日常茶飯事とCDコレクション
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超スロー・ペース、超マイ・ペース、シンキング・プレイグ

 Thinking Plague の実に9年振りとなる新作 Decline and Fall が Cuneiform Records から出た。wiki でも活動期間が2004年まで、となっていたので、とうに活動を休止しているのだろうと思っていたが、どうしてどうして、しぶとく生き残っていたのである。

 Thinking Plague は、1982年 Mike Johnson と Bob Drake によってアメリカ・コロラド州デンヴァーで設立、ということは今年で30周年となる、バンド・キャリアは非常に長い。その割りにリリースが少ない、84年に1st、86年に2nd、89年に3rdと着実にアルバムを発表していたのはここまでで、4thは98年でなんと9年間のブランクを経て、5thは2003年、5年振りとちょっとはペースが上がったが、最新の6thはまた9年振りということで、超スロー・ペース、超マイ・ペースの活動を続けている。もっとも2000年の Near Fest のライヴが2004年に出ているので、5thとの間隔はそんなに離れてはいないが(それにしても2000年のライヴを2004年にリリースするとはどういうことだ、ライヴは鮮度が重要だと考えるので)。

 何のためにアルバムを発表するのか、お金のため、成果を形として残すため、記録のため?彼らのアルバムを残す理由がよく判らない、ちょっと間が開きすぎの感があっても、記録の意味が大きいと思う。どう見てもベスト・セラーになるような音楽ではないし、成果といってもメンバーが変わっても目立った変化がある訳ではないし。生きて活動してきた証、記録として残すのがアルバム、といったところ、活動はこれからも続くようだし、もう1枚くらい期待してもいいかな、Cecil Taylor みたいに80歳を越えても録音し続けるのは止めて欲しいけど。

 Thinking Plague の音だけ聴けば、最初のアルバムから大きく変化してはいない。彼らの音楽のコアは、Johnson の複雑な作曲、とりわけリズムの複雑性、Bob Drake のフォーカスの甘い不思議なMix、音響系のはしりとも言える遠近感のある音の取り方、そして脱力系というか、やる気のなさを全面に出した(?)ロリータ系の女性ヴォーカル(1stの大人の美声系 Sharon Bradford を別にすれば、2nd 3rdの Susanne Lewis 、4th 5th ライヴの Deborah Perry 、6thの Elain Di Falco とも)、この三拍子はどのアルバムを取っても同じだ。
 Bob Drake の才能の多彩さは特筆もので、ミュージシャンとしては、Thinking Plague 後(平行して?)、数枚のソロ作品を作っているが、殆ど全ての楽器演奏、歌唱をこなし、Mix は勿論、ジャケット・デザインも彼の手によるもの。ホーム・ページを見れば、写真のページもあれば、熊の絵中心の絵画のページ(ついこの間まで、熊のポルノ絵画のページがあった)もある、大したものだ。

a0248963_16412944.jpg ということで、最初のアルバム1984年作の ・・・ A Thinking Plague 。メンバーは流動的で、中心はやはり Mike Johnson と Bob Drake 。まだまだ、基本的な部分は別として自分たちのサウンドを確立しているとは言えない部分もあるが、新しいことに対する情熱は十分に感じられる。Bob Drake のなんとも奇妙なドラム・ベースの上に Mike Johnson のテクニカルなギターが乗る。Bob Drake は、ヴァイオリンやギターも弾くマルチ・プレイヤーだが、本職はベースのようで、ぶっとい感じのブイブイいわせるような演奏は、たまには Thinking Plague でも聴くことが出来るが、本領を発揮しているのは、むしろトリオ時代の 5UU'Sではないかと思う(ここら辺の、アメリカ・西海岸レコメン系のメンバーの変遷は別稿に譲るが)。最初にLPで出た時は、ジャケット1枚1枚が手描きのスプレー・ペインティングだったようで、ここで掲げたのは、彼らのホーム・ページから借りてきたもの。
 ヴォーカルの Sharon Bradford は、2代目以降のヴォーカリストと異なり大人系、しかしあまり色気のある声ではない。

a0248963_16415740.jpg 2枚目は、Moonsongs、1986年。ここからロリータ・脱力系のヴォーカリスト Susanne Lewis が参加。1曲目の Warhead から、アメリカ人らしい明るめ、軽め(音だけ聴くと)の演奏が展開される。レコメン系で比較的よくターンテーブルに乗るのがこのバンドで、本家の Henry Cow とか Art Bears だと重すぎて、途中で嫌になってしまったり、Present なんかも同様で、よっぽど気が充実してないと胃もたれしてしまう、ある程度の軽さ・明るさは必要なのかとも思う(単に年を取っただけとの説もあるが)。本作には、15分にも及ぶ複雑な Moonsongs など佳曲も多い。

a0248963_1645840.jpg この初期2枚は、2000年に2in1の形で Cuneiform Records から復刻されたが、よくもまあ、オリジナル・マスターが見つかったものだ。時々、Cuneiform は珍しいものを発掘してきて拍手ものなのだが、これは特に良い仕事ですねー・・・と言いたくなる。若干、Moonsongs で時間の関係から編集がなされているようだ、いっそのこと2枚組で若干の未発表ライヴなんかボーナスで付けてくれればいいのにね・・・とは言い過ぎか。



a0248963_1646277.jpg 3枚目が In This Life、1989年作品でレコメン本家 ReR Megacorpからのリリース。本家からの発表ということで、若干シリアスな面も強く出た感じ。1曲目 Lycanthrope (狼憑き)の1分30秒過ぎ辺りのサウンドは、Henry Cow に酷似しているし、そうしたところはアルバムの随所に見られる。ここら辺から、5UU'S や Motor Totemist Guild などと離合集散し、アメリカ・レコメンの強力な一角となっていく。
 ここで目を引くのが Susanne Lewis。Moonsongs のジャケットもそうだったが、このアルバムも同様に彼女の作品が使用されている、ヘタウマというか子供が描いたような絵だが、不安感を抱かせるような不気味さを持つ、同様に作詞も殆ど彼女の手による、ヴォーカルの印象と他の部分がマッチしている。Thinking Plague がこの後長い休みに入るわけだが、Susanne は Bob と組んで、捩れポップの Hail など多彩な活動を展開することになる。

 ということで、まあまあ普通の活動をしていた80年代を概観して見たわけだが、彼らも「変わらない」バンドの典型例みたいなもので、そういう意味では Mike Johnson の組織統括力が凄いのかもしれない。レコメン・アメリカ西海岸の状況を含めて、90年代以降は別稿で。
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by ay0626 | 2012-02-26 10:10 | rock

2回も見たぞ、韓国のアルト・サックス怪人、姜泰煥

 韓国と言えば、今を時めくK-ポップ・スターが目白押しだが、おじさんにとっての韓国唯一無二のスターといえば、姜泰煥(カン・テー・ファン)、この人以外にはいない。アルト・サックスの Evan Parker といったところが一般的な印象ではないかと思うが、本人曰く、Evan には影響を受けていない、もともと知らなかったとのこと。東西何処でもテクニックを極めてしまう人というのは居るものなのだ。

