日常茶飯事とCDコレクション
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ギター・チェンバー、冷たい情熱あるいは無機質 プレザン

 ロックらしいロックは聴かないが、それでも自分の聴く音楽の中で一番ロックらしいのがこの Present 。何といっても、スタートは、ギター・ベース・ピアノ・ドラムという典型的なロック・カルテットである(21世紀に入るとチェロだのサクソフォンだのが入って来るが)。酷く切迫したリズムを持つ無機的な音楽(ライヴには冷たい情熱みたいなものを感じるときがあるが)で、教育上好ましくないとも思えるのだが、バンドの顔であるツイン・ギターは父と息子という考えられない組み合わせなのだ(3rd以降)。
 最近の DVD 付きの傑作 Barbaro (ma non troppo)では、年老いた父がギターを振り回してキーボードを破壊する場面で、息子が暖かい視線で父を見守るという心温まる(?)シーンがあったが、ほんとこの親子、大丈夫かしらん、頭の螺子が一本飛んでいるんじゃないの・・・と思ってしまうのである。
 自分も大学に行かせて貰って、不自由のない程度には仕送りも貰ったので、子供には当然、大学に行って仕送りを受けるくらいの権利はあると思っていた。まあ、その程度はしてやったが、大学(院)を出てしまえば、親子は別人格、後は自分の力でその後のことを決めていくしかない。会社で親父がどんな仕事をしているのか判らないのに加え、給料さえ振込みになってしまって、親父の背中を見て自分のすべき仕事は何か、など考える術を子供は持てなくなった。そうなら、子供自身が考え決めるしかないのだ。
 父が音楽家なら、家で練習もするだろうし、コンサートでパフォーマンスを見る機会もあるだろう、同じ道を歩もうとすることも当然考えらる。しかし、だからといって、こんな暗い、罰当たりな音楽(2001年作 High Infidelity は「キリスト教に対する高度な不信心」という意味)を一緒にやるのは、凄いというのか何なのか、親父の教育が行き届いていたのか。同じ教育でも星飛雄馬が父星一徹から受けた教育よりは相当ましだとは思うが。

 Present はベルギーのバンド、以前紹介した Univers Zero を脱退したギタリスト Roger Trigaux が1979年に結成した。Univers Zero は、管楽器(この頃はファゴット奏者が在籍)や擦弦楽器(同じくヴァイオリン奏者が在籍)がフロントに居り、全体的にインプロヴィゼーションに比重がかかっていた。Roger Trigaux のやりたい音楽との乖離が大きくなり、脱退~新バンド結成に至った訳。Roger がやりたかったのは、シンプルなロック編成で、楽譜にきちんと書かれた音楽であったようで、それは最初期の2枚のアルバムで判る。

a0248963_16164443.jpg 1st は1980年、Triskaidekaphobie (13に対する恐怖症の意味か?)。最初の Promenade Au Fond D'un Canal(「運河を歩く」) 、変拍子のリフが永遠に続くような、不安感を煽りまくり、途中で曲想ががらりと変化し、14分をかなり過ぎた時点からおぞましいギターのソロが展開、背筋がゾクゾクするような不安定感を描出する。これを、シンプルなロック・カルテットの形式で演奏するのだ、その演奏力は相当なもの。
 もともと、ベルギーのこうしたマイナー音楽のサークルなど小さい訳で、ドラムには Univers Zero の Daniel Denis 、ベースには Univers Zero にその後加入する Christian Genet 。ピアノには、現代音楽畑らしい Alain Rochette 。Univers Zero との関係は決して悪いものではなかったようだ。

a0248963_1617946.gif 2ndは1985年、Le poison qui rend fou (「その狂気の毒」)。1st の路線を継承しており、変拍子の連続と同じようなリフが続く、1st よりも聴き易いのは確か。どちらかといえば1st の方が、息苦しいまでの切迫感とギターの音の重さもあって好きだ。
 1980年代は、多くのアンダーグラウンド・シーンのバンドの活動が弱くなっていった時期、Etron Fou や Univers Zero もこの頃活動を休止している。Present も御多分に漏れず、一旦解散となったようだ。まあ、仕方のないことで、世は4AD の Cocteau Twins や似非宗教音楽の Dead Can Dance の時代になっていった。くっきりとした音像を持つ、暗い切迫感に満ちた変拍子バンドなど誰が聴くものか。

