日常茶飯事とCDコレクション
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聴きやすく、それでも充実 ファウン (3)

 この前の日曜日が父の日で、次男がプレゼントに呉れたのが『3DS』、やはり3Dで見えるソフトが欲しいと買ってきたのが『ドラゴンクエスト7』。これがいけない、やり出したら止まらない、そう面白いソフトとも思えないのだがなにしろ時間があるとやってしまう。それまでやっていた『逆転検事2』も第1話が終わって、切りが付いたのでちょっとだけこっちを、と思ったのが運の尽き、ただいま18時間ほどやり捲くって、お陰で読書も全く進まず。情けないとは思うが、時間潰しには最適。潰すべき時間は山のようにある。

 株や為替が荒っぽく動く、アメリカの金融緩和が何時まで続くのかが焦点のようで、材料を探しては市場を大量の金が行き来する。なんと欲深いことか、金で買えないものなどないのだから、当然といえば当然。この頃、気に入っているコマーシャルがロト6の柳葉某と妻夫木某の出てくるアレ、「君の夢は金で買えるのか」、柳葉某のロト籤を買うときの表情が何ともいえず。買わなきゃ当らないのが宝くじだが、天文学的に低い確率に数百円を投じる趣味はなく、大金持ちになることはとうに放棄しているが、例えば3億円でも手に入れば確実に会社を辞めることになるとは思う。

 5月の20何日かに梅雨入り宣言はなされたが、その後全く雨は降らず。気温だけはぐんぐん上がって、6月半ばで既に猛暑日が発生、今年の夏は地獄の釜が空くかと思われたが、この木曜日から金曜日に纏まった雨が降り、地表も冷やされたせいか温度も随分下がった。この2~3日は気持ち良く惰眠を貪ることになる。

 下らぬ話ばかりになるのは、ゲームのせい、猿以下の知能に成り下がる。

 ということで、久しぶりに Faun。昨年の12月に新アルバムが出て、しかしこのアルバムの出来というか、方向性に大いに疑問があった。今回はそのアルバムのことについては書かないが、次のアルバムもこの方向だったら残念至極といった感じ。
 その前の充実した2枚を紹介。

a0248963_22285459.jpg Buch der Balladen (バラードの本)、2009年。表題にある通り、ジャケットは本のような形になっており、非常に凝ったものとなっている。彼らのジャケット・ワークに対する拘り振りが判ろうというもの。
 表題に Acoustic Faun とある通り、Niel Mitra はコンピュータを一切使わず、従って演奏にも関与は少ない。オリジナル・メンバーの Elisabeth Pawelke が抜け、バイオリンとハーディー・ガーディー、ボーカルを担当する Sandra Elflein が参加。この Sandra ちゃん、写真で見ると非常に可愛らしい、声も容貌通りで Pawelke 姐さんの硬い感じとは随分異なる。You Tube などの映像で見ると Sandra ちゃんはかなりぽっちゃりで小さく、これがまた可愛いのである(完全に AKB ファンの乗りですな)。彼女は本作のみの参加となってしまうのだが、残念至極である。
 前作の Totem がスタジオ・ワークとシンセで幻想的で暗めの演出を過剰に行ったのに比べ、本作は随分明るい感じがする、それは Sandra ちゃんの声の質とシンセ一切なしの作り方によるものだろう。楽器のソロもくっきり聴こえ、ボーカル部分が多いのに演奏が歌伴になってない。特にハーディー・ガーディーの音が綺麗に採れており、なかなか良い。ゲストも少なく、チェロ(Ganbe との記載あり)とニッケル・ハルパが1曲づつ、Faun の演奏能力の高さが判るアルバムでもある。
 途中、1曲のみ( Brynhildur Táttur フェロー諸島の言葉か、Google 翻訳の言語検出だとアイスランド語と出てくる) Valravn というデンマークのバンドの合唱曲(船で歌う感じが良く出ている)、Valravn はまた別に紹介したいと思う。
 本作は限定盤があり、11曲目に Brynhilds Lied という曲が入っている。この曲は単独で Amazon で電子データを買うことが出来るが、詩の朗読にあっさりとした演奏が加わるだけのもので、別にどうしても限定盤が欲しくなるようなものではない。しかしながら、録音時間が42分あまりというのは、ちょっと短すぎやしないか、演奏が充実しているだけに、もう2~3曲あってもよかったのでは。

a0248963_22291329.jpg Eden 、2011年。Sandra Elflein に替わり Rairda が参加、基本的にはボーカルのみ(1曲のみハープを演奏している)。Rairda の声は Sandra ちゃんよりも可愛くない、容姿も同じ(頭の毛がカーリー系)。
 ジャケット・アート・ワークは凄く凝っていて、歌詞冊子が別立てになっていて、見るだけの価値は十分あり(読め!といわれても残念ながら無理)。
 今回は録音時間70分を越える大作、演奏も Niel Mitra のビートやエフェクトが戻ったのに加え、 Rüdiger Maul のパーカッションもドラム風になって(シンバルはないので、ロックやポップスという感じはないが)、ビートは良く効いている、そのせいか随分と聴き易くなった。それに加えて英語詞の導入、今まで彼らは一切英語を使っていなかったが、英米進出も考えたのか。その可能性は充分あって、Rairda が抜けた後、Stella Mara の Sonja Drakulich が加入してアメリカ・ツアーまでやっている。
 聴き易くなったとはいえ、まだ比重はボーカルよりインストの方が高い、次作ではこの比重が逆転してしまう訳だが。曲も5分から7分と比較的長めの曲が多く、聴き応えは充分。Hymn To Pan など、マリンバが入り、今までとは一味違うところも見せている。ゲストもかなり入っていて、ソロも取っている。前作に比べると暗い感じがするのは、色々な地域の神話(キリスト教とは無縁な神話、何故なら彼らは自らの音楽を Pagan Folk と呼んでいるから)をモチーフとしているからなのだろう。

 今日は朝方雲が多く、また天気予報と違うのかと思ったが、段々と晴れてきた。気温も上がったに違いないのだが、湿度が低いせいか風が吹くとひやりとした感じになる。1日に何時間も3DSを弄っていれば目もチカチカしようかというもの、それでも止められないのがサルのサルたる所以。
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by ay0626 | 2013-06-22 20:37 | trad

お休みに入る前の エスタンピー (3)

 小満も過ぎ、日差しと日照時間は長くなり気温は高くなったが、空気はまだ乾いており、Tシャツ1枚で窓を開けて寝転ぶと風はまだまだひんやりとしている。薫風とはこういう風のことをいうのであろう。通勤電車の窓からは茶色に染まりつつある麦畑が見える。

 花輪莞爾さんの『悪夢百一夜』を少しずつ読み進める。何しろ短編小説が101編も詰まった1,300ページを超える大部の作品。同時に購入した深木章子さんの作品に辿り着くまでには相当に時間が掛かるだろう、もうじき大坪砂男全集の3巻も出るというのに。昔は、長編小説が好きで読み出すと結末が気になって仕方がない、つい無理をして夜更かしし翌日に悔やむということが良くあったが、この頃はあっさりしたもので、しかも短編集となれば1編を読むのにそう時間が掛かることもない、眠くなれば区切りのついたところで目を瞑る。自然体になったということか、歳を取ったということか、どちらでも似たようなもの。
 『悪夢百一夜』、まだ22夜までしか読んでいないが、非常にバラエティーに富んでいて、全部が全部出来が良いという訳にはいかないが、相当に面白い。悪夢という題名から見ても黒い企みに満ちた作品が多く、第1夜の「ちりぢごく」や第2夜の「景徳鎮」などはこの典型。なんだかよく判らないけど淋しいようなユーモアを持つ第3夜「金歯」や第5夜「死者の鼾き」など、読み終わった後小さな溜息が出る。東北の津波を描いた第13夜「海が呑む(Ⅰ)」など、東日本大震災の映像の経験が一層物語に身を入れさせることになる、本山という朝鮮の人が忘れがたい印象を残す。第10夜の「味見指」の淫靡さ、第17夜の「うすばかげろう」の悪意など読みどころてんこ盛り、あと2、3週間は本書に掛かりきりとなりそう。

