日常茶飯事とCDコレクション
by ay0626
プロフィールを見る
画像一覧
検索
カテゴリ
無駄話
jazz
rock
folk
new age
radical-trad
trad
free improvisation
latin
現代音楽
音楽-その他
dark-wave
以前の記事
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
最新の記事
大坪砂男の粋 + ハット・フ..
at 2013-08-11 15:46
ブログの内容 ちょっと変更 ..
at 2013-08-04 15:59
大人のロック、洗練された音、..
at 2013-07-27 14:49
変容するフリー アルバート・..
at 2013-07-20 14:20
ベースの可能性・無伴奏の魅力..
at 2013-07-07 21:31
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
音楽
オヤジ
画像一覧

お休みに入る前の エスタンピー (3)

 小満も過ぎ、日差しと日照時間は長くなり気温は高くなったが、空気はまだ乾いており、Tシャツ1枚で窓を開けて寝転ぶと風はまだまだひんやりとしている。薫風とはこういう風のことをいうのであろう。通勤電車の窓からは茶色に染まりつつある麦畑が見える。

 花輪莞爾さんの『悪夢百一夜』を少しずつ読み進める。何しろ短編小説が101編も詰まった1,300ページを超える大部の作品。同時に購入した深木章子さんの作品に辿り着くまでには相当に時間が掛かるだろう、もうじき大坪砂男全集の3巻も出るというのに。昔は、長編小説が好きで読み出すと結末が気になって仕方がない、つい無理をして夜更かしし翌日に悔やむということが良くあったが、この頃はあっさりしたもので、しかも短編集となれば1編を読むのにそう時間が掛かることもない、眠くなれば区切りのついたところで目を瞑る。自然体になったということか、歳を取ったということか、どちらでも似たようなもの。
 『悪夢百一夜』、まだ22夜までしか読んでいないが、非常にバラエティーに富んでいて、全部が全部出来が良いという訳にはいかないが、相当に面白い。悪夢という題名から見ても黒い企みに満ちた作品が多く、第1夜の「ちりぢごく」や第2夜の「景徳鎮」などはこの典型。なんだかよく判らないけど淋しいようなユーモアを持つ第3夜「金歯」や第5夜「死者の鼾き」など、読み終わった後小さな溜息が出る。東北の津波を描いた第13夜「海が呑む(Ⅰ)」など、東日本大震災の映像の経験が一層物語に身を入れさせることになる、本山という朝鮮の人が忘れがたい印象を残す。第10夜の「味見指」の淫靡さ、第17夜の「うすばかげろう」の悪意など読みどころてんこ盛り、あと2、3週間は本書に掛かりきりとなりそう。

 世の中を見ると、アベノミクスも転機点になったか、23日には株式市場が1,000円以上も値下がり、債券市場は値下がり長期金利は1%台に乗せる。日銀の黒●総裁は、余裕をかまして「そういったこともあるわいな」と頬に指をあて、いかにも尊大そうに鷹揚に答えていた、一時的な相場になるか大相場前のちょっとした調整か今の段階では判らないが、よい方向にいって欲しいものだ。

 爽やかな季節に Estampie 、ちょっとそんな感じがして。

a0248963_17322155.jpg Fin Amor (フランス語?スペイン語?多分「愛の終わり」の意)、2002年。Warner の系列レーベルから、彼らの作品の多くは Galileo という民族音楽~古楽系のレーベルからのものが多いのだが、この作品のみ異なる。全ての歌詞は、中世(13世紀頃)の作品に Micheal Popp が曲を付けるという、前作からの路線そのものの「中世ポップ」というべき作品で、メロディーもハッキリしており、時にはヒットしそうな曲さえあって聴き易い(殆どの曲が3~5分という長さ)。加えてパーカッションが全面で活躍しており、リズム感にも富む。
 メンバーは、ボーカルに Syrah (Sigrid Hausen)、Cornelia Meliàn、Gerlinde Sämann の3名(といっても殆どが Syrah 姐さんの声しか聴こえないような気がする)、器楽が Popp、Scwindl、Syrah、Sascha Gotowtschikow (perc)、Uschi Laar (harp)、Cas Gevers (tb) というハープ担当以外はお馴染みのメンバー、2曲のみフルート奏者の Jørgen W. Lang が加わる、コーラス隊に7名(Popp や Scwindl を含む)。芸達者な人たちだが、特に Schwindl さんのハーディー・ガーディーは聴きもの、 Gotowtschikow さんのパーカッションも神憑っている(DVD見れば唖然呆然)。