 強国の隣にある国というのは、昔から歴史に翻弄されるという運命にあるようで、韓国は正にそんな歴史を持っている。ヨーロッパで言えば、ロシアとスエーデンに挟まれたフィンランドしかり、ドイツとロシアに分割されたポーランドしかり、イギリスに収奪され国が滅びかけたアイルランドしかりである。韓国も中国と日本に挟まれ、大中国の先兵にされたり(元寇の時など)、日本に攻められたり(豊臣秀吉は今でも相当嫌われていたりする。伊藤博文も同様)、散々な目に遭った。戦後は、アメリカと中国・ソ連の面子を懸けた戦争の舞台となり、国の分裂・対立を今でも背負っている。そんな状況の中でも、あれだけの経済復興を遂げ、K-ポップまで国を挙げて売り出してしまう根性には敬意を表したい、しかし国内の都合が悪くなると、すぐ日本を槍玉に挙げて、国民の目を逸らせようとするのは如何かとは思うが。
 そんな前向きな国にフリー・インプロヴィゼーションなどというあまり建設的でもない音楽をやっていてもいいのか知らん・・・と思ってしまうが、それでも姜泰煥の音楽はあまりに異色だ。

 Evan Parker は随分若いうちから聴いていて、そのショックは相当なものであった。特にソプラノ・サックスという高音域の楽器からマシンガンのように、怒涛の急流のように繰り出される音は、忘れがたいものがある。それに比べ、姜泰煥はアルト・サックスと言う中音域の楽器でロング・トーン中心のインプロのため、たゆたうような大河の流れを思い浮かべる、例えば91年の『鬼神』の「空へ」の出だしなど、その通りの印象だ。記憶に残る強烈さでいえば、やはり Evan には一歩も二歩も譲ると言ったところか。聴く順序が違っていれば(姜泰煥を先に聴いていれば)、もう少し印象が違ったかも知れない。ということで、Evan Parker ほどは聴き込むことがなかった。
 2番手の「悲劇」というか、もうちょっとフリー・インプロヴィゼーションの流通が良くて、聴衆に理解のある国に生まれれば、もっと沢山の録音も出来たろうに、などと思ってしまう。ちなみに Evan Parker も姜泰煥も1944年の生まれであることを考えれば、同程度のテクニックを持ちながら、録音量に圧倒的な差(姜泰煥の録音は、1988年から10枚程度、Evan は1960年代から数え切れないほどの録音を残している)があるのは、環境の違いと言ってしまえばそれまでだが、ちょっとそれだけでは割り切れない気がする。

 姜泰煥の録音は、韓国盤だったり日本の超マイナー・レーベル盤だったりと非常に手に入り難いCDが多い。と言うことで、持っている盤は全部、数回に分けて(無駄話と一緒に)紹介していきたいと思う。

a0248963_14264313.jpg 最初のアルバムが、Korean Free Jazz (Live Improvisation) 、1988年。4つのフォーマットが収録されているが、いずれもライヴで、そのうち3つは東京での録音。Incus の最初のアルバム The Topography of the Lungs に遅れること18年、Evan の最初のソロ Saxophone Solos に遅れること13年、韓国初のフリー・インプロヴィゼーション・アルバムが完成したのである。
 最初のトラック Seoul Free Music Trio は、トランペットとドラムとのトリオ。金大煥のドラムは殆どシンバルを叩かず、低めのドコドコ・スネアが中心で、なかなか禍々しい感じをかもし出しており、良い。2つ目は、高田みどりとのデュオ、マリンバの音色がアルトにマッチしており、柔らかな感じ、後述のトン・クラミに繋がる演奏。3つ目は大御所 Evan Parker とのデュオ、臆せず堂々と張り合っている。そして4つ目がソロ、ロング・トーンを多用した、雄大な演奏。盤元は Ponnycanyon Korea 。もしかしてメジャー・レーベル?

a0248963_1427124.jpg 2枚目は、91年録音の 鬼神〈Tokebi〉。日本のビクターからの発売。もともと民族音楽シリーズの中の一枚として発表されたもの。ソロ「空へ」(28分)と民族楽器との合奏「永遠」(18分)の2曲が収録されている。ソロ「空へ」は悠久の大河の流れのように堂々とした音量豊かなトラックで、姜泰煥の名を世に知らしめた名演(一部の物好きな者たちの「世」かも知れないが)。「永遠」は胡笛というダブル・リード(チャルメラのような響き)とのデュオから始まり、杖鼓という打楽器とのデュオで終わる、民族音楽シリーズの一枚として出されたので、当然といえば当然なのだが、やはり東洋人の演奏のためか、いかにも自然な感じである。
 
a0248963_14273341.jpg 3枚目は、同じ91年録音で、高田みどり・佐藤允彦とのトリオ、トン・クラミのメールス・ジャズ・フェスティバルでのライヴ盤。これは、日本クラウンからの発売。佐藤允彦のピアノがモダン過ぎて、ちょっとどうかな・・・と思うところあり。このトリオではもう1枚、スタジオ録音を残している。メールス・フェスはフリー・ジャズ・ファンにはお馴染みで、様々なミュージシャンがかの地でのライヴを録音として残している。

 今回は、この3枚を紹介、もう少しお付き合いを。
 題名にもある通り、姜泰煥のライヴは2回見ている。一回目は、2001年か2年、一楽儀光と内橋和久(河端一だったかも)とのトリオで、二回目はその数年後、現代音楽の高橋悠治とのデュオで。何れの時も舞台に座布団を敷き、胡坐をかいて、おもむろにロング・トーンでの演奏が始まったと思ったら、突然の大音声に変化、何処から発せられるのか、驚いたものだ。
 もう70歳近いと言うのに、昨年2枚組のソロ作を出した姜泰煥、まだまだ目を離すことは出来ない。
 
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by ay0626 | 2012-02-25 11:04 | free improvisation

北欧の巨大野蛮人、ヘドニンガルナ

 Hedningarna を初めて聴いたときは心が震えた、自分の嗜好にあまりに直球過ぎて。彼らの登場は1980年代末、世の中が大きく変化する、世界も日本も、そんな時代に呪文を掛けるような、古くもあり新しくもある音楽を作り出したわけだ。

 ベルリンの壁が崩壊したのが1989年11月、翌年には東西ドイツが統一された。それに先立ちポーランドでは自由選挙により共産党政権が崩壊、1985年にゴルバチョフが書記長に就任した共産圏の盟主たるソヴィエト連邦も91年12月に敢え無く崩壊した。自由主義/資本主義によって世界は良い方向に向かうはず、冷戦も終了し軍備縮小や核兵器廃絶も(時間は掛かるにしろ)進むはず、と誰しも思った・・・これも「はず」であった。

 一方、日本国内はどうか。1989年の大納会で39,000円近くまで上がった株価は、その後坂を転げるように下落し、90年の10月には20,000円割れと半額の水準まで落ち込んだ。バブル期には、会社訪問に訪れる学生に対し、高級料理を振る舞い、拘束のためにホテルに泊めた会社も掌を返し、就職氷河期を迎えた。不良資産の処理が遅れ、北海道拓殖銀行や山一證券が1997年には破綻・消滅し、銀行はその後、合併で生き残りを賭けていくことになる。山一證券の社長の会見など、当時はそんなものかと見ていたが、先日何気なくテレビを見ていたらたまたま当時の映像が流れていて、50歳を超えた今、何か身につまされる思いがした、多分あの時の社長の言葉は心の底から出ていたに違いない。
 また、大学時代の友人が何人も銀行に勤め、大親友が勤めた銀行の破綻報道を知ったときは、本当に心が痛んだ。その頃の自分たちは30歳代半ばを越えた頃、会社の金を接待費として自由に使えた訳もなく、忙しく馬車馬のように働かせられ、気が付いたら「バブル崩壊」で、これから沢山貰うはずのボーナスは落ち込み・・・今冷静に振り返ってみれば碌な時代じゃなかった。

