日常茶飯事とCDコレクション
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あれからどうなったのか スリーピー・ゴリラ・ミュージアム (2)

 あっという間に大晦日、1年過ぎるのは早いものだ。
 楽しいことがあったかと問われればそうでもなかった、悪い年でもなかった、そう忙しくもなかったし、暇で死にそうということもなかった。普通の年、まぁそんな年が一番多いのだろう、(去年みたいに)大きな不幸がなくて良かったね、そんな感じ。
 会社の最終日は久しぶりに遅くまで飲んで、ゆっくり飲んだせいか、それともよく喋ったせいか、気分は良かった。なかなかあんな日はない、心から楽しい日もたまにはあってよい、あって欲しい。

 1年の最後に Sleepytime Gorilla Museum 。解散してからもう2年近く経とうというのに、お約束の新作アルバムもアーカイヴ DVD も一向にリリースされない。Nyls 君と Dan 君は新たなグループを結成したというし、もう新作の件はアカンかも。ホーム・ページには『 Where are we? 』と一言掲示されるだけだし。

a0248963_14351949.jpg スタジオ録音の2枚目、Of Natural History、2003年~04年の録音。Carla Kihlstedt (vln, perc, autoharp, organ, vo)、Dan Rathbun (b, log, tbn, lute, vo)、Frank Grau (ds, melodica)、Matthias Bossi (tracks 3, 5, & 6 - ds, glockenspiel, xylophone, vo)、Moe! Staiano (metal, wood, perc)、Nils Frykdahl (g, fl, vo)。ちょうどドラムの交替( Grau → Bossi )時期が重なっている。
 コーラスを多用したサウンドは前作を引き継ぐものだが、もっとヘヴィーな感じがする。曲と曲の間をサンプル音(動物の鳴き声、人の喋り、人工音など)で埋めるように、またナレーションが入ることによって(何を喋っているかは判らないが)、全体が切れ目なく一つのに纏まっている感じ、コンセプト・アルバムかとも思うが、どんなコンセプトかは判らない。様々な打楽器と訳の判らない楽器の音が面白く、変拍子は相変わらずで、一層磨きが掛っている。
 曲1つずつ見れば、堂々とした Nls の独唱に始まり皆のコーラスも決まった1曲目から、現代音楽に近い感じの4曲目、7曲目、Dan のヴォーカルが独特な8曲目、大曲10曲目を経て、カントリー(オート・ハープとハーモニカ(?)の音のため)風の Nyls 歌唱の小曲11などヴァラエティーに富んでいる(隠しトラックの12は蛇足)。Carla Kihlstedt の活躍の場(ヴァイオリンが良く聴こえる、ヴォーカルも良く6曲目など最高)が前作よりも多い。

a0248963_14355444.jpg 多分最終作になるであろうスタジオ録音の3作目、In Glorious Times、2007年作品。ジャケットのデザイン、歌詞カードの表紙の5人のメンバーの写真からも判るとおり黙示録的な印象のある作品、2曲目の Helpless Corpses Enactment の歌詞はジェイムズ・ジョイスのフィネガンス・ウェイクから採られたもの。メンバーは、Frank Grau と Moe! Staiano が Matthias Bossi (ds) と Micheal Iago Mellender (g, tp, etc) に交替している。Matthias Bossi、 Micheal Iago Mellender とも曲を提供しており、5人のメンバー全員が作曲を行っているという珍しいグループ。
 緊張感が持続し、だれる部分のない非常に充実したアルバム、完成度の点で言えば、そうそうこれ以上の作品が出来るとも思えない。暗黒レコメン・メタルの極みといって良い。
 曲も1曲目から印象に残るメロディーが多く、特に3曲目の Puppet Show (Matthias Bossi の曲)の外れたような邪悪な感じや、4曲目の Formicary (Dan Rathbun の曲)の男女ヴォーカルの掛け合いから変幻自在の曲調、などなど聴き所も多い。また10曲目の The Widening Eye (Micheal Iago Mellender の曲)は、明らかに King Crimson の Larks' Tongues in Aspic Part 2 のフレーズが出てきて、彼らが何を目指したのか良く判る。

 終わり良ければ全て良し。今日はのんびりとした良い日で終われますように。今年、このブログの1ページでも読んでくれた人に、ありがとう。
 
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by ay0626 | 2012-12-31 11:31 | rock

その後のヘンリー・カウ 即興の鬼あるいは主張する人 カシーバー

 今年も残すところ数日、あんまり良い年でもなかったが、去年に比べりゃノー・プロブレム。年明けは体の調子が今一歩で、肉体が精神に与える影響とは大きなものがあると改めて思ったものだが、ゴールデン・ウィークの原因不明の胃痛を除けば、至って健康な一年であったように思う。大病を患うといろいろ悲観的なことを考えてしまう、しかしずっと考え続けることが出来ない性分なので、また諦めも良い方なので、後半に行くに従って調子が出てきた。調子というのは、心の持ちようのことで仕事の調子は関係ない。会社の仕事は、優秀な部下たちが殆どこちらの手を煩わせずに片付けてくれるので、あまり気にしたことがないのだから。同じような職位にあっても、自分で片付けないと気が済まぬ人たちは可哀想だ、あまりに背負うものが大きすぎると嫌になる。お気楽な自分は、お陰で髪の毛が少なくなるようなこともない。
 世間では様々な事件があり、経済や政治が大きく変わった。日常のレヴェルで感じることは少ないのだが、それでも連日何やかや新聞を賑わす大きな出来事があったように思う。あれだけ凄惨な死体が出た尼崎事件の鬼畜婆さんはあっさり死んでしまうし、富山県では警部補の職位にある人が放火殺人をしちゃったなぞ、信じられないような出来事もあった。民主党はあっさりと崩壊してしまうし、日本未来の党はこれも1か月で消滅、社民党のおばさんと自民党の元幹事長が並び立つわけもなく、滋賀県知事が大見得を切ったのに、庇を貸して母屋を取られる典型的な姿を晒してしまった。新聞を読んだら反原発しか書いてなくて、それが民意みたいに言われていたが、原子力を止めると宣言しなかった唯一の政党である自民党があれだけ大勝したのは、何故なんだろう、新聞のほうが民意を無視していたのか。
 別にこうした世の中を憂いている訳ではない、殆どが面白半分に見ている。かといって斜に構えている訳ではない、それなりに真面目に生きていると思っている。そんなのが大方の普通の人の態度、自分に近い考えの人も多いのではないか。

 音楽では、チェコとハンガリーのバンドに手を出して、なかなか面白かった。そういえば、頼んでおいたチェコのバンドの CD が昨日やっと到着し(クリスマスの関係か、いつもより5日は余計に時間が掛った)、7枚のうち2枚ほど聴いたがこれがなかなか変で良い。もう少し聴き込んだらまたレヴューでも書こう。
 amazon の音楽のページを何気なく見ていたら、Wayne Shorter の Moto Grosso Feio が正規盤で出ているではないか、吃驚して急いで注文してしまった。69年から70年に掛けての3部作がこれで揃うことになる、じっくり聴こう、非常に楽しみ。

