日常茶飯事とCDコレクション
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お休みに入る前の エスタンピー (3)

 小満も過ぎ、日差しと日照時間は長くなり気温は高くなったが、空気はまだ乾いており、Tシャツ1枚で窓を開けて寝転ぶと風はまだまだひんやりとしている。薫風とはこういう風のことをいうのであろう。通勤電車の窓からは茶色に染まりつつある麦畑が見える。

 花輪莞爾さんの『悪夢百一夜』を少しずつ読み進める。何しろ短編小説が101編も詰まった1,300ページを超える大部の作品。同時に購入した深木章子さんの作品に辿り着くまでには相当に時間が掛かるだろう、もうじき大坪砂男全集の3巻も出るというのに。昔は、長編小説が好きで読み出すと結末が気になって仕方がない、つい無理をして夜更かしし翌日に悔やむということが良くあったが、この頃はあっさりしたもので、しかも短編集となれば1編を読むのにそう時間が掛かることもない、眠くなれば区切りのついたところで目を瞑る。自然体になったということか、歳を取ったということか、どちらでも似たようなもの。
 『悪夢百一夜』、まだ22夜までしか読んでいないが、非常にバラエティーに富んでいて、全部が全部出来が良いという訳にはいかないが、相当に面白い。悪夢という題名から見ても黒い企みに満ちた作品が多く、第1夜の「ちりぢごく」や第2夜の「景徳鎮」などはこの典型。なんだかよく判らないけど淋しいようなユーモアを持つ第3夜「金歯」や第5夜「死者の鼾き」など、読み終わった後小さな溜息が出る。東北の津波を描いた第13夜「海が呑む(Ⅰ)」など、東日本大震災の映像の経験が一層物語に身を入れさせることになる、本山という朝鮮の人が忘れがたい印象を残す。第10夜の「味見指」の淫靡さ、第17夜の「うすばかげろう」の悪意など読みどころてんこ盛り、あと2、3週間は本書に掛かりきりとなりそう。

 世の中を見ると、アベノミクスも転機点になったか、23日には株式市場が1,000円以上も値下がり、債券市場は値下がり長期金利は1%台に乗せる。日銀の黒●総裁は、余裕をかまして「そういったこともあるわいな」と頬に指をあて、いかにも尊大そうに鷹揚に答えていた、一時的な相場になるか大相場前のちょっとした調整か今の段階では判らないが、よい方向にいって欲しいものだ。

 爽やかな季節に Estampie 、ちょっとそんな感じがして。

a0248963_17322155.jpg Fin Amor (フランス語?スペイン語?多分「愛の終わり」の意)、2002年。Warner の系列レーベルから、彼らの作品の多くは Galileo という民族音楽~古楽系のレーベルからのものが多いのだが、この作品のみ異なる。全ての歌詞は、中世(13世紀頃)の作品に Micheal Popp が曲を付けるという、前作からの路線そのものの「中世ポップ」というべき作品で、メロディーもハッキリしており、時にはヒットしそうな曲さえあって聴き易い(殆どの曲が3~5分という長さ)。加えてパーカッションが全面で活躍しており、リズム感にも富む。
 メンバーは、ボーカルに Syrah (Sigrid Hausen)、Cornelia Meliàn、Gerlinde Sämann の3名(といっても殆どが Syrah 姐さんの声しか聴こえないような気がする)、器楽が Popp、Scwindl、Syrah、Sascha Gotowtschikow (perc)、Uschi Laar (harp)、Cas Gevers (tb) というハープ担当以外はお馴染みのメンバー、2曲のみフルート奏者の Jørgen W. Lang が加わる、コーラス隊に7名(Popp や Scwindl を含む)。芸達者な人たちだが、特に Schwindl さんのハーディー・ガーディーは聴きもの、 Gotowtschikow さんのパーカッションも神憑っている(DVD見れば唖然呆然)。