 しかし、自分の会社の業績は、良いと言えるほどではなかったが、別段悪い訳ではなかったし、90年7月には自分も新しい仕事に移って、尊敬できる上司(尊敬できる上司に当たれば当たるほど人生は良くなる、これだけはそう思う。なかなか尊敬できるまでの上司はいないが)の下で働くことになったものだから、そんなに深刻に受け止めることもなかった。これから貰うボーナスが多いか少ないか、貰ってみなけりゃ判らない訳で、減った額が通常となれば、昔を知らないわけだから不満の持ちようもない。

 ということで、閑話休題。Hedningarna にしても Garmarna にしても、この頃登場したバンドは、何かしら不安定な要素があったように思う。ラディカル・トラッド(和製英語との指摘もある)という二律背反のような言葉がぴったり来るのも、ここら辺に理由があるのかも。

a0248963_1537757.jpg 1989年に最初のアルバム、Hedningarna (s/t) をリリース。実を言うと、このアルバム、聴いた順番は最後。電化された2枚目以降を先に聴いてしまうと、純粋アコーステックで3人だけの演奏ではインパクトは少ない。しかしながら、楽器一つ一つの音を楽しむには非常に良い。特に、Anders Norudde (Anders Stake) のフルート演奏の荒々しく、それでいて繊細な感じは好きだ。全部で13曲、そのうち5曲が伝承曲で残りが Anders Norudde のオリジナル。wiki などを見るとリュートの Hållbus Totte Mattson がリーダーのようにも思えるが、音楽的な主導性は Anders Norudde が取っているのかも。Polska との表示がある曲も多いが、Chieftains のところでも書いたとおり、もともと伝承曲はダンスのための伴奏曲が多く、Hedningarna もクラブ用の Mix を出している。

a0248963_15373458.jpga0248963_15375849.jpg 2枚目 Kaksi! (1992)、続く Trä (1994) は、凄い傑作。伝統音楽に思い切りエレクトロニクス要素をぶち込んで、スオミねえさんの呪術的二重唱を配した、強迫的とも言える音圧に圧倒される。これらの殆どが伝承曲のアレンジというのだから驚くと供に西洋音楽の強み(伝統音楽を違和感なく現代的なアレンジに乗せてしまえるという)を感じる。
 Kaksi! の呪文的な1曲目から、ロックに最も近い7曲目、一転アコーステックな8曲目と楽曲的なヴァラエティーにも配慮が行き届いている。こんなある意味疲れる音楽であるため、収録時間も43分程度と短めのほうが集中して聞けるというもの。
 Trä は、1曲目の地面から湧き出るような、呪文そのもののヴォーカルから、オートバイに乗せられてロックそのものの2曲目に移り・・・と水の流れに乗る最終曲まで、十分に堪能できる。

a0248963_15382783.jpg 4枚目の Hippjokk は、ちょっと時間が空いて1997年のリリース。スオミ合唱隊がおらず、ヨイク(北欧サーミ人の歌唱、酔っ払いの咆哮のような、声を震わせた歌い方が特徴)・シンガーが数曲に参加している。スオミ合唱隊がいないと色彩感に欠け、殆どターンテーブルに乗る機会も少ない。ジャケットは、どういう意図か、洒落・・・それとも?


a0248963_15385365.jpg 5枚目 Karelia Viza は1999年の作品。スオミ合唱隊はメンバーを変えて復帰。カレリアとは、フィンランドのロシア隣接地域、wikiによれば「フィンランド人の心の故郷」的な地位らしい。そのせいか、ジャケット・ブックの写真も何かノスタルジックな感じで、音楽にも2枚目、3枚目に聴かれるような呪術性、禍々しさみたいな要素は少なく、丸くなったなあ、という感じ。そろそろ世の中も落ち着いてきたのかな・・・みたいな、そうでもないんだが。

 2003年にベスト盤(数曲の新録を含む)を出して、その後長いお休みに入ってしまったような Hedningarna。同じように Garmarna も休眠状態で、ひとつ区切りの90年代であったということか。世の中、考えていたようには良くならず、21世紀は世界貿易センターの崩落で始まり、日本は失われた10年の間に労働環境が一変し、政治も酷く不安定になった。Hedningarna の見せた伝承と現代との融合は幻だったか・・・それでもまだ、ラディカル・トラッドの後継は出続けている。
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by ay0626 | 2012-02-19 13:24 | radical-trad

50年もやってます、チーフタンズ

 Chieftains は、1962年の結成なので、今年50周年、年末には来日予定というから(名古屋に来たら必ず見に行く!)驚く。リーダーの Paddy Moloney が74歳、他の生き残った(!)メンバーも65~67歳というのだから、毎年世界ツアーなんぞして大丈夫かしらん、Derek Bell もツアー中に客死してしまった訳だし、「死んでもいいから音楽演奏したい」ということかな、とも思う。確かに、動画で Chieftains の演奏風景を見ると本当に楽しそうだし、それをやり続けて逝ってしまえば、本望なのかもしれない。

 自分の子供は、まともにピアノも習わなかったが(保育園の頃、数年音楽教室に通って、最後はどうにも行きたくなくて、体が固まってしまったほど)、中学校の頃からゲーム音楽に嵌り、自分でコンピュータを使って作曲をするようになった。好きになると熱中する方なのか、最初はコンピュータ専門学校でいいや、と言っていたのだが、高校3年になって「専門学校なんて碌なところじゃない、大学へ行く」と言い出し、それからまたピアノも習い始め、声楽の先生にも指導を仰ぐことになった。まともな音楽教育を受けた訳でも無いので、芸大系は無理として、教育系の音楽専攻を受けることとし、それなりに勉強はしたようだが、半年ほどのピアノ再練習で受かるほど甘くなく、1年後の再受験で目出度く合格した。やっぱり、好きなことじゃないと続きはしないし、身も入らないということと思った次第。
 大学に入ると、オーケストラに入り、チェロを買って(幾らか払わされました、はい)のめり込み始めた。それなりに話をする機会は多くて、音楽関係は好きなジャンルは違えど、共通の話題として良く話した。
 その中で「面白いな」と思ったことがあって、それは「演奏家」と「作曲者」の違い。子供が言うには「演奏家というのは、どれだけ上手く演奏が出来たかが『価値』。素材としての曲についてはあまり興味がない。現代曲であろうと、古典であろうと、ポップスであろうと、そこに書いてある通りの音を如何に上手く演奏するか、が一番の『価値』」。ふーん、上手いこというな、と思ったもんだ、例えば有名なピアニストが現代曲でも古典曲でも同じように演奏出来てしまうのも、そんなもんかいな、と言うことで。
 それでは「作曲者」とは?「意見を言いたい人。自分の好きなことを意見表明すること」、これは良く判らんところもあるが、そんなもんか、まあそんなところだろうと思った。
 それでは、作曲家兼演奏家たるロックやジャズ・ミュージシャンはどうなるのか。作曲家から、舞台に上がれば演奏家に一瞬のうちに変化してしまうのだろうな、いわゆるパラダイム・シフトっちゅうやつ(ちょっと大袈裟か)。

