日常茶飯事とCDコレクション
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ベースの可能性・無伴奏の魅力 吉沢元治

 昨日もドラクエ7をやり捲くって、書くことが思い浮かばないので1日お休みになった。この頃は音楽も聴かず本も読まず、ひたすらサルのようにドラクエ7をやっている、今まで費やした時間なんと57時間超!

 おじさんもこの頃は良くゲームをやっているようで、ファミコンやらスーパーファミコンで遊んだ人たち、今40歳代前半の人だと頷いてくれると思う。自分の世代は、子供と一緒にやるか、パソコンがマイコンと呼ばれていた時からやっている人が中心、まぁいい大人はゴルフとかそういう大人の遊びをしなくちゃね、と思っている人たちはビデオ・ゲームとは縁がなかろう。そういえば、社会人になって2~3年後(大学時代には KT-80 という自作コンピュータのセットが発売され、高価ではあったが友人の一人は購入して遊んでいた)には、例えば富士通のFMシリーズとかNECのPC-88、98シリーズとか色々な機種が出て、ちょっとしたブームとなった。しかし、かなり高価だったことは確かで、購入するのに相当無理をしたのを憶えている。
 この当時、嵌り込んだのが『Wizardry』と『信長の野望』。特に『Wizardry』はやり込んだ、モンスターと出会うと読み込みに時間が掛かり、ドライブががちゃがちゃ音を立てる、戦闘が終わるとまた読み込みに時間が掛かって・・・・・・、と今から考えるとイライラするんじゃないかと思えるのだが、当時はそれで満足していた訳だ。『Wizardry』は、戦闘結果を自動読み込みする仕様となっていたので、全滅などすると真っ青、二度とそのキャラクターと会えなくなる。このゲームのなかなか厳しいところなのだが、読み込んでしまう前に強制終了してしまうと助かることがある、地下8階辺りでアーク・デーモンとご対面しようものなら、強制終了ボタンに手を置きつつ・・・ということになるのだ。
 ここら辺のところは、矢野徹氏の『ウィザードリイ日記』にも記述のあるところで、頷きながら読んだものである。矢野さんは日本SF界の長老で、『カムイの剣』が有名、自分も夢中で読んだ記憶がある(多分高校生の頃)。矢野さんも60歳を過ぎてコンピュータ・ゲームに嵌り込んだ口で、そのことが面白おかしく書いてある、こんな風に歳を取りたいと思っていたが、既に彼が『Wizardry』に嵌り込んだ歳に近くなっている。

 CD のほうは、近頃聴くことが少なくなっていて、ついに音楽ブログお終いか、と自分でも不安になってくる。そうしたら、読書とゲームのブログでいいや、と何ともいい加減なことを考えている。

a0248963_2139975.jpg 今回は、吉沢元治、言わずと知れた日本フリー・ジャズ界を代表するベーシスト。といっても、所持しているのは初期3枚のソロと阿部薫との『Nord』のみ。大学生活の後半、ちょうど Cecil Taylor の Great Paris Concert を聴いて、Alan Silva のベースにいたく感激、ベースをもっと聴きたくなった。そのときたしかトリオ・レコード(今は無きオーディオ・メーカーの子会社)から一連の日本のフリー・ジャズの廉価盤シリーズが出て、その中で聴いたのがここで紹介するうちの2枚。このシリーズは、沖至の『しらさぎ』だとか加古隆と高木元輝の『パリ日本館コンサート』とか豊住芳三郎の作品とか、本当に良く聴いたレコードが多かった。ジャケット・デザインも優れたものが多かったように思う。
a0248963_21395045.jpg 吉沢元治は、1931年生まれ、1998年に亡くなっている。他のフリー系ミュージシャンに比べてもかなりの年長者である。初期のベース・ソロ3部作が有名(後期ソロ3部作もあるのだが、聴いていない)。
 最初のソロ作品は、『Inland Fish』、1974年9月のライブ録音。LP B面の殆どを占める Correspondence は豊住芳三郎とのデュオ。2枚目が『割れた鏡または化石の鳥』、1975年7月軽井沢教会での録音。これは ALM というマイナー・レーベルから出て、当時は全く手に入らず、CD化されてから初めて聴いたもの。10曲のバラェティーに富んだ作品集。3枚目が『Outfit』、1975年9月のライブ録音。bass solo 2 1/2 とあるのは、最初の『Inland Fish』のB面が豊住氏とのデュオだったからであろう。
a0248963_21402197.jpg どの作品も、イマジネーション豊かで、真面目な人柄が滲み出る作品。特に2枚目の『割れた鏡または化石の鳥』は『よくこんな曲想が出るなぁ』という感じ。例えば Silva がヒステリックな感じ(バイオリン並みの超高音を出したり、といったところなど)なのに対して、ベースの低い音を中心に組み立てている、ベースのベースらしい音が好きなのだと思う。1年に2~3回しか聴かないが、それでも30年(途中10年以上のブランクはあるが)前から聴いていて、未だに聴くのは、やはり低音好きだからか。

 もう梅雨明けか。朝から気温はぐんぐん上昇、小暑どころじゃなくていきなり大暑、酷く暑い夏になりそうで。
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by ay0626 | 2013-07-07 21:31 | free improvisation

その後のはっぴいえんど スタイリスト&ギタリスト 鈴木茂

 昨日が凄く暖かくてこのまま春に突入するかと思ったが、今日は風が吹いて雨が降り、若干寒いくらいになった。今時分は寒暖の差が大きく、天気も変わりやすいのか。ニュースで見ると東京以西では春爛漫の気候、九州では夏日になったところもあったのに、北海道では猛吹雪、日本って案外広いのだと改めて思うのでありました。

 来年卒業予定の大学生諸君は、就職活動も山場を迎え、4月ともなれば最終面接に臨むことになる。我が娘も就職活動真っ盛り、大学が北海道にあるものだから移動に掛かる時間もお金も相当なもので、苦労しているようだ。どんな会社に行きたいのか、じっくり話したこともないので判らないが、第一志望のところに受かればいいと思っている。
 自分が社会に出たのは、何度も書いたが80年代の始めのころ、70年頃の円高不況も治まり企業の採用活動も活発になってきた時代。今のようにエントリー・シートに目一杯自己アピールを書き連ねることもなく、そのかわり親父や兄弟姉妹の職業や会社での地位など、平気で書いたしそれは当然のことであった。愛読書や尊敬する人物など、今では思想信条に触れると忌避される事項も勿論記したものである。
 昔は、企業も入ってくる人に「全人格的隷属」を求めたし、それに見合う経済的恩恵(つまり賃金の上昇ですね)を与えることができた(と思った、ということではあるが)。それが、今ではどうだ、ブラック企業といわれる「人格的隷属」のみを求め「経済的恩恵」の全くない会社まで現れた。そうなれば、じっくりと「良い」会社を選ぶしかない。若くこれから社会に出る人たちに言いたい、働く意味を考え、決して自分を安く売るなと。自分の働きは本来は給料以上だ、矜持を持てと。豪く真面目なことを書くようだが、搾取されてはいけない、搾取を認めてしまえば世の中、もっともっと悪くなっていく、自分を持ち、自由な時間を作りなさいと・・・。

