日常茶飯事とCDコレクション
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デビューの頃 1956-1959年 セシル・テイラー (6)

 台風一過、とはいかず、北風のちょっと冷たい風が吹く、雲が重く垂れる。花が散ったのに花冷えとはこれ如何。

 木曜日だったか、日銀が思い切った金融政策を発表してそれに市場が反応、円安と株高が一段と進んだ。市場が金でじゃじゅじゃぶになって、金は何処へいくのか。資金が必要な中小企業に金がいくかといえばそうは思えない、彼らには信用がない、貸し手は充分な金利が取れないのに信用リスク(元本のリスク)など取れるはずがない、従って真に必要なところにはいかない(超低金利状態で貸し出しが伸びなかったのは事実)。しかし、じゃぶじゃぶの金はどうかしなくてはならない、遊ばしておく訳にはいかないので。それは投機的な市場にいかざるを得ない、株式や不動産、コモデティなどなど、どう見てもバブルの再来を狙っているのじゃないか、その傾向は今も見えている。
 そして、もう一つ、円安が進めば輸入インフレが進む、原子力が禁じ手にされているため、どうしたって高いエネルギーを輸入しなければならない、輸出は増えるかもしれないが本当に収支は改善されるか、改善されなければ酷い円安になり、2%どころではないハイパー輸入インフレがやって来る。
 まぁ、そう悲観的に考えることはない、景気なんて「気」のもの、何をやっても上手く行くときは上手く行く、世の中そんなもん。持っている投資信託もかなり値段が上がった、ありがたや、ありがたや。

 年度初めとしては上々のロケット・スタートの世の中、自分を振り返ると(またもや運気低迷か)疑問符の付き捲る仕事振り、生活振りだが、そのうちいいこともある、そうでも思わなければやっていけない。ということで、改めて原点から(何の脈略か?原点だの初心だのはこういうときに使う言葉)。Cecil Taylor のデビューの頃、久しぶりに聴いて見ました、初期4作品+1。

a0248963_1704511.jpg デビュー作 Jazz Advance 、1956年9月録音。驚くなかれ、自分が生まれるより前に録音された作品。所有しているのは2010年の EMI ミュージック・ジャパンの版だが、音は時代がかってはいるが充分に聴ける、60年近く前の録音でもそれなりなんだ、と感心する。
 録音メンバーは、Buell Neidlinger (b)、Denis Charles (ds)、Steve Lacy (ss, track2,4)。オリジナル盤は6曲収録だけれども、後に1曲増補された(自分の持っているのは6曲収録のもの)。
 一聴、変な感じはするけれども、どう聴いてもジャズそのもの。自分のCDコレクションには他に50年代録音のジャズ・アルバムはないので何ともいえないが、当時としてはかなり前衛的な作品だったのだろう。Taylor の初アルバムという歴史的意義だけではなく、Cecil Taylor はデビュー当時から Cecil Taylor であったことを教えてくれる作品、この時、Cecil 27歳。3曲目のエリントンの Azure は後の演奏の萌芽を充分に感じさせる、また5曲目の You'd Be So Nice To Come Home To はコール・ポーターの曲をアブストラクトな現代音楽風にしたピアノ・ソロ、後の Silent Tongue や Indent などを想起させる、最終曲の Rickkickshow は、素晴らしく躍動感に富んで、聴き応えのある作品。
 Steve Lacy もこの時23、4の若造で、音楽理論を Taylor から学んでいたらしい。若々しい演奏だが2曲しか参加していないのが残念。Buell Neidlinger と Denis Charles は、初期の Taylor のリズム隊、Neidlinger はその後、クラッシクの世界にいったという。やや Denis Charles の叩き方に時代を感じる。

a0248963_176587.jpg 次が、At Newport 、1957年6月のライヴ作品。LP の A面が Taylor カルテットの作品(B面は Gigi Gryce & Donald Byrd クインテットの演奏)。録音メンバーは Jazz Advance と同じ。
 司会者の紹介に続いて、多分 Taylor が曲名をアナウンスして演奏が始まる。Lacy のソプラノが全面に活躍し、57年録音とは思えない良い音で躍動感溢れる演奏が繰り広げられる。まだまだ、充分ジャズの範囲での演奏。2曲目、3曲目が Cecil のオリジナルだが、特に2曲目などは印象に残る。
 このアルバム、LP の半分ということもあって、なかなか復刻されなかったが、単独では2002年に、そのほか Jazz Advance にボーナスとして収録された。自分の持っているのは 60-61年の Nat Hentoff Sessions のボーナスとしてのもの。