 話が大きくずれた。Chieftains に話を戻す。彼ら、特に Paddy Moloney は、作曲は控えめだが(編曲には大きく関わる)、自分はケルト音楽が大好きだ、と精一杯意見表明をしながら、最高の演奏をしようと(客のため?自分のため?)日々努力をした(苦もなく、多分)した人だと思う。それに加えてオルガナイザーとしての才能、1987年のRCA移籍以降の、ヴァラエティーに富んだゲストとそれに上手く合わせたアルバム構成には注目すべきと考える。作曲家と演奏家の、どちらかと言えば、楽器の制約もあって、演奏家に傾いた人のようだ。

a0248963_13535071.jpg 1964年の最初のアルバムがこれ。ジャケットの絵がなんとも渋くて良い。Atlantec でリマスターされ、音も50年近く前のものと思えないほど。このときのメンバーは5人。何とも素朴な感じで、演奏もソロやデュオ部分が多く、厚みのある演奏ではないが、その分楽器の音が良く判る。
 Paddy Moloney の Uillean Pipe とは、バグ・パイプの一種でケルト特有の楽器である。袋に空気を入れ、それによって音を出すことはバグ・パイプと同様だが、口で空気を供給するのではなく、肘を使う。Sean Potts の Tin Whistle は小型の縦笛、ケルト音楽では最もポピュラーな楽器のひとつ。Micheal Tubridy の Concertina は小型のアコーディオン。ということで、ギターやズブーキのような撥弦楽器はない。

a0248963_13545091.jpg Chieftain 2 は前作から5年後、1969年作。随分と合奏において厚みが出た感じ。今作から Fiddle に Sean Kean が加わり6人編成に(Bodran担当も Peader Mercier に交代)。曲のクレジットにある double jig とか slip jig、air、leels と言った表記は、ダンスの種類を表し、例えば slip jig であれば 9/8拍子のダンス・ミュージックのこと。聴く分には、あまり関係ないけど。

a0248963_13555073.jpg Chieftains 3 1971年。前作と同様のつくりだが、一部にヴォーカルが入っており(Pat Kilduff の lilter と表示)、ちょっと守備範囲が広がったかな、と言う感じ。演奏テクニックはかなり凄い。特にフルートの音など1に比べると、段違いに上手くなっている。この頃になると音楽だけで食べていけるようになったのか、演奏に風格と言うか凄みというか、そんなものが感じられる。

a0248963_13561769.jpg 次の Chieftains 4 に初めてDerek Bell が加わる。圧倒的な存在感を持つ Bell のハープは、これ以降の Chieftains の演奏に相当の色彩感を与えることになる。Bell は写真を見ても堅物の変人に見えるが、実際もその通りの人だったようで、だらしない背広と短か過ぎるズボンを履いて、必ずネクタイをして演奏したとか、エキセントリックで下品な冗談が好きだったとか言われている。その割りに人に嫌われることなく、死後追悼アルバムに沢山の人が参加しているのを見ても、変人だが愛される人の典型か。音楽的には、正規のクラシックと楽器演奏の教育を受けていて、演奏は加入時から安定している。

 Chieftains 5、Chieftains 6 は、アイルランドの Claddagh Records のみのリリースで手に入り難い。値段も、他のメジャー・レーベル作品がアマゾンなんかでは1枚700円くらいで手に入るのに、2,000~3,000円もする。音楽の質は変わることがないのに、この値段差は何だ!と言いたくなるが、これも需要と供給の悲しい関係と言うことで・・・。

a0248963_1357766.jpg Chieftains 5 は、1975年作品。出だしから Bell の Tiompan (ハンマード・ダルシマーのこと)炸裂で、他にもオーボエなど披露して、正規メンバーとしての存在感はいや増す。曲もノスタルジックな Summertime,Summertime など心に残るナンバーを置き、ダンス曲のみから脱却しようとしている感じ。


a0248963_13572783.jpg Chieftains 6 は、1976年作品。このアルバムから Peader Mercier が抜け、Kevin Coneff が加わる(まだゲスト扱いだが)。ヴォーカルとして、Dolores Keane が参加、この人は良くは知らないけれど、かなり有名な歌い手のようで、wikiなどにも記載がある。

 ということで、Claddagh 時代のアルバムも、これでやっと半分。RCA にも沢山の録音があるし、Derek Bell 追悼盤が出て、これでアルバムもお仕舞いか、と思ったら2010年、12年にも新録が出るし、元気な爺さんたちにもう少し付き合おうかな、というところで。
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by ay0626 | 2012-02-18 11:39 | trad

現代音楽って本当に高尚なの? 武満徹

 高校時代末期に現代音楽に開眼(?)し、大学時代はフリー・ジャズとの2本立てで聴いていたのは、今までも書いた通り。自己肥大の若者のスノッブな趣味と言ってしまえばそれまでだが、その頃聴いていた音楽をまだ聴いている訳で、音楽自体にそれなりの魅力があるのは間違いない。だが、その当時の聴き方と今の聴き方には、大きな違いがあるように思える。

 当時、レコードを買ってくると針を落とす前に必ず解説を読んだものだ。勿論、当時はインターネットなどなくて、音楽情報は極端に少なかったため、ディスコグラフィーの確認やバイオグラフィーなどを求めて、という理由もあったが、本当は解説の「難解な文章」に「こんな高尚な音楽を自分は聴いているのだ!」という自己満足の部分が多かったことは否定できない。確かに、フリー・ジャズでは間章(あいだ あきら)や悠雅彦など難解な文章を書く解説者は多かったし、現代音楽も同様の傾向で、ときにはポップスの分野でも変な解説(例えば Roxy Music をマニエリズムと結びつけた今野雄司など)はごまんとあったような気がする。それは、(解説を頼まれるくらいだから)多少の権威性を持った人々のご託宣として、多少は「ありがたかった」のである。
 しかし、今は全くそうした類の文章を読むことはなくなった。それは、その後、90年代後半、仕事が暇なこともあって、現代哲学の概説書を数冊読む機会があり(30歳代後半までは、読書分野でも知的好奇心が旺盛であったのだ・・・自慢してどうする?)、その中に「ソーカル事件(1995-1996)」の顛末が記してあり、今までもやもやっとしていたことがそれで判った(ような気になった)。ソーカル事件とは、NY大学教授のアラン・ソーカルが起こした、「科学用語と数式をちりばめた無意味な内容の疑似哲学論文を作成し、これを著名な評論誌に送ったところ、雑誌の編集者のチェックを経て掲載されたできごとを指す。掲載と同時にでたらめな疑似論文であったことを発表し、フランス現代思想系の人文批評への批判の一翼となった」(wikiからの引用、ありがとうございます)事件のこと。
 事件の本質(哲学の自然科学に対する無知批判)とはずれるかも知れないが、自分で納得したのは要するに、「解説」の「難解」ではあるが「無意味な」「間違った」語法で飾られた言葉で綴られた文章に言いたいことは何もなくて、高尚に見せるため「難解」であること自体に意味があるということだ。そのことに気が付いてみると、難しい顔をして、そうした文章を読んでいた自分自身が可笑しく思えて、豪く気分が軽くなったように思えたものだ。そしてそれが、ジャンルに囚われず、いい加減に知的(痴的?)好奇心の赴くまま、無節操に聴きまくる今の音楽聴取スタイルの基礎となっているように思う。