 世の中を見ると、アベノミクスも転機点になったか、23日には株式市場が1,000円以上も値下がり、債券市場は値下がり長期金利は1%台に乗せる。日銀の黒●総裁は、余裕をかまして「そういったこともあるわいな」と頬に指をあて、いかにも尊大そうに鷹揚に答えていた、一時的な相場になるか大相場前のちょっとした調整か今の段階では判らないが、よい方向にいって欲しいものだ。

 爽やかな季節に Estampie 、ちょっとそんな感じがして。

a0248963_17322155.jpg Fin Amor (フランス語?スペイン語?多分「愛の終わり」の意)、2002年。Warner の系列レーベルから、彼らの作品の多くは Galileo という民族音楽~古楽系のレーベルからのものが多いのだが、この作品のみ異なる。全ての歌詞は、中世(13世紀頃)の作品に Micheal Popp が曲を付けるという、前作からの路線そのものの「中世ポップ」というべき作品で、メロディーもハッキリしており、時にはヒットしそうな曲さえあって聴き易い(殆どの曲が3~5分という長さ)。加えてパーカッションが全面で活躍しており、リズム感にも富む。
 メンバーは、ボーカルに Syrah (Sigrid Hausen)、Cornelia Meliàn、Gerlinde Sämann の3名(といっても殆どが Syrah 姐さんの声しか聴こえないような気がする)、器楽が Popp、Scwindl、Syrah、Sascha Gotowtschikow (perc)、Uschi Laar (harp)、Cas Gevers (tb) というハープ担当以外はお馴染みのメンバー、2曲のみフルート奏者の Jørgen W. Lang が加わる、コーラス隊に7名(Popp や Scwindl を含む)。芸達者な人たちだが、特に Schwindl さんのハーディー・ガーディーは聴きもの、 Gotowtschikow さんのパーカッションも神憑っている(DVD見れば唖然呆然)。

a0248963_17324782.jpg Signum (サインのこと?何語なんだろう)、2004年。本作は Galileo レーベルからの作品。
 Ondus、Fin Amor と本作は雰囲気が似通っており、Popp 氏による古楽の香りのする、歌詞だけは中世から借りてきたポップ・ミュージック3部作という感じ。You Tube などで見るとライブも盛んに行っていたようで、モヒカン・鋲打ち皮ベストの厳つい御哥さんがウロウロしていた映像が印象的。ボーカルは Syrah (Sigrid Hausen) と Gerlinde Sämann の2名、器楽が Popp、Scwindl、Syrah、Gotowtschikow、Gevers にハープは Ute Rek に交替、バグパイプ担当の Thomas Zöller がクレジットされている。コーラス隊は4名。全体的に前作よりも柔らかというか靄の掛かった印象がある、新入のハープやバグパイプにも活躍の場が充分に与えられており、器楽の部分は前作よりも聴き応えがある。特に13曲目のインスト曲などは荘厳で素晴らしい音を響かせる、14曲目は Faun でもお馴染み Andro と同じ曲。

a0248963_17331182.jpg このあと、Marco Polo - Estampie Und Die Klänge Seidenstrasse (エスタンピーと音のシルクロード)という DVD を2005年に出す。Estampie からは Syrah、Popp、Schwindl、Gotowtschikow の4名、イラン人のドタール(リュート)とパーカッション、モンゴルからヨーチン(ハンマード・ダルシマー)、モリンフォール(馬頭琴)&ホーミーという、東から西への音楽シルクロードの道、民族音楽の人たちの器楽演奏のテクニックには目を見張るものがある、演奏が絵になっている。
 その後、2006年にベスト・アルバムをリリースするが、Al Andaluz Project にメンバーが移動してしまい、Estampie 名義のアルバムは2012年の Secrets Of The North までリリースされなかった。

 このくらいの気温・湿度が続いてくれればなぁ、と思うのが直ぐ暑くなってくる。今の季節を楽しもう、といってドライブ先はいつもパチンコ屋じゃ季節感もへったくれもないわけで。
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by ay0626 | 2013-05-25 16:11 | trad

短く軽く、時代が変わる? ステファン・ミクス (4)

 読書用に作った眼鏡の調子が悪く、今直し中。ということで、ブログを綴るにも一苦労、焦点が合わないのだから、老眼もやっかいなもの。

 先週もクラッシクのコンサート、いつも行く会場ではなく、ちょっと古めのところ。会場が違うだけで、あんなに音の聴こえ方が違うとは思わなかった、新しければ新しいほど音響は良くなるということか。演目は、ドヴォルザーク、知った『新世界より』交響曲はなく、前半は『謝肉祭』という9分足らずの曲とヴァイオリン協奏曲、後半が交響曲7番と言う取り合わせ、若干ヴァイオリン協奏曲は眠くなりましたね、スミマセン。職場の若い人たちと行ったのだが、ある人から衝撃の告白もあり大分盛り上がって、帰りの電車が11時過ぎ、風呂に入って、それでも珍しく寝つきは良かったのだが、翌日の会議に眠気を催した、それでも寝ずに役目は果たしました、ハイ。

 ちょっと前になってしまうのだが、成りすましメール犯が逮捕された。写真を送付したところ、警察が威信を掛けて調べ捲くり、丸でオタクとしかいいようのない風貌のお兄さんを捕まえた訳。その後の報道や逮捕されたお兄さんの弁護士の話など見ると、自白に拘る旧態依然のやり方がまだ続けられているような気がして仕方がない。捕まえて吐かせてしまえばこっちのもの、それが誤認逮捕を2人も生み出した。この逮捕されたお兄さんが本当に犯人ではないとすれば、またまた警察の大失態ということに。しかし、お兄さんも取調べを録画しなければ応答しない、とはよくいった、その通りで間違って逮捕されて喋らされた2人も同意見だろう、国家権力を嵩に着るものは山ほどいる。自分は警察を信頼しないと言うつもりはない、多くの捜査官は真面目に職務を全うしていると思っている、しかし、自白とそれに頼る裁判所の凭れ合いは許されるものではないだろう。きちんと録画し、正々堂々法廷で争ってもらいたいものだ。

 久しぶりに Stephan Micus 。この何年間は2年に1作ずつ作品を発表していたので、昨年も出るのだろうと思っていたら出ない。期待を裏切られましたね、といって、彼の作品出たらそればかり何回も聴くというわけではないのだが。

a0248963_18463112.jpg To the Evening Child 、1992年。前作の Darkness and Light が3楽章の大作だったのに比べ、本作以降比較的短い曲を多く並べるという作風に変わってくる、本作は7章で構成されている。そして、本作の中心となるのがスティール・ドラム、言わずと知れたカリブ海の民族楽器、アフリカから連れてこられた人々は太鼓を叩くことも禁じられ、しょうがなしにドラム缶を加工し、音程の出る楽器を作り出したという訳。本来は華やかな音を出す楽器なのだが、ここでは大人しめに使われる、内省的なイメージを生み出す。そして、ヴォーカルが多用されているのも特徴の一つ。
 その他の楽器はお馴染みの、印度の擦弦楽器ディルルーバ、インドネシアの管楽器スリン、ドイツの管楽器コルトホルト、中東の管楽器ネイなど。最後の楽章は For Yuko 、ジャケット裏に Micus が赤ん坊を持ち上げている写真があるが、多分この子が Yuko なのだろう、奥さんが日本人で Nobuko だから。
 Micus の作品としては、突出してはいないが、比較的聴き易いものの一つ。