a0248963_1712636.jpga0248963_172583.jpg Looking Ahead!、1958年6月録音。Buell Neidlinger (b)、Denis Charles (ds)、Earl Griffith (vib) という録音メンバー。バイブラフォンが加わるのは珍しい。全て Cecil のオリジナルによる録音(1曲のみ Griffith との共作)。ジャズそのもので、Jazz Advance より前衛色は薄いかもしれない。
 この Cecil ~ Neidlinger ~ Charles のトリオを中心に作られたのが Love for Sale、1959年4月録音。LP でいえば A面がピアノ・トリオ(コール・ポーターの作品を演奏)によるもの、B面が Bill Barron (ts)、Ted Curson (tp) が加わったクインテットによるもの。再発時に1曲追加されたが、自分の持っているのは5曲収録の旧版。最初の曲の出だしなど、Cecil Taylor の雰囲気があって(低音を力を込めて弾くところなんぞ)好き、Neidlinger のベースも変わっていて良いが、スタンダードを基にしている分、充分にジャズ。B面の管が入る2曲は、Cecil のオリジナルで雰囲気が違うのがはっきりと判るが、まだまだ調性もある普通のジャズの範疇。

a0248963_171458.jpga0248963_1715677.jpg この流れとは別に録音されたのが、大御所 John Coltrane との共演盤 Hard Driving Jazz (Coltrane Time 、1963年に再発されたときの題名、そりゃ Coltrane の方が名前の通りが良いので仕方ないが)。1958年10月録音、メンバーは Kenny Dorham (tp)、John Coltrane (ts)、Chuck Israels (b)、Louis Hayes (ds)。他のアルバムより音が悪く、籠り気味。Cotrane もブイブイ吹き捲るというわけではないので、何気なく聴いてしまうと、普通のジャズという感じ。Cecil の側から見ても Coltrane の側から見ても特に重要な作品とは思われない、2大巨頭合間見えての作品には違いないのだが。

 ここら辺りまでが、ジャズらしいジャズをやっていた Cecil くん。60年辺りからもっと尖がってきて、62年頃には完全無調男となってしまう訳、人生に大きな転機のやって来る前夜といったところ。

 この頃、CD を買わなくなった。この1か月ほど1枚も購入していない。新しいものに手を出さなくなったせい、ここまで手を広げるとそんなものかも知れない。じっくりとあるものを聴き直してみるとしようか、また違った発見があるかも。
 
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by ay0626 | 2013-04-07 16:28 | jazz

イタリア、ソウル・ノートへの録音 セシル・テイラー (5)

 立冬も過ぎて、しかしまだコートまでは要らない温度、今くらいが丁度良い気候か、空も高い。読書も気分が乗らず、寝る前にはウォークマンで CD を2枚程度聴くというのがこの頃の日課。
 ついこの間、「この頃は CD の購入も減って・・・云々」などと書いたが、買い出すと次々に買ってしまう悪い癖が出て、聴いていない CD がここあそこにゴロゴロ転がっている。一応、ウォークマンのデータ容量には未だ空きがあるので、次々に放り込んではいるものの、なかなか聴く時間がない。

 先日、田●文科大臣が、突然大学設置を認めない、などといい出して、関係者を慌てさせたことは記憶に新しいが、考えてもみれば、この国に700もの大学が必要なのか、少数や分数の計算も出来ず、英語で1から100まで数え切れない、こんなのが大学生なんぞ片腹痛いわ・・・と思う。一方、凄く勉強している学生も多いのは確か。就職が厳しいのが理由なのか判らないのだが、自分の行っている会社に応募してくる学生のなかには、留学経験もないのに Toeic 900点以上なんていうのが何人もいる、勉強ばかりじゃないのは「何とかクラブで代表を務めました」などとのたまう者もいることから判る、のんびりするということを知らないのか。理系女子ではそれに加えて美人という人も多い、大したものだ。
 30年も歳が離れれば、食べるものも日常の生活スタイルもかなり異なる、経済情勢や社会常識も大きく変わってきている。おじさんが頭が大きく手足の短いちんちくりんだとしても、子供はスラリと手足の長い良いスタイルだったりする。おじさんが入った頃の大学は、稀にでも機動隊が学内に入り、ヘルメットを被ったお兄さん達が「我々はぁ、断固としてぇ~、大学のぉ、帝国主義的なぁ体制にぃ抗議の声をぉ上げるう~」などと声の割れる拡声器で大声を出していた、もちろん学生は一部を除き授業なんかに行かず。それがどうだ、今の特に優秀な学生は授業には必ず行くという、多分よい方向なのだとは思うが、そんな青春時代はやっぱり嫌だなぁ、と怠惰な学生時代を過ごした自分は思ってしまうのである。
 やっぱり調性音楽ばかりでは息が苦しくなる、ということで冒頭に繋がりまして、Cecil Taylor の5回目、無調シリアス・フリー男、久々の登場です。

