日常茶飯事とCDコレクション
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その後のソロ活動 エヴァン・パーカー (2)

 敗戦記念日の頃になると何かしら中国・朝鮮半島が騒がしくなる。苛めた方は忘れても苛められた方はうじうじと忘れない、ましてや大昔は格下と思っていた者にやられるとなれば一層忘れる訳にはいかない、たぶんそんなところ。中国も阿片戦争のことはもうがたがた言わないが、15年戦争のことは絶対に忘れない、朝鮮半島など1000年以上中国の属国だったことは何も言わないが、日韓併合からの35年間のことは忘れない。
 確かに日本文化の多くは中国から朝鮮半島を経由して齎された、これは誰もが知っている、それを否定する日本人はいないだろう。大昔、本当に大昔の話、しかしそれがずっと彼らの中にある、日本を文明化したのは自分たちだと、日本は格下の国だと。
 帝国主義の時代、侵略行為は決して否定されていなかった、強国が弱小国を自国傘下に置くことは当然だったし、人種が違い国力に大きな差があれば搾取の対象としての植民地にするのは自明の理だった。
 大きな2つの戦争で科学が発展し技術が向上したことにより、効率的過ぎるほど簡単に人を大量に殺せるようになってしまった、それが一部の国だけでなく多くの国でも使用できる状態になった。加えて、情報量の増加、大昔はどれだけ残虐に人を殺そうが判らなければそれでよい、判ったとしても死体がリアルに見えるわけじゃない、しかし、現在では今日の残酷行為が今日のうちに動画サイトに載ることも多い。つまりは戦争・侵略行為が昔ほど経済的に見合わなくなり、また残虐行為の対象となったり行わなければならなくなる一般大衆(まさか高貴な方々が最前線に立つことなどありえない)の惧れが戦争を抑制しているだけのことだ。シリアのように外からの目を気にしなければ何でも出来るのだ、多くの国は外面を気にして(世界のリーダーだから?良き世界市民故?)それをしないだけのこと。今の(外面の)常識で当時の国家行動を批判しても始まらないだろう。それ以上に、太平洋戦争当時のことを持ち出せば、現在の経済が絡む領土問題に対して、何とでも言えてしまう、論理がすり替え易いということが透けて見える。
 あと何年、何十年、何百年言われ続けるのか、やっぱり戦争をやるならとことん勝たなければ、日本はアメリカの物量と自国の変な意識(神国?大和魂?本当の大和魂は源氏物語のよよと泣く、女の尻を追いかける男の心)に負けたのであって、別に連合国全体に負けた訳じゃない。戦争に負けて良かったのは、ヒエラルキーによる日常的な暴力がなくなったことくらい。

 と2日続けて全くCD紹介と関係ない話題から入ってしまった。ほんと、自分でも感心するほど、前ネタから音楽の話に繋げられない、しょうがないと開き直るしかないか。

 ということで、Evan Parker のソロの2回目。一番植民地を多く得た国、イギリスのインプロヴァイザー。

 殆ど3枚目の Six of One (80年)で技術的な面では行き着くところまで行ってしまったので、その後の作品はその時点時点での現況報告といったところか。80年代半ばから90年代半ばまではフリー・インプロヴィゼーションに嵌っていて、しかし2000年に入る頃には殆ど興味を失った。Parker や Rothenberg、Kang Tae Hwan あたりはそれでも聴き続けたが、当時ほどの興味を持って聴くようなことはない。
 例えば、聴き始めたころのアメリカの新しい波ともいうべき John Zorn のゲーム音楽や Eugene Chadbourne のフリー・カントリー・ウェスタンなどは相当興味を引いたが、ヨーロッパの本家の方は新たな方向性を示す動きはなく、つまりは同じ方法論の繰り返し、フリー・インプロヴィゼーションが本来的に持つ『自由の不自由さ』、つまりどんなに自由の演奏しようとしてもついつい自分の方法論が出てしまう、いつも違う音楽が出来る訳ではない、ということを如実に現す録音しか出ない、それが多くのCD から判ってしまう。Derek Baily などどんなアンサンブルにいても、Baily だと判る音しか出さない、それが彼のいう non-idiomatic inprovisation なのか、ちょっと違うんじゃないか。そう思い始めるとなかなか身を入れて聴けない、そうした経緯でフリー・インプロヴィゼーションから離れていった訳だ。