 年末の忙しい時期に聞くような音楽では決してないと思うが、Henry Cow の思想的な屋台骨、Chris Cutler のユニット Cassiber のご紹介。Cassiber は、1982年、ドイツのアヴァンギャルド・デュオ(キーボードとサックス/ブラス)にギター/ヴォーカルと Cutler が加わって結成された即興主体の音楽集団、なかなか根性の据わった音楽を聴かせる、今回は即興主体の初期作2枚。

a0248963_18431538.jpg 1982年、Heiner Goebbels(kbd)、Alfred Harth(sax, tp, tb)のドイツ人デュオ・チームに同じくドイツ人のギター/ヴォーカルの Christoph Anders 、Chris Cutler が加わり結成。最初の作品は、Man or Monky 、ドイツのレーベル Riskant から12インチ・シングル2枚組として発表された。Goebbels / Harth のデュオは、これまでに何枚もアルバムを発表しており、特に Goebbels は現代音楽畑でも有名な人である。この2人と Anders に Cutler は1977年、the So-Called Left-Radical Brass Band というバンドを通して知り合ったとのこと、如何にもな名前のバンドではある。Harth と Anders は79年にはフランクフルトでパンク・バンドを作ったこともあるらしい。
 Cassiber の音楽は、Man or Monky のライナーに書かれていることが本当だとすれば、全て即興であるらしい。作曲されているといわれれば、頷いてしまいそうになるほど、メロディー的なものもあるし。ヴォーカルも叫んでいるが、全くただ叫んでいるのとは違う、音楽として成り立っているように思う。これだけの即興をやるとなると、相当に相手の出方を伺い注意深く、それでも瞬時に対応しないと出来ない、大変なことをやったもんだと思う出来である。特に、Harth のサックスとブラス、ありきたりのフリーキーな音に頼らず、ユーモアさえ感じさせる大らかな音色を響かせるところなぞ、特に良い。
 一聴、スピード感溢れるパンクにフリー・ジャズをまぜこぜにしたような音楽。なかなかの傑作といってよい。

a0248963_18433295.jpg 次は、Beauty And the Beast 、1984年作品。ReR Megacorp からのリリース。この作品から歌詞は Cutler のペンによる。9曲目(Und Ich Werde Nicht Mehr Sehen)はアイスラー/ベケット作品、11曲目(At Last I Am Free)はエドワーズ/ロジャーズによる有名曲(Wyatt も歌った)、パンク風の歌唱だが。クレジットはないが、8曲目は Ayler の Ghost がはっきりと聴こえる。13曲目は CD のみのボーナス。
 前作が緊張感に溢れた傑作だったので、それに比べるとやや緊張感に欠けるところあり。テープの多用も若干気になるところではある。しかし、ここでも Harth のサキソフォンが良い味を出している、Ghost のメロディーなんか非常に抜け抜けとした良い感じである。

 Art Bears の後に Chris Cutler が本格的に関わったバンド。思想的にも近い仲間だったようだが、この2枚で Harth は脱退し、この後の作品は、Harth が担っていたユーモア部分(というかホッとできる部分)が失われ、また Goebbels による作曲がなされるようになって、タイトな感じではあるが厳しさを増すようになる。残る3枚は別の機会に。

 正月にブログを書き始め、もうじき1年。飽きっぽい自分には驚異的な持続力である。文章書くのは、案外好きなのかも、『下手の横好き』という言葉が直ぐに頭に浮かんで仕方がないが。
 
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by ay0626 | 2012-12-29 17:26 | rock

寄せ集め あるいは レア・トラック集 エリック・ドルフィー (2)

 1年過ぎるのが段々早くなっているように思える。誰かがいっていたが、人生の中の1年を考えると、例えば10歳の子供なら10分の1、50歳のオヤジなら50分の1となり、相対的に短くなる、これが1年の早く経つ理由というのだ。確かにそうかも知れない、この歳になれば仕事でも遊びでも、大抵は過去にやったことのある、ないしは経験した事柄から類推できることばかり、新しい事象の発見など滅多にあることではない。子供の頃はどうであったか、今まで体験したことのない事柄に触れることが何倍もあったはずだ。 学生時代だって、考えてみれば何でもが新鮮だった。音楽だって殆ど聴かなかったジャズや現代音楽に惹かれたし、読書だって様々に乱読して新しい知識をつけることが出来た。
 それが今ではどうだ、新たなバンドを見つけても、あぁこのバンド、あのバンドの音にそっくりだ、似ている、ミステリを読んでも、このトリックあの作家が使っていたものの使い回しか、など知識が邪魔をしてしまって、素直な、いわば場当たり的感興みたいなものを感じられなくなってしまった訳。そうした驚きがなくなって、必然的に1年は短くなる。
 仕方ないといえば、その通りなのだが。そうしたことで、知的(痴的)スノッブとなる、衒学をひけらかして相手を煙に巻く技術は上達したようだ。

 ということで、今日は短く。Eric Dolphy の寄せ集め作品集を2枚。

a0248963_17302822.jpg 先ずは、Candid Dolphy 、1989年にリリースされた作品だが、録音は60年10月から61年4月にかけて。Candid レーベルの Charles Mingus や Max Roach のリーダー作の別テイクで Dolpy のソロがフューチャーされた曲を寄せ集めたもの、8曲65分ほど。
 例えば、3曲目や5曲目などヴォーカル (Abbey Lincoln) が入る曲まであるが、録音状態・レベルにばらつきがなく、比較的纏まった印象。最初の Mingus の曲から、アルトサックス、フルート、バスクラリネットを吹き分け、続く2曲目もアルトサックスの長いソロが収められている。どれも一聴 Dolpy と判る音を出すところは凄い。
 かといって、このアルバム、さほど聴く訳ではない、やはり Dolphy の音を楽しもうとするならやはり彼のリーダー作を聴くべきであって、こうしたアウト・トラック集はあくまで熱心なファンかコレクターだけ聴けば良いのではないか。しかし、2曲目 Stormy Weather のアルト・ソロは聴き応えあるけれど。

a0248963_17305499.jpg 次が、実験作とも言うべき Other Aspects 。1987年に Blue Note から出た作品集で異色中の異色作。3つのセッションから構成されている。
 先ず、1曲目 Jim Crow は、Eric Dolphy (as, bcl, fl)、Bob James (p)、Ron Brooks (b)、Bob Pozar (d, percussion)、David Schwartz (vo) というメンバーで1964年3月に録音されたもの。ヴォーカルはカウンター・テナーで一聴女性と間違えるような声、途中ジャズらしくなるところはあるのだが、基本は現代音楽風のインプロヴィゼーション。Dolphy は、アルトサックス、バスクラ、フルートを持ち替え、荒々しさ、優しさなど様々な表情を描出する。こんな感じの曲(即興)を集めた作品集を作ってくれれば良かったのに、と思ってしまう。生前に発表された作品にはここまで踏み込んだ演奏はなかった、正にもう一つの側面(Other Aspects)というべき作品。
 2つめのセッションは 1960年11月の3曲。2~4曲目の Inner Flight, #1、Inner Flight, #2、Dolphy’n 。Inner Flight, #1と#2はフルートのソロ、Dolphy’n は、Ron Carter (b) とのデュオ、いずれも高低差の激しい、奔放な Dolphy の音が聴ける。この時のセッションには、もう1曲 Carter とのデュオがあるようだが、イタリアのブートに近い盤でリリースされただけで、その後に収録されたことはないようだ。
 3つめのセッションは 1960年7月の Eric Dolphy (fl)、Roger Mson (tambura)、Gina Lalli (tabla) というトリオのインド音楽、Improvisations And Tukras。タブラ奏者の掛け声が煩い感じがするが、Dolphy のフルートはインド音楽に違和感なく溶け込んでいる、まるでバンスリのよう。
 こうしてみると、Dolphy という人、音楽の幅は相当広かったようで、本当にもう少し長生きしてくれれば、アッというような音楽を作り出せたのかも知れないと思う、残念。

 年末の3連休、用事も少なく、パチンコをかなりやりました。やり狂っていた昔と違い、金を使っても5,000円以上になることはなく、2時間も我慢が出来なくなって、ほんの暇潰しには「持って来い」の娯楽となった。時間の無駄遣い、いえいえ、ボーッとする時間も貴重。
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by ay0626 | 2012-12-24 16:13 | jazz

弦楽四重奏もそんなに退屈ではない クロノス・カルテット (2)

