日常茶飯事とCDコレクション
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政治的前衛と民族的音楽 アレア (2)

 このところ寝付きが悪くて、そのために布団に入って読書をすることが多くなった。春眠暁を覚えず、というがこれは寝付いてしまった後の話。例えば、寒い頃なら布団に入って温まってヌクヌクする頃眠りは訪れるし、暑ければ空調が程好く効いて、体が乾きひんやりすれば眠気はやって来る。それに比べて今どきは暑くも寒くもなく中途半端でいつ眠くなるのか見当が付かぬ、そのうちに眠りに入るきっかけを失ってダラダラと夜を過ごすことになる、それならいっそ読書でも、という感じ。

 先日から読み進めている大坪砂男の文庫版全集、1巻を読了、2巻に掛かったところ。この作家、敗戦後直ぐの時期にデビューしたこともあって、その頃の世相が色濃く出ている。1巻の中でアンソロジーに採られることの多い「黒子」「立春大吉」(この2作は先日の記事にも書いた)「涅槃雪」、「宝石(推理小説専門誌)」49年1月から3月号に連続して掲載された3作品は特にこの傾向が強く、「黒子」の旧軍の資金、「立春大吉」の没落華族、「涅槃雪」の復員兵の悲劇などその頃の読者は身につまされたのだろうと思う。この3作、文体の点でも主題と不離の関係にあって、「立春大吉」と「涅槃雪」を見れば一読瞭然、作者も拘る人だったのだろうと思う。2巻はまだ3編しか読んでいないが、「盲妹」の実直な官吏の悲劇はその背景の湖の描写とも相俟って、なかなかにロマンティックな感興を残す一編。
 戦前から戦後(昭和30年代まで)の探偵小説コレクターはそれなりの数はいるようで、光文社文庫を中心に傑作集が出ているがどれ程売れるものだろう、この大坪のような作家の(文庫の割りには値の張る)個人全集は本当のところ商業出版ベースに乗るのだろうか、直ぐに品切れになるのではないかと思って自分も購入している、3巻4巻も無事に出て欲しいものである。

 平行して読んでいたのが東川篤哉の『私の嫌いな探偵』、烏賊川市シリーズの最新刊。『謎解きはディナーのあとで』がバカ売れ、そちらを書くのが忙しいのだろう、烏賊川市シリーズの長編はとんと出る気配がない。
 この作品集、1編の長さが適当で大坪の短編1~2編と本作品集の1編を読むと1日が暮れるような気がした。最初の作品「死に至る全力疾走の謎」は、発端のトンでもなさと中間の捻りからすっきりしたオチ(真相)の見せ方までなかなかのもの、倉知淳の『日曜の夜は出たくない』を思い出した。2編目の「探偵の撮ってしまった画」も、作品中の描写から鉄拳という芸人を(再び)有名にしたあのことを思い付き、オチまで見事見通せて、それはそれで満足。しかし、3編以降、なかなかこれは・・・という出来のものがないのが残念。それなりに読める作品集ではありました。

 読書の時間が相対的に長くなるのと反比例で音楽を聴く時間が減少しているので、どの音盤を紹介しようかと悩む次第、レヴューを書くなら1度2度くらいは聴き返さなければ失礼でしょう。考えても仕方がないので、一番手近にあった Area 、聴き始めると聴いてしまうものです。

a0248963_19375315.jpg Demetrio 在籍時唯一の公式ライヴ、1975年。流石、公式ライヴだけあって音は非常に良い、各人のテクニック( Demetrio のヴォーカルだけではない。特に4曲目、Are(A)zione の Ares Tavolazzi のベース・ソロの素晴らしさ、凄さ!)を鮮明に捕らえている。次作でメンバーの異動があり、また音楽的にも方向性が変わるため、パワフル変拍子バカテク・ジャズロックとしては最後の作品となる。
 曲目は、Luglio, agosto, settembre (nero) 、La mela di Odessa (1920) 、Cometa rossa という有名曲を LP A面に並べ(オデッサは林檎を齧る音が収録されている)、B面は各人のソロを前面に押し出したインプロヴィゼーション主体の Are(A)zione から共産党万歳の L'Internazionale (インターナショナル、おお!万国の労働者、立ち上がれよ)まで、当時のソ連型でないユーロ・コミュニズムの高揚感が如実に現れた演奏、単純に正義を信じられた良い時代でした。ジャケットのジーンズにアフロ長髪の若い男女の写真が時代を映している。