 若いときから聴き続けた現代作曲家は、Anton Webern と武満徹のふたり。演奏家で言えば80年代の Kronos Quartet など。ということで、今回は武満徹。
 武満は、ヌーベルバーグ(新しい波、前衛的な映画が60年代に流行った)の映画音楽作った人程度の印象であったが、実際にじっくり聴いてみるとなかなか良いではないか、多分当時NHK FM でやっていた「現代の音楽」という番組で長時間の特集が組まれたのではないかと思う(記憶曖昧)。ということで、最初に買ったのが Miniatur と題された室内楽シリーズ。如何にも現代音楽アルバムのジャケットらしく格好良くて、即購入した。内容的には、それなりに満足したものの、演奏者の数や収録時間に対して2,500円は高いんじゃないかなあ、という場違いな感想を抱いたことを覚えている(確かに同時期に買った Miles Davis の Get Up With It の1枚目何ぞは1時間以上の収録時間だったからなあ)。

 この Miniatur のシリーズは5集まで出ていて、様々な楽器のアンサンブルあり、ソロありとバラエティーに富んだ組み合わせで、武満入門編としては最適ではないかと思う。室内楽中心で聴いてきた自分にとって、オーケストラ作品についてはあまり縁がなく、武満のそれをじっくり聴くようになったのは、コロムビアの廉価盤シリーズが出されるようになってからだ。

 2006年に Miniatur シリーズが復刻されると知って、わざわざタワー・レコードまで買いに行った。通販はアマゾンか HMV だったので、たまにはレコード屋でも行ってみるか、という気持ちになったのだ。行ってみると、流行の音楽が8割、名盤系が2割といったところで、おじさんの変な趣味に合うようなものは殆ど置かれていない、ま、これが現実ね、と嘆息したものだ。

a0248963_16274426.jpg それでは、第1集、「アンサンブルのための作品集」。当時出ていたものの多分1集と2集を纏めたもの。当時、へーこら言って2,500円もの大枚を叩いて(2枚で5,000円)買ったものが、1,000円で1枚に収まってしまうとは・・・。
 この作品集には、ギターやヴァイブラフォンなどポピュラー系を聴く者にも馴染みやすい楽器が多様されており、また、一部には特殊奏法が使われるが、比較的聴き易い音で、BGM としても使えるのではないか。67分を超える収録時間ではあるが、スムーズに聴ける。「スタンザ」「サクリファイス」など聴いていると、Cecil Taylor の87年の Carlos Ward や Leroy Jenkins の加わったクインテットに似た感じがする、気のせいか。

a0248963_16284161.jpg 第2集は「ソロ楽器&アンサンブルのための作品集」。当時の3集と5集の合体作。若干、ピアノ・ソロについては退屈に感じる部分もないではないが(とくに長尺の「ピアニストののためのコロナ」)、ギター・ソロ「フォリス」の緊張感、異色のブラス・アンサンブル「ガーデン・レイン」など、飽きさせぬ曲順で70分を遥かに超える時間に楽しみを与え続ける。
 そういえば、数年前、このアルバムでピアノを弾いている高橋悠治のライヴを見た。韓国のインプロヴァイザー、姜泰煥(アルト・サックスで Evan Parker 並みのサーキュラー・ブリージング、マルチ・フォニック奏法を見せる怪人、近頃名前を聞かなくなった。数枚のアルバムを所有しているが、Evan ほどは夢中にならなかった、やはり楽器がアルトだから?)とのデュオであったが、70歳と高齢のためかあまり迫力がなく、ちょっとがっかりしたことを覚えている。

a0248963_1629219.jpg 第3集「打楽器のための作品集」。当時の4集に「トゥワード」を加えたもの。1970年の大阪万国博覧会で鉄鋼館の音楽監督(監修?)として関わっていたようで、メタル・パーカッションを動員した音楽を聴かせる。もうちょっと騒々しくさせれば、インダストリアルとしても通用するんじゃないかと思える類。ポピュラーとの境界を超えるには、あと数歩といったところ。

 例えば、ジャズやアヴァン・ロック、Piazzolla のタンゴ、Chieftains の民俗音楽と同じ地平で武満の音楽を楽しむのは邪道なのか(AKB や Kara、嵐や Smap と書かないのは、彼らの音楽を聴いていないという理由で)。人それぞれの楽しみ方があるのなら、それはそれでよい、RCサクセション聴いた後で Webern の歌曲とか、Magma M.D.K の後で武満の November Steps とか。
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by ay0626 | 2012-02-12 14:57 | 現代音楽

1980年代の衝撃、キップ・ハンラハンの登場

 1981年に社会人生活が始まった。その頃は、職場で煙草をふかすなど当たり前で、セクハラもパワハラも表面に現れることのない時代。長閑といえばそうかもしれないが、皆長時間だらだらと会社にいて、生産性は相当低かったろうと思う。もともと、自ら会社員になりたいと思った訳もなく、「自己実現」とかカッコいい言葉も流行っていたものの、実現したい自己はなく、人の命令でやりたくもない仕事をするのは好きではなかった。それでも、同僚・上司にそんなに嫌な人もいなく、居心地の悪さも感じなかったので、それなりに時間は過ぎ、時間が過ぎるに従い、スキルも増え、会社での存在感も出てくる。まあ、今思って見ると順調に社会に馴染んでいったものだと思う、未だに夜遅くまで会社に残ることは出来ないが(時間になれば、さっさと帰る、それは何時でも当りまえ)。

a0248963_14311841.jpg そんな弛緩した社会人になって、相変わらず聴くのはフリー・ジャズやアバン・ロックが多かった。その頃、仙台の Jazz & Now で通販で様々なレコードを買うようになって(主にヨーロッパ・インプロビゼーション)、その中で目に付いたのが Kip Hanrahan 。銀色に輝く背景に、髭面の男。題名は Coup de tête = 衝撃、1981年のバリバリの新録音、初発売。
 ジャケット裏のクレジットを見て驚いた。当時のニューヨーク・アンダーグラウンド・シーンの錚々たるメンバーがずらり並んでいる。Chico Freeman や Byard Lancaster 、Carlos Ward などは、そんなところかなという印象はあるにせよ、Billy Bang だとちょっと系統が違うかなという思いがあったし(当時 String Trio of New York はかなり好きだったので)、George Cartwright はCurlew のリーダーでジャズ・シーンとは関係ないのでは、と思ったりしたものだ。他にも The Golden Palominos の Anton Fier だとか DNA の Arto Lindsay 、Fred Frith だのの前衛ロック系統、Jamaaladeen Tacuma や Bern Nix などの Ornette Coleman のハーモロデックス人脈など入り乱れてどんな音楽をやるのだろうと思ったものだ。
 そして、レコードに針を落とす。それなりの仕掛けはあるにしろ、案外まともなラテンを演奏している、聴き込むうちにパーカッションの複合リズムと Lindsay のギター、Bill Laswell やTacumaのベースが絡み合い、重いずしっとくる感じが堪らない。これだけのメンバーを使って、こんなアルバムを作ってしまう人がいるんだ、と Kip の名前をつらつらと眺めた。
 もともと、演奏家(打楽器、歌唱ともそんなに上手くはない、怒られそうだが)ではなく、プロデューサーとも言うべき立場が一番相応しい、自分に必要な駒(演奏家)で自分の思う世界を構築しようとする人ではなかろうか。
 レコードのA面最後は、Carla Bley の鳥肌ものの歌唱が聴ける Indian Song 、B面の最終に Cecil McBee のベースに Teo Macero (!)、Dave Liebman 、Ward の3管が乗るノスタルジックな Heart on My Sleeve と心憎い曲配置で、聴いた後の満足感の高いアルバムだ。

