ファウン

 今、ミーちゃんハーちゃん的に最も好きなのがドイツの Faun 。エレキ・ビートと古楽器のアンサンブルの絶妙さ、メイン楽器のソロの取り方、ヴォーカルの正統的な流麗さ、ステージの華麗さ、おねえさん達の美しさ、どれを取っても最高!と絶賛しておこう。日本に来ないかな、Sandra ちゃんや Rairda ちゃんがばっちり(おっさん臭いフレーズ)フューチャーされたDVDが出ないかな・・・もう完全にAKB ファンのノリです。

 なかなかドイツのバンドは情報は少なく、Wiki で調べても英語なら何とか読めるにしても、ドイツ語のページに比べると情報量が少なく、ドイツ語はお手上げで、結局のところバンド名だけで You Tube で見て探すということになる。Faun を聴き始めたのは2009年の初めの頃、Piazzollaの聴き直しから始まって、もっといろいろな音楽を聴こうと熱心にネット検索をしていたときに見つけた。ドイツで古楽を現代に生かそう、それもロックやポップスの分野で・・・という流れがあることを知り、例えばCorvus Corax、In Extremo、Saltatio Mortis などを You Tube で見てみたのだが、どうも趣味に合わない、暑苦しいというか、でかい野郎どもがもともと音のでかいバグ・パイプをやたら鳴らす、といった感覚が合わなかったのだろう。そうした中でFaun はフロントが女性で、それもかなりの美形(ドイツ人らしいごつさはあるにしても)、歌い方も地声ではなく正統的・・・You Tube でも Oliver Sa Tyrの優男的なスタイルと歌い方には若干の違和感を感じたものの、Elisabeth Pawelke と Fiona Rüggeberg のフロント2人については、歌唱力・演奏力とも感心してしまった。

 ということで早速 HMV で注文、これがなかなか入荷しない。同じドイツでも ECM や Enja といったジャズ・レーベルはそれなりに流通網が整っているのか、そんなに入手に苦労することはないのだが、こうした(日本から見れば)色物的なバンドのCDは、マーケットが小さいせいか入ってくる量も少なく、値段も現地価格に比べて馬鹿高い。HMV で1枚だけ Totem を入手し、他のアルバムが入荷しないと判った時点でバンドのホーム・ページに連絡、殆どのアイテムを入手したのであった(ホーム・ページも凝っていて、英語のヴァージョンもあり、時々覗いている)。

a0248963_16411443.jpg 最初に聴いたのが4th Totem 。Faun のアルバムはどれも作りが凝っており、見るだけでもなかなかだが、特にこのアルバムのジャケット、インナー・アート・ワークと演奏とのマッチングは素晴らしい。全体的な冥さが見事に表現されている。曲も Oliver がヴォーカルを取るものが若干多いのは別として、2 Falken や Tinta 、Gaia など印象深い佳曲が多い。全く英語の曲がないのは、この次のアルバム Buch der Balladen まで同様だが、呪文めいていて、これはこれでよい。
 やや Fiona ねえさんのソロの部分が少ないような気がして、ちょっと残念。なんたって Fiona ねえさんの大ファンですから。

a0248963_16422242.jpga0248963_16432116.jpg これから遡って、3rd Renaissance 、2nd Licht と聴いていくことになるのだが、Faun はアルバムを発表するごとに上手くなっていくというか、スタイルが確立していくというか、4th に至るまでは、最新アルバムが一番出来が良いのではないかと思う。確かに Licht には Andro 、Wind & Geige 、Egil Saga など、 Renaissance には Satyros 、Tagelied 、Rosmarin などの代表曲もあるが、アルバムの纏まりは2ndより3rd、3rdより4thという感じなのだ。

a0248963_16444399.jpg さて1stの Zaubersprüche 。これの入手には苦労した。探し始めた頃は、HMV のページにも記載されていたので、そう珍しいアイテムでもなかろうと思っていた。しかし、廃盤の連絡があって本腰を入れて探し出すと、正当な値段での出物がなかなかない。アマゾン日本のマーケット・プレースでは1万円を超える値段が付いていたし、アマゾン・ドイツでも80ユーロを超えていた(もともとアマゾン・ドイツはマーケット・プレースでも1回当りの送料が14ユーロなので、送料負けをしてしまう)。毎日確認すること1ケ月半、やっとアマゾンUKで19ポンドの出物が出て、それを落とした。日本円で2,700円ちょっと、自分の中古品に対するポリシーには若干抵触するが、許されるべき範囲としたのである。ちなみに今、殆どこのCDの出物はない、あるのはMP3データのみ、古いオヤジにとってデータのみでは所有欲は満たされず、どうしても現物を探索してしまうのである。
 本アルバムには、Rüdiger Maul も Niel Mitra も加わっておらず、3人で荒削りで生生しい演奏を繰り広げている。音の取りかたも荒っぽく、Zaubersprüche = 呪文という表題に相応しい。Licht 以降のスタイリッシュな感じとは異なっている。

 Faun については、いろいろ書きたいことが多いのだが、それは今後の課題として。先ずは、Faun 大好き!の宣言ということで。日本にもファンが増えるといいなあ(オヤジのつぶやき)。
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by ay0626 | 2012-01-29 15:58 | trad

ウマヘタ・バンドの始祖、ロキシー・ミュージック

 大学生の頃、変に生真面目で堅物の友人(中学、高校とも同じ)が、よく聴いていたのが Roxy Music 。どうも Roxy Music のジャケットと友人の生真面目さがマッチしなかった。変にきちんと片付いている友人の部屋で、Re-make/Re-model や Do the Strand なんてとっ散らかった音楽が流れるのも、奇妙なものだった。大学に入学した頃は、最初の解散時期に当たっていて、そんなに話題に上ることもなかったとは思うが、気になるバンドであったことは確かだ。