a0248963_1938693.jpg 問題作といわれることの多い Maledetti (maudits) 、1976年。「呪われた」という意味のイタリア語、カッコ内はフランス語。それに合った、顔面の筋肉と血管の標本図のジャケット。
 内容的にも最初のトラック(LP で言えば A面の最初の曲) Evaporazione (蒸発)はミュージック・コンクレートあるいは演劇の一部、5曲目(LP で言えば B面の最初の曲)は、バッハのブランデンブルク協奏曲を加工して崩壊させた作品。こうした変な趣向が盛り込まれて、最後の曲は完全なフリー・インプロヴィゼーション。また、Gerontocrazia (老人支配) には、txalaparta という木製の民族打楽器が加わる。
 メンバーは、ドラムの Giulio Capiozzo とベースの Ares Tavolazzi が加わるのは2曲のみで、他の曲では Hugh Bullen (ds) と Walter Calloni (b) がリズムを受け持つ。フリー・インプロの大御所(当時は若手乃至中堅といったところか)、Steve Lacy (ss) が2曲、Paul Lytton (perc) が1曲加わっている。前半はまだジャズロックの雰囲気のある曲が多いが、後半はフリー・インプロに半分以上嵌り込んでしまったというか確信的に入り込もうとしている。確かに最後の Caos(この曲のみ Lytton が参加、Lacy ももちろん加わっている) は、後に発表される Ivent 76 と組になる録音で、彼らのフリー・インプロ(当時はフリー・ジャズのヨーロッパ版と思われていた)に対する親近感が如実に現れている。

a0248963_19382037.jpg 1978 Gli Dei Se Ne Vanno, Gli Arrabbiati Restano! (「1978年、神様は休暇、残る怒り」と訳すのか?)、1978年。今までアルバムを出してきた Cramps を離れ Ascolto からの作品、ギターの Paolo Tofani が抜けたカルテット編成(Demetrio がオルガンを担当しているので、キーボード2人体制)。
 前作が混乱の頂点とすれば、バンドのガタガタが収まったせいか、非常にすっきりとした出来となっている。最初の Il Bandito del Deserto (荒野の放浪者)から地中海音楽風の変拍子満開の素晴らしい出来。今まで作曲者としてクレジットされなかった Demetrio が多くの曲で作詞作曲を担当している(実際のところ、それまでも関わりが大きかったものと思われるが)。低音好きとしては、Ares Tavolazzi の素晴らしいプレイが随所に聴こえるのが良い、トロンボーンやギターなど多彩な才能を発揮している。アルバムの纏まりも良く、これからの発展が期待できた好作品だったが、惜しくも翌年、白血病で Demetrio を失う。Demetrio を欠くバンドは Tic Tac (未所持) を発表(1980年)するが、その後長い間沈黙する。

 割りに温度の低い日が続く。この頃短パンを穿く機会が増えたが、ちょっと寒いときも。死んだ親父の貯金などの名義書換をやっていて、面倒ながらも、「こうして確認する訳だ」などとちょっと納得しながら、それなりに楽しく手続きをしている、実務的なことは案外好きなのかも。
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# by ay0626 | 2013-04-21 14:38 | rock

訳も判らず聴いている レ・ゾグル・ド・バルバック (3)