 Cecil Taylor のレコーディングは、70年代半ば以降ヨーロッパで行われることになる。ドイツの Enja 、MPS 、スイスの Hat Hut 、イギリスの Leo などヨーロッパのレーベルへの吹込ばかりで、88年以降は FMP へ進出、完全にヨーロッパ・フリー・インプロヴィゼーションへ取り込まれ(?)、アメリカン・フリー・ジャズとは一線を画すことになる。この中でも、ヴァラエティーが豊かなのがイタリア Soul Note への吹込、ソロ ~ デュオ ~ スモール・コンボ ~ オーケストラと様々な形式の演奏が収められている。
 Soul Note は、たしか Black Saint というレーベルの兄弟分だった。アメリカのフリー・ジャズを中心にしたリリースが多く、Black Saint では String Trio of New York や World Saxophone Quartet なんぞ良く聴いたものだ。Soul Note は、特に記憶に残るような録音はないが、アメリカとヨーロッパ、程よいカタログ構成だったように思う。

a0248963_17485991.jpg Soul Note 最初の録音が、Max Roach とのデュオ・アルバム、Histrical Concerts 、1979年12月コロンビア大学での録音。 Max Roach は、ジャズ・ドラムの大御所、1924年生まれだから Taylor よりも5歳年上となる。ビ・バップのドラマーとして最初期から活動、公民権運動への関わりなど、政治的関心も高いようだ。70年代末から80年代にかけて、Taylor 以外にも Archie Shepp 、Anthony Braxton 、Abdullah Ibrahim (自分にとっては、African Piano の Dollar Brand の印象が強い)などのフリー系ミュージシャンとの録音がある。
 ジャズ・ドラマーであるところの Roach との対戦は、各々5分程度のソロから始まる。第一ラウンドは40分を超える長丁場、ちょっと相手の出方を伺うような感じはあるものの、そのうちに組んず解れつのバトルを展開する。第二ラウンドは38分、Raoch の反則色物パーカッション攻撃から始まるが Taylor 一切挑発に乗らず我が道を行く、それでもRoach は相手の出方を良く見て上手くパーカッションを選び、音を出している。その後は、相手の出方も十分承知、一層熱い演奏が繰り広げられる。演奏の前にリハーサルなどは一切なかったという、大したもんだね。最後に17分ほどインタヴューが収録されているが、全く聞き取れません、無駄な努力はしないことにしているので、1回しか聴いておりません、はい。

a0248963_17492479.jpg 2枚目は、ビッグ・バンドの Winged Serpent (Sliding Quadrants)、1984年10月ミラノでの録音。11人のアメリカ ~ ヨーロッパ混成、メンバーは、Cecil Taylor (p, vo)、Jimmy Lyons (alto sax, vo)、Enrico Rava (tp, vo)、Tomasz Stanko (tp, vo)、Frank Wright (tenor sax, Vo)、John Tchicai (tenor sax, b-cl, vo)、Gunter Hampel (baritone sax, b-cl, vo)、Karen Borca (bassoon, vo)、William Parker (b, vo)、Rashid Bakr (dr, vo)、Andre Martinez (dr, perc, vo)。Jimmy Lyons にとっては最後の録音(86年死去)。
 大傑作、作曲され非常にコントロールの効いた、それでもフリーのエネルギーを失わない素晴らしい演奏。Taylor のユニット把握力は凄いものがあって、78年の One Too Many Salty Swift and Not Goodbye のソロ配置の流れなども感心することしきりであったが、本作もそれを超えた凄まじさがある。これだけ統制が取れているのは、ヨーロッパ勢が比較的穏健な(?)フリー・ジャズ・ミュージシャンであることも関係しているのかもしれない、これは後に述べる Olu Iwa との対比での感想。
 3曲目は、ポエット・リーディングの影響での集団ヴォーカル・インプロヴィゼーション、案外すっと聴けるのが不思議、オーケストラのこってり感が中和されるためか、しかしこれもこってり感はあるよなぁ、ちょっと方向性を外したところでの作品。

a0248963_17494980.jpg 3枚目、ピアノ・ソロ For Olim 、1986年4月9日録音。FMP が毎年開催しているワークショップ・フリー・ミュージックでの演奏。前回紹介した Sweet Basil でのライヴ Iwontunwonsi と Amewa が2月の録音だったので、2か月後の録音ということになる。この頃の録音は、一時の熱狂的な感じがなくなり、一音一音考えて叩いているように思う。また、このアルバムは最初の曲こそ17分ほどあるが、あとは1分から5分と短い曲ばかりで、非常に聴き易い。世評も高い作品。

