日常茶飯事とCDコレクション
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タグ:black tape for a blue girl ( 3 ) タグの人気記事

囁きとエロティシズム ブラック・テープ・フォー・ア・ブルー・ガール (3)

 スポーツ界の恥さらし事件が続く。女子柔道の暴力事件は、大阪の高校の事件と似たようなものだが、スポーツ界では勝った者が一番偉い、ということを教えてくれる。そしてもう一つ忘れてはならないのが、今の世の中、間違った(と世の中で認識される)ことは、隠しておけないということだ。握りつぶそうにも抑えられるだけの権威を持つ人・組織はもうない、訴える手段はそこら辺に転がっている、ネットに流せばもうお終い。どうせ謝らなければならないなら、率先して公表した方が勝ちとばかりに、様々な体罰・暴力事件が表に出てきたが、最初の事件ほどは盛り上がらない、当たり前の話。
 そしてもう一つが、レスリングの話題。オリンピックが未だに「神聖なスポーツの祭典」と思っている人も少なくないだろうが、あれは殆どショー・ビジネスの世界、ミュージカルや歌舞伎、プロレスと違わない。委員なんか金儲けのためにやっているのは明らかで、サマランチなど親子2代で旨い汁を啜り捲くっている、アフリカのIOC委員などは付け届けでひと財産を作ってしまうほどだ。この話題では、「ロビー活動」という言葉が有名になったが、誰も「お願いします」の声掛けだけで動くことなどない、飲ませ喰わせ金を握らせるなど当然のこと、実弾がモノをいうなど火を見るより明らかだ。今のレスリングなぞ、東洋の黄色いチンチクリンばかり金メダルを取る、もともとヨーロッパでは人気がなく、昔からやっていただけでは存在価値などなくなって当然。女子のレスリングなどイロモノ以外の何者でもない、競技人口が少ないのに、男女の格差があってはならない、というだけで作られた訳、日本人以外に誰が見るか。
 これで、東京オリンピックがなくなれば、それはそれで目出度いこと。ロンドンのように再開発の梃子にするなら兎も角、いまの東京でオリンピックを開催する意義など何処にあろう、開催期間中市民生活が制限されるなどマイナスばかり、景気が一時的に良くなってもそれ以上の落ち込みが発生するのは何度も世界が体験してきたこと、アテネなど地獄の底まで沈んでしまったではないか。
 それでもお祭騒ぎの好きな御仁の多いこと、こちらはケの世界でひっそり過ごします。

 ということで、闇の世界の住人であるのに何故か歌だけはハッキリ・クッキリの Black Tape for a Blue Girl の3回目。初期のたゆたうシンセサイザーの世界から Remnants of a Deeper Purity ではかなり生楽器が加わるようになり、今回紹介する2枚は、メリハリのついた非常に良い出来になってきている。

a0248963_1826549.jpg  As One Aflame Laid Bare by Desire、1999年。金属光沢のジャケット写真は大きく背中を見せたお姐さんといういつもの退廃的な感じ、Rosenthal 兄さんもホント好きなようで。
 71分を超える力作、最後の長尺曲は今までのようなシンセサイザー・ミュージックでちょっと退屈だが。ヴォーカリストは、女声が Juliannna Towns 、4枚目の A Chaos of Desire でも歌っていた方、なかなか渋くて落ち着いた歌唱を聴かせる。一方男声は、Oscar Herrera で変わらず、3曲ほどしか歌わず、このアルバムが最後の登板。その他は、Lisa Feuer (fl)、Vicki Richards (vln) にクラリネット、オーボエが少々参加、かなり生音が強調され、自分にとっては聴き易くなっている。
 これも通勤に聴くことが多いが、行きより帰りに聴くことが多い、やっぱり朝からエロティシズムを感じさせる音楽はどうもね。

a0248963_18263614.jpg The Scavenger Bride、2002年。フランツ・カフカ(Franz Kafka)を題材にした作品のようで、ジャケット・ブックの最後に「 in appreciation of Franz Kafka (カフカを理解して)」とある。青色のみを使ったジャケットは Lisa の写真が非常に美しく、ジャケット傑作賞をあげたいくらい。
 本作、メンバーとしてクレジットされているのは、Elysabeth Grant (vo, vla)、Lisa Feuer (fl)、Julia Kent (cello)、Vicki Richards (vln)、Sam Rosenthal だが、他に Unto Ashes の Miceal Laird 、男声として Bret Helm とAthan Maroulis などが加わる。Micheal Laird のパーカッションや弦が入ることによってリズムが強調され、普通の音楽(?)に近付いた感じ、50分を超える程度の収録時間も聴き通すには程よく、前作、本作辺りが最も充実した時期ではないかと思う。