 運気が低迷していることは、パチンコをすれば直ぐに判る。パチンコなど座って手首をちょいと捻るだけ、運があればどんなにボーッとしていても出るもの、正に運があるかどうかの問題。この頃は、出る玉数は少ないが大当たりの出る確率の高い機種もあって、その設定は1/99のものが多いが、今日座った台は270回以上回しても大当たりが出ない。確率的には勿論何百回回しても大当たりがこないこともあるのは判っているのだが、普通期待値が1を超える頃になればこちらの期待も膨れ上がる訳で、これが期待値2を超えてくるとイライラも最高潮、何で来ないんだと悪態付き捲り。今日の機種は「海物語」という有名なシリーズで、絵柄が2つ揃った時に後ろに赤い魚の群れが出ると大当たりの期待が相当膨らむ、「今日の魚群は絶好調、期待大!!」などと台が教えてくれる機能まで付いている。240回超えたところで、魚群・・・出ました!これでやっと・・・と思った途端、ひとつずれて止まりおる、こちらの怒りも頭の天辺まで来ましたね、本日の損失5,000円也。
 昨年辺りから暇潰しに再開したパチンコ、昔のように数万円が一度に消えてしまうことがなくなり、健全とはいえないまでもそれなりのレゾン・レートルはある。しかし、昔のようにのめり込めないのは勝っても大した儲けにならないためか、昔はちょっと出れば儲けも数万円だった、それに比べりゃギャンブルと呼ぶのもおこがましいかもしれない。まあ、自分の今の運気の確認には丁度良いくらいの金の使い方ではある。

 そういえば野球が開幕してはや2週間、ゴルフも休みの昼のテレビ、どの局でもやっている。暖かくなって、スポーツ・シーズンになってきたということか、こちらは全く興味がないので良くは判らない。確かに野球は人気が少しづつ落ちてきているのだろう、夜の中継が少なくなったし、その中継も昔は延長してまで放送していたのだがこの頃は時間が来ればそこで終わり。スポーツも多様化してきたということか、もっと言えば世間全体で興味を持てるようなものがなくなってきたのかも知れない。音楽を見てもそうだ、大体 CD など全く売れず、何十万枚のヒットといっても、それを知っているのは特定の年齢層のみ、なんていうことが多い。それは、社会が成熟した証拠、ということで。

 Les Ogres de Barback の3回目。通勤によく聴く音楽ではあるのだが、情報が少なくてただ聴いているだけ状態、音楽など理屈を付けて聴くものではないことなど重々承知ではあるが、レヴューを書こうとすればそれなりの情報を交えて・・・と思うのは人情でしょう。

a0248963_1739726.jpg Terrain vague (更地、荒地の意)、2004年。赤を基調としたジャッケット・デザイン、かなりのセンス。3面のデジパック仕様で、2冊に分かれた歌詞カードも洒落ている、この Aurélia Grandin のデザインは Ogres の一部となっている感じ。
 音楽は、このアルバムから一層多彩になってきた感じで、エレキ・ギターの導入やオーケストラ(L'orchestre du JOSEM) や金管バンド (La Fanfare du Belgistan) との共演など、今までにない試みがなされている。7曲目の 3-0 という曲にゲストがかなり参加していて、フランス各地での公演で参加したミュージシャンのようだが、詳しくは判らない(自分の興味の方向とはちょっと違う類の音楽故)。確かに、DVD なんか見るとかなりのゲストが彼らのコンサートには出入りしているようだ。
 次の作品の冒頭を飾る2曲目 Angelique 、同じく次作で再演される Rue Mazzarine 、彼らの演奏能力を見せ付けるインストルメンタル曲 Une de plus など個々の曲も素晴らしい。この作品から彼らの音楽の多彩さが一層広がることになる。

a0248963_17392561.jpg Les Ogres de Barback et la Fanfare du Belgistan (肉屋の鬼とベルギーの風)、2005年のライヴ・アルバム、72分を超える録音時間。
 la Fanfare du Belgistan は調べても良く判らないのだが、多分このアルバムには7人が参加、パーカッションを含むベルギー出身の金管バンドではないかと思う。Ogres とは3年間も一緒にツアーをしたらしく、Ogres のレーベル (Irfan) から2枚のアルバムをリリースしている。バリトン・サックスやアルト・サックスのソロなどが聴こえる、なかなか賑やかな印象のある演奏、ギンギンのエレキ・ギターも後半で活躍。
 Ogres 好きなんですがねぇ・・・何を書いてよいのやら。音楽は音楽で楽しむべきなのでありましょう、変な薀蓄捏ねずとも。しかし、フランス人は英語というものを使いませんね、記載は全てフランス語のみ、ここらはドイツやスウェーデンとは一線を画すところ、ただイギリス・アメリカというマーケットに売ろうとしてないだけのことかもしれないが。

