日常茶飯事とCDコレクション
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ブルー・ノート 1966-1967年 ウェイン・ショーター (5)

 今週は暑かった、週半ばには36℃を超える猛暑日に。流石6月も中旬でこの暑さは体に堪える、雨でも降れば蒸す不快感は別として、地表が冷やされて気温だけでも下がろうというものの、殆ど雨は降らず、台風崩れの低気圧から湿った空気が送り込まれて湿度だけが高くなる、全く不快。会社でもすっきりしたところがなく、運が6月から反転攻勢かと思っていただけにちょっと挫折気味。
 今日は、午前中は厚い雲に覆われて、陽が当らないせいか気温がぐんぐん上がるということもなく、午後には久しぶりにそれなりの雨が降った。湿度が相当高いのか、エアコンをドライにするだけで部屋の中がひんやりする。しかし、この程度の雨では水不足は解消しないだろう。

 朝、大きい方の用を足していつもの通り尻を洗い、スイッチ・オフにしたら水が止まらなくなった。そうこうしているうちに水を貯めるところからも漏れ出し、トイレが水浸しに。10年以上故障もせずに動いていたのに突然こんな風になると手の打ちようもなく、便座の蓋の裏側に書いてあった故障対応専用フリー・ダイアルに電話、かなり待たされたが、オペレーターの対応も良く、その指示に従い螺旋回し一本で応急対応は出来た。そして案外早く担当者も家まで来てくれて、シャワー・トイレの部分のみ停止するようにしてくれた。
 この家も建ててもう直ぐ25年、シャワー・トイレは10数年前に初代のものが壊れ、今のが2代目、毎日何回かは使っていて、それでも13年ほどの命脈を保ったのは、日本の技術がどれだけ凄いものか証明している。シャワー・トイレというのは今では当たり前になったが、出た当時は本当に画期的というか、凄いとしか言いようのないものだった。発売された頃のコマーシャルに戸川純が出てきて「何を隠そう、お尻も綺麗」とかなんとか奇妙な表情でのたまわっていたのを思い出す。確かに粘度の高いものをひり出したとき、何度拭いても未だ付いているような不快感があったり、下痢のときに拭き過ぎてひりひりしたり、そうした嫌な感じがこの発明で一掃されたのは正に「画期的」だったのである。そのかわり、お尻の穴の周りの皮膚が弱くなったのだろう、海外出張に1週間も行けばお尻に違和感を感じることになる。日本に住んだことのある外国人は皆シャワー・トイレのファンになるようだが、外国での普及率はまだまだなのだ。
 来週の火曜日には新しいものが来るという、衛生陶器部分もちょっと汚くなっていて、ついでに替えることにしたので少しはトイレも綺麗になるか、何でも新しくなるのは楽しみなことである。

 ということで、Wayne Shorter の5回目。1966年、67年の Blue Note 吹き込みの2作。1965年作品が非常に先進的というか、新たな試み満載の作品ばかりだったので、今回紹介の2作は、目新しさでは一歩譲る印象。

a0248963_2239837.jpg Adam's Apple 、1966年。メンバーは、Wayne Shorter (ts)、Herbie Hancock (p)、Reggie Workman (b)、Joe Chambers (ds) というワン・ホーン・カルテット。超有名曲 Footprints が初披露された作品。本作の録音は2月だが、10月には Miles Davis の Miles Smiles でも再演されることになる。新しい感じはしないが、非常に充実したテナーが楽しめる作品、この頃の Miles Quintet の音楽的な中心は Shoter であって、殆ど67年までは Miles Combo = Shorter Group みたいなものだから、Shorter も自分名義の作品を作る必要がなかったのだろう、65年にはあれだけ沢山の作品を生み出したのに(確かに Miles が薬物の治療で休んでいて時間があったということか)、66年は2月録音の本作のみ、67年も1作のみの録音だ。
 Reggie Workman のベースがなかなか攻撃的で凄く良い。特に Footprints や The Collector (CD化の時に追加収録)のソロなど、聴き惚れてしまう。全体的には明るい感じで、初期のミステリアスな雰囲気は随分薄れている。
 ちなみに Adam's Apple とは読んで字の如く『アダムの林檎』のことだが、「喉仏」のことも指す。アダムちゃんが神の戒めに背いて食らった林檎が喉につっかえて喉仏になったということ。女の方は、勿論イブちゃんですな、根性こめて飲み込んだが今度は胸でつっかえて、これがオッパイになりました。