a0248963_17501454.jpg 4枚目は、同じ演奏会での4月11日と12日でのユニットでの録音 Olu Iwa 。1曲目は4月12日の録音、48分に及ぶ演奏で、編成は3管編成(テナー・サックス2、トロンボーン1)のセプテット。メンバーは Cecil Taylor (p)、Thurman Barker (marimba, perc)、William Parker (b)、Steve McCall (dr)、Earl McIntyre (tbn)、Peter Brötzmann (tenor sax, tárogató)、Frank Wright (tenor sax)。最初の作曲された部分から管なしのカルテット演奏、そして23分過ぎたあたりから管が入り、Brötzmann がソロを取ると混沌度が一気に上がる。流石 FMP を作り、ドイツ・フリー界を背負ってきた大立者、ちょっとやそっとのことではアメリカの巨人には負けない。Taylor も応戦に精一杯という感じか。80年代半ばのこういった交流を経て、88年 FMP 本拠に乗り込むことになる。
 2曲目は、前日11日の録音、管の入らない2人パーカッションのカルテット。Thurman Barker のマリンバの音色の良さと William Parker のベースの変幻自在なこと。87年の Leo 3部作よりはかなり辛口の演奏であるが。

 久しぶりにジャズでしたね。しかし、この頃はウォークマンで Miles Davis をよく聴いている(それも65年から67年の作品)ので、自分の中では、久しぶりにジャズという訳ではないのだが。
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by ay0626 | 2012-11-10 15:14 | jazz

アメリカン・フリー・ジャズの最終期、86~87年 セシル・テイラー(4)

 何回か「感心」と「感動」の違いみたいなことを書いてきたが、ちょっと例を引いて補足しておきたい。自分の好みを具体的に述べておきたいのだ。

 端的な例で言えば、石川啄木の有名な短歌『やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごどくに』が「感動」、西東三鬼の『水枕 ガバリと寒い 海がある』が「感心」、また安西冬衛の『てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った』でもよい。
 石川啄木の歌は、『泣けとごとくに』と直接的な感情表現(稚拙ともいえる素直さ)で、読み手の心を揺さぶる。啄木の短い人生を知り、ふるさとに寄せる思いを知るとなると、この歌の一層の悲劇性みたいなものが大きくなる。学校では、歌そのものに加え、夭折した悲しい人生までおせっかいにも教えるから、みんなころっと「感動」してしまうのである。そのくせ、本当のところは生活力のないぐうたらで、行っていた学校はカンニングで放校同然だったこと、友人(金田一京助)が家財を売り払ってまで支援してくれたのに、その金で娼館に通い詰めて、その借金が増えていったこと、など詳しくは教えてくれないので、美化されてしまう。まあ、夭折してしまうと「悲劇の天才」になる可能性は飛躍的に増大するが。

 それに対し、西東三鬼って誰?、安西冬衛って誰?という感じだろうと思う。西東三鬼は、本業が歯医者で京大俳句事件と呼ばれる言論弾圧事件にも関与したが、派手な人生ではなかったようで、62歳で亡くなっている。また、安西冬衛に至っては Wiki にも詳細な情報はなく、生年と没年が判る程度だ。それにしても、石川啄木との知名度の差の激しいこと。
 『水枕 ガバリと寒い 海がある』、「水枕」から「寒い海」への連想、「ガバリ」との擬音語がどう繋がるのか、それがこの俳句の味噌で、その連想・擬態語の特異な組み合わせは、感情にはいっさい訴えるものは無い。ただ、その組み合わせに唸るしかない、その冷たいイメージが背中に寒気を覚えさせる訳だ。これが「感心」という言葉で言いたかったことなのである。
 『てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った』も同様、「てふてふ」という旧仮名遣いで現される小さな、繊細なものと、「韃靼海峡」という荒々しいイメージの見事な対照に感情ではなく理性が唸るのである。

 「死」は絶対的に悲しい、感情に訴える、どれだけそれが文学作品や映像作品として作成されたか。夥しい数に上るだろう。それは簡単に人の感情を動かすことが可能だから、言い換えれば「感動をありがとう」になり易いからだ。

 Albert Ayler と Cecil Taylor との関係も同じような感じで、80歳を超えてまだ矍鑠とピアノを弾くことはあまり悲劇性には結びつかない、Ayler のようにリヴィエラでの傑作ライヴを残した直後にイーストリヴァーに浮かぶという悲劇が人の心に残すものとは、比べるだけ野暮なのだろう。