a0248963_18464244.jpg Athos 、1994年。ギリシャのアトス山への3日間の旅を音楽(8楽章)で表したもの。アトス山はギリシャ正教の聖地で、大幅な自治権が認められているとか、そして女人禁制で女性は入ることが出来ないらしい。良くあることだが、これは差別ではないのか、伝統だと許されるのか、どうでもいいが、ダブル・スタンダードだけはやめてもらいたいものだ。修道士のメンタリティなど理解できないし、理解しようとも思わないが。
 このアルバムで初登場はサタール、ウイグル族(トルコ系、中国に新疆ウイグル自治区があって独立運動で揉めているのは有名)の擦弦楽器で、1本の金属弦と10本の共鳴弦から成り立つ、1楽章と8楽章でメインを張る。また、2楽章、4楽章、6楽章は合唱だけの曲だが、グルジアン・ヴォイスのように東欧正教系神秘主義的な香りが(若干エコーの掛け方がフェイク感を添えているが)する、まあ、題名から見てもそれを狙ったものであるのも確か。尺八(3楽章)やネイ(7楽章)のソロ、スリン+植木鉢(4楽章)など、東欧神秘主義とは懸け離れた感があるが、全体のなかでは違和感はない。
 纏まりのよさで、90年代では比較的評価の高い作品。

a0248963_18465435.jpg The Garden of Mirrors 、1997年。前作とは打って変わってアフリカ的な印象の強い作品(9楽章)。アフリカのハープが取り入れられ、とはいっても西洋ハープとは異なり、ベース的な役割を果たす、ボロンバットとシンディングがこれ(特にシンディングはピッチカート、アルコとも演奏され、コントラバスといわれたらそうかとも思える)。合唱曲も1楽章、3楽章、8楽章で披露されるが、前作とは全く異なる、Micus の作曲家として雰囲気を作る巧みさが判る。
 多重録音も行き着くところまで言った感じで、合唱は20回も重ねているし、4楽章の Flowers in Chaos など、スリンのソロのように始まるが、最後の部分は22回も多重録音され、題名どおり『混沌』状態が現出する。6楽章の Gate of Fire などもオーケストラ(はちょっと大袈裟だが)的な印象もある。
 茶色のジャケット(水の上に浮かべた船で魚(?)を採っている風景)も印象的な作品。

 もう3月、1年の6分の1は終了、生き急ぐつもりはないが、時間の経つのが加速度的に早くなっている。命短し、焦れよオッサン。
 
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by ay0626 | 2013-03-02 18:15 | new age

中世俗謡音楽 エスタンピー (2)

 眼鏡が出来たのでちょっとは世の中まともに見えるかと思ったら、左が弱すぎ右が若干強すぎで、どうもすっきりした感じがしない。そのうちに馴れるのだろうが、ちょっと時間が掛かりそう。そういえば、先週末には懸案事項も一応の決着を見て、運気低迷も底を打ったような感じではある。

 先週は、隕石が落ちてきて話題になった。ロシアの田舎でさえあれだけの被害が出るのだから、東京やニューヨークなんかに落ちたら悲惨なものだ。我々の生活なぞ、運のみで成り立っているのが良く判る、あんなものが落ちれば、善行を積もうが悪事の限りを尽くそうが、一瞬のうちに終わり。

 先週は、3人に対して死刑が執行された、まぁ当然といえば当然のこと、本来は判決が確定してから6か月以内に執行することになっているから、彼らは大分長く生きることが出来た。奈良の誘拐殺人や茨城の駅での無差別殺人は知っていたが、名古屋の事件は知らなかった。殺人での刑を終えて出所した後、また強盗殺人を犯す、死刑になって当然。茨城の被告は全く反省の気持ちを表すことがなかったとのこと、その死刑囚に「もっと生かしておけば、反省の弁が聞けたかもしれない」と新聞は書く、中立的であるように見せて、実は死刑反対がモロに文面に出ている。無関係な人々をあれだけ死傷させた者が多少反省したところで、死者は生き返る訳もなく、傷がなくなる訳でもない、死んで頂く以外に死刑囚に出来ることなどあるだろうか。同じような境遇に生まれ生きたとしても、犯罪を犯す者と犯さない(どころか篤志家になる者だっている)者がいる以上、余程精神に障害がある者以外、自分の取った行動には責任を持たなければならない、人の命を奪えば自分の命で贖うのは当然で、奈良や茨城の死刑囚はある意味良く判った人であるとも言える(死刑にして貰いたいが故に犯罪を犯す!)。ああいう人は、事件を未然に防ぐために教育などで矯正など出来ようもなく、被害者は運が悪かったとしかいいようがない。被害者やその家族には、そうした犯罪者を野放しにすることしか出来なかった国家に、出来るだけの精神的・経済的援助をさせるべきと思う。
 それでも死刑廃止は世界的潮流だとか、それはキリスト教的倫理観の産物、欧米が世界であった時代はもう随分前に終わったはずなのに。

 ということで、Estampie の2回目。主要メンバーが Al Andaluz Project に行って、ベスト盤を別とすれば2004年の Signum 以来音沙汰がなかったので、もうアルバムは出さないのか、解散状態なのか、と思っていたら Secrets of the North と題する作品が昨年リリースされた模様。現在、オーダーしている状態。

a0248963_1844482.jpg Materia Mystica 、1998年作品。前作の Crusaders までは録音に音響処理が掛けられる程度の操作があったが、この作品はシンセ音や音響処理が中核となっていて、かなり異色。風(Air)、地(Earth)、水(Water)、火(Fire)の4部で成り立っているが、どのパートもコーラスが全面に使われていて、最後の火(Fire)のパートなど打楽器とコーラスのみで成り立っている。
 録音メンバーは、中核の Popp、Schwindl、Syrah(Sigrid Hausen、voのみ)の3人に加え、Hannes Schanderl (santur, lute, ud, vo)、Cas Gebers (tb, perc, vo)、Tobias Schlierl (vln,perc, vo)、Bülent Kullukcu (electronics)、コーラスに3名がクレジットされている。11世紀から12世紀に生きた初の女性作曲家(神秘家でもある) Hildegard von Binben の曲を Estampie が膨らませたもの。他に Popp が1曲、Gebers が1曲(トロンボーンが全面的に活躍)、Schanderl が3曲(サントゥールのソロ曲あり)。
 全く何というべきか、中世風現代音楽というのも語義矛盾があるが、そんな感じ。捉えどころのない中途半端な印象で、ドイツ・アマゾンを見てもこの作品の評価は低い。Garmarna も Bingen 作品をエレクトロニクス処理した作品を作ってコケたが、同じようなものか。A Chantar から Crusaders までの4作は、純粋な古楽に近い印象であった、本作で大きくエレクトロニクスを取り入れ方向を変えようとしたが、どうも失敗した感じ、次作ではまたちょっと趣向を変えることになる。

a0248963_1845556.jpg Ondas 、2000年作品。全曲 Popp の作曲となった本作以降、Estampie は中世ポップというべき作風になっていく。曲自体は、現代風の落ち着いたポピュラー風で、その伴奏が古楽風な演奏で行われる感じ。歌詞は、何れも12世紀から14世紀のもの。録音メンバーは、Popp、Schwindl、Gebers の3名が器楽の中心、ヴォーカルに Syrah と Corneria Melian 、パーカッションに Sacha Gotowtschikow を含む3名がクレジット。
 もともと演奏や歌は抜群に上手い人達なので、前作のように変な前衛方向に走らずに、こうしたまともな方向に行けば聴き易く、ウケのよい音楽が出来上がる、特にパーカッションがこれだけ入ればポップ・ミュージックに近い感じにはなる。流石にこうした音楽だと、コンサートではオール・スタンディングという訳には行かぬようで、鋲を沢山打った袖なしの皮ジャンにモヒカン刈りの御兄ちゃん(どうもこうしたメディーヴァル・ポップはマーシャル・メタルとの関係もあって、そうしたムキムキ兄ちゃんのファンも多いようだ)も大人しく立って(座ってではなく)聴いているようだ。

