日常茶飯事とCDコレクション
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忍び寄るファンクの影 マグマ (4)

 今日は朝から曇り空、気温は高くないものの湿度が高いせいか若干蒸し暑い。前から気になっていた和室の障子、昨年台風の時にどういうわけかサッシの内側まで雨が入り込んで、濡れたところが染みになって一部は剥がれ掛けていた。気になりつつも面倒なのでずっとそのままにしていたのだが、思い立って張り替えることにした。紙を破って(破壊することは楽しいことらしい、この歳になっても障子紙に手を突っ込んで穴を開けるのは若干気持ちがよい、子供がしてみたくなるのも当然か)、桟を洗い乾かしたあとで糊を付け、皺にならぬように紙を張ってゆく、ほんの1時間少々の時間なのだが中腰で作業していると汗が出てくる、こんな作業で汗を出すとは歳を取ったものだ。芒種も過ぎ、麦も収穫時期の黄金色、本格的な雨の季節に入っていく。

 前にも書いたが、この頃は音楽を聴くより本を読む時間の方が多くなった。音楽を聴きながらでも本は読めるが(日本語の歌が入っていると気になって読書の邪魔になるが)、音楽が流れていたという印象は残っても、どんな音楽だったのか、までは記憶に残らない。そんなことならいっそ読書のみにして、音楽を掛けないようになった。

 今回の読書報告は西澤保彦さんの『いつか、ふたりは二匹』、2004年に発表された作品がやっと文庫化されたので読もうと思った。本作品は、講談社の「ミステリーランド」という叢書の中の1冊として刊行されたもの、この叢書、豪く立派な装丁で値段も2,000円ほど、しかし中身はジュブナイル(子供向け作品)という、ちょっと捻くれている。「新本格」で当りを取った有名編集者が、自分が世に送り出した作家を集め書かせてそれなりの評判を取った。自分は「わざわざジュブナイルなんか読みたくない」ということで(何かあざとい感じがしていたのも確か)、唯一西澤さんの作品で読んでいなかった。
 感想を一言でいえば、「いつもの西澤作品」、ジュブナイルだからどうということはなく、しかし初出時に2,000円も出して購入していたら、ちょっとがっくりしたとは思う。【ネタバレ】異常な性格の少女襲撃犯も、友達が死んでも自分の世界の方が大事な忍坂という女の子も、子供のくせに老人の雰囲気を纏う主人公も、似たような人物は西澤作品のあちこちに登場している。「ピーター」の正体にしても、ジュブナイルとはいえ、余りに早い段階で見当が付く、最後の場面では、この二人どんな関係をこれから育んでいくのだろう、とは思わせるが。最後に「ジェニー」が死ぬのも西澤さんの作品であれば、多分そうだろうとは予想の範疇。【ネタバレ終わり】面白くなかった訳ではないが、文庫化まで待って正解か。

 引き続き、『悪夢百一夜』を読んでいる。短編集なので、途中他の作家の作品も読むことにした。現在は深木章子さんの『衣更月家の一族』を読んでいる、なかなか面白い、プロローグとそれに続く独立したように見える3つのエピソードはどんな風に繋がっていくのだろう。感想は後日。

 音楽は、Heldon からの繋がりで、Magma の4回目、1976年の作品。徐々にファンクの影響が現れ始めた頃。しかし、何ですな、Magma を聴くと若干草臥れる感じがする、長い上に強迫的だからか。Christian Vander は60歳半ばにしてまだこんな音楽やっている、頭が下がる思いです(好きこそものの上手なれ、ちょっと違うか)。

a0248963_1738534.jpg 1976年のスタジオ録音作品が Üdü Ẁüdü。メンバーは曲ごとに異なっているが、Christian Vander、Klaus Blasquiz、Jannick "Janik" Top の3名が中心、Stella Vander は1曲目と7曲目(この曲はCD化の際にボーナスとして加えられたもの、後年 Ëmëhntëhtt-Rê の一部となる)のみ参加。2曲目のベースは Bernard Paganotti、この曲には Heldon でもキーボードを担当する Patrick Gauthier が加わっている。
 明るいパーカッションに先導されてファンク色を濃厚にした表題曲から5曲目までは、何れも3~4分程度の Magma としては短い曲が並び、変化を感じさせる。4曲目(Soleil d'Ork 、Janik の曲)を除き、曲調も今までになく明るい感じで、この頃ジャズの多くのミュージシャンがファンクの影響下にあった(Miles、Herbie Hancock、Ornette Coleman などなど)ことを考えれば、似たようなものかも知れない。
 しかし、6曲目の De Futura (LPでは B 面全部を占める)は、今までの Magma そのもので Christian Vander、Klaus Blasquiz、Jannick "Janik" Top の3人で繰り広げる強迫リズム爆走曲、最初のうちはシンセの音が飛び交うようなところがないわけではないが、後半は Top のベースが炸裂し捲くり、何とも腹にもたれそうな重厚な音楽(褒め言葉です!お間違えなきよう)。彼らの曲では最も有名な曲のひとつ、これを聴くためにこのアルバムを購入する訳。

a0248963_1739649.jpg 1976年3月のライブが Concert 1976 - Opéra De Reims、なんと3枚組、160分になんなんとする録音時間の大作。海賊盤対策でリリースされた AKT シリーズの中の1作。録音状態はまあまあ良いが、時々バランスが悪くなる(特に1枚目 De Futura のボーカルとギターが入るところなど、突然音が大きくなって驚く、他にも何箇所かそんなところがある)ほか、3枚目 Mekanïk Destruktïw Kommandöh、Didier Lockwood のソロが素晴らしく、これから行くところまで行っちゃうよ!!!と力の入ったところで、突然テープ切れになってしまうところなど、正規盤としてはどうかというところはあるが、まぁ許せる範囲か。
 この時のメンバーはかなり大所帯、Bernard Paganotti (b)、Christian Vander (ds, vo)、Gabriel Federow (g)、Benoît Widemann (kbd)、 Patrick Gauthier (kbd)、Didier Lockwood (vln)、Stella Vander (vo)、Klaus Blasquiz (vo, perc) の8人体制、Vander 尊師の下、緊密なアンサンブルを聴かせる。ギターとバイオリンが頑張っている、どの曲も纏まっていて、この頃の彼らの活動の充実振りが判る録音。

 来週は、社会保険関係の団体の会議や歓迎会、送別会など外で食事をする日が多い、必然的に帰りが遅くなる訳で、読書も一休みか。生活するのに労働は当然で、頑張って働きます、来週も。
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by ay0626 | 2013-06-09 16:04 | rock

頭でっかちのイカレ・フレンチ・ギター エルドン

 雨が降らないと思っていたら、昨日夕方おどろおどろしく雷鳴が轟き強烈な雨、しかしそれも長くは続かず今日は晴れやかな天気、関東では早くもダムの貯水量が平年の7割程に減っているという。梅雨入り宣言が早過ぎたと気象庁は悔やんでいるかも。