 その頃は、ポップ・ミュージックは、自分で買うことはなく、変な趣味の友人の家で聴くのが専らだった。自分で買うなら、ジャズか現代音楽と決めていたからだ。友人の家で聴いたのが、Roxy Music や Curved Air 、Soft Machine などで、後年いろいろな音楽を聴いてみようと思って、ここら辺の記憶が役に立った訳だ。
 Curved Air や Soft Machine などは、それでも一応プログレの範囲で、その頃でもそんなに違和感なく聴けていたのだが、Roxy Music は明らかにポップでプログレとはちょっと違う。そんなバンドがなぜ気になったのか、ジャケットやメンバーのスタイル(案外カッコいいと思ってしまった、特に Andy Mackay と Phil Manzanera。Enoは若干気持ち悪さの方が先に立つ)も多少は関係したかもしれないが、それよりもバンド・サウンドの纏まりによるところが大きい。上手いか、といわれれば今一歩なのだが、それでもひとつひとつの楽器の音が明確に聴こえ、ひとつの楽曲の中でソロを取り、収まるべき所に収まるべき音が収まっている感じがした。楽曲のバラエティーもなかなかのもので、特に初期の2作、Roxy Music (s/t) と For Your Pleasure にそれを感じる。

a0248963_16235070.jpg 1972年のデビュー作、Roxy Music (s/t) は、その下品なジャケットに似合った Ferry の変にビブラートを掛けた歌とサックス・オーボエの入ったバンド・サウンドは普通のようで普通でない魅力があった。特にオープニング・ナンバーの Re/make Re/model はアルバム全体を象徴する名曲であると思う。ウマヘタ・バンドも面目躍如といったところか。

a0248963_16244092.jpg 1973年の For Your Pleasue は、Do the Strand でぶちかました後、後半(LPでいうとB面)ではポップとは思えないような不思議な構成を見せる(最終曲の For Your Pleasure など最早ポップとは言えまい)。ジャケットのおねーさん(どうも男性らしいが)が闇に完全に一体化した黒豹を連れて歩くのをジャケット裏から Ferry がニヤニヤ眺めているデザインも秀逸で、これが最も好きなアルバムなのである。

a0248963_16253713.jpg この後、Eno が抜けEddy Jobson が加わったことにより、素人っぽさが抜けプロらしくなっていくわけだが、初期のとっ散らかった魅力も少なくなっていく。サウンド面で見ても、少しでも空白部分を埋めようとストリングス(またはそれに似たキーボード)が導入されたりして、普通のサウンドに近づいていく。楽曲のバラエティーは相変わらずで、アルバムを聴かす力は強い。Jobson のキーボードはセンスが良く、ヴァイオリンのソロで彩りも加える。
 Eno は、ソロで活動した後、Ambient の始祖となる訳で、Roxy の単なる色物的な存在が変われば変わるものだ。4AD一派( Dead Can Dance や Cocteau Twis )も影響を受けていることになる(そのうち4ADについて書きたいな)。

a0248963_16265187.jpga0248963_16274937.jpg 1973年に3rd Stranded 、74年に4th Country Life 、75年に5th Siren を発表。相も変わらず過激なジャケットで、特に Country Life は、高校生の頃の発売で当時は手にするのも恥ずかしい(純情!)過激さ、何が「田舎の生活」だ!

 Stranded では Amazona や Song for Europe 、Country Life では The Thrill of It All /Casanova、Siren の Love is the Drug などの印象深い名曲を残しながら、サウンドは洗練され、最初の解散に至る。

a0248963_16284938.jpg Viva Roxy というライヴアルバムが解散後にリリースされた。初期の Roxy Music はここで終わり、再度登場するのは79年、80年代を見越したような「大人の音楽、Soft & Mellow 」に変身していく。それはそれで、Avalon のような傑作に結びついてはいくのだが、70年代初期のような溌剌さは捨てがたく思うのだ。
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by ay0626 | 2012-01-28 16:30 | rock

天空からの音のシャワー、エヴァン・パーカーのソロ

 ヨーロッパ・フリー・インプロヴィゼーションを聴き始めたのは、80年代の初期。アメリカン・フリー・ジャズに飽き始めていて、多分それは、無意味なブローイングによる熱さに辟易としていたからだろう。ヨーロッパ・フリーのひんやりとした感じは、はっきりとアメリカン・フリーと区別できる、特にテーマも何もないところから突然音が紡がれていく感じは、ある意味凄く新鮮であった。

 当時は、マイナー盤の流通は極端に悪く、居住地の名古屋では手に入れようにもなかなか手に入らなかったものである。FMP はまだしも、Incus や ICP といったレーベルは、見たらすぐ買うくらいにしないとコレクションが増えていかない。入社当時は、人事の採用の仕事をしていたので、年に数回は東京に行く機会があり、そのときに輸入盤専門店を店が開いているぎりぎりの時間まで足を棒にして探し歩いたものであった。そこまでしても、フリー・インプロは当り外れが激しく、いつも買った LP が投資した金額以上の満足感を与えてくれる訳ではないので、ある意味博打だったのである。当時は YouTube もなく、殆ど情報もない中での手探りのレコード漁りであった。

a0248963_2327556.gif そんな中で、あるとき(多分1981年か82年、季節は定かではない)、御茶ノ水のディスク・ユニオンで「天空から降ってくる音のシャワー」を体験したのであった。1本のソプラノ・サックスが複数の音を出し、それが一度の息継ぎもなく、次々に変化する、そんな凄まじい音の洪水が、天井付近に設置されたスピーカーから溢れ出している!あまりの凄さに立ち竦んでしまった。
 その時に対応してくれたのは、たしか中年の眼鏡を掛けたおねーさんで、こちらが勢い込んで「これ、誰?」と聞くと「Evan Parker です!多分、ヨーロッパ・フリーの最高のソプラノ吹き」と熱く答えてくれたものである(記憶は美化されるものなので、本当にそうだったか、は闇の向こう)。そのとき手に入れたのが Six of One 。確かに残響の効いた教会での演奏をクリアな音で捉えた本アルバムは、Parker のソロ作品の中でも極めて美しい。買った当時は、会社から帰ってくると隣の部屋の住人の迷惑を顧みずに、何度も繰り返し聴いたのであった。
 Evan のグループでの録音もいろいろ聴いたが、やはりこの時の印象が強烈過ぎて、Evan はソロだ・・・と思ってしまった次第。

a0248963_2325272.jpg それから暫くして、「Evan Parker が来日する」ということを聞いた。多分、当時通販で何回か購入した仙台の Jazz & Now の中村邦雄さんからの案内で知ったものと思う。名古屋の場末といえば場末の名演小劇場で観客は多分50名ほど。かなり体の大きな Evan を見て「さすが、サーキュラー・ブリージングを小一時間もやっちまうのには、こんなガタイが要るんだ」などと無闇に関心したのを覚えている。演奏自体も素晴らしく、本当にレコードと同じような演奏が可能なんだ、と思ったものであった。
 その日、日中は夜のコンサートのことを思ってやたら興奮し、あろうことかパチンコにコンサート代以外の殆どの金をつぎ込み、レコードの直接販売に使えるお足がなくなってしまっていた。その時、本当に欲しくて涙を呑んだのが Monoceros 。
 後に入手して、LP A面を占める Monoceros 1 の素晴らしさに心が震えるとともに、コンサートで Evan が披露したテクニックの多くは、この1曲に集約されている・・・と思った。