 知らぬうちに、新しいアルバムが出ているようで。この頃は、前ほど熱心にチェックしないものだから、偶に見ると見知らぬ作品が見つかったり。聴くのが電車の中と寝る前の1時間程度だと、多くは聴けません、消化不良になるか、特定のものしか聴かなくなるかのどちらか。
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by ay0626 | 2013-02-23 18:38 | trad

その後のヘンリー・カウ アート・ベアーズからブレヒトへ ダグマー・クラウゼ

 秋も深まって、日中なら半袖でもいられるが、釣瓶落としに陽が落ちると途端に寒さを感じるようになる。注文しておいた本がやっと届いたので、これから1~2週間は寝る前1時間程度は読書に時間を費やすことになる。西澤保彦さんと小島正樹さんの新刊と小林泰三さんの文庫本、楽しみ。

 能動的にコンピュータに向かうのはブログを書くときか、買い物をするときくらいのもの、年を取ったせいか、エロ・サイトなぞ殆ど覗く機会もなくなったので、ウイルスを貰ってくるようなこともないだろうとは思っている。しかし、「遠隔操作ウイルス」などという変てこなものが出てくると落ち着かない気分にはなる。銀行口座情報などは登録していないが、買い物にはクレジット・カードを使っているし、情報が漏れては大変だ。自分の名を騙って、悪いことをされるのももっと困る、警察の杜撰なこと、罪がない人を犯罪者に仕立て上げてしまう、つまり冤罪事件を引き起こすような捜査をやっていることを今回の事件が白日に晒してしまったから。今回の事件、マスコミの警察追求が今一歩の印象を受けるが、もっと検証すべきではなかったか。もっとも、iPS細胞の件で赤っ恥をかいた記者が、疑惑が持ち上がった後に会見を開いた森口某に嘘を認めさせようと、まったくの「上から目線」で偉そうに質問する姿を見ていると、マスコミにも自分たちは偉いのだ、という権威主義みたいなものを感じてしまう、権威主義は警察もマスコミも同じ穴の狢ということか。せいぜい自分はどちらのお世話にもならぬよう自衛しましょう。

 前回、Fred Frith のことを書いたとき、「残るは Chris Cutler 御大のみ」などといってしまったような気がするが、Dagmar Krause のことをコロッと忘れておりました。ということで今回は Dagmar Krause の巻、Art Bears は Frith の項か Cutler の項に入れるか迷った末、Dagmar 姐さんのところに入れることにした、あの声がなければあのサウンドはあり得ないので。

 Henry Cow の内部対立が目立ち出したのは、ヴァージンが彼らとの契約を打ち切ったあと、77年頃から。78年の1月には、新しいアルバムのために録音を開始するが、アルバムの傾向が今までとは全く違う、ということで内部抗争が激化(といってもやはり音楽家なので、血で血を洗うようなことにはなりません、ハイ)し、遂に完成したアルバムは、Frith 、Cutler が権利を買い取り、Art Bears の第一作として発表されることとなる。78年は、レコーディングも多く、順を追って見ていくことにする。

a0248963_17433680.jpg 1978年1月、Henry Cow は、スイスのキルヒベルクのサンライズ・スタジオでレコーディングを開始する。今回のアルバムは Dagmar Krause の歌を中心とした小品で構成されることになるが、今までの作品とコンセプトが違いすぎるとTim Hodgkinson や Lindsay Cooper から意見が出て、作品の殆どを作った Frith ~ Cutler が権利を買い取ることで決着、アルバムは3月のロンドン・カレイドフォン・スタジオの録音で完成し、5月、Art Bears のファースト・アルバム Hopes and Fears として、Recommended Record から発売される。
 このアルバムは、やはり Dagmar の声を活かすように作られている。Dagmar の声は個性的で、ドイツ人であるためか、英語の単語が非常にはっきりと耳に入ってくる、言葉を伝えるのに最上の声と言えるのではないか。
 確かに全体の雰囲気は Henry Cow のアルバムとは言い難い作品で、Tim や Lindsay の言い分は判るような気はするが、所詮は左翼の主義者によく見られるような、ちょっとした違いを大きく言い立てるような感じがない訳ではない。Cutler の詩は、Tim の In the Heart of the Beast ( In Plaise of Learning に収録の大曲)ほど直線的に表現していないだけで、同じようなもんだと思ってしまう、やはり自分がノンポリだからか。
 サウンド的には、Georgie Born が加入し、室内楽的な感じが強くなっている。Frith のソロにも収録された Terrain などはチェンバー・ロックの典型的な演奏とも思う。Cow の Western Culture に収録される Lindsay 作品 Half the Sky もこの1月録音のもの。Western Culture は、同じ年、同じスタジオで7~8月に録音されているが、Half the Sky だけが質感が異なっている。
 CD化(1992年)の際には、3曲を追加収録。All Hail ! と Collaps は1980年冬の録音、前者は82年にレコメン・サンプラーに、後者はセカンドからのシングル・カット Rats And Monkeys のB面として発売されたもの。最後の1曲 Coda to Man and Boy は、80年のヨーロッパ・ツアーのライヴ録音で、セカンド Winter Songs の予約者に配られたもの。

a0248963_17435820.jpg セカンド Winter Songs は1978年11月と12月にスイス・サンライズ・スタジオで録音されたもの。フランスのアミエンス大聖堂の西正面の彫刻を素材とした Cutler の詩に Frith が曲を付けた。
 非常にタイトな印象を受けるアルバム、Dagmar の声と詩を活かすためにサウンドはかなり音数を少なめに、全くシリアスでユーモアを感じさせるようなところもない。Dagmar の声は千変万化、Cutler の短く象徴的な詩(何がいいたいのか判然としないまでに抽象化されているものもある)を的確に歌い上げてゆく。
 この頃は、パンクの隆盛から下降の時期、また共産主義も力を失い特に新左翼は全く権威失墜の状態、その中で彼らは何をしようとしていたのか。レコメン、ロック・イン・オポジションの中では非常に象徴的な作品である。

a0248963_1744187.jpg サード The World As It Is Today、1980年の8~9月に同じくサンライズ・スタジオで録音された本作は81年に Recommended Recoed からリリースされた。最初のレコードは30センチ盤ではあるが、45回転という変則的な形式で発売された( Recommended のアルバムでは、例えば News from Babel の Letters Home もこの形式であった)。
 のっけから The Song of Investment Capital Overseas ときた、海外投資資本の歌!!!全く主義主張を変えない Cutler さんは偉い、という他ない。こんな詩「町の外 / 仕事が町の外に連れて行く / 村は空っぽ / 家々を燃やし尽くし / 工場を立ち上げていく / プランテーションを広げ /富をもっと貧しい国民に届けよ / 道を線路を地割れのように走らせよ / そしてわたしを彼らの背に乗せて運ばせよ」。
 傑作といえば傑作、ひとつの行き着く先。ひとつの時代の終わり、肩の荷を降ろして、新しい道を進む、そんな感じの Art Bears の最終作。