 と、トンでもない前振りから始まりましたが、危険な思想の持ち主というわけではなく、極真っ当に社会人生活を営んでおりますのでご安心を。ちょっと今の若い人たちが可愛そうな気がして仕方がないので。
 今回は、その後の仁義なき戦い・・・じゃなく「その後のはっぴいえんど」、最後の人、鈴木茂さんの巻。細野さん、大瀧さんと CD をぼちぼち買い集めてはいたのだが、鈴木さんについては Band Wagon 以外リアルタイムで聴いたことがないし・・・と思っていたら、2008年にクラウンの全アルバムを収めたボックス・セットが発売されて、9千円もしたので散々迷ったが、年末くらいに購入。年が明けた09年2月、鈴木さんは大麻取締法に引っ掛かって逮捕・拘留、このボックス・セットも発売中止となった。そういう意味では、貴重なセットを持っていることになる。

a0248963_1826407.jpg 鈴木茂さんの最初のソロ(リーダー)アルバムは、1975年3月の Band Wagon 。75年3月といえば、高校1年の終わり、高校生活も慣れた頃。この頃は、まだプログレや現代音楽に嵌り込む前で、このアルバムは本当に良く聴いた。予約までして、大きなポスター(ジャケットと同じ写真の)を貰い、部屋に飾ったのを憶えている。この頃の最も好きだったのが「はっぴいえんど」一派で、細野さんの「Hosono House」と大瀧さんのファーストも聴き込んでいて、やっと鈴木さんのソロが出ると、大きく期待したのだろう。
 75年には、細野さんの「トロピカル・ダンディー」と大瀧さんの「ナイアガラ・ムーン」も出た年で、ここまでは彼らの音をリアルタイムで追いかけていた訳、この後音楽の趣味も変わって行き、殆ど彼らの音楽も聴かなくなる。
 このアルバムは、アメリカ録音ということもあるのか、非常に洗練された乾いた感じで、細野・大瀧の最初のソロにあったようなウエットさが全く感じられず、ちょっとびっくりした。この乾いた感じは凄く好きで、松本隆さんの歌詞(これも以前に比べれば凄く「乾いた」感じ、「人力飛行の夜」や「微熱少年」にはウエットな部分がちょっとはあるけれど)も「ずいぶんとモダンになったものだ」と高校生らしからぬ感想を持ったものだ。最初の「砂の女」から伸びやかなギターと軽快なキーボード、そしてセンスのあるブラス・アレンジと、今聴いても十分聴ける。細野・大瀧のファーストが若干古びた(一昔前の)イメージであるのに対し、このアルバムはそうしたところが全くない。
 自分が「春」のイメージの曲を選ぶとしたら、このアルバムに収録されている「100ワットの恋人」、「別れる間際に手渡されたセーター、編んでるうちに春になったの」、なんとも忘れられないフレーズで、ここで冒頭の一文に繋がるのであります。

a0248963_1827636.jpga0248963_18274293.jpg 2枚目以降は、リアル・タイムでは聴いていない。2008年のボックス・セット購入時に初めて聴いたものばかり、自分も購入したは良いが、1回か2回しか聴いていない。鈴木さんは当時歌謡曲のアレンジなどしており、ちょっと安易なストリングスを付けた歌謡曲っぽいものが多い。

a0248963_18275972.jpga0248963_18281420.jpg 2作目の LAGOON (1976)は、鈴木さん自身もそれなりに認めているようだが、その後の作品については、そう好きではないようだ。LAGOON (1976)、Caution! (1978)、TELESCOPE (1978)、COSMOS'51 (1979)と続き、85年には「星導夜」というアルバムが出ているが、未聴。ジャケットのみを並べておく。

 春、暖かくなれば心もウキウキ、となればいいんだけれど。就職活動の学生さんたち、頑張ってね。就職試験に落ちても、それは相性が悪かっただけのこと、運が悪かっただけのこと、決して人格否定されているわけではない、自分を採らなかった狭量な企業をせせら嗤うくらいの余裕をもって。
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by ay0626 | 2013-03-10 17:26 | rock

精神世界・・・・・みたいなもの・音楽 トレンブリング・ストレイン

 雨が降って肌寒い、昨日は明るく気温も高かったのに。この頃の寒暖の差は激しく、すぐに冬の雰囲気になっていくのだろう。休みともなれば、短パン(というか膝下くらいの長さのゆったりしたパンツ)ばかりで過ごしてきたが、来週くらいからは長いのに変えないといけないかも、思えば4月頃から半年以上お世話になりました。

 そういえば、最近は余り CD を買っていない、一時は1か月に10枚~15枚購入することもあったが、昔の CD サルベージ作戦なんかを展開したものだから、そちらの方に時間を取られてしまうということもあったとは思う。まあ、興味の赴くまま、かといって購入したもの全部を気に入る訳もなく、好きな音楽は自然と決まってくるということか。この頃は通勤時間に音楽を聴くようにしていて、ウォークマンに入っているものの中心が、Weather Report 、Uz Jsme Doma 、Miles Davis 、Faun 、Besh o DroM 、Warsaw Village Band といったところ。これでもかなりばらついた選択ではある。この内でも Miles Davis の新五重奏団(1965年から68年にかけての頃)は今のところ最も良く聴いている、とはいえ行き帰りの1時間強の時間だが。

 尼崎の事件報道を見ていると、本当に人間の心とは恐ろしいものだ、との思いが強くなる。簡単に家族が崩壊してしまう恐ろしさ。病気とか、金に困るとか、人間関係に疲れるとかすると、どうしても誰かに縋りつきたくなることはある、普段であれば理性が働き、簡単に排除出来るようなことでも、ちょっとしたことで他人が決めてくれることの気楽さに負けてしまうと、すっとそこに入り込んでくる怪物たちは沢山いるのだ。戦争での残虐行為(BC 戦犯の悲劇などはこの典型、上官殿が決めてくれることに異を唱えてはいけない)とか宗教団体の暴走(オウムの集団暴走を見よ、麻●だけが狂ったのではなく、集団全体がそれを育てていった)がその典型だが、家族を中心とする小さな集団でも十分に狂気に支配されることがある、中心人物が冷静な訳でもなく、お互いに狂気の大きさを増幅させるように行動するようになるのではなかろうか。

 ということで、今回はトレンブリング・ストレイン、日本のバンドというかユニット。日本のマイナー・ミュージック・シーンにも面白いバンドは幾つもあると思うのだが、海外のアングラ・シーンより CD など手に入り難い、また CD の価格も高いし、ということで日本の音楽は自分のコレクションでは少数派。
 その中でも、このトレンブリング・ストレイン、現役活動時(ライヴやっていたなどという情報は全くなかったが。現役というのはアルバムが新譜として出た時に購入した、という程度の意味)から聴いた数少ない日本のユニット、好きですね、特に集団狂気・・・・みたいなところが。聴くきっかけがなんだったのか、もう15年以上も前でよく憶えてはいない。