 初期2作は、89年に2in1の形で、アメリカ Cuneiform から1989年に再発された。ジャケットは、やはり目を引く2nd のものが使われている。

a0248963_16173191.jpg 復活は1993年、C.O.D Performance 。このアルバムから親子二人三脚が始まる。このアルバムは、親子2名のみのクレジットで、基本はエレキ・ギター2本で若干のパーカッションが色を添える程度。音楽の中身も初期2作とそんなに変わってはいない。
 それにしても、このジャケットの不気味さ、息子の Réginald が描いたもののようだが、この親あってこの息子あり、といったところか。内ジャケットの2人の写真も、何か行っちゃっているような感じである、案外この親子、仲が良かったりして。

a0248963_161845.jpg 復活第2作は Live!、1996年。メンバーを一新し、ドラムには 5UU'S の Dave Kerman 。この後、彼はバンドに出たり入ったりしている。3曲目の Alone は C.O.D Performance から、4曲目の Promenade Au Fond D'un Canal は Triskaidekaphobie からの作品であるが、ライヴということもあって、荒々しい上に冷たい情熱も感じられる。Denis よりも Kerman の方が、より推進力のある、いわばロック・ドラマーという感じか、次作を聴くと Denis も頑張るなあ、と思ったりもするが。
 ジャケットは、気が抜けた感じ、もうちょっとどうにかならなかったのか。

a0248963_16182655.jpg 1998年、Certitudes 、アメリカ Cuneiform から。非常にロック的なダイナミズムと初期からある切迫感が良い感じでブレンドされた傑作。
 またまた、メンバー一新で、初期の編成に近い、ドラムに Daniel Denis、ベースに Guy Segers (両名とも元 Univers Zero)、キーボードに Alain Rochette 。加えて Trigaux 親子。キーボードがピアノの音だけでなく、ストリングスの音なども加えサウンドに厚みを持たせている。やや難があるといえば、ヴォーカル、初期のようにすっぱりとインストルメンタルに徹してしまえば良いのに。

 2000年代に入るとチェロやサックスも入り、音が一段の重みを持って迫るようになる。ということで、残りは別の機会での紹介ということで。親子仲良く変態音楽に励んで、羨ましさもあり、不気味でもあり・・・。
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by ay0626 | 2012-05-27 15:16 | rock

ちょっと不気味なN.Y 中世派、アントゥー・アッシーズ

 この前テレビを見ていて、震災地の瓦礫処理を行うことにしたある市で、瓦礫が運び込まれる場所に反対派に人が並んで搬入を阻止した映像が映し出されていた。遠くの自分に影響のない不幸には涙を流し寄付もするが、不幸のちょっとした肩代わりには、自分たちの安全(それも絶対的な)があくまで中心で、『国家の安全宣言など嘘』とばかりに鬼の形相で拒む。昨年の漢字は『絆』だったはず、絆は金を与えたり、たまの物見遊山に近いヴォランティアだけで済むのだ。

 『絆』とは、良い響きを持つが、もともと動物を繋ぎとめておく綱を意味しており(例えば「騎綱」であれば馬を繋ぐ綱、「頸綱」ならば首に巻いてどこかに動けなくしておく綱)、どちらかとういと自由を奪うイメージが強い。日本のような農業中心の世界では、季節ごとに大勢で片付けなければならない仕事が多く、そのため村人が強制的に協力することが求められた。それに加え、勝手に村を離れることのないよう、江戸時代には檀家制度やそれに付随する宗門人別改帳などが整備され、言い方は悪いが相互監視がきっちり行われた訳である。戦中だって「隣組」というのがあったし、今でも市役所は町を何組かに分け「自治会」と称して、必要でもない回覧板を回すし、公共の場所の掃除などに駆り立てようとするのだ。

 そんな束縛するものは『嫌』なのだ、例えば大学生になって一人で生活するようになった時の開放感は如何ほどであったか、アルバイトでも就職して得た金でもいい、自分の労働で手にした金による買い物の楽しさはどうだったか、思い出すまでもない、自由というものには他にはない価値がある。全部自分で決めなければならないという辛さはあるにしろ。(自分で決めるという重圧に耐えられない人が走るのが「仕事」と「宗教」、やることを決めてくれ、善悪を判断してくれる。)

 これだけ人が大都会に集まる訳は?仕事にありつける可能性が高いことは大きな要因だが、端的に言えばその匿名性によるのだろう。どんなに酷い職業に就いたって、自分を知る人がいなければ、恥ずかしがることもない、自由に生きるためにはそれだって必要なこと。このごろ、都会で餓死する人も多いと報道されるが、彼らは本当に救済を望んだか、周りの人の自分中心の親切ごかしにうんざりしていたのではないだろうか。そうなれば、孤独死ではなく「孤高死」と呼ぶべきかもしれない。

 ということで、Unto Ashes 。このバンドというかプロジェクト、どのアルバムを聴いても「葬送曲集」にしか聴こえない感じで、それならば頭の無駄話に繋がるかと・・・やっぱり無理ですか、ああ、そうですか。

a0248963_1555130.jpg Unto Ashes の1stアルバム Moon Oppose Moon は1999年、Black Tape for a Blue Girl の Sam氏が主催する Projekt からのリリース。色々なところで、Dead Can Dance の影響が語られているが、かなり感じは異なる。Dead Can Dance は盛り上がるところは盛り上がり、平板な感じがなく、音も持続音が多いが、対して Unto Ashes は、平板で、歌い方も脱力系、細かいパーカッションやギター・サズーなどの分散音がまぶされている。また、中世的ということで Faun にも比較されるが、歌い方の違いや、電子楽器の使い方( Unto Ashes のが無造作に使われている)も違う。どのバンドも自分たちのスタイル・音を持っているということなんだろう。
 Unto Ashes の中心メンバーは Micheal Laird (g,vo,dulcimar)、Natalia Lincoln (kd,perc) の男女2人で、1st はこれに加え Kit Messick (vo,perc)、Melody Henry (perc,vo,dulcimar,kd)、Paul Ash (hurdy-gurdy,perc,kd)、Spider Grandmother (harp,perc)がクレジットされている。非常に平板で声の音域も非常に狭い、若干スローテンポの上リズムが単調で、繰り返すが全編葬送曲のよう。落ち着くことは落ち着くけど。