a0248963_22393182.jpg Schizophrenia 、1967年。メンバーは、Wayne Shorter (ts)、Curtis Fuller (tb)、James Spaulding (fl, as)、Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Joe Chambers (ds) という3管編成の大所帯。65年の3管編成作品 All Seeing Eye に比べればずっと判り易い、というか捻ったところがないというか、ちょっとムード音楽的といえぬこともない。Curtis Fuller が加わっているためか。
 最初の Tom Thumb から快調な、ちょっと軽めの出発。3曲目が表題作の Schizophrenia 、統合失調症のことだが、曲からはそんな雰囲気は感じられない。4曲目は James Spaulding の作品でKryptonite、フルートのソロが美しい、この James Spaulding という人、有名なリーダー作はないようだが Shorter の作品のソロはどれもかなりのテンションを持った好演、Shorter のアルバムでこの人の名前は残るだろう。Kryptonite とは、スーパーマン(アメ・コミの代表!)の故郷の星、クリプトンのエネルギーの素の物質。2曲目 Go と5曲目 Miyako はバラード、丁度サンドイッチの中身みたいなもので、ここが聴き所なのかも。最後の Play Ground は若干の新しい感じがする。

 今日も本屋へ行き、1冊購入、積読本は3冊に。明日には読書報告でも。
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# by ay0626 | 2013-06-15 22:09 | jazz

忍び寄るファンクの影 マグマ (4)

 今日は朝から曇り空、気温は高くないものの湿度が高いせいか若干蒸し暑い。前から気になっていた和室の障子、昨年台風の時にどういうわけかサッシの内側まで雨が入り込んで、濡れたところが染みになって一部は剥がれ掛けていた。気になりつつも面倒なのでずっとそのままにしていたのだが、思い立って張り替えることにした。紙を破って(破壊することは楽しいことらしい、この歳になっても障子紙に手を突っ込んで穴を開けるのは若干気持ちがよい、子供がしてみたくなるのも当然か)、桟を洗い乾かしたあとで糊を付け、皺にならぬように紙を張ってゆく、ほんの1時間少々の時間なのだが中腰で作業していると汗が出てくる、こんな作業で汗を出すとは歳を取ったものだ。芒種も過ぎ、麦も収穫時期の黄金色、本格的な雨の季節に入っていく。

 前にも書いたが、この頃は音楽を聴くより本を読む時間の方が多くなった。音楽を聴きながらでも本は読めるが(日本語の歌が入っていると気になって読書の邪魔になるが)、音楽が流れていたという印象は残っても、どんな音楽だったのか、までは記憶に残らない。そんなことならいっそ読書のみにして、音楽を掛けないようになった。

 今回の読書報告は西澤保彦さんの『いつか、ふたりは二匹』、2004年に発表された作品がやっと文庫化されたので読もうと思った。本作品は、講談社の「ミステリーランド」という叢書の中の1冊として刊行されたもの、この叢書、豪く立派な装丁で値段も2,000円ほど、しかし中身はジュブナイル(子供向け作品)という、ちょっと捻くれている。「新本格」で当りを取った有名編集者が、自分が世に送り出した作家を集め書かせてそれなりの評判を取った。自分は「わざわざジュブナイルなんか読みたくない」ということで(何かあざとい感じがしていたのも確か)、唯一西澤さんの作品で読んでいなかった。
 感想を一言でいえば、「いつもの西澤作品」、ジュブナイルだからどうということはなく、しかし初出時に2,000円も出して購入していたら、ちょっとがっくりしたとは思う。【ネタバレ】異常な性格の少女襲撃犯も、友達が死んでも自分の世界の方が大事な忍坂という女の子も、子供のくせに老人の雰囲気を纏う主人公も、似たような人物は西澤作品のあちこちに登場している。「ピーター」の正体にしても、ジュブナイルとはいえ、余りに早い段階で見当が付く、最後の場面では、この二人どんな関係をこれから育んでいくのだろう、とは思わせるが。最後に「ジェニー」が死ぬのも西澤さんの作品であれば、多分そうだろうとは予想の範疇。【ネタバレ終わり】面白くなかった訳ではないが、文庫化まで待って正解か。