a0248963_23243860.jpg その後、最初のソロである Saxophone Solos を手に入れたが、Monoceros の圧倒的なテクニックや Six of One の煌きには及ぶべくもなく、ターンテーブルに乗る機会も少なかった。しかし、発表順( Saxophone Solos 1975、Monoceros 1978、Six of One 1980)に聴けば、そのテクニック、音色の進歩に目を見張ることになったろうに、と思う。ちょっと残念な気もする。

a0248963_2328467.jpg Incus での4枚目のソロ The Snake Decides は、LP時代に手に入れ損ね(LP末期の1986年にリリース)、それからCDにもならなかったので、聴いたのは2003年に Evan が自身のレーベル Psi で復活させたとき。これもたまたま東京で手に入れ、名古屋に帰ってそのまま飲みに行き、バーで「これ20何年か振りにCDになったんですよ」と言って見せると「聴こうぜ!」との声。「面白い音楽じゃありませんよ」と必死で聞かせまいとするのだが、どうしてもと言うので掛けると、やっぱり座は白けました、はい。

 他にも、この時期のソロには、At the Finger Palace 、Zanzou(日本盤/残像)というLPもあり、所有はしているのだが、この20年以上聴いたことがない。At the Finger Palace はかなりの傑作との印象はあるが。

 Incus を離脱して以降の録音(アルバム)と、ヨーロッパ・フリーを聴かなくなった心境の変化は、また別稿で。心境の変化ってのは、人生長く生きてくれば、何回も起こりますよ、ホント。
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by ay0626 | 2012-01-27 20:27 | free improvisation

死んで40年、新譜が出るアルバート・アイラー

 昨日、軽めの Gryphon とか言いながら、今日はお腹にずっしり来る Ayler とはどういう了見なんだ、とお叱りを受けそうだが、人間数時間眠れば気分も変わる、今この文章を綴りながらのバック・グラウンド・ミュージックは、Cecil Taylor の Air above Mountains だったりして。

 大学生の頃、一番聴いたのが Cecil Taylor でその次が Ayler だったような気がする。もっともその頃は、1日10時間以上も音楽を流していたので、Taylor や Ayler ばかり聴いていたわけじゃない。その当時、聴き始めて夢中になったから、いつも聴いていたような思い出に繋がっているのだろう。フリー・ジャズは真面目に聴いたので(本を読みながら・・・などということはせず)、一層その思いが強いのかも知れない。今じゃ、Evan Parker さえ BGM にして、本を読んだり、インターネットしたり、昼寝をしたり、慣れりゃそんなもんかもしれないがちょっと感性が麻痺してきたんじゃないかと思ったりすることもある。

 Ayler は、知り合い(前にも書いたとおり)の家で聴いたのが始まり、その時その知り合いは「うちはあんまりフリー好きと違うから、あんたら勝手に聴いとって」とかなんとかいって、別の部屋へ行ってしまった。次に聞かせろと頼んだ Coltrane の Ascension の時もそうで、知り合いにとってはどうもフリーはお勉強の内で、持っていることに意義があったらしい。
 18歳だか19歳だかの自分にとって、「こんな音楽があるのか」という衝撃は強く、Ascension の大人数の演奏には、あまり感心しなかったが、トリオで楽器の音が一音一音はっきり聴こえる Spiritual Unity には大いに感銘を受けた。ここから、フリー・ジャズ(その後のフリー・インプロヴィゼイションを含めて)狂いが始まったのである。

 Ayler の活動期間は短く、録音の数も多くないので、コレクターとしては是非とも全作品を揃えたくなってしまうところ。コンプリートの最難関であった Last Album も最善の形式ではないにしろ入手は簡単だし(Impulse の2in1で・・・でも何でカップリングが Love Cry なんだ、と誰もが思う)、10枚組の Holy Ghost を手に入れれば、公式レコーディングの隙間もちゃんと埋まる。
 Impulse の未発表曲に対する姿勢が今ひとつ明確でなかったり、Spritual Unity のヴァージョン違いが今後どう扱われるのか、など細かい部分に拘れば言いたいこともあるが、それはそれとして別稿に譲ろう。

a0248963_13454258.jpg 今回の話は、Impulse に移籍した直後の頃、アルバムでいえば Albert Ayler in Greenwich の1966年から67年に掛けての頃。
 聴き始めた当時は、Impulse 盤は殆ど出回っておらず、特に最後期の Music Is The Healing Force Of The Universe と The Last Album のLPは見たこともない。必然的に学生の頃の Ayler は、ESP の Ayler であり Impulse の Ayler ではない、ということになる。作家の田中啓文さん(「水霊」「ベルゼブブ」「異形家の食卓」・・・殆ど読まさせて頂いとります。グロ最高!!!)のディスク・レヴューには「正直、アイラーの音楽というのは、『ファースト・レコーディングス』以来ほとんどゆるぎなく変化もないわけで」というような記述もあるが、自分のような聴くだけ一辺倒な音楽好きには(表面的には)かなり変わっているように聴こえる。
 アンサンブルに弦、特にチェロやヴァイオリンを入れたり、ベースを2本にしてアルコに徹しさせたりする試み。特に For John Coltrane なんかでは、葬送曲として凄い効果を上げているように思う。そして、テーマ合奏部分が長くアンサンブルも練られ、フリー・インプロヴィゼーション部分との区分が明確になっていることなど、変化を感じる部分は多い。

a0248963_13423683.jpg Impulse の Ayler との出会いは、The Village Concerts という2枚組。大学3年の頃(記憶が曖昧)、場末の輸入盤屋で見つけたもの。当時は情報が少なく、Albert Ayler in Greenwich Village の残りテイク集ということも判らずに、「へー、こんなんあるの?何これ」とか言いながら、大手輸入盤屋では見たことがなかったため購入した(発売年でいうと1978年なので、そんなに珍しいアルバムでもなかったはず、記憶がおかしいのか?)。「大人しい」という印象が強く、それはテーマ提示のアンサンブルの美しさとフリー部分の制限によるものと思うが、当時は面白みがよく判らず、あまりターンテーブルに載ることもなかった。

a0248963_135039.jpg 正規盤たる Albert Ayler in Greenwich を聴き、Lörrach / Paris 1966 なんかも出たときに買い、この頃の Ayler って良いんだ、と思い始めたのは会社に入った80年代前半、ヨーロッパ・フリー・インプロヴィゼーションに嵌りながらも、Ayler だけは何とか聴いていた( Cecil Taylor は殆ど聴かなくなっていったのに対照的、Taylor がよりヨーロッパ勢に近い感じがしたせいかも)時期、心境の変化があったのかも。