a0248963_15552956.jpg 2nd Saturn Return 2001年作。1st が中世ヨーロッパとすれば、ちょっとそこに中近東の香りが入り込んできたかな、という感じ。1st では、自作の歌詞以外だったのは2曲(13世紀と19世紀の詞)だけであったが、本作では15曲中6曲(古いのは14世紀、新しいのは20世紀 ~ これがあの大魔術師 Aleister Crowley(!) によるもの)が引用による歌詞。
 正式にメンバーとしてクレジットされているのは、Micheal、Natalia に前作から引き続き Melody Henry、加えてEricah Hagle (vo,perc)。他に多くのゲストが参加している。
 ジャケットは、なかなか良い、修道女とスフィンクスの会話といったところか。このスフィンクスは多分ギリシャ産で、何故なら人間の女の顔とおっぱいのある胸、ライオンの体、鷲の翼を持っているから、これがエジプト産だと王の顔(男)とライオンの体で翼がない。しかし、ギリシャ産でも髪の毛はあったような・・・スキン・ヘッドのスフィンクスは見たことがない。

a0248963_15555419.jpg 3rd Empty into White 2003年作。かなり躍動感が出てきた。エレキ・ギターを担当する Jeremy Bastard が入った関係か?そんなに表に出る音ではないのだが、1st の冥さみたいなものは薄らいでいる。ちなみに正式メンバーとしてクレジットされているのは、 Micheal、Natalia、Ericah Hagle に Jeremy Bastard (el.g,ac.g)。タブラの推進力にストリングスを被せた2曲目などは、もろ中近東系の音。安易にストリングスを被せると、安っぽくなっていかんのだが、それに加えて甘い声の女声も安っぽくて、聴き易いけどちょっとどうか、という印象。3曲目にもストリングス。5曲目は海のイメージか、かもめの声と波の音のSE。12曲目にも若干のストリングスと大仰なコーラス、ドラム。13曲目はピアノ・ソロ。14曲目はドラム入りのこれは Dead Can Dance といえる堂々の女声。最終18曲目は大コーラス大会。19曲目に隠しトラック、全編SEでお遊び以外の何者でもないが。と、まあ賑やかしい。
 ちょっと安っぽくなったのは否めないが、ヴォーカルの感じも伸びやかで、粗を探さなきゃ比較的良い出来なのではないか。

a0248963_15561964.jpg 同年にリリースされたのが、リミックス2曲と4曲の新録音から成り立つEP I Cover You with Blood 、約20分。ジャケットは、Empty into White の焼き直しで、どうしてこんな形にしたのだろう。ただ面倒なだけだったのかもしれないが。1曲目が Empty into White 収録曲の、2曲目が Saturn Return 収録曲のリミックス。元の曲が異形のものに変わった、などということはありませんのでご安心を。ストリングスとドラム・パーカッションの入り方で、ぐっと普通のロックに近づいております。
 路線的には、3rd そのもので、ストリングスにコーラスという甘口の作品と言ったところか。このEPから日本人の Mariko という歌手が加わっている模様。

 ということで、このバンド、6月にはニュー・アルバムがリリースされる予定。それが出た頃、後半のご紹介をしたいと考えております、出来るかな?
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by ay0626 | 2012-05-26 13:59 | dark-wave

アメリカン・フリー・ジャズの最終期、86~87年 セシル・テイラー(4)

 何回か「感心」と「感動」の違いみたいなことを書いてきたが、ちょっと例を引いて補足しておきたい。自分の好みを具体的に述べておきたいのだ。

 端的な例で言えば、石川啄木の有名な短歌『やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごどくに』が「感動」、西東三鬼の『水枕 ガバリと寒い 海がある』が「感心」、また安西冬衛の『てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った』でもよい。
 石川啄木の歌は、『泣けとごとくに』と直接的な感情表現(稚拙ともいえる素直さ)で、読み手の心を揺さぶる。啄木の短い人生を知り、ふるさとに寄せる思いを知るとなると、この歌の一層の悲劇性みたいなものが大きくなる。学校では、歌そのものに加え、夭折した悲しい人生までおせっかいにも教えるから、みんなころっと「感動」してしまうのである。そのくせ、本当のところは生活力のないぐうたらで、行っていた学校はカンニングで放校同然だったこと、友人(金田一京助)が家財を売り払ってまで支援してくれたのに、その金で娼館に通い詰めて、その借金が増えていったこと、など詳しくは教えてくれないので、美化されてしまう。まあ、夭折してしまうと「悲劇の天才」になる可能性は飛躍的に増大するが。