 昨日眼鏡屋に行って、近距離用(読書、コンピュータ用)と遠近両用(つまり老眼で焦点を合わせられる距離が短くなってきたということ)の2つを買った。コンピュータは青の光が目に良くないということで、それをカットする加工を頼んだので、出来るまでに1週間掛かるとのこと、この不便さもあと少し。
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by ay0626 | 2013-02-17 16:51 | dark-wave

冥い波、再び ブラック・テープ・フォー・ア・ブルー・ガール (2)

 夏バテのせいか、本も読まず、音楽も熱心に聴かずの状態が続いている、おまけに会社でも家でも碌なことがない。こういう時には、部屋に閉じこもってじっとしているのが一番だろうな、と理屈を付けて昼寝ばかり。
 処暑も過ぎたのだから暑さも一服になって欲しいものだが、朝は多少凌ぎ易くはなったか、昼からの暑さは相も変わらず。会社から帰る頃になるとそれでも陽は相当に傾き、電車が最寄駅に着く頃には夕焼けも暗さを伴う、やはり季節は着実に歩みを進めている。
 そういえば、今年はウナギをまともに食っていない、稚魚が不漁とかで値段も随分上がっているものと聞く。ウナギも食えば旨いのだが、そうそう食い慣れたものでもないため、口に入らぬが寂しいといった感じもなく、食わねば食わぬで過ぎていってしまうもの。土用の丑の日の数日前に会社の食堂でも大出血価格200円也で丼が提供されたようだが、並ぶのが嫌でそばなんぞを食してしまった、ちょっと我慢して並んでおいたほうがよかったか。
 そもそも土用とは、陰陽五行説にいうところの変化の時期、季節の変わる時期、従って立春、立夏、立秋、立冬の前の18日程度を指す。正確にいうと今は「夏」の土用になる訳だ。立秋の前の節季は大暑だから、夏の一番暑い頃、スタミナ食としてウナギを食いましょう、ということのよう。一般的には、平賀源内がコマーシャル・メッセージとして発案したということだが、もともと丑の日に食わなければならぬ理由は述べられてはいない。一説に丑の日に「う」の付く食べ物を食べるとよいといった風習はあったようで、梅干とかを食べるなんていうのもあったそうだ。そういえば、食い合わせの悪いものの代表にウナギと梅干というのがあった、どうもそれは嘘であるらしい。
 思えば昔は食いたいなぁと思う食い物がいくらでもあった、しかしこの歳になると今何が食べたいと聞かれても困ってしまう、本当に心から食いたいと思うものがない、食いたいと思ううちが華なのか、食いたいものがない割には、どんなものでも食い始めると食ってしまうのが痩せない理由なのだが・・・。

 と、また本ネタとは関係のない無駄話で始まりました、ハイ。昼寝のお供に、とういことで Sam Rosental 氏率いる Black Tape for a Blue Girl の2回目。昼寝のお供は、最適が Stephan Micus で、Black Tape は途中豪くびっくりさせるような音も入っている場合あり、要注意といったところ。

a0248963_15555038.jpg 5枚目に当たるのが、This Lush Garden Within 、1993年作品。瓦礫の上に寝転がる裸のおねえさん、というジャケット・デザインは、ヌード写真満載の歌詞ブックレットの入った2009年の 10 Neurotics の先駈けともいえるか、しかしながら音楽面は今までの作品と殆ど同じ傾向といってよい。たゆたうシンセサイザー・ウェーヴの上にくっきりしたヴォーカルの載る、メロディーの追い難い音楽。
 殆ど生楽器は使っていない、若干のピアノとギターのクレジットがあるだけ。ヴォーカルは Oscar Herrera と Lucian Casselman がメインだが、Oscar Herrera の出番は相当少なくなっている。Sam 氏もがんばって数曲メイン・ヴォーカルを張っている。他に2~3人のヴォーカリストが参加しているが、そんなに強烈な印象を残す訳ではなく、曲といっても同じような感じで流れるので、54分の作品の中の1パートとも言えてしまう。