a0248963_14321267.jpg それでも、衝撃度で言ったら次の Desire Develops an Edge の方が数段上を行く。初出時は、LP と 30cmEP との2枚組という変わった形でリリースされた本作は(45回転にせずに良くEPを掛けたものだ、1分近く気付かないこともあった?)、その内容の濃さ、楽曲のバラエティーの豊富さ、演奏の高度さから言って、軽く前作を凌駕する。
 3作目で全面にフューチャーされる Jack Bruce が初登場し、渋い声を随所で聴かせるのと同時に、ますます分厚くなったラテン・パーカッション群の複合リズムは乱舞し、しかし、その間に不気味な現代音楽風の楽曲を取り混ぜるなど Kip マジック全開といったところで、当時は何度もターンテーブルに載ったものだ。Jack Bruce はご存知の通りイギリスのロック・トリオ、Cream のベーシスト兼ヴォーカリストで、どんな繋がりでNY アンダーグラウンド一派と仕事をするようになったのだろう、と不思議な感じがする(といって、調べようとは思わない・・・怠惰)。

a0248963_1433385.jpg 3作目は、Vertical Currency 。1984年のリリースで、この頃自分も初配属の部門を離れ、次の部署への異動があった。内勤部門で自分の志向にも合っており、順調に仕事が進んだ、上司の指導も判り易く、今同じ会社に勤められているのもあの頃の上司のお陰だろうな、と思う。人間あくまで運、入社3年くらいで上司と揉めて辞めた同期はいたし、それが自分でなかったのは運以外何者でもない。
 閑話休題、このアルバムは、全面に Bruce の歌が全面に出て、非常に聴きやすくなっている。ちょっと、よりもだいぶ歯応えのない感じで、1枚目2枚目を聴いてきた者とすれば、もうちょっと工夫してよ・・・と言いたくなってくる。まあ、BGMとして掛けるなら、Bruce の声をどう感じるかにもよるが、おしゃれなイメージ(大人の音楽?)はあるかな。

a0248963_1435856.jpg 1986年のEP(収録時間15分程度) A Few Short Notes for the End Run から次のアルバムまで少し時間が空く。やはり、時間が空けば、気力が充実するのか、アイディアが湧いてくるのか、90年代前半のアルバム群は充実している。それはまた別稿で。
 
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by ay0626 | 2012-02-11 13:29 | latin

鬼才アラン・シルヴァとの1966年、セシル・テイラー (2)

 Cecil Taylor ほど、活動期間が長くなると、録音数は(活動期間に対しては相当少ないとは言え)かなりの数になるし、その期間の競演者の面々によっても大きく音楽の面貌は変わってくる。今回は、一番印象深い1966年のアルバムについて、あの Alan Silva が大きく関わった3枚。

 変に印象に残る人が居て、付き合いの長い短いは関係なく、一言話しただけとか一瞬見ただけとかで忘れられないことがある。例えば、Jazz & Now の中村邦雄さん、華奢で優しそうな感じの人がプロレスラーかと見紛う Evan Parker と並んで歩くところなど、30年も前なのに思い出す。残念ながら中村さんは病で逝かれたが、Evan にとっても特別な人のようで、ソロ・アルバムの Conic Sections には 「For Kunio Nakamura」の献辞がある。仙台の地でフリー・ミュージックをこつこつと広められていった人がいたことは覚えておきたい。
 ちょっと脇道に逸れた。音楽でも同様に、一聴して強烈な印象を残す音がある。そのひとつが、Alan Silva のキコキコ・アルコ・ベース。ほんと、キコキコと管楽器群に負けじと、自己主張しまくる、ピアノに絡みつくその切り込みの絶妙さと想像力溢れるフレーズの連発には脱帽。Unit Structures も Conquistador! も Student Studies ( Great Paris Concert の方がぴったり来るなあ、初めて聴いたLPは BYG 2枚組のものだったので)も Alan Silva のキコキコ・アルコがなければ成り立ちません、これは絶対。

 Alan Silva は、1939年、バミューダ諸島(北大西洋、サルガッソー海の西端に位置)生まれ。バミューダ諸島ってどんなところか知らないが、サルガッソー海の近くで・・・となると何かミステリアスな雰囲気。まあ、多分南の島で、どうってことないようなところだろうけど。

a0248963_152276.jpg 1966年の3枚の録音は、Unit Structures が5月19日、Conquistador! が10月6日、Student Studies が11月30日という順番だ。Unit Structures と Conquistador! は、Henry Grimes との2本ベース体制。Grimes が土台を支え、Silva がキコキコと華(色物?)を添える構成で成り立っている。同じ頃の Ayler の録音( Live in Greenwich Village - The Conplete Impulse Recording )を見てみると66年12月には、Grimes と Bill Folwell で、67年2月にはFolwell と Silva での2本ベース使いとなっている。フリーの大立者2人が揃ってベース2本使いをしようとした訳は何だったのか、確かに Silva のアルコはヴァイオリンよりも高い音を発する特異なものではあるが、それだけではなさそうだ(と偉そうなことを書いても、自分に解があるわけではない)。Tayler は、この後、一変してベース奏者を加えず、録音としては78年に Sirone が加わるまでベース・レスのユニットを続けることになる。

a0248963_152382.jpg 1966年の3枚の特異性は、その作曲性にある。今所有している Unit Structures には、Enter Evening の、Conquistador! には With (Exit) の別ヴァージョンが収録されているが、比べて見ればテーマはもちろん、構成においても Taylor の明快な指示が出ているのがよく判る。Taylor 作品において作曲の重要性が認識できるところである。現代音楽の影響は顕著だが、テーマを良く聴けばやっぱりジャズ、というのも嬉しい。

a0248963_1524336.jpga0248963_1525102.jpg この3枚のうち、最初に聴いたのは Student Studies ( Great Paris Concert 当時のジャケットが右)。大学の1年か2年の頃。この頃は、もうフュージョンの時代に入っていて、ちょっと軟弱なジャズ喫茶では「お客が嫌がるから」とこちらがリクエストしたフリーを拒絶することもあった時代。そうした中でフリーのお勉強に励んだ訳だが、Taylor は Silent Tongues と Akisakila から始まったので、最初 Student Studies を聴いたときは戸惑った、「これって現代音楽じゃない?」。
 たしかに、73-74年頃の作品は、テーマもすぐに崩れ、構築性よりエネルギーに目が行ってしまっていたので、そうした感想もまあ当然だった。聴き続けるうちに耳も慣れた頃、ベースの特異さに気が付いた、もうひとつのフロントと。カルテットなので、全面キコキコ・アルコとは行かないが、個性溢れる奏法は大いに気に入った、「それじゃあ、Alan のリーダーアルバムを買おう」。
 これが大失敗、ESP の Luna Surface を購入したのだが、余程の音でも聴ける自分が聴きたくない、と思えるような音の詰まったLPでありました、はい。これ以降、Alan 君は、Taylor か Ayler のお伴しか聞かないと決めたのである。