 それに対し、西東三鬼って誰?、安西冬衛って誰?という感じだろうと思う。西東三鬼は、本業が歯医者で京大俳句事件と呼ばれる言論弾圧事件にも関与したが、派手な人生ではなかったようで、62歳で亡くなっている。また、安西冬衛に至っては Wiki にも詳細な情報はなく、生年と没年が判る程度だ。それにしても、石川啄木との知名度の差の激しいこと。
 『水枕 ガバリと寒い 海がある』、「水枕」から「寒い海」への連想、「ガバリ」との擬音語がどう繋がるのか、それがこの俳句の味噌で、その連想・擬態語の特異な組み合わせは、感情にはいっさい訴えるものは無い。ただ、その組み合わせに唸るしかない、その冷たいイメージが背中に寒気を覚えさせる訳だ。これが「感心」という言葉で言いたかったことなのである。
 『てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った』も同様、「てふてふ」という旧仮名遣いで現される小さな、繊細なものと、「韃靼海峡」という荒々しいイメージの見事な対照に感情ではなく理性が唸るのである。

 「死」は絶対的に悲しい、感情に訴える、どれだけそれが文学作品や映像作品として作成されたか。夥しい数に上るだろう。それは簡単に人の感情を動かすことが可能だから、言い換えれば「感動をありがとう」になり易いからだ。

 Albert Ayler と Cecil Taylor との関係も同じような感じで、80歳を超えてまだ矍鑠とピアノを弾くことはあまり悲劇性には結びつかない、Ayler のようにリヴィエラでの傑作ライヴを残した直後にイーストリヴァーに浮かぶという悲劇が人の心に残すものとは、比べるだけ野暮なのだろう。

 さて今回の Cecil Taylor は、ヨーロッパ・フリー(FMP のミュージシャンたち)との膨大な数のセッションとレコーディングによっての合体を果たす直前、86年と87年のアメリカン・フリー(黒人の音楽としてのジャズから生み出されたフリー)の最終局面の作品について見ていこうと思う。ヨーロッパ・フリーとの交流以降については、殆ど興味が無い、黒人のルーツ音楽としてのフリー・ジャズはヨーロッパのフリー・インプロヴィゼーションとは本質的に異るものと考えるからだ。自分にとっての Taylor は Ayler と並ぶ黒人ルーツ音楽としてのフリー・ジャズの音楽家として認識しておきたいと思っている(なんて勝手な言い草!)。

a0248963_15443698.jpga0248963_15445418.jpg 86年の録音は、Sweet Basil でのソロ・ライヴを収めた2枚、Iwontunwonsi と Amewa の2枚。他にもイタリア、Black Saint に2枚のアルバムを残してはいるが、それは Black Saint の他の諸作と一緒に別の機会に譲る。
 この頃には、言葉によるパフォーマンス、ポエット・リーディングに目覚めた頃の録音で、渋い声での唸りがそこここに聴かれる。ポエット・リーディング自体面白いとは思わないが、Taylor には思うところが大きかったのだろう、自分は持っていないが、翌87年、ヨーロッパ楽旅の最終に Leo レーベルに Chinampas というポエット・リーディングで全編を通した(ピアノ一切なし!)珍奇なアルバムを録音している。
 この2枚は2月8日の2つのステージの演奏を収めたもので、いわば双子のアルバムということが出来る。楽曲は非常に厳密に組み立てられており、その場での即興というより、楽譜に書かれていないだけの作曲作品といっても良いのではないか。少なくとも左手の部分は、同じようなパターンが頻出している。
 本作品は、日本の Sound Hills というマイナー・レーベルからリリースされたもの、95年の発売だから、録音されてから8年も経ってから日の目を見た録音。日本の典型的な訳判らない珍妙な解説付きで、日本語の副題が「真実の美とは!」。これに対してニヤニヤ笑わない筈がない。

a0248963_15453758.jpga0248963_15455457.jpga0248963_15461349.jpg 次は、87年の Leo レーベルでの3作、Live in Bologna (11月3日録音)、Live in Vienna (11月7日録音)、Tzotzil/Mummers/Tzotzil (11月13日のパリでのライヴと11月16~17日のロンドンでのポエット・リーディングの合体作)。
 メンバーは、Leroy Jenkins (vl)、Carlos Ward (as,fl)、William Parker (b)、Thurman Barker (dr,marimba,perc) 。室内楽的な感じで、Taylor のピアノなどいつも通りかなり激しく弾き倒すところもあるのだが、ある種の長閑さまである。これは、ヴァイオリンもそうなのだがアルト・サックスがフリーキーな音を一切出さず、長めの伸びやかで澄んだトーンに終始していること。フルートも同様で、そういえばフルートなど Taylor Unit に入っていたこと、あったっけ?フルートの音色自体が柔らかなイメージを織り上げる。加えて、マリンバのこれも柔らかな響き、ドラムに廻っても煽るような叩き方はしないため、切迫感がない。唯一ベースだけが、忙しげに数多くの音を紡ぎだすのだが、それはそれで良い。明確なソロがなく、集団での即興演奏に近い、例えば78年の超傑作 One Too Many Salty Swift and Not Goodbye などは、見事なまでに計算されたソロの配置だったが、それとは異なるやり方となっている訳だ。
 3作とも好きな作品だが、Tzotzil/Mummers/Tzotzil が最初と最後のポエット・リーディングを除けば、一番好き。アメリカン・フリー・ジャズとしての最終局面にこの3作が残されたのは、非常に印象深い。