 ユニットの中心は、Pneuma という人物。調べても、医者であること(それも精神科医?)くらいしか判らない。因みに Pneuma とは、ギリシャ古語で「呼吸」のこと、それから転じて「精神(spirit) 」の意味に使われるようになった、発音はギリシャ語で「プネウマ」、英語では「ニューマ」。リリース・レーベルは Belle Antique 、古館徹夫だの多加美だの似たような傾向だろうとは思ったのだがそれらは聴く機会のないままになっている。

a0248963_18454144.jpg 最初のアルバムが『巫歌(ふか)』、1994年録音の95年リリース。ジャケットの中に「Anthem to raise the dead」という英題が書かれている通り「死者を起き上がらせる賛歌」という意味。帯の惹句は「サード・イアー・バンドやポポル・ヴー・タイプの日本の実験的ロック・ユニット。中世的な暗さに日本的な陰影を加味したサウンド。先に発売されたプネウマの新ユニット」とある。ちょっとその2つのバンドとは違うんじゃないの・・・といいたいところもあるが。
 鳥の声や水の流れといったサウンド・エフェクトが多用されるが、演奏は殆ど生楽器が主体。このファーストのメンバーを書いておくと(漢字表記が判らないので、書いてある通りに記す)、pneuma (perc, vin, music-saw, santur)、Akira (vo, perc)、Yuko Suzuki (harp, vo)、Shin Yamazaki (g, oud, recorder, sharmai)、Yulihito (cello, vo)。ゲストとして Shinji Kuroki (琵琶)。
 非常に日本を感じさせるサウンド、2曲目のリコーダーなど、もろ竜笛か篠笛のような音、4曲目の琵琶はまるで November Steps だし、7曲目のYulihito のチェロとヴォーカルによるソロは能の謡を聴いているような感じ。8曲目は弦(ギター、ハープ、サントゥール(ハンマード・ダルシマー))の合奏、非常に美しいアンサンブル、9曲目は弦のハーモニクスによる儚い夢。Third Ear Band のような繰り返しによるトランス効果みたいなものは余りなく、一部を除き繰り返しを拒否するような感覚、それがある種の聴き手との距離感(取っ付き難さ)みたいなものに繋がる。
 音楽の構成とすれば似ているStephan Micus には温かみやメロディーがあるが、彼らにはない、それが聴くにはそれなりの根性を必要とすることに繋がり、決して昼寝用の音楽にはならない理由でもある。

a0248963_1846553.jpg 2枚目は、『四つの弔歌』、1994年から95年録音、95年リリース。今回のアルバムに Yulihito の名前がなく、基本は pneuma , Suzuki, Yamazaki, Akira のカルテット、これに Enomoto Ryuichi がエレキ・ギターで、Hiroko Tanada が歌(スキャット)でゲスト参加。
 本アルバムは、4つの埋葬歌(土葬、火葬、鳥葬、水葬)+嘆きの川辺(表記には Kokytus とあるが普通は Cokytus 、嘆きの川といわれる ~ ギリシャ神話に出てくる)の長尺曲5曲にそれを繋ぐ4小曲の構成。基本的には、葬儀の方法を象徴する効果音を取り入れ、雰囲気を盛り上げている。
 最初の埋葬歌では、モンゴルのホーミーのような声が聞こえるが、この声は多分 Akira のもの、どんな活動をしている人なのだろうか、興味津々、ヤマンタカ・アイみたいな人?火葬歌では、エレキ・ギターのインプロヴィゼーションが展開されるが、アルバム全体で見るとちょっと浮いた印象、他の曲が生楽器主体だとエレキ・ギターの音は異質過ぎるか。「嘆きの川辺」は、弦の合奏による美しい曲、鳥葬歌は風と鳥の声のS.E.が効果的、水葬歌はゲストのスキャットが良い。
 全体的には、前作を受け継ぐものだが、地水火風をモチーフになにやらジャケット裏にも難しいことが書かれていて、哲学的な感じが漂う、それを喜ぶか、悪趣味と感じるかは聴く人次第、どっちかというと自分は後者かな。この集団、かなりのインテリだとは思うものの。

 ということで、今回はマインド・コントロールから集団狂気へ・・・・精神世界にズルズルッと行きそうなトレンブリング・ストレインでした。しかし、このユニット、自分としてはかなり好きな部類、1か月に1度はターンテーブルに載ります、アブナイ傾向が自分の中にあるのかも(バーカ!お前みたいな現実主義者にそんなもんあるかよ!とお叱りを受けそう)。
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by ay0626 | 2012-10-28 17:08 | new age

その後の はっぴいえんど 田舎暮らしから世界漫遊へ 細野晴臣

 久しぶりにパチンコをした。近頃は安く玉を貸してくれる、そのせいか暇潰し感覚でやっている人も多いようだ。通常の1玉4円貸しのレーンには人が少なく、1円など安く遊べるレーンの方が人が多い、特に中年以上の女性が多いような気がする。まあ、そう多くの金を消費する訳ではない、年金程度でも遊べるとなれば、テレビじゃ刺激が少ない、本を読む習慣も気力もない、そうした中高年の手っ取り早い遊びが博打 ~ パチンコ。今の台は連チャンの確率も高く、一度大当たりになればそれなりに興奮する、脳内麻薬も出捲くる。10年ほど前、連チャン機能が野放しだった頃は、勝てば10万円、負ければ5万円くらいは平気だった、勝つのが数度に1度とすれば、負けが月に20万円30万円と嵩んでいくのは当然のこと、世間の非難を浴び規制が強くなる、また世の不況もあってパチンコ業界ももう終わりか、という感じではあった。が、そう毟らなければ(節度(?)を持って毟れば)業界が生きていける程度のお客はいる(年金世代)、来てくれるということが判ったのだろう、また盛り返して来てはいるようだ。
 競馬や競輪、競艇などの博打には縁がなく、競馬は誘われて数度馬券を買い見にも行ったが、全く面白くない、「一度でも当れば違う」といわれるが、そこまで続ける気にもならず、30年以上ご無沙汰状態。しかし、パチンコはコンスタントにやっていて、学生時代は新装開店に並びもしたし、何年か前までは休みになれば何万円かポケットに入れて、出れば昼飯も食わず何時間もぶっ続けで遊んだこともある。何時の頃からか、何か憑き物が落ちたようにぷっつりと行かなくなり、誰かに誘われれ暇であれば付いて行く程度、出ていても帰る時間になれば未練なく止められる。
 そういえば、麻雀もやらなくなった。学生時代は、学校に行くのは麻雀仲間を探しに行くようなもの、決して授業を受けに行くためではなかった。友人の家でやるときは何時も徹夜、何で眠気を我慢してまでやっていたのだろう、今となっては理解に苦しむ。会社に入ってからも麻雀熱が醒めることはなく、どうだろう10年ほどはやっていたと思う、そのうち突然やらなくなった。若い世代は、4人が仲間内で金を取り合うというのに疑問を持ったという訳ではないだろうが、長い時間煙草を吸いながら椅子に座り続けるのは苦痛なのかと思う。自分もこの数年、牌を握ったこともない。そういえば会社に入った頃、会社の近くには6~7軒の雀荘があったが、バブルが消滅した頃から廃業し出し、今ではもう1件しかない。
 博打も世相を敏感に反映するもの。そのうち、パチンコ屋の客は65歳以上の老人ばかりになったりして、そういえば今日若い人の姿を見た覚えがない。

 昔話ばかりで恐縮だが、また70年代までの話、はっぴいえんど、その後。細野さんといえば、YMO が最も有名かと思うが、自分はあれで全く細野さんとは縁が切れました。ということで、ここでは Hosono House とトロピカル3部作まで、Hosono House はともかく、トロピカル3部作は今でも十分に聴けます。

a0248963_18201310.jpg ソロ第1作が Hosono House 、1973年作品。多分中学生の頃、LP を買った。大瀧さんにしろ鈴木さんにしろ、やはり最も愛着があるのが各人のファースト・アルバム。本当に良く聴いた。
 このアルバム、埼玉県の自宅で録音したもののようで、決して音は良くない。演奏も今の耳で聴くとどうかと思うような感じなのだが、全体のホンワカとした田舎っぽいところが気に入った。特に「僕は一寸」「終わりの季節」「恋は桃色」など当時は大いに気に入っていて、よく口ずさんでいたことを憶えている。松本隆さんの詞とは明らかに違う世界がそこにはあった。
 ジャケットもモノトーンのシンプルなもので、70年代のヒッピー、自然回帰志向がよく現されたデザイン。しかし、実質の最終曲「薔薇と野獣」はちょっとイッちゃった感じがして、やはりミュージシャンなんてのは皆悪いお薬でもやっているのじゃないか、と高校に入る頃には思っていた、的が大きく外れているとは今でも思わないが。