a0248963_17324782.jpg Signum (サインのこと?何語なんだろう)、2004年。本作は Galileo レーベルからの作品。
 Ondus、Fin Amor と本作は雰囲気が似通っており、Popp 氏による古楽の香りのする、歌詞だけは中世から借りてきたポップ・ミュージック3部作という感じ。You Tube などで見るとライブも盛んに行っていたようで、モヒカン・鋲打ち皮ベストの厳つい御哥さんがウロウロしていた映像が印象的。ボーカルは Syrah (Sigrid Hausen) と Gerlinde Sämann の2名、器楽が Popp、Scwindl、Syrah、Gotowtschikow、Gevers にハープは Ute Rek に交替、バグパイプ担当の Thomas Zöller がクレジットされている。コーラス隊は4名。全体的に前作よりも柔らかというか靄の掛かった印象がある、新入のハープやバグパイプにも活躍の場が充分に与えられており、器楽の部分は前作よりも聴き応えがある。特に13曲目のインスト曲などは荘厳で素晴らしい音を響かせる、14曲目は Faun でもお馴染み Andro と同じ曲。

a0248963_17331182.jpg このあと、Marco Polo - Estampie Und Die Klänge Seidenstrasse (エスタンピーと音のシルクロード)という DVD を2005年に出す。Estampie からは Syrah、Popp、Schwindl、Gotowtschikow の4名、イラン人のドタール(リュート)とパーカッション、モンゴルからヨーチン(ハンマード・ダルシマー)、モリンフォール(馬頭琴)&ホーミーという、東から西への音楽シルクロードの道、民族音楽の人たちの器楽演奏のテクニックには目を見張るものがある、演奏が絵になっている。
 その後、2006年にベスト・アルバムをリリースするが、Al Andaluz Project にメンバーが移動してしまい、Estampie 名義のアルバムは2012年の Secrets Of The North までリリースされなかった。

 このくらいの気温・湿度が続いてくれればなぁ、と思うのが直ぐ暑くなってくる。今の季節を楽しもう、といってドライブ先はいつもパチンコ屋じゃ季節感もへったくれもないわけで。
[PR]
# by ay0626 | 2013-05-25 16:11 | trad

変拍子フォークからオルタナティブ・ロックへ ストーミー・シックス (2)

 ちょっと前になるが、東京都の猪●知事がイスラムを批判し、それが五輪立候補地のイスタンブールを批判したことになるという騒ぎがあった。つい最近は大阪の橋●市長が慰安婦や風俗(売春)を肯定するような発言があって物議を醸し出した。
 冷静に考えてみれば、イスラム教は例えばイラクではシーア派とスンニー派が血で血を洗うようなテロ合戦をしているし、シリアの内戦だって少数のアラウィー派が権力にしがみ付くためにやっているようなもの、猪●知事野いう通り「共通なのはアラーの神様」のみというのは的を射た発言ということになる。軍隊は年寄りには所詮無理な職業で殆どが血気盛んな若者で成り立っている、また戦場で殺し殺されるような極限状況にいれば変に性欲が刺激されることもあろう。そんな人たちに禁欲を貫けという方がどだい無理な話。市街戦になって敵国女性を強姦などされると困るから(昔は勝てば官軍、負ければ泣き寝入りだが、今の世の中情報手段が発達したせいで隠し通せるものではない、隠せないと非難轟々)、そうした性的エネルギーを管理するためには慰安婦という名の売春組織が必要なのは当然、橋●市長の発言は真っ当なものだということが判ろうというもの。しかし、それを文脈の中で理解しようとせず、片言隻句を捉え「宗教批判」だの「慰安婦肯定・売春肯定」みたいにいわれてしまっては何もいうなということと同じ、報道の暴力というか偏向ここに極まったか。
 猪●知事のツイッターでの「誰が敵で誰が味方か判った」という発言や橋●市長の「もう正式記者会見以外は受けない」という発言もその通りと思う。何も「慰安婦」を貶めている訳ではなく、イスラムを批判している訳ではないだろうに。まぁ、オリンピックの東京開催には反対なので、これで東京開催がなくなればそれはそれで良かったかも。そういえば、84年に冬季オリンピックが開催されたボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボは、イスラム(ムスリム)の人が多く住む町であった。その後90年代にはセルビアが攻め込み、市街戦が展開され多くの人々が命を落とし、オリンピック開会式が行われた会場は墓で埋め尽くされていると聞く。平和の祭典がかの地で行われたことを考えれば、チトーの偽りのコスモポリタニズムの方がずっと正しかったということか。