 先週に続き今週もライブへ足を運ぶ。Richard Pinhas が来日、彼のグループ(というか初期はセッション・ミュージシャンを加えたソロ作品に近いが)Heldon は20年以上前から聴いているので、今どんな音を出しているのだろうかと興味があった。ライブでは、吉田達也(ds)、小埜涼子(as) が共演。
 先ずは、サックス・ルインズのオープニング・アクト、何度聴いても吉田さんのドラムには唸る他はない。サックスとのデュオなのだが、ドラムがメロディーを奏でるような感じで、インプロかと思うくらい(サックスとの合わせ方を見ていると作曲されているらしい)自由自在。よくもまあ、あれだけ複雑なリズムを叩き出すものだと感心しきり、ただやはりあの手の音楽は、メロディー楽器そのもののサックスよりも、ゴリゴリとした音のエレキ・ベースのほうが合っている、やはり本家のルインズの方が正解のようだ。20分5~6曲でサックス・ルインズの演奏は終了、10分ほどの休憩を挟み、いよいよ Pinhas 御大が登場。
 Richard Pinhas は1951年生まれ、今年62歳になる。髪はフサフサ、がっちりした体格だがそれほど大きくはない、あまり老けた感じもない、昔の写真とそう違いはない。哲学を学んだという経歴を知っているせいか、何か頭の良さそうな(事実頭のデカイ人ではあった)雰囲気を持っている。活動は70年代半ばから、ということで、自分もそうだが聴きに来ている客の多くが40後半~50歳台、多分高校や中学(ませたガキだ!)の頃、プログレに取り憑かれて未だそれを引き摺っているオジサン(一部オバサン)が集合しましたという感じ、前の週に行ったマタハリ!オールスターズに比べれば客の入りは悪く、30人程といったところか。
 先ずはソロで演奏が開始される。シーケンサーで背景音を作り、それに次々に新しいフレーズを加えていく、段々混沌とした雰囲気になって行く。Pinhas を聴きに行くということで、予習をしようと思い Heldon の初期3枚のアルバムを通勤時間に聴いたが、今回の演奏40年前の音とそんなに違いがないように思えた、音に対する拘りが強いのか、それとも進歩がないのか。15分ほどソロでの演奏が続き、吉田さんのドラムが加わる。このドラム、サックス・ルインズの演奏と全く異なり、強い推進力を持ったロック・ドラムそのものの演奏、吉田さんの演奏家としての凄さが判る。ドラムが加わった後、10分ほどで演奏は終了。
 続く第3部は、小埜さんも加わったトリオでの演奏、小埜さんはフルートに持ち替え、Pinhas の幻想的な音にはフルートが良く似合う、吉田さんのドラムや Pinhas のギターに張り合う堂々とした演奏。途中、アルトサックスに持ち替えるが、サックスのフリーキーな演奏はありきたりな感じで、10分ほどで再度フルートに持ち替えたのは正解、あとはずっとフルートでの演奏、トリオでは約50分ほど。アンコールは、Pinhas のソロ、10分程か、ギターを演奏する時間と同じくらい機材をいじっているように思えるほどエフェクトに気を遣っている、昔から初期 Heldon は「頭でっかち」の演奏だと思っていたが、今でも「頭でっかち」のまま、それでも充分に満足できるライブであった。

 ライブの予習のため、引っ張り出してきた初期 Heldon 作品。5作目以降のずっしりと来る傑作群に比べれば、実験的な(といっても当時はよくあった「実験」なのだが)エフェクトを掛けたギター(かどうかも判らないような音)のロング・トーンが響く、そんな音楽。

a0248963_17335516.jpg デビュー・アルバムは、1974年の Electronique Guérilla 。1968年には、有名な「パリ5月革命」が発生、フランス人はこうした革命に熱狂するらしく、この時も1,000万人がゼネストを行うなど、フランス全土を巻き込んだ大騒ぎ、若き日の Pinhas 君もさぞや若き血を滾らせたであろう。それで Guérilla などという言葉をデビュー・アルバムの題名に入れたのに違いない。
 King Crimson の Robert Fripp に影響を受けているのは有名で、Fripp のロング・トーンに似せたフレーズがあちこちに見え隠れする。Fripp は 1973年に Eno との共作で No Pussyfooting というアルバムを作成しており、Pinhas はこれに相当の影響を受けている。特に3曲目の Northernland Lady という曲の引き摺るようなウネウネとしたギターは、もろに Fripp の音。Fripp & Eno にはお金があって録音機材もよいものが使えたが、Heldon には金がなかった。従って、録音は良くないし、全体的に安っぽい感じになって、とても佳作とは呼べない。
 殆どが Pinhas のソロ演奏(オーバー・ダブは行われているが)、1曲のみドラムやベースの入ったバンド演奏となっている。Magma にも在籍したキーボード奏者 Patrick Gauthier はこの時からの付き合い。

a0248963_17341533.jpg 2作目 Allez Teia 、Georges Grunblatt (Syn, mellotron, tape) との共作、1975年。1曲目の題名が笑いを誘う、In the Wake of King Fripp、Crimson の1作目2作目の題名を混ぜたものに Fripp 閣下の名前をぶち込んだもの、ここまでオマージュ捧げるのも天晴れといったところか。3曲目の Omar Diop Blondin は、Fripp & Eno に献呈されている。不安定なメロトロンの音が当時の流行で、74年といえば Crimson 作品では Red の頃、Starless という名曲には見事にメロトロンが使われていて、このアルバムでもそれがやりたかったのかも知れない。このアルバム、よく売れたという話もあるが、本家の Fripp & Eno の傑作 Evening Star に比べれば冗長な感じ、特に12分を超える5曲目( Fluence )などは音の垂れ流し。
 ジャケット写真はどんな意味があるのだろう、走り逃げる若い男を警棒を持った警官(?)が追いかけている、多分5月革命ではよく見られた場面だったのかも。哲学を学ぶものにとって、5月革命はどう見えたのだろう。

a0248963_17343652.jpg 3作目1975年、It's always Rock'n Roll、LP2枚組の大作。ドラマーとキーボード・プレイヤーが数曲に加わるが、殆ど Pinhas のソロといってよい。題名は唯の皮肉といったところか。
 Eno が創始したアンビエント・ミュージックの典型、フワフワと雰囲気のみの音楽。特にLPの片面を占める Aurore などその典型で、ある意味お昼寝には持ってこいの音楽といえるかも知れない(時にはドラムとベースが入った Mechammment Rock といったロック的な曲もあるけれど)。1曲目の ICS Machinique からピコピコ音が前面に、コンピュータ・ミュージック候。頭でっかちの Fripp 狂いが到達した最初の高みといってよいかも知れない、やはり70年代中盤の典型的な音楽、前2作に比べればそれなりに聴けます、そんなに好きじゃないけど。Heldon のアルバムは、全てアメリカの Cuneiforn Record から復刻された。 Allez Teia は1992年、本作とデビュー作は2枚組として1993年にやっと CDとなったのである。

 暑くなってきた。まだ夜は気温が下がる分、寝苦しいということはないのだが、もう直ぐのエアコンのお世話になりそう。読書の報告は明日にでも。
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by ay0626 | 2013-06-08 15:45 | rock

訳も判らず聴いている レ・ゾグル・ド・バルバック (3)

 運気が低迷していることは、パチンコをすれば直ぐに判る。パチンコなど座って手首をちょいと捻るだけ、運があればどんなにボーッとしていても出るもの、正に運があるかどうかの問題。この頃は、出る玉数は少ないが大当たりの出る確率の高い機種もあって、その設定は1/99のものが多いが、今日座った台は270回以上回しても大当たりが出ない。確率的には勿論何百回回しても大当たりがこないこともあるのは判っているのだが、普通期待値が1を超える頃になればこちらの期待も膨れ上がる訳で、これが期待値2を超えてくるとイライラも最高潮、何で来ないんだと悪態付き捲り。今日の機種は「海物語」という有名なシリーズで、絵柄が2つ揃った時に後ろに赤い魚の群れが出ると大当たりの期待が相当膨らむ、「今日の魚群は絶好調、期待大!!」などと台が教えてくれる機能まで付いている。240回超えたところで、魚群・・・出ました!これでやっと・・・と思った途端、ひとつずれて止まりおる、こちらの怒りも頭の天辺まで来ましたね、本日の損失5,000円也。
 昨年辺りから暇潰しに再開したパチンコ、昔のように数万円が一度に消えてしまうことがなくなり、健全とはいえないまでもそれなりのレゾン・レートルはある。しかし、昔のようにのめり込めないのは勝っても大した儲けにならないためか、昔はちょっと出れば儲けも数万円だった、それに比べりゃギャンブルと呼ぶのもおこがましいかもしれない。まあ、自分の今の運気の確認には丁度良いくらいの金の使い方ではある。