a0248963_220247.jpg Incus から離れて始めてのソロは、89年録音(93年発表)の Conic Sections 。仙台でフリー・ミュージックのディストリビューター・プロモーター・レーベル主催者として活躍した中村邦雄さんに捧げられている。もうここまで来ると、如何に早く滑らかに音が出し続けられるか、その一点のみが焦点となっているかのようだ。また、CD 発売を前提として、1曲当りの時間が長くなっている(第3パートは25分を超える)。
 このアルバムの発表に先立って FMP から Process snd Reality というソロ作品が出ているが、この作品のコンセプトはちょっと違うので、今回の紹介から外してある。2006年の Time Lasp と併せて別の機会に紹介したい。

a0248963_2204688.jpg 98年には、Günter Christmann (cello, tbn) とのデュオ Here Now が出ている。冒頭の Cone of the Future は32分超、続く Cone of the Past は7分超の Evan のソロ、ということでここで紹介する。CD として出されたソロの中では最も長尺なのが Cone of the Future 。



a0248963_2233585.jpg 21世紀に入って最初の作品が Lines Burnt in Light 、2001年作品。Evan が主宰する psi レーベルの第1回作品。その後、このレーベルから初期のソロ作品が復刻されていくことになる。
 収録は3曲、20分台の2曲と10分台の1曲で構成されている。この時、Evan 57歳、まだまだ元気はつらつである。


a0248963_2213173.jpg 2008年、Whistable Solo 。8曲収録、珍しく10分に満たない演奏が7曲と15分台の曲が1曲。CD の入った内袋の Evan の写真は前を睨み、まだまだ演奏活動するぞ!という感じ。
 ここまで来ると購入するのも惰性といったところか、コレクターだからこれも当然(?)。

 以上が、ソプラノ・サックス・ソロの作品集(他に鳥の囀りとの共演した For Steve Lacy というアルバムがあるが未聴)ということになる。95年のテナー・サックス・ソロ Chicago Solos やコンセプトの異なる Process and Reality 、Time Lasp 、Leo レーベルや Emanem レーベルの異色作は稿を改めて。
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by ay0626 | 2012-08-19 19:57 | free improvisation

天空からの音のシャワー、エヴァン・パーカーのソロ

 ヨーロッパ・フリー・インプロヴィゼーションを聴き始めたのは、80年代の初期。アメリカン・フリー・ジャズに飽き始めていて、多分それは、無意味なブローイングによる熱さに辟易としていたからだろう。ヨーロッパ・フリーのひんやりとした感じは、はっきりとアメリカン・フリーと区別できる、特にテーマも何もないところから突然音が紡がれていく感じは、ある意味凄く新鮮であった。

 当時は、マイナー盤の流通は極端に悪く、居住地の名古屋では手に入れようにもなかなか手に入らなかったものである。FMP はまだしも、Incus や ICP といったレーベルは、見たらすぐ買うくらいにしないとコレクションが増えていかない。入社当時は、人事の採用の仕事をしていたので、年に数回は東京に行く機会があり、そのときに輸入盤専門店を店が開いているぎりぎりの時間まで足を棒にして探し歩いたものであった。そこまでしても、フリー・インプロは当り外れが激しく、いつも買った LP が投資した金額以上の満足感を与えてくれる訳ではないので、ある意味博打だったのである。当時は YouTube もなく、殆ど情報もない中での手探りのレコード漁りであった。