a0248963_17444168.jpg その後、Dagmar は1986年 Supply and Demand: Songs by Brecht / Weill & Eisler というソロ作を発表する。堂々とした歌いっぷり、もともと英語版とドイツ語版の2つがあったようだが、再発の際、英語版に10曲ドイツ語版から加えられた。
 もともとブレヒト/クルト・ヴァイル、ハンス・アイスラー曲集だからクラッシクぽくはあっても、ポピュラーに近いから、そんなところが Dagmar にぴったりといったところなのだろう。のびのびと楽しそうな感じが気持ちよい。
 クルト・ヴァイルは、ドイツの作曲家、クラッシク作品と同様にオペレッタ作品に力を入れ、劇作家ベルトルト・ブレヒトとの「三文オペラ」は非常に有名、悪人の出てくる変な作品、一度何かで見たことがあるような気がするが、よく憶えていない。

a0248963_1744573.jpg 88年には Tank Battles: The Songs of Hanns Eisler というアルバムもリリース。今回は完全にアイスラーの作品集。アイスラーはドイツの作曲家で、ヴァイルと同様ブレヒトとの共同作業で有名だが、元はといえば新ウィーン楽派の一方の雄、シェーンベルクの高弟の一人、東ドイツの国歌の作曲者でもあった人物。
 歌いっぷりは前作と同様だが、前作に比べると若干クラッシクぽいか。ミュージシャンの中には、Alexander Bălănescu や Lindsay Cooper などの名前が見える。これも英語版とドイツ語版があるが、再発盤は英語版に数曲ドイツ語版の曲を加えている。

 Dagmar は、様々なプロジェクトに加わっているため、なかなか全貌が掴めない感じだが、彼女の声はよく判る、ヴォーカル担当はいいですな、一聴その人の声と判る、器楽奏者だと余程特徴がないとやはり難しいでしょう。
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by ay0626 | 2012-10-21 15:30 | rock

気力充実、堂々とした大作中心の80年代後半 ステファン・ミクス (3)

 今日は寒露、秋も深まっていく。魚嫌いという訳ではないが食べるのが面倒で、食卓にもあまり上がらない。今年は2回も秋刀魚を食べたというのに驚き、通常はもっぱら鮭ばかり、それも輸入の。しかし、この季節になると生の鮭が並び、塩焼き以外の料理も食べられるようになる。
 茸にしても、昔は秋の食べ物だったがこの頃は通年店に並ぶので、有り難味も大分減少したが、ファミレスのCMを見ていると、まだまだ秋の味覚としての印象は強い。栗はそろそろ、炊き込みご飯なんかいいねぇとも思うが、昔子供たちに作ってやったら「口の中がもそもそする」なんぞと抜かして、あまり評判はよろしくなかった。
 果物でも、ブドウであれば最もポピュラーな品種デラウェアはとうに店頭から消え、今はマスカットの類。柿も出始め、甘いだけで水気も乏しく、昔はそんなに好きでもなかったが、歳を取るにつれ美味しく思えてくる。梨もそろそろ仕舞いの頃、寒さに向かって林檎が美味しくなっていく。
 天高く、馬肥ゆる秋・・・・中年オヤジにとってあまり太りたくはない秋である。

 Stephan Micus の80年代後半の音楽は、正に秋にぴったりの印象。ちょっと清冽な空気ともの哀しい音が良く似合う、セピアのモノトーンの音楽。セピアは原意のイカ墨のことではありません、そこまで食物に拘っている訳じゃないので、念の為。

 前回書いた85年作品 East of the Night くらいから長尺曲が増えていく Micus の作品、90年代に入るとまた短い曲を沢山並べる形式となっていくが。80年代中盤といえば、Micus 30歳代前半から中盤、作曲家/演奏家として最も油の乗りきった頃、今が旬の秋刀魚と同様美味しい時期だったようで。

a0248963_15422080.jpg 86年の Ocean 、新しく取り入れたのはハンマード・ダルシマー。そしてもう一つ焦点が当てられるのが笙。ハンマード・ダルシマーは、このアルバムで初めて聴いた。今では良く聴く Besh o DroM にしろ Warsaw Village Band にしろ専属のダルシマー奏者を抱え、民族音楽系の要素を取り入れたバンドでは非常にポピュラーな楽器ではあるが、当時はどんな楽器か全く判らず、アパラチアン・ダルシマーくらいしか思い浮かばなかったため、「どうすればこんな音が出せるのだ?」とおもったものである。後に民族音楽のアルバムで同類の楽器サントゥールを聴いて、初めて金属弦を小さなバチで叩いて音を出すのだということを知った。当時はインターネットなどという便利な道具がなかったため、こんなことを知ろうとしてもなかなか辿り着くのに時間が掛ったのである。
 本作の構成は、Part 1・7分58秒、Part 2・19分20秒、Part 3・15分46秒、Part 4・7分13秒と前作の大作路線を受け継ぎ、また多重録音も出来るぎりぎりのところまで重ねている。
 非常に細かな煌くような音なのにある種の寂しさ、郷愁を憶えるような音楽。秋の日、海に出かけて風が凪ぎ、柔らかい陽光の中、水面のさざ波がきらきらと煌く感じ、とでも言えばよいのか(Part 1)。使われる楽器が、尺八(Part 1 にはネイも使われるが、尺八と非常に良く似た響き)と笙、ダルシマーとツィターということで、全体の印象は統一感を持っている、特に Part 4 の笙のソロの慎ましやかな演奏は締めに相応しい。

a0248963_15425862.jpg 87年の Twilight Field 、全面的に植木鉢パーカッションを導入。植木鉢に適度に水を入れ、音階を出せるようにした50個を1セットにした楽器、マリンバのような雰囲気の楽器である、80年の Wing Over Water で初めて披露されたもの。構成は、Part 1・8分35秒、Part 2・8分、Part 3・4分27秒、Part 4・10分、Part 5・15分01秒とまだまだ大作路線といってよい堂々とした演奏。
 使われる管楽器は尺八とネイで前作同様、それでも前作が寂しげな印象が強かったのに対し、今作は明るい印象、ダルシマーの金属系の音に対し植木鉢パーカッションが土系の柔らかい音であるからだろうか、慎ましいながらも祝祭的な華やかな感じがする、唯一植木鉢パーカッションの入らない Part 5 は、宴の後の寂しさか冬への惧れか、若干の寂しさを感じさせてアルバムは終わる。

a0248963_15432026.jpg 89年、The Music of Stones 。Micus のアルバムは多重録音による完全ソロ作品ばかりだが、唯一の例外が本作品。3名の共演者がクレジットされている、このうち Nobuko Micus は妻か?East of the Night に For Nobuko という曲があったがその人だろうと思う。
 南ドイツ、ウルムの大聖堂(非常に背の高いゴシック建築として有名、Henry Cow の2nd の最初の曲 Bittern Storm over Ulm のウルムも多分ここのこと、第二次世界大戦で大きな被害に遭ったことでも有名故)にある共鳴石( Resonating Stone 、大きな石に切れ込みを入れたもの。叩くと長い間唸るような共鳴音を発する)をメイン楽器に置いている。
 一発採りの録音なのか、音数が少なく、リズム面で面白いことをやっているわけでもなく、Micus のアルバム中最も退屈と言って良い、殆ど聴くこともない、これを書くために聴き返してみたが印象は変わらない。コレクターがコレクションのために持っているようなアルバム、ちょっと書き過ぎ、いい過ぎか。

a0248963_15435466.jpg 90年、Darkness and Light 。大作路線の最終作、Part 1・29分、Part 2・10分15秒、Part 3・13分10秒。
 本作は、今までも使ってきたインドの金属弦擦弦楽器ディルルーバをメインに据え、キ・ウン・キという金管系の音を出す楽器(ジャケット写真にも使われているが、この楽器息を吐くときでなく吸うときに音が出るとのこと)とボーラスト・ストリング(金属の棒の先に金属球を着けて、叩くと長い間共鳴音を持続する)という2つの新しい楽器が登場する。
 Part 1は29分余りの大曲とはいってもその中は4つほどの部分に明確に分割出切る、そのため却って退屈から逃れているともいえる。馴れた楽器の演奏で長さを感じさせない、流石なもの。LP でいえば B面は、印象深い2曲が並ぶ。キ・ウン・キが不意に立ち上がるところは Part 2 の一番の聴きどころ、今までにない Micus 世界。Part 3 もボーラスト・ストリングの共鳴音が唸る中、スリンの軽々とした舞い上がるようなソロが入るところなぞ、Micus のアルバムの中でも特に好きな部分。Part 3 は、Micus の楽曲の中でも構成力を感じさせる屈指の名曲/名演と思う。