 そういえば野球が開幕してはや2週間、ゴルフも休みの昼のテレビ、どの局でもやっている。暖かくなって、スポーツ・シーズンになってきたということか、こちらは全く興味がないので良くは判らない。確かに野球は人気が少しづつ落ちてきているのだろう、夜の中継が少なくなったし、その中継も昔は延長してまで放送していたのだがこの頃は時間が来ればそこで終わり。スポーツも多様化してきたということか、もっと言えば世間全体で興味を持てるようなものがなくなってきたのかも知れない。音楽を見てもそうだ、大体 CD など全く売れず、何十万枚のヒットといっても、それを知っているのは特定の年齢層のみ、なんていうことが多い。それは、社会が成熟した証拠、ということで。

 Les Ogres de Barback の3回目。通勤によく聴く音楽ではあるのだが、情報が少なくてただ聴いているだけ状態、音楽など理屈を付けて聴くものではないことなど重々承知ではあるが、レヴューを書こうとすればそれなりの情報を交えて・・・と思うのは人情でしょう。

a0248963_1739726.jpg Terrain vague (更地、荒地の意)、2004年。赤を基調としたジャッケット・デザイン、かなりのセンス。3面のデジパック仕様で、2冊に分かれた歌詞カードも洒落ている、この Aurélia Grandin のデザインは Ogres の一部となっている感じ。
 音楽は、このアルバムから一層多彩になってきた感じで、エレキ・ギターの導入やオーケストラ(L'orchestre du JOSEM) や金管バンド (La Fanfare du Belgistan) との共演など、今までにない試みがなされている。7曲目の 3-0 という曲にゲストがかなり参加していて、フランス各地での公演で参加したミュージシャンのようだが、詳しくは判らない(自分の興味の方向とはちょっと違う類の音楽故)。確かに、DVD なんか見るとかなりのゲストが彼らのコンサートには出入りしているようだ。
 次の作品の冒頭を飾る2曲目 Angelique 、同じく次作で再演される Rue Mazzarine 、彼らの演奏能力を見せ付けるインストルメンタル曲 Une de plus など個々の曲も素晴らしい。この作品から彼らの音楽の多彩さが一層広がることになる。

a0248963_17392561.jpg Les Ogres de Barback et la Fanfare du Belgistan (肉屋の鬼とベルギーの風)、2005年のライヴ・アルバム、72分を超える録音時間。
 la Fanfare du Belgistan は調べても良く判らないのだが、多分このアルバムには7人が参加、パーカッションを含むベルギー出身の金管バンドではないかと思う。Ogres とは3年間も一緒にツアーをしたらしく、Ogres のレーベル (Irfan) から2枚のアルバムをリリースしている。バリトン・サックスやアルト・サックスのソロなどが聴こえる、なかなか賑やかな印象のある演奏、ギンギンのエレキ・ギターも後半で活躍。
 Ogres 好きなんですがねぇ・・・何を書いてよいのやら。音楽は音楽で楽しむべきなのでありましょう、変な薀蓄捏ねずとも。しかし、フランス人は英語というものを使いませんね、記載は全てフランス語のみ、ここらはドイツやスウェーデンとは一線を画すところ、ただイギリス・アメリカというマーケットに売ろうとしてないだけのことかもしれないが。

 今年の高島暦を見るとそれなりに運勢は良いはずなのだが、まぁ、6月から運気が上昇するというご託宣を信じて見ることにしようか。占いの類は、自分に都合の良い部分のみ信じる方針なので。
 
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by ay0626 | 2013-04-14 16:29 | trad

ライヴ・バンドであることの証明 1975年 マグマ (3)

 朝から雨、陽が翳ると全く温度が上がらない。今日は成人の日、昨日式典を済ませてしまった自治体も多いようで、街に久しぶりに行ってみたが、晴れ着を着た若者なぞ見なかった。まあ、雨が強かった上、丁度昼時だったせいかも知れない。今日は、CD のケース・カヴァーを買いに出たわけだが、高々300円足らずの買い物のために朝からえっちらおっちら。日頃は通販ばかり利用しているので、現実の CD ショップや本屋は新鮮であった、自分の趣味に合うようなブツは少なかったが。昼食は知り合いと、自分は聴き手でいつもフンフンと相槌、相手が話してばかりだが、それが楽しかったりして。

 なぜ態々CDケース・カヴァーを買いに行ったのか。通販で送料無料のショップがなかったから。300円しない品物に350円ほどの送料をかけるくらいなら、暇潰しに偶にはリアル CDショップや本屋を冷やかしてこようと思った次第。それなりに楽しい時間を過ごせた、実物で確かめるのは買い物の原点なのかも。10年ほど昔までは、本屋にしろレコード屋(1990年頃までは)にしろよく足を運んだものだ。新刊や新譜情報は少なく、実際に行かないと確かめられないし手に入れられない、そのため2~3日に1回は定点観測のように会社帰りに寄った。この何年かは、新刊・新譜情報、予約まで全てネットで、アマゾンかHMVで殆ど用が足りてしまう。また品揃えもよいので、ネット・ショップ何軒か廻れば大凡のモノは手に入る。よい世の中なのか、何か物足りないような気もするのだが。

 CDケース・カヴァーを買う理由、それはデジパック仕様のCDが増えたため。CD の数が相当増えて来たので、プラ・ケースのものについては、コクヨの MEDIA PASS という収納ソフト・ケースを使って場所を確保している。しかし、デジパックはそういう訳にもいかず、そのまま収納するとジャケット表面が汚れるため、カヴァーを使うことになる。デジパックも見栄えは良いのだが、嵩張ることが難、コレクター泣かせではある。

 今回は、Magma の1975年作品。Magma も最近作はデジパック仕様になったが、自分が蒐集した90年代半ばは殆どプラ・ケース仕様。Magma には時々3枚組のもあって、非常に困る。

a0248963_19413566.jpg 1975年の公式作は Magma Live/Hhaï 。 6月に行われたパリ/オランピア劇場での演奏を中心に纏められたもの、彼らの代表作として有名な作品。2枚組で、収録作品は1枚目が前作の Köhntarkösz の中心曲である Köhntark とCD化の際に加えられた Ëmëhntëht-Rê (Announcement) 。Ëmëhntëht-Rê は 2009年に完成形がリリースされた。2枚目は、Hhaï、Kobah、Lïhns と5分から8分程度の曲が続く。Kobah はファースト・アルバムからの曲、ブラスが入っていないのでコーラスが中心となる。そして Da Zeuhl Wortz Mekanïk ~ Mëkanïk Zaïn と続く、Mëkanïk Dëstruktïẁ Kömmandöh 後半部分のメドレー。
 メンバーは、Christian Vander (ds)、Klaus Blasquiz (vo)、Stella Vander (vo)、Bernard Paganotti (b)、Gabrial Federow (g)、Didier Lockwood (vln)、Benoit Widemann (kbd)、Jean Pierre Asseline (kbd) の8名。人数の割りに若干音の密度が少ない感じがするのが残念。この中で Didier Lockwood の活躍が目を引く、この時弱冠17歳だが、堂々メインを張る演奏を奏でる、特に Köhntark と Mëkanïk Dëstruktïẁ Kömmandöh は素晴らしい出来。全体が、ドラムに先導され強迫的な推進力を見せるところなど、Magma の面目躍如といったところ。

a0248963_19421567.jpg 同じく 1975年9月録音の Théâtre Du Taur - Concert 1975 - Toulouse 。1996年にリリースされたもの、ブートレグ対策の作品の一つ、現時点なら購入を見送る作品なのだが、多分中古で安く落ちていたのだろう、もう忘却の彼方だ。メンバーは、キーボードの Jean Pierre Asseline が Patrick Gauthier に交替している。演奏曲も2枚組で Köhntarkösz (32:29)、Hhaï (11:18)、Kobaïa (11:49)、Mekanïk Destruktïw Kommandöh (38:15) とほぼ Live/Hhaï と一緒、Mekanïk Destruktïw Kommandöh が頭から聴けるのが味噌。
 録音は極端に悪いということはないが、高音が弱く低音はよく響いている。従って、Bernard Paganotti のやりたい放題のベース・ソロ(1曲目の20分半ばくらいから)は、異様なくらい迫力がある。全体的には、 Live/Hhaï と似た感じなので、余程の信者さん以外は必要ないかと思う。