a0248963_15571094.jpg 6枚目が Remnants of a Deeper Purity 、1996年作品。2006年に10周年記念盤として、97年のEP With My Sorrows にライヴを加えた2枚目を加えて再発された。
 77分の大作で、全面的にヴァイオリン( Vicki Richards ) とチェロ( Mera Roberts ) が加わり、サウンド的にも厚みと深みが増した、傑作といってよい。ヴォーカルは前作から引き続き Oscar Herrera と Lucian Casselman だが、インストルメンタル部分がかなり多くなっている。特に4曲目、For You Will Burn Your Wings Upon the Sun は26分を超える作品で殆どがインストルメンタル。相変わらず Oscar Herrera の声は暑苦しいが、慣れればそんなもの、Sam 氏はこうした声が好きなようで、次の男声 Athan Maroulis も似たような感じ、良くも悪くも Black Tape のメイン・メイル・ヴォーカルははっきりくっきりの熱唱タイプ。
 Disk 2 に収められた With My Sorrow もなかなかの出来で、ヴァイオリンとチェロが非常に良い感じ、若干の大袈裟感は否めないが、それでも今までのシンセサイザーのみの無機的な印象にかなりの表情が出てきた感じで、次作以降のアルバムの作り方の骨格はこのアルバムにある。

a0248963_15562677.jpg 同年には、EP として33分ほどの The First Pain to Linger が出ている。この作品は Sam 氏の小説の付属品のよう(小説が付属品?)。1曲目と7曲目(この曲には題名が付いていない、湾岸戦争時の薄暗い雰囲気の中で作った、とのこと)のみが未発表曲、他の曲は色々なコンピレーションに提供した曲を寄せ集めたもののようだ。メンバーのクレジットは、Sam 氏と Oscar Herrera 、 Lucian Casselman の3名。
 この EP は、そんなに数も出ていなかったらしく、amazon のマーケット・プレースに出るとそこそこの価格が付いているものだから、Projekt (Sam 氏のレーベル、Black Tape は全てここからリリース)の通販ページでこの EP を見つけ、その上『Last Copies !!』なんて煽られるとついつい手が出てしまった。33分の内容的には大したことのない作品に$18などという大枚を叩いてしまったが、コレクターとしては当然といったところか、しかし、それから既に1年が経過しようとしているのに、未だ通販ページには本作が『Last Copies !! 』のまま販売が継続されている。

 もう夏も終わり、来週は休暇を取って北海道に遊びに行くつもり、涼しいといいなぁ。もう少し暑さを我慢、音楽を聴きながら昼寝を継続。
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by ay0626 | 2012-08-25 13:46 | dark-wave

冥い波、ブラック・テープ・フォー・ア・ブルー・ガール

 1980年代というのは、奇妙に落ち着いた10年だった。例えば60年代末から70年年代は、ヒッピー・ドラッグ・サイケから難し系のプログレ、世の中の不景気に対応するパンクを経て、聴き易いフュージョン・ポップの流れと音楽の傾向を見るだけでも忙しい時代であった。それが一転、80年代になると(最末期のバブルの頃になるとちょっとは違ってくるが)、聴きやすさ満載のアイドル全盛の時代になってしまう。
 政治の世界を見ても、イギリスのサッチャー、アメリカのレーガン、日本の中曽根など、80年代を殆どこの3人が新自由主義の名のもと、安定的に政権を維持し、ソヴィエト連邦を「悪の帝国」などと非難していた。まだ、中産階級という言葉が残り、「一億総中流」とか言われていたのもこのころだ。一方、ソ連は、アンドロポフ・チェルネンコといった老いぼれ書記長が何の手も打てずに病気になり、あるいは死に、崩壊の前兆は今見れば明らかとしか言いようも無い。
 多分、新自由主義に工学の確率論的な知識が金融に適用された金融派生商品(いわゆるデリヴァティヴというやつ)が引っ付くと、儲けた者勝ちの世界が生まれるのだろう。オプションだのスワップだの、80年代半ばから盛んに言われだした。この後、90年代に入ると日本はバブルの後遺症で「失われた10年」が始まり、ヨーロッパやアメリカでも、富裕層と貧困層の分化が激しくなる。もともと、この頃は儲けた奴が経済を引っ張り、景気がよくなれば雇用も増え、社会全体が良くなると思われていた、そのため富裕層の減税がなされた。ところがどうだ、雇用など増えるわけも無く(一般庶民に金融工学の知識などある訳が無い)、一部の富裕層はやたらと金を持つ一方、そうでない人たちは、将来不安のために財布の紐を硬く締める、景気が良くなるわけも無い。ということで、80年代があって、現在に至る訳。

 しかし、妙に明るくふわふわとした80年代は、自分が社会人になった年代と言うこともあって、そんなに悪い印象はない、どころか良い印象なのだ。前にも書いたが、その頃の会社など、皆夜遅くまで働いてはいたが、そうしなければ仕事が片付かなかった訳ではなく、何となく居ちゃった訳、OLなども完全腰掛状態だったので、決められたことを決められたようにやっていれば、それで良かった。従ってメンタル障害などになりようもなく、職場は奇妙な明るさに包まれていた。そんな10年が社会人スタートの10年だったのは喜ぶべきか、悲しむべきか、少なくとも就職にこんなに大学生があくせくしなければならない今より、ずっと良かったと思うべきだろう。