a0248963_1821935.jpg それから、キャラメル・ママ(後のティン・パン・アレー)の活動を行うが、その中で生み出されたのが所謂トロピカル3部作。その1作目が『トロピカル・ダンディ』、1975年作品。
 当時細野さんの新しいアルバムが出るということで首を長くしていた、高校1年か2年の頃。それほど Hosono House が好きだったのである。アルバム・リリース日に即購入、勇んで聴くと「ちょっと何か違う感じ?」。それでも聴き込んで、LP A面はそれなりに納得もしたが、B面の力の入らなさにはガッカリしたところもあった。
 その頃は、プログレを聴き始めた頃、例えば Pink Floyd の Meddle だとか、Crimson の In the Court of ~などを齧り出し、シリアス志向、大作大好きになりつつあった。とすれば、向くのは北方向(冷たく理知的な方向・・・と思っていたのだろう)、楽しく明るく能天気な南には志向が向かなかったのだろう、このアルバムのあとの2作は、CD 化された後に購入、リアル・タイムでは聴いていないのである。
 しかし、このアルバムの「Hurricane Dorothy」「絹街道」は凄く好きな曲、当時は勉強しながら掛けていました、これは本当の話。

a0248963_18213110.jpg トロピカル3部作の第2部は『泰安洋行』、1976年作品。上記のごとく、2000年 CD 化されてから購入したもの。
 かなり熱に浮かされたような出来で、ちょっと行き着くところまで行き着いた感じ、訳の判らぬワールド・ミュージック。サウンド的には実験的な部分がかなり盛り込まれている。中の歌詞ブックも凝り捲くりで、鬘を付けた白塗りの細野さんなどやり過ぎ感あり。
 演奏は、ティン・パン・アレー、当時の最高の演奏力を誇るバンド、今聴いても古びたところがないのは流石、細野さんの構成力とティン・パンの演奏力、見事なコラボレーションです。

a0248963_18221457.jpg 最終作『はらいそ』、1978年作、ハリー細野とイエロー・マジック・バンド名義。とは言ってもバンドが継続した訳もなく、これまでのソロ作品と同じ。
 前作に比べるとかなり落ち着いた出来で、録音の仕方も若干違うような感じ(前作までのクラウンからアルファ(ソニー傘下)に移籍したことも関係があるのか)。
 ストレートにグレン・ミラー(3曲目)とか沖縄民謡(4曲目)とかを取り入れ、マリンバやスティール・ドラムとか(7曲目は金属打楽器の合奏!)民族的な指向が出ている。
 それなりの出来ではあるが、前作のハチャメチャな感じの方が好きかも。

 時々ブログを読み返すこともあるが、何れも昔の音楽ばかり、偶には現役バンドの話題がないわけではないが、古いと思わざるを得ない。一番多感な頃聴いた音楽が最も心に染み付いているのは当然のこと、素直に居直っておきましょう。ということで、今後も古い音楽、沢山出てきます。

 
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by ay0626 | 2012-10-07 16:56 | folk

4人でつくる異世界 たま (2)

 この頃は、オリンピックばかりで政治もがたがたした割には取り上げられることもなく、世の中平和だなぁ・・・と思わざるをえない。自分も夏の暑さに弛緩して、休みともなれば昼寝ばかりで、起きているときはニンテンドーDSを弄っているだけ。

 こんなときは、たまの音楽を聴いて弛緩し切ってみるのもよい、立ち上がる気力もなくなるかもしれないが。4たまの崩壊からもう17年、3たまの解散からも9年経過しているが、あんな雰囲気を持ったバンドはその後出ていない。変に元気か変に説教臭いワンマンバンドばかりの近頃のJポップ界であります。
 4たま時代は、それぞれ個性の強い曲を4人ともが作っていたが、その中でも知久寿焼さんと石川浩司さんの個性は特に強く、知久さんには「孤独な子供」のイメージ、石川さんには「フリークスに対する親近感」を感じる。
 知久さんは、親が新興宗教の熱心な信者だったよう、宗教の信者は家に金を入れるより教主さんに金を差し出すことに熱心になり、また活動のために家を空けることも多くなるため、子供が取り残され孤独感に苛まれることが多い。知久さんもその典型だったようで、彼の歌には「取り残された子供」のイメージを感じさせる。例えば「鐘の歌」でも行方知れずの子供、「きみしかいない」も2人だけこの世に残った子供で、親の出てくることはない。彼の曲に見られる独特な暗さ、寂寥感はそこから来ているように思える。また、宗教に対するそこはかとない嫌悪感も、例えば「方向音痴」の「ほ~ほけきょ~(知久さんの親は日●宗の某有名教団だったらしい)」とか「あたまのふくれたこどもたち」の「かなしい新興宗教は/さびしげなる土手の風景です」という直接的な表現にも見えている。
 一方の石川さんの家は、父親が高級官僚で相当ハイソ(いまでも使われる言葉か?)な家庭で育ったようだ、そんな中では彼は落ち零れ。落ち零れた者たち、社会から排斥された人たちに共感をおぼえるようになるのは当然のことかも知れない。特に「カニバル」は圧倒的な迫力を持って、排斥されるもの=フリークスに対する共感を表明しているように見える。他にも「リヤカーマン」や「東京パピー」にその傾向が明らかだ。石川さんの自己肯定の精神には共感することが多く、自分の選んだこと、好きなことをあれだけ素直に表明することにやっかみさえ感じてしまう、大きな成功でなくとも好きな音楽で食べて行けることに対しても全面的な肯定、そこに何の衒いもない、好きだなぁ。

 ということで、4たまの後半戦。92年の『犬の約束』から95年末のライヴ『たま ライブ・イン・ニューヨーク』まで。

a0248963_22575023.jpg 4th『犬の約束』、レーベルを変えて東芝EMIから。12曲収録で各人3曲ずつを担当、4人が曲を持ち寄っているのに見事にたまの世界が構築されている。1st から3rd まで、比較的ストレートな音の取り方であったのに対し、このアルバムでは凝った録音・音響効果を狙っているように思える、例えば「ねむけざましのうた」「温度計」「ガウディさん」など。
 滝本さんのソング・ライターとしての才能は一層の伸長を見せる、「夏の前日」は若書の感は否めないが、「温度計」「あくびの途中で」の浮遊感というか不安定感というか独特な曲調と「化石」や「死体」という言葉に集約される無機的な、乾いた語感が合致している。また、「温度計」のウクレレや鉄琴を使ったアレンジや「あくびの途中で」のコーラスの使い方など新しい試みもなされている。
 石川さんのマイペースは変わらずだが(「ガウディさん」の不気味さはこれまでにない感じ)、柳原さん、知久さんの曲にこれはという佳曲がないのが残念。柳原さんの「たかえさん」など知久さんのマンドリンのアレンジが決まってはいるのだが、珍しく歌詞の意味に拘ってしまい、どんなシチュエーションか想像が出来なくて、困る(何を言っているのか、自分でも?)。

a0248963_2258206.jpg 5th『ろけっと』、93年作品。山口マオのイラストレーションでも判るとおり、音の取り方も前作に比べ余程ストレートで、帯の「空の果てまで飛んでゆく。たまのポップワールド」の言葉どおりのアルバム。
 柳原さんに佳曲が多く「ふしぎな夜のうた」は特に偏愛する一曲、乾いた叙情、サンフランシスコと珍しく実在の都市名が出てくるが、この曲にはサンフランシスコという言葉がぴったり来る。また「あの娘は雨女」もノリのよい曲。最終の「寒い星」は2nd の最終曲で知久さんの名曲「鐘の歌」の見事な返歌となっている、「満月小唄」と並ぶ柳原さんの代表曲。
 滝本さんの曲は2曲と少ないが、「日曜日に雨」「眠れない夜のまんなかで」両曲ともよい。知久さん、石川さんとも安定的。全体的にほんわかとした印象のある、好きなアルバム。