 やっと日常に戻っていく年明け2週目、ぼちぼちと着実に行きましょう。来週当り、Area か Heldon (フランス繋がり、Patrick Gauthier 繋がりで)あたりをサルベージして来ようか、出来るかな、気力はあるかな。
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by ay0626 | 2013-01-14 17:24 | rock

ヒッピーの日常は非日常なのか エトロン・フー・ルルーブラン (2)

 明けましておめでとうございます、というのも三が日まで、4日になると半分以上は日常に戻る。今年は、曜日の関係から6日まで休みの会社が多いようだ。かくいう自分の会社も6日まで休み、官公庁の挨拶回りもあるのだが、今年は先方が忙しいのか、7日以降に来るようにとのことなのでゆっくりしている。
 柳田國男先生のおっしゃる「ハレとケ」、学生時代にはそれなりに本を読んだり、文化人類学の講義で聴いて理解したつもりであったが、この歳になると、子供たちが家に帰ってくることで実感するようになる。
 ケすなわち日常時間においては、我が家は老人と中年男で構成されており、食欲はそれほどなく(昔は見向きもしなかったカボチャやナス、おでんなどが好きになってくる、肉も牛肉のこってりしたものより鳥のほうが良くなってきたとか、金が使えるようになってくるとそんなに高いものが喰いたくなくなってくるという不思議さ)、夜もあっという間に寝てしまう、枯れたといえばその通り、淡々としたものだ。他の老人/中年家庭と違うところといえば変な音楽が、まあまあ大きな音で掛ることがあるくらい。それに対して、ハレの時間の年末から年始に掛けては大いに異なる、20歳代の子供3人が帰ってきて、夜遅くまで遊びに行くは、朝はだらだら寝ているは、ですっかり日常が破壊される。居場所がなくなってあっちこち、うろうろとしてしまう。特に年が明ければ、我が家のご馳走タイム、毎年寿司としゃぶしゃぶとカニの食い放題(普通、ハレの食い物といえば餅や赤飯、尾頭付きの魚だが、時代が進めば変わるもの)、自分はこの何年かで相当食が細くなっており、食べるは飲むはを見ていると、喰わなくとももう満腹状態。この狂乱状態も3日にはほぼ終息した、まあ、1年に何度もあることではない、数日の我慢だ。

 ということで今年の最初の CD 紹介は、Etron Fou Leloublan 、あんまり正月から聴きたくはない音楽じゃないかもしれないが、ハレとケのことを考えていたら思いついた。Etron のメンバー、もともと原始共産制のコミューン的な共同生活から生まれたとのこと(だから RIO の活動に共感する訳だ)、ヒッピーたちの日常は一般の世間から見れば非日常に見えるのだろうか、農業やっていれば案外普通の生活だったりして。こんな音楽を作り出すから、異常=非日常と思われてしまう、やっぱり変な音楽。

a0248963_23402247.jpg 4作目、1982年の Les Poumons Gonflés (膨らんだ肺)。プロデュースは Fred Frith 、前年にリリースされた Frith の Speechless (Frith の記事で紹介した Ralph 3部作の2作目)で共演したことが縁となったようだ(2曲にギターとヴァイオリンで参加)。本作は、前作に引き続き Ferdinand Richard (b, vo)、Guigou Chenevier (ds, perc, vo)、Bernard Mathieu (sax) に加えて、女性メンバーJo Thirion (org, p, tp) が新たに参加、カルテットになっている。
 前作までのゴツゴツしたつんのめるような性急さは薄らいで、アヴァン・ポップ風というかかなり聴き易くなっている、これも80年代という時代のせいか、それとも女性の加入で柔軟性が出てきたためか(確かに作曲面においては10曲中4曲が彼女のペンによるもの)。Jo Thirion の薄っぺらな感じ(他に言葉が思い浮かばない、聴いたらナルホドといって貰えると思うのだが)のオルガンは印象深い、ヴォーカルが単独で聴ける曲はまだない。他にもトランペットなど彩は増しているのだが、もともと持っている「骨格だけの音楽」との感じはそれほど変わらず。方向が若干変わった感じ、これはこれで良い出来の作品。

a0248963_23403299.jpg 5作目、1984年 Les Sillons de la Terre (地表の溝)。サキソフォン奏者が Bruno Meillier に交替している。前作に増して聴き易くなっており、これは当時流行ったニューヨーク・アンダーグラウンド・シーンに影響を受けたためか(この頃ニューヨーク・ツアーも敢行している)、そんなに似ているとは思わないのだが。もう一つがジャズの影響、もともと Bruno Meillier はジャズ畑の人、ニューヨーク一派の影響は強いと思われる(彼が平行して加入していたバンドがそんな演奏を行っていたらしい)。
 Jo Thirion の存在は益々大きくなっており、オルガンの音が本作を特徴付けているといって過言ではない。また、リード・ヴォーカルも取るようになっており、1曲目や6曲目(この歌の迫力というかドスの効いた感じは彼女の鋭そうな面貌の写真に良く似合っている)。Jo Thirion は後に Ferdinand Richard の奥さんになったらしい、何処かにそんなことが書いてあったような気がするが、うろ覚え。
 赤と黒と白のみで構成されている、なかなかセンスのあるジャケット。先頭の白い狼は Etron Fou なのだろうか。

a0248963_2341330.jpg 6作目で最終作、Face Aux Éléments Déchaînés (荒れ狂う気象に直面して)、1985年。 Bruno Meillier が抜けてトリオに。本作も Fred Frith のプロデュースによる。
 Guigou Chenevier がサキソフォンを演奏しているが、全体に音数は少なめで、ヴォーカルも芝居のセリフのよう(殆どスポークン・ワード風になっている曲もある)。肩の力が抜けているのか、シンプルな印象が強く、ミニマル・ミュージックのような感じも(特に3曲目のインスト・ナンバーなど)。全編、オルガンがリードする、Jo 姐さんが主役といって良い。初期の性急な演奏と1曲の中で曲がめちゃくちゃに変化していくような構成は完全に消滅している。題名に比べ、随分と激しさや余分な要素を削ぎ落としてしまった、その分溌剌さみたいなものに欠けてしまったか、聴きようによるが、ある意味完成型か。

a0248963_23411676.jpg 2010年、突然リリースされたのが À Prague という1984年11月のチェコ・プラハでのライヴ。73分を超える長尺盤、音は非常に良いとまでは行かぬものの充分に聴ける。
 84年には既にトリオ編成になっていたよう(因みに Face Aux Éléments Déchaînés は85年4月の録音)。13曲が収録されていて、その作者についても記載があるが、ほぼ3人が3等分で作曲を担当しており、80年に加入した Jo 姐さんの役割の大きさが判る。
 以前も書いたが、Etron Fou のアルバム単体での発売は、フランス・ムゼア・レーベル傘下のガゼール・レコードから行われたのだが、5作目と6作目に長い期間が空き、オマケに5作目は既に品切れ状態。本当にやる気あるのかないのか疑わしい感じであった。何よりもやっぱり売れなかったのかとも思ったのだが、6作目がリイシューされた直後に本作がリリースされた、これはどういう理由か、よう判らん。

 ということで、今年も変な世界の音楽について書き散らしたいと思います。何処まで行けるやら。
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by ay0626 | 2013-01-04 21:35 | rock

快調、アルバム量産、それでも佳作多し レ・ゾグル・ド・バルバック (2)