 引き続き、『悪夢百一夜』を読んでいる。短編集なので、途中他の作家の作品も読むことにした。現在は深木章子さんの『衣更月家の一族』を読んでいる、なかなか面白い、プロローグとそれに続く独立したように見える3つのエピソードはどんな風に繋がっていくのだろう。感想は後日。

 音楽は、Heldon からの繋がりで、Magma の4回目、1976年の作品。徐々にファンクの影響が現れ始めた頃。しかし、何ですな、Magma を聴くと若干草臥れる感じがする、長い上に強迫的だからか。Christian Vander は60歳半ばにしてまだこんな音楽やっている、頭が下がる思いです(好きこそものの上手なれ、ちょっと違うか)。

a0248963_1738534.jpg 1976年のスタジオ録音作品が Üdü Ẁüdü。メンバーは曲ごとに異なっているが、Christian Vander、Klaus Blasquiz、Jannick "Janik" Top の3名が中心、Stella Vander は1曲目と7曲目(この曲はCD化の際にボーナスとして加えられたもの、後年 Ëmëhntëhtt-Rê の一部となる)のみ参加。2曲目のベースは Bernard Paganotti、この曲には Heldon でもキーボードを担当する Patrick Gauthier が加わっている。
 明るいパーカッションに先導されてファンク色を濃厚にした表題曲から5曲目までは、何れも3~4分程度の Magma としては短い曲が並び、変化を感じさせる。4曲目(Soleil d'Ork 、Janik の曲)を除き、曲調も今までになく明るい感じで、この頃ジャズの多くのミュージシャンがファンクの影響下にあった(Miles、Herbie Hancock、Ornette Coleman などなど)ことを考えれば、似たようなものかも知れない。
 しかし、6曲目の De Futura (LPでは B 面全部を占める)は、今までの Magma そのもので Christian Vander、Klaus Blasquiz、Jannick "Janik" Top の3人で繰り広げる強迫リズム爆走曲、最初のうちはシンセの音が飛び交うようなところがないわけではないが、後半は Top のベースが炸裂し捲くり、何とも腹にもたれそうな重厚な音楽(褒め言葉です!お間違えなきよう)。彼らの曲では最も有名な曲のひとつ、これを聴くためにこのアルバムを購入する訳。

a0248963_1739649.jpg 1976年3月のライブが Concert 1976 - Opéra De Reims、なんと3枚組、160分になんなんとする録音時間の大作。海賊盤対策でリリースされた AKT シリーズの中の1作。録音状態はまあまあ良いが、時々バランスが悪くなる(特に1枚目 De Futura のボーカルとギターが入るところなど、突然音が大きくなって驚く、他にも何箇所かそんなところがある)ほか、3枚目 Mekanïk Destruktïw Kommandöh、Didier Lockwood のソロが素晴らしく、これから行くところまで行っちゃうよ!!!と力の入ったところで、突然テープ切れになってしまうところなど、正規盤としてはどうかというところはあるが、まぁ許せる範囲か。
 この時のメンバーはかなり大所帯、Bernard Paganotti (b)、Christian Vander (ds, vo)、Gabriel Federow (g)、Benoît Widemann (kbd)、 Patrick Gauthier (kbd)、Didier Lockwood (vln)、Stella Vander (vo)、Klaus Blasquiz (vo, perc) の8人体制、Vander 尊師の下、緊密なアンサンブルを聴かせる。ギターとバイオリンが頑張っている、どの曲も纏まっていて、この頃の彼らの活動の充実振りが判る録音。