a0248963_13471321.jpga0248963_13481331.jpg この時期の Ayler は、Albert Ayler in Greenwich と The Village Concerts に未発表録音が加わった Live In Greenwich Village - The Complete Impulse Recordings 、ESP からの Live At Slug's Saloon 、Hat Hut から出たヨーロッパ楽旅のライヴ Lörrach / Paris 1966 、Stockholm, Berlin 1966 で聴ける。昨年リリースされた Stockholm, Berlin 1966 は本当にびっくりした。Ayler 死して40年以上が経過しているのに、いまだに新譜が出るなんて・・・、稀有なミュージシャンである。

a0248963_13512960.jpg アルバムでいえば、Live In Greenwich Village と Stockholm, Berlin 1966 が音がよく、演奏にも力が入る。Live At Slug's Saloon は、編集も悪く取り散らかした印象、Lörrach / Paris 1966 は Lörrach のライヴの音が細い(モノ録音のせいではないとは思うが)感じか。


 Ayler は、今後も聞き続けるだろうな、多分 ESP 盤ではなく、初期の Debut 盤や中期以降の Impulse 盤を。ターンテーブルに乗る機会はそれほど多くはないだろうが。
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by ay0626 | 2012-01-22 09:43 | jazz

プログレなんかじゃないぞ、グリフォン

 去年の夏に体調を崩して、珍しく長い休みを取ってしまった。そのケアのため、半年ほど薬を飲まなければならないのだが、副作用が強く体がだるい。体調を万全にするために、体調を崩すなんてどうかとも思うが、まあ仕方がない。もう少しの辛抱なのだ、と自分には言い聞かせている。ということで、気分が悪いときに重い音楽もなかろうと、今回は軽めの Gryphon。

 一般的には、プログレのバンドだと思われている Gryphon だが、初期のアルバムを聴いてみればすぐに違うことが判るだろう。彼らはトラッドのバンドなのだ。後に Yes の前座を務めてエレクトリック・キーボードを大幅に導入し、プログレ・バンドとして認識されていく。確かに3枚目の Red Queen to Gryphon Three なんぞは、大曲ばかり4曲と堂々たるプログレ・アルバムになっている。好き嫌いの類ではあるが、自分としては、最初期のアコースティック・サウンドをずっと続けて欲しい思いであった。

 今から30年も前、有名どころのバンドは、ラジオでもよく掛かるし、どこぞのロック喫茶に行ってもアルバムは大概は揃っていて、それなりに聴きこんでから自分でも購入しようか、ということになるのだが、2番手3番手のバンドはそういうわけにはいかない。変な趣味の友人が間違えて買ってきてしまった類の僥倖で聴ける機会が出来ることもあるが( Gentle Giant の Free Hand はその類)、Gryphon はそういったこともなく、つい最近まで聴く機会がなかった。
 ここ10年ほどで、余程のマイナー・バンドでもない限り、大抵のバンドは復刻の機会があって、それに BBC あたりのライヴがCD化されたりして、一気に揃えられる場合が多い。ただ、復刻するレーベルが弱小だったりすると、すぐに欠品が出たりして、Amazon の悪徳マーケット・プレースを嬉しがらせることになるのだが。

a0248963_1722419.jpg ということで、本題に。Gryphon は、Royal College of Music 卒業の同窓生、Richard Harvey と Brian Gulland が作り、そこにギターの Graeme Taylor とパーカッション/ヴォーカルの Dave Oberlé が加わったカルテットとして成立した。もともと音楽的には、相当な専門的教育を受けた人たちなのだ(そう言えば、Gentle Giant の Kerry Minnear も王立音楽院の卒業生であったような・・・)。
 1973年の1stアルバム Grypon(s/t)は、一切の電気楽器を使わずに、12の小曲を並べている。そのうち、7曲までがトラッドということで、昔の英国を想起させる牧歌的な印象が強い。特に、リコーダーという楽器がここまで美しい音が出せるものか、と驚く。リコーダーは小学生でも吹く通り、あまり難しい楽器とは思われないことが多いが、これはどのテクニックをあっさりと聴かせてくれたりすると思わずニヤリとしてしまう。これにダブル・リードのクルム・ホルンやバスーンが被り、ドラムもシンバルやバス・ドラムなしのポコポコ・リズム、ギターが時折マンドリンになったりするが、またそれもよし。出番は少ないのだが Dave Oberlé のヴォーカルも押し付けがましくなく、味わい深くてよい(特に Rain Dance の Mother Nature's Sun は出色)。
 因みに、Grypon とは、上半身と羽が鷲(鷹?)で下半身がライオンの怪物。大昔からいろいろな物語に出演しているらしく、詳細はWikiで。英語では、Griffin といったと思う。日本にも鵺など、動物の混ぜ物の怪物は多く、人間の想像力なんか洋の東西を問わなく限界があったりして。

a0248963_17222336.jpg 2ndアルバム Midnight Mushrumps は1974年発表。このアルバムからベーシストが加わり、ややロック色が強くなる。19分になんなんとする表題曲から始まり、5曲の小曲が続く。トラッド・ナンバーは1曲で後はメンバーのオリジナル。全体的には、キーボードの活躍が目立ち、今後の方向を示している。かなりのテクニックを要する演奏だと思うが、流れるように聴かせてしまう。
 ジャケットの、メンバーの中世的な凝った服装と背景の薄暗い森に生える大きなキノコ(Mushrumps)が幻想的で、演奏自体の感じもよく現しており、グッド。

a0248963_17224587.jpg この時期の演奏を収めたライヴ集が Glastonbury Carol で、1972年と1974年の演奏を収める。72年の演奏は、完全なアコーステッィクで、アルバム通りのアレンジを聴かせる。74年の演奏は Midnight Mushrumps 1曲、キーボードやギターなどエレクトリック化しているので、ロック的な感じはもっと強まっている。ほぼアルバム通りのアレンジで、演奏力の高さを見せ付ける。2003年にリリースされた。

 この後の彼らについては別稿に譲るが、短期間でプログレ・バンドになっていく過程が、良くも悪くも「聴き易さの時代」に合わせていったような感じがする。世間的には、3rdあたりが一番人気のようだが、1stのテクニック満載の素朴さが、やはり好きだ。
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by ay0626 | 2012-01-21 16:19 | trad