 年賀状の準備が出来て、ポストに投函した。ほんの20枚ほどのものだが、億劫なものではある。この何年かは、息子に頼んでコンピュータの賀状製作ソフトで作ってもらい、宛名もメイン・デザインもこちらの名前も書く手間がなくなって、後は数行手書きをする程度なのだが、それでも気が進まない。もともと、済んだことはあまり気にしない性質で、過去の柵(しがらみ)で年賀状のやり取りが続くのだから、多分そんなところが嫌なんだろうと思う。事実、年賀状をやり取りしている人たちとは何年も会っていない、会いたいか、と問われれば、会いたくないとはいわないけれど、是非とも会いたいという訳ではない。会ってどんな話になるのだろう、などど会う前から考えなくてよいことまで考えてしまうからか。尤も、そんなことは杞憂なのかも知れない、今年の夏、旧友に6年ぶりに会って、何の話をしたのかよくは憶えていないのだが、それでも思い出話を中心に話題の切れることはなかったのだから。
 会社関係は殆ど出さない、20年ほど前、虚礼廃止の掛け声のもと、いの一番に槍玉に上がったのが年賀状。数日の休みが明ければ嫌でもまた顔を会わせる訳だから、当然といえば当然の虚礼なのだろう、これが定着したのは本当に良いことのように思える。日本郵便は、日本の良き慣習、とコマーシャル・メッセージを打つが、これもそのうち廃れていく慣習となろう、郵便会社職員の皆さんは年賀状ノルマが大変だと聞く。
 自分の父親も大分草臥れてきて、頭も若干呆けてきている。昨年、一昨年くらいから、父親宛の年賀状の添え書きに「高齢のため、ことしで年賀も最後としたい」と書いてくる人も増えた、なかなか潔いと思う。多分父親も自覚を持って年賀状に字がしたためられるのも今年が最後だろう、同じようなメッセージを書けばよいと、見本を書いておいた。

 今日は、凄く寒くなるといっていたが、日中は陽の光も優しく、良い冬の日という感じ。朝掃除をして、ちょっとした片付けを終えるともう後はボケッとするだけ。こんな日は、ミニマル・ミュージックでも・・・と引っ張り出してきたのが Steve Reich の Different Trains/Electric Counterpoint 。ついでにあと2枚を加えて、Kronos Quartet の第二回。

a0248963_1835997.jpg Steve Reich の Different Trains/Electric Counterpoint 、1989年作品。Kronos は Different Trains という3つの楽章から成り立つ27分程度の曲を演奏している。
 この作品集、非常に世評に高く、ロサンジェルス・タイムズの選ぶクラッシク25選の16位に選ばれ、またグラミー賞の最優秀現代音楽作曲賞にも選ばれている。確かに、汽車の効果音と人の声の繰り返しによる、ビートといっても良い歯切れの良いリズムとミニマル感は、ついつい聴き入ってしまう気持ちの良さ。Reich が現代音楽の中で特に良く売れるのも首肯できようというもの。
 併録されている Electric Counterpoint は、Pat Metheny によるギターの多重録音作品。ミニマルの典型のような作品で、非常に聴き易く気持ちの落ち着く作品。Pat Metheny は、ジャズ・ミュージシャン、ECM や Electra などのレーベルで活躍している。どうも Bill Frisel と混同してしまって困る(のは、自分だけ?)。

a0248963_1842138.jpg 同じく1989年の作品が、Terry Riley の Salome Dances for Peace、2時間にも及ぶ長大な作品。 音楽の専門家でもない自分にとっては、あまり面白みを感じない作品(普通の弦楽四重奏との違いが判らない)。Riley の作品では CBS(メジャー・レーベル!)から出た A Rainbow in Curved Air (1969年)や Shri Camel (1980年)などのイカれたヒッピーおじさんのころの作品が好きで、テープ・ループにサキソフォンを延々と吹き続ける(演奏をテープに録音し、それを流した上にまた音を重ねるといった方法で)、危ないクスリなぞ使っていれば、必ず異世界へぶっ飛んでいってしまうような怪しい魅力が満載だった。しかし、90年頃になると、管弦楽やこうした弦楽曲も作曲するようになって、パフォーマーの側面がなくなり、落ち着いた感じの(本当はどうだか知らないが)現代音楽作曲家になってしまったように思う。1935年の生まれだから、90年といえば55歳、落ち着くには妥当な年齢ということか。
 表題の Salome とは、新約聖書に出てくる女性の名前。祝宴での舞踏が上手かったため、その褒美に何が良いか聞かれ、「預言者ヨハネの首」と答えた。そのため、哀れ預言者ヨハネはお盆の上に首を晒すことになったのである。これは、なかなか衝撃的シーンゆえ、様々な絵画に描かれたが、それ以上に有名なのがオスカー・ワイルドの戯曲、その背徳性ゆえに暫く上演できなかったという(因みにこの作品、フランス語で書かれた、英訳を担ったのがワイルドの同性愛相手であったのは有名な話)。出版された本の挿絵が有名なビアズリー、自分など ’サロメ' といえばこの白と黒だけで構成された絵を思い浮かべてしまう。

a0248963_1844740.jpg 次が 1990年の Black Angel 。表題曲の Black Angel は、Kronos Quartet のリーダー David Harrington に、この曲のため弦楽四重奏団の結成を決意させたものとして有名。
 Black Angel は George Crumb (1929年生まれ)の18分ほどの作品。非常に暗く重いイメージの作品で、サブ・タイトルが "Thirteen Images from the Dark Land" という、地獄の底から沸き立ってくるような音。もともとが ’electric string quartet' のための曲、音にもかなりエフェクトが掛っていたり、人の声も多用されている、いかにもの現代音楽。
 次の Spem in Alium (Thomas Tallis) は16世紀の作品のようで、Kronos 自身が編曲したもの、現代音楽と古楽に近い作品を並べるのはいかにも Kronos らしい。 他には、ハンガリーの作曲家 István Mártha(この曲も泣いている人の声が入っている、題名が Doom. A Sigh だもんなぁ)、アメリカの前衛作曲家の Charles Ives(古いピアノと歌の録音に Kronos の演奏を被せている)、そしてソ連を代表する作曲家 Dmitri Shostakovich の作品が並ぶ。前衛と落ち着きが交差する作品集。こうしたごった煮的なヴァラエティーは、Kronos を聴く楽しみの一つ、単一作曲家の作品集では飽きてしまうこともあるが、こうした作品集にはそれがない。

 ちょっと民族系の演奏家ばかり聴いていたので、耳直しに。耳が曲がったのか、といえばそうではありませんが。偶には、長く聴いていない CD でも。
 
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by ay0626 | 2012-12-23 16:09 | 現代音楽

衝撃の1964年、スピリッチュアル・ユニティとその前夜 アルバート・アイラー (3)

 やっぱり、選挙は酷い結果だった、前回民●党に投票しにいった人が今回は棄権するか第三極と呼ばれる有象無象に票を入れ、自民党は獲得票数が変わらないのに歴史的大勝となった訳。まぁ、この3年余りの迷走に次ぐ迷走、最愚宰相が2代も続けば、その結果はこんなところとも思ってしまうのだが、しかしその果ては、『お腹痛い』と一年で政権を放り投げた首相の再登板、漫画ばかり読んで頭の中身が疑われる首相経験者が財務大臣、権力闘争に敗れ続けた元総裁まで入閣の噂、これじゃ『昔の名前で出ています』内閣。取り敢えず頑張って頂くということで、期待はしないけど、税金だけは大切に使って下さい。
 それでも、野●元首相はどんな気持ちなのだろう、ちょっとは興味がある。自爆テロだとか言ったバカな元文部科学大臣もいたのだが、ホント完全落選で良かった、あんたも首相に選んで貰った訳、批判だけでも封印するのが人の道ってもんだろう。

 年末も近くなり、ヨーロッパはクリスマス・シーズン、そのせいかチェコのレーベルに注文したCDがなかなか到着しない。12月11日付けで「発送完了」のメールが着ていたので、そろそろだとは思うが。年末は、何があるわけでもないのに、何か慌しい感じがする。この時期の3連休はあまり楽しくはない、小学校・中学校はこのまま冬休みに突入なので開放感が大きいのかもしれないが、生憎大人はそういうわけにも行かず、何かやらなきゃならないが、未だ年末準備をする時期でもない、非常に中途半端な感じ。そうしてみると、昭●天皇は良い時期にお生まれになった、あの方がいなければゴールデンウィークも今のような形にはならなかったのだから、それだけでも大したものです。