 ついこの間まで暑い暑いといっていたのに、急に秋らしくなって、今度は寒いの嫌だなあ、人間なんて本当に勝手なもんです。秋の夜長は読書でしょうか、それともじっくりと音楽でも聴きこみましょうか、これから2~3週間が1年のうち、多分最も良い季節。
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by ay0626 | 2012-10-08 14:45 | new age

絵になるねえ! ファウン (2)

 昔は、動いているミュージシャンを見るためにはコンサートに行くぐらいしか手段がなかった。近頃は、どんなバンドでも 'プロモーション・ヴィデオ' みたいなものを作るし、コンサートも長尺の DVD になってたっぷり見ることができる。手軽なところで、音の質を気にしなければ You Tube など動画専門サイトでどんな感じで演奏しているのか、くらいは確認できる。
 見て、「へ~、そんな風に演奏していたの」などと感心することも。例えば「たま」の『金魚鉢』という曲、鈴とリコーダーが同時に演奏される部分があって、実際に演奏風景を見てみると、石川さんが両足に鈴を付け足踏みをすることで鈴を鳴らしながら、リコーダーを演奏している。一箇所だけ金鉢を叩くところも、足の鈴を素早く取り去り、鉢まで走っていって一発かましている、ライヴの音だけでは到底想像できはしない。また、Present の Barbaro (ma non troppo) は、音楽CD とライヴ DVD を組み合わせたアルバムだが、CD で音だけの Vertiges 、最後のメタル・パーカッションが鳴り響くところ、どんな楽器を使ってやっているのだろうと思ったが、ライヴ映像を見てぶっ飛んだ。ライヴでは、巨人といっていいほどの大男、それも顔に化粧をした、何かホラー映画にでも出てきそうな珍妙な格好をしている人物が手に2本の金属棒を持って、それをおもむろに力いっぱい太い棒にやや細い棒をぶち当てて音を出すのである。非常に原始的な方法で音は出ていたのであった(前にも書いたが、この後ろで足の悪い Rodger Trigaux 親父が元気いっぱい、ギターを振り回してキーボードを破壊し捲くっていたのである)。

 ここまで映像が出てしまうようになると、あまりかっこよくないバンドはちょっといたたまれないだろうなぁ。ヴィジュアル系だとかシアトリカル系はいいのだろうけど。シアトリカル系といえば、昨年始め解散宣言をして、スタジオ・アルバムとライヴ DVD を出すといっていた Sleepytime Gorilla Museum は、ちゃんと仕事をしているのだろうか、You Tube で確認できる彼らの白塗りシアトリカル・パフォーマンスや創作楽器による演奏風景は纏まった記録として是非とも手元に持っていたいものだ(何せコレクターですから)、約束を反故にしないよう望んでおく。

 演奏も大したものだが、見ても最高なのが Faun 。今回はライヴ・アルバムと2枚の DVD のご紹介。DVD はヨーロッパなので PAL 形式だが、コンピュータがあれば視聴できる、便利な世の中である(これで思い出した、会社の知人でアダルト DVD を見るためだけにその昔 PAL 方式の DVD プレーヤーを買った猛者がいる。その道に懸ける思いの深さが判る、感動的(?))。

a0248963_16423466.jpg Faun 唯一のライヴ・アルバムは、2007年の Pagan Folk Festival を収めたもの。Faun だけでなく、Sieben と In Gowan Ring というバンド(?)の演奏も収録(Faun のメンバーが演奏に協力している)。この共演の Sieben は Matt Howden というヴォーカル・ヴァイオリン奏者のワンマン・プロジェクト、In Gowan Ring も B'eirth というヴォーカル、ギター・リュート奏者のこれもワンマン・プロジェクトのようである。調べてもあまり詳しくは判らない、特に日本語の情報は皆無に近く、かといってここで聴かれる音楽には調べてまで聴こうと思うような魅力は感じず、そのままになっている。
 収録曲は Totem 、Renaissance に収録されたものに2曲未発表曲を加えている。演奏自体は安定しており、ライヴらしい荒々しいところやソロが熱くなるところも。しかし、このアルバム、音はあまり良くなく、Faun がライヴを出すなら DVD に限ると思った次第。

a0248963_16425469.jpga0248963_16431436.jpg DVD は今までに2枚。最初の DVD は、Lichtbilder (写真のこと)。2003年・2004年のライヴ、プロモーション・ヴィデオ、インタヴューなどを収めている。
 歌姫 Lisa 姐さん、マルチ・ウッドウィンド Fiona 姐さんのフロント2人の美しいこと。Lisa 姐さんの妖艶な感じは正に歌姫 Diva 。
 プロモーション映像はちょっと作り過ぎの感じだが、アンプラッグド(つまりは電気的処理を行っていないということ)の映像は面白い。昔風の家の中、Neil 君を除く4人(曲によっては、2人だったり3人だったりする)が敷物の上に直に座って、全くのアコーステックな演奏を行う、Lisa 姐さんは目張り程度の化粧はしているが、Fiona 姐さんなど全くのスッピン、小学生の音楽の時間さながら、楽しそうに歌っている、ステージでのライヴとは全く違う印象。
 2枚目のDVDは、Ornament (装飾のこと)。2006年・2007年のライヴ、プロモーション・ヴィデオなどを収める。 ここでもアンプラッグドの映像が納められているが、こちらは森の中。Lisa 、Fiona 両姐さんとも殆どスッピン。珍しく、Fiona のハーモニウム演奏が聴ける、また Oliver 君のギター一本の 2 Folken も収録。

 Lisa が脱退してから、Sandra 、Rairda とメイン・ヴォーカリストが変わったが、DVD は Ornament 以降出ていない。You Tube では Sandra も Rairda も見ることは出来るのだが、ちゃんとした映像で持って置きたいのはファンの心理(この当り AKB ファンのノリと変わることはありません、ちゃんと自覚しております)。

 ホーム・ページを見ると12年ツアーの消化も順調に進んでいるようで。Sonja や男のハーディー・ガーディー奏者(面倒なので名前を調べない、本当にちゃっかりしたものです)の入った新作に期待。Sandra ちゃんをメインに据えた DVD の発売を切に願っております。
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by ay0626 | 2012-09-22 15:20 | trad

ギターに照準、80年代前半の ステファン・ミクス (2)