 さて今回の Cecil Taylor は、ヨーロッパ・フリー(FMP のミュージシャンたち)との膨大な数のセッションとレコーディングによっての合体を果たす直前、86年と87年のアメリカン・フリー(黒人の音楽としてのジャズから生み出されたフリー)の最終局面の作品について見ていこうと思う。ヨーロッパ・フリーとの交流以降については、殆ど興味が無い、黒人のルーツ音楽としてのフリー・ジャズはヨーロッパのフリー・インプロヴィゼーションとは本質的に異るものと考えるからだ。自分にとっての Taylor は Ayler と並ぶ黒人ルーツ音楽としてのフリー・ジャズの音楽家として認識しておきたいと思っている(なんて勝手な言い草!)。

a0248963_15443698.jpga0248963_15445418.jpg 86年の録音は、Sweet Basil でのソロ・ライヴを収めた2枚、Iwontunwonsi と Amewa の2枚。他にもイタリア、Black Saint に2枚のアルバムを残してはいるが、それは Black Saint の他の諸作と一緒に別の機会に譲る。
 この頃には、言葉によるパフォーマンス、ポエット・リーディングに目覚めた頃の録音で、渋い声での唸りがそこここに聴かれる。ポエット・リーディング自体面白いとは思わないが、Taylor には思うところが大きかったのだろう、自分は持っていないが、翌87年、ヨーロッパ楽旅の最終に Leo レーベルに Chinampas というポエット・リーディングで全編を通した(ピアノ一切なし!)珍奇なアルバムを録音している。
 この2枚は2月8日の2つのステージの演奏を収めたもので、いわば双子のアルバムということが出来る。楽曲は非常に厳密に組み立てられており、その場での即興というより、楽譜に書かれていないだけの作曲作品といっても良いのではないか。少なくとも左手の部分は、同じようなパターンが頻出している。
 本作品は、日本の Sound Hills というマイナー・レーベルからリリースされたもの、95年の発売だから、録音されてから8年も経ってから日の目を見た録音。日本の典型的な訳判らない珍妙な解説付きで、日本語の副題が「真実の美とは!」。これに対してニヤニヤ笑わない筈がない。

a0248963_15453758.jpga0248963_15455457.jpga0248963_15461349.jpg 次は、87年の Leo レーベルでの3作、Live in Bologna (11月3日録音)、Live in Vienna (11月7日録音)、Tzotzil/Mummers/Tzotzil (11月13日のパリでのライヴと11月16~17日のロンドンでのポエット・リーディングの合体作)。
 メンバーは、Leroy Jenkins (vl)、Carlos Ward (as,fl)、William Parker (b)、Thurman Barker (dr,marimba,perc) 。室内楽的な感じで、Taylor のピアノなどいつも通りかなり激しく弾き倒すところもあるのだが、ある種の長閑さまである。これは、ヴァイオリンもそうなのだがアルト・サックスがフリーキーな音を一切出さず、長めの伸びやかで澄んだトーンに終始していること。フルートも同様で、そういえばフルートなど Taylor Unit に入っていたこと、あったっけ?フルートの音色自体が柔らかなイメージを織り上げる。加えて、マリンバのこれも柔らかな響き、ドラムに廻っても煽るような叩き方はしないため、切迫感がない。唯一ベースだけが、忙しげに数多くの音を紡ぎだすのだが、それはそれで良い。明確なソロがなく、集団での即興演奏に近い、例えば78年の超傑作 One Too Many Salty Swift and Not Goodbye などは、見事なまでに計算されたソロの配置だったが、それとは異なるやり方となっている訳だ。
 3作とも好きな作品だが、Tzotzil/Mummers/Tzotzil が最初と最後のポエット・リーディングを除けば、一番好き。アメリカン・フリー・ジャズとしての最終局面にこの3作が残されたのは、非常に印象深い。

 そういえば、ヨーロッパ・フリー・インプロヴィゼーションが感情に訴えない「感心」派とすれば、アメリカン・フリー・ジャズは黒人の情動から始まった「感動」派の音楽ではないのか、って訊かれたらどうしよう、だってその通りだから。
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by ay0626 | 2012-05-20 14:09 | jazz

1976年+1973年「ソロ」 セシル・テイラー (3)