 90年代中盤の頃、ワールド・ミュージックのブームというか、エスニック音楽への関心が高まったということか、かなりの数の 民族音楽のCD が発売された時期があった。キング・レコードと日本ビクターの2社が競って出していたもので、各々百数十枚に及ぶカタログを誇っていた。様々な地域の音楽が集められ、特にキングのシリーズは音も良く、聴き応えのある作品が多かったと思う。しかし、聴き易い音楽ばかりではない、西洋音楽に馴染んだ耳には退屈に聴こえる音楽もままあったし、ヴォーカル曲は特にその感を強くした(もともと器楽が好きで、西欧楽器以外の楽器の音を聴いてみたくて蒐集を開始したので)。
 自分もかなり購入したが、やはり上に書いたとおり好き嫌いがはっきりしてしまって、全てが全て楽しめたわけではない。こうした CD は何処かで試聴出来る訳でもないため、勢い購入して初めて合う合わないが判るもの、そういう意味ではフリー・インプロヴィゼーション作品と似ていなくもない。
 この頃の CD の値段は日本盤で2,500円ほど、当時はまだ給料も少なく子供の保育園代など他にお金の掛ることも多く、ほんの数回聴くだけのものをそうそう買えるだけの懐具合ではなかった。そんな訳で新品だけでなく中古盤も探すことにしたのだが、この手の音楽はそんなに中古市場に出るような代物ではない、春秋の良い季節にはウォーキング・シューズを穿いて、中古CD店ガイドを片手に歩き回ったものだ。ぼちぼちのゆっくりしたペースで集めているうちに、廃盤になるものも出始め結局コレクションはコンプリート出来ないで終わった。
 その頃は、まだインターネットも一般的ではなく、例えばオークションや中古市場の情報を手に入れるのは難しかった。インターネットが今のような状況だったら、多分もっとお金を掛けずにコレクションを完全なものにすることが出来たろうに。また、個別のミュージシャンの蒐集と異なり、シリーズ物では、どうしても良く聴くのと全く聴かないのが出来てしまう、学問として聴く訳じゃないので金を掛ける効率性を考えると余りよくないのではないかと思った次第。
 そんな経緯があって今のような音楽コレクション・スタイルが出来ていった、そう大したスタイルでもないが。また、余程渋い民族音楽まで聴いたせいか、フリー・ジャズ&フリー・インプロヴィゼーション聴取体験と併せ、どんな音楽にも耐性が付いてそれなりに楽しめるようになったのは良かったと思うのである。

 ということで、訳も判らず蒐集し始めた Les Ogres De Barback 。彼らをどうして知ったのか、そのきっかけは定かではないが(どうも最近物忘れが多くて)、それでも大体の作品は集めた。今まで聴いてきた音楽とは傾向が違うようで、共演ミュージシャンなど全く知らない、ということで下らない感想文の類になってしまうかも。

a0248963_2274436.jpg 4作目、Croc'Noces 、2001年作品。'croc' とは「牙」、'noces' は「結婚式」、どういう意味なんでしょうね。何時もながらのアート・ワークで、歌詞カードも折りたたむと表紙がジャケットと同じ色調でセンスを感じさせる。広げると裏側はフランス地図の上にキリンに引かれる車(馬車じゃないよね)の上で演奏するメンバー4人、Sam はトランペット、Fred はアコーディオン(ちょっとビロ~ンと伸び過ぎですが)、Alice はコントラバス、Mathilde はフルート。向こう側には赤と黄色の縦じまのテント、'Latcho Drom' の文字、'Safe Journy' の意味で、ロマの人を追ったフランスのドキュメント映画の題名(1993年)のよう、よくは知らない。Aurelia Grandin という人のデザイン、彼らのジャケットは殆どこの人?統一感があり、また演奏内容と上手くマッチしている。
 先ずは 'La Manche (英仏海峡)' で幕開け、軽快なアコーディオンに先導される名曲、ちなみにこの曲、Ogres を作る前の Sam と Fred のデビュー曲のようである。また、後のアルバムの題名になる 'Avril et Toi (4月とあなた)' など印象に残る。メロディーの綺麗な曲が多く、豚の鳴き声の聴こえる曲もあるが、総じて真っ当な演奏が多い。
 基本的には4人での演奏だが、例えば10曲目や13曲目にはハンマード・ダルシマーのような音が聴こえ、ライナーにも 'cymbalum' という単語が見えるところから若干のゲストも入っている模様。それにしても多楽器主義の多彩な演奏で、器楽好きな自分としては13曲目 'Flûte!' (フルートという題名だがフルートの音は聴こえない)のようなインストルメンタルも増やして欲しいが。

a0248963_2283772.jpg 5作目 La Pittoresque Histoire de Pitt'ocha(ピット・オシャの絵のような物語)、2003年。この作品の前(2002年)に Un air, deux familles という Les Hurlements d'Léo というバンドとの連名ライヴが出ているのだが、聴いていない。
 この作品、ウォークマンに入れるとジャンルには「子供向け音楽」という表示がなされる。実際、60ページ以上の歌詞とピット・オシャの物語の絵本に CD が付いている。このイラストも Aurelia Grandin 、ルオーの油絵風と我が 'たま' の知久寿焼氏のイラスト感とを合わせたような奇妙な世界を作っている。
 非常に多くのゲストを加えた、というよりお友達を揃えてコンセプト・アルバムを作ってみました、という感じか。あまり、Ogres らしくないところも、彼らの交友関係の広いことは良く判るが、全く知識もないのでコメントしようがない。21曲目は11分を超える作品、朗読劇みたいな感じでフランス語が判らないとちょっと聴くのに苦しいところも、自分も苦しみ(?)ました。
 2009年には続編 Pitt Ocha au Pays des Mille Collines がリリースされ、2013年5月(?)には第三弾が用意されているとのこと。

 ということで、今回は2枚。ちょっと調べようにも余り情報はなく、フランス語のページを英語に自動翻訳して四苦八苦、聴くにはなんの役にも立ってないところが空しいというか何というか。頭の体操だと思えばいいのかも知れない、数行の文章を書くのに半日を費やしたとしても。
 
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by ay0626 | 2012-11-11 17:13 | folk

4人兄妹のヌーヴェル・シャンソン レ・ゾグル・ド・バルバック

 フランスといえば直ぐ思い出すのがボジョレー・ヌーヴォー、11月15日解禁とか。バブル期はフランスに出回る以上に日本に輸入され、バカ高い値段でも飛ぶように売れ、旨いんだか不味いんだか判らなくても、判ったような顔をして飲んでいた。近頃は世相を反映してか、大騒ぎをすることもなく、値段を考えてペット・ボトル入りなんてものも出回っているようだ。ワイン好きならそれを楽しみにするのは当然、昔のような狂騒感がなくなっただけ落ち着いて飲めるのは良いこと。自分は酒は飲めない口で解禁日などどうでもよいが、それでも付き合いで飲むときはワインが良い、日本酒は匂いが嫌で飲む気がしないせいで。
 フランスはお洒落な国とのイメージがある。そういえば20年以上昔に一度だけ出張でパリに行ったことがある、別段お洒落という感じはなく、普通の都会程度の印象しか残っていないが。その時、ルイ・ヴィトンの本店に行き、日本語で話しかけられたのにはびっくりした。バブルの頃だったから・・・今思えば。
 そういえば、フランス料理は好きだ、イタリア料理より余程好き。フランス料理の濃厚さが好き、イタリア料理のトマトとオリーブ油が嫌、というだけの話。
 音楽で言っても日本人はイタリア系統を好むのか、イギリス(アメリカ)の次に好きな人の多いのがイタリアのポピュラー音楽(自分はそうでもないが)、高校生の頃だったかプログレ全盛期の頃、周りでは PFM を聴いている人が多かったような気がする、自分が馴染んだのは Stormy Six 、Area 、Picchio Dal Pozzo だからかなり偏っている。フランスも同じようなもので、RIO 関連で Etron fou 、Heldon を知り、あとは Magma くらい、こっちも同様に偏っている。
 イタリアなどそれでもまだ音楽情報が入ってくるが、フランスはダメ、イギリスに対抗するフランス人の気質か、英語の情報というものがなく、言語による検索がなかなか難しい。ドイツであれば、同じゲルマン語系統ということもあってか比較的情報は多く、音楽関係のウィキペディアもドイツ語のみという例は少ない。しかし、フランスのバンドだとそうはいかない、多くがフランス語のみという有様。今回紹介する Les Ogres de Barback もウィキペディアはフランス語のみ、11枚もアルバムを発表しているのにも関わらず、だ。