 来週は、社会保険関係の団体の会議や歓迎会、送別会など外で食事をする日が多い、必然的に帰りが遅くなる訳で、読書も一休みか。生活するのに労働は当然で、頑張って働きます、来週も。
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# by ay0626 | 2013-06-09 16:04 | rock

頭でっかちのイカレ・フレンチ・ギター エルドン

 雨が降らないと思っていたら、昨日夕方おどろおどろしく雷鳴が轟き強烈な雨、しかしそれも長くは続かず今日は晴れやかな天気、関東では早くもダムの貯水量が平年の7割程に減っているという。梅雨入り宣言が早過ぎたと気象庁は悔やんでいるかも。

 先週に続き今週もライブへ足を運ぶ。Richard Pinhas が来日、彼のグループ(というか初期はセッション・ミュージシャンを加えたソロ作品に近いが)Heldon は20年以上前から聴いているので、今どんな音を出しているのだろうかと興味があった。ライブでは、吉田達也(ds)、小埜涼子(as) が共演。
 先ずは、サックス・ルインズのオープニング・アクト、何度聴いても吉田さんのドラムには唸る他はない。サックスとのデュオなのだが、ドラムがメロディーを奏でるような感じで、インプロかと思うくらい(サックスとの合わせ方を見ていると作曲されているらしい)自由自在。よくもまあ、あれだけ複雑なリズムを叩き出すものだと感心しきり、ただやはりあの手の音楽は、メロディー楽器そのもののサックスよりも、ゴリゴリとした音のエレキ・ベースのほうが合っている、やはり本家のルインズの方が正解のようだ。20分5~6曲でサックス・ルインズの演奏は終了、10分ほどの休憩を挟み、いよいよ Pinhas 御大が登場。
 Richard Pinhas は1951年生まれ、今年62歳になる。髪はフサフサ、がっちりした体格だがそれほど大きくはない、あまり老けた感じもない、昔の写真とそう違いはない。哲学を学んだという経歴を知っているせいか、何か頭の良さそうな(事実頭のデカイ人ではあった)雰囲気を持っている。活動は70年代半ばから、ということで、自分もそうだが聴きに来ている客の多くが40後半~50歳台、多分高校や中学(ませたガキだ!)の頃、プログレに取り憑かれて未だそれを引き摺っているオジサン(一部オバサン)が集合しましたという感じ、前の週に行ったマタハリ!オールスターズに比べれば客の入りは悪く、30人程といったところか。
 先ずはソロで演奏が開始される。シーケンサーで背景音を作り、それに次々に新しいフレーズを加えていく、段々混沌とした雰囲気になって行く。Pinhas を聴きに行くということで、予習をしようと思い Heldon の初期3枚のアルバムを通勤時間に聴いたが、今回の演奏40年前の音とそんなに違いがないように思えた、音に対する拘りが強いのか、それとも進歩がないのか。15分ほどソロでの演奏が続き、吉田さんのドラムが加わる。このドラム、サックス・ルインズの演奏と全く異なり、強い推進力を持ったロック・ドラムそのものの演奏、吉田さんの演奏家としての凄さが判る。ドラムが加わった後、10分ほどで演奏は終了。
 続く第3部は、小埜さんも加わったトリオでの演奏、小埜さんはフルートに持ち替え、Pinhas の幻想的な音にはフルートが良く似合う、吉田さんのドラムや Pinhas のギターに張り合う堂々とした演奏。途中、アルトサックスに持ち替えるが、サックスのフリーキーな演奏はありきたりな感じで、10分ほどで再度フルートに持ち替えたのは正解、あとはずっとフルートでの演奏、トリオでは約50分ほど。アンコールは、Pinhas のソロ、10分程か、ギターを演奏する時間と同じくらい機材をいじっているように思えるほどエフェクトに気を遣っている、昔から初期 Heldon は「頭でっかち」の演奏だと思っていたが、今でも「頭でっかち」のまま、それでも充分に満足できるライブであった。