ベルギーの暗黒、ユニヴェル・ゼロ

 1990年代半ば頃、RIO の音楽に心を引かれ、狂ったようにCDを買い聴きまくったときがあった。その頃、 Stormy Six や Samla Mammas Manna などが復刻され、主要な作品が比較的簡単に手に入るようになったことが大きいのかも知れない。外部環境にたやすく影響されてしまうのは、昔から進歩がない、人間変わっているようで、中身なぞ案外何十年も変わらなかったりして。

a0248963_15153832.jpg RIO とは、Rock in Opposition のことで、1970年代の後半、Virgin に首を切られた Henry Cow の Chris Cutler が各国の変態バンドに声を掛けて、自主盤作ろうぜ、との掛け声の下、コンサートを開いた。それが始まり。左派的な言動が多く、ちょっと辟易とするところもあるが、参加したバンドは種々様々で全体が政治的・主義的にそうだという訳でもなさそうだ。
 この最初のコンサートに参加したのが、イギリスの Henry Cow 声を掛けた張本人、フランスの Etron Fou Leloublan 、イタリアの Stormy Six、スェーデンの Samla Mammas Manna 、そして今回取り上げるベルギーの Univers Zero の5バンド。何れ劣らぬ変態バンドではあるが、今でも聴いているのは、 Henry Cow 、Etron Fou Leloublan 、Univers Zero のみ。Stormy Sixは歌に関わる部分が多いこと(それだけ主義が前面に出ることになる)、 Samla Mammas Manna は通常の楽器編成で、後期はテクニカルな面が強く面白みがあまり感じられなかったことが理由か。まあ、感じ方の問題、好き嫌いの類といっておいても良い。同じことが、後にRIOに加入するフランスの Art Zoyd にもいえる訳で、Univers Zero と並び称されるのだから、好きなんだろうといわれるかも知れないが、如何にも初期のドラムレス構成は、不安定感が大き過ぎた。また、Nosferato 以降の電子音楽化の流れが気に食わない。いちゃもんの付けっぱなしといったところだが、これも好き嫌いのうち、といったところで。

 さて、Univers Zero 。ドラマーの Daniel Denis とギタリスト Roger Trigaux により設立されたバンドで、70年代後半から80年代半ばに活動、その後長い休眠に入り90年代末に復活、現在に至る。
 生来の複雑で、冥い音楽好きにとって Univers Zero はご馳走であった、特に1枚目と2枚目は趣味に完全合致で、AKB ではないがヘヴィー・ローテーションでターンテーブルに乗ったのである。リーダーがドラマーであると推進力が違う、ヴァイオリンやバスーンがメイン楽器であっても十分にロックのダイナミズムを感じさせてくれる。また、後期と異なり、生楽器の音が良い。前にも書いたが、電子音楽はあまり好きではなく、シンセサイザーにはちょっとした敵意があるので、Univers Zero の初期作には肩入れしてしまうところなのだ。
 そもそも、彼らがデビューした70年代後半は、パンク・ロックの台頭、フュージョンの全盛(Weater Report の最盛期)、ポップ化の波など、世の中は「分かり易い」方向に進んでいたはずである。そこにこの複雑怪奇、非常な密度の暗黒音楽がどのように聴かれ、生き延びてきたのか、興味のあるところだ。結局いつの時代でも、スノッブな臍曲がり野郎(女性も含む)は一定数いるということなんだろうか。

a0248963_1535763.jpga0248963_1543755.jpg 最初のアルバムは、Univers Zero (s/t) 。キューニーフォームから再発された際には、「1313」と改題されたが、2008年にリマスター、ボーナス・トラック付で再再発されたときに元の題名に戻った。7人編成でヴァイオリン2名、バスーン1名がフロント、ハーモニウム・スピネットのキーボードもいい味を出しているし、ギターも控えめながら存在感がある。
 変拍子を多用しながら、それでもロックを感じさせるのは、Denis のドラムの推進力によるところ大。2枚目の再発盤には75年の曲が1曲加えられているが、管が居ないだけでロック色が強まるのがはっきりと判る。
左のジャケットが2008年版、右のジャケットが最初の再発版。

a0248963_15754.jpga0248963_15828.jpg 2枚目は、Heresie 。異端という意味らしいが、全くその通りの音。1曲目の La Faulx は、「鎌」のことらしく、そういえば西洋の死神さんの武器は鎌と決まっていたね。鎌で思い出すのが、Henry Cow の Western Culture のジャケット、あれは共産主義の象徴である鎌と槌なんだろうが、同時期に全く対照的に「鎌」という曲が出来たとは。
 重さで言えば、最初のアルバムの何倍も暗く重い。特に1曲目の最初の部分なぞ、ホラー映画のBGMそのものといった感じ(再発1stのボーナスで付け加えられたこの曲のライヴ、もっと重い雰囲気)。2曲目、3曲目も長尺で、体力不十分だとぐったりしてしまうかも。2曲目の Jack the Ripper は、2010年の Present のアルバムで再演されている。
 左のジャケットが2010年版、右のジャケットが最初の再発版。

a0248963_1585016.jpg 3枚目が Ceux Du Dehors 。このアルバムから Roger Trigaux が抜け、Andy Kirk が加入。やっぱり、弦・管が中心となるとギターの出番が少なくなる、そういうこともあって、ギター中心のチェンバー音楽がやりたくて Roger Trigaux は Present 結成に走る。
 リズムがはっきりして、前作より比較的軽めの出来、聴きやすさから言えば、Zero の作品の中でも上位に位置するのではないか、快作である。
 もうひとつ無駄話。やっぱり、こういう連中、Lovecraft が好きなんだ、5曲目が La Musique D'Erich Zann 。趣味嗜好は、同じ方向を向いている( Espers が Lovecraft 好きかどうかは知らない。あれは勝手な自分の妄想)。

 このあと、バスーン奏者の Michel Berckmans が抜け、サックス・クラリネット奏者が加入し、キーボードの占める位置が高まることによって音楽の面貌も変わってくる。自分としては、初期の方が好きではあるが、音楽の「凶暴性」の面から見ると、後期の方が凄いかも。
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by ay0626 | 2012-01-15 13:48 | rock

大昔の音楽をやっていた頃のエスタンピー

 Estampie をどうして知ったのか、確たる記憶がない。その割には、きちんと全てのアルバムが揃っているのは、その頃ユーロが急落し160円近くが120円近辺まで来て、ドイツ・アマゾンはどれだけCD買っても送料は14ユーロ固定だから、ドイツ盤買えるだけ買ってしまえ!という浅ましい根性だけだったかも知れない。まあ、昼寝のお供には、初期の2枚は最適( Micus の Till the End of Time と並んで)でよく使わせて頂きました。