 久しぶりにジャズ、Ayler の Spiritual Unity でも。何といっても自分のジャズ歴は Weather Report と Albert Ayler から始まる。やはり、主流のジャズは面白くなかったし、今でも余り聴こうとは思わない。Miles Davis は、最近でこそ良く聴くが、ジャズを聴き始めた頃は彼の音楽は退屈で仕方がなかった、尤も今でも新クインテット以降しか聴かないので、あれが当時のジャズの主流とは思わないが。やはり、衝撃が最も大きかったのが Ayler 、Taylor もそりゃあ凄いと思ったが、サキソフォンの衝撃度はピアノの衝撃度の何倍もあったということか。

a0248963_2095956.jpg 1964年6月14日、ニューヨークの Cellar Café でのライヴが Prophecy 、Ayler の死後1975年になって発表された作品。Spiritual Unity のほぼ1か月前の録音で、Spiritual Unity の方法論は完全に確立されている。Ayler は、フリーの典型のように言われるが、例えば Coltrane や Pharaoh Sanders のように咆哮するような吹き方は少なく、ぐにゃっと曲がったような泣くような感じの演奏が多いように思う。陰に籠ったというわけではないが、外に発散するようなところは少ないように思うのだ(この時点では特に、後期に行けば、死の直前期などは随分ふっ切れた感じがあるのだが)。
 この時のメンバーは、いわずと知れた黄金のトリオ、Albert Ayler (ts)、Gary Peacock (b)、Sunny Murray (ds)。Murray のどしゃどしゃとした特徴的なドラムが印象的であると同時に、ああ Ghost はこのドラムじゃないと、といいたくなるというもの。Peacock は、今となっては Jarrett Trio の名ベーシストということなのだろうが、ちょっと違和感有り捲くり、変節のようなものを感じてしまうのは、ただ自分の Jarrett 嫌いのせいか。でも、あのグレン・グールドを真似たとしか思えないクラッシクかぶれの芸術家さんはどうしても好きになれないのです。
a0248963_20102933.jpg この Prophecy の増補盤が 1996年にドイツでリリースされた Albert Smiles With Sunny。この CD、かなり博捜したものの手に入れることが出来ず、かなり悔しい思いをしたが、後に出た10枚組アーカイヴ、Holy Ghost に増補部分が全収録されることになり、聴くことが出来るようになった。この部分は、Albert Smiles With Sunny と曲表示が異なっている模様。ちなみに、ドイツ盤は、Sweet: first variation (6:29)、Ghosts: third variation (10:20)、Truth Is Marching In (10:53)、No Head (6:44)、Sweet: second variation (9:22)となっているが、アーカイヴでは、Spirits [incomplete] (6:38)、Saints (10:32)、Ghosts [incomplete] (10:56)、The Wizard (6:51)、Children (9:05)、Spirits [theme] (0:28)となっている、いかにも曲の題名に拘りのなかった Ayler らしい感じではある。

a0248963_2011668.jpg そして、同年7月10日、傑作 Spiritual Unity 録音。ESP レーベルの名を一躍世に知らしめた作品。テナー・サックスを持ち走っているような男を描いたジャケットの素晴らしいこと。
 35年ほど前に聴いたとき、初めて思ったことは「こんな雑音、金払って聴く奴がいるんだ」。それが、数回我慢して聴くうちに「ああ、フリーって気持ちがいいんだ」に変化する。馴れというのは恐ろしいもんで、今では全然平気、むしろ、時間が経つと、Peacock のテナーへの合わせ方とか、ソロの取り方とか、Murray の唸り方とか細かい点も聴き込むようになって、それは良い音楽経験であったと思う次第。これを基にヨーロッパ・インプロから一部のノイズ・ミュージックまで聴けるようになっていく、しかしノイズ・ミュージックは余り必然性を感じられないものも多いが。
 このアルバム、何度もレーベルを変えリリースされてきた、殆ど入手不能になる時期もなかった。これほどの名盤(?)でも不思議なことがあるようで、それは3番目の収録曲 Spirit のヴァージョン。今流布しているのは6分52秒のヴァージョンだが、1964年の初リリース時は7分50秒のヴァージョンだったという。この二つのヴァージョンを初めて収録したのが、1993年に徳間ジャパン傘下のヴィーナス・レコードからリリースされたもの、自分が持っているのがこれ。例えば、Coltrane の Ascension にも2つのヴァージョンがあったように、稀には同じレコード番号でもこうした違いがあるようだ。Ascension は、この事実が明らかになって以降、幸い CD なら2つとも収められる演奏時間なので、両ヴァージョンとも収録されているようだ。しかし、Spiritual Unity に限っていえば、これ以降2つのヴァージョンを収めた盤はない、これはどういうことなのだろうか、不思議だ。
 もうひとつ、収録曲の4番目 Ghost : Second Variation の途中に入る ’ピー' という音。この音、昔の盤には入っていた、自分の持っている盤も同様。しかし、最近の盤には入っていないという。かなり気になる音なので、消せるものならもっと早く消すべきだったのではなかったか、不思議だ。
 ということで、35年間、年数回程度は聴いています。

 Ayler は、歴史に埋もれることもなくリリースされ続ける。ほんの短い人生だったが、音楽家としての名前は長く残っていく、それはそれで幸せなことなのだろう。
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by ay0626 | 2012-12-22 17:04 | jazz

変拍子とおちゃらけスキャット&コーラス ウズ・イスメ・ドーマ (2)

 朝早くから選挙に行ってきた、じじい・ばばあが暇なのか沢山いた、こっちもじじい・ばばあの類か。今日は、夜8時寸前になるとテレビは軒並み特番、そう面白い訳じゃないがついつい見てしまう、マラソン中継みたいなもん。それでも前回の総選挙から早くも3年3か月が流れた、東日本大震災で世の中変わるかと思ったが、そうでもない(被災者の方々は気の毒だが)、2001年のニューヨークの特攻テロでも世の中が変わると思ったものだが、日常性の強固なことといったら、余程身近で起こらない限り、どんな大事件・大事故でも対岸の火事となってしまうようで。
 そういえば、うちのお袋がいっていたが、お袋は田舎の出身で、太平洋戦争当時は10歳になるかならぬかの頃、特段腹を空かせることもなく、遠くに多分米軍の飛行機が飛んでいくところを見た程度、そんなに生活が変わったということもなかったらしい、太平洋戦争でも田舎の日常性には大きく楔を打ち込むことはできなかったということ。所詮空襲にあったり、食料品がなくてひもじい思いをしたのは、都市生活者のみであった訳。戦後の方が、過疎が進み様変わりだったよう、変化の起こる理由は地理的な理由、経済基盤の問題が基礎にあって、一律に万人に起こることはない。当たり前のことだが、今回一番大きな変化を蒙るのは、失業者となってしまう元先生方、せいぜい自分の胸に手を当てて、この3年間何をやってきたのか、何をしなかったのか考えて戴きたいもの。

 先日も書いた Makám の Approaches というアルバム、やはりエストニアのネット・ショップから入荷に至らず、ということで返金された。こんなことだろうとは思っていたが、ちょっと時間が掛り過ぎ、ヨーロッパ人らしい気長さ、悠長さというべきか。代わりに某音楽マーケット・プレースで出物があったので、そちらに注文を入れた、ここは在庫を確認して連絡してくれるので、そこは安心のはず。一時のユーロ安が一服して、格安とは行かぬまでも3,000円に至らぬ値段で購入できれば安いもの(日本アマゾンのマーケット・プレースでは7,000円近い値段が付いていたので)、しかし在庫ありの連絡と同時に送金してから既に一週間近く、ステイタスが『発送準備中』のままになっていて、一向に『配送済』にならない、これも大丈夫か知らん、と若干不安、もう2~3日経ったらまた英作文でもしようと思っている、面倒だなぁ。