a0248963_22583631.jpg 6th『そのろく』、95年作、4たまのスタジオ・アルバムとしては最終作。自身のレーベル 地球レコードからのリリース、前作から2年振りの作品。全く音響操作を加えていない、よい意味では原点に帰った、悪く言えばしょぼい録音ともいえる音作り。
 柳原さんが3曲、知久さんが2曲、石川さんが4曲、滝本さんが1曲となっており、柳原さんの曲は小曲の感が否めず(「だるまだまるな」「猫をならべて」)、実質石川さんが主役となっている。石川さんは、「月の光」など、中原中也の詩に曲を付けるといった新しいことも行っている。
 このアルバム、インディーからということもあってか、メジャー・レーベルではご法度な言葉を使った昔の曲を収録しており、「東京パピー」「あたまのふくれたこどもたち」「カニバル」などがそれに当る。「カニバル」は相当昔から演奏されてきた石川さんの代表曲で、たまのダーク・サイドの中心にある曲、最初に行ったコンサートで「どんぶらこ」「あたまのふくれたこどもたち」「カニバル」と続けて演奏されたときは、彼らのイメージが大きく変わったものだ。

a0248963_22585440.jpg 95年の年末、ニューヨークの Knitting Factory (!) でのライヴをもって柳原さんが脱退、4たま時代は終焉を迎える。『たま ライブ・イン・ニューヨーク』は99年、たまの結成15周年記念盤としてリリースされた。70分を超える収録時間、ほとんどMCのない彼らのライヴの様子が捉えられている。
 全15曲、知久さん6曲、柳原さん4曲、石川さん3曲、滝本さん2曲の構成。6枚のスタジオ・アルバムに未収録なのは石川さんの「お昼の2時に」のみ。
 4たまのコンサート・ライヴは6~7回ほど見たと思うのだが、その印象はMCが少なく、ほとんど音楽のみで構成されている感じ。自分はMCなど不必要と思うので、彼らのライヴは非常に好きだった。前にも書いたが94年の『たまのお歳暮』と題されたライブは、演奏時間・内容とも力の入った素晴らしいライヴであった。このアルバムもそんな彼らのある意味生真面目な感じがよく出ているように思う。

 3たまになって『たま』『パルテノン通り』の2枚のアルバムは聴いたが、やはり柳原さんの欠けた穴は大きく、加えてシンセサイザーなどの取り込みなど音楽にも若干の変化があったため、その後の彼らの音楽には魅力を感じなくなった。2003年の解散ライヴは、10年近くのブランクを経て見た訳だが、知久さんの頭の薄さもあって時間の流れの厳しさを感じたものだ。またそれから10年近い月日が流れた、衰えていくものばかりで・・・。
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by ay0626 | 2012-08-11 20:22 | folk

その後の はっぴいえんど 外国語のような日本語 大瀧 詠一

 酷く暑い日が続く。部屋にいれば空調が効き気持ちも良いのだが、ちょっと外に出れば眩し過ぎる太陽がじりじり皮膚を焼く、昔もこんなに暑かったか。これだけ空調がどこの家にも入ったのは、多分自分が会社に入った頃、大学の友人の下宿先にエアコンが入っているところなど一軒もなかった。
 学生時代を過ごした京都は、本当に嫌らしい暑さが続く土地で、涼みたければ喫茶店か映画館に行くしかなく、夏は特に見る映画の本数も増えたものだ。一乗寺という町に京一会館という映画館があって、新作ではない日本映画を1週間入れ替えで2~3本立で見せていた。下宿から歩けば30分弱、自転車なら10分ほど、11時開館で開館時一番で入れば350円、それ以降だと400円だった覚えがあるのだが、なかなかその時間に間に合うように朝目が醒めない。つまり、茹だるような暑さの中でも惰眠を十分貪れるほど若かったということか、今になってはそう思う。当時でも350円で半日以上時間が潰せる娯楽などそれほどない、ということもあって4年間で200~300本は見た、この十数年ご無沙汰してる今とは大違い。邦画ばかり見ていた、洋画は七条か何処かに京都会館(うろ覚え)とかいう専門館があったが、多分字幕を読むのが面倒だ、ちょっと料金が高いくらいのことで、殆ど見に行くことはなかった。
 その映画館は、たまに休日の前日にはポルノの7本立てオールナイトなどやっていて、そのときは新聞紙を沢山持った学生さんで満員になったものだ、新聞紙は敷いて横になるための必需品ということ。勿論映画館の中では煙草など吸ってはいけないのだが、当時は大学に入れば殆どの者が喫煙していた頃、どこそこで紫煙が立ち昇っていたものだ。
 そんな環境の中、見た映画はちょっと前衛がかった作品が多かった。印象に残り今でも題名くらい思い出せるのは、黒木和雄の『祭の準備』『暗室』、曽根中生の『不連続殺人事件』、増村保造の『曽根崎心中』『兵隊やくざ』、東陽一の『サード』など。こうして見ると若かったんだね、今みたいにひねた感じがない。特に『曽根崎心中』の梶芽衣子など鬼気迫る凄い名演だったいう思いは今でもある、何処がどうとまでは覚えはないが、最後に喉を突きあって果てるところなど特に凄みがあったような気がする。
 京一会館も今はもうない、風の噂で聞いた。

 日本映画の話から日本のフォーク・ロックの話。中学時代の話は前に書いたが、はっぴいえんどの解散後はソロ活動も追いかけた。はっぴいえんどの大瀧、細野、鈴木のうち、最初にソロを発表したのは大瀧詠一。

a0248963_18255614.jpg 最初のソロは、はっぴいえんど活動中の1972年作品。スノッブというか趣味性の高い人で、日本人でこれほどヴァージョン違いやリ・レコーディングに拘った人も珍しい。多分、アレンジからレコーディング、マスタリングまで殆ど自分でこなしてしまう才能から来るものだろう、その分表面づらは非常に軽く見えてしまうところはあるが。
 このアルバム、初出は12曲入りではあるが収録時間は30分に満たない、多分高校に入って直ぐに買ったと思うが、当時もうちょっと長くてもいいんじゃない?と思ったものだ、1分当りの値段を直ぐ計算してしまう癖(ケチといわれても仕方がないが、何度も書いて恐縮だが、LP は当時非常に高価だったのだ)。現在は、増補決定盤がたったの1500円ほど、良い時代になったね。
 演奏にもミックスにも若干のチープさがあって、名盤かといわれれば首を捻らざるを得ないが、それでも当時はよく聴いた、前衛ジャズと現代音楽中心の大学時代もそれなりには聴いていたのである。このアルバムは、まだ松本隆の詞をかなり使っており、松本の詞からくる叙情性と大瀧の無国籍風のある意味能天気な感じが上手くブレンドされている、「五月雨」「それはぼくぢゃないよ」「乱れ髪」など佳曲が多い。オリジナルLP には収録されていない「空飛ぶくじら」や「恋の汽車ポッポ」もまたよい、特に「くじら」のクラリネット・アレンジなどは絶品。
 そういえば、初期はっぴいえんどにも関係した柳田ヒロが「乱れ髪」の詞に自分の曲を付けたこともあった。