a0248963_17324782.jpg Signum (サインのこと?何語なんだろう)、2004年。本作は Galileo レーベルからの作品。
 Ondus、Fin Amor と本作は雰囲気が似通っており、Popp 氏による古楽の香りのする、歌詞だけは中世から借りてきたポップ・ミュージック3部作という感じ。You Tube などで見るとライブも盛んに行っていたようで、モヒカン・鋲打ち皮ベストの厳つい御哥さんがウロウロしていた映像が印象的。ボーカルは Syrah (Sigrid Hausen) と Gerlinde Sämann の2名、器楽が Popp、Scwindl、Syrah、Gotowtschikow、Gevers にハープは Ute Rek に交替、バグパイプ担当の Thomas Zöller がクレジットされている。コーラス隊は4名。全体的に前作よりも柔らかというか靄の掛かった印象がある、新入のハープやバグパイプにも活躍の場が充分に与えられており、器楽の部分は前作よりも聴き応えがある。特に13曲目のインスト曲などは荘厳で素晴らしい音を響かせる、14曲目は Faun でもお馴染み Andro と同じ曲。

a0248963_17331182.jpg このあと、Marco Polo - Estampie Und Die Klänge Seidenstrasse (エスタンピーと音のシルクロード)という DVD を2005年に出す。Estampie からは Syrah、Popp、Schwindl、Gotowtschikow の4名、イラン人のドタール(リュート)とパーカッション、モンゴルからヨーチン(ハンマード・ダルシマー)、モリンフォール(馬頭琴)&ホーミーという、東から西への音楽シルクロードの道、民族音楽の人たちの器楽演奏のテクニックには目を見張るものがある、演奏が絵になっている。
 その後、2006年にベスト・アルバムをリリースするが、Al Andaluz Project にメンバーが移動してしまい、Estampie 名義のアルバムは2012年の Secrets Of The North までリリースされなかった。

 このくらいの気温・湿度が続いてくれればなぁ、と思うのが直ぐ暑くなってくる。今の季節を楽しもう、といってドライブ先はいつもパチンコ屋じゃ季節感もへったくれもないわけで。
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by ay0626 | 2013-05-25 16:11 | trad

変拍子フォークからオルタナティブ・ロックへ ストーミー・シックス (2)

 ちょっと前になるが、東京都の猪●知事がイスラムを批判し、それが五輪立候補地のイスタンブールを批判したことになるという騒ぎがあった。つい最近は大阪の橋●市長が慰安婦や風俗(売春)を肯定するような発言があって物議を醸し出した。
 冷静に考えてみれば、イスラム教は例えばイラクではシーア派とスンニー派が血で血を洗うようなテロ合戦をしているし、シリアの内戦だって少数のアラウィー派が権力にしがみ付くためにやっているようなもの、猪●知事野いう通り「共通なのはアラーの神様」のみというのは的を射た発言ということになる。軍隊は年寄りには所詮無理な職業で殆どが血気盛んな若者で成り立っている、また戦場で殺し殺されるような極限状況にいれば変に性欲が刺激されることもあろう。そんな人たちに禁欲を貫けという方がどだい無理な話。市街戦になって敵国女性を強姦などされると困るから(昔は勝てば官軍、負ければ泣き寝入りだが、今の世の中情報手段が発達したせいで隠し通せるものではない、隠せないと非難轟々)、そうした性的エネルギーを管理するためには慰安婦という名の売春組織が必要なのは当然、橋●市長の発言は真っ当なものだということが判ろうというもの。しかし、それを文脈の中で理解しようとせず、片言隻句を捉え「宗教批判」だの「慰安婦肯定・売春肯定」みたいにいわれてしまっては何もいうなということと同じ、報道の暴力というか偏向ここに極まったか。
 猪●知事のツイッターでの「誰が敵で誰が味方か判った」という発言や橋●市長の「もう正式記者会見以外は受けない」という発言もその通りと思う。何も「慰安婦」を貶めている訳ではなく、イスラムを批判している訳ではないだろうに。まぁ、オリンピックの東京開催には反対なので、これで東京開催がなくなればそれはそれで良かったかも。そういえば、84年に冬季オリンピックが開催されたボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボは、イスラム(ムスリム)の人が多く住む町であった。その後90年代にはセルビアが攻め込み、市街戦が展開され多くの人々が命を落とし、オリンピック開会式が行われた会場は墓で埋め尽くされていると聞く。平和の祭典がかの地で行われたことを考えれば、チトーの偽りのコスモポリタニズムの方がずっと正しかったということか。