 今年の高島暦を見るとそれなりに運勢は良いはずなのだが、まぁ、6月から運気が上昇するというご託宣を信じて見ることにしようか。占いの類は、自分に都合の良い部分のみ信じる方針なので。
 
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# by ay0626 | 2013-04-14 16:29 | trad

極北の寒風 ワルシャワ・ヴィレッジ・バンド (2)

 肌寒い日が続く。運気低迷ぶり返し、あんまり良いことがない。

 本の話題、先週東川篤哉さんの『私の嫌いな探偵』を買ってきた、烏賊川市シリーズの最新作。この方、近頃は『謎解きはディナーのあとで』で大ブレークしているが、そっちは全く読んでいない。かなり前、光文社文庫から出ていた鮎川哲也と二階堂黎人編集の「本格推理」シリーズに採用された頃から一応は目を通していて、カッパ・ワンで『密室の鍵貸します』を読んですっきりした出来に感心し、2作目の『密室に向かって撃て』も印象が良く、新刊が出れば読むようになった。軽い割には謎解きが確りしており、何よりもいい加減な探偵鵜飼杜夫の性格が好きで(どうも読んでいると大泉洋の顔が頭の中に出てきて仕方がない)、キャラクター小説という訳ではないが二宮嬢、十乗寺嬢、戸村くん、砂川警部など変人たちの書き分けも上手い。3作目の『完全犯罪に猫は何匹必要か?』、4作目の『交換殺人には向かない夜』までは快調なペースで、それも後に行くほど出来が良いと感心していたのだが、次がなかなか出ない。『館島』や『もう誘拐なんてしない』はそれほどの出来でもなく、鯉ヶ窪学園探偵部シリーズもあまり好きではなかったので、彼の作品を読むのは最早これまで、と思っていたら4年ぶりに『ここに死体を捨てないでください!』が出て(ちょっとこれまでのシリーズとは違った方向の作品だが)、その後短編集2冊が纏まり、細々と縁が続く次第。今のところ、積読状態。

 大坪砂男の方は正に蝸牛の歩み状態、今週読んだのは1巻の「黒子」「立春大吉」の2編のみ。「黒子」の狙いは面白いと思うのだが余りに晦渋、じっくり読んでも良く判らない、2度3度読み返してやっと意図が判る、それにしても読み難い文章に加え捻りに捻った構成では現代の判り易い小説に馴れた者は途中で止めてしまうかも、という感じ。「立春大吉」は浮気性の若い嫁への執着と気持ちの悪い子供への距離を置いた感情が、皮肉めいた文章に上手く乗り、意外な凶器を使った殺人に結びつくところなどかなりの出来、感心致しました。

 世の中、先週も書いた通り株と為替は一段進み、さてこれが吉と出るか凶と出るか、もうちょっと経たぬと判らない、病気の根が深ければ劇薬に近いクスリしか効かないのかも。
 海外では、北の第一書記さまがブラフの連続切り、こちらもどんな幕切れになるのか。
 いろいろ、気になることが多い今日この頃ではあります。

 ということで Warsaw Village Band の2回目。このバンド、聴いていると不安感を煽るような音楽なので、通勤時間でも余程気力充実の時にしか聴かない。特に新しい作品ほどそんな感じ。

a0248963_1917037.jpg  Uprooting 、2004年。Maja Kleszcz (cello, vo)、Maciej Szajkowski (frame ds)、Magdalena Sobczak (dulcimer, vo)、Wojtek Krzak (vln, hurdy gurdy)、Sylwia Świątkowska (vln, vo)、Piotr Gliński (baraban ds, xylophone) という6人組。これに加えて、コーラス隊ほか DJ 、Dub 担当などがゲスト参加。伝統音楽とクラブ・ミュージックを融合しようとしているのは、ジャケット・ブック中央のメンバーの勢揃いした異常な色彩のファッションを見ても判る、Youtube のライヴ映像でも尖がったファッションを披露し、ある意味パンク的な印象も。
 本作品は題名からも判る通り、「過去に遡っていく」。何曲かの冒頭に LP (SP?) から盤起こししたような(プチプチしたスクラッチ音)古い演奏が置かれている。その割には、1曲目など DJ のターンテーブル音がてんこ盛りといった状態、他にも数曲そんな曲がある。正にラディカル・トラッドという感じ。Maja Kleszcz というお姐さん、ちょっとアンニュイな雰囲気を持った、それでも地声系のヴォーカルで聴かせる。
 このアルバム、2008年に Upmixing という題名でリミックス盤が出ているが、それは未聴。
 まだこのアルバム辺りまでは、明るいところも感じるのだが、次作以降その「寒風」度は増してゆく。