a0248963_1633558.jpg Cecil Taylor の1973年の「ソロ」については、前にも書いたが、Amazon のマーケット・プレイスなどでバカバカしい値段が付いているので、手を出さなかった。今、Amazon を調べて見ると、同じ規格ではないが、2005年のキング盤は最低で3,980円、8,500円の値付をしているところもある、2002年の P-JAZZ盤では7,800円が最低ラインだ。アメリカの Amazon でも2002年盤が$138.57なんていう値段である。
 今回、手に入れたのは、1994年の Venus 盤でリマスター前ではあるが、十分に聴ける音質は保っている(もともと音が良いのはLP時代から言われていた)。同時期の Indent や Silent Tangue は、ずっと命脈を保って、1,000円内外の値段で買えるのに、この Solo だけは、何回もリマスターで出たり、紙ジャケットで出たりもしたが、あまりに短期間で廃盤になるので、中古市場でも変に高値を保ってしまうことになる。
 たまたま、Yahoo のオークションを見ていたら、94年盤にしろ、500円という格安値での出物があって、ちょっと目を疑った。オークション出品者は適正値を付ける人が少なくて、バカ高い値段を付けてしまう人もいれば(新品で Amazon あたりで買うほうが安い、廃盤でもないのに)、めちゃくちゃ安い値段を付ける人もいる、その安値を狙うなら、定期的なチェックも必要となる。昔ほど情熱はなくなったが、バカ高い値を付ける業者の鴨にはなりたくないので、この作品だけはそれなりに色々な中古屋やオークションを見回ってはいた。それでも500円は信じがたい値段であった。
 自分が入札したときには、最初の入札者が最高値を設定していたのか、あっという間に620円まで上がり、一旦そこで最高入札値を付けた。入札期間は1週間であったので、毎日のチェックは欠かさず行った、何事も努力が肝心である(偉そうなことを言うな、このケチ!と声が飛んできそう)。
 2~3日が経過したころ、中古品扱いの最大手Net-Off のサイトを見ていたら、同じものがなんと1,580円で入荷があったではないか(これでも市場値より格安)、これには困ったね、安い値段でオークションが落とすことができれば、それでよし(その時点では自分が620円で最高入札者だったし)、でも600円そこそこで落ちることはないよなー、という気持ちが入り乱れ、もう4日待てば決着が付くからと考え、そのままにしておいた。翌日、Net-Off のサイトを見に行ったら、なんともうなくなっている!どうしようもないけど、ちょっと後悔しましたね、はい。
 オークション最終日、何度も画面を更新しながら、最後の最後に攫われないように・・・と思いつつ、あっさりと620円で落ちたときは気が抜けた、落ちるときは落ちるもんだ、その3日後には送料を含んで820円で「Cecil Taylor Solo at 02:30a.m. May 29th, 1973 in Tokyo」が手に入ったのであった。
 このアルバム、Taylor には珍しくスタジオ録音であること、音が良いこと、といった理由で世評の高い1枚ではあるのだが、自分としては同時期の Indent や Silent Tongue に比べて静か過ぎる感じで、31分という収録時間以上に物足りない感じがする。法外な値段を払うほどではない、1,000円で Indent を聴くほうが遥かに良い気分に浸れる(真剣に落としておいて、何たる言い草)。

 あとは、1976年のヨーロッパ楽旅で採られた2枚のアルバムについて。クインテット作品の Dark to Themselves (6月18日録音)、とソロ作品 Air above Mountains (8月20日録音)でどちらも盤元はドイツの Enja 。ドイツ録音は、どれも音が良い。
 この頃の Taylor は、構築性よりもフリー度の深化(ちょっと変な言い回しだが)を目指した感じで、パワーは感じるが、1966年や1978年(Shanon Jackson がドラマーだった頃)の非常に統制の利いた時期とは異なった無秩序な感じを受ける。

a0248963_1644980.jpg 特に Dark to Themselves の David S Ware の長い、フリーキーさを強調したようないわば放し飼いにした犬の吼え声のようなソロには若干の胃もたれ感がある、Jimmy Lions のソロになるとちょっと落ち着く、貫禄ですかね。Marc Edwards のドラムの煽り方が関係しているのかも知れない(Andrew Cyrill よりも直線的なスピード感がある)。それが終わったあとの Taylor のソロも荒々しいタッチだ。

a0248963_1651845.jpg Air above Mountains も 2部にわかれて各々44分強、32分弱の長尺のソロが収録されている。相変わらずの音の洪水状態には圧倒されるが、ここでも構築性よりパワー重視の姿勢が見て取れる。それにしても、この時 Taylor 御歳47歳、これだけのパワーをピアノに1時間以上ぶつけられる体力と精神力に脱帽。

 Dark to Themselves が最初にリリースされたのは、1976年。勿論 LPレコードであったため、収録時間の制限で、A面23分、B面26分12秒と現行のCD(1990年リリース)とは10分以上の編集差が存在する。同様に Air above Mountains の最初のリリース年も76年。収録時間は LP でも頑張ってA面25分40秒、B面25分37秒収録はしているが、現行CD(2002年)に比べれば25分以上短い。

 Thinking Plague や Motor Totemist Guild のところで書いた不満がこちらでは不満解消に役立っているとは奇妙だが、結局、現行のCD規格(80分が最長といわれる)が微妙だと言うことだろう、LP2枚分には若干不足しているという点で。まあ、70分も根性込めて音楽が聴けるか、と言われれば微妙で・・・結局、LP片面の20分程度が緊張感を持って音楽を聴ける限界かも知れない。
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by ay0626 | 2012-03-31 14:47 | jazz

鬼才アラン・シルヴァとの1966年、セシル・テイラー (2)

 Cecil Taylor ほど、活動期間が長くなると、録音数は(活動期間に対しては相当少ないとは言え)かなりの数になるし、その期間の競演者の面々によっても大きく音楽の面貌は変わってくる。今回は、一番印象深い1966年のアルバムについて、あの Alan Silva が大きく関わった3枚。