 『逆転検事』は初めの2話はやり終えたが、今ひとつ面白みに欠ける。出張を挟んだということもあって、ちょっと放ってある状態、そのうち片付けようとは思っている。本は、深木章子さんの作品と共に花輪莞爾さんの『悪夢百一夜』という厚い短編集(なんと1,300頁を超える!)を買ってぼちぼち読み進めている。大坪砂男全集の2巻はあと数編を残すのみ。読書はそれなりにこなしております。

 ということで、今回は Stormy Six の2回目。RIOの諸バンドとの交流も深まり、変拍子度が高まっていく70年代後半から80年代初頭にかけての3枚。イタリア盤も英語表記一切なしでちょっと困る。

a0248963_1858159.jpg L'apprendista (見習い、日本盤では「修行時代」という題名が付いていた)、1977年。録音メンバーは、Giorgio Albani (sound technician)、Carlo de Martini (vln, vla, mandolin, a-g, vo)、Franco Fabbri (vo, a&e-g, vib, xylophone)、Umberto Fiori (vo, a-g)、Salvatore Garau (ds)、Tommaso Leddi (mandolin, vln, a&e-g, p)、Luca Piscicelli (b, vo)、その他サックスやファゴット、弦楽器などのゲストが参加。サウンド担当がクレジットされ、ベースが Pino Martini から交替している。
 アコースティク主体のサウンドでフォークの風情を充分に残すが、リズムは変拍子がかなり取り入れられ、アバンギャルドな雰囲気が強く出るようになってきている。歌が中心ということで、メロディーラインがはっきりしていることと、アレンジがきっちりとなされているところが聴き易さに繋がっているか。アンサンブルの纏まりも彼らの作品の中一番と思う。Carlo de Martini は本作を最後にグループを抜けるが、彼のバイオリンやマンドリン演奏が相当の核になっているように思う。スピード感はそれほどなく、まったりした感じ(Fiori 氏の歌声を含めて)が彼らの持ち味で、ちょっと頑張っちゃった感の強い Macchina Maccheronica やそれまでの演奏とは趣の異なる Al Volo よりもずっと Stormy Six らしい作品といえるのではないか。

a0248963_18581813.jpg Macchina Maccheronica (マッケロニカ(意味不明)の神)、1980年。RIOの思想的中心になった頃の作品、管や弦を多用しエレキ・ギターもかなり取り入れ変拍子満載の、正しく RIO という感じのアルバムだが、やはり Fiori 氏のボーカルのせいか、Henry Cow のような研ぎ澄まされたようなシリアスさはなく、どこかユーモアも感じさせる、管楽器で活躍するのがクラリネットやトロンボーンという柔らかな音のためか。前作に比べ、即興的な部分がかなり感じられる。
 録音メンバーは、Tommaso Leddi (mandolin, vln, g, as, organ)、George Born (cello)、Leonard Schiavone (cl, ts)、Franco Fabbri (g, tb, vib)、Umberto Fiori (vo)、Salvatore Garau (ds)、Pino Martini (b)。Henry Cow の Georgie Born とサキソフォン/クラリネット奏者が加わり、他メンバーもサキソフォンやトロンボーンなどを持ち替えており、非常にサウンドは色彩感豊かな作品に仕上がっている。ただし、ちょっと肩に力が入っている感じがあって、好き嫌いでいえば前作の方が好き。