 今は翻訳ソフトという便利なものがあって、それでも日本語に直接訳すと珍妙で訳の判らないものになる、フランス語なら(というよりもヨーロッパの言語なら、というべきか)英語に訳したものを読む方が理解しやすいことの方が多い。Les Ogres de Barback のページもこの方法で読んだ、大体理解できた、という程度ではあるが。

 Les Ogres de Barback は兄妹4人のバンド、アルメニア系フランス人だそうな、それも大虐殺の生き残りの子孫(トルコによるアルメニア人大虐殺は有名、詳細は別の機会に)。Burguière 4兄弟は、長兄の Sam (vin, tp, Epinette des Vosges ~ ツィター属のフランス・ヴォーズ山地の民族楽器, etc)、次兄の Fred (vo, accordion, g, tb, cornet, etc)、双子の姉妹 Alice (cello, acc-b, musical saw, tb, tuba, erhu ~ 二胡, etc)、Mathilde (p, fl, cl, tuba, etc)。何れも達者なマルチ・インストルメンタリスト、カラフルな演奏に乗る早口のヌーヴェル・シャンソン。このバンドの音楽、シャンソンという言葉が非常に似合う。

a0248963_16102782.jpg ジャケットも凝った作りの1st は、1997年リリースの Rue du Temps、訳せば「’時間’通り 」ということか。14曲45分程度。この時、次兄の Fred 26歳、ということはメンバーは殆ど20歳台、その若さでこれだけのものを構成する力量には脱帽。
 歌詞カードもクレジットもフランス語ばかりで手も足も出ない、従って以下は自分の印象の話ばかり、恐縮。
 楽器類は、殆どアコースティクで変なエフェクトは掛けていない、ヴォーカリスト以外は楽器を次々に持ち替えるようで、バックの演奏は千変万化、カラフルな印象。パーカッション系の音は殆どなく、太くくっきりとしたウッド・ベースがリズムの要となる、Alice という女性が演奏しているがなかなか根性の入った素晴らしい音を聞かせてくれる。
 ヴォーカルはシャンソン!!!という感じ、これは伴奏の多くにコード・アコーディオンを使っているせいかも、やはりシャンソンは垢抜けたアコーディオンがなけりゃね。シャンソンという言葉はフランス語で「歌」の意味だから、Etron fou でもシャンソンなのだろうが、その語感は Ogre には似合うが Etron fou には似合わない。豪く早口で、誰が聞いても「フランス語」という感じ、聴き始めは鬱陶しい感じがないでもなかったが、慣れてくれば何時間でもOK。You Tube などで彼らのライヴ映像を見ると、Fred などはかなりアブナそうな感じの人ではある。

a0248963_16105373.jpg 2枚目が、1999年の Irfan ( Le Heros )。ジャケットを描いている人は異なるようだが、どのジャケットもイメージは似ていて、統一感がある。
 前回のアルバム・ジャケットでは、家の外にいるのがアコーディオンを持った Fred 、家の中にヴァイオリンの Sam、ベースの Alice、フルートの Mathilde が描かれていたが、今回は馬に引かれる車の上に4兄妹、Sam は今回トランペットを吹いている。柔らかな薄い茶色を基調とした素晴らしいジャケットである。
 音楽的には長足の進歩を遂げている。録音もくっきりとしたものになっていて、前作のややくぐもった感じがない。最初の曲 Contes, vents et marées (お話、風そして波)は、代表曲と言われるだけあって、印象深い佳曲。他にも伴奏なしの合唱曲や金管の合奏、弦の合奏など、新たな試みもなされている。16曲収録、50分強の作品。

a0248963_16111373.jpga0248963_16113053.jpg 3枚目は、EP 2枚組の Fausses notes & Repris de Justesse (訳せば「間違った音(音符?)」と「撮影の精度」(?)、良く判らん)。
 Fausses Notes が28分程度のライヴ、5曲を収録しているが最後の15分程の作品を除き、1枚目2枚目から。ライブを年100回以上行うといわれるだけあって、なかなか躍動感のある演奏を聴かせる。
 Repris de Justesse は、6曲17分程度のカヴァー集。カヴァーしている曲はそれなりに知られた曲であろうが、フランス・ミュージック・シーンに無知なため、原曲のミュージシャンを一人も知らず、従って原曲との違いを云々することは出来ない。歌と演奏はいつも通り。
 ジャケットは両面表紙扱いか、どちらがどちらの EP を現しているのかは判らないが。イラストレーターは1st アルバムと同じ人。

 全く新しいジャンルのものを聴き始めると、情報がなくて・・・まぁ、聴いて楽しければよいのだが。今回は、フランスということもあって、全く書くことに困りました、このバンドのことを次に書く機会があっても、また感想程度になりそうで。しょうがないが、偶にはそういうこともあり、ということで。
 
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by ay0626 | 2012-09-15 13:57 | folk

今度は本当! 爆走リズム+強迫コーラス マグマ (2)

 何気なく Amazon の Magma のページを見ていたら、見たこともない題名のCDが6月に発売・予約受付中と書いてあった、その題名は『Félicité Thösz』。いつも通り e や o の上に点々多数の何と読むのか判らない文字が躍っている。前作の『Ëmëhntëhtt-Ré』が2009年のリリースだったので順当な新譜発表のインターヴァルかとも思うが、何しろ Christian Vander も64歳、次があるのかといえばうーんと唸ってしまう。戦後世代は、日本でもそうだが世の発展と共に暴れ捲くって経済成長の実感を一番享受した世代、羨ましいのと同時にそのヴァイタリティーにはいたく感服してしまうのである。

 Magma を聴き始めたのは90年代半ば、96年頃からエレクトリック・バンド・スタイルでの活動を再開した、その頃。入手が難しかった数々の作品が再び流通し出したこともあって、聴いてみようかということになった。最初に聴いたのはたしか M.D.K、あまり相性は良くなかった、というのも Magma はメロディーが殆ど無いリフ中心の演奏に加え、声が主体。当時は、ヴォーカルの入り音楽は殆ど手が出ない状態だったので、なんじゃ こりゃ という感じ。絶対好きになる音楽ではない、ということでお蔵入り、中古品で安い出物があれば買ってはいたが、どれも盤面検査の意味で1~2回聴けばコレクション・ボックスに入って永い眠りに付くのであった。
 それが、2002年の来日公演を見て変わったのである。非常に複雑でスピードのある曲を一糸乱れぬアンサンブルで演奏する、こいつらどれだけ練習しているのか知らん、などといたく感激し、じっくり腰を落ち着けて何枚か聴いていると、そのうちに深みに嵌っていく。ある音楽を好きになる、というのには何かきっかけが必要で、そうしたきっかけがなかった音楽というのはもともと縁がなかったのだとも思う。

 Magma は、Coltrane の精神性だとか、Kobaïa語やそれによって語られる物語だとか、そうした神秘性みたいなものが付いて回るが、自分には音楽の構成や演奏が全てであって、『呪われし地球人たちへ』みたいなメッセージはコケ脅かし以外の何者にも見えない。音楽は音楽にだけ語らせよ、これが全て。Magma だって Merci では Kobaïa を捨てたではないか。