 続けて3枚聴いたので、今回は音の違いについて考えさせられた。Conquistador! は2003年のRudy Van Gelder のリマスター盤で、特に「Conquistador!」の粒立った美しいピアノの音には目を見張らせられる。Bill Dixon のトランペットも実に滑らかでいい音を聞かせる。それに比べて Unit Structures の音のしょぼさ、ピアノはベールを掛けたようなくすんだ感じだし、管の分離も今一、内容が素晴らしいだけに惜しい。ちゃんとしたリマスターは出ないのか!と意見表明だけでもしておこう。Student Studies は昔聞いたときの印象通り、ピアノの曇った感じは解消されていないので、こんなもんなんだろう、ライヴだし・・・。

 今回、いろいろ書こうとして何かとっ散らかった文章になってしまった。まあ、Alan Silva 、サイドマンだったら大好き!ということだけでも書けたから、良しとするか。
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by ay0626 | 2012-02-07 11:34 | jazz

狂いも狂ったRIO、エトロン・フー・ルルーブラン

 昨年、ちょっと大きな病気を患って、それ以来、もうひとつの趣味であった読書をする気力が無くなって、近頃は音楽ばっかりの生活になっている。意識を集中して文字を追いかける読書(それも好きなのはミステリ、その中でも本格というか相当に理屈っぽいモノが気に入りなので)と比べ、音楽であればCDをテーブルに載せてスタート・ボタンを押せば、嫌でも音が耳に入ってくる、その安易さがなんとも今の自分には合っている気がして仕方が無い、根性ないなあ。
 前向きなばかりじゃ草臥れてしまうし、根性が無くてもインパクトのあるモノ(何か変な言い回しだが)と考えていたら、あるじゃないか、言葉ぴったりのバンドが・・・ということで今回取り上げることにしたのが Etron Fou Leloublan。

a0248963_17395622.jpg Etron Fou Leloublan は、もちろんRIO関連で知った。聴き始めた当時は、43 Songs という5枚のスタジオ・アルバムを3枚のCDに変な形で詰め込んだものしかなく、どこまでが1枚目のアルバムでどこから2枚目が始まるのか、そんな解説も一切付いていなくて、なんじゃい不親切なアルバムじゃないか、と悪態をつきながらそれでもそれなりの回数、ターンテーブルには乗った。
 1997年には、CD化されていなかった3rd En Public aux Etats-Unis d'Amérique が出て、全ての音源がCD化された訳だが、やっぱりファン(どのくらいの数が居るのか、どんなに数は少なかろうとその熱狂度・・・狂い方が強烈であれば百万人くらいの力にはなるのか、百万人は大げさか)の 43 Songs に対する怒りが大きかったのだろう、2000年を過ぎた頃から、フランス・ムゼア・レーベルから単体での販売が始まった。バンドの音楽がおかしければ、それを包むアルバム・ジャケットも異常で、単体で発売される意義は大きかったとは思う、しかし、やっぱり販売数で考えると辛い数しか売れる訳も無く、5th Les Sillons De La Terre が出たのが2004年、最終作の6th Face Aux Elements Dechaines がやっと出されたのは2010年、大きなブランクが空いてしまっている。その後、未発表であった1984年のライヴ Etron Fou Leloublan A Prague がリリースされたのはびっくりしたが(売れたのか?自分は買ったが)。

a0248963_17404668.jpg 最初のアルバムは1976年発表の Batelages (日本盤では「大道芸人稼業」・・・いい得て妙)。ドラム・ベース・サックスにヴォーカル兼務という構成は3rdまで続く(サックス奏者は、アルバム毎に代わっているが)。1曲目は18分に及ぶが、内容的には短い部分を脈絡無く繋ぎ、その上に妙に芝居掛かった、中性的なヴォーカルが乗るといったところで、ベースはそれなりのグルーヴを生み出しているが、ドラムは反復を極力避けるような、同じことは2度と叩くものかといった変な意地を見せている。2曲目では空き缶鳴らしからドラムのソロへといった感じの、変な曲。3曲目は22秒の瞬間芸。といったところで、このバンドの持ち味は、ファースト・アルバムのA面だけで判ってしまう。B面では、かなり変拍子に拘り、サックスもフリーの影響が顕著な演奏を見せる。
 ジャケットも包帯でぐるぐる巻きにされた自転車の上に白猫がちょこんと座っているという、なんとも捕らえようの無い、しかし印象的なものであった。
 ヴォーカルの Eulalie Ruynat とサックスの Chris Chanet は同一人物。この人の声の印象は強烈で(男だか女だか判らない不思議な声)1枚目の最初の曲だけでは勿体無く、もっと在籍して歌って欲しかった。
 あんまり日本盤は買わないのだが、Locus Solus 盤は解説も丁寧で、訳詩も付いているので買った(フランス盤は手に入り難いという状況もあって)。ひとつの目玉が訳詩で、しかし、やっぱり思っていた通りのダダ的、シュールの極みで、別に言葉に意味があるわけじゃないと判った後は純粋に変拍子の楽しみを享受出来るようになった。

a0248963_17414581.jpg 2枚目は、Les Trois Fou's Perdégagnent (Au Pays Des...) (同じく「三狂人珍道中」)。1曲目から相当な演奏力を見せてくれる。1枚目のB面曲でも演奏力は見せ付けてはいたのだが、このアルバムでは、ある種の余裕まで感じさせてくれる。多重録音を多用した、トリオとは思えないほどの、特に低音に重点を置いた(ギターが無いので6弦ベースが前面に出まくり)強烈なアンサンブルが見事。ますますヴォーカルは、歌ではなく「科白」的になり、演劇の影響が見て取れる。

a0248963_17424025.jpg 3枚目が初めての(そしてバンド存在中唯一の)ライヴ En Public Aux Etats-Unis D'Amérique。79年11月のアメリカでのツアーを収録したもの。つんのめるような、変拍子の嵐の中で3人だけのシンプルな演奏が印象深い、音は悪いけど。
 この頃は、もうどっぷりとRIO一派に組み入れられて、ジャケットに描かれた少年の持つ旅行鞄に張られているステッカーには、Henry Cow 、Samla Mammas Manna 、L'Orchestra(Stormy Six のレーベル)の文字が見える。
 また、CDでは、最後期のライブ(84年、85年)が追加されている。

 Etron Fou Leloublan のような音楽は、他に聴いたことが無い。直接影響を受けたロック・バンドはないんじゃないか。それよりも Art Ensemble of Chicago とか、70年代初期にはアメリカのフリー・ジャズ・ミュージシャンが大量にフランスに居た影響があるかも。しかし、このおふざけ具合から見て、フリー・ジャズだけではあるまい、もっと演劇的なものや、ダダイズムなどの文学関係からも相当な影響を受けているものと思う。でも、それらがどう融合するとこういう音楽になるのか、あまりに個性的過ぎる初期3作、そう度々は、ターン・テーブルに載らないが、ほんの偶に強烈に聴きたくなるのである。
 この後、女性キーボード奏者の Jo Thirion が加入し、ちょっとはアヴァン・ポップ風になっていく4th以降は別項で。
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by ay0626 | 2012-02-05 16:54 | rock