a0248963_18583682.jpg Al Volo (エスペラント語で「意志を持って」の意味か?)、1982年。彼らの現役活動期の最終作品。フォーク的な部分を完全に切り捨て、オルタナティブ・ロックそのもの。管楽器やバイオリンなどの擦弦楽器は一切使わず、ロック・カルテット(ギター・ベース・キーボード・ドラム)+ボーカルという構成、リズム・マシーンやベースへのエフェクトなど今までにされていない試みも。Fiori 氏のボーカルも前作よりシリアス度を増している。前作までとはかなり趣が異なるが、これはこれでカッコよい作品、出来はかなりのもの。
 録音メンバーは、中核が残ったということで Tommaso Leddi (kbd)、Franco Fabbri (g)、Umberto Fiori (vo)、Salvatore Garau (ds)、Pino Martini (b) のクインテット編成。

 いつの間にか立夏を過ぎ、明後日は小満。季節は確実に嫌な夏に近付いている。しかし、今日は曇り空で太陽が照っていなければまだまだ肌寒さを感じることもある。空気も乾燥していて気持ちがよい。
 敗れ放題の網戸も、昨日1枚だけ張り替えた、やってみれば出来るもの。来週も2枚くらい張り替えるとするか、夏になって外で作業するのが嫌にならぬうちに。
[PR]
# by ay0626 | 2013-05-19 17:59 | rock

ブルー・ノート 1965年 ウェイン・ショーター (4)

 ゴールデン・ウィークの後半は海外出張が入って、明けの一週間ずっと海外、12日の日曜夜に帰って翌日から会社と、怠惰を旨とする自分は出張帰りの翌日くらい休みにするところなのだが、会議を入れられては出ない訳にもいかない。朝若干遅く出て定時には直ぐに会社を出るということで妥協(?)した。

 飛行機の中では、映画を見るか寝るくらいしかすることもない。映画のプログラムを見ていたらちょっと前に評判になった『レ・ミゼラブル』があって、まぁミュージカルだから飽きることもなかろう、と見出したらこれが非常に詰まらない、何故あんなに評判になるのだろう。もともとユゴーの原作を読んだこともなく、あらすじくらいは有名だから知ってはいるのだが、あらすじ以上の話ではない(後半の革命の話は特に酷くて、金持ちの坊ちゃんが革命運動に加わる、そして銃で撃たれてご存知主人公のジャン・バルジャンが助けるのだが、傷が癒えるとこの坊ちゃん、田舎の地主にちゃんと納まる。革命を是とするのか非とするのか、そこの部分はごっそり抜け落ち、しかしジャン・バルジャンが天国へ行くと革命で死んだ皆が革命歌で迎えてくれる、というほんと、製作者の意図をどう捉えたらよいのか皆目見当が付かぬ)。この映画の出来こそ、嗚呼、無情・・・余りにお粗末な前世紀的神様お願い物語、これで何を感動すればよいのだろう。悪態を吐きながらも、半分以上見てしまうとやっぱり最後まで見ないと自分の時間が勿体無いような気がして見てしまった、もっと勿体無かったりして。続けて、ディズニーの『オズ はじまりの戦い』を見たのだが、これがもっと酷い出来、こちらは思い切りよく1時間程度で見るのを止めた。飛行機では寝るに限るか。

 深木章子さんの『鬼畜の家』、読了。題名の通りの酷い家族、設定がきつ過ぎて、最後の謎解きで明かされる真相のトリッキーさとかなり断絶がある。本格ミステリは、心動かす系のお話(本作も、例えば貴志祐介さんの『黒い家』を思い出させる爬虫類のような女性がぞっとさせる、『黒い家』はぞっとさせるのが目的だからよいのだが。また感動の物語もダメで、例えば乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』が感動の恋愛を描いていないので本格ミステリに出来たわけ)とは相性が悪いようで。とはいっても、文章は達者で構成も見事、次回作を読もうと思わせる出来、流石亀の甲より年の功といったところか。早速、『衣更月家の一族』も購入してしまった。

 近頃、本を読むようになったせいか、音楽を聴くのはもっぱら通勤電車の中だけ、いっそ音楽ブログの看板を外し読書ブログにでも衣替えしようか知らん、などと思ってしまう。そうなる日も近付いていたりして。