 Stephan Micus を聴き始めて、30年を越える月日が経った。Micus の音楽は、本質は変わらないとは言え、例えば使用する楽器とか、1曲の長さであるとかは変化してきている。80年代前半の3枚のアルバムをこれから見ていこうと思うのだが、70年代が習作の時代(楽器の使い方や曲の並べ方など、これだけの楽器を弾けて、多重録音も出来て・・・アピールすることが重要だった)とすると、いよいよ80年代は実力発揮の時代となる訳だ。
 80年代の前半は、ギターの可能性を探っていたように思う。この3枚のアルバムはどれもギターがアンサンブルの中心になっている。しかし、本当に Micus がギターが上手いのか、といえば疑問がある。曲の中での使い方については、それなりに曲に合わせた良い感じではあるが、テクニック面では、ギター専門家に劣るように思う。
 特に民族音楽系のギター乃至撥弦楽器奏者には驚くべきテクニックを持った者がわんさかいる。例えば、L'ham de Foc の Efrén López 、Flairck の Erik Visser 、Besh o Drom の Sidoo Attila など、スピード、リズム、どれを取っても Micus 以上だ。しかし、この弛緩したまったり感を表現できるかは、己のテクニックを知り、その範囲で如何に曲を聴かせるかに懸かっている、それを非常に上手くやってのけるのが Micus なのだと言ってよい。
 どのアルバムについてもそうなのだが、Micus は鬼面人を驚かすような音楽は作らない。まったりした弛緩した時間を聴き手に渡してくれるような音楽を作る人なのだ。これは、楽器の生まれた地に行き、そこで生活をしながら楽器を自分のものとしていく、そんなことを繰り返して、自分の守備範囲を広げたことによるのだと思う。

a0248963_177884.jpg 80年代最初のアルバムが Wings Over Water、1982年(録音81年)。このアルバムが出た頃は、この手の音楽の新譜情報が少なく、原始的だが何件かの輸入盤屋を定期的に回るというのが最も効率が良かった。そのため、2週間に1度くらいは3~4時間の散歩が習慣となり、健康面でも良かったのではないかと思う(多分、1回で10km以上は歩いた)。もともと、学生時代は自転車にも乗らず歩き回っていたので、そう苦にもならなかった。今は、家でコンピュータを前に注文するのが当たり前になって、CD 購入は健康の役には全く立たなくなった。閑話休題。
 本作は、曲が長尺で、録音回数も相当に多くなっている、力の篭った作品といえるだろう。6章に分かれた組曲のうち、Part 1(演奏時間7分21秒)、Part 3(12分49秒)、Part 6(14分11秒)でギターがフューチャーされており、特に Part 1 のスティール弦の響きが印象的だ。Part 3 、Part 6 でもまったりとしたスピードのスパニシュ・ギターのソロが聴ける。また、後のアルバム Twilight Field でも再度取り上げられる Flower Pot (植木鉢)が、初めてお披露目されている。なかなか柔らかな響きで、昼寝にはもってこいの音楽に仕上がっている(前にも書いた通り、Micus Music は昼寝向きの音楽なのだ)。

a0248963_1773565.jpg 次が83年の Listen to the Rain 。80年に録音された For Abai and Togshan という20分ほどの長尺曲と83年7月に録音された6分~8分のギターと他楽器のデュオ曲3曲で構成されている。前々作の Behind Eleven Deserts の録音が78年10月なので、80年くらいには新しいアルバムの録音が開始されてもおかしくはない、多分何らかの理由でお蔵入りになっていた曲を引っ張り出してきたのではないか、この頃の未発表曲は数曲あったりして、ECM さんお願い!未発表曲のボックス・セット出して!
 比較的短い3曲は、それぞれスリン(インドネシア、ガムランの笛)、タンブーラ(インドのシタールに似たリズム・キープのための弦楽器)、尺八とのデュオ作。やや緊張感が少ない、退屈といえば退屈。長尺曲の For Abai and Togshan は、ギターとディルルーバ(インドの擦弦楽器)による演奏、5~6回の多重録音のため、音の厚みはそれなりにある。全体的には希薄な感じの出来で、Micus 作品のうちでは The Music of Stones に次いでターンテーブルに乗る回数の少ない作品である、ジャケットは凄く雰囲気があって好きなのだが。

a0248963_1775937.jpg East of the Night 、85年作品。LP時代は、A面B面とも1曲の構成。本アルバムは正にギターに焦点を当てた作品で、それも Micus 自身が考案した10弦と14弦のギターによる。
 表題曲は、尺八との曲であるが、出だしはギターのソロ、通常のギターでは出せない低音で始まる。最後は4本の尺八の合奏で終わるが、渋い印象の曲ではある。もう1曲は、For Nobuko 。はっきりした情報がある訳ではないが、Micus の奥さんが日本人で、彼女に捧げた曲ということだろう(ちなみに後のアルバム The Music of Stones では演奏者としてクレジットされている、また2001年作品の Desert Poems には For Yuko という曲があり、Micus 自身が女の子を抱いている写真もあることから、娘なのかなとも思う、これも日本人の名前だしね)。14弦ギターのソロ、22分10秒の演奏。演奏もゆったりとしている。
 音数だけで言えばかなり少ないが、決して退屈させることなく、50分近い演奏を聴かせてしまうのは流石。

 ということで、80年代前半のアルバム紹介は終了、80年代後半はもっといい演奏がてんこ盛りですよ、乞うご期待。しかし、無駄話のネタもなくなってきたなあ。
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by ay0626 | 2012-04-01 16:54 | new age

見た目、音楽とも最高、ファウン

 今、ミーちゃんハーちゃん的に最も好きなのがドイツの Faun 。エレキ・ビートと古楽器のアンサンブルの絶妙さ、メイン楽器のソロの取り方、ヴォーカルの正統的な流麗さ、ステージの華麗さ、おねえさん達の美しさ、どれを取っても最高!と絶賛しておこう。日本に来ないかな、Sandra ちゃんや Rairda ちゃんがばっちり(おっさん臭いフレーズ)フューチャーされたDVDが出ないかな・・・もう完全にAKB ファンのノリです。

 なかなかドイツのバンドは情報は少なく、Wiki で調べても英語なら何とか読めるにしても、ドイツ語のページに比べると情報量が少なく、ドイツ語はお手上げで、結局のところバンド名だけで You Tube で見て探すということになる。Faun を聴き始めたのは2009年の初めの頃、Piazzollaの聴き直しから始まって、もっといろいろな音楽を聴こうと熱心にネット検索をしていたときに見つけた。ドイツで古楽を現代に生かそう、それもロックやポップスの分野で・・・という流れがあることを知り、例えばCorvus Corax、In Extremo、Saltatio Mortis などを You Tube で見てみたのだが、どうも趣味に合わない、暑苦しいというか、でかい野郎どもがもともと音のでかいバグ・パイプをやたら鳴らす、といった感覚が合わなかったのだろう。そうした中でFaun はフロントが女性で、それもかなりの美形(ドイツ人らしいごつさはあるにしても)、歌い方も地声ではなく正統的・・・You Tube でも Oliver Sa Tyrの優男的なスタイルと歌い方には若干の違和感を感じたものの、Elisabeth Pawelke と Fiona Rüggeberg のフロント2人については、歌唱力・演奏力とも感心してしまった。