 ということで、近頃通勤のお供の一角を担っている Už Jsme Doma の2回目。嵌ると気持ちが良いチェコ音楽、字余り言語がクセになります。Wanek おじさんの変てこスキャットにメンバー全員がコーラスで応える構成の曲が多く、笑えるというか何というか。人口1,000万人の中欧の国、そういえば2006年に出張でいったことがある。ポーランドからスロヴァキアを経てチェコへ、チェコ第3の都市オストラヴァという街で泊まったのだが、泊まったホテルその街では良いほうとのことだったが、シャワーから茶色い水が出てきたのと余り温度が上がらぬのには閉口した。チェコもスロヴァキアもなだらかな丘陵地帯が多い印象しか残っていない。

a0248963_17464732.jpg 4枚目が、1995年作の Pohádky ze Zapotřebí (Fairytales from Needland)。メンバーは、Jan Cerha (b, vo)、 Milan Nový (ds)、Romek Hanzlík (g, vo)、Jindra Dolanský (ts, vo)、Miroslav Wanek (g, p, vo)、Martin Velíšek (brushes)、ベースとドラムが新メンバーに交替している。音楽の面では前作を引き継いでいて、変拍子にスキャット、それに呼応するベタなコーラス、特段に変化しているところはないのだが、音が全体的に籠り気味でやや不満。彼らもそう思ったのか、2012年の最新作は本作の再録音となっている。
 ジャケットは、相変わらず凝っていて、広げるとジャケットの9倍の大きさに。青と緑を基調に、中央下部に軍服に銃を手にしたメンバーが並び、その前には頭だけ人間(Wanek おじさん?)の動物の姿。中央には池があり、ジャケットにも付いている河童のような異星人(?)、遠くにファーストのジャケットのような一軒家、というイラスト。変な音楽にジャスト・フィットといったところ。

a0248963_17471128.jpg 5枚目は、Jaro, Peklo, Podzim, Zima (Spring, Hell, Fall, Winter)、1996年。メンバーは前作と同じ。アウレル・クリムトという1972年生まれのチェコのアニメ作家の作品のサントラとして録音された作品、30分程度の収録時間。サントラということもあって、いつものような歌詞を伴う作品はなく、殆どがインストルメンタル、ヴォーカルが入るにしろ歌詞を伴わないコーラス曲のみ。他の作品に比べると若干大人しいというか、行儀の良い感じではある。
 ジャケットはデジ・パックだが、内側の2つの絵は凄く不気味、Martin Velíšek がチェコの現代絵画の中で評価されているのも頷けるというもの、何か黙示録的な雰囲気を醸し出す、一見の価値あり。

a0248963_17474043.jpg 6枚目は、初ライヴ作品 Vancouver 1997、1999年発表。1曲目から13曲目までがヴァンクーヴァーでのライヴ、1997年11月録音、メンバーはギターが Radek Podveský、ベースが Jan Čejka、ドラムがPetr Böhm ということでリズム隊が大幅に交替しているが、Wenek ~ Dolanský という作曲グループは不動のため、大きく演奏が変化することがない。14曲目はワシントンDCでの、15曲目はミネアポリスでのライヴ、何れも1996年6月録音。13曲目までは非常にクリアに音が取れており、コーラスもバランスよく、彼らの変化に富むダイナミックな演奏が見事に収録されている、この演奏を聴けば彼らのテクニックが尋常ではないことが良く判るし、バカやっているなぁ、というのも大いに頷けようというもの。それに対し14、15曲目は、明らかに音質的には落ちる、ブート並みといってもいいくらいの音質、演奏は決して悪くはないのだが、続けて聴くと聴くのが辛くなるほどの出来。14、15曲目をオミットしても充分な収録時間になるのに(全体の収録時間が72分余り、14・15曲で15分半ほど)、どうしてわざわざこんな形にしたのだろう、疑問に思う。13曲目までは良く聴きます。
 なお、本作、単独作品としては現在廃盤となっている。アメリカ盤ではファースト(Uprostřed slov)にオマケとして付いている、これも廃盤かも、マーケット・プレースではそんなに高くない値段で売っています。

 今日は暖かく、選挙日和といったところ、自分の一票で大きく変わるとは思わないが、何もしないのも気が引ける。せめて自分の考えに近い政党に入れようとは思ったが、なかなかこれは!と思えるところがなくて、それでも、えい!やっ!と。
 
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by ay0626 | 2012-12-16 15:53 | rock

ハマるとクセになるチェコ歌唱 トラバント (2)

 デブで保健指導の対象となっている。食べる量は若い頃に比べ、半減とはいかないもののかなり少なくなっている(少なくしようとしている訳でなく)にも関わらず、体重の方は減ってくれない。運動量が激減し、それに伴って基礎代謝も少なくなっているためか、何とも仕方がないのだが、やっぱり健康診断でなんのかんのいわれるのは面白くないので、何らか手は打ちたいのだが・・・。
 と思っているうちに年末、忘年会の季節になった。昔ほど忘年会をやろうという人がいなくなったのか、声を掛けられることは多くはないのだが、普段に比べれば相当な回数、外食することになる。家庭の教育のせいか、生来のいじましい性格からか、出された料理を残すということが出来ないので、体重にとっては良くない季節であることは間違いない。そして、正月が続き、寒さが厳しくなれば自ずと外に出るのが億劫になり、休みともなれば家でゴロゴロが定番になる、そして悪循環は当分の間続くのである。

 と下らない話になった。先日も書いたが、気力減退のせいか、近頃は通勤では音楽を聴くのみ、本を読むなどの能動的な行為が出来なくなった。通勤で聴く音楽は、変ではあるが Už jsme doma と今回取り上げる Traband が中心、チェコ語のまったり感というか字余り感が非常に気持ちが良い、ハマるとついつい聴いてしまう、通勤という中途半端な感じにジャスト・フィットなのである。
 ついでに、同じレーベルで出ている Květy というバンドまで手を出してしまった、そのうち届くと思うので、紹介するだけの面白さがあればここで取り上げることになると思う。

 ということで、今回は Traband の2回目。金管 + バンジョーという編成の2005年作品まで。

 Traband とは、東ドイツの自動車の名前を捩ったものではないか。Traband のホーム・ページを見ると表紙ページに巻貝と自動車が合体したようなイラストが蠢いているが、この自動車の顔つき(というか何というか)が Trabant という自動車の顔つきにそっくりなのだ。Trabant とういう自動車は、東ドイツのVEBザクセンリンクという会社が作っていたもので、顔つきに非常にユーモアがあって、1958年の登場から1990代初頭の生産中止まで、殆どモデル・チェンジをしなかった。共産圏ではポピュラーな車であったよう、今でもそれなりの人気があるのだとか。
 Trabant という自動車が持つユーモアと非効率性(共産圏の生産物は何かしらの非効率性を抱えていたように思う)が、このバンドの音楽に良く合っている(音楽の非効率性って何だ、といわれると困るが、例えばエレキ・ベースを使わずにチューバを使うようなところ)ように思うのだ。

a0248963_15535480.jpg ということで、2004年発表の4作目、Hyjé! (Giddy up! ~ 目が廻る!)。メンバーは前作と同じく Jarda Svoboda (acc, g, vo)、Evžen Kredenc (banjo, vo)、 Jana Modráčková (tp, vo)、 Robert Škarda (tuba), Jakub Schmid (euphonium)、Petr Vizina (ds)、ゲストでヴァイオリン、ティン・ホイッスル、アコーディオンが加わっている(12曲目のみ)。5曲目で久しぶりに Svoboda 兄さんがクラリネットを吹いている。
 ジャケットには馬に乗る兵士の金属像、題名も暗示する通り、かなり元気でノリのよい音楽、6曲目のコーラスなんか若干勇ましい感じでもある。また、トランペットのお姐さんが歌う7曲目なども良い。ちょっとその分、哀愁部分が若干後退しているか、それでも10曲目以降の数曲にはかなりノスタルジックな感じがある。楽器の持ち替えも多く、前作までに比べると演奏がカラフルでヴァリエーションが豊富になったように思う(歌詞ブックレットの最終ページにインストルメンテーションの記載があるのだが、チェコ語の記載なので正確に把握できているか疑問。そういえば、本作に限って歌詞ブックレットに英語の対訳が付いている、次作 10 let na cestě にはチェコ語の歌詞しか載せていないのに)。
 全体に、印象的なメロディーを持つ曲が多く、Anděl (Angel) というチェコの音楽賞(グラミー賞みたいなもののよう)を受賞し、テレビなどに出演する機会も増えたとか。自分も気に入っているアルバムである。

a0248963_15544510.jpg 2005年、バンドの10周年を記念したライヴ 10 let na cestě (10 years on the road ~ 途上の10年)を発表。前作と同じメンバーに、数人のゲストや昔のバンドメンバーが加わっている。同時に DVD 版が発表されており、収録時間は CD 版の倍程度(131分)ということだが、残念ながら入手していない。
 のりのりの演奏で、力の入ったコンサートであったことがよく判る。楽曲は既発のアルバムから広く選ばれているようだが、ライヴも意識してノリの良い曲を中心に置いたか。途中、6曲目のような観客も一緒に歌えるようなバラードを置いて、メリハリを付けた構成になっている。
 音が特に悪いという訳ではないが、やっぱりスタジオ・アルバムのほうが聴き易い感じで、彼らのアルバムの中では聴く回数が少なくなっている。自分はもともと、ライヴ・アルバムは好きではないのかもしれない、ジャズを別とすれば。