 ライブの予習のため、引っ張り出してきた初期 Heldon 作品。5作目以降のずっしりと来る傑作群に比べれば、実験的な(といっても当時はよくあった「実験」なのだが)エフェクトを掛けたギター(かどうかも判らないような音)のロング・トーンが響く、そんな音楽。

a0248963_17335516.jpg デビュー・アルバムは、1974年の Electronique Guérilla 。1968年には、有名な「パリ5月革命」が発生、フランス人はこうした革命に熱狂するらしく、この時も1,000万人がゼネストを行うなど、フランス全土を巻き込んだ大騒ぎ、若き日の Pinhas 君もさぞや若き血を滾らせたであろう。それで Guérilla などという言葉をデビュー・アルバムの題名に入れたのに違いない。
 King Crimson の Robert Fripp に影響を受けているのは有名で、Fripp のロング・トーンに似せたフレーズがあちこちに見え隠れする。Fripp は 1973年に Eno との共作で No Pussyfooting というアルバムを作成しており、Pinhas はこれに相当の影響を受けている。特に3曲目の Northernland Lady という曲の引き摺るようなウネウネとしたギターは、もろに Fripp の音。Fripp & Eno にはお金があって録音機材もよいものが使えたが、Heldon には金がなかった。従って、録音は良くないし、全体的に安っぽい感じになって、とても佳作とは呼べない。
 殆どが Pinhas のソロ演奏(オーバー・ダブは行われているが)、1曲のみドラムやベースの入ったバンド演奏となっている。Magma にも在籍したキーボード奏者 Patrick Gauthier はこの時からの付き合い。

a0248963_17341533.jpg 2作目 Allez Teia 、Georges Grunblatt (Syn, mellotron, tape) との共作、1975年。1曲目の題名が笑いを誘う、In the Wake of King Fripp、Crimson の1作目2作目の題名を混ぜたものに Fripp 閣下の名前をぶち込んだもの、ここまでオマージュ捧げるのも天晴れといったところか。3曲目の Omar Diop Blondin は、Fripp & Eno に献呈されている。不安定なメロトロンの音が当時の流行で、74年といえば Crimson 作品では Red の頃、Starless という名曲には見事にメロトロンが使われていて、このアルバムでもそれがやりたかったのかも知れない。このアルバム、よく売れたという話もあるが、本家の Fripp & Eno の傑作 Evening Star に比べれば冗長な感じ、特に12分を超える5曲目( Fluence )などは音の垂れ流し。
 ジャケット写真はどんな意味があるのだろう、走り逃げる若い男を警棒を持った警官(?)が追いかけている、多分5月革命ではよく見られた場面だったのかも。哲学を学ぶものにとって、5月革命はどう見えたのだろう。

a0248963_17343652.jpg 3作目1975年、It's always Rock'n Roll、LP2枚組の大作。ドラマーとキーボード・プレイヤーが数曲に加わるが、殆ど Pinhas のソロといってよい。題名は唯の皮肉といったところか。
 Eno が創始したアンビエント・ミュージックの典型、フワフワと雰囲気のみの音楽。特にLPの片面を占める Aurore などその典型で、ある意味お昼寝には持ってこいの音楽といえるかも知れない(時にはドラムとベースが入った Mechammment Rock といったロック的な曲もあるけれど)。1曲目の ICS Machinique からピコピコ音が前面に、コンピュータ・ミュージック候。頭でっかちの Fripp 狂いが到達した最初の高みといってよいかも知れない、やはり70年代中盤の典型的な音楽、前2作に比べればそれなりに聴けます、そんなに好きじゃないけど。Heldon のアルバムは、全てアメリカの Cuneiforn Record から復刻された。 Allez Teia は1992年、本作とデビュー作は2枚組として1993年にやっと CDとなったのである。

 暑くなってきた。まだ夜は気温が下がる分、寝苦しいということはないのだが、もう直ぐのエアコンのお世話になりそう。読書の報告は明日にでも。
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# by ay0626 | 2013-06-08 15:45 | rock

復活後はホラー・テイストのBGM ユニヴェル・ゼロ (3)