 さて、電車の中でよく聴くのが Wayne Shorter 。マッタリした感じが気持ちよい、半睡半醒の意識があるのかないのか判らないような頭の中にスーと入ってくるテナー・サックスの音。

a0248963_16171380.jpg Et Cetera 、1965年6月録音。この作品もお蔵入りしていたもので、初発売は80年になってから、Shorter にはこうした作品が多い。
 ワン・ホーンのカルテット編成でリズム隊は、Herbie Hancock (p)、Cecil McBee (b)、Joe Chambers (ds)。Cecil McBee のベースは深い響きがあって好き、70年代後半の Chico Freeman との共演作など印象に残っている。Joe Chambers のドラムも Elvin Jones や Tony Williams ほど煩くなく、Shorter の音楽には程好い。
 表題作の Et Cetera は、クールというか、ある意味醒めた荒涼な感じがする曲。Hancock のピアノも硬質な(現代音楽風な)感じが曲にマッチしていて、他のアルバムだと McCoy Tyner の方が好きなのだが、このアルバムに限っていえば Hancock で正解、ということのように思える。2曲目以降も押さえ気味の、言い方を変えれば平板な感じなのだが、この盛り上がりに欠ける感じが半睡半醒の通勤電車の時間をもっと気持ちよくさせてくれる訳。
 4曲目の Barracudas のピアノソロ、非常に好き。最後の Indian Song は名曲、名演奏、特にベースの刻み方(唯一ベースのソロが聴ける、このソロ、泣けるほどよい)、ピアノの分散音。
 唯一残念なのがジャケット、初出時のものも自分が持っている再発時のものも、かなりもの足りない。The Soothsayer も同様なのだが、他のアルバムのような感じには出来なかったのだろうか、残念至極。

a0248963_16173282.jpg The All Seeing Eye 、1965年10月録音。4管編成という異色作、録音メンバーは Freddie Hubbard  (tp, flugelhorn)、Grachan Moncur III (tb)、James Spaulding (as)、Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Joe Chambers (ds)、Alan Shorter (flugelhorn [track 5 only])。何といっても Shorter の編曲の才能が発揮されたアルバムで、素晴らしいの一言に尽きる。何といえばいいのか、現代音楽的というのか、フリーではないきっちりと計算された音の積み重ね。異色作であるが故、Shorter の Blue Note 作品(1967年までの)の中で最もよい作品とはいわないまでも、相当好きとはいっておこう(何がいいたいんだ?といわれそうだが)。前作とは方向性が全く異なる。
The All Seeing Eye とは、Eye of Providence のこと、つまりは神様の「全てお見通しの目」のことで、アメリカのお札の裏にあるピラミッドの中に目が描いてあるアレのこと。このデザイン、フリーメイソンとの関係があるようで、下らぬ陰謀論にはよく出てくる(アメリカを牛耳っているのはフリーメイソンだとか、直ぐそういうことをいいたがる輩の多いこと)。そういう意味でこのアルバムの曲タイトルを見てみると Genesis(創世記)、Chaos(混沌)、Face of the Deep(深みの顔)、Mephistopheles(ファウストに出てくる悪魔)などそれらしい言葉が並ぶ、初期の黒魔術的なほの冥さみたいなものとは異なる感じの異世界。
 1曲目の表題曲、特にエンディングのかっこよさには目を見張る。2曲目は珍しく Ron Carter のベース・ソロがフィーチャーされており、それに導かれる Shorter のソロもなかなかのもの。Hubbard のソロも突き抜けている。3曲目の動き回るアルト・ソロも Spaulding 独特な感じ。4曲目はスロー・テンポで、ソロはテナーのみ。5曲目は、Shorter の弟 Alan の作品でミステリアスな雰囲気、Alan はフリーの分野で活躍した人のようで、この曲にもそんな感じが出ている。

 上着を着ていると暑いが、風も乾いて気持ちのよい季節。心まで晴れやかになるようなことがあればよいのだが、生憎と心当たりはない。
[PR]
# by ay0626 | 2013-05-18 14:29 | jazz

おふざけとインプロと技巧 サムラ・ママス・マンナ (2)