 ということで、ついに爆走リズム+強迫コーラスの Magma の出番。Magma のように大袈裟な音楽は「聴くぞ!」と気合いを入れないとなかなか聴けない。

a0248963_14443324.gif 先ずは、1973年 Mekanïk Destruktïw Kommandöh 。いくつかの楽章には分かれているが、実質1曲。Theusz Hamtaahk 3部作の第3楽章ということだが、聴く分にはあまり関係がない(この3部作、第1楽章が最後に出来て、3楽章全部を通して演奏されるのは2001年リリースのライヴまで待たなければならない)。
 このときの録音メンバーは Christian Vander (ds,vo,organ,perc)、Jannick Top (b)、Klaus Blasquiz (vo,perc)、Jean-Luc Manderlier (p,organ)、René Garber (b-cl,vo)、Claude Olmos (g)、Stella Vander (vo)、Muriel Streisfield (vo)、Evelyne Razymovski (vo)、Michele Saulnier (vo)、Doris Reinhardt (vo)、Teddy Lasry (brass,fl)。かなりの大所帯だが、ギターだのバスクラだのは全く印象に残らない、残るのはコーラスとドラムとベース。特に腹にずっしりと来る Janik Top のベースは凄いの一言。Magma の特徴はリズムの重さにある、Vander のドラムは硬い音を出すためか、膜を強く張ってあるような気がする、その分ベースが地に足を付かせるために太い重い音を出さなければならない訳だ。Top にしろ、後任の Bernard Paganotti にしろ、その役目を十分に果たしている。
 38分弱、聴き通すとちょっと疲れる。

a0248963_14451641.gif 次が74年の Ẁurdah Ïtah 。「トリスタンとイゾルデ」という映画のサウンド・トラックということで、最初は Christian Vander の名義でリリースされたが、89年に再発されたときに Magma ロゴを全面に打ち出し、晴れて(?) Magma のアルバムに仲間入りしたのである。録音メンバーは Christian 、Top 、Blasquiz、Stella の4名のみ。これは、海賊盤が出そうだということで、満足とはいかないものの早く正規盤を出そうとの意図があったとか。全体的に演奏がしょぼく、M.D.K に比べると音圧、コーラスとも迫力不足の感は否めない。
 Theusz Hamtaahk 3部作の第2楽章に相当する。

a0248963_14453873.gif そして同じ74年、Köhntarkösz 。前2作とは異なる物語系統になるという本作は、2004年作の K.A. (Kohntarkosz Anteria) や 2009年の Ëmëhntëhtt-Ré と関係があるそうな、出来損ないのファンタジーにはあんまり興味はないけれど。
 ドラムとオルガン、Blasquiz のヴォーカルで幕を開けリフの繰り返しによって盛り上がっていく重量感たっぷりの、Stella のスキャットも良い、ギターも珍しく暴れ捲くる(後半9分過ぎ)、30分にも及ぶ Köhntarkösz 、Top 作曲の地を這うようなチェロ、コーラスが不気味さ満開の Ork Alarm 、ひたすらピアノが美しい Coltrane Sündïa とヴァラエティーもあり、聴き応えのある作品になっている。録音メンバーは Christian 、Top、Blasquiz、Gerard Bikialo (p,organ)、Michel Graillier (p, clavinet)、Stella、Brian Godding (g)。中心の4人以外のメンバーは流動的だったようだ。

 上記が正規のアルバムで、後にカタログに加えられたのが以下の2作。

a0248963_1446032.gif Magma 名義ではないが、Mekanïk Destruktïw Kommandöh 録音時にマナー・スタジオでテープを回しっぱなしにして採られた録音が Document 1973 。録音メンバーは、Christian、Top、Blasquiz、Rene Garber の4名。音楽をやっている感じではなく、よくこの録音を世に出したなあ、と思う。余程の Magma 信者でない限りは聴く価値はありません、え?何でお前、こんなもの持ってるんだ、と言われれば、コレクターですから(加えて中古で格安だったから)と答えるよりありません。

a0248963_14461985.gif そして89年初出の73年録音 Mekanïk Kommandöh 。M.D.K の初期ヴァージョン。全体的にアコースティクな感じが強く出ている。メンバーは Christian、Jean Pierre Lambert (b)、Blasquiz、Jean Luc Manderlier (p)、Rene Garber (b-cl,vo)、Stella 、Choirs De La Stochhaus (cho)。やっぱりベースの感じはかなり違う、Top の個性は凄いということか。

 この後は、ライヴ・アルバムが充実した時期になる(というより海賊盤対策か)。Magma 聴くのはかなり疲れるので、次は何時書けるか、トゥールーズやオペラ・ドゥ・ランスのライヴなど聴けばぐったりだからなあ。
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by ay0626 | 2012-06-17 12:55 | rock

フランスの爆走リズム+強迫コーラス マグマ

 フランスという国はよく判らない、農業国の一面があるのに、全面的な原発推進国である、社会的にも進んだ制度を持つのに田舎に行けば、未だカトリックの根強い影響下にあるとか。そういえば、創●学会もフランスではカルト指定とか、2000年前はカトリックもカルトだったろうにねえ。信じりゃ、どれもこれも宗教なんて毒にしかならない。

 フランスのバンドといえば、今回取り上げる Magma と Etron Fou くらいしか聴いてないが、なかなかフランスのアンダーグラウンドやラディカル・トラッドの情報が入らず、知らないとしか言いようのない状態。ドイツと並ぶヨーロッパの大国なのだから、面白い音楽がわんさとあるように思うのだが、知らないのが残念ではある。

 さて、Magma だが、2002年の公演を見に行った、やっぱり演奏する側も高齢であれば(リーダーでドラマーの Christian Vander は1948年生まれであるから、当時54歳)、見る側も高齢になり、時々立って踊ろうとする奴がいると、後ろのおじさんが「座れ!」と注意してしまっている光景なども見られた。こちらもゆっくりと Christian のドラムやベースの演奏が見たいものだから、座って大人しく見てくれたほうが良いのである(そういえば、昨年腰が痛いときに見に行った Rovo のコンサートは最悪だった、オール・スタンディングであることも知らず、ぐぐぐ・・・と呻きながら、1時間半、楽しむゆとりもなかった)。その日は、Stella のお腹の調子が悪かったようで、30分ほど遅れます、との案内が入った。いくら50歳を過ぎているからとはいえ、女性の「お腹の調子が悪い」なぞということをストレートに伝えてしまってよいのだろうか、と思ったものだ。回りの同世代のおじさんの顔を見ても照れたような笑いをうっすらと浮かべていたように思う。
 演奏は、迫力があって、一糸乱れぬコーラス・ワークと凄いテクニックのベース・マンにいたく感動、一杯のビールの酔いも相まって、至福のひと時を過ごしたものだ。

a0248963_1727012.jpg さて、今回は最初期の2枚。
 先ずは1枚目、Kobaïa 1970年4月の録音。Christian は、神がかった人なのか、John Coltrane の死にショックを受けてイタリアを放浪中に Magma のアイディアを思いつき・・・云々ということは色々な解説に書いてあるのだが、俄かには信じがたい、Coltrane が好きだ、というのは初期2枚のサックスのソロなどにも影響が見て取れるが、やっぱり骨格はロックで、Coltrane の音楽とはかけ離れていると思う。
 まあ、Coltrane も Spiritual など大仰な曲を書いているところなぞ、Kobaïa 語で曲を書いてしまうような人たちと共通点はあるわけだ。後期 Coltrane は自分もかなり好きだが、A Love Supreme など大袈裟だし、その後も宇宙的な広がり(?)で「愛」を語る Coltrane (Cosmic Music というそのものずばりなアルバムもある・・・ Alice の趣味、もしかして?)の宗教的な部分以外(演奏に宗教は関係ない、特にフリーは)に興味があってのことだ、決して精神的なものに感動している訳ではありません。
 このアルバムは、全体的に見れば、当時流行っていたジャズ・ロックの流れの中で評価されるべきものだが、特筆するほどの個性を持っているとは言いがたい。Christian が殆どの曲を作る MDK 以降とは異なり、10曲中4曲が他のメンバーのペンによるものだ。また、Magma といえばコーラスでしょうと言われる、強迫的コーラスもまだ聴かれず、またリズムも強烈ではない。Klaus Blasquiz のボーカルも今一歩。
 しかし、最初のアルバムから2枚組をリリースすると言うのはどういうことか。こんなバンドのデビュー作2枚組、最初のリリース時の販売枚数を聞いて見たいものだ。