 そういえば、ヨーロッパ・フリー・インプロヴィゼーションが感情に訴えない「感心」派とすれば、アメリカン・フリー・ジャズは黒人の情動から始まった「感動」派の音楽ではないのか、って訊かれたらどうしよう、だってその通りだから。
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by ay0626 | 2012-05-20 14:09 | jazz

北欧の地獄の番犬、ガルマルナ

 ゴールデン・ウィーク中の情けない状態が少しずつ良くなってきたこの頃、それでも先週の初め頃まで胃がヒクヒク言って気持ちの悪い日もあって、会社へ行ってもボケッと気分の乗らぬこともあった。まあ、でも普通の生活に戻れて良かったね、という感じ。

 外へフラフラ出歩く気分にもならず、勢い音楽を聴くか、読書をするか、そんなところに落ち着いて、本は先週から今週に掛けて2冊、音楽は聴き易いものということで、Weather Report など引張り出してきて聴いたりしている。さんざこのブログでも馬鹿にしてきた(というわけでもないが) Weather Report だが、聴き返してみると新しい発見などもあって、意外に楽しかった。そのうち、取り上げようとも思っている。
 読書は、先週も書いたが、1冊目が三津田信三さんの「幽女の如き怨むもの」。贔屓にしている作家の一人で、その中でも甚く気に入っている刀城言耶もの。もともとこの作家、文章のリズムが自分に合っているのか、文章そのものを読む快感に加え、これでもかと怒涛の勢いで繰り広げられる論理仮説の千変万化、堪えられません。今回作は、その『感心』に加え謎解きの終わった後の押し付けでない『感動』まで加わり、十分堪能致しました。しかし、これでもかの多重解決が無かったのは若干残念。
 2冊目は、これも大好きな作家の西澤保彦さんの「幻想即興曲」。この人の文章も好きで、スルスル読める。加えて捻くれ妄想論理とも言うべき仮説の上に仮説を重ねまくりエスカレートする推論が、地平の向こうまで届くんじゃないかとも思える驚天動地の真相(?)を暴きたてる最後まで飽きることが無い。それでも、ちょっと執着し過ぎの登場人物が多い、自分がどちらかといえば淡白な人間で、どうも「ここまで拘れるものなのか?」という感じも否めない。今回作は、若干辟易気味のレズビアンネタと多数の拘りすぎ人間の登場は別として、論理はすっきりとしており、前回作の「彼女はもういない」は積読状態になってはいるが、その前の「幻視時代」もすっきりとした良作であったし、豪く好調だな、と思う。好調ついでに、デビュー頃の「殺意の集う夜」や「複製症候群」などの怪作というべき奇想の塊のような作品や「チョーモンイン」シリーズの決着編も書いて欲しいと思う。
 ということで、本ブログは読書ブログではないのでした。本来の方向に戻して。

 春も先日までかなり寒かったのが、一転夏日も混じるようになり、一番気持ちの良い頃に2週間唸って寝ていたのが悔やまれる。それでも暑いとはいえ、まだまだ空気は乾燥しており、家の中で寝転んで音楽を聴いていると、寒いと感じることもある。
 乾いた肌寒さを感じると、むしょうに聴きたくなってくるのが、北欧の音楽、それもラディカル・トラッドといわれる類。先回は Hedningarna について書いたので、今回はもう一方の雄である Garmarna について。
 Garmarna といえば、どうしても Emma Härdelin のヴォーカルをイメージしがちだが、最初のEPでは、ほんの数曲しか参加していないし、1st でもインストルメンタルがかなりの部分を占めている。彼女の歌唱がメインとなるのは2nd の Guds spelemän からだ。