a0248963_18172511.jpg 次が75年の ナイアガラ・ムーン。75年といえば高校1年生、大瀧のニューアルバムが出るというので、凄く楽しみにして首を長くしていた。しかし、買って早速聴けば???という感じ。このオヤジふざけているのか、収録時間の短いのはいつものこととして、日本語を全く日本語に聴こえないように歌って、歌詞の中身もナンセンス、何処をどう聴けばよいのだ、金返せー!!!
 それでも勿体無いから何度も何度も聴いた。そうすると、歌詞のナンセンスなこと、日本語に聴こえないことの意味が判るような気がしてきた。言葉を意味で捕らえると、音楽を聴かなくなる、ただメロディーしか聴かなくなる、多分それが嫌だったのではないか。大瀧は、ヴァージョン違いに大いに拘った人である、多くの人に音の隅々まで聴けとは言わないだろうが、少数の人には拘ったところを聴いて欲しい、例えば日曜日の新聞に載る「この2枚の絵で違いを8か所探して」と同じように、「ああ、こんなところが違うんだ」というような驚きを演出したかったのではないか。そのことは、『ナイアガラ・カレンダー』の紹介でもう一度考えてみたい。よく聴けば、リズム面でもコーラス・アレンジにしても、一見チープな中に拘りを感じさせる部分がある、例えば「三文ソング」「福生ストラット」「いつも夢中」など。
 大学時代の下宿の2階に住んでいた人が、よくこのアルバムを掛けていたことを思い出す。天井が薄かったせいか、ベースの音だけがやけにはっきり聴こえたものだ。

 ということで、ナイアガラ3部作の2作目、3作目とロング・バケーション、イーチ・タイムの紹介は後ほど、別稿で。え?ロング・バケーションの紹介など要らない、お前の無駄話など聞きたくないって・・・・そんなこと言わず、一応所持しているアルバムは全て紹介することにしておりますので、平にご容赦を。
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by ay0626 | 2012-07-28 16:53 | folk

中学生の心を掴んだ乾いた風 はっぴいえんど

 久しぶりに先週、今週と本を読んだ。去年の9月にちょっと大きな病気をしてしまって、音楽聴くくらいの根性はあったが、とても読書までは行かない、あんまり好きな作家の新作も出なかったこともあり、ついつい半年ほど、何の本も読まない期間が出来てしまった。考えて見ると、これだけの長い期間本を読まなかったことはない、読書の習慣が染み付いた中学生以来。
 中学生の頃から、お涙頂戴やスポーツ根性熱血モノには、興味がないばかりかちょっとした敵意さえ抱いていて、例えば「巨人の星」の飛雄馬など虐待されるくらいだったら、一徹が寝ている間に頭でも殴って再起不能にしてやれ、などと不埒なことを考えていた。もっと嫌だったのが「あしたのジョー」で、今日のことしか考えなくて何が「明日」のジョーなんだ、ボクサーとして大成したいとかなくて、つい目の前の敵を追いかけているだけじゃないか、などと思っていた、それなら読まなきゃいい、と気が付いて、直ぐに読むのを止めた。

 読書でもそうだ、感動の大作などは、その煽り文句を見るだけで嫌になって、感心して唸りたいが感動したくはない、などと友人には公然と言っていた、何を言われているのか判らない者も多かっただろうな。その点、中学時点から読み始めた横溝正史だの江戸川乱歩だの(乱歩は変なもの見たさの方が多分に多かったと思うが)は、感心しても感動しない読書として気持ちが良かった。高校に行くとその頃には鮎川哲也がかなり再刊されて、こんな面白い推理小説(当時はミステリなんて言わなかった)があったのか、と貪るように読んだのを思い出す。大学時代は、時間があったこともあって、高橋和巳みたいな七面倒くさいお悩み小説や、どう解釈すべきか迷う吉行淳之介など手当たり次第に読んでいて、この頃立花隆の「中核VS革マル」読み、ほんの些細な違いでも大きくあげつらえば、殺しあうまでに至ることを知ったのだった。

 それから紆余曲折を経て今に至るのだが、デビュー当時の折原一なんかも典型的な「感動せず感心出来る作家」としてよく読んだ。いまでは、三津田信三、西澤保彦、貴志祐介は出れば必ず読むが、後は内容によるといったところ。先週読んだのが飴村行の「粘膜戦士」、グロだが解釈するのに困ってしまうような展開が多くて、純文学風味のところも。エンタメ路線で是非今後も行って欲しいが。今週は、牧野修の「死んだ女は歩かない」、これはなかなか壷でしたね。牧野さんのは、時々合わないのもあるけど(たとえば「スイート・リトル・ベイビー」や「だからドロシー帰っておいで」など)、「トクソウ事件ファイル」みたいに志向にピッタリのものもある。手元には、三津田氏の「幽女の如き怨むもの」、小島正樹の「綺譚の島」など楽しみが控えている。

 音楽もこの傾向が強くて、中学生の頃から貧乏臭い、男と女の凭れ合う演歌やフォークが大嫌いで、どうしても乾いたイメージの方に目が行く。そこで「はっぴいえんど」。確かに1枚目の通称「ゆでめん」には演奏のしょぼさと発想としての貧乏臭さみたいなものが抜けきれておらず、LPでは買って殆ど聴かず、CDとなっても買いなおすことはなかった。

a0248963_1475738.jpg 2枚目が傑作とされる「風街ろまん」、1971年作品。確かに歌詞の抽象度は高まり、都会の乾いた感じも出てはいるのだが、音のしょぼさが、全体をくすんだ印象にしてしまっている。音の取り方の問題かも知れないが、またどこかで書くことになるだろう大滝詠一のファーストでも同じ印象がある。嫌いというわけではないが、そんなにターンテーブルに乗ることはない。

a0248963_1481540.jpg 3枚目が、本当に何度も何度も聴いた「Happy End」、1973年作品。海外録音のせいだけではないと思うが、それでも乾いた風のように高校受験を控えた中学生の心の冷や汗を乾かしてくれたものだ。細野晴臣、鈴木茂、大滝詠一の3者3様の特徴あるヴォーカルが、違和感なく一枚のアルバムに収まり、ひとつの世界を形成している、世評に高いとは決していえないが、自分にとっては最高の一枚といってよい。残念なのは、細野が松本隆の詞を歌っていないこと、大滝の曲が2曲しか収録されていないことか。

 読書ブログではないので、お間違いなく。もうちょっと音楽に関する話で冒頭を纏められれば、とは思うのだけど、相変わらず無駄話ばかりで・・・。
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by ay0626 | 2012-04-22 13:23 | rock

1枚だけ偏愛 あがた森魚 噫無情(レ・ミゼラブル)

a0248963_15412227.jpg 今日は、休暇を取ってダラダラ過ごしているものだから、このブログも簡単に済まそうと思う。ということで、あがた森魚「噫無情(レ・ミゼラブル)」。

 このアルバム、何時から好きだったのか、記憶にない。中学・高校時代でも最初のアルバム「乙女の儚夢(ろまん)」が好きじゃなくて、他のあがたのアルバムは聴かなかったし、大学時代は日本のミュージシャンは殆ど聴かなかったので、多分会社に入ってから買ったものだと思う。

 もともと、日本のフォークの貧乏臭さは好きではなくて、それは日本的な職人至上主義、義理人情やウェットな人間関係がもともと大嫌いなことに端を発している。清貧といえば聞こえはいいが、唯の仕事をしない気難し屋の頑固爺が、職人気質という取ってつけたような賛美語で賞賛されるのは納得がいかない、沢山仕事をすれば自分の価値が落ちるとでも思っているんだろうか。
 また、日本の演歌の男女関係は、どうも共依存みたいで「わたしがいなければ、この人は駄目になってしまう」とか何とか言って、男をだらけさせて酒飲んで暴れさせるようにしてしまうのが落ちだ。例えば、あがたの最初のアルバムでもそうした貧乏臭さと共依存の男女関係が露骨に出ていて、そこが嫌な感じで、レコードに針を落とす機会を少なくさせた訳。