a0248963_191725100.jpg Infinity 、2008年。メンバーは前作と同じ。
 聴いていると不安になってくる1曲目から、なかなか全曲55分余りを聴き通すには根性のいるアルバム。本当にずっしりとした聴き応えのある作品。
 特筆すべきは2曲目、Maya 姐さんのヴォーカルはいつも通りだが途中のチェロ・ソロの素晴らしさに加え、Tomaz Kukurba というゲストの声、これが何というか「凄まじい」の一言、幽霊妖怪の類(ヨイクとの関係があるのか?)、多分男なのだろうが中性的な感じでもっともっと歌って欲しいと思う。4曲目は、またまた DJ を加えた音響処理の効いた作品、5曲目は女声コーラスと打楽器のみの作品。6曲目は女声ゲストが加わる、バックのコーラスは全てゲストの声のよう、ヴァイオリンはピチカートのみの演奏(トリオ演奏)。7曲目はトラッドの王道といった堂々とした演奏、本作中屈指のトラック。9曲目はインストルメンタル、狂ったようなヴァイオリンが印象的。11曲目もゲストを加えた演奏(チェロ、ヴァイオリン、ヴィオラの器楽に男女ヴォーカル)、ブルーズが題名に入っているがその通りの曲調、男声はそんなに特徴的といったものではない。12曲目は Magdalena のダルシマーが全面的にフィーチャーされた美しい曲。

a0248963_19174872.jpg Nord 、2012年。Maja Kleszcz と Wojtek Krzak が抜け、Paweł Mazurczak (b) と Ewa Wałecka (vln, vo) が加わる。女性3人がメロディー担当、男性3人がリズム担当という分かり易い構成になった。Maja 姐さんが中心かと思ったらそうではないらしい。
 やはり聴きものは、1曲目と2曲目、Hedningarna 全員参加(自身のアルバム & の出る前に録音されている、Valter Kinbom というパーカッショニストはメンバーなのか?)!!!1曲目、不穏な不協和音に始まる導入部から Hedningarna の雰囲気満載、まるで Trä や Kaksi! の世界が帰って来たかのよう。切り裂くような Miłosz Gawryłkiewicz のトランペットも格好よく決まり、凄まじい演奏が繰り広げられる。2曲目、 Hållbus Totte Mattsson のハーディー・ガーディーと Anders Norudde のバグ・パイプの素晴らしさ、世界がぐっと広がる感じ、何とも言えません。最初の2曲の印象からか、「峻厳」「極北」のイメージが前作以上に強調されている。ここまで密度の高い演奏をやってしまうと、次作はかなり作り難かろうとは思う。

 二十四節季で言えば清明を過ぎて穀雨に向かう頃、空気も湿り気を帯びてゴールデン・ウィークへ。さて、何をしましょう、去年みたいな目だけは会いたくありませんな。
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# by ay0626 | 2013-04-13 17:25 | radical-trad

デビューの頃 1956-1959年 セシル・テイラー (6)

 台風一過、とはいかず、北風のちょっと冷たい風が吹く、雲が重く垂れる。花が散ったのに花冷えとはこれ如何。

 木曜日だったか、日銀が思い切った金融政策を発表してそれに市場が反応、円安と株高が一段と進んだ。市場が金でじゃじゅじゃぶになって、金は何処へいくのか。資金が必要な中小企業に金がいくかといえばそうは思えない、彼らには信用がない、貸し手は充分な金利が取れないのに信用リスク(元本のリスク)など取れるはずがない、従って真に必要なところにはいかない(超低金利状態で貸し出しが伸びなかったのは事実)。しかし、じゃぶじゃぶの金はどうかしなくてはならない、遊ばしておく訳にはいかないので。それは投機的な市場にいかざるを得ない、株式や不動産、コモデティなどなど、どう見てもバブルの再来を狙っているのじゃないか、その傾向は今も見えている。
 そして、もう一つ、円安が進めば輸入インフレが進む、原子力が禁じ手にされているため、どうしたって高いエネルギーを輸入しなければならない、輸出は増えるかもしれないが本当に収支は改善されるか、改善されなければ酷い円安になり、2%どころではないハイパー輸入インフレがやって来る。
 まぁ、そう悲観的に考えることはない、景気なんて「気」のもの、何をやっても上手く行くときは上手く行く、世の中そんなもん。持っている投資信託もかなり値段が上がった、ありがたや、ありがたや。