 ゴールデン・ウィークも前半終了、明日から3日間また会社、といっても予定が詰まっている訳ではないのでのんびりしたもの。昨日今日とすることがなかったので(ついでに昨日はブログ書くのもサボってしまって)パチンコなんぞやり捲くって運が低迷していることを嫌になるほど認識した、トホホ。

 あんまり、パチンコばかりなのもどうかと思って、久しぶりに土曜日にアマゾンで本とDSゲームを注文、今日パチンコから帰ると荷物は既に到着していた。ゲームは『逆転検事』、本は深木章子さんの『鬼畜の家』。
 『逆転検事』は『逆転裁判』シリーズのスピン・オフ、というか『逆転裁判4』が不評だったため、『逆転裁判』だったか『逆転裁判2』だったかで人気を博した検事「御剣怜侍」を主人公に仕立てた作品。『逆転裁判』は2001年の作品。確か『3』が出て非常に評判が良くて遊んでみようという気になったと記憶しているので多分2004年頃のことではないかと思う。今の3DSの2世代前のハード GBA は、その前の世代の GB に比べ格段に性能が良くなっており、例えばポケモンの『ルビー・サファイア』の後の『エメラルド』という作品なんぞ、よく遊び300時間くらいはやっていたと思う、いいオッサンが馬鹿なことを、と鼻で笑われそうだが、あの作品は遣り込み要素が詰まっていて子供だけにやらせておくには勿体無い、などと思っていたものだ。『逆転裁判』に話を戻すと、これが評判に違わず面白い、ミステリ好きには特に堪らない、トリックなど子供騙しかとも思うが、それでもゲームとして様々な要素が詰め込まれ小説を読むよりは余程考えるためか(小説だと適当に読み飛ばしてしまうこともあるが、ゲームだと一応クリアして行かないと次に進めないのだ)、「クリアした!」という充実感は小説以上のところもあったりした。シナリオの質が落ちた『4』をやって、ちょっと落胆しそこから次の作品には手が出なくなった、そういう意味では小説よりも厳しい世界かも、やはりゲームは価格が高いのでちょっと質が落ちると打撃は大きいようだ。『4』も裁判員制度を見越した要素もあり、見るべきところはあったようにも思うのだが。
 今回『逆転検事』をやってみようという気になったのは、7月に『逆転裁判5』が出るということを知ったため。『4』が2007年の作品だったので、実に6年振りということになる。前作の評判が今ひとつで多分開発陣も気合いが入るであろうことは目に見える、多分よい作品になるだろう。ポケモンの新作をやる前に3DSで何かゲームをしておこうか、ということで『5』を購入することにして、それならと『逆転検事』もやっておきましょうということになった、価格も安く1,700円程度で買える、それじゃあゴールデン・ウィークの暇潰しにということにしたのである。プロローグに当る第1話は先ほど終了したが、それほどの出来ではなかった、クリア報告はまた後ほど。
 本もまた読了後ご報告ということで。

 久しぶりに Zamla Mammas Manna。読み方まで違うのかどうかは判らないけど、グループ名の冒頭の文字が S から Z に変わっている。心境の変化?だとしたらふざけた心境の変化だったりして。

a0248963_18593787.jpga0248963_18595317.jpg Schlagerns mystik / För äldre nybegynnare (ポピュラー音楽の謎 / 歳を取った初心者のために )、1978年。ギターが前作までの Coste Apetrea から Eino Haapala に交替、多分技術的には Apetrea の方が上手いような気がする。
 2枚組アルバムだが、全く傾向の異なる音楽の組み合わせ、何を考えているのだろうコイツら、と思ってしまうような作品、決して貶めている訳ではありません、念のため。旧 LP でいうと A面が子供の声に似せた(変態的)ヴォーカルにアコーディオンやオルガンなどアコースティク楽器で伴奏した小品が並ぶ(8曲!)、B面は17分に及ぶテクニックをこれでもかというまでに見せ付けるジャズ・ロック大曲(これだけの転調とリズム変化、凄まじいというしかありません)、C・D面はインプロ大会、やりたい放題にやってます状態、やや聴くのには疲れる。彼らのやりたい音楽を端的に示して見ました、ともいえる総決算アルバム、特にA面などは例えば Hedningarna や Garmarna などを聴いた後で改めてじっくり聴くと北欧の民族音楽の影響がモロに出ているのが判る。

