日常茶飯事とCDコレクション
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ブルー・ノート 1966-1967年 ウェイン・ショーター (5)

 今週は暑かった、週半ばには36℃を超える猛暑日に。流石6月も中旬でこの暑さは体に堪える、雨でも降れば蒸す不快感は別として、地表が冷やされて気温だけでも下がろうというものの、殆ど雨は降らず、台風崩れの低気圧から湿った空気が送り込まれて湿度だけが高くなる、全く不快。会社でもすっきりしたところがなく、運が6月から反転攻勢かと思っていただけにちょっと挫折気味。
 今日は、午前中は厚い雲に覆われて、陽が当らないせいか気温がぐんぐん上がるということもなく、午後には久しぶりにそれなりの雨が降った。湿度が相当高いのか、エアコンをドライにするだけで部屋の中がひんやりする。しかし、この程度の雨では水不足は解消しないだろう。

 朝、大きい方の用を足していつもの通り尻を洗い、スイッチ・オフにしたら水が止まらなくなった。そうこうしているうちに水を貯めるところからも漏れ出し、トイレが水浸しに。10年以上故障もせずに動いていたのに突然こんな風になると手の打ちようもなく、便座の蓋の裏側に書いてあった故障対応専用フリー・ダイアルに電話、かなり待たされたが、オペレーターの対応も良く、その指示に従い螺旋回し一本で応急対応は出来た。そして案外早く担当者も家まで来てくれて、シャワー・トイレの部分のみ停止するようにしてくれた。
 この家も建ててもう直ぐ25年、シャワー・トイレは10数年前に初代のものが壊れ、今のが2代目、毎日何回かは使っていて、それでも13年ほどの命脈を保ったのは、日本の技術がどれだけ凄いものか証明している。シャワー・トイレというのは今では当たり前になったが、出た当時は本当に画期的というか、凄いとしか言いようのないものだった。発売された頃のコマーシャルに戸川純が出てきて「何を隠そう、お尻も綺麗」とかなんとか奇妙な表情でのたまわっていたのを思い出す。確かに粘度の高いものをひり出したとき、何度拭いても未だ付いているような不快感があったり、下痢のときに拭き過ぎてひりひりしたり、そうした嫌な感じがこの発明で一掃されたのは正に「画期的」だったのである。そのかわり、お尻の穴の周りの皮膚が弱くなったのだろう、海外出張に1週間も行けばお尻に違和感を感じることになる。日本に住んだことのある外国人は皆シャワー・トイレのファンになるようだが、外国での普及率はまだまだなのだ。
 来週の火曜日には新しいものが来るという、衛生陶器部分もちょっと汚くなっていて、ついでに替えることにしたので少しはトイレも綺麗になるか、何でも新しくなるのは楽しみなことである。

 ということで、Wayne Shorter の5回目。1966年、67年の Blue Note 吹き込みの2作。1965年作品が非常に先進的というか、新たな試み満載の作品ばかりだったので、今回紹介の2作は、目新しさでは一歩譲る印象。

a0248963_2239837.jpg Adam's Apple 、1966年。メンバーは、Wayne Shorter (ts)、Herbie Hancock (p)、Reggie Workman (b)、Joe Chambers (ds) というワン・ホーン・カルテット。超有名曲 Footprints が初披露された作品。本作の録音は2月だが、10月には Miles Davis の Miles Smiles でも再演されることになる。新しい感じはしないが、非常に充実したテナーが楽しめる作品、この頃の Miles Quintet の音楽的な中心は Shoter であって、殆ど67年までは Miles Combo = Shorter Group みたいなものだから、Shorter も自分名義の作品を作る必要がなかったのだろう、65年にはあれだけ沢山の作品を生み出したのに(確かに Miles が薬物の治療で休んでいて時間があったということか)、66年は2月録音の本作のみ、67年も1作のみの録音だ。
 Reggie Workman のベースがなかなか攻撃的で凄く良い。特に Footprints や The Collector (CD化の時に追加収録)のソロなど、聴き惚れてしまう。全体的には明るい感じで、初期のミステリアスな雰囲気は随分薄れている。
 ちなみに Adam's Apple とは読んで字の如く『アダムの林檎』のことだが、「喉仏」のことも指す。アダムちゃんが神の戒めに背いて食らった林檎が喉につっかえて喉仏になったということ。女の方は、勿論イブちゃんですな、根性こめて飲み込んだが今度は胸でつっかえて、これがオッパイになりました。

a0248963_22393182.jpg Schizophrenia 、1967年。メンバーは、Wayne Shorter (ts)、Curtis Fuller (tb)、James Spaulding (fl, as)、Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Joe Chambers (ds) という3管編成の大所帯。65年の3管編成作品 All Seeing Eye に比べればずっと判り易い、というか捻ったところがないというか、ちょっとムード音楽的といえぬこともない。Curtis Fuller が加わっているためか。
 最初の Tom Thumb から快調な、ちょっと軽めの出発。3曲目が表題作の Schizophrenia 、統合失調症のことだが、曲からはそんな雰囲気は感じられない。4曲目は James Spaulding の作品でKryptonite、フルートのソロが美しい、この James Spaulding という人、有名なリーダー作はないようだが Shorter の作品のソロはどれもかなりのテンションを持った好演、Shorter のアルバムでこの人の名前は残るだろう。Kryptonite とは、スーパーマン(アメ・コミの代表!)の故郷の星、クリプトンのエネルギーの素の物質。2曲目 Go と5曲目 Miyako はバラード、丁度サンドイッチの中身みたいなもので、ここが聴き所なのかも。最後の Play Ground は若干の新しい感じがする。

 今日も本屋へ行き、1冊購入、積読本は3冊に。明日には読書報告でも。
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by ay0626 | 2013-06-15 22:09 | jazz

ブルー・ノート 1965年 ウェイン・ショーター (4)

 ゴールデン・ウィークの後半は海外出張が入って、明けの一週間ずっと海外、12日の日曜夜に帰って翌日から会社と、怠惰を旨とする自分は出張帰りの翌日くらい休みにするところなのだが、会議を入れられては出ない訳にもいかない。朝若干遅く出て定時には直ぐに会社を出るということで妥協(?)した。

 飛行機の中では、映画を見るか寝るくらいしかすることもない。映画のプログラムを見ていたらちょっと前に評判になった『レ・ミゼラブル』があって、まぁミュージカルだから飽きることもなかろう、と見出したらこれが非常に詰まらない、何故あんなに評判になるのだろう。もともとユゴーの原作を読んだこともなく、あらすじくらいは有名だから知ってはいるのだが、あらすじ以上の話ではない(後半の革命の話は特に酷くて、金持ちの坊ちゃんが革命運動に加わる、そして銃で撃たれてご存知主人公のジャン・バルジャンが助けるのだが、傷が癒えるとこの坊ちゃん、田舎の地主にちゃんと納まる。革命を是とするのか非とするのか、そこの部分はごっそり抜け落ち、しかしジャン・バルジャンが天国へ行くと革命で死んだ皆が革命歌で迎えてくれる、というほんと、製作者の意図をどう捉えたらよいのか皆目見当が付かぬ)。この映画の出来こそ、