 年度初めとしては上々のロケット・スタートの世の中、自分を振り返ると(またもや運気低迷か)疑問符の付き捲る仕事振り、生活振りだが、そのうちいいこともある、そうでも思わなければやっていけない。ということで、改めて原点から(何の脈略か?原点だの初心だのはこういうときに使う言葉)。Cecil Taylor のデビューの頃、久しぶりに聴いて見ました、初期4作品+1。

a0248963_1704511.jpg デビュー作 Jazz Advance 、1956年9月録音。驚くなかれ、自分が生まれるより前に録音された作品。所有しているのは2010年の EMI ミュージック・ジャパンの版だが、音は時代がかってはいるが充分に聴ける、60年近く前の録音でもそれなりなんだ、と感心する。
 録音メンバーは、Buell Neidlinger (b)、Denis Charles (ds)、Steve Lacy (ss, track2,4)。オリジナル盤は6曲収録だけれども、後に1曲増補された(自分の持っているのは6曲収録のもの)。
 一聴、変な感じはするけれども、どう聴いてもジャズそのもの。自分のCDコレクションには他に50年代録音のジャズ・アルバムはないので何ともいえないが、当時としてはかなり前衛的な作品だったのだろう。Taylor の初アルバムという歴史的意義だけではなく、Cecil Taylor はデビュー当時から Cecil Taylor であったことを教えてくれる作品、この時、Cecil 27歳。3曲目のエリントンの Azure は後の演奏の萌芽を充分に感じさせる、また5曲目の You'd Be So Nice To Come Home To はコール・ポーターの曲をアブストラクトな現代音楽風にしたピアノ・ソロ、後の Silent Tongue や Indent などを想起させる、最終曲の Rickkickshow は、素晴らしく躍動感に富んで、聴き応えのある作品。
 Steve Lacy もこの時23、4の若造で、音楽理論を Taylor から学んでいたらしい。若々しい演奏だが2曲しか参加していないのが残念。Buell Neidlinger と Denis Charles は、初期の Taylor のリズム隊、Neidlinger はその後、クラッシクの世界にいったという。やや Denis Charles の叩き方に時代を感じる。

a0248963_176587.jpg 次が、At Newport 、1957年6月のライヴ作品。LP の A面が Taylor カルテットの作品(B面は Gigi Gryce & Donald Byrd クインテットの演奏)。録音メンバーは Jazz Advance と同じ。
 司会者の紹介に続いて、多分 Taylor が曲名をアナウンスして演奏が始まる。Lacy のソプラノが全面に活躍し、57年録音とは思えない良い音で躍動感溢れる演奏が繰り広げられる。まだまだ、充分ジャズの範囲での演奏。2曲目、3曲目が Cecil のオリジナルだが、特に2曲目などは印象に残る。
 このアルバム、LP の半分ということもあって、なかなか復刻されなかったが、単独では2002年に、そのほか Jazz Advance にボーナスとして収録された。自分の持っているのは 60-61年の Nat Hentoff Sessions のボーナスとしてのもの。

a0248963_1712636.jpga0248963_172583.jpg Looking Ahead!、1958年6月録音。Buell Neidlinger (b)、Denis Charles (ds)、Earl Griffith (vib) という録音メンバー。バイブラフォンが加わるのは珍しい。全て Cecil のオリジナルによる録音(1曲のみ Griffith との共作)。ジャズそのもので、Jazz Advance より前衛色は薄いかもしれない。
 この Cecil ~ Neidlinger ~ Charles のトリオを中心に作られたのが Love for Sale、1959年4月録音。LP でいえば A面がピアノ・トリオ(コール・ポーターの作品を演奏)によるもの、B面が Bill Barron (ts)、Ted Curson (tp) が加わったクインテットによるもの。再発時に1曲追加されたが、自分の持っているのは5曲収録の旧版。最初の曲の出だしなど、Cecil Taylor の雰囲気があって(低音を力を込めて弾くところなんぞ)好き、Neidlinger のベースも変わっていて良いが、スタンダードを基にしている分、充分にジャズ。B面の管が入る2曲は、Cecil のオリジナルで雰囲気が違うのがはっきりと判るが、まだまだ調性もある普通のジャズの範疇。