a0248963_190885.jpg Familjesprickor (家庭のひび割れ)、1980年。ドラムの Hans Bruniusson が抜け(1曲のみ参加)、Vilgot Hansson が後任として加わる。
 内容は、非常に硬派なジャズロック、複雑なリズムや転調を易々とやってのける、彼らの技巧が端的に見えるアルバム、しかし軽さというかユーモアも忘れていないところが Zamla の Zamla たる所以か(特に最初の Five Single Combat など端的、メロディーの軽さとコーラスに目を奪われるが、技巧面の素晴らしさも同時に判ろうというものだ)。80年代になると様々な RIO 関連のバンドが活動を止めたり、作品を発表しなくなっていったりしたが、彼らもこのアルバムを最後に (Von Zamla 名義の作品は数枚残すが)長い休眠期に入る。
 ジャケットの中にこんな言葉が書いてある、「この Zamla のレコードは、変遷期に作られたものだ。勿論こうした(いつものことだが楽観的でも幸せでもない)環境が音楽に影響している。しかし、受け継ぐということの意味は何時だってそんなものだ、貧しかろうが富もうが、両方から影響を受けているのだ。『年老いたばか者は、若いばか者よりもっと馬鹿だ。』ロシュフコーの箴言集」。当時の状況が判るような文章。

 明日からちょっと社会復帰。来月早々には海外出張が控え、やや憂鬱。出張も間近になると憂鬱になってきますね、1か月前はちょっと楽しみだったのだが。
 
[PR]
# by ay0626 | 2013-04-29 18:27 | rock

変なのは格好と言葉 チャンキショウ

 世の中、ゴールデン・ウィークに突入、海外脱出する者は60万人とか、国内の移動も渋滞、渋滞これ渋滞。休むのが一斉だから混むのも一斉、皆が皆動くことはないだろうに、なぞと思っているのは自分くらいか、特に行きたいところもなければ、やりたいこともない、ボーと過ごすのが一番とパチンコなど2時間ほど弾いて、損をせずとも儲かるまでには至らず、金も掛けず時間を潰せれればこんな良いことはない。仕事は勿論嫌いだが、定年になると時間を持て余すことになるのだろうか、そんなに沢山の趣味がある訳でもなし、そのときになって考えればよいことなのだろう。

 読書も順調に進んでいて、大坪砂男全集の2巻も半分ほど読み進めた。そんなに面白い作品があるわけではないが、読み難いのに慣れたのか、嘖々と読み進められる。感想を書くほどではない。

 過ぎた週は、死んだ父の預金だとか不動産の名義書換に大分時間を取られた。遺産というほどでもないが、その処分はかなり面倒だということを聞いていたのでちょっとは覚悟をしていたのだが、意外にあっさりと出来た。死んだ者の戸籍が某市役所一箇所で揃ったのが大きい、昔の戸籍は戸主が変わると新たに戸籍を作り直していたようで、父親の記載のある戸籍は現代戸籍に至るまで5通に及ぶ。勿論、遺産相続者の確定のために必要ということは判るが、80歳半ばで死んだ者に親や祖父母がいる訳もなく、それを確認するために態々戸籍を全部取る必要なんてあるのか知らん。閉鎖戸籍の取得には1通750円も掛かる、現代戸籍の手数料は450円、従って戸籍一揃えで何と3,450円也。それに加えて住民票だの子供の戸籍だの印鑑証明だので2万円近い額を市役所に納めました、ハイ。銀行さんもそのところは良く判っているようで、確認した後コピーを取って返してくれるのだが、各々の銀行独自の書類なんかもあって、出向いてもその銀行の預金を相続する者本人を連れて来い、など面倒なことを言われる。近頃はマネー・ロンダリングや詐欺などへの対応のせいで本人確認を確実に行わなければならないらしく、これは至って手間が掛かる、年金事務所で「本人がヨイヨイで字も書けなければどうするんだ」と嫌味で聴いてみたら、真顔で「介護証明を持ってきて下さい」と言われた、この世知辛い世の中、トラブルを回避するためには面倒でも何でもマニュアル通りが求められるようで。