 この80年代中葉、イギリスでは4ADの Cocteau Twins だとか Dead Can Dance など、Goth や Ethereal 系の始祖みたいなバンドが登場し、それに呼応するかのように86年には、ここで取り上げる Black Tape for a Blue Girl が Sam Rosenthal によって組織される。時代の変な安定感を象徴するかのような、ふわふわとした浮遊感や(Dead Can Dance に特に強く感じられる)フェイク感満載の音楽といっては失礼に当たるか(感想を述べる者は、どんな感想を述べたっていいとは思っているが)。

a0248963_1516659.jpg 1986年の第1作が The Rope。25周年記念なのか、昨年目出度くトリビュート盤1枚を付けた2枚組として再発売された。Black tape for a Blue Girl (あんまりに長い名称なので以下、Black Tape と略す)は、Sam Rosenthal のプロジェクトとして組織されたもので、曲毎にメンバーが入れ替わる。変わらないのは、Rosenthal のエレクトロニクス操作で、波のように強弱を付けた電子音がずっと曲の背景に流れ、その上にヴォーカルやアコーステック楽器の音が乗る。ヴォーカルに何らかのエフェクトが掛けられることはないが、楽器にはそれなりに操作が加わっている模様。
 お前は、電子音嫌いだったんじゃないか、と言われれば、その通り、と答えるしかないが、ここでの電子音の使用は、通奏低音のように雰囲気を作り出すためだけに使われるケースが多く、潔いと言えば潔い使い方であると言える。
 wiki を見ると、Black Tape の活動を主たるヴォーカリストに合わせ3期に分けている。1作目から7作目が Oscar Herrera era に当たる。この期間、86年から99年に掛けて、ちょっと何でも長すぎるやろ・・・とは思うのだが。
 このアルバムには、パーカッションがかなり入っており、2作目以降より躍動感には富むが、Dark-Wave として見ると、抑揚は抑えて、という感じか。しかし、Oscar Herrera の声が美声系の朗々とした歌唱なので、全体雰囲気からすると、これ自体違和感あり、とも言える。聴いているときは、そんなもんかな、と言った感じで聞き流している。

a0248963_15195984.jpg 2作目が1987年の Mesmerized by Sirens。Sam は文学にも造詣が深いようで、ジャケット・ブックなどにいろいろな文章が引用されて、それがもしかすると音楽の深さに影響するように出来ているのかもしれないが、こっちは英語を苦労して読む耐性もないので、そこの部分は捨象して。
 本アルバム以降、数作に亘ってギターとヴォーカルの Sue Kenny-Smith が正規メンバーとしてクレジットされる。このお姐さんのヴォーカルも、Oscar 同様、はっきりくっきりの声質で、後ろのアンビエントなエレクトロニクス音とは若干の違和感がある。もっとも、Sam 氏はそれを狙って布陣を組んだのかも。

a0248963_15181740.jpga0248963_1518399.jpg 3作目、1989年 Ashes in the Brittle Air。4作目、1991年 A Chaos of Desire。ここら辺まで来ると、もう落ち着き具合やサウンド構築の面では、ほぼ確立されてしまい、何を聞いても同じという状態。それでも、何とか聴かせてしまうのは、効果的に使われる生楽器の音色。特にクラリネットは効果的で、非常に気持ち良く聴ける。エレクトロニクスと生楽器の組み合わせは、作品毎に進化している。
 これもヴォーカルの感じを別とすれば、昼寝にはもってこいの音楽。世の中では、耽美的とか暗いとか言われるが、自分にとってはアメリカ的な明るさを感じる部分もあり、そんなに畏まって聴くような音楽じゃない、むしろ喫茶店でBGMとして掛かっていてもおかしくはないと思う。まあ、アルバム名は、「海の精に魅了されて」、「壊れやすい空気の中の灰」、「欲望の混沌」だから耽美と言えば耽美なのだが。

 この音楽プロジェクトを聴くようになって、4ADの Dead Can Dance 、Cocteau Twins などに手を伸ばすと同時に、Unto Ashes や Amber Asylum といった辺境にまで足を踏み出すことになった次第。そういう意味じゃ、50過ぎて Cocteau Twins なんで聴き始めるバカなんてそうそう居ないかも、いいじゃない、新しい音楽に興味を持つことに年齢は関係ないだろう。
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by ay0626 | 2012-03-10 10:18 | dark-wave