a0248963_171458.jpga0248963_1715677.jpg この流れとは別に録音されたのが、大御所 John Coltrane との共演盤 Hard Driving Jazz (Coltrane Time 、1963年に再発されたときの題名、そりゃ Coltrane の方が名前の通りが良いので仕方ないが)。1958年10月録音、メンバーは Kenny Dorham (tp)、John Coltrane (ts)、Chuck Israels (b)、Louis Hayes (ds)。他のアルバムより音が悪く、籠り気味。Cotrane もブイブイ吹き捲るというわけではないので、何気なく聴いてしまうと、普通のジャズという感じ。Cecil の側から見ても Coltrane の側から見ても特に重要な作品とは思われない、2大巨頭合間見えての作品には違いないのだが。

 ここら辺りまでが、ジャズらしいジャズをやっていた Cecil くん。60年辺りからもっと尖がってきて、62年頃には完全無調男となってしまう訳、人生に大きな転機のやって来る前夜といったところ。

 この頃、CD を買わなくなった。この1か月ほど1枚も購入していない。新しいものに手を出さなくなったせい、ここまで手を広げるとそんなものかも知れない。じっくりとあるものを聴き直してみるとしようか、また違った発見があるかも。
 
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# by ay0626 | 2013-04-07 16:28 | jazz

ブルー・ノート 1964-1965年 ウェイン・ショーター (3)

 女心と春の空。台風並みの低気圧がゆっくりと東へ進む、昨日は気温が上がり眩い春の陽光が燦燦と降っていたのに、今日は大粒の雨が横殴り。どう見たって、秋の空より「春の空」のほうが、女心には近いようで。

 少しずつ読書をするようになってきて、先日は小林泰三さんの『完全・犯罪』を読んでいると書いたが、これは『大きな森の小さな密室』同様あんまり趣味ではなくて、ちょっとどうかと思う出来。作品全部を読んでいるという作家は、三津田信三さんや西澤保彦さんなどがいるが、それでも全ての作品が好きという訳ではない、沢山作品があれば出来がよいのもあれば悪いのもある、そんなもの。
 大坪砂男の文庫版全集が発刊され始め、先週第1巻を購入したが、昨日第2巻も手に入れた。日下三蔵さんの編集も凝っているが、テキストの多少の差異をあれだけ熱心に(偏執的に)調べるとは大したもの。昨日は日下さんの解題と「天狗」のみ読了、「天狗」は何度読んだであろう、何度読んでも笑ってしまう、自己愛と自己弁護の塊が倒錯した論理から奇想天外の犯罪を生み出す物語、今ならさしずめ新型うつ病の典型のような人物の理屈に付き合う小説。喬子さんも「まあ!」までにして「失礼な!」とさえいわなければ、空を飛び白い美脚を晒すこともなかったろうに。昭和20年代始めの雰囲気も露に「洋褌を着了した刹那に咫尺した」だの「笑止なり!個の担板漢!」などの文章を見るに付け、にやりとしてしまう。
 第1巻では「赤痣の女」「三月十三日午前二時」「大師誕生」の3編を読む。今から60年以上も前に書かれた小説で、文章も凝っているのか読み難い上、構成もごちゃごちゃとやたら複雑、なかなか理解しながら読もうとすると時間が掛かる。特に「赤痣の女」など、登場人物の行動があまりに自分勝手過ぎて、見えることと心理状況がまるで違う、真相までがどれが本当のところか。探偵役の緒方三郎の言葉が最後で混乱を招く、天城一や山沢晴雄のリレー小説『むかで横丁』を思い出した。
 昭和47年刊行の旧版全集が本棚に収まっているので、中学生の頃、一度は読んでいるはず、よく理解できたものだと自分で自分に感心したりして。その頃は、乱歩や正史を読み漁っていたから、今よりもそうした時代の小説を読むことには慣れていたのかも。
 ゆるゆると1日1編か2編読んでいきましょう、どうせ暇潰し。