 この頃、気温が低くて会社へ行くのが若干億劫になっているのに加え、面倒な問題もあって、余り気勢の上がらない状態だったが、やっと金曜日に一服。そういえば、10日には大人数の忘年会第一弾があって、その席での籤引き大会でもまあまあの景品を引き当てた、運勢そんなに悪くないのかも。Traband でも聴いて元気を出しましょう、ということで。
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by ay0626 | 2012-12-15 15:43 | rock

ジャコの退団まで ウェザー・リポート (4)

 読みました、三津田信三さんの最新刊『のぞきめ』。
 読み易い、恐ろしい、吃驚する、の三拍子が揃った秀作。「のぞきめ」という化け物の物語。昭和の終わりと昭和の初めの2つの話しを並列して置き、怪異そのものは否定しないものの最後に論理的な矛盾を一気に解釈して見せる。
 昭和の終わりの物語は、例えば先日読んだ『ついてくるもの』の中の「八幡藪知らず」のように禁忌の場所に踏み込んでしまう話。猫をも殺す好奇心とはよく言ったもので、怖いもの見たさは誰の心の中にでもある。悪いことが起きそうでも見てみたいという気持ち、それがなければ科学でも何でも発展しないだろうが、それによって酷い目に会った人も多いはず、法水麟太郎が言っていた通り「真実は憎悪を生む」ということもあろう。後悔は後からするから後悔という訳で、見なかったことを後悔することもある。スティーヴン・キングの『呪われた町』にあったが、行っちゃあダメと判っていても、いろいろ偶然が重なって怪異の発生する場所に行くのが逢魔が時になってしまうのも運命、そう決まっていたのだろう。ここに出てくる学生さん4人の運命は、リゾート地にアルバイトに行くと決まった時点で、全てが確定したのだと思う。
 拝み屋は、もちろん死相学探偵シリーズのおばあさん、そういえば死相学探偵シリーズ、続編が出ませんね。また、久しぶりに祖父江耕介さんにお会いできました、飛鳥信一郎さんはお元気なのでしょうか。マーモードンに喰われてしまった訳ではなさそうでホッとしております。
 昭和の初めの物語は、三津田さんお得意の民俗学に絡めての物語。地名の由来や習俗の謂れは、駄洒落みたいなところがあって自分も好きだが、学問となると如何なんだろうと思う。ある意味勝手な解釈がまかり通って仕舞うようなところが多く、学生時代には柳田國男や折口信夫なんかも読んだが、断定的に言えるほどの証拠があるわけではない、それはあなたの解釈、みたいな感じがして深くは入り込めなかった、同じことがフロイトを読んだときにもあって、やっぱり『精神分析入門』はトンデモ本だったな、と今では思う(関係ないか)。しかし、この物語のように、自分の家が(鞘落家のように)あんなだったら、やっぱり嫌だなぁ、田舎はこうだから好きじゃないのだ。
 【ネタばれあり】という感じで、ただのホラーか、と思って読み進めると最後に一気にミステリに変換する。昭和の終わりと初めの2つの物語を並べることで、感覚的におかしいと思ったところ(何故、曰くのある一族以外の者に ’アレ’ が見えるのか)に合理的な解釈を与えると同時に、因果話として結末が付く、という結構。それにしてもあんな落ちが待っているとは、ちょっと伏線足らずは否めないにしろ、昔の因習の恐ろしさと、四十澤氏の哀しみを充分に描き出していると思う。充実した読書、堪能させていただきました。【ネタばれ、終わり】
 三津田さん、一作ごとに上手くなっている。昨年の『七人の鬼ごっこ』は、ふーんという感じだったが、今年の長編2作は、どちらとも凄い秀作、今後も期待しています。ということで、読書報告終わり、積読本はあと2冊。

 相変わらず、通勤では半睡状態で音楽ばかり聴いている。この頃良く聴いているのは、ハンガリーの3グループと Weather Report 、Black Tape for a Blue Girl 、Traband、Už Jsme Doma といった感じ、変な取り合わせ。Weather Report は、Procession 以降の作品を聴くことが多いのだが、今回は順を追って、Jaco の退団までの3作品。

a0248963_1794454.jpg 久々のライヴ作品 8:30、1979年作品。とはいっても2枚組の LP として発表された本作、3面まではライヴだが最終面は4曲のスタジオ録音作品が並ぶ。
 ライヴは、Birdland、Teen Town、A Remark You Made と Heavy Weather の有名どころとよく演奏された Black Market、Scarlet Woman、Boogie Woogie Waltz などに Jaco とShorter のソロを加えた構成、この頃彼らのライヴを実際に見ていたので、まぁこんなところか、とそんなに感心しなかったことを憶えている。また、当時はカルテット編成で、纏まってはいるがパーカッションの華に欠ける、そんな印象があったのかも。多分、出た時に直ぐ購入したとは思うが、余り熱心に聴いた覚えがない、ちょっとエレキ・キーボードの音に飽きてきていたのだろうか、多分 Cecil Taylor の生ピアノの方が良かった、よく聴いた。
 また、スタジオ録音の4曲でも、ちょっと興味を持ったのは Brown Street くらい、カリプソの軽い感じが良かったが、次の The Orphan など子どもの合唱が何かあざとい感じがしたものだ。
 それでも世評の高いアルバムで、グラミー賞を受賞している。多分、人気絶頂の頃、有名なハバナ・ジャム出演も79年の3月のこと。

a0248963_1710631.jpg 次が、スタジオ・ライヴとでもいうべき Night Passage 、1980年作品。大阪フェスティバル・ホールでの1曲(Madagascar)とロサンゼルスのコンプレックス・スタジオでのライヴ形式の録音7曲を収録。カルテットから Bobby Thomas Jr.(perc)を加えたクインテット編成。
 当時、学生だった自分は京都に住んでいて、大阪に Weather Report を見に行ったことがあるのは憶えているのだが、それが1回だったか2回だったかの覚えがない。このアルバムが発表されたとき、聴きに行ったコンサートの録音があると友人がいっていたことがあるような気がして、それならば2回いったのかとも思うのだが、35年近い過去の話、当時夢中になっていたなら印象も強かろうが、なにしろ興味が薄れかけた頃、記憶は曖昧のまま。アルバムが発表される頃には、完全に興味も失って、購入さえしなかった。
 2000年に CD を購入したのだが、それでもちゃんと聴いたという感じはなく、先日サルベージしてからまともに聴いた。
 流石に演奏自体はタイトで素晴らしいが、慣れみたいなものを感じる。例えば Jaco の Port of Entry でも「凄いスピードでピッチも狂わず、天才的」とは思うが、Teen Town とどれ程の差があるか、といえばそんなにも差はないのかも、なぞと思ってしまう。エリントン・ナンバーもジャズを強調している感じ。技術的にも行くところまで行ってしまったか、決して嫌いではないが、よく聴くか、といわれれば No。

a0248963_17103355.jpg Jaco 在籍の最終作が、デビュー作と同タイトルの Weather Report。1982年作(81年録音)。前作に続きクインテット構成。殆どが Zawinul の作品で占められた本作品、飛びぬけた曲がないので、印象も薄め、オール・ミュージックのディスク評でも平均的な評価。
 Jaco が積極的に関わっておらずベースも他の作品に比べ大人しめ、もう Word of Mouth の活動の方に重点が移ってしまっているのだろう。曲の提供もなく、またプロデュースにも関わっていない。退団後の Jaco は、精神疾患とドラッグと酒に溺れるという絵に描いたような天才の末路を辿り、87年9月泥酔してジャズ・クラブに入ろうとして警備員と揉め、そのとき頭をぶつけ意識不明に、そして死を迎える、35年の短い人生。
 もう一人、このアルバムを最後に Peter Erskine (ds) も退団。このドラマー、余り華がない、堅実なテクニックを持っているとは思うが、例えば彼の後に Weather Report に加わった Omar Hakim の躍動感と比べれば一目瞭然である。
 ということで、ライヴ・バンドとしての黄金期の Weather Report 、自分としては何ともマンネリ感があって、決して嫌いではないが、聴く回数としては他時期のアルバムよりはかなり少ないのは事実。