a0248963_17273034.jpg 2枚目、1001° Centigrades 1971年発売。このアルバムも前作に引き続き、ジャズ・ロック路線突っ走り。Christian はA面の大曲を作ってはいるが、B面の2曲は他メンバーによるもの。この路線は本作で終わり、次作の Mekanïk Destruktïw Kommandöh (MDK) では、メンバーを一新、超人ベーシスト Janik Top が加わり、爆走リズム+強迫コーラスの Magma 本来の姿が現れてくる。

a0248963_16202766.jpg【追加】CDの棚を整理していたら、Univeria Zekt というバンドの UNNAMABLES というアルバムが出てきた。頭を捻ると、これ Magma 関連で買ったものだと思い出し、ターンテーブルに乗せて見た。Magma の1枚目、2枚目と同じ様なジャズ・ロックで、ちょっとこっちの方が散らかり方は酷い。お世辞にもいい出来とは言えない代物ではあるが、メンバーは殆ど Magma なので、ここに書いておく。
 1972年発表(録音は71年?)、2枚目のメンバーにギターとトランペットが加わった編成(他にもクレジットされた者はいるが1曲のみの参加)のため、殆どが Magma。Magma をもっと売り出そうとしたプロデューサーが生み出した幻のバンドと言ってよい。作曲も Vander が3曲、他4曲も1作目、2作目で曲を提供していたCahen (p) と Lasry (sax,flute) の作品なので、Magma 1作目、2作目と変わる訳はない。こんなアルバムは、他にも Fusion (81年) などという作品がある、フランス人は何を考えているんだか。

 ということで、今回は、本当にさわりのさわり、表題に偽りあり!と言われても仕方のないところ。次回は頑張って、素晴らしさを何処まで言葉に出来るか、乞うご期待。
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by ay0626 | 2012-04-07 16:21 | rock

狂いも狂ったRIO、エトロン・フー・ルルーブラン

 昨年、ちょっと大きな病気を患って、それ以来、もうひとつの趣味であった読書をする気力が無くなって、近頃は音楽ばっかりの生活になっている。意識を集中して文字を追いかける読書(それも好きなのはミステリ、その中でも本格というか相当に理屈っぽいモノが気に入りなので)と比べ、音楽であればCDをテーブルに載せてスタート・ボタンを押せば、嫌でも音が耳に入ってくる、その安易さがなんとも今の自分には合っている気がして仕方が無い、根性ないなあ。
 前向きなばかりじゃ草臥れてしまうし、根性が無くてもインパクトのあるモノ(何か変な言い回しだが)と考えていたら、あるじゃないか、言葉ぴったりのバンドが・・・ということで今回取り上げることにしたのが Etron Fou Leloublan。

a0248963_17395622.jpg Etron Fou Leloublan は、もちろんRIO関連で知った。聴き始めた当時は、43 Songs という5枚のスタジオ・アルバムを3枚のCDに変な形で詰め込んだものしかなく、どこまでが1枚目のアルバムでどこから2枚目が始まるのか、そんな解説も一切付いていなくて、なんじゃい不親切なアルバムじゃないか、と悪態をつきながらそれでもそれなりの回数、ターンテーブルには乗った。
 1997年には、CD化されていなかった3rd En Public aux Etats-Unis d'Amérique が出て、全ての音源がCD化された訳だが、やっぱりファン(どのくらいの数が居るのか、どんなに数は少なかろうとその熱狂度・・・狂い方が強烈であれば百万人くらいの力にはなるのか、百万人は大げさか)の 43 Songs に対する怒りが大きかったのだろう、2000年を過ぎた頃から、フランス・ムゼア・レーベルから単体での販売が始まった。バンドの音楽がおかしければ、それを包むアルバム・ジャケットも異常で、単体で発売される意義は大きかったとは思う、しかし、やっぱり販売数で考えると辛い数しか売れる訳も無く、5th Les Sillons De La Terre が出たのが2004年、最終作の6th Face Aux Elements Dechaines がやっと出されたのは2010年、大きなブランクが空いてしまっている。その後、未発表であった1984年のライヴ Etron Fou Leloublan A Prague がリリースされたのはびっくりしたが(売れたのか?自分は買ったが)。

a0248963_17404668.jpg 最初のアルバムは1976年発表の Batelages (日本盤では「大道芸人稼業」・・・いい得て妙)。ドラム・ベース・サックスにヴォーカル兼務という構成は3rdまで続く(サックス奏者は、アルバム毎に代わっているが)。1曲目は18分に及ぶが、内容的には短い部分を脈絡無く繋ぎ、その上に妙に芝居掛かった、中性的なヴォーカルが乗るといったところで、ベースはそれなりのグルーヴを生み出しているが、ドラムは反復を極力避けるような、同じことは2度と叩くものかといった変な意地を見せている。2曲目では空き缶鳴らしからドラムのソロへといった感じの、変な曲。3曲目は22秒の瞬間芸。といったところで、このバンドの持ち味は、ファースト・アルバムのA面だけで判ってしまう。B面では、かなり変拍子に拘り、サックスもフリーの影響が顕著な演奏を見せる。
 ジャケットも包帯でぐるぐる巻きにされた自転車の上に白猫がちょこんと座っているという、なんとも捕らえようの無い、しかし印象的なものであった。
 ヴォーカルの Eulalie Ruynat とサックスの Chris Chanet は同一人物。この人の声の印象は強烈で(男だか女だか判らない不思議な声)1枚目の最初の曲だけでは勿体無く、もっと在籍して歌って欲しかった。
 あんまり日本盤は買わないのだが、Locus Solus 盤は解説も丁寧で、訳詩も付いているので買った(フランス盤は手に入り難いという状況もあって)。ひとつの目玉が訳詩で、しかし、やっぱり思っていた通りのダダ的、シュールの極みで、別に言葉に意味があるわけじゃないと判った後は純粋に変拍子の楽しみを享受出来るようになった。

a0248963_17414581.jpg 2枚目は、Les Trois Fou's Perdégagnent (Au Pays Des...) (同じく「三狂人珍道中」)。1曲目から相当な演奏力を見せてくれる。1枚目のB面曲でも演奏力は見せ付けてはいたのだが、このアルバムでは、ある種の余裕まで感じさせてくれる。多重録音を多用した、トリオとは思えないほどの、特に低音に重点を置いた(ギターが無いので6弦ベースが前面に出まくり)強烈なアンサンブルが見事。ますますヴォーカルは、歌ではなく「科白」的になり、演劇の影響が見て取れる。

a0248963_17424025.jpg 3枚目が初めての(そしてバンド存在中唯一の)ライヴ En Public Aux Etats-Unis D'Amérique。79年11月のアメリカでのツアーを収録したもの。つんのめるような、変拍子の嵐の中で3人だけのシンプルな演奏が印象深い、音は悪いけど。
 この頃は、もうどっぷりとRIO一派に組み入れられて、ジャケットに描かれた少年の持つ旅行鞄に張られているステッカーには、Henry Cow 、Samla Mammas Manna 、L'Orchestra(Stormy Six のレーベル)の文字が見える。
 また、CDでは、最後期のライブ(84年、85年)が追加されている。

 Etron Fou Leloublan のような音楽は、他に聴いたことが無い。直接影響を受けたロック・バンドはないんじゃないか。それよりも Art Ensemble of Chicago とか、70年代初期にはアメリカのフリー・ジャズ・ミュージシャンが大量にフランスに居た影響があるかも。しかし、このおふざけ具合から見て、フリー・ジャズだけではあるまい、もっと演劇的なものや、ダダイズムなどの文学関係からも相当な影響を受けているものと思う。でも、それらがどう融合するとこういう音楽になるのか、あまりに個性的過ぎる初期3作、そう度々は、ターン・テーブルに載らないが、ほんの偶に強烈に聴きたくなるのである。
 この後、女性キーボード奏者の Jo Thirion が加入し、ちょっとはアヴァン・ポップ風になっていく4th以降は別項で。
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by ay0626 | 2012-02-05 16:54 | rock