a0248963_1775334.jpg Hedningarna の1stと同様、最初のEP Garmarna(s/t) (1993年録音)は、ちょっと過激な、それでも十分トラッドといえる作品であった。後の2003年には、92年のデモ・テープを追加収録し、38分を超える、フル・アルバムに近い形で再発された。
 そのジャケット裏にメンバーの Rickard Westman が興味深い文章を書いているので、ちょっと下手糞な訳文で恐縮だが、以下に掲げる。
 「4枚のアルバムと数多くのツアーの10年間であった。勿論、思い出すのが辛い。あれは何だったのか、どのように感じたのか、何を考えたのか、思い出すのは辛いことなのだ。しかし、実際にスタジオに入って一枚のアルバム-それがEPであっても-を作成することは、大きな一歩であった。
 私たちは90年からトリオとして演奏を開始した。2年後、Massproduktion の Mats からアルバムを作ってみないか、との申し出を受けた。勿論、イエスだと応えた。その時までに私たちは4人になっていた、92年の Huitsfred フェスの前にドラムの Jens が加わったからだ。
 このEPのひとつの良いところは、Emma をごく自然な形でバンドに取り込めたことだ。私たちは、彼女にゲスト・ヴォーカルを依頼し、それ以降彼女なしにはやっていけなくなったのだ。
 曲目を眺めて見ると、少なくとも4曲、多分5曲くらいしか当時歌入りでライヴ演奏出来なかったわけだ。それは多分悪い兆候か?あなたが決めてくれ。
 聴くには奇妙なことと感じるか、当時から隔絶された今、あの10年を無視することは難しい。しかし、それはそうだったかも知れないが、このEPはスタート時点だったのだ。私たちはもう振り返らない、決して。
 加えて、この胎児のようなEPに、今回の再発に際して、Jens の加わる前の6曲のデモ・トラックを収録した。これらの曲の全ては後にアルバムに再収録されることになる、1曲だけ Moon's Polska を除いて。Stefan の作ったこの美しい小曲がなぜか-今の今まで!-ずっと忘れ去られていたのである。
 これは、私たちが、私たちの出発点となった形態でかき鳴らした音楽だ。このアルバムは、私たちの現在とは全く異なっている。しかし、Garmarna そのものであり続けている。」
 Enma に対する皮肉とも受け取れる文章である。

a0248963_1781948.jpg フル・アルバムとしては1stとなるのが、Vittrad 1993年から94年の録音。のっけから、Enma の硬質のヴォーカルに先導されて ヴィオラを中心とした演奏が繰り広げられる。この時、Enma は未だ18歳から19歳、恐るべき才能である。
 Hedningarna との違いは、パーカッションが民族楽器系統ではなくドラムであること、これによってぐっとロック色が強くなる。また弦楽器中心で、Hedningarna で荒々しい呪術性を付加していたウィロウ・フルートなどの管楽器による雑味の部分が無く、時にジューズ・ハープやハーディーガーディなどで荒々しさを感じさせることがあっても、全体にはすっきりした演奏が多いこと。ヴォーカルが、Hedningarna の場合、2人による合唱で、それも不協和音まで取り入れた濃い歌唱であり、加えてフィンランド語の日本語に近い発音の奇妙さがあった。これに対し、Enma の歌唱は非常に硬質の声質に加えゲルマン語系の特徴的な巻き舌であるため、かなりの違いを感じる。どちらが良いかは好みの問題だが、自分は Hedningarna 派かな。
 まだこのアルバムは、大半はアコーステック色が強く、ヴィオラ中心のインストルメンタル部分もかなり多い。3曲目などは、Enma の民族フルートの演奏なども聴ける。最後の数曲エレクトロニクスを導入したサウンドとなり、次作以降の展開を明示している。

a0248963_1784029.jpg 2ndが、傑作の呼び声も高い Guds spelemän 1996年作品。大胆にエレクトロニクスを導入し、Enma の歌唱を全面に押し出した、聴く者を圧倒する作品。それでも、アコースティック楽器の音もはっきりと聞こえ、ブレンド具合がちょうど良い。トラッドとオリジナルが違和感無く共存している。伝統音楽が現代音楽と直結しているのは、やはり西洋音楽が世界を席捲したせいか。
 Enma の硬い声(それでも前作に比べれば落ち着いた感じにはなっているが)で歌われる歌詞の凄いこと。たとえば、4曲目の Min Man (My Husband) などはこんな感じ。
 「わたしと踊っていた人、知ってる?/黄色の皮のズボンの人/けど夫は緑のズボンを穿いている/わたしの家まで付いて来た人、知ってる?/黒い皮のブーツを履いていた/けど夫のは茶色/わたしの膝の子供を知ってる?/山のマヤという名前なの/けど夫の子供はスティーナというの/わたしに喜びを持ってきてくれる人知ってる?/いまや彼は老いた、灰色になった/それでも夫は生き続ける」
 5曲目の Varulven (werewolf) はこんな感じ。
 「少女は、小屋から行こうとする/シナノキが森の中で揺れて音を立てる/そして小径を辿り青い森へ/愛の果実を運んで/青い森に着いたとき/灰色の狼に出会った/狼さん、わたしを食べないで/あなたにわたしの銀のガウンをあげるから/銀のガウンなんぞ結局は俺に似合わない/おまえの若い命と血でしかダメなのだ/~~~/少女はオークの木の高みに登った/狼は地面を這いまわり、遠吠えをした/狼はオークを根から掘り起こし/少女は心を引き裂くような叫びを発した/若い召使が灰色の馬に跨り/鳥が飛ぶより早く駆けた/そして森のその場所に着いたとき/血まみれの片腕以外何も見つけなかった」
 怖いですね、恐ろしいですね。北欧らしい暗さですね。