 『逆転検事』は初めの2話はやり終えたが、今ひとつ面白みに欠ける。出張を挟んだということもあって、ちょっと放ってある状態、そのうち片付けようとは思っている。本は、深木章子さんの作品と共に花輪莞爾さんの『悪夢百一夜』という厚い短編集(なんと1,300頁を超える!)を買ってぼちぼち読み進めている。大坪砂男全集の2巻はあと数編を残すのみ。読書はそれなりにこなしております。

 ということで、今回は Stormy Six の2回目。RIOの諸バンドとの交流も深まり、変拍子度が高まっていく70年代後半から80年代初頭にかけての3枚。イタリア盤も英語表記一切なしでちょっと困る。

a0248963_1858159.jpg L'apprendista (見習い、日本盤では「修行時代」という題名が付いていた)、1977年。録音メンバーは、Giorgio Albani (sound technician)、Carlo de Martini (vln, vla, mandolin, a-g, vo)、Franco Fabbri (vo, a&e-g, vib, xylophone)、Umberto Fiori (vo, a-g)、Salvatore Garau (ds)、Tommaso Leddi (mandolin, vln, a&e-g, p)、Luca Piscicelli (b, vo)、その他サックスやファゴット、弦楽器などのゲストが参加。サウンド担当がクレジットされ、ベースが Pino Martini から交替している。
 アコースティク主体のサウンドでフォークの風情を充分に残すが、リズムは変拍子がかなり取り入れられ、アバンギャルドな雰囲気が強く出るようになってきている。歌が中心ということで、メロディーラインがはっきりしていることと、アレンジがきっちりとなされているところが聴き易さに繋がっているか。アンサンブルの纏まりも彼らの作品の中一番と思う。Carlo de Martini は本作を最後にグループを抜けるが、彼のバイオリンやマンドリン演奏が相当の核になっているように思う。スピード感はそれほどなく、まったりした感じ(Fiori 氏の歌声を含めて)が彼らの持ち味で、ちょっと頑張っちゃった感の強い Macchina Maccheronica やそれまでの演奏とは趣の異なる Al Volo よりもずっと Stormy Six らしい作品といえるのではないか。

a0248963_18581813.jpg Macchina Maccheronica (マッケロニカ(意味不明)の神)、1980年。RIOの思想的中心になった頃の作品、管や弦を多用しエレキ・ギターもかなり取り入れ変拍子満載の、正しく RIO という感じのアルバムだが、やはり Fiori 氏のボーカルのせいか、Henry Cow のような研ぎ澄まされたようなシリアスさはなく、どこかユーモアも感じさせる、管楽器で活躍するのがクラリネットやトロンボーンという柔らかな音のためか。前作に比べ、即興的な部分がかなり感じられる。
 録音メンバーは、Tommaso Leddi (mandolin, vln, g, as, organ)、George Born (cello)、Leonard Schiavone (cl, ts)、Franco Fabbri (g, tb, vib)、Umberto Fiori (vo)、Salvatore Garau (ds)、Pino Martini (b)。Henry Cow の Georgie Born とサキソフォン/クラリネット奏者が加わり、他メンバーもサキソフォンやトロンボーンなどを持ち替えており、非常にサウンドは色彩感豊かな作品に仕上がっている。ただし、ちょっと肩に力が入っている感じがあって、好き嫌いでいえば前作の方が好き。

a0248963_18583682.jpg Al Volo (エスペラント語で「意志を持って」の意味か?)、1982年。彼らの現役活動期の最終作品。フォーク的な部分を完全に切り捨て、オルタナティブ・ロックそのもの。管楽器やバイオリンなどの擦弦楽器は一切使わず、ロック・カルテット(ギター・ベース・キーボード・ドラム)+ボーカルという構成、リズム・マシーンやベースへのエフェクトなど今までにされていない試みも。Fiori 氏のボーカルも前作よりシリアス度を増している。前作までとはかなり趣が異なるが、これはこれでカッコよい作品、出来はかなりのもの。
 録音メンバーは、中核が残ったということで Tommaso Leddi (kbd)、Franco Fabbri (g)、Umberto Fiori (vo)、Salvatore Garau (ds)、Pino Martini (b) のクインテット編成。