 音楽もウォークマンに入っているの中心に、じっくり聴いているといえばその通りだが、一時一所懸命やっていた昔聴いた CD サルベージ大作戦も一服といったところ。もう少し、活動的にならないと、寒さが身に沁みてしまいそうで。

 
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by ay0626 | 2012-12-09 15:37 | jazz

インストルメンタルな  マカーム (3)

 笑ったことなど、簡単に。

 先ずは、未来の党、悪相コンビ(もちろん小●一郎と河●たかし)では政党の顔としては不味過ぎるのか、滋賀県知事の嘉●由紀子さんを担ぎ出した。なかなか存在感のある女性で、京大探検部の出身とか、文化人類学や環境社会学(といわれても直ぐにどんな学問か想像できないが)の研究者といえば、反原発の象徴とはなり得る。しかしなぁ、言い出したことといえば反消費税、またもや子ども手当、その財源は「無駄を省けば、いくらでも出る」、3年前の悪夢の始まりの「宣言書(Manifesto)」の文言そのまま、小●を制御するといっていたのに、「●沢に引かれてまたもや善光寺詣で」とはこれ如何、笑わせていただきました。

 表題にもある Makám 、以前にも書いたが、一括して全ての CD を販売しているサイトは何処にもない、色々なサイトから安いものを選んで購入しているのだが、海外アマゾンのマーケット・プレースを使うことも多い。新品と書いてあっても、どう見ても新品に見えないものを送ってくることもある。先日も酷い品を送ってきた業者がいて、文句をいったら新品を送ってきた、最初からちゃんとしたものを送ってくれば良いのに。この歳になると、なかなか英作文をするのは面倒だが、文句を言えば、リファンド(返金)か再送付に応じる業者が多いので(やっぱりレピュテーショナル・リスクは、ネット販売では最も注意すべきリスクなのかも)、文句は言うべきなのだ。近頃の翻訳ソフトは、丁寧に日本語を書けばかなり正確に訳してくれるので、重宝している。海外のサイトを使うのも翻訳ソフトがあってこそ。そういえば、エストニアのサイトに Makám の Approaches というアルバムを頼んだのだが(注文して Pay Pal で送金してからエストニアのサイトだと知った。最初からエストニアのサイトと知っていたら注文しなかったかも?)、1か月以上もウンともスンともいって来ない、大丈夫か知らん?

 三津田信三さんの新刊が出た、『のぞきめ』。やはり、好きな作家だと読むスピードも早くなる、今週火曜日に入手して、昨日時点で残すは50ページほど。明日には感想が書けるかも。

 寒さが増してきたので、コートに裏地を付けた。来週からは、いよいよ忘年会時期。一年の終わりも近いようで、早いもんですねぇ、今年もあと3週間ほど。

 ということで、Makám の3回目。初期の作品は、インストルメンタル、単独名義の初回作 Közelítések - Approaches (1988、99年のCD化に際して3曲が増補されている?未入手、上記したようにエストニアのネット・ショップに注文してあるが本当に来るのだろうか?)から4作目の A Part までがそれに当る。今回は、2作目と3作目の紹介。

a0248963_17403423.jpg 2作目、Divert time into... 、1994年。前作から6年を経ての作品。ジャズっぽい感じはあるが、民族音楽風のフュージョンというのが妥当か、後述する Café Bábel ほどジャズそのものではないし、先日紹介した A Part ほど現代音楽風でもない。民族音楽風ではあるが、田舎臭さみたいなものはなく非常に洗練された音、多分そういった感じを受ける最大の理由は、エレキ・ベースと控えめなドラムスによるものだろうか。
 器楽構成でも、マリンバやカリンバ(親指ピアノ)、カヴァル(民族フルート)、オーボエ、ガダルカ(ブルガリアの弓奏楽器、多くの共鳴弦を持つ)などが異国的な響きを出すが、サキソフォンはジャズの素養がある人のようで音は滑らか、聴き易さはこのサキソフォンに負うところが大きいように思う。
 メンバーを記すと、Juhász Endre (oboe)、Bencze László (double b)、Borlai Gergő (ds, perc)、Szőke Szabolcs (gadulka, kalimba)、Thurnay Balázs (kaval)、Grencsó István (as, ss)、Czakó Péter (b)、Krulik Zoltán (g, syn)。
 本作、アマゾン・ドイツのマーケット・プレースで買った。本体価格は17ユーロ。これだけ見てポチってしまったら、送料が14ユーロ、ちょっと高い買い物をしてしまいました、新品だから(ちゃんとシールもあったし)まぁいいか。ヨーロッパの各国アマゾン、送料の設定の仕方が違う、混乱するときも。

a0248963_17405153.jpg 3作目、Café Bábel、1997年。彼らのホーム・ページにある通り、インプロヴィゼーションを中心としたアルバム、ジャズっぽさでいえば一番ジャズに近い。ハンガリーでは、共産主義の頃からジャズが演奏され、フリー・ジャズのコンボまであったと記憶しているが、その伝統もあってこうした音楽が生まれるのか。1曲目はいつも通りの民族風フュージョンだが、2曲目以降 Krulik おじさんはピアノのみの演奏となる、それもぐっとジャズ・テイストの。2曲目、4曲目、6曲目とサキソフォンとのデュオ、3曲目などはワン・ホーン・カルテットのフリー・ジャズ。5曲目はオーボエ、7曲目はミュート・トランペットが入る。8曲目はフルートとカヴァルの多重録音にアルコ・ベース、まるで現代音楽のよう。印象に残るのは、ちょっとフリーキーな音を聴かせるサキソフォンと暴れまわるベース(特にアルコ)。先回も引用させていただいた rim-mei さんの感想は「よりジャズに近づいた音楽性で、ややクールな演奏を聴かせる。もう少し民俗性を残してくれたほうが聞きよいのだが」。ジャズをよく聴く自分にとっては、こんな感じの演奏も守備範囲。
 例によってメンバーを記しておくと、正式メンバー(複数曲参加しているのは、くらいの感じか?)として表記されているのは、Krulik Zoltán (g, p)、Grencsó István (as, ss)、Thurnay Balázs (kaval, udu, Kalimba)、Bencze László (double b)、Juhász Endre (oboe, english-h)。ゲスト扱いで、トランペット、ガダルカ、フルート、ダブル・ベース、ドラムスがクレジットされている。
 これは、アマゾンUK のマーケット・プレースで。フランスのレコード・レーベル&ディストリビューターのムゼアから購入したもの。ちょっと、新品か疑うところもあるものだったが、デジ・パックでもないので(デジ・パックだと中古で買う気にはならない)、クレームを付けるには至らず。2,000円程度の買い物、日本アマゾンのマーケット・プレース値付けの半額程度。

 取り留めのない文章、感想。もうちょっとなんとかならないのか、と思われるのは当然のこと、自分でも気の抜けた文章を書いているなぁ、とは思っています。そういえば、 Makám のホーム・ページに Robinzon Kruzo の CD が出ている、またガーデン・シェッドの新着案内にも出ていた、また買わなくちゃ。
 
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by ay0626 | 2012-12-08 15:26 | trad

ほの暗い大人のラテン キップ・ハンラハン (2)