 
a0248963_1785673.jpg 3枚目が Vedergällningen 1999年作品。ジャズに近い雰囲気曲もありヴァラエティーも豊かになったが、民族色は若干薄まり、またエレクトロニクスの導入ももっと大胆になった。全体には、やや印象が絞り込めず、散漫な感じもする。ドラムなどもろ打ち込みに聞こえるものもある。この頃になると Enma のヴォーカルも堂に入ったもので、初期の硬質ななんか外れているんじゃない?なんて感じもなくなっており、Garmarna = Enma みたいな感じになってきている。
 歌詞は相変わらず、残酷。表題は英語では Vengeance 、復讐、報復、仕返しといった意味。長くなるので訳出はしないが、非常に残酷な仕返しを継母に行う物語。Enma は殆ど直立不動で、表情を変えずに歌うということだが(Youtube の画像にもそんなのがあった)、これは怖いよ、恐怖路線はそのまま、ということで。

a0248963_1791381.jpg 4枚目にして最終作(正式には解散はしてないようだが) Hildegard von Bingen 2001年作。Hildegard von Bingen は12世紀の修道院院長にして、最古の女性作曲家。この人の曲をアレンジしたもの。殆どエレクトロニクスの音がアコースティック楽器を追いやり、今までのアルバムと異なる印象で、さながら Enma の趣味がもろ出たという感じ。このアルバムを聴くと Rickard Westman がEP+で書いていたことを思い出す訳で、これ以降活動が細っていく理由もわかろうというもの。そういえば、Estampie も Hildegard von Bingen の曲で Materia Mystica (98年)というアルバムを作成しているが、これも大胆にエレクトロニクスを取り入れた Estampie らしくない作品で、ドイツ・アマゾンのアルバム・レヴューでも芳しい評価を受けていなかった。両者とも同じ過ちを犯したか。

 奇しくも Hedningarna と Garmarna 、同時期に活動を行い、ほぼ10年の活動を経てまた同時期に活動を停止したバンド、やはり90年代の時代を映していたのか、それはよく判らないが・・・。
 今回はちょっと長めで。もう少しコンパクトにしたいとは思うのだが。
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by ay0626 | 2012-05-19 14:09 | radical-trad

スイス、不思議の森のワンマン・バンド ニュークリアス・トーン

 皆様、2週間ぶりのご無沙汰でした。如何お過ごしでしょうか、などと気楽に書き出して見たが、今年のゴールデン・ウィークは50数年生きて来たうち、最低であった。ほんと、全く・・・最低。

 今年は、会社の休日設定の関係で所属ごとに休みを決められる日が数日設けられ、その関係で当方は9連休(4月29日~5月7日)と久々に長い休日となった。アメリカやイタリアのアマゾンに数枚のCDを注文しており、それが連休前か連休の途中(5月1日とか2日の平日)に着く予定となっていたため、CD聴きながら本でも読み、陽の当る部屋でゴロゴロ、なんて中年そのものの楽しみを夢想して、それなりに用事のあった最初の2日間を適当無事に過ごし、さて今日から休みを満喫・・・と思った途端、悪夢が始まったのである。

 朝は、そんなに痛くはなかった。朝食も普通に食べられたし、違和感なんぞ殆ど感じなかった。それが昼近くには相当痛くなった、糞ったれの 胃 が。昼食を食う気にもならず、ひたすら冷や汗をかきながら布団に転がっていた。夕方近く、あまりに痛みが強くなったため、救急病院を探して貰い、自分で運転をして病院までたどり着き、待つこと30分近く、それでも医者はこちらの痛みを無視して、病名も告げず「胃潰瘍に対応できる薬を処方しておきます」などといって「それじゃあ」など、腹立たしい対応に終始するのみ。家に帰り、早速処方された薬を飲み、また布団にひっくり返ったのである。

 半睡半醒で一晩を過ごすと、今度は強烈な吐き気に襲われた。これから7日間、ずっと強烈な吐き気に見舞われ、水を飲むのがやっとという、強制的拷問的なダイエット期間となる。好きな音楽くらい聴けるだろう、本を読むのは出来ないにしろ・・・などと思われるかも知れないが、とてもその気にならない、特に定形リズムなど耳に入ろうものなら、途端に胃が踊りだし、緑色の気持ちの悪い液体を体の外に追い出そうとするのだ。という次第で、何も出来ず、天井の模様をボケッと眺めているしかない、そのうち胃液がある程度溜まってくると、吐き気も強くなり、2時間程度の間隔でえずき、戻して、全部吐き出してしまうと、ある程度は楽になり、また30分程度の睡眠に入る、この繰り返し。何時起きているのか、何時寝ているのかも、そのうち判らなくなってくる。突風の吹き荒れた連休最終日は、何より殆ど1週間何も食べていないため、腹が空いている感覚と胃が萎縮している感覚が渦巻き、1日中えずいてばかり、出るのは涙と少量の鼻水ばかり、という悲惨さ。