 いつの間にか立夏を過ぎ、明後日は小満。季節は確実に嫌な夏に近付いている。しかし、今日は曇り空で太陽が照っていなければまだまだ肌寒さを感じることもある。空気も乾燥していて気持ちがよい。
 敗れ放題の網戸も、昨日1枚だけ張り替えた、やってみれば出来るもの。来週も2枚くらい張り替えるとするか、夏になって外で作業するのが嫌にならぬうちに。
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by ay0626 | 2013-05-19 17:59 | rock

ブルー・ノート 1965年 ウェイン・ショーター (4)

 ゴールデン・ウィークの後半は海外出張が入って、明けの一週間ずっと海外、12日の日曜夜に帰って翌日から会社と、怠惰を旨とする自分は出張帰りの翌日くらい休みにするところなのだが、会議を入れられては出ない訳にもいかない。朝若干遅く出て定時には直ぐに会社を出るということで妥協(?)した。

 飛行機の中では、映画を見るか寝るくらいしかすることもない。映画のプログラムを見ていたらちょっと前に評判になった『レ・ミゼラブル』があって、まぁミュージカルだから飽きることもなかろう、と見出したらこれが非常に詰まらない、何故あんなに評判になるのだろう。もともとユゴーの原作を読んだこともなく、あらすじくらいは有名だから知ってはいるのだが、あらすじ以上の話ではない(後半の革命の話は特に酷くて、金持ちの坊ちゃんが革命運動に加わる、そして銃で撃たれてご存知主人公のジャン・バルジャンが助けるのだが、傷が癒えるとこの坊ちゃん、田舎の地主にちゃんと納まる。革命を是とするのか非とするのか、そこの部分はごっそり抜け落ち、しかしジャン・バルジャンが天国へ行くと革命で死んだ皆が革命歌で迎えてくれる、というほんと、製作者の意図をどう捉えたらよいのか皆目見当が付かぬ)。この映画の出来こそ、嗚呼、無情・・・余りにお粗末な前世紀的神様お願い物語、これで何を感動すればよいのだろう。悪態を吐きながらも、半分以上見てしまうとやっぱり最後まで見ないと自分の時間が勿体無いような気がして見てしまった、もっと勿体無かったりして。続けて、ディズニーの『オズ はじまりの戦い』を見たのだが、これがもっと酷い出来、こちらは思い切りよく1時間程度で見るのを止めた。飛行機では寝るに限るか。

 深木章子さんの『鬼畜の家』、読了。題名の通りの酷い家族、設定がきつ過ぎて、最後の謎解きで明かされる真相のトリッキーさとかなり断絶がある。本格ミステリは、心動かす系のお話(本作も、例えば貴志祐介さんの『黒い家』を思い出させる爬虫類のような女性がぞっとさせる、『黒い家』はぞっとさせるのが目的だからよいのだが。また感動の物語もダメで、例えば乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』が感動の恋愛を描いていないので本格ミステリに出来たわけ)とは相性が悪いようで。とはいっても、文章は達者で構成も見事、次回作を読もうと思わせる出来、流石亀の甲より年の功といったところか。早速、『衣更月家の一族』も購入してしまった。

 近頃、本を読むようになったせいか、音楽を聴くのはもっぱら通勤電車の中だけ、いっそ音楽ブログの看板を外し読書ブログにでも衣替えしようか知らん、などと思ってしまう。そうなる日も近付いていたりして。