 ということでチェコのフェイク・エスニック・バンド、Čankišou 。C や S の上に付いている V みたいな記号はハーチェクというらしく、č は チェとかチャという音を、š はシェとかシャという音を表す、従って「チャンキショウ」とカタカナで綴っては見たが、本当にこの発音で良いかはチェコ人に聞いた訳じゃないから判らない。John Mandeville という人が14世紀に書いたという『東方旅行記』に出て来るエチオピアに住む一本足の民族がチャンキ人、その足は極太で、曲げれば体全体を覆うことができるといった記述があるらしい、アルバム・ジャケットに描かれている人たちがそれ。

a0248963_2023559.jpg Hudba lidu Čanki (チェンキ人の音楽)、2000年。このバンド、1999年にチェコのブルノという街で結成されたよう、グループ名が示すとおり、様々な国や地域の民族音楽を取り込んだロックをやっている。メンバー構成は、Karel Heřman (vo)、Zdeněk Kluka (perc, ds, balafon, accordion)、David Synák (didjeridoo, fl,altosax, sopranosax, baritonesax, perc)、Martin Krajíček (mandolin, g, tenorukulele)、Jan Kluka (djembe , perc, ds)、René Senko (tenorsax, sopranoukulele, perc)、Roman Mrázek (b) という7人編成。中心は Karel Heřman のようで、禿頭に東洋風のゆったりした衣装を纏う、朗々とした歌唱。
 例えば、Besh O Drom や他の民族系のバンドに見られるようなテクニックに走ったところは余りなくて、リズムも変拍子を使うこともなく、アンサンブル重視のサウンド。パーカッションの活躍が目立ち、デジェリドゥやアコーディオン、マンドリンなどの使い方で民族色を出しているが、サックスなどにはジャズの影響も見て取れる。聴き易いといえば聴き易いが、各人のソロなどもう少し前に出しても良いのではと思う。

a0248963_20232193.jpg 2枚目が、Densé Ju (意味不明)、2002年。メンバーは前作と変わらず、チェロやトランペット、ギターなどのゲストが参加しており、前作よりも多彩な感じ。特にトランペットやスティール・ドラムの使用はアクセントが付いてなかなか面白い。4曲目の表題作はモンゴルの民謡のようだ。
 このバンドの歌詞は「チェンキ語」のようで、そういえば慣れ親しんだ(といっても意味は全く不明なのだが)チェコ語の語感とはかなり違う。Magma のような強面の創作言語ではなく、むしろリズムに乗りやすい英語的な感じがするのは自分だけか、彼らの演奏する音楽に似合っている。
 Zdeněk Kluka というミュージシャンだけが単独で Wiki に載っていたので見てみたら、この人1947年生まれでかなりの演奏歴を持つ老人(御歳66歳)。1960年半ばから活動を行い、ロック・バンドでの活動を経て、テレビや劇場の音楽を担当した後、バンドに加わった模様。チェコではそれなりに有名な人のよう。

a0248963_20234344.jpg 3枚目が Gamagaj (意味不明)、2004年。赤を基調としたジャケットがなかなか良い出来、最初のアルバムが緑、2作目が青を基調としていたので今作は赤ということか。ジャケット・ブックに遺跡と人物の彫像の絵と共に何か文章が書いてあるのだが、チェコ語のみで手も足も出ない。音楽的にはコーラスを多用し前作よりもパワーで押す感じの強いアルバム、若干楽曲が似通っており一本調子に聴こえてしまう。パーカッションの Zdeněk 爺さんのヴォーカルが味わい深くて(?)洒落ています。
 前作に次いでチェロで Tara Fuki の Dorota Barová が参加しているが、余り目立った活躍はしていない。他にもゲストは若干加わってはいるが、目立った感じはない。

 近頃は、CD を買っていない。音楽聴くよりも本を読んでいる時間のほうが長いかも。ゴールデン・ウィークのうちに何か長編小説でも読もうか、それともニンテンドーDSで久しぶりにゲームでもやってみようか。
[PR]
# by ay0626 | 2013-04-27 17:09 | rock