 そうは言っても、何かきっかけがあったのは間違いない、多分 Faun を当時相当気に入っていたので、他にもドイツのトラッド~中世でアコーステックなバンドがないか知らんと調べ、その中で引っ掛ってきたのが Estampie と Qntal の2つだった。Qntal は、Estampie の主要メンバーである Sigrid Hausen と Michael Popp の2人が作ったバンドでエレクトロニクス要素が相当入っている。Faun もかなりエレクトロニクス要素を含んでいるために、アコーステッィク色の強い Estampie の方を聴いてみようと思った。
 YouTubeなどで見てみると(後期の映像が多いこともあり)、アコースティックでありながら、現代風のメロディーがあっていいじゃん、演奏はかなり行けているし・・・。ということで購入を決めた次第。購入してから分かったのだが、1枚目から4枚目までと5枚目以降では、かなり音楽の方向性が違う。よく映像を見たのは、5枚目(正確には6枚目)以降のものであった。

a0248963_172645.jpg 1枚目は、A Chantar (Song of Women in the Middle Age) 1989年録音。作曲家を見ても12世紀から15世紀の人ばかりで、オリジナルは1曲もない。演奏は Sigrid Hausen と Michael Popp に加え Ernst Schwindl のトリオ。Sigrid Hausen が歌とフルート(と2枚目の表示にはあるが、多分リコーダーのこと)であるが、正統的な歌唱法と硬質の透きとおった美声は、なかなかのものだ。顔がドイツ人候なので何かちと怖い印象、顔と声が一致している。Michael Popp が音楽的なリーダーで、後期の作曲は殆ど彼が手がけている。撥弦楽器全部をこなし、相当のテクニックを持っている、彼に対抗できるのは、L'Ham de Foc の Efrén López か Flairck の Erik Visser くらいしか思いつかない。Ernst Schwindl は、キーボードの担当で、Symphonia, Portative,Street Organ など聴いたことのない楽器を担当する、一部は Marco Polo というDVDで見ることが出来るが、相当の手練だ。
 この3人があくまで真面目に中世音楽をやるので、クラッシクに分類(アーリー・ミュージック)されてもおかしくはない。ビートが控えめなので、昼寝の供になるわけだ。Faun もトラッド・メロディーを使うので、似たようなメロディーを両者のアルバムで聴くことができる。

a0248963_173647.jpg 2枚目が Ave maris stella (Veneration of St Mary in the Middle Age) 1990年録音。音楽的な方向は、前作と同様だが、ヴォーカリストとパーカッショニストがクレジットされていて、ヴォーカリストはどうも判然としないのだが、パーカッションはそれなりに強調されている。全体的にゆったりしており、うつらうつらしながら聴けば、完全に天上の音楽。

a0248963_1741498.jpg 3枚目は Ludus Danielis 1993年録音。13世紀に作られた劇の音楽のようで、詳しい内容は、例えばHolzwegさんのページに分かり易い解説があるので、そちらをどうぞ(いい加減のように見えるかもしれないが、あやふやな知識を読まされるよりずっと良いと思う。検索するときは「ダニエル劇」の方がヒットしやすい)。
 そういうことで、配役の関係もあり、ヴォーカリストが大幅に強化され、その中でも Alexander Veljanov の美声は忘れられない。器楽面では、ヴァイオリン2人(うち1人は、シャルメイも担当)にハーピストが加わる。大昔の音楽ではあるが、音響処理など現代的な要素をかなり加えているので、飽きることはない。

a0248963_1751436.jpg 次は、Crusaders in nomine domini 1995年録音。題名からも判るとおり、十字軍関係の音楽だが、詳しい内容は判らない。作曲の年代が1190年頃のものが多いところから見て、第3回の十字軍の頃の音楽といえよう。十字軍の意義をここで言っても仕方がないが、狂信者と現世利益を求める集団が野放図な茶番劇を引き起こした感じがなくもない。歌手は女声1と男声2の3人だが、コーラス隊も入っている。器楽演奏は、2人増加して6人構成、多分、ハーディ・ガーディー奏者とトロンボーン奏者が増強されているが、曲によっては加わらないでトリオからセクステットで曲に合わせて演奏している。
 十字軍らしく2曲目のように勇壮な曲もないではないが、ゆったりした音楽が多く、 Alexander Veljanov もフューチャーされている。この音楽にトロンボーンが合うのかと思ったが、違和感なく聴ける。

 ちょっと変わった楽器の音を現代的な音響処理の中で聴きたいとなれば Estampie はお勧め。ビート感はないので、どちらかといえば、ゆったり目の現代音楽に近いか。コレクションの片隅に置いておいて、ちょっとカッコいいねという自己満足は感じられるだろう。
 
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by ay0626 | 2012-01-14 14:45 | trad

孤立の人、ステファン・ミクス。70年代。

 変わるのがよいのか、変わらざるがよいのか。歌謡曲の世界では、「私は変わってくのよ~、でもあなたは変わらないで~」といった歌詞が多いが、どう見ても「私は大人になるから、変わって当然なのよね~、あなたは思い出なんだから変わっちゃだめよ、当然よね~」という上から目線(嫌な言葉だ)が感じられて仕方がない。20歳の頃の紅顔の美青年でも、30年経てば、腹は出る、禿げる、老眼鏡を掛ける、それが当然なのである。

 音楽の世界でも、「変わっていく派」と「変わらない派」がある。どちらが良いとは言えない、音楽家の考え方、聴く方の期待感が決めるものなのだと思う。変わっていく派の代表ですぐ思い出すのが、 King Crimson、Miles Davis。変わらない派の代表が、Stephan Micus 。デビューが1976年、35年間、電気楽器を一切使わず民族楽器のみで多重録音を行い、独自の音楽を紡いでいる。
 Stephan Micus は、1953年ドイツ生まれ。殆ど共演した音楽家がいないので、誰に影響を受けたとかは分からない。つまり、Micus は Micus という事実があるのみで、その残された音楽を聴くしかないということだ。影響を与えた音楽家は、というとこれもよく分からないが、デンマークの Valravn のホーム・ページを見ていたら、好きな音楽家に Micus の名前があがっていた。