 もう6月に突入、月日の流れるのが早い。5月の終わり頃には梅雨入り宣言が出て、今年は早いなぁと思っていたら、2~3日ぐずついたがその後は本格的な雨は降らず、走り梅雨だったのかと思う。旧暦でいえば未だ4月も末の4日(つまりは24日)で、そのことを知れば「五月晴れ」が今の5月の爽やかな晴れの日をいうのではなく、本来は梅雨の間に時折ある晴れた日のことを指すのが判る。湿度はそれなりにあるが、お天道さまが顔を覗かせなければ気温が耐え切れないほど上がるわけでもなく、夜も薄手の布団を被らないとちょっと寒い感じがする。直ぐ暑くなってくるのだろう、近年はクール・ビズが定着して首辺りは涼しくなったが、部屋全体は温度高め。昔ほど暑がりではなくなってきたので(エアコンの人工的な冷却が体に堪えるようになってきたのかも)これはこれで良いのだろう。

 この何日か、『逆転検事』で時間を潰し、昨日目出度くクリアした。『逆転裁判』の1~3はそれこそゲーム史上に残る傑作で自分もいい年こいて熱心にやったものだが、4はちょっとどうかの出来だった。この作品は過去作の人物を全面に出して、逃げかけたファンを連れ戻そうという意図が見え見え。ストーリーもコメディー調で一本道のため難易度も低め、特に最終話は犯人が確定した後で引っ張り捲くるものだからくどい印象のみが残った。本作は期待外れの感が否めないが、『逆転検事2』は評判がよいみたいだから、やってみようかという気にはなっている。CD のコレクションでもそうだが、シリーズものには滅法弱く、シリーズ(同一ミュージシャンと言い換えても同じ)の作品だとどんな駄作でも手を出してしまうところがある。今度発売が予定されている『逆転裁判5』も購入するとなると 3DS も手に入れなければ、やや出費が嵩む、ポケモンXYも出るしなぁ、50過ぎのオッサンのブログにしちゃあ余りに程度が低い。

 久しぶりに本屋に行った。西澤保彦さんの『いつか、ふたりは二匹』が文庫化されたのを西澤さんのホーム・ページ(といってもファンの方が運営しているのだが)の掲示板で知ったため。ついでに井沢元彦さんの『逆転の日本史』18巻と19巻も購入、積読本が大量に発生しそうな予感、『悪夢百一夜』と平行して読み進めることとしよう。

 さて、死んでいた Univers Zero が復活したのが1999年のこと。ここからのアルバムはリアル・タイムで(つまりは新譜として)聴くことになる。残念ながら、セッション・アルバム風で85年までの Zero のイメージとは若干異なっていたが。

a0248963_19223937.jpg The Hard Quest 、1999年。アメリカの Cuneiform レーベルから、85年までの全作品を CD化していたのがこのレーベル、その繋がりから新作も出せたのだろう。録音メンバーは、Michel Berckman (bassoon, oboe, English horn, melodica, p[8,9])、Daniel Denis (ds, kbd, perc, melodica, vo[5])、Dirk Descheemaeker (cl, b-cl)、Igor Semenoff (vln)、Reginald Trigaux (b, vo[10], a-g[10])、他に1曲のみハーモニウム奏者が加わる。
 Berckman と Descheemaeker の2人が加わったメンバー構成は初めて。Denis がドラムよりもキーボードに力を入れているのも今までの Univers Zero とは異なる。特に Uzed 以降の Zero はロック的な推進力や力強さが前面に出ていたので、このアルバムを聴いたときは「?」が頭の中に浮かび、「ホラー・テイストのBGMみたいだ」と思った次第。音も綺麗で、クラッシク風という感じ、ロックとは最早呼べないものになっている。曲は短いものが多いが(それ故軽い感じがするところもある)、10曲目の Xenantaya は緊張感のある10分を超える素晴らしい作品、本作中の白眉。自分の持っているのは日本盤(ディスク・ユニオン)で最後の曲はボーナス。
 時代が変わったのはベースが、初代ギタリストの息子になっていること(Reginald Trigaux、Present の紹介のときに書きましたね、変態親子)。Zero のデビューからもう20年以上の時間が経過している。