 変に印象に残る人が居て、付き合いの長い短いは関係なく、一言話しただけとか一瞬見ただけとかで忘れられないことがある。例えば、Jazz & Now の中村邦雄さん、華奢で優しそうな感じの人がプロレスラーかと見紛う Evan Parker と並んで歩くところなど、30年も前なのに思い出す。残念ながら中村さんは病で逝かれたが、Evan にとっても特別な人のようで、ソロ・アルバムの Conic Sections には 「For Kunio Nakamura」の献辞がある。仙台の地でフリー・ミュージックをこつこつと広められていった人がいたことは覚えておきたい。
 ちょっと脇道に逸れた。音楽でも同様に、一聴して強烈な印象を残す音がある。そのひとつが、Alan Silva のキコキコ・アルコ・ベース。ほんと、キコキコと管楽器群に負けじと、自己主張しまくる、ピアノに絡みつくその切り込みの絶妙さと想像力溢れるフレーズの連発には脱帽。Unit Structures も Conquistador! も Student Studies ( Great Paris Concert の方がぴったり来るなあ、初めて聴いたLPは BYG 2枚組のものだったので)も Alan Silva のキコキコ・アルコがなければ成り立ちません、これは絶対。

 Alan Silva は、1939年、バミューダ諸島(北大西洋、サルガッソー海の西端に位置)生まれ。バミューダ諸島ってどんなところか知らないが、サルガッソー海の近くで・・・となると何かミステリアスな雰囲気。まあ、多分南の島で、どうってことないようなところだろうけど。

a0248963_152276.jpg 1966年の3枚の録音は、Unit Structures が5月19日、Conquistador! が10月6日、Student Studies が11月30日という順番だ。Unit Structures と Conquistador! は、Henry Grimes との2本ベース体制。Grimes が土台を支え、Silva がキコキコと華(色物?)を添える構成で成り立っている。同じ頃の Ayler の録音( Live in Greenwich Village - The Conplete Impulse Recording )を見てみると66年12月には、Grimes と Bill Folwell で、67年2月にはFolwell と Silva での2本ベース使いとなっている。フリーの大立者2人が揃ってベース2本使いをしようとした訳は何だったのか、確かに Silva のアルコはヴァイオリンよりも高い音を発する特異なものではあるが、それだけではなさそうだ(と偉そうなことを書いても、自分に解があるわけではない)。Tayler は、この後、一変してベース奏者を加えず、録音としては78年に Sirone が加わるまでベース・レスのユニットを続けることになる。

a0248963_152382.jpg 1966年の3枚の特異性は、その作曲性にある。今所有している Unit Structures には、Enter Evening の、Conquistador! には With (Exit) の別ヴァージョンが収録されているが、比べて見ればテーマはもちろん、構成においても Taylor の明快な指示が出ているのがよく判る。Taylor 作品において作曲の重要性が認識できるところである。現代音楽の影響は顕著だが、テーマを良く聴けばやっぱりジャズ、というのも嬉しい。

a0248963_1524336.jpga0248963_1525102.jpg この3枚のうち、最初に聴いたのは Student Studies ( Great Paris Concert 当時のジャケットが右)。大学の1年か2年の頃。この頃は、もうフュージョンの時代に入っていて、ちょっと軟弱なジャズ喫茶では「お客が嫌がるから」とこちらがリクエストしたフリーを拒絶することもあった時代。そうした中でフリーのお勉強に励んだ訳だが、Taylor は Silent Tongues と Akisakila から始まったので、最初 Student Studies を聴いたときは戸惑った、「これって現代音楽じゃない?」。
 たしかに、73-74年頃の作品は、テーマもすぐに崩れ、構築性よりエネルギーに目が行ってしまっていたので、そうした感想もまあ当然だった。聴き続けるうちに耳も慣れた頃、ベースの特異さに気が付いた、もうひとつのフロントと。カルテットなので、全面キコキコ・アルコとは行かないが、個性溢れる奏法は大いに気に入った、「それじゃあ、Alan のリーダーアルバムを買おう」。
 これが大失敗、ESP の Luna Surface を購入したのだが、余程の音でも聴ける自分が聴きたくない、と思えるような音の詰まったLPでありました、はい。これ以降、Alan 君は、Taylor か Ayler のお伴しか聞かないと決めたのである。

 続けて3枚聴いたので、今回は音の違いについて考えさせられた。Conquistador! は2003年のRudy Van Gelder のリマスター盤で、特に「Conquistador!」の粒立った美しいピアノの音には目を見張らせられる。Bill Dixon のトランペットも実に滑らかでいい音を聞かせる。それに比べて Unit Structures の音のしょぼさ、ピアノはベールを掛けたようなくすんだ感じだし、管の分離も今一、内容が素晴らしいだけに惜しい。ちゃんとしたリマスターは出ないのか!と意見表明だけでもしておこう。Student Studies は昔聞いたときの印象通り、ピアノの曇った感じは解消されていないので、こんなもんなんだろう、ライヴだし・・・。