 ということで早速 HMV で注文、これがなかなか入荷しない。同じドイツでも ECM や Enja といったジャズ・レーベルはそれなりに流通網が整っているのか、そんなに入手に苦労することはないのだが、こうした(日本から見れば)色物的なバンドのCDは、マーケットが小さいせいか入ってくる量も少なく、値段も現地価格に比べて馬鹿高い。HMV で1枚だけ Totem を入手し、他のアルバムが入荷しないと判った時点でバンドのホーム・ページに連絡、殆どのアイテムを入手したのであった(ホーム・ページも凝っていて、英語のヴァージョンもあり、時々覗いている)。

a0248963_16411443.jpg 最初に聴いたのが4th Totem 。Faun のアルバムはどれも作りが凝っており、見るだけでもなかなかだが、特にこのアルバムのジャケット、インナー・アート・ワークと演奏とのマッチングは素晴らしい。全体的な冥さが見事に表現されている。曲も Oliver がヴォーカルを取るものが若干多いのは別として、2 Falken や Tinta 、Gaia など印象深い佳曲が多い。全く英語の曲がないのは、この次のアルバム Buch der Balladen まで同様だが、呪文めいていて、これはこれでよい。
 やや Fiona ねえさんのソロの部分が少ないような気がして、ちょっと残念。なんたって Fiona ねえさんの大ファンですから。

a0248963_16422242.jpga0248963_16432116.jpg これから遡って、3rd Renaissance 、2nd Licht と聴いていくことになるのだが、Faun はアルバムを発表するごとに上手くなっていくというか、スタイルが確立していくというか、4th に至るまでは、最新アルバムが一番出来が良いのではないかと思う。確かに Licht には Andro 、Wind & Geige 、Egil Saga など、 Renaissance には Satyros 、Tagelied 、Rosmarin などの代表曲もあるが、アルバムの纏まりは2ndより3rd、3rdより4thという感じなのだ。

a0248963_16444399.jpg さて1stの Zaubersprüche 。これの入手には苦労した。探し始めた頃は、HMV のページにも記載されていたので、そう珍しいアイテムでもなかろうと思っていた。しかし、廃盤の連絡があって本腰を入れて探し出すと、正当な値段での出物がなかなかない。アマゾン日本のマーケット・プレースでは1万円を超える値段が付いていたし、アマゾン・ドイツでも80ユーロを超えていた(もともとアマゾン・ドイツはマーケット・プレースでも1回当りの送料が14ユーロなので、送料負けをしてしまう)。毎日確認すること1ケ月半、やっとアマゾンUKで19ポンドの出物が出て、それを落とした。日本円で2,700円ちょっと、自分の中古品に対するポリシーには若干抵触するが、許されるべき範囲としたのである。ちなみに今、殆どこのCDの出物はない、あるのはMP3データのみ、古いオヤジにとってデータのみでは所有欲は満たされず、どうしても現物を探索してしまうのである。
 本アルバムには、Rüdiger Maul も Niel Mitra も加わっておらず、3人で荒削りで生生しい演奏を繰り広げている。音の取りかたも荒っぽく、Zaubersprüche = 呪文という表題に相応しい。Licht 以降のスタイリッシュな感じとは異なっている。

 Faun については、いろいろ書きたいことが多いのだが、それは今後の課題として。先ずは、Faun 大好き!の宣言ということで。日本にもファンが増えるといいなあ(オヤジのつぶやき)。
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by ay0626 | 2012-01-29 15:58 | trad

大昔の音楽をやっていた頃のエスタンピー

 Estampie をどうして知ったのか、確たる記憶がない。その割には、きちんと全てのアルバムが揃っているのは、その頃ユーロが急落し160円近くが120円近辺まで来て、ドイツ・アマゾンはどれだけCD買っても送料は14ユーロ固定だから、ドイツ盤買えるだけ買ってしまえ!という浅ましい根性だけだったかも知れない。まあ、昼寝のお供には、初期の2枚は最適( Micus の Till the End of Time と並んで)でよく使わせて頂きました。

 そうは言っても、何かきっかけがあったのは間違いない、多分 Faun を当時相当気に入っていたので、他にもドイツのトラッド~中世でアコーステックなバンドがないか知らんと調べ、その中で引っ掛ってきたのが Estampie と Qntal の2つだった。Qntal は、Estampie の主要メンバーである Sigrid Hausen と Michael Popp の2人が作ったバンドでエレクトロニクス要素が相当入っている。Faun もかなりエレクトロニクス要素を含んでいるために、アコーステッィク色の強い Estampie の方を聴いてみようと思った。
 YouTubeなどで見てみると(後期の映像が多いこともあり)、アコースティックでありながら、現代風のメロディーがあっていいじゃん、演奏はかなり行けているし・・・。ということで購入を決めた次第。購入してから分かったのだが、1枚目から4枚目までと5枚目以降では、かなり音楽の方向性が違う。よく映像を見たのは、5枚目(正確には6枚目)以降のものであった。

a0248963_172645.jpg 1枚目は、A Chantar (Song of Women in the Middle Age) 1989年録音。作曲家を見ても12世紀から15世紀の人ばかりで、オリジナルは1曲もない。演奏は Sigrid Hausen と Michael Popp に加え Ernst Schwindl のトリオ。Sigrid Hausen が歌とフルート(と2枚目の表示にはあるが、多分リコーダーのこと)であるが、正統的な歌唱法と硬質の透きとおった美声は、なかなかのものだ。顔がドイツ人候なので何かちと怖い印象、顔と声が一致している。Michael Popp が音楽的なリーダーで、後期の作曲は殆ど彼が手がけている。撥弦楽器全部をこなし、相当のテクニックを持っている、彼に対抗できるのは、L'Ham de Foc の Efrén López か Flairck の Erik Visser くらいしか思いつかない。Ernst Schwindl は、キーボードの担当で、Symphonia, Portative,Street Organ など聴いたことのない楽器を担当する、一部は Marco Polo というDVDで見ることが出来るが、相当の手練だ。
 この3人があくまで真面目に中世音楽をやるので、クラッシクに分類(アーリー・ミュージック)されてもおかしくはない。ビートが控えめなので、昼寝の供になるわけだ。Faun もトラッド・メロディーを使うので、似たようなメロディーを両者のアルバムで聴くことができる。

a0248963_173647.jpg 2枚目が Ave maris stella (Veneration of St Mary in the Middle Age) 1990年録音。音楽的な方向は、前作と同様だが、ヴォーカリストとパーカッショニストがクレジットされていて、ヴォーカリストはどうも判然としないのだが、パーカッションはそれなりに強調されている。全体的にゆったりしており、うつらうつらしながら聴けば、完全に天上の音楽。

a0248963_1741498.jpg 3枚目は Ludus Danielis 1993年録音。13世紀に作られた劇の音楽のようで、詳しい内容は、例えばHolzwegさんのページに分かり易い解説があるので、そちらをどうぞ(いい加減のように見えるかもしれないが、あやふやな知識を読まされるよりずっと良いと思う。検索するときは「ダニエル劇」の方がヒットしやすい)。
 そういうことで、配役の関係もあり、ヴォーカリストが大幅に強化され、その中でも Alexander Veljanov の美声は忘れられない。器楽面では、ヴァイオリン2人(うち1人は、シャルメイも担当)にハーピストが加わる。大昔の音楽ではあるが、音響処理など現代的な要素をかなり加えているので、飽きることはない。

a0248963_1751436.jpg 次は、Crusaders in nomine domini 1995年録音。題名からも判るとおり、十字軍関係の音楽だが、詳しい内容は判らない。作曲の年代が1190年頃のものが多いところから見て、第3回の十字軍の頃の音楽といえよう。十字軍の意義をここで言っても仕方がないが、狂信者と現世利益を求める集団が野放図な茶番劇を引き起こした感じがなくもない。歌手は女声1と男声2の3人だが、コーラス隊も入っている。器楽演奏は、2人増加して6人構成、多分、ハーディ・ガーディー奏者とトロンボーン奏者が増強されているが、曲によっては加わらないでトリオからセクステットで曲に合わせて演奏している。
 十字軍らしく2曲目のように勇壮な曲もないではないが、ゆったりした音楽が多く、 Alexander Veljanov もフューチャーされている。この音楽にトロンボーンが合うのかと思ったが、違和感なく聴ける。

 ちょっと変わった楽器の音を現代的な音響処理の中で聴きたいとなれば Estampie はお勧め。ビート感はないので、どちらかといえば、ゆったり目の現代音楽に近いか。コレクションの片隅に置いておいて、ちょっとカッコいいねという自己満足は感じられるだろう。
 
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by ay0626 | 2012-01-14 14:45 | trad