 今回は、Wayne Shorter の3回目。本を読みながら音楽を掛ける、ということをしなくなって、というよりも本を読んでいると(こうして文章を綴っているときも同様)、音楽が全く耳に入ってこない。それならばいっそ掛けないほうが良いと、そんな訳でこの頃は音楽を聴く時間がかなり減ってきている、音楽ブログを標榜している割には情けない現状。通勤時間の1時間が、一番まともに音楽を聴いていることになる。

a0248963_1750457.jpg Speak No Evil 、1964年12月録音。ブルーのジャケットに能面のような女性の写真、題名の上にはルージュで唇の形がクッキリ、正に『不吉なことはいうな!』というジャケットです。この女性、調べてみると日本人らしく「ナカガミ・テルカ」という名前、Shorter の最初の奥さんで二人には Miyako という娘がいるとのこと、そういえば Shorter 作品のコピーライト表示で Miyako Music というのがあったように思うが、この人のことなのかも。
 録音メンバーは、Freddie Hubbard (tp)、Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Elvin Jones (ds) 。Elvin が Tony Williams に変われば、VSOP Quintet ですね。同じようなメンバーでの録音の多いこと、気の合った仲間だと良いものが出来易い、それもあるかも知れない。Elvin は、Coltrane との演奏では全面的に叩き捲くりだが、Shorter との共演においてはかなり抑制的な演奏で好感が持てる。5曲目の Infant Eye のみがカルテットでの演奏、なかなか濃密な感じの作品、他のミュージシャンに取り上げられることも多い。
 Shorter のリーダー作でのピアノは、McCoy Tyner か Hancock のどちらかだが、Tyner の方が叙情的な感じがしてずっと好き。前2作が Tyner なので、今作は若干乾いた感じになっている。
 曲目を見ると Witch Hunt だの Dance Cadaverous など「黒魔術的」だといわれそうだが、前2作よりも聴き易くなっているような感じがする。

a0248963_1751261.jpg The Soothsayer 、1965年3月録音。録音メンバーは、Freddie Hubbard (tp)、James Spaulding (as)、McCoy Tyner (p)、Ron Carter (b)、Tony Williams (ds)。この作品、録音時にはお蔵入りの状態で、最初に発売されたのは1979年になってから、演奏には瑕疵があるとは思えず、非常に良い出来。特にアルトの Spaulding 、立派なソロを聴かせてくれる、後の All Seeing Eye や Schizophrenia にも登場しているミュージシャン。
 65年の冒頭に Miles バンドで E.S.P を録音しているためか(tp + ts のクインテットは Miles バンドで充分と思った?)、65年以降の作品にはトランペットを加えたクインテット編成のアルバムはない、ワン・ホーンか3管以上の大型編成の作品ばかり。大型編成になると、Shorter の編曲の才能を発揮することになる。
 冒頭の Lost 、Weather Report の Live in Tokyo でも演奏されている(1枚目のメドレーの中の1曲として、ちょっと判り難いが)ワルツ・タイムの曲。表題曲の Soothsayer とは預言者のこと、不思議な曲想は Shorter 独自のもの。5曲目の Lady Day とは、Billy Holiday のこと、彼女に捧げたバラード。最後の曲(CD では Angola の別ヴァージョンが付いているが)は、何とフィンランドの作曲家ヤン・シベリウスの曲、テナーのソロから始まって後からアンサンブルが付いてくるという曲構成、Ron Carter もソロを取っている、いい感じの音色のソロ。
 アレンジの素晴らしさでは後の All Seeing Eye には負けるか、それでもお蔵入りにするほどの出来ではない。次の Et Cetra もお蔵入りするが、何か理由・意図があったのだろうか。

 久しぶりにのんべんだらりんと。外に行かないのは春の嵐のせいにして、余りに何もしなさ過ぎると夜の睡眠に影響が出そうだが、明日も休みということでまぁいいとしましょう。
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# by ay0626 | 2013-04-06 16:44 | jazz