 さて、電車の中でよく聴くのが Wayne Shorter 。マッタリした感じが気持ちよい、半睡半醒の意識があるのかないのか判らないような頭の中にスーと入ってくるテナー・サックスの音。

a0248963_16171380.jpg Et Cetera 、1965年6月録音。この作品もお蔵入りしていたもので、初発売は80年になってから、Shorter にはこうした作品が多い。
 ワン・ホーンのカルテット編成でリズム隊は、Herbie Hancock (p)、Cecil McBee (b)、Joe Chambers (ds)。Cecil McBee のベースは深い響きがあって好き、70年代後半の Chico Freeman との共演作など印象に残っている。Joe Chambers のドラムも Elvin Jones や Tony Williams ほど煩くなく、Shorter の音楽には程好い。
 表題作の Et Cetera は、クールというか、ある意味醒めた荒涼な感じがする曲。Hancock のピアノも硬質な(現代音楽風な)感じが曲にマッチしていて、他のアルバムだと McCoy Tyner の方が好きなのだが、このアルバムに限っていえば Hancock で正解、ということのように思える。2曲目以降も押さえ気味の、言い方を変えれば平板な感じなのだが、この盛り上がりに欠ける感じが半睡半醒の通勤電車の時間をもっと気持ちよくさせてくれる訳。
 4曲目の Barracudas のピアノソロ、非常に好き。最後の Indian Song は名曲、名演奏、特にベースの刻み方(唯一ベースのソロが聴ける、このソロ、泣けるほどよい)、ピアノの分散音。
 唯一残念なのがジャケット、初出時のものも自分が持っている再発時のものも、かなりもの足りない。The Soothsayer も同様なのだが、他のアルバムのような感じには出来なかったのだろうか、残念至極。

a0248963_16173282.jpg The All Seeing Eye 、1965年10月録音。4管編成という異色作、録音メンバーは Freddie Hubbard  (tp, flugelhorn)、Grachan Moncur III (tb)、James Spaulding (as)、Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Joe Chambers (ds)、Alan Shorter (flugelhorn [track 5 only])。何といっても Shorter の編曲の才能が発揮されたアルバムで、素晴らしいの一言に尽きる。何といえばいいのか、現代音楽的というのか、フリーではないきっちりと計算された音の積み重ね。異色作であるが故、Shorter の Blue Note 作品(1967年までの)の中で最もよい作品とはいわないまでも、相当好きとはいっておこう(何がいいたいんだ?といわれそうだが)。前作とは方向性が全く異なる。
The All Seeing Eye とは、Eye of Providence のこと、つまりは神様の「全てお見通しの目」のことで、アメリカのお札の裏にあるピラミッドの中に目が描いてあるアレのこと。このデザイン、フリーメイソンとの関係があるようで、下らぬ陰謀論にはよく出てくる(アメリカを牛耳っているのはフリーメイソンだとか、直ぐそういうことをいいたがる輩の多いこと)。そういう意味でこのアルバムの曲タイトルを見てみると Genesis(創世記)、Chaos(混沌)、Face of the Deep(深みの顔)、Mephistopheles(ファウストに出てくる悪魔)などそれらしい言葉が並ぶ、初期の黒魔術的なほの冥さみたいなものとは異なる感じの異世界。
 1曲目の表題曲、特にエンディングのかっこよさには目を見張る。2曲目は珍しく Ron Carter のベース・ソロがフィーチャーされており、それに導かれる Shorter のソロもなかなかのもの。Hubbard のソロも突き抜けている。3曲目の動き回るアルト・ソロも Spaulding 独特な感じ。4曲目はスロー・テンポで、ソロはテナーのみ。5曲目は、Shorter の弟 Alan の作品でミステリアスな雰囲気、Alan はフリーの分野で活躍した人のようで、この曲にもそんな感じが出ている。

 上着を着ていると暑いが、風も乾いて気持ちのよい季節。心まで晴れやかになるようなことがあればよいのだが、生憎と心当たりはない。
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by ay0626 | 2013-05-18 14:29 | jazz