 一晩、我慢に我慢を重ね、やっと平常に返る日となった8日、近くの評判の良い胃腸科に診てもらうため、朝9時前には保険証を持って、ヘコヘコと出かけた。そこで待たされること1時間半、元気そうなじいさんばあさんに先を越され、朦朧としながらも診療室へ。親切で丁寧な対応をしてもらって、点滴を受けると体も大分楽になった。点滴を受けながら、待合室で聴いた老人の会話を思い出していた・・・「体はそんなに悪くないよ、この歳だもん、もっと悪けりゃ寝とるよ」・・・悪くもないのに来て、苦しむ人が待たされる、そんなもんかいな病院なんて。
 翌日の胃カメラと内臓エコー検査を予約して家に帰ると多少とも落ち着いた。スポーツ・ドリンクで水分を補えるようになると、意識も少しははっきりしてくる、それでもまだ音楽はダメ。そうすると、今度は寝られなくなってくる、手足が若干震える。殆ど睡眠が取れずに、翌日病院に出かけ、呼び出に対して椅子から立ち上がろうとすると、目の前が真っ黒になり崩折れた。2時間病院のベッドに横たわり、点滴を打って貰い、胃カメラは諦めたものの内臓エコー検査と前日採られた血液の検査では異常のないことが判明し、幾分かはほっとして戻った。結局は原因、判らず終いということ。水曜日くらいから食事も少しづつ取れるようになり、金曜日には2週間ぶりに自分の足で外へ出て、20分ほど散歩をした、その日体が痛くなったのはそのせいか。読書も久しぶりに、一番好きな作家、三津田信三の「幽女の如き怨むもの」をゆっくりと、味わいながら読み進めた。

 今日はほぼ、まともにはなった。50男の悲惨な、1週間も延長したゴールデン・ウィークもそろそろ終わりを迎えようとしている訳だ。

 ということで、表題の Nucleus Torn 。実際のところ、木曜日くらいから随分と気分が改善されたので、到着したCDのチェックのため、1日2枚程度は聴いてはいた。あまり気分が乗らなく、掛けっぱなしにして、聴くともなく掛けている状態。
 しかし、今日は久しぶりに音楽を聴きたい!と思った。それで引っ張り出してきたのがこのスイスのバンド。条件として、リズムが強烈でないこと、暗いこと、生音中心のこと、メロディーがそれなりにしっかりしていること。これなら聴ける、聴き始めた。

a0248963_1603748.jpg Nucleus Torn は現在5枚のアルバムがあるが、無駄話が多かったせいもあって、今回は2枚のアルバムの紹介に留めたい。最初のアルバムが、Nihil 2006年リリース。レーベルは Tenhi と同じ、ドイツの Prophecy から。音の取り方や詰め方、特にヴォーカルの使い方なんかはかなり異なるが、全体的な印象的には近いものがある。
 37分ほどのごく短いアルバムであるが、音は各楽器ともクリアにくっきりと採っており、メロディーも印象的なものは少ないにしろ、十分聴かせる力がある。もともとこのバンド、Fredy Schnyder というマルチ・インストルメンタリストのワンマン・バンドといったところで、何人ものメンバーはクレジットされているが、あんまりスタジオ・ミュージシャンを使っても変わらないんじゃないかとも思う。構成力は優れており、各楽器のソロの置き方を見ても、ちゃんとその楽器の使いどころを心得ている、楽器の音をきちんと聴かせてくれる感じ。
 ドラムとエレキ・ギターが先導する部分は、昔のメタル時代の King Crimson 的で、ある意味それを狙っているのかも。静と動の落差が大きすぎるところなど、改善の余地がありそうだ。

a0248963_161294.jpg 2枚目が、Knell 2008年。収録時間も1時間近く、堂々とした大作志向が見て取れる。メタルな部分が前作よりもかなり増えており、ロック色が強くなった。このメタル部分は、ドラムとヴォーカルを除けば、Fredy Schnyder のギター・ベース・キーボードだけが残るので(他の生楽器が、例えばメタルCrimson のヴァイオリンみたいに活躍するわけではないので)、楽曲の中での部分ごとの乖離感があって、それはどうかなあ、といった感じ。また、エレキ・ギターの使い方では、クラスタ的な用法が多く、決して単音でのソロを取らないのも物足りぬといえば物足りぬ。
 クレジットされているだけでも、男女2人のヴォーカル、フルート、ヴァイオリン、チェロとフロントを張れる楽器があるのだから、とも思うのだが。ワンマン・バンドは、リーダーの考え方次第ということか。
 ちょっと厳しいことを書き過ぎたかもしれないが、全体としては、ピアノの使い方など印象的な部分も少なくなく、十分な聴き応えはある。メタル部分の扱いは Fredy Schnyder 自身にも迷いがあったのか、次作以降では、微妙に方向転換をしているように思う。

 2週間ぶりとなった今回のブログ更新、裏にはこんな悲劇があった訳。吐き戻した胃液が深緑で、それがスイスの暗い森の色を思い出させ、それで Nucleus Torn が出てきた訳では決してありませんので。それじゃあ、どうして Nucleus Torn だったのだろう、自分でも判らなくなってきたぞ・・・。まだ頭は少し混乱しているようで。
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by ay0626 | 2012-05-13 13:57 | folk