 Micus との付き合いは長く、初めてレコードを手に入れたのは大学生の頃だから、今から30年以上前の話になる。Micus の音楽はジャズではなくロックでもないものだから、掛けているジャズ喫茶もロック喫茶もない。ジャケットの裏を見ながら、「すげーインストルメンテーションだなー、どんな音楽なんだろうなー、買っていいのかなー・・・」とさんざん迷った挙句、「2,000円どーしよーかなー」といいながら、抱えてレジまで行った覚えがある。このとき買ったのは、Koan 。
 のめり込んで聴くような音楽でもなし、本を読みながらでも邪魔されないので、ターンテーブルに乗ることが多かった。それから新譜が出るたびに購入するようになり、80年代以降はディスコグラフィー通りに聴いている。

 a0248963_21515895.jpg最初のアルバムは1976年の Archaic Concerts 。Virgin の廉価盤レーベル Caroline から出たのだが、これだけCD化されていない。ECM が Micus 40周年記念ボックス・セットを出すようなことがあれば、是非是非CD化をお願いしたい。
 次が、ECM 第1作となる Implosion 、1977年3月録音。若々しく髪の黒々とした Micus が笙を吹いているジャケット。このアルバムでの使用楽器は、弦楽器でシタール、ギター、ツィター、ラバブ、管楽器で尺八、笙(分類学的には違うかも知れないが、便宜上ここに入れる)、タイ・フルート。なかなか若々しい演奏ではあるが、とっ散らかった印象のあるアルバムである。

a0248963_21523243.jpg 録音順で言えば、次が Koan 。中期に見られる Part 1~といった章立てになっているが、全体的に纏まった印象はない。今回は、グンデル、ボーラン、アンクルン、キージー、ビルマ・ベルなどの打楽器にも焦点が当てられ、前作より躍動感がある。
 Koan とは、禅でいう「公案」。下らないといえば下らないもので、例えば瓢鯰図は瓢箪で鯰をどうやって獲るか、を考えるというもの。暇もここに極まれり、と思ってしまうのだが、宗教批判はまた別の機会に。 Micus は、この「公案」がよほど気に入ったようで、30年後にも同じ題材で Life というアルバムを作ることになる、なかなか珍奇な音楽で噴出しそうになるところもあるが、それは後に話そう。

a0248963_21525726.jpg 1978年には2枚のアルバムを完成させる。1枚目が Till the End of Time 、6月の録音。17分強と18分の長尺曲2曲の構成。音数が少なく、静謐で、昼寝には最適の音楽。エンドレスにして掛けていれば、非常に気持ちの良い睡眠が約束されます。このアルバムで初めて使われたのが、テーブル・ハープ、コルトホルトの2つ。コルトホルトの柔らかなダブル・リードの音が良い。

a0248963_21533624.jpg 2枚目は、Behind Eleven Deserts 、10月録音。このアルバムは、Implosion と同様、短めの曲が7曲並ぶ。この後、いろいろなアルバムに使われるスリン(インドネシアのフルート)、ティン・ウィッスル(アイルランドの小さな笛)が初めて登場する。ECM ではなく、Intuition というレーベルから出ている。

 長い付き合いの Micus。今年は新譜の出る年なので、それなりに(すごく!!!というわけでなく)楽しみにしたいと思います。早く案内が ECM のホーム・ページに出ないかな。 
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by ay0626 | 2012-01-12 20:15 | new age

やっと着きましたニューアルバム、テンヒ。(2)

 前回の続き。今年は寒くて、年末から年始に掛けてひどい風邪を引いてしまい、(ブログを始めたのを別として)碌なことがなかった。寒さからフィンランドを連想して、もっと寒い音楽ということで Tenhi となったのかも知れない(無茶な三題話だ)。

a0248963_1445714.jpg ということで、Tenhi の Folk Aesthetic 1996-2006。バンドの10周年を記念して、それまでにデモやEPとして発表された作品を纏め、お蔵入りになっていた録音を引っ張り出し、新しいアルバムを付けたゴーカ3枚組(ファンには、1枚目は手に入りにくい音源ばっかりで感涙ものだろうが、一般客にとっては3枚目だけ単独で・・・3枚組だと手が出し難い、というわけで「豪華」ではなく「ゴーカ」と表記した次第)。
 ジャケットは、黒の下地に薄いピンクの髑髏が描かれ、その上に赤い花が咲いている。シュールでいわく言い難い印象を残す。Tenhi のアルバム全部がなかなかの芸術性を感じさせるジャケットで、それが本作を経て、次作 Saivo で満開状態になる。
 さて、1枚目。Kertomuksia(97)、Hallavedet(98)、Airut:ciwi(00)の3作を纏めたもの。サウンド的には、最初から Tenhi は Tenhi の音を出していたということか。Airut:ciwi は04年の Airut:aamujen の第1部に相当するのだろう、最初の曲こそ打楽器連打で驚かせてくれるが、2曲目は Airut:aamujen で再演される曲、3曲目はまた打楽器がリズムを刻む上にお経ヴォイスが乗る。
 2枚目は、別テイク・アウトトラック集。1998年から2005年の録音。録音や演奏に瑕疵があるわけではないので、純粋に時間の問題とか他曲とのフィット感の問題だろうと思う。
 3枚目は、Kaski という新アルバム。しかし、録音年代でいえば、最初のピアノ曲は1995年、次のよく聴くメロディーは1998年とかなり古い。他は2004年から2005年録音が中心。いつもの Tenhi サウンドだが、荒々しい感じも含んで、Hedningarna や Garmarna に近い呪術的な様相を見せることも。
 3枚、3時間。ずっと聴くのはしんどいけど、楽しませて頂きました。

a0248963_14452649.jpg さて、やっと聴きました最新作 Saivo。
 ホームページでだらだらと報告があって、それでもまだでないの・・・という感じだった Saivo は、やっと6月に「完成しました」の短い報告があって以来、また長い沈黙期間に突入。やっと、11月になって Prophecy Records に予約の案内が出た。3種類くらいのヴァージョンがあって、1,000円程度の違いなら、DVD付の豪華版にしようと勇躍予約を入れ、Pay Pal で送金。当初のリリース日が11月25日で、それが延びて12月2日に。普通1週間くらいで来るものが、なかなか来ない。20日を過ぎたので E メールで Prophecy Records に問い合わせたら、「2日に出荷したので、もうちょっと我慢してね」。その3日後、立派に包装されたブツが我が家に到着したのであった。
 確かにCDやDVDのジャケットとしては、28cm×28cmは大きすぎる、LPサイズより若干小さいくらいの感じ(収納困るなあ)。船に乗り込んだ男たちが海面(湖面?)に映った見事なイラストに艶出しの黒で Saivo と浮き出したデザインは素晴らしいの一言。イラストから見ても神話(フィンランド神話は、ケルトや北欧神話とは異なるらしい、詳しいことは調べてもあまり出てこないので、よく分からない)をモチーフのしたと思われる。この見事なイラスト、メンバーの Tyko Saarikko が描いているようで、才能というのは、音楽と絵画のように違う分野でも発揮されるものだな、と強く感じた。
 内容は、というと、これが素晴らしいの一言。カンテレかと思うような弦楽器に導かれる1曲目から「引きの魅力」満載で、冥く重い世界に一気に引きずり込んでくれる。クレジットを見ると、今回の録音にはヴァイオリン奏者は加わらず、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと低音域の編成になっている。また、打楽器の使い方も、今までのドラムだけでなく、低い音のティンパニー(言い方が変だが)のような、要はマレットで叩く音が効果的に使われる。全体的に低音が充実しており、録音も強弱のメリハリが意識され、迫力ということでは申し分ない。今までの霞の掛かったような感じは、若干は薄れているものの、リバーヴ掛け捲ったところとの対比も面白い。70分堪能いたしました。