a0248963_2327556.gif そんな中で、あるとき(多分1981年か82年、季節は定かではない)、御茶ノ水のディスク・ユニオンで「天空から降ってくる音のシャワー」を体験したのであった。1本のソプラノ・サックスが複数の音を出し、それが一度の息継ぎもなく、次々に変化する、そんな凄まじい音の洪水が、天井付近に設置されたスピーカーから溢れ出している!あまりの凄さに立ち竦んでしまった。
 その時に対応してくれたのは、たしか中年の眼鏡を掛けたおねーさんで、こちらが勢い込んで「これ、誰?」と聞くと「Evan Parker です!多分、ヨーロッパ・フリーの最高のソプラノ吹き」と熱く答えてくれたものである(記憶は美化されるものなので、本当にそうだったか、は闇の向こう)。そのとき手に入れたのが Six of One 。確かに残響の効いた教会での演奏をクリアな音で捉えた本アルバムは、Parker のソロ作品の中でも極めて美しい。買った当時は、会社から帰ってくると隣の部屋の住人の迷惑を顧みずに、何度も繰り返し聴いたのであった。
 Evan のグループでの録音もいろいろ聴いたが、やはりこの時の印象が強烈過ぎて、Evan はソロだ・・・と思ってしまった次第。

a0248963_2325272.jpg それから暫くして、「Evan Parker が来日する」ということを聞いた。多分、当時通販で何回か購入した仙台の Jazz & Now の中村邦雄さんからの案内で知ったものと思う。名古屋の場末といえば場末の名演小劇場で観客は多分50名ほど。かなり体の大きな Evan を見て「さすが、サーキュラー・ブリージングを小一時間もやっちまうのには、こんなガタイが要るんだ」などと無闇に関心したのを覚えている。演奏自体も素晴らしく、本当にレコードと同じような演奏が可能なんだ、と思ったものであった。
 その日、日中は夜のコンサートのことを思ってやたら興奮し、あろうことかパチンコにコンサート代以外の殆どの金をつぎ込み、レコードの直接販売に使えるお足がなくなってしまっていた。その時、本当に欲しくて涙を呑んだのが Monoceros 。
 後に入手して、LP A面を占める Monoceros 1 の素晴らしさに心が震えるとともに、コンサートで Evan が披露したテクニックの多くは、この1曲に集約されている・・・と思った。

a0248963_23243860.jpg その後、最初のソロである Saxophone Solos を手に入れたが、Monoceros の圧倒的なテクニックや Six of One の煌きには及ぶべくもなく、ターンテーブルに乗る機会も少なかった。しかし、発表順( Saxophone Solos 1975、Monoceros 1978、Six of One 1980)に聴けば、そのテクニック、音色の進歩に目を見張ることになったろうに、と思う。ちょっと残念な気もする。

a0248963_2328467.jpg Incus での4枚目のソロ The Snake Decides は、LP時代に手に入れ損ね(LP末期の1986年にリリース)、それからCDにもならなかったので、聴いたのは2003年に Evan が自身のレーベル Psi で復活させたとき。これもたまたま東京で手に入れ、名古屋に帰ってそのまま飲みに行き、バーで「これ20何年か振りにCDになったんですよ」と言って見せると「聴こうぜ!」との声。「面白い音楽じゃありませんよ」と必死で聞かせまいとするのだが、どうしてもと言うので掛けると、やっぱり座は白けました、はい。

 他にも、この時期のソロには、At the Finger Palace 、Zanzou(日本盤/残像)というLPもあり、所有はしているのだが、この20年以上聴いたことがない。At the Finger Palace はかなりの傑作との印象はあるが。

 Incus を離脱して以降の録音(アルバム)と、ヨーロッパ・フリーを聴かなくなった心境の変化は、また別稿で。心境の変化ってのは、人生長く生きてくれば、何回も起こりますよ、ホント。
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by ay0626 | 2012-01-27 20:27 | free improvisation