a0248963_1923127.jpg Rhythmix 、2002年。録音メンバーは、Michel Berckmans (bassoon, oboe, English horn, vo)、Aurelia Boven (cello[1,5,9])、Ariane De Bievre (fl, piccolo[2])、Daniel Denis (ds, kbd, perc, harmonium)、Dirk Descheemaeker (bcl[7])、Bart Maris (tp[6,10,12])、Eric Plantain (b)、Christophe Pons (a-g[1,3,5])、Bart Quartier (marimba, glockenspiel)、Louison Renault (accordion[1])。全てのセッションに加わるメンバーは少数で、殆ど Denis が曲ごとに必要な楽器を集めたという感じ。前作を受け継いでおり、ロックというよりも現代音楽、バルトークやストラビンスキーを思い浮かべる。10曲目の Emotions Galactiques(Galactical Emotions)、12曲目の The Fly-Toxmen's Land などアンサンブルにトランペットが加わり、非常に面白い出来。
 ロック色が薄くなって、特に Uzed 以降の荒々しい感じがなくなり、彼らの魅力が減じたように思う。これ以降の作品もセッション的な雰囲気の作品が多い。

 陽が随分と長くなった、暑くなるのももう直ぐ。夜は短くなるがせいぜい読書に励みましょう、積読の冊数を減らすために。
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# by ay0626 | 2013-06-02 16:54 | rock

衰退期?いえ、絶頂期 ウェザー・リポート (5)

 久しぶりにライブに足を運んだ。マタハリ!オールスターズ、メンバーは梅津和時(sax.cl)、壷井彰久(vln)、佐藤芳明(acc)、鬼怒無月(g)、佐藤研二(b.vo)、佐藤正治(ds.vo)、正にオールスターズという感じ。実に楽しめた・・・かというと、そうでもない。先ず、佐藤正治さんのドラムがどうも趣味に合わない、特にシンバル・ワークが気になる(ヒカシューを見たときはそんなこと全く思わなかったのに)。また、フロントが4人もいるとどうしても各人のソロを繋げる格好となってしまい、構成が平板でだれた感じになる。そのためか、3曲目に余りソロが入らないバラード(アコーディオン奏者の曲ということだが、なかなかの佳曲)やバイオリン/アコーディオン、ホイッスル/ヴォーカルのデュオを組み合わせた曲、Cream の Politician (「政治家」か「政治屋」かで鬼怒さんとベースの佐藤さんが掛け合いをしていた、この曲のボーカルはベースの佐藤さんで、ごつい体の割には綺麗な声でしたね)を入れたり、特に第2部の冒頭、「東北」という歌詞を聴くとちょっと気恥ずかしくなるような曲を梅津さんが朗々と歌い上げる。これも一本調子にならぬための工夫なのだろうが、ちょっと全体的な印象としてはバラエティーに富むというよりちぐはぐな感じのほうが強い。何をどう聴けばいいのか(それほどのことじゃないかも知れないが)迷うような感じであった。最後も Foster の曲を持ってくるとはなぁ、若干あざといよね。
 鬼怒さんや梅津さんのソロはよく聴く機会があるので、いつも通りの印象。ちょっと驚いたのが壷井さんのバイオリン、様々なエフェクトを掛け、ギターのような音を出すかと思えば、佐藤正治さんの龍飛(青森の竜飛岬と「りゅう」の字が違うけど他の意味があるのか知らん)という曲ではいかにも「宇宙的」な音を紡ぐ感じで、変幻自在、目の前でバイオリンと確認して、ああバイオリンの音なのだと認識する、CD で音だけ聴いていたら「キーボード?」と間違えそう。壷井さんも久しぶりに見た、ポチャカイテ・マルコで見て以来だから多分7、8年振り。アコーディオン奏者佐藤さんは初めて見る、ハモンド・オルガン風になってみたり、壷井さんとのデュオは特に良かった。
 ライブ会場は久しぶりに見る大入りで、このメンバーならこのくらいは入るわなぁ、と思った次第。行きがけに本屋に寄って大坪砂男全集の第3巻を購入、文庫で600頁弱、これで1,575円也、どれだけの部数が出ているのだろう。