 朝からどんよりした冬の空、北海道では暴風雪となり何日も停電したという。最高温度が0度に到達しない真冬日に電気が来なかったらどうするんだろう、と中部地方の太平洋側の住人が心配したところで、本当の辛さが判る訳ではない。長期予報だと、東日本から西日本にかけて今年の冬は厳しい寒さになるという、地球は温暖化しているのではなかったのか。
 今回の選挙での争点の一つが原子力発電の存廃の是非、基本的にエネルギー源を何に求めるのかはCO2の排出量をどうするかの問題だったはず。「お気楽」友愛の鳩●首相がCO2の排出量を25%削減すると、当時はなかなか凄いこというもんだ(格好はいいけど出来る目算はあるのか、経済を少しでも考える人であれば、幾つもの疑問符が頭に浮かんだだろう)、と思ったものだが、これは原子力があってのこと。原子力はエネルギー放出時にCO2を排出しないので、原子力発電の比率が高まれば必然的にCO2が削減されることになる。従って、原子力を廃止すればそれだけ火力に頼らざるを得ない、LNG をバカ高い値段で買って、貿易収支を極端に悪化させながら、それでも石炭ではCO2の排出量が大きくなり過ぎるから出来ないのだ。いっそ、アメリカのように京都議定書の呪縛から逃れてしまえばよいのに、そこら辺は反原発の大手新聞社が何も報道しない。
 もう一方、自然エネルギーの方は、一気に高い買取金額を設定し、その料金は長い間継続するものだから、色々な企業がこの分野に参入して来る。まぁ、それはそれで技術向上のためには良いのかもしれないが、問題は買取が量的には無制限に当面価格の改定もなく行われるということ、電力会社は買い取ればその価格を料金に一方的に上乗せすることが可能(法律にそう書いてある)なので、多分家庭電気料金に跳ね返る、電気価格が酷く高いものになる。同じことをやったドイツなど、法改正を求める動きが活発化しているようだ。
 石●元都知事のように核武装の準備のために、原子力発電を残すなどは論外だとしても、今の原発存廃議論の根幹は何なのか、選挙でどの党もCO2問題と絡めてこれを議論することがないのは、どういうことなんだろうかと思ってしまう。一方的な原子力嫌悪は、広島・長崎に端を発する日本人の病巣の一つなのかもしれない、それが福島事故で一挙に噴出した。

 ということで、心がほの暗くなってきたら、ちょっと陰鬱な感じもある Kip Hanrahan などを。大勢のミュージシャンを使いこなし、これだけの世界を作り上げていく手腕は相当なもの、Kip Hanrahan の世界というものを十分に現出させております。

a0248963_16431972.jpg 4枚目のアルバムは 1988年の Days and Nights of Blue Luck Inverted、85年 - 87年録音。Kip Hanrahan のライナーは、きちんと書かれていることが少なく、どんなメンバー・楽器構成でやっているのか、判然としないことが多いのだが、このアルバムでも同じことが言える。それでも、よく見てみると Pablo Ziegler なんかのクレジットもある、もちろん Piazzolla 五重奏団のピアニストだが、この頃 Tango Zero Hour を Kip がプロデュースした関係なのだろうか。全部で12曲が収録されているのだが、4つのバンド形態で演奏はなされているらしい。Fernando Saunders、Andy Gonzalez、Leo Nocentelli、Milton Condona、Steve Swallow、Alfredo Triff、David Murray などお馴染みの名前が並んでいる。ここまで来ればどのミュージシャンも自分が何を求められているかは十分に判っているはずで、それ故の安定感がある。前作に比べると、甘ったるさみたいなものが消え、硬派の中に憂いを含んだ倦怠感があり、大人の音楽になっている。

a0248963_1643376.jpg 5枚目は、それまでの Kip の集大成というべき傑作、Tenderness 1990年作品(88年 - 90年録音)。劇を模しているのか、女声と男声の交互のやり取りがあり、音楽の切れ目も明らかでなく、全体が大きな流れとなって 75分を一気に聴かせる。ヴォーカルを聴かせるのは、女声3名、男声3名だが、その中に Police の Sting がいて話題となったようだ(自分は殆ど Police を聴かなかったので、特に強い印象はないのだが)。一方、今までヴォーカルといえば Jack Bruce という感じではあったが、本作には登場していない。
 演奏の中心は、いつもの Kip バンドともいうべき Fernando Saunders (b)、Robbie Ameen (ds)、Andy Gonzalez (b)、Giovannni Hidalgo (conga, quinto)、Leo Nocentelli (el-g)、Alfred Triff (vln)、Chocolate Armenteros (tp) に加え、本作以降素晴らしい存在感を示す Don Pullen (p) 。Don のピアノは躍動感に溢れ、フリー一歩手前(もう踏み込んでいる、というべきか)のスリリングな場面を幾つも現出させる。また、本作でのもう一つの聴きものは、ミステリアスなトランペット、靄の掛ったようなソロは非常に印象深い。また、ベースとギターの絡みもなかなかのもの。
 なかなかジャケットもかっこよく、赤一色の写真、女性の髪に触れる男の腕・・・・意味深長。

a0248963_16435531.jpg 6枚目が Exotica 、1992年録音、93年発表。今回の基本バンドは、復帰の Jack Bruce (vo, b)に加え、Don Pullen (p)、Robbie Ameen (ds)、Leo Nocentelli (el-g)、Alfred Triff (vln)。
 のっけから Jack のヴォーカルとオルガンで始まる本アルバム、途中からピアノ(Don Pullen そのものといったタッチであります!最高!)が乱入してきて、太いベース音との絡みが凄まじい。多分、オルガンとピアノは Don の多重録音だろう、全編、Don のオルガン、ピアノは聴き所満載(特にオルガンの素晴らしさ!)、このアルバムの中心となっている。もうひとつ、Alfred Triff のヴァイオリン、控えめではあるが、流石クラシック出身、美しい音でアクセントを付けている。
 ヴォーカルが Jack になると雰囲気もまったりした感じになる。本作、前作ほど尖った印象はない。Jack のベース、こんなに太い音出していたっけ?他にベース奏者は入ってなかったように思うが、インストルメンテーションの表示はなかったから、はっきりとしたことは判らない。
 全体にはバンドとしてかちっと纏まった印象、アルバムに統一感がある、前作の迫力には及ばないものの、90年代前半の Kip の好調さを示す良作ではないかと思う。

a0248963_16441428.jpg 7枚目、All Roads Are Made of the Flesh、95年発表。録音は古いもので85年、91 - 92年が中心だが94年録音のものも。ライヴ録音が中心で、若干ごった煮的な感じもある。
 ジャケットが凄いというか、顔面ピアスのお姐さん(耳に3つ、眉毛のところにひとつ、鼻にひとつ)。デジパックを開けると唇にもしていらして、こちらをクッと睨んでおいでです、こんな顔で一瞥されたら背中がゾワーッとしてしまうんじゃないかと。
 渋いブルースを歌う Bruce なんて駄洒落じゃない、最初の曲の渋いこと、あれ?ピアノ大人しい、と思ったら Allen Toussaint でした、Don ちゃんはオルガン担当、こちらも雰囲気に合わせた控えめな音の出し方。2曲目は何時もの調子、Don ちゃんのピアノの跳ね回ること、Chocolate Armenteros と Chico Freeman がフロントを飾ります。次は Dino Saluzzi (bandneon) の入ったバーデン・バーデンでのコンサートのライヴ、Dino Saluzzi は ECM からの何枚かのアルバムを聴いたことがある。なかなか Carmen Ludy のヴォーカルがけだるい感じで色っぽい。確かに Kip の世界ではある、しかしここにはミュージシャンとしての Kip はいない、作曲者・プロデューサーとしての Kip がいるだけ。

 もう今年も残すところ1か月足らず、早いもんです、時間が経つのは。去年は碌なことがなくて、今年も前半は今一歩というところだったが、後半はちょっと持ち直したか。全く占いは信じないほうだが、この前新聞のオマケに付いてきた高島暦の簡略版を見ていたら、来年はもっと良い年になるとか、期待しましょう、心から・・・・ではないにしろ。
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by ay0626 | 2012-12-02 14:54 | latin