 ということで、入手までは若干イライラしましたが、あとはノープロブレム、楽しませていただいております。そういえば、同時期にアマゾン・アメリカのマーケットプレースで注文したブツが、まだ届かないな、来週くらいにもう一回メールを入れてみようかな(英語でE メール書くのって面倒なんだよなあ・・・ブツブツ)。
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by ay0626 | 2012-01-09 11:51 | folk

やっと着きましたニューアルバム、テンヒ。(1)

 聴く音楽のジャンルを広げようと努力はしてるつもりだが、やっぱり行き着く先は暗く陰鬱なものになってしまうのは、持って生まれた性癖のせいでしょうか。とはいえ、友人から暗い奴だといわれたことは一度もありませんが(理屈っぽい奴とはよくいわれるが)。

 フィンランドのバンドは、この数年よく聴いていて、今回の Tenhi の他にも Gjarllarhorn や Alamaailman Vasarat, Suden Aika は正規盤のほとんどをコレクションしている。強烈な個性を持つバンドが多く、いったん嵌ると1週間くらいそのバンドばっかり聴いているということも少なくない。この国のバンドのCDは手に入り難いものも多く、Gjarllarhorn は、なかなか苦労した。
 フィンランドは北欧の国だが、純粋にヨーロッパかというとそうでもない。言語は、ゲルマン系でもラテン系でもスラヴ系でもないフィン-ウゴル語属で、母音の発音がはっきりしていて日本語に似た感じがする。歴史的にもスエーデンやロシアに苛められてきた時期が長い。この人口550万人程度の小国(失礼)にこれだけヴァラエティーに富んだ音楽文化が花開いているのは驚きである。

 Tenhi というのは、村の長老という意味らしい。だからどうした!という感じがしないでもないが。1996年に出来たバンドのようで、中核の Tyko Saarikko が Ilkka Salminen と結成し(情けなくも中核のミュージシャンの名前もまともに読めない。ネットで検索しても名前をカタカナ表示したサイトもない)、Ilmari Issakainen が加入して、その後 Salminen が抜け、現在に至る。素っ気ないが、Wiki 見てもそんなところしか情報がないし、細かいことまで知ったところで、音楽を聴くことに影響はしないから・・・と負け惜しみを言いながら紹介はここまで。

a0248963_1521682.jpg ずばり、Tenhi の魅力は、フィンランド語歌詞による、男の暗鬱な低音での「お経」「つぶやき・・・ぶつぶつ」ヴォーカルと音数を抑えてヴァイオリン、チェロ、フルートを浮かび上がらせる全体に霞の掛かったような音響処理にある。
 最初のアルバム Kauan は、1999年の発表。このアルバムの前にも数枚のデモやEPの発表はあって、後にFolk Aesthetic 1996-2006 に纏められることになる。Kauan は、ヴォーカル部分が少なめで、リズムもはっきりしていて、聴き易い。その分、アクみたいなのは少なめなので、例えばMaaäet や今回久しぶりに出た新譜の Saivo の強烈な「引きの魅力」は何十分の一しかない。このアルバムを最初に聞いていたら、ここまでは嵌らなかったと思う。

a0248963_1532428.jpg 次の Väre は、2002年の発表。頭のドッワーン!と鳴らしたドラムの一撃からリバーヴを掛け捲ったフルート、ピアノの後にお経ヴォーカル出現!となれば、Tenhi の魅力満開で、ずるずるとその底なしの音世界に嵌りこんで行く。フィンランド語の母音をはっきりと発音する(子音のみの発音がない?)ところが、歌い方自体に加え「お経」に近い印象を与えるのではないだろうか。個性がはっきり表出して来たアルバム。

a0248963_1543365.jpg 2004年の Airut:aamujen は、ちょっと変わった経緯で Tenhi のアルバムに加えられた。最初は、違うバンド名で、盤元も違っていたという。Wiki によると Airut-saga の第2部ということだが(確かに2000年にMini-CDとして Airut:ciwi というのが出ているから第2部というのは頷ける)、そもそも Airut を Wiki で引いても、多分フィンランド語のページがあるだけで、読むことはかなわない。
 アルバムの中身も、今までとは相当に趣きを異にしている。ピアノをメインとし、それにあっさりとしたドラム、ベース。ヴォーカルのパートも非常に大きく、そこに女声のバッキング・ヴォーカルが常に寄り添う。静謐でアンビエント、最初聴いたときのインパクトのなさに比べ、後で効いてくる魅力。これは Tenhi の本来の姿ではないが、他のを聴いてこれだけ聴いてないとすれば、それははっきり言って・・・損。

a0248963_1513218.jpg 2006年、Maaäet 。おなじみ Tenhi 振りが一層の深化を遂げる。最初の曲では、浮遊感のあるメロディーをヴァイオリンが歌うが、同じようなメロディー・ラインが他のアルバムでも聴かれるところから、フィンランドの民謡からでも持ってきているんだろうか、と思う。実際、彼らのホームページを見ると「自分たちは、フィンランドのフォークソングに根ざしている」といったようなことが書かれている。
 ジャケットの不気味な絵(?)は、よく見ると蛇の抜け殻。蛇は、抜け殻を財布に入れておくとお金が貯まるといった俗信とか、精力剤として重宝されるなど、嫌悪の対象でもあるのに、反面尊敬というわけではないけれどプラスのイメージもある不思議な存在。そういえば、アダムちゃん、イヴちゃん唆したのも蛇だったな。

 ということで、題名の事象までは至りませんでした・・・。3枚組大作 Folk Aesthetic 1996-2006 と焦らされ捲くった Saivo は、次回ということで。
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by ay0626 | 2012-01-08 14:59 | folk