 ところがこの「噫無情(レ・ミゼラブル)」、そうしたところが少しも感じられない、これは多分にプロデューサーの松本隆の美学のお陰ではないだろうか。大正から昭和に掛けての情景を、サウンド・コラージュを多用しながら、また生のストリングスとメロトロン・ストリングスを交錯させながら、あるいは、古い昔の曲(蒲田行進曲や上海リル、小さな喫茶店など)や他ミュージシャンの曲(はいからはくちや大寒町)を取り混ぜながら、精緻な美しい書割のように世界を組み立てていく。

 曲もあがたの絶唱「永遠のマドンナK」、他にも「キネマ館に雨が降る」「大寒町」など印象に残る曲が多い。「テレビヂョン」でいろいろの声が聞こえる中、高度成長時代(何もかもが変化していく時代)直前までを幻のような美しさで見せてくれる本作は、偏愛する1枚、あがた森魚、他のアルバムは要らない。
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by ay0626 | 2012-04-09 15:25 | folk

90年代前半、奇妙な和みの時間  たま

 90年代前半という、4たま時代(知久寿焼、柳原幼一郎、滝本晃司、石川浩司、1995年末に柳原が抜けて3たま時代となり、2003年まで存続)は、世の中が大きく動き出した時期で、バブルの崩壊、社会主義体制国の瓦解(91年にソヴィエト連邦解体)、自民党政治の終焉・政治の混乱が明確化、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ内戦・「文明の衝突」の開始、そして95年の阪神淡路大震災、オウム真理教事件の2大事件。
 こうして書いてみれば大きな流れが現在に繋がっていることがよく判るが、生活していると毎日に大きな変化があるわけではないので、テレビを見ながら「ほー」とか「へー」とか気の抜けたような嘆息しか出ないわけだ、当時は自分も30歳代前半、世間的には一番仕事に邁進しなければならない時期という認識かもしれないが、個人的には非常に優秀な部下が付いて楽なものであった。子供が保育園に行くなど経済的には厳しい面があったが、どうしようもなく貧乏という感じでもなく生活にもそれなりの張りがあり、個人的には楽しい時期であったような気がする。しかし、小遣い面は厳しく今のように気楽にCDを買えるということはなかった、90年代の音楽にリアルタイムで聴いた感じがしないのはたぶんそのせいだと思う。

 そんなざわついた世の中で、バブルの最後期の頃人気があったのが「いかすバンド天国」略して「イカ天」、様々なバンドが出ていたが、どちらかというとヴィジュアル系が多かった印象、それなりに技術を磨き、難しいことをやらずとも自分たちの身の丈にあった音楽をやっていたのには好感が持てた。そんななか、個性的といえば最も個性的であったのが「たま」。エレキ系のバンドが多い中、純粋アコースティック系で、暗いんだか明るいんだか、何を言いたいのか判らないけど懐かしい感じの歌詞とか曲調に合わせた楽器の持ち替えなど、見た目のお気楽さと違ったところもあって注目の的となった訳だ。
 バンドは、リーダーの意思によって方向性が決まる。同じミュージシャンを使っても全く違う音楽を作ることも可能で、アメリカ西海岸RIOや日本のアンダーグラウンド・シーンなど少ないミュージシャンが離散集合する場合に顕著だ。
 しかし、たまを見ると明確な音楽的リーダーがいないし、4thなどは、4人のメンバーがきっちり3曲づつ曲を書いている。これである意味堅固な「たま的世界」を築き上げているのは驚きで、よく見れば、それぞれ4人が少しずつ違ってはいるけれど、全体は纏まったたまの世界である訳だ。Beatles は好きではないけれど、似たところが多く、知久がレノン、柳原がマッカートニー、滝本がハリソン、石川がリンゴ(リンゴよりも才能はずっと上だと思うが)に当るといえば、ぴったりな感じだ。作り上げた世界観は全くといっていいほど違うが。

a0248963_1719063.jpg メジャー・デビューは、90年、「さんだる」。イカ天出場曲を中心に構成されているが、実はこのアルバム、自分としてはあまり好きではない。日本のフォークに有り勝ちな貧乏臭さみたいなのがあるのと、滝本の「日本でよかった」「ワルツおぼえて」が詰まらない(すみません、滝本ファンの皆さん)こと、石川の「学校にまにあわない」が長すぎること、などでちょっとがっかりしたものだ。「方向音痴」やイカ天で披露した曲など佳曲も多いし、「らんちう」など偏愛する1曲なのであるが。
 売り出しには相当な気合いが入っていて、プラ・ケースではなく紙製の箱型のCDケース、1枚づつに分かれた歌詞カードなど、なかなかのものだが、それよりももうちょっと楽曲の選定にも力を入れたら、という感じ。

a0248963_17194524.jpg 2枚目が「ひるね」、91年。前作からわずか半年で出た本作、編曲面、楽曲のヴァラェティー、曲自体の出来、曲の順序など、前作を遥かに上回っており、初期の代表作といってよい。特に滝本の「海にうつる月」はインストルメンテーションも特異で(石川がオルガンを担当、柳原のピアノとの対比が素晴らしい)、シングル・カットされたのもよく判る傑作。
 編曲面では、先の「海にうつる月」をはじめ、「金魚鉢」「むし」など、細かなアイディアが盛り込まれており、それをライヴでも披露してしまうという凄いことを行っている。
 各人の個性も明確化され、明るい柳原、ほの暗い知久、抑揚の少ない不安定に安定している滝本、ダダ的アナーキスト石川と、これらが渾然一体となって「たま的世界」を構成するようになるわけだ。

a0248963_1720857.jpg 3枚目が「きゃべつ」、91年録音。イギリス、マナー・スタジオでの録音ということだが、音はやや籠り気味であまり良いとはいえない。
 本作で滝本のソングライターとしての才能が開花したようだ。11曲中3曲が彼の曲で、抑揚の少ない暗いんだか明るいんだか判らないような曲調が、籠り気味の録音に妙にマッチしている。ただし「こわれた」はメッセージ性が強すぎる感じ。
 柳原は代表曲「満月小唄」の素晴らしさは言うまでもないが、他の2曲が軽すぎる。知久も有名な「おやすみいのしし」にライヴの躍動感がなくこじんまり纏まっていて、やや物足りない。他の2曲も同様。石川は我が道を行っているが、曲自体の魅力に欠ける。
 ということで、さんざん文句を言っている感じだが、嫌いなのかというとそういうことはない、ほの暗い雰囲気が全体的にあり(柳原のおふざけ曲にも、知久のいのししにも)、そこがそこはかとなく好き、に繋がっているのだろう。

 よくコンサートには行って、子供を連れて行ったこともあったが、あまりに気持ちが良いのか、寝てしまったこともあった。特に94年だったか、「たまのお歳暮」と銘打ったコンサートは、3時間以上に及び、過剰なMCもなく、彼らの世界を堪能出来た素晴らしいパフォーマンスであった。

a0248963_1720428.jpg 最後に「たま ナゴム・コレクション」。メジャー・デビュー前の録音集成。88年から89年の録音。音は悪いが、彼らの代表曲の多くがこの時期までに確立されていたことを示すアルバム。これだけの曲のストックがあれば、もう少しファースト・アルバムの選曲にも方法があったのではないか、と思ってしまうのだが。メジャー・アルバムに入ってない曲では、柳原の「満月ブギ」が不思議な雰囲気を持った曲。好き放題やっている感じがマイナー盤の良さ。