 今回、いろいろ書こうとして何かとっ散らかった文章になってしまった。まあ、Alan Silva 、サイドマンだったら大好き!ということだけでも書けたから、良しとするか。
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by ay0626 | 2012-02-07 11:34 | jazz

1973-74頃のセシル・テイラー

 昨年11月に突然Cecil Taylorが聞きたくなって、衝動的に5枚ほど購入してしまった。

 大学時代には、アメリカン・フリー・ジャズのうちでも、アルバート・アイラーと並んでよく聴いていたのだが、アイラーのCDコレクションは比較的早くから始めていたものの、テイラーは社会人になってからは、ほとんど聴いていなかった。社会人になってテイラーのCDを買ったのは、今回が初めてという訳。何で再コレクションをしなかったのか、と問われても明確な答えはない(と思う・・・たぶん)。

 大学に入学した70年代の後半、世の中はフュージョンの時代で、軟派なジャズ喫茶ではWeather Report の Heavy Weather ばかり掛かっていたし、普通の喫茶店では、サザンオールスターズの愛しのエリーと Eagles の Hotel California が20~30分に1回は掛かっていた。音楽全体が分かりやすく、ノリの良いものにどんどん進んで行ったように思う。
 元来の複雑怪奇好き、変わったもの好きの自分にとっては、そんな流れの逆を行きたくて(10代のガキの自己意識肥大?・・・今から考えればまるでそんなところ)、いろいろ自分でも調べたものだ。その頃は、もちろんインターネットもないし、そういった情報はもともとが少ないものだから苦労したことを覚えている。
 入学直後に知り合った奴(あまり友人という言葉は使いたくない類のひと)が、たくさんのジャズレコードを持っているのを知って、コルトレーンやドルフィーやアイラーを聴きに自宅まで押しかけたことがある。いろいろ聴かせて貰って、特に気に入ったのがアイラーとドルフィーだった。この時が、フリーとの初遭遇といったところか。しかし、この時はテイラーは聞いていない。知り合い曰く「ギターやピアノみたいな和音楽器はダメや、やっぱサックスやトランペットやないと」とのたまわっていたのを思い出す。

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 テイラーを聴いたのは、その直後だったと思う。相当にショックを受けたのだろう、翌日には大手輸入レコード屋に買いに走った。その時、購入したのが Silent Tongue。その年に一番ターンテーブルに乗ったのがこの一枚。
 あの頃は、ブラックパワーのなにそれ、みたいなのを感じて聴いていたが、今回聴き直してみるとその構築性のほうが耳に残る。案外、当時も現代音楽に近い感じのほうが好きだったのかも知れないとも思う(バルトークやストラヴィンスキーは当時も聴いていたので)。そういえば、このアルバムの次に良く聴いたアイラーは Great Paris Concert、現代音楽の影響がもっとも大きなアルバム(当時は、Unit Structures と Conquistador の入手が難しかったので、この名盤2枚はずっと後で聴くこととなる)。この前見せて頂いた信田照幸さんの素晴らしいテイラー・ディスコグラフィーにも同主旨の記載があり、自分の感覚は間違っていなかったと非常に満足したものだ。

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 同時期の2枚も今回購入したので、簡単な感想を。Akisakila は、日本でのライヴ。これも学生時代に良く聴いた。最初の「アンドリュー・シリル、ドラムス。アルトサックス、ジミー・ライオンズ。セシル・テイラー、オン、ピアノ。セシル・テイラーズ、ユウニットー!(聞こえるように表記しております)」というアナウンスからメロディーに入るところは本当に良く覚えていていて、30年ぶりに聴くとは思えないほど。テンションがまったく落ちない演奏で、当時はどこか1面を聴けば十分だった(LP2枚組)。

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Indent は、今回初めて聴くことになる(当時2~3回はジャズ喫茶で聴いたことがあるかも知れないが)。点描的な序盤から、音が洪水になっていく様が絵に描いたような分かりやすさで、本当に気分が良い。Silent Tangue でもこの作品でも、テイラーを聴こうと思うならここら辺が一番いいのではと思う。

 この時期には、Solo という作品もあるが、Amazon のマーケットプレースでも法外な値段がついているので今回は見送った。何年かおきに再販される作品なので、ちょっと待つことにしようと思っている(ちなみに、中古盤に出すのは1枚当り2,000円までとしている・・・ちょっとケチな感じもするが)。

 フリーは、難しいとか聴き辛いとか言われるが、2~3回我慢して聴いてしまえばこっちのもの、新しい音世界に出会えますよ。
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by ay0626 | 2012-01-03 17:01 | jazz