 読書は『悪夢百一夜』に掛かり切り。家に帰ると飯を食って、『逆転検事』を小一時間、風呂に入って寝しなに読書、これが先週1週間の毎日。『悪夢百一夜』は面白い!としかいいようがなくて、第34夜まで進む。第24夜の「俗物行進曲」、こういう人っているんだよなぁ、第27夜の「窮鼠」は身につまされる、ちょっと哀れな物語、第32夜は「紅葉狩」、艶っぽく美しい、「狩り」が文字通りの意味だと知る、そして第33夜「健康への暴走」の皮肉さ、思わずニヤリ。
 この調子だと、読了にあと3週間は掛かりそう、深木さんの『衣更月家の一族』や昨日購入した大坪砂男全集3巻など何時になったら読めるのだろうか。

 電車の中ではライブ盤ばかり良く聴く Weather Report の5回目。Weather Report を聴き直すようになってから最も見直したアルバムが Procession 。本当にいいアルバムですよねぇ。

a0248963_20391939.jpg Procession 、1983年。このアルバムで Shorter 、Zawinul 以外のメンバーを一新する。リズム隊のメンバーは、Victor Bailey (b)、Omar Hakim (ds, g, vo)、Jose Rossy (perc)。Hakim のドラムは溌剌としたパワーがあり特に好き、Live and Unreleased や Live in Cologne を聴けば Erskine なんか目じゃないのが良く判る。
 楽曲も変化に富んでいて、表題曲の徐々に盛り上がって、また遠くに消えていく感じ(Procession とは、行進とか行列の意)。次の Plaza Real はタンゴ、コンサルティーナ(小型アコーディオン)やアコーディオンが懐かしさを醸し出す Shorter 屈指の名曲、Elegant People の次に好きかも。Two Lines はパワー系の演奏、リズム隊の素晴らしさが現れた曲。Where the Moon Goes はゲストに Manhattan Transfer が加わる、ライブでは Zawinul が歌ったりしているが、やっぱりこっち方が雰囲気は随分出ている。The Well を挟んで、最後は Hakim のオリジナルで、ボーカル・ギターまで演奏してしまうという Molasses Run で締め括り。コンサルティーナ他の生楽器やコーラスを加えた色彩感の豊かさや曲自体の出来も申し分なく、何でこのアルバムがもっと評価されないのかと思う。

a0248963_20393879.jpg Domino Theory 、1984年。前作とメンバーは同じだが、若干硬派というかストレートな感じの強いアルバム。冒頭の Can It Be Done はボーカル・ナンバー(ボーカルは Carl Anderson 、演奏の殆どは Zawinul によるもの)だが、2曲目以降、あまりオーバー・ダビングを行わずに録音された曲が多いように思う。D♭ Walz は Hakim のドラムがなかなかのもの、Shorter のテナーはコーラス系(音が2重に聴こえる)のエフェクトが掛けられ若干気持ちが悪い。The Peasant はうねうねとした感じの曲、次の Shorter 作曲の Predator はスティール・ドラムのような音が聴こえる、非常にシンプルな(5人でやりました、一切他の音は入っておりません、といったような)曲。もう1曲 Shoter の曲は Swanp Cabbage 、不思議な曲、こんな曲を書くのが彼らしい。最後の表題曲は、ドラム・マシーンが基本的なリズムを刻み、Hakim はその上に様々なフレーズを乗せている。Baily のベースも独特なもので、このリズム隊の真価が発揮されている。

 先週は株式乱高下、どんなもんでしょう。通勤で見るサラリーマン諸氏はノー・ネクタイ、いわゆるクール・ビズというのが定着してきたのか。一旦ネクタイを外してしまうと、もう暑苦しくて二度と嵌めたくないと思う。しかし、ワイシャツの上に直接上着だとちょっとその筋の人みたいで、鏡に姿を映すと余り格好のいいものではない。
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# by ay0626 | 2013-06-01 18:26 | jazz