 後半戦は、彼らのフリークス好きについて見て行きたいと思うのだが、何時のことになることやら、他にも書きたいミュージシャンはいっぱい居るのだから。
 
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by ay0626 | 2012-03-25 13:19 | folk

現代音楽って本当に高尚なの? 武満徹

 高校時代末期に現代音楽に開眼(?)し、大学時代はフリー・ジャズとの2本立てで聴いていたのは、今までも書いた通り。自己肥大の若者のスノッブな趣味と言ってしまえばそれまでだが、その頃聴いていた音楽をまだ聴いている訳で、音楽自体にそれなりの魅力があるのは間違いない。だが、その当時の聴き方と今の聴き方には、大きな違いがあるように思える。

 当時、レコードを買ってくると針を落とす前に必ず解説を読んだものだ。勿論、当時はインターネットなどなくて、音楽情報は極端に少なかったため、ディスコグラフィーの確認やバイオグラフィーなどを求めて、という理由もあったが、本当は解説の「難解な文章」に「こんな高尚な音楽を自分は聴いているのだ!」という自己満足の部分が多かったことは否定できない。確かに、フリー・ジャズでは間章(あいだ あきら)や悠雅彦など難解な文章を書く解説者は多かったし、現代音楽も同様の傾向で、ときにはポップスの分野でも変な解説(例えば Roxy Music をマニエリズムと結びつけた今野雄司など)はごまんとあったような気がする。それは、(解説を頼まれるくらいだから)多少の権威性を持った人々のご託宣として、多少は「ありがたかった」のである。
 しかし、今は全くそうした類の文章を読むことはなくなった。それは、その後、90年代後半、仕事が暇なこともあって、現代哲学の概説書を数冊読む機会があり(30歳代後半までは、読書分野でも知的好奇心が旺盛であったのだ・・・自慢してどうする?)、その中に「ソーカル事件(1995-1996)」の顛末が記してあり、今までもやもやっとしていたことがそれで判った(ような気になった)。ソーカル事件とは、NY大学教授のアラン・ソーカルが起こした、「科学用語と数式をちりばめた無意味な内容の疑似哲学論文を作成し、これを著名な評論誌に送ったところ、雑誌の編集者のチェックを経て掲載されたできごとを指す。掲載と同時にでたらめな疑似論文であったことを発表し、フランス現代思想系の人文批評への批判の一翼となった」(wikiからの引用、ありがとうございます)事件のこと。
 事件の本質(哲学の自然科学に対する無知批判)とはずれるかも知れないが、自分で納得したのは要するに、「解説」の「難解」ではあるが「無意味な」「間違った」語法で飾られた言葉で綴られた文章に言いたいことは何もなくて、高尚に見せるため「難解」であること自体に意味があるということだ。そのことに気が付いてみると、難しい顔をして、そうした文章を読んでいた自分自身が可笑しく思えて、豪く気分が軽くなったように思えたものだ。そしてそれが、ジャンルに囚われず、いい加減に知的(痴的?)好奇心の赴くまま、無節操に聴きまくる今の音楽聴取スタイルの基礎となっているように思う。

 若いときから聴き続けた現代作曲家は、Anton Webern と武満徹のふたり。演奏家で言えば80年代の Kronos Quartet など。ということで、今回は武満徹。
 武満は、ヌーベルバーグ(新しい波、前衛的な映画が60年代に流行った)の映画音楽作った人程度の印象であったが、実際にじっくり聴いてみるとなかなか良いではないか、多分当時NHK FM でやっていた「現代の音楽」という番組で長時間の特集が組まれたのではないかと思う(記憶曖昧)。ということで、最初に買ったのが Miniatur と題された室内楽シリーズ。如何にも現代音楽アルバムのジャケットらしく格好良くて、即購入した。内容的には、それなりに満足したものの、演奏者の数や収録時間に対して2,500円は高いんじゃないかなあ、という場違いな感想を抱いたことを覚えている(確かに同時期に買った Miles Davis の Get Up With It の1枚目何ぞは1時間以上の収録時間だったからなあ)。

 この Miniatur のシリーズは5集まで出ていて、様々な楽器のアンサンブルあり、ソロありとバラエティーに富んだ組み合わせで、武満入門編としては最適ではないかと思う。室内楽中心で聴いてきた自分にとって、オーケストラ作品についてはあまり縁がなく、武満のそれをじっくり聴くようになったのは、コロムビアの廉価盤シリーズが出されるようになってからだ。

 2006年に Miniatur シリーズが復刻されると知って、わざわざタワー・レコードまで買いに行った。通販はアマゾンか HMV だったので、たまにはレコード屋でも行ってみるか、という気持ちになったのだ。行ってみると、流行の音楽が8割、名盤系が2割といったところで、おじさんの変な趣味に合うようなものは殆ど置かれていない、ま、これが現実ね、と嘆息したものだ。

a0248963_16274426.jpg それでは、第1集、「アンサンブルのための作品集」。当時出ていたものの多分1集と2集を纏めたもの。当時、へーこら言って2,500円もの大枚を叩いて(2枚で5,000円)買ったものが、1,000円で1枚に収まってしまうとは・・・。
 この作品集には、ギターやヴァイブラフォンなどポピュラー系を聴く者にも馴染みやすい楽器が多様されており、また、一部には特殊奏法が使われるが、比較的聴き易い音で、BGM としても使えるのではないか。67分を超える収録時間ではあるが、スムーズに聴ける。「スタンザ」「サクリファイス」など聴いていると、Cecil Taylor の87年の Carlos Ward や Leroy Jenkins の加わったクインテットに似た感じがする、気のせいか。

a0248963_16284161.jpg 第2集は「ソロ楽器&アンサンブルのための作品集」。当時の3集と5集の合体作。若干、ピアノ・ソロについては退屈に感じる部分もないではないが(とくに長尺の「ピアニストののためのコロナ」)、ギター・ソロ「フォリス」の緊張感、異色のブラス・アンサンブル「ガーデン・レイン」など、飽きさせぬ曲順で70分を遥かに超える時間に楽しみを与え続ける。
 そういえば、数年前、このアルバムでピアノを弾いている高橋悠治のライヴを見た。韓国のインプロヴァイザー、姜泰煥(アルト・サックスで Evan Parker 並みのサーキュラー・ブリージング、マルチ・フォニック奏法を見せる怪人、近頃名前を聞かなくなった。数枚のアルバムを所有しているが、Evan ほどは夢中にならなかった、やはり楽器がアルトだから?)とのデュオであったが、70歳と高齢のためかあまり迫力がなく、ちょっとがっかりしたことを覚えている。

a0248963_1629219.jpg 第3集「打楽器のための作品集」。当時の4集に「トゥワード」を加えたもの。1970年の大阪万国博覧会で鉄鋼館の音楽監督(監修?)として関わっていたようで、メタル・パーカッションを動員した音楽を聴かせる。もうちょっと騒々しくさせれば、インダストリアルとしても通用するんじゃないかと思える類。ポピュラーとの境界を超えるには、あと数歩といったところ。

 例えば、ジャズやアヴァン・ロック、Piazzolla のタンゴ、Chieftains の民俗音楽と同じ地平で武満の音楽を楽しむのは邪道なのか(AKB や Kara、嵐や Smap と書かないのは、彼らの音楽を聴いていないという理由で)。人それぞれの楽しみ方があるのなら、それはそれでよい、RCサクセション聴いた後で Webern の歌曲とか、Magma M.D.K の後で武満の November Steps とか。
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by ay0626 | 2012-02-12 14:57 | 現代音楽