ああ70年代、自意識肥大の時代に、RCサクセション

 70年代といえば、青春真っ只中、ああ懐かしき時代よ!とおやじ度マックスの嘆息をしてしまうのだが、今まで続く趣味の傾向は、ほぼ10代中ごろから20歳までで決まってしまい、ちょっとその幅が縮まるか広がるか、関連でちょっと他の道に踏み出すかくらいのところ。前にも書いたが、小学校に入ったころに聴いた(見た?)グループサウンズに始まり、歌謡曲の番組は良く見ていた。この頃の歌はメロディーも覚えやすく、歌詞も今のように捻くれたいい回しも外国語の鏤めもないので、子供でも簡単に覚えられたもので、この当時の曲であれば、相当数を歌詞をチラッと見る程度で歌えるのではないかと思う(行き着けのスナックが無くなってしまってからの数年、思いっきり歌った覚えがない、その店には20年行き続け、30歳半ばぐらいまでは大声を出して何曲も歌ったものだったが、残念でならない)。

 中学に入るころには、自我も芽生え、それがだんだん肥大しかけた頃にフォーク・ソング・ブームがやってきたわけだ。その頃は、フォーク・クルセイダースや岡林信康、五つの赤い風船などの後の時代で、よしだたくろう、井上陽水、泉谷しげる、もっとマイナーであれば、遠藤賢司、友部正人、三上寛あたりが話題となった。ラジオでもよく掛かっていて、よく聴いていれば、好きな音楽が見えてくる。後から思って見れば、自分はサウンド派なのだろうと。サウンド派というのは、例えばギター1本でもメッセージが伝えられれば、といった音楽を方法と捉えるやり方が嫌なので、「音楽は独立で音楽であって欲しい」ということだ。井上陽水が良いな、と思ったのは、歌詞のノンポリ性や声の美しさ(これは当時の全ての歌手の中でも上位に位置されると思う)もさることながら、星勝の斬新なアレンジにあったと思う。ストリングの安易な使用を抑え、前面に出す楽器と曲調がマッチしていた(ような気がする)。RCサクセションの「シングルマン」の素晴らしさは、星勝のアレンジの功績が大である!と力んでおこう。

 もうひとつサウンド派が言いたいのは、バンドを組むなら「自分たちでちゃんと演奏しろ」ということだ。この後にヒットした、かぐや姫やアリス、海援隊といったグループなど、歌詞もアレンジも歌謡曲候で、紋切り型の言葉の羅列、ふやけたストリングスに音が綺麗なだけのアコーステック・ギターの一本やり、多少は聴いたもののすぐに飽きてしまった。RCサクセションのアレンジの仕方(シンプルに自分たちだけでやりたい、とレコード会社と揉めた)に対する態度との違いは鮮明だ。

 さて本題。RCサクセション。80年代に入り大ブレークしたのはご存知の通りだが、自分にとってのRCはやはり70年代。最初に聴いたのが2枚目の「楽しい夕べに」。買ったときは本当に後悔した、変にねちゃっとしたヴォーカル、真面目だか不真面目だか判んないようなアレンジと演奏、2,000円なりを溝に捨てちゃったかと思うほどだった。しかし、2,000円を取り返そうと毎日聴いていると不思議に好きになってくる、声も個性的、アレンジ、演奏とも自分たちの音を出そうとしている、と好意的に思えてくる。ということで数ヵ月後には1stアルバムも買いましたね。1stは2ndほどには好きにならなかったけど(アレンジの安易なストリングスと皮肉を利かせすぎた曲の並べ方に鼻白んだ)。いま持っているのは、編集盤の「HARD FORK SUCSESSION」と「WONDERFUL DAYS 1970-80」、3rd「シングルマン」の3枚、これだけあれば、シングルのみの「きみかわいいね」「三番目に大事なもの」、ロックバンドになったあとの「トランジスタ・ラジオ」や「雨上がりの夜空に」は聴けるのだ。

a0248963_152063.jpga0248963_15233780.jpga0248963_15211243.jpg 「HARD FORK SUCSESSION」のスタートは「きみかわいいね」。これはシングルで買って、B面の「あの歌が思い出せない」ともよく聴いた。皮肉満載の「きみかわいいね」は、自意識の肥大が始まった中学生にはなんともベストマッチで、もてない理由は全てバカ女のせいである、とかなんとか思っていたのだろう。そうした悶々とした気持ちを抑えてくれるのが「あの歌が思い出せない」で、このカップリングは良かったと思う。その次のシングル曲が「三番目に大事なもの」、これも皮肉の効いた、だけどもある程度良い大学を目指す高校生の意識をストレートに表していて面白い。案外共感した高校生も多いのではないか、その割りにヒットしなかったけど。このシングル2枚は(保有しているもの以外にジャケットは掲載しないつもりではあったが、思い出として掲げさせてもらう)、RC人気が絶頂の頃、古レコード屋で8,000円で売れた。
 初期の代表曲の「ぼくの好きな先生」(素直な分ヒットした?)、「ぼくの自転車のうしろにのりなよ」「2時間35分」「あの娘の悪い噂」など選曲もよい。

a0248963_15243510.jpg 「シングルマン」、1976年に発売された本作は、高校生になってプログレ中心のレコード購入になっていた自分にとって手の出る作品ではなくなっていた。しかし、数年前まで狂ったように聴いていたことあり、気になったのだろう、エア・チェックで殆どの収録曲は聴いていて、全曲紹介の番組からテープに落としては聴いていた。CDになって初めて購入したのだからあまり良い聞き手ではなくなっていたのかも知れない。
 今、じっくり聴いてみると、粒よりの曲に前述の星勝の素晴らしいアレンジが効いて、Tower of Power の迫力のある演奏もあり、名作と呼んでしかるべき作品だろう。特にB面に置かれた「ヒッピーに捧ぐ」から「スローバラード」に至る流れは、重苦しい雰囲気で、そのときのRCの置かれた状況を端的に表していたのかも知れない。
 特に「ヒッピー~」の悲しさ、「甲州街道~」の閉塞感、「スローバラード」のせつなさは筆舌に尽くしがたい。「甲州街道~」のアレンジなど、アルコ・ベースが全面的にフューチャーされ、ポップスの概念と完全に断絶している、凄い。「スローバラード」の最後のアルト・サックス、流石の Tower of Power と唸らされる。そういえば、いつの間にかなくなってしまった行きつけのスナックで、20年以上も前、初めて歌った曲が「スローバラード」でありました、案外RCの曲は難しくなかなか上手くは歌えませんが。

a0248963_15275157.jpg 最後に「WONDERFUL DAYS 1970-80」。80年は、就職を控え、あんまり音楽も聴かなかった頃。この頃はフリージャズにトチ狂っていたので、殆どストレートなロックは聴かなくなくなっていた。しかし、清志郎くんの声は相変わらず好きではあったので「トランジスタ・ラジオ」や「雨上がりの夜空に」は良い曲とは思っていた。2005年にこのアルバムが出されたときは、重複曲があるにしろ、この2曲は手に入れておきたいと思った次第。
 「トランジスタ・ラジオ」はストレートな青春ソング、まだ煙草に寛容な、のどかな時代。自分の大学生時代も(彼女云々の段は別として)、何かオーバー・ラップしてくる、いまとなってはノスタルジックな曲。「雨上がりの夜空に」は一転、悶々とした青春、全編「やりたい!」といっているようなもの。曲想は全く違うにせよ、このストレートさが清志郎くんの一番よい所なのだと思う。

 数少ない日本の好きなバンドのひとつ。今聴いている音楽と趣味・嗜好が違うじゃないか、お叱りを受けるかも知れないが、まあ自分の音楽趣味の変遷として、無駄話のつもりで。
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by ay0626 | 2012-02-04 13:37 | folk