日常茶飯事とCDコレクション
by ay0626
プロフィールを見る
画像一覧
検索
カテゴリ
無駄話
jazz
rock
folk
new age
radical-trad
trad
free improvisation
latin
現代音楽
音楽-その他
dark-wave
以前の記事
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
最新の記事
大坪砂男の粋 + ハット・フ..
at 2013-08-11 15:46
ブログの内容 ちょっと変更 ..
at 2013-08-04 15:59
大人のロック、洗練された音、..
at 2013-07-27 14:49
変容するフリー アルバート・..
at 2013-07-20 14:20
ベースの可能性・無伴奏の魅力..
at 2013-07-07 21:31
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
音楽
オヤジ
画像一覧

<   2012年 04月 ( 9 )   > この月の画像一覧

ニューヨーク・地下世界での20年 カーリュー

 ニューヨークに行ったのは世紀末の1999年の夏、7月。日本企業もグローバル化に対応せねばならぬとマルドメ(「まるでドメスティク」の略称)社員であった自分は、1か月間の海外研修に行くことを命ぜられ嫌々ながらも勇躍(?)、アメリカの地を踏んだのであった。
 人事部生活が長く、海外給与の担当もしていたので、海外出張は2年に1回ほどはいっていたのだが、研修となると勝手が違う、お勉強も長い間ご無沙汰していて、英語読むのはCDのライナー・ノーツくらいのもの、それも長いと「音が全て」などという理由にもならぬ理由を付けて止めてしまうほどの根性なしになってしまっていた。会社に入って初めての英語研修は、入社後20年を経て突然開始されたのであった。
 よくは覚えていないが、行くまでに2~3回は予備の研修があったと思うが、突然聞く耳が良くなるはずもなく、文法が思い出せるわけもなく、まあいいや、どうにでもなれ!と開き直っていくと、そこには自分より歳下の10名ほどの団体が。ある研修団体が企画した、社会人短期留学に加わったわけで、話をしてみれば一番できる奴でも自分に毛の生えた程度でほっとした。日本人10人の団体様なら何とかお茶を濁せる、とちょっと安心した。

 行く先は、インディアナ州、シカゴの近くの小さな大学街にある結構有名な大学で、講義は殆ど理解不能であったが、何とか日々いい加減に、それでも課された宿題だけは黙々とこなし、判らない授業を真面目なフリをして、時々は頷きながら、それなりに勉強はしているんですよ、とさり気なく主催者の御付(妙齢のご婦人、なかなか感じの良い人でした)にアピールをしたものだった。研修の初日は酷く蒸し暑い日で、おまけに大学寮のエアコンの故障とかで印象は最悪であったが、慣れるにつれ、自然の美しさには目を見張らされる思いだった。昼間は栗鼠が走り回り、暑くても湿度は低いのでそんなにへばるほどではなく、夜になれば涼しく無数のライトニング・バグ(要するに蛍)が舞い、散歩は本当に気持ちが良かった。歩いてばかりなので、寝つきも良く健康的な生活だったような気がする。
 もともとそんなに出来の良い子ちゃんクラスではなかったためか、主催者も授業ばかり組む訳には行かなかったのだろう、大学のボロ・バスでいろいろなところにも連れて行ってくれた、その中で一番印象に残っているのが、アーミッシュの部落の見学。固陋頑迷な生活をしているのだろうと興味津々で行ったのだが、冷蔵庫はあるはテレビはあるはで拍子抜けだった。まあ、超保守の方々では、見学を許してくれるわけもないが。

 その1か月に亘る研修の最終スケジュールが、ニューヨークでの2泊の自由行動、勉強で疲れた(?)頭を休めるご褒美といったところ。当時は、随分治安が良くて、夜歩いている人も多くなっていた(その10年程前、1988年に初めてニューヨークに行ったときは、駐在員から「夜は出歩かないほうが良い」と言われたものだ)。皆自分の興味の赴くまま、野球を見に行ったり、美術館にいったり。当方は当然ながら、ライヴ。1日目の夜はヴィレッジ・ヴァンガードへ、ジャズ・ファンとしては当然の行動、なんとかいう主流派のピアノ・トリオの演奏だったが、チャージは高いは、椅子は狭いは、待たせるは、で印象はかなり悪かった。
 2日目は、アングラの殿堂、ニッティング・ファクトリーへ。ニッティング・ファクトリーは、ニューヨーク・アンダーグラウンド界の聖地とも言うべきライヴ・ハウスで、ここでの演奏は同じ名前のレコード・レーベルから夥しい数のライヴ・アルバムとしてリリースされている。前ほど書いた Naked City や今回紹介する Curlew なども常連、4たまの最終ライヴもここでの演奏で、ライヴ・アルバムがリリースされている。当夜は、日本の「メルト・バナナ」というバンドの出演で、現在でも活動しているらしい。MCの英語は自分たち程度と鼻で笑ってやったが、演奏は大したもので、スラッシュ・メタルというべきかハード・コアというべきか、Naked City の Torcher Garden を思い起こさせるような演奏だった。ヴォーカルのお姐さん( Yuko という方らしい)がなかなか可愛らしかった。この日が最後で、それからニューヨークへは行ったことがない。

 と言うことで、ニューヨークといえば Naked City と並んで Curlew 。タイトなジャズ・ロックを繰り広げる、活動歴20年以上に及んだバンド。リーダーである George Cartwright の統率力も大したものだが、バンドの編成で大きく音楽性を変えた歴史を持つ。今回は、創成期、1980年から86年、アルバムでいえば Curlew (s/t) 、North America 、Live in Berlin の3枚。

a0248963_23262226.jpg Curlew の誕生は1980年。リーダーの George Cartwright (sax) とコ・リーダーとも言うべき Tom Cora (cello) を中心に、Bill Laswell (bass)、Nicky Skopelitis (guitar) 、Bill Bacon (drums) という凄いメンバーで発足した。Bill Laswell はベース・プレーヤーとしてよりもプロデューサーとしての仕事の方が有名で、当時出されたアングラよりのレコードには『Produced by Bill Laswell』などというシールが張られていたものだ。John Zorn との関係も深く、Pain Killer という Zornの バンドに加入していたこともある。Nicky Skopelitis は本作がデビュー作だと思うが、後には Herbie Hancock のサイド・マンとしてクレジットされている、どちらかといえばフリーよりの感じの人。
 本アルバム、かなりフリーのロック的要素の多い演奏だが、アメリカのバンドらしく、明るい感じのする開放感のある演奏で、なにより Tom Cora のチェロが新鮮、ギターもなかなかセンスがあってカッコいい。
 本アルバムはなかなかCD化されず、2008年になってやっとボーナス・トラック満載で2枚組として Downtown Music Gallery からリリースされた。1枚目は1st (80年2~3月録音)に加えて、ライヴの残りトラックを収録。2枚目は80年10月の Denardo Coleman をドラムに据えたライヴを収録、Denardo は Ornette Coleman の息子で、 当時のアンダー・グラウンド界の相関関係が良く判る。

a0248963_23265042.jpg 2枚目は、North America 、ドイツの Meors レーベルから1986年にリリースされた。録音は84年から85年頃のようだ。この時にはメンバーも大きく入れ替わっており、George と Tom 以外は同じメンバーはいない。このアルバムのプロデューサーは、あの Fred Frith 。何処にでもよく出て来る人ではあるのだが、多分ここでは Tom との Skeleton Crew の関係があったためだろうと思う。Skeleton Crew は2枚のアルバムを残した Frith ~ Cora のデュオ(後にZeena Parkins が加わる)で、大道芸的な乗りのバンドだった。
 このアルバムは短い曲が並ぶ、とっちらかった印象が強い作品で、この後の86年の Live in Berlin がタイトな纏まった演奏を聴かせるのとは対照的だ。Frith はこの1作のみの参加だが、様々な面を見せる本アルバム、過渡期といったところか。
 Cuneiform から再発された際には、83年のライヴがボーナスとして収録されているが、ギターは Nicky Skopelitis 、ベースとドラムスは1st とも2nd とも異なっている。メンバー的にも入り出が多かったようだ。

a0248963_23275645.jpg 3枚目が Live in Berlin 、1986年、87年録音。メンバーは、Cartwright 、Cora 、Pippin Barnett (drums)、Davey Williams (guitar)、Wayne Horvitz (keyboard bass & keyboards)。Wayne Horvitz が Ann Rupel に変わると黄金期のメンバーとなる訳だ。ちなみに Horvitz は、Naked City のキーボード担当。
 前作と異なり、かなりタイトできっちりとした印象、各人のソロも大幅にフューチャーされ、ジャズっぽさが増した。Cora のソロは勿論、Williams のソロもなかなか凄い。Williams はアラバマで LaDonna Smith (violin) とTransmusiq というレーベルを立ち上げた完全な(?)インプロヴァイザーだが、ここではフリーと言えばフリー程度の案外まともな演奏をしている。収録時間もたっぷりで、もうちょっと音が良ければなあ、と言うところか。

 海外、昔は楽しんで行けたものだが、この頃は億劫になって、そんなに行きたいとは思わなくなった。そんなんじゃいけない、とも思うのだが・・・。CD屋、本屋に行くのも億劫だからなあ。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-28 20:26 | jazz

中学生の心を掴んだ乾いた風 はっぴいえんど

 久しぶりに先週、今週と本を読んだ。去年の9月にちょっと大きな病気をしてしまって、音楽聴くくらいの根性はあったが、とても読書までは行かない、あんまり好きな作家の新作も出なかったこともあり、ついつい半年ほど、何の本も読まない期間が出来てしまった。考えて見ると、これだけの長い期間本を読まなかったことはない、読書の習慣が染み付いた中学生以来。
 中学生の頃から、お涙頂戴やスポーツ根性熱血モノには、興味がないばかりかちょっとした敵意さえ抱いていて、例えば「巨人の星」の飛雄馬など虐待されるくらいだったら、一徹が寝ている間に頭でも殴って再起不能にしてやれ、などと不埒なことを考えていた。もっと嫌だったのが「あしたのジョー」で、今日のことしか考えなくて何が「明日」のジョーなんだ、ボクサーとして大成したいとかなくて、つい目の前の敵を追いかけているだけじゃないか、などと思っていた、それなら読まなきゃいい、と気が付いて、直ぐに読むのを止めた。

 読書でもそうだ、感動の大作などは、その煽り文句を見るだけで嫌になって、感心して唸りたいが感動したくはない、などと友人には公然と言っていた、何を言われているのか判らない者も多かっただろうな。その点、中学時点から読み始めた横溝正史だの江戸川乱歩だの(乱歩は変なもの見たさの方が多分に多かったと思うが)は、感心しても感動しない読書として気持ちが良かった。高校に行くとその頃には鮎川哲也がかなり再刊されて、こんな面白い推理小説(当時はミステリなんて言わなかった)があったのか、と貪るように読んだのを思い出す。大学時代は、時間があったこともあって、高橋和巳みたいな七面倒くさいお悩み小説や、どう解釈すべきか迷う吉行淳之介など手当たり次第に読んでいて、この頃立花隆の「中核VS革マル」読み、ほんの些細な違いでも大きくあげつらえば、殺しあうまでに至ることを知ったのだった。

 それから紆余曲折を経て今に至るのだが、デビュー当時の折原一なんかも典型的な「感動せず感心出来る作家」としてよく読んだ。いまでは、三津田信三、西澤保彦、貴志祐介は出れば必ず読むが、後は内容によるといったところ。先週読んだのが飴村行の「粘膜戦士」、グロだが解釈するのに困ってしまうような展開が多くて、純文学風味のところも。エンタメ路線で是非今後も行って欲しいが。今週は、牧野修の「死んだ女は歩かない」、これはなかなか壷でしたね。牧野さんのは、時々合わないのもあるけど(たとえば「スイート・リトル・ベイビー」や「だからドロシー帰っておいで」など)、「トクソウ事件ファイル」みたいに志向にピッタリのものもある。手元には、三津田氏の「幽女の如き怨むもの」、小島正樹の「綺譚の島」など楽しみが控えている。

 音楽もこの傾向が強くて、中学生の頃から貧乏臭い、男と女の凭れ合う演歌やフォークが大嫌いで、どうしても乾いたイメージの方に目が行く。そこで「はっぴいえんど」。確かに1枚目の通称「ゆでめん」には演奏のしょぼさと発想としての貧乏臭さみたいなものが抜けきれておらず、LPでは買って殆ど聴かず、CDとなっても買いなおすことはなかった。

a0248963_1475738.jpg 2枚目が傑作とされる「風街ろまん」、1971年作品。確かに歌詞の抽象度は高まり、都会の乾いた感じも出てはいるのだが、音のしょぼさが、全体をくすんだ印象にしてしまっている。音の取り方の問題かも知れないが、またどこかで書くことになるだろう大滝詠一のファーストでも同じ印象がある。嫌いというわけではないが、そんなにターンテーブルに乗ることはない。

a0248963_1481540.jpg 3枚目が、本当に何度も何度も聴いた「Happy End」、1973年作品。海外録音のせいだけではないと思うが、それでも乾いた風のように高校受験を控えた中学生の心の冷や汗を乾かしてくれたものだ。細野晴臣、鈴木茂、大滝詠一の3者3様の特徴あるヴォーカルが、違和感なく一枚のアルバムに収まり、ひとつの世界を形成している、世評に高いとは決していえないが、自分にとっては最高の一枚といってよい。残念なのは、細野が松本隆の詞を歌っていないこと、大滝の曲が2曲しか収録されていないことか。

 読書ブログではないので、お間違いなく。もうちょっと音楽に関する話で冒頭を纏められれば、とは思うのだけど、相変わらず無駄話ばかりで・・・。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-22 13:23 | rock

ジョージア3部作 + Vista マリオン・ブラウン

 ジョージア州といえば、アメリカ南東部に位置する自然豊かな州というイメージが強い。州都のアトランタで1996年にオリンピックが開かれたことでも有名(スポーツには殆ど関心がない自分にとっては、さして重要なことではないが)。

 ジョージア州で有名なのは、綿。コットン・フィールドという綿花畑が美しい風景を形作るそうな。しかしながら、昔は奴隷が劣悪な条件で働かされていた場所であったのも事実。ヨーロッパ人はヒューマニズムみたいなことを言いながら、それは白人間のことだけだよ、という確固たる信念があったようで、奴隷制度が廃止された後でも、州単位では人種差別を合法化する法律が出来るなど、ずっと差別は残り続け、1950年代から60年代にかけてキング牧師の公民権運動を経て、やっと少しずつ改善されていくことになる。日本人も人種差別の対象であって、第二次世界大戦中、同じ敵性国民でも日系人は強制収容所に入れられたが、ドイツ系に対してはそんなことはなかった、ということが有色人に対する差別意識を雄弁に語っている。

 人間は、まずコミュニケーションを取れないとダメ、次に姿形が似通っていないとダメの2重となった差別構造があるようだ。理解できない言語で話をされれば、悪口を言われているのではないのか、悪事の相談をしているのではないか、と思うのは当然であって、悪事を働けば皆殺してしまえばよい、と思う某イギリス人は、自分の召使にしか英語を教えなかったようだが、真面目な日本人は、朝鮮民族や台湾人に日本語を強制するものだから嫌われてしまった。
 姿形でいえば、アフリカの多くの民族でアルビノ(色素欠乏症)の子供が生まれると、すぐに殺してしまう例も多いと聴く。もともと、奴隷としてアメリカ大陸に売られた黒人の多くは、黒人部族間の争いで捕まって、ちゃんと代金を白人が支払って(?)輸出されたものらしい。昔はやったドラマのルーツのように白人様御自ら狩に行くことは殆どなかったようだ。黒人間でも、言語の違いだの、ちょっとした見てくれの違いなどで、(日本人にはそう見える)同胞をいとも簡単に売り払ったようだ。

 こう考えるとジョン・レノンのお気楽な「イマジン」の世界など到底出来ようもないが、情報が世界中何処でも簡単に手に入れられることだけがあからさまな差別を抑える唯一の手段かもしれないと思う。少数派を常に差別の対象としてしまうのは、人間の本能かも知れない。

 ということで、Marion Brown 、ジョージア州の出身で2010年に亡くなった。最初の録音が John Coltrane の Ascention であったり、初期には ESP レーベルに属したりでフリーの人のように思われているが、録音ごとの変化の大きい人で、特に70年からその中盤にかけての変化が大きい。所持しているのは、ジョージア3部作と Vista 、1970年から75年の作品のみ。

a0248963_18321513.jpg 3部作最初の作品は、ECM からリリースされた Afternoon of a Georgia Faun 1970年作品。Afternoon of a Georgia Faun と Djinji's Corner の2曲のみ。最初の曲は如何にも ECM といった靄に包まれたような現代音楽風の作品であり、もちろんこれはドビッシーの有名曲のもじりだろうから、その雰囲気も十分に出ている。特に効果的なパーカッション群が印象に残る。2曲目は、フリーといえばフリーだが、熱く吹きまくるような感じでもなく、声の入り方も現代音楽風であり、1曲目をもっとジャズよりにしてみました、と言う感じ。初期のフリー系の録音を出していた ECM の好きそうな感じではある。

a0248963_18324041.jpg 第2部は、Impulse からの Geechee Recollections 1973年作品。Geechee というのは、ガラ人のジョージア州での呼び名で、どの地域の黒人集団よりもアフリカの文化や言語を色濃く残すコミュニティーとして有名のようだ。題名は、従ってジーチー文化の再収集といったところか。
 まだ、フリー的な部分はかなり残しており、2曲目 Karintha などは、全編ポエットリー・リーディングの後ろで弦や管が蠢くといったところで、頭でっかちフリーの印象。もともと教師をしていたと言うインテリとして見れば、納得いくところ。後半の Tkalokaloka (意味不明) などは、フリーではあるが、前作の2曲目よりも余程大人しく、落ち着きのある印象で良い。

a0248963_1833021.jpg 第3部が、傑作との声も高い Sweet Earth Flying 、1974年作品、Impulse より。ここまで来るとどう見たってフリーではない、フリーは香りのみで、実はフュージョンと言った感じ。Muhal Richard Abrams と Paul Bley というフリー界のインテリジェンスの塊みたいな2人をキーボード(最も印象的なのが、エレクトリック・ピアノ)に据え、後はドラムス・ベース、自身のサキソフォンというシンプルな編成。特に出だしのエレピの美しさは絶品で、アルバム全体を象徴しているよう。傑作。

a0248963_18332914.jpg この2作、長い間廃盤となっていて、アマゾンのマーケット・プレイスではバカ高い値段が付いていて手が出なかったもの。2011年になって、Impulse 2 in 1 シリーズでやっとまともな値段で買えるようになった。収録時間も極限の79分超えという、サービス満点ぶり。できれば、Sweet Earth Flying のお蔵入りとなっている Part2 まで含めた完全版2枚組で出して欲しかった。しかし、そうすると 2 in 1 とはならない訳だが。


a0248963_1833501.jpg そして Impulse の最終作となるのが、1975年の Vista 。ここまで来ると完全にフュージョンといってよい。それにしても、このアルバムの美しさは、数年前までフリーをやっていた人とは到底思えない。もともとは、こういう音楽がやりたかったのか、それとも年齢から来る円熟(当時44歳)からか、それともフリーに対する根性がなくなったせいか。
 ここでも Anthony Davis と Stanley Cowell という個性の強いピアニスト(加えて Bill Braynon が3人目として加わる曲もあり)にエレピを弾かせ、個性的でありながら、叙情的に仕上げてある。これも長い間廃盤となっていて、日本で久しぶりに再発されたのは、日本人の感性に合ったからなのか、それにしても復刻者は良い選択をしたものだ。

 なにか音楽ブログとは離れてきたか。ま、無駄話と音楽、が表題だからそこんところは許して頂くとして。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-21 17:11 | jazz

神なき国の宗教歌 デッド・キャン・ダンス

 昨年の東北大震災で福島の原発がやられてしまったのは、つくづく残念なことだった。もし、あの施設が多少とも損害を蒙ったとしても、根幹さえやられなければCO2対策のためにも、日本の技術輸出のためにも、大いにプラスになったろうに。と書きながら、例えばCO2などは、地球環境にどの程度の影響があるのか、まだまだ疑問が多いし、放射能の件で考えれば、本当にそこまで怯えなければならないものかと思う。
 新聞などは、中立の立場みたいな顔をしながら、一方的に反原発の姿勢が一目瞭然だし、県庁や市役所に少人数で詰め掛ける「市民団体」があたかも全国民を代表しているような報道は、ちょっとどうかと思う。地球温暖化で何がいけないのか、宮沢賢治は、東北地方の冷害を見るに付け(そりゃ、娘がたくさん売られていくのを見れば誰もがそう思う)、CO2が増えて暖かくなれば、と思ったと言う。原発事故の後、とんとCO2の話が聞こえなくなったのはどういうことか、原発が再稼動できなければ、火力発電で賄うしかないし(水力は短時間では出来ないし、こちらのほうが環境に与える影響は大きいと思う、また太陽光や地熱などは、これからの話だ)、火力は化石燃料を燃やして電力を得るものだから、必然的にCO2の発生は増える。「市民団体」の環境保護を錦の御旗にしている(多分少数の)御仁たちは、そこら辺のところ、如何お考えか。
 電気が使えなくなって、不便となるのは御免蒙りたいし、電力会社は地域独占なのだから、要求に対する供給責任は絶対的な使命と思う。何処の世界に自分とこの商品(電力)を買う量を減らしてくれ、なんていう会社があるか、電力会社も考えるべきだ。
 CO2も放射能も所詮、神話。信じようと信じまいと、それは個人の自由であるが、信じる信じないというのは宗教と同じ、いくら議論をしたところで一致点など見出せる訳もない。アメリカは、スリーマイル事故の後、近々新たな原発を造るという、そして京都議定書にはサインしなかった、あっぱれなプラグマティズムと言うべきか。

 ということで、Dead Can Dance 。この人たち、オーストラリア人。高々1770年から240年くらいの歴史しか持っていない、流刑民・最下層民の流れ行く先の土地。そして現地住民アボリジニを殺戮し、タスマニアの原住民は絶滅してしまった次第。イギリス人は収奪には慣れていて、見事なものだが、原住民を人間と考えなかった。日本人は、まだ植民地人を人と考えたのだろう、日本人的な名前を強制し、非難を浴びた。植民地人を人間と考えなかったことで文化まで干渉しなかった(文化などとは認めていなかったのだろう、それゆえ無視した)イギリス人と相手が人間であると考え、自分たちに同化させようとして文化まで一部破壊した日本人とどちらがまともであったか。
 そのオーストラリアに宗教的に見える音楽を作り出したのが Dead Can Dance 。もっとも宗教的・中世的になっていったのは、イギリスに渡ってから。ヨーロッパの毒は、超甘露だった、ということか。

a0248963_15544779.jpg 1st は、Dead Can Dance (s/t)、1984年リリース。まだこのアルバムでは5人組であり、ドラムもギターも入っているちょっとおかしなロックという感じ。ハンマード・ダルシマーの音がフューチャーされておりこれが特徴となっている。同じ4AD 仲間の Cocteau Twins の1st Garland 的な位置づけか、これを聴けばやはり Goth 、Etereal の始祖ということが判る。Lisa Gerrard の声は、Elizabeth Fraser によく似ているし(Elizabeth の声のほうが子供っぽいか。特にこのアルバムではヒステリックなところも)、両者とも何を歌っているのか判らないところも(Lisa は完璧異言、Elizabeth は発音がおかしいだけ、との違いはあるが)共通点。もう一方の Brendan Perry は、落ち着いたクリアな感じのヴォーカルで、Lisa との対比が面白い。この路線で走ったら・・・一部には受けたかもしれない。しかし、あのフェイク宗教音楽が受けたのだから、どこでどう受けるのかは神のみぞ知るということか(それで思い出した、山本弘のSF「神は沈黙せず」、変な曲が受ける理由が「神」との関係で書かれていたな)。
 このCDには、EP でリリースされた Garden of the Arcane Delights も収録されている。基本的に1st と同じ路線だが、Lisa のヴォーカルの尖ったところがなくなり、多少丸くなったか。

a0248963_15551727.jpg 2nd Spleen and Ideal 、1985年。 最初の2曲に後期の萌芽が見えている。このアルバムから、Lisa と Brendan の2人組になった。
 最初の曲は、大袈裟なティンパニの音から始まり、弦を全面にドラムを排除した作り。2曲目はトロンボーンを交えた、これも大袈裟な曲。フェイク宗教音楽の始まりといったところか、ドラムの有無が、ロック的か否かを分けるところ。
 他は、リズム・マシーンを使っているのか、嫌にのっぺりしたドラムが入ったロック。悪くはないが、アルバムを続けて聴くと如何にも過渡期の作品といった感じ。

a0248963_15553917.jpg 3rd Within the Realm of a Dying Sun 、1987年。題名がいい、「暮れゆく太陽の王国で」。かなりロック色が薄くなって、フェイク宗教音楽色が強まっている。特にドラムが殆ど使われなくなり、生音だかサンプリングだか判らないような、変に綺麗な音色で音楽が構成されている。それゆえ、何か座りの悪い、偽物っぽい(何度もフェイク宗教音楽と書いているのに!また繰り返してしまった)印象は拭えず、嫌いというわけではないのだが、何とも書くのに困る音の群れ。


a0248963_15555841.jpg 4th The Serpent's Egg 、1988年。フェイク宗教音楽の完成とフェイク・ワールド・ミュージックの見え隠れ。
 最初の The Host of Seraphim 、には失笑。どうしてここまで大袈裟に作れるのか、朗々と歌い上げる Lisa は、いくら偽物の宗教者とはいえ、ここまでやれば神々しさも出てこようというもの。題名を見て、天使がやっているホスト・クラブを想像してしまい、これでも笑った(ちなみに Host とは「大群」とか「軍の隊列」とかいう意味)。この曲が、このアルバムを象徴しているのか、他の評論を見てみると、このアルバムと前3作とは全く違うというようなことがよく書いてあるが、前の Within the Realm of a Dying Sun の延長上にある感じがしてならない。
 後半になると、特に Brendan の曲に顕著だが、民族系のパーカッションを取り入れ、これも偽物のワールド・ミュージックを意図したような印象。後期の Into the Labyrinth や Spiritchaser に繋がる要素はこのアルバムから始まっている。

 と何か悪口ばかりになってしまった感がなきにしもあらずだが、やはりそう好きな音楽ではないことは確か。同じ系統でいっても、Black Tape for a Blue Girl などは、好きと言えるのだが。たまにはターンテーブルに乗せてもいいかな、くらい。もう1回はこのバンド(?)のこと、書きます。ファンの方々、申し訳ありません。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-15 15:04 | rock

日本のマイナー・レーベルでの 姜泰煥 (2)

 昨日、北朝鮮が衛星と称するミサイルの打ち上げに失敗して、日本政府は3年前の轍を踏まぬように気を付け過ぎたら、今回は発表が遅れすぎて、またまた恥をかいてしまった次第。何事も中庸が大切と言ったのは孔子さんだったか、中庸のない国に中庸の元祖が居たとは、またこれも恐れ入ったことだが、日本政府も中庸を心がけるべきかも知れない。もっとも、「首領様」の思想は、どう見たって共産主義や社会主義のものではない、親に孝行、主に奉公の儒教思想そのもののような気がして仕方がないのだが、そういう意味では、北朝鮮の中庸って何なんだろう。

 朝鮮王朝は、中国のいわば属国のような形で歴史を作ってきた、例えば名前も全て中国風に直してしまったし、儒教もそのままの形で受け入れてきた。井沢元彦さんの「逆説の日本史」を読むとここら辺の経緯がよく判って面白い。しかし、考えて見れば、隣に超大国があって、機嫌を損ねれば直ぐにでも捻り潰されてしまうような状況をいつも抱えていた訳だから、恭順の意を表明するためにはそこまでやる必要があったともいえるだろう。そう考えると、日本は海があって良かったなあ、と思うのである、陸続きの200Kmよりも海を隔てた50Kmの方がずっと国防的な意味では有利になる。日本が本当に怯えたのは元寇ときくらいなもので、例えば第二次世界大戦でもお気楽に「本土決戦」などという言葉がいえたのも、こうした背景のあったためだろう。元寇の神風は、後世に「神国思想」を植えつけてしまったのは残念だが、あの時元にやられていたらどうなったことか。豊田有恒の「モンゴルの残光」みたいになってしまっていたのだろうか。
 元寇の時もそうだが、朝鮮民族は先兵として戦場に駆出された。同じように朝鮮戦争の時もアメリカやソ連の先兵となって同じ民族同士で戦い、その後遺症としての民族分断は未だに続いている。
 朝鮮戦争前から韓国では、キリスト教はそれなりの勢力を保ってはいたようだが、戦後は北朝鮮からの信者の流入などと同時に朝鮮戦争のアメリカの影響が大きく、韓国民の約30%はキリスト教徒という、日本では殆ど根付かなかったキリスト教がこれだけ勢力を保っているのは何故なのだろう、李承晩や金大中、金泳三などもキリスト教徒なのだ、我が姜泰煥もキリスト教徒で洗礼名は(確か)ヨハネといった。韓国のキリスト教はシャーマニズムとの繋がりも指摘されているようで(勿論プロテスタントに限ってだが)、そう言えば、先回紹介した「鬼神(トケビ)」は、シャーマニズムそのもの(憑依と脱魂という意味で)といえる。
 韓国ではプロテスタントが多いようだが、アメリカの影響が強いことからこれは判る。アメリカが、モルモン教などの超個性的な(それでも信じる人はいる!)キリスト教を生み出したように、韓国も統一教会のような(それでも信じる人はいる!!!)なんだか判らないものを生み出したのであった。

 ということで、前回の続き、今回の対象は93年から95年。

a0248963_221921100.jpg 先ずは、Sainkho Namchylak とのデュオ作、1993年島根県松江市でのライヴ録音。Free Improvisation Network Record という日本のレーベルからのリリースだが、このレーベルこれ1枚しか出していないらしい。
 Sainkho Namchylak は、トゥヴァ共和国の出身、6オクターヴの音域を持つと言われるヴォーカリスト。まるでシャーマンそのもの、魔女と言っていい容貌で、アルバム・ジャケットも Naked Spirit などお婆さんの様であるし、Who Stole the Sky ではスキンヘッドで目を剥いている。ヴォーカル・スタイルも呻くは、叫ぶは、つぶやくは、何でもありの凄まじさ。トゥヴァは、もともと中央アジアのど真ん中、モンゴルのシャーマニズムの影響をたっぷり受けた国のため、こういう一風変わったインプロヴァイザーが出てくるのかも知れない。ちなみに彼女は、Evan Parker とは、Mars Song で、Ned Rothenberg とは Amuletで共演 (両作とも96年)、循環奏法・倍音奏法3人男とは、いずれもデュオ・アルバムを物している。
 とういことで、同じ東洋人同士、息もぴったりのインプロヴィゼーションを聴かせる。ソロもフューチャーされているが、姜の Hakutobo (白頭山のことか?白頭山は朝鮮の聖地で、檀君朝鮮が興った地でもあり、北朝鮮では金正日が生まれた地ということになっている)は、ゆったりした演奏の中にも音に味わい深い雑味があり、絶品。

a0248963_22202262.jpg 次が94年、8月と9月録音の Kang Tae Hwan (名前がタイトル)、防府市と岡山市でのライヴ。大友良英(ターンテーブル)と Ned Rothenberg が共演。ちゃっぷちゃっぷレコードというレーベルからのリリース、このレーベル他にも作品はあるようだ。この録音の直後、トン・クラミの2枚目(後述)を録音しているが、そのときも Ned Rothenberg が共演している。
 Ned もメインの楽器がアルト・サックスで循環奏法・倍音奏法の使い手ゆえ、比較されることも多いが、Ned の方がスピード早め、音は比較的澄んだ感じ、音の線は細め、それに比べ、姜の方はゆったりと、野太く、音にも雑味(濁り、みたいなものだが、それが旨味に繋がっていくような)が多いような気がする、聴いてみれば直ぐ判るが。
 大友良英との共演は面白い、この後、エレクトロニクス系の内橋和久や河端一などとも共演していくわけだが、その走りといったところか。あまり違和感がない。Evan Parker も90年代半ばからエレクトロニクス系のミュージシャンと活発に活動をしているが、何か関連性でもあるのか知らん。

a0248963_22194177.jpg トン・クラミの2枚目、パラムゴ(Paramggod)、94年9月録音。Ned Rothenberg がゲストとして加わる。
 1曲目は佐藤允彦の作品、なかなか親しみやすい感じの曲、2曲目は高田みどりの作品、現代音楽そのものと言った感じで、完全に作曲された作品。こうして聴くと、インプロヴァイザーとはまた違った面を見せて良いものがある。同じく6曲目も佐藤の現代音楽的な作曲作品でトン・クラミ3者の演奏。あとは、様々な組み合わせの即興で、3曲目は佐藤~高田~Rothenberg、4曲目は 姜~Rothenberg、5曲目は4者の、7曲目はトン・クラミ3名での演奏。相変わらず、高田みどりのパーカッションが冴えている。佐藤のピアノは前作ほどの違和感はないが、姜との相性がよいかと言えば違うように思う。ピアノで言えば、2000年代の韓国トリオの Miyeon の方が断然良い。

a0248963_22214622.jpg 95年10月録音の Asian Spirits 、佐藤允彦と富樫雅彦との共演盤、新宿 Pit Inn でのライヴ。AD.forte というレーベルからのリリース、多分韓国盤。1曲目が姜のソロ、2曲目が佐藤と姜のデュオ、3曲目が3者の演奏となっている。やはり、富樫が入るとジャズ的な雰囲気になる(高田みどりはあくまでパーカッショニストであってドラマーではない、富樫は足のことがあってパーカッショニストといわれるが、音はあくまでフリー・ジャズのドラマー)。切り込みの鋭い富樫のパーカッションが聴きどころになる。スネア中心の富樫のドラムが、高音をたゆたう姜を地上に留めるような演奏、ゆったりしたアルトに点描的な佐藤のピアノと富樫のメタル・パーカッションが控えめに音を添えるような演奏など局面により様々な表情が浮かぶ。

 ということで第2回目終了、まだまだ続きます。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-14 19:43 | free improvisation

1枚だけ偏愛 あがた森魚 噫無情(レ・ミゼラブル)

a0248963_15412227.jpg 今日は、休暇を取ってダラダラ過ごしているものだから、このブログも簡単に済まそうと思う。ということで、あがた森魚「噫無情(レ・ミゼラブル)」。

 このアルバム、何時から好きだったのか、記憶にない。中学・高校時代でも最初のアルバム「乙女の儚夢(ろまん)」が好きじゃなくて、他のあがたのアルバムは聴かなかったし、大学時代は日本のミュージシャンは殆ど聴かなかったので、多分会社に入ってから買ったものだと思う。

 もともと、日本のフォークの貧乏臭さは好きではなくて、それは日本的な職人至上主義、義理人情やウェットな人間関係がもともと大嫌いなことに端を発している。清貧といえば聞こえはいいが、唯の仕事をしない気難し屋の頑固爺が、職人気質という取ってつけたような賛美語で賞賛されるのは納得がいかない、沢山仕事をすれば自分の価値が落ちるとでも思っているんだろうか。
 また、日本の演歌の男女関係は、どうも共依存みたいで「わたしがいなければ、この人は駄目になってしまう」とか何とか言って、男をだらけさせて酒飲んで暴れさせるようにしてしまうのが落ちだ。例えば、あがたの最初のアルバムでもそうした貧乏臭さと共依存の男女関係が露骨に出ていて、そこが嫌な感じで、レコードに針を落とす機会を少なくさせた訳。

 ところがこの「噫無情(レ・ミゼラブル)」、そうしたところが少しも感じられない、これは多分にプロデューサーの松本隆の美学のお陰ではないだろうか。大正から昭和に掛けての情景を、サウンド・コラージュを多用しながら、また生のストリングスとメロトロン・ストリングスを交錯させながら、あるいは、古い昔の曲(蒲田行進曲や上海リル、小さな喫茶店など)や他ミュージシャンの曲(はいからはくちや大寒町)を取り混ぜながら、精緻な美しい書割のように世界を組み立てていく。

 曲もあがたの絶唱「永遠のマドンナK」、他にも「キネマ館に雨が降る」「大寒町」など印象に残る曲が多い。「テレビヂョン」でいろいろの声が聞こえる中、高度成長時代(何もかもが変化していく時代)直前までを幻のような美しさで見せてくれる本作は、偏愛する1枚、あがた森魚、他のアルバムは要らない。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-09 15:25 | folk

アメリカン・クラヴェの傑作群1986-1988 アストール・ピアソラ

 2008年か2009年のことだとは思うが、記憶が定かではない。NHK の9時のニュースだったか、NHK 特集だったかも覚えがないのだが、バンドネオンについての放送があった、ほんの10分にも満たない埋め草のような扱いではあったが、この番組のせいで(お陰で?)今の音楽狂いが再発したのだから、何処に縁が転がっているか判らないものだ。
 番組の内容は、バンドネオンという楽器の現状を特集したもので、バンドネオンはタンゴに欠かせない楽器だが、もともとはドイツの会社が作ったこと(発明者もドイツ人の Heinrich Band で1847年の完成)、楽器の構造が複雑でなかなか新品ではいい音が出ず、演奏家の間では昔の楽器に手を入れて使っていること、日本人もそれに協力していること、などが紹介されていた。アルゼンチンの音楽であるタンゴに使われるのだから当然出自もアルゼンチンと思っていたのでこれは驚いた、と同時に数回聴いただけの Astor Piazzolla のCDがあったのを思い出した訳だ。
 聴き返してみるとこれが素晴らしく良い、1日に何度も聴いて嵌り込んだ。何で購入した当時(多分1990年代半ば頃)にこの素晴らしさが判らなかったのだろうか、思い出してみれば RIO の音楽にどっぷり漬かっていた頃、少しでも判り易い(判り難い、ではない、念の為)音楽は、聴くべきものの対象外にしていたのだ。RIO 狂いから10年以上が経ち、こっちも歳を取って、こういう音楽もいいなあ、と思えるときにドンピシャな(言い方が古いか)「大人のインストルメンタル」をジャズほどの即興も激しさもないタンゴで聴かせてくれた Piazzolla に嵌らない訳がないのであった。
 この後、ますます無節操な音楽探求、CDコレクションの道を再度歩き始めることになる、それもまた楽しからずや、と言ったところ。

 聴き返したアルバムと言うのが、傑作との誉れ高い American Clave の3部作、嵌るのも当然の演奏であるし、その後も LIVE IN WIEN、TRISTEZAS DE UN DOBLE A などの傑作ライヴ盤を聴きズブズブと底なしの Piazzolla 沼に落ち込んでいくのであった。American Clave は、先日も書いた通りKip Hanrahan のレーベルで、Kip のプロデューサーとしての才能と円熟したヌエヴォ・キンティート(ニュー・クインテット~5重奏団のこと、スペイン語ではこういうらしい)の演奏が相まって素晴らしいアルバムが出来た。Kip のプロデューサーとしての腕は、自身のアルバムでもはっきりと出ていたが(例えば、Jack Bruce や Don Pullen、Alfredo Triff の使い方を見よ)、Piazzolla の3部作が最も世評に高いのは当然とも言える。

a0248963_20545287.jpg 3部作の最初のアルバムが TANGO: ZERO HOUR、1986年。Astor Piazzolla (bn)、Fernando Suárez Paz (vn)、Pablo Ziegler (p)、Horacio Malvicino (g)、Héctor Console (b) という鉄壁のキンティートで精緻に組み上げられた音楽は適度な緊張感とバンドネオン、ヴァイオリンの情感を高める調べで、極めて気持ちの良い音楽に仕上がっている。人のざわめきから鋭く切り込むようなバンドネオンで始まる Tanguedia III から、Milonga del ángel 、Concierto para quinteto などの名曲を経て Mumuki で終わる至福の46分。特に Concierto para quinteto の後半のギターは、背中がぞくぞくするようなフレーズ連発で、Piazzolla のキンティートでは、裏方に回るほうが多いギターにも焦点が当てられている、最後の Mumuki でもギターのソロから始まる。
 Piazzolla 自身も相当本作には自信があったようで「生涯最高 の録音」、「我々はこのレコードに魂を捧げた」と言ったとか・・・3部作最終作の LA CAMORRA でも同じようなことを言っていた感じはするが、甲乙付けがたい傑作だから仕方がないか。

a0248963_20551133.jpg 第2部が THE ROUGH DANCER AND THE CYCLICAL NIGHT 、1987年。このアルバムは、通常のキンティートとは異なり、Piazzolla 、Paz 、Ziegler の3人に加え Paquito D'Rivera (as, cl)、Andy Gonzalez (b)、Rodolfo Alchourrón (g) が加わる、この3人のうち Gonzalez は Hanrahan のアルバムでもお馴染みで、もともとラテンの人だからアルコは不得意、このアルバムでも殆どピチカートばかりの演奏で、ちょっと違和感があるか。
 第1作、3作と異なり、短い曲が14曲も並ぶのは、副題に TANGO APASIONADO と付いている通り、オフ・ブロードウェイ・ミュージカルの舞台音楽作品であった訳だ。また、よくは判らないが、題名は、ホルへ・ルイス・ボルヘスの詩から取られているようだ。ボルヘスはアルゼンチンの詩人・作家でちょうど大学生の頃、集英社から出ていた「新しい世界文学全集」といった叢書に南米作家が多数収録されていて、ボルヘスの「ブロディーの報告書」「汚辱の世界史」など訳もわからずに、読んだと言う事実のみを目的として(つまりはスノッブ的欲求のために)、読んだ。他にも、これは面白かったがガルシア-マルケスの「百年の孤独」とかフリオ・コルタサルの「石蹴り遊び」なども普通に読んでいたものだ、時間の経過のなんと早いことよ。
 音楽的には、短い曲が多く、緊張感という点では落ちるものの、管楽器が入ることで、ちょっと雰囲気が変わることもあり、41分弱、飽きずに聴くことが出来る。
 また、赤と黒のみで作られたジャケットも魅力的、ちょっと厭らしさも感じさせる。

a0248963_20554223.jpg 最終作が LA CAMORRA 、1988年。通常の5重奏団での演奏。ヴァイオリンの印象が強く、泣きという言葉がぴったり。最初の Soledat 、5曲目の Fugata はバレーのために書かれたもの、6曲目、7曲目の Sur は、映画音楽のようで87年に Roberto Goyeneche などと共同でLPが出ている。
 なんといっても、聴き所は2曲目から4曲目の表題3部作で、メロディクなところとリズミックなところが交錯するスリルは尋常ではない。この5重奏団最後のアルバムとして、 TANGO: ZERO HOUR に勝るとも劣らぬ傑作を物したのは、Piazzolla にとっても幸せであったと思う。

 この後、5重奏団を解散、バンドネオン奏者をもう一人入れ、ヴァイオリンの代わりにチェロを加えた6重奏団を作ることになる。この6重奏団の暗さも好きなのだが。それも短期間で解散し、1992年死去、71歳。

 Piazzolla について書きたいことは沢山あるが、アルバムが多過ぎて何をどう書けばよいのか。気長に纏めて行きましょう。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-08 14:14 | 音楽-その他

フランスの爆走リズム+強迫コーラス マグマ

 フランスという国はよく判らない、農業国の一面があるのに、全面的な原発推進国である、社会的にも進んだ制度を持つのに田舎に行けば、未だカトリックの根強い影響下にあるとか。そういえば、創●学会もフランスではカルト指定とか、2000年前はカトリックもカルトだったろうにねえ。信じりゃ、どれもこれも宗教なんて毒にしかならない。

 フランスのバンドといえば、今回取り上げる Magma と Etron Fou くらいしか聴いてないが、なかなかフランスのアンダーグラウンドやラディカル・トラッドの情報が入らず、知らないとしか言いようのない状態。ドイツと並ぶヨーロッパの大国なのだから、面白い音楽がわんさとあるように思うのだが、知らないのが残念ではある。

 さて、Magma だが、2002年の公演を見に行った、やっぱり演奏する側も高齢であれば(リーダーでドラマーの Christian Vander は1948年生まれであるから、当時54歳)、見る側も高齢になり、時々立って踊ろうとする奴がいると、後ろのおじさんが「座れ!」と注意してしまっている光景なども見られた。こちらもゆっくりと Christian のドラムやベースの演奏が見たいものだから、座って大人しく見てくれたほうが良いのである(そういえば、昨年腰が痛いときに見に行った Rovo のコンサートは最悪だった、オール・スタンディングであることも知らず、ぐぐぐ・・・と呻きながら、1時間半、楽しむゆとりもなかった)。その日は、Stella のお腹の調子が悪かったようで、30分ほど遅れます、との案内が入った。いくら50歳を過ぎているからとはいえ、女性の「お腹の調子が悪い」なぞということをストレートに伝えてしまってよいのだろうか、と思ったものだ。回りの同世代のおじさんの顔を見ても照れたような笑いをうっすらと浮かべていたように思う。
 演奏は、迫力があって、一糸乱れぬコーラス・ワークと凄いテクニックのベース・マンにいたく感動、一杯のビールの酔いも相まって、至福のひと時を過ごしたものだ。

a0248963_1727012.jpg さて、今回は最初期の2枚。
 先ずは1枚目、Kobaïa 1970年4月の録音。Christian は、神がかった人なのか、John Coltrane の死にショックを受けてイタリアを放浪中に Magma のアイディアを思いつき・・・云々ということは色々な解説に書いてあるのだが、俄かには信じがたい、Coltrane が好きだ、というのは初期2枚のサックスのソロなどにも影響が見て取れるが、やっぱり骨格はロックで、Coltrane の音楽とはかけ離れていると思う。
 まあ、Coltrane も Spiritual など大仰な曲を書いているところなぞ、Kobaïa 語で曲を書いてしまうような人たちと共通点はあるわけだ。後期 Coltrane は自分もかなり好きだが、A Love Supreme など大袈裟だし、その後も宇宙的な広がり(?)で「愛」を語る Coltrane (Cosmic Music というそのものずばりなアルバムもある・・・ Alice の趣味、もしかして?)の宗教的な部分以外(演奏に宗教は関係ない、特にフリーは)に興味があってのことだ、決して精神的なものに感動している訳ではありません。
 このアルバムは、全体的に見れば、当時流行っていたジャズ・ロックの流れの中で評価されるべきものだが、特筆するほどの個性を持っているとは言いがたい。Christian が殆どの曲を作る MDK 以降とは異なり、10曲中4曲が他のメンバーのペンによるものだ。また、Magma といえばコーラスでしょうと言われる、強迫的コーラスもまだ聴かれず、またリズムも強烈ではない。Klaus Blasquiz のボーカルも今一歩。
 しかし、最初のアルバムから2枚組をリリースすると言うのはどういうことか。こんなバンドのデビュー作2枚組、最初のリリース時の販売枚数を聞いて見たいものだ。

a0248963_17273034.jpg 2枚目、1001° Centigrades 1971年発売。このアルバムも前作に引き続き、ジャズ・ロック路線突っ走り。Christian はA面の大曲を作ってはいるが、B面の2曲は他メンバーによるもの。この路線は本作で終わり、次作の Mekanïk Destruktïw Kommandöh (MDK) では、メンバーを一新、超人ベーシスト Janik Top が加わり、爆走リズム+強迫コーラスの Magma 本来の姿が現れてくる。

a0248963_16202766.jpg【追加】CDの棚を整理していたら、Univeria Zekt というバンドの UNNAMABLES というアルバムが出てきた。頭を捻ると、これ Magma 関連で買ったものだと思い出し、ターンテーブルに乗せて見た。Magma の1枚目、2枚目と同じ様なジャズ・ロックで、ちょっとこっちの方が散らかり方は酷い。お世辞にもいい出来とは言えない代物ではあるが、メンバーは殆ど Magma なので、ここに書いておく。
 1972年発表(録音は71年?)、2枚目のメンバーにギターとトランペットが加わった編成(他にもクレジットされた者はいるが1曲のみの参加)のため、殆どが Magma。Magma をもっと売り出そうとしたプロデューサーが生み出した幻のバンドと言ってよい。作曲も Vander が3曲、他4曲も1作目、2作目で曲を提供していたCahen (p) と Lasry (sax,flute) の作品なので、Magma 1作目、2作目と変わる訳はない。こんなアルバムは、他にも Fusion (81年) などという作品がある、フランス人は何を考えているんだか。

 ということで、今回は、本当にさわりのさわり、表題に偽りあり!と言われても仕方のないところ。次回は頑張って、素晴らしさを何処まで言葉に出来るか、乞うご期待。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-07 16:21 | rock

ギターに照準、80年代前半の ステファン・ミクス (2)

 Stephan Micus を聴き始めて、30年を越える月日が経った。Micus の音楽は、本質は変わらないとは言え、例えば使用する楽器とか、1曲の長さであるとかは変化してきている。80年代前半の3枚のアルバムをこれから見ていこうと思うのだが、70年代が習作の時代(楽器の使い方や曲の並べ方など、これだけの楽器を弾けて、多重録音も出来て・・・アピールすることが重要だった)とすると、いよいよ80年代は実力発揮の時代となる訳だ。
 80年代の前半は、ギターの可能性を探っていたように思う。この3枚のアルバムはどれもギターがアンサンブルの中心になっている。しかし、本当に Micus がギターが上手いのか、といえば疑問がある。曲の中での使い方については、それなりに曲に合わせた良い感じではあるが、テクニック面では、ギター専門家に劣るように思う。
 特に民族音楽系のギター乃至撥弦楽器奏者には驚くべきテクニックを持った者がわんさかいる。例えば、L'ham de Foc の Efrén López 、Flairck の Erik Visser 、Besh o Drom の Sidoo Attila など、スピード、リズム、どれを取っても Micus 以上だ。しかし、この弛緩したまったり感を表現できるかは、己のテクニックを知り、その範囲で如何に曲を聴かせるかに懸かっている、それを非常に上手くやってのけるのが Micus なのだと言ってよい。
 どのアルバムについてもそうなのだが、Micus は鬼面人を驚かすような音楽は作らない。まったりした弛緩した時間を聴き手に渡してくれるような音楽を作る人なのだ。これは、楽器の生まれた地に行き、そこで生活をしながら楽器を自分のものとしていく、そんなことを繰り返して、自分の守備範囲を広げたことによるのだと思う。

a0248963_177884.jpg 80年代最初のアルバムが Wings Over Water、1982年(録音81年)。このアルバムが出た頃は、この手の音楽の新譜情報が少なく、原始的だが何件かの輸入盤屋を定期的に回るというのが最も効率が良かった。そのため、2週間に1度くらいは3~4時間の散歩が習慣となり、健康面でも良かったのではないかと思う(多分、1回で10km以上は歩いた)。もともと、学生時代は自転車にも乗らず歩き回っていたので、そう苦にもならなかった。今は、家でコンピュータを前に注文するのが当たり前になって、CD 購入は健康の役には全く立たなくなった。閑話休題。
 本作は、曲が長尺で、録音回数も相当に多くなっている、力の篭った作品といえるだろう。6章に分かれた組曲のうち、Part 1(演奏時間7分21秒)、Part 3(12分49秒)、Part 6(14分11秒)でギターがフューチャーされており、特に Part 1 のスティール弦の響きが印象的だ。Part 3 、Part 6 でもまったりとしたスピードのスパニシュ・ギターのソロが聴ける。また、後のアルバム Twilight Field でも再度取り上げられる Flower Pot (植木鉢)が、初めてお披露目されている。なかなか柔らかな響きで、昼寝にはもってこいの音楽に仕上がっている(前にも書いた通り、Micus Music は昼寝向きの音楽なのだ)。

a0248963_1773565.jpg 次が83年の Listen to the Rain 。80年に録音された For Abai and Togshan という20分ほどの長尺曲と83年7月に録音された6分~8分のギターと他楽器のデュオ曲3曲で構成されている。前々作の Behind Eleven Deserts の録音が78年10月なので、80年くらいには新しいアルバムの録音が開始されてもおかしくはない、多分何らかの理由でお蔵入りになっていた曲を引っ張り出してきたのではないか、この頃の未発表曲は数曲あったりして、ECM さんお願い!未発表曲のボックス・セット出して!
 比較的短い3曲は、それぞれスリン(インドネシア、ガムランの笛)、タンブーラ(インドのシタールに似たリズム・キープのための弦楽器)、尺八とのデュオ作。やや緊張感が少ない、退屈といえば退屈。長尺曲の For Abai and Togshan は、ギターとディルルーバ(インドの擦弦楽器)による演奏、5~6回の多重録音のため、音の厚みはそれなりにある。全体的には希薄な感じの出来で、Micus 作品のうちでは The Music of Stones に次いでターンテーブルに乗る回数の少ない作品である、ジャケットは凄く雰囲気があって好きなのだが。

a0248963_1775937.jpg East of the Night 、85年作品。LP時代は、A面B面とも1曲の構成。本アルバムは正にギターに焦点を当てた作品で、それも Micus 自身が考案した10弦と14弦のギターによる。
 表題曲は、尺八との曲であるが、出だしはギターのソロ、通常のギターでは出せない低音で始まる。最後は4本の尺八の合奏で終わるが、渋い印象の曲ではある。もう1曲は、For Nobuko 。はっきりした情報がある訳ではないが、Micus の奥さんが日本人で、彼女に捧げた曲ということだろう(ちなみに後のアルバム The Music of Stones では演奏者としてクレジットされている、また2001年作品の Desert Poems には For Yuko という曲があり、Micus 自身が女の子を抱いている写真もあることから、娘なのかなとも思う、これも日本人の名前だしね)。14弦ギターのソロ、22分10秒の演奏。演奏もゆったりとしている。
 音数だけで言えばかなり少ないが、決して退屈させることなく、50分近い演奏を聴かせてしまうのは流石。

 ということで、80年代前半のアルバム紹介は終了、80年代後半はもっといい演奏がてんこ盛りですよ、乞うご期待。しかし、無駄話のネタもなくなってきたなあ。
[PR]
by ay0626 | 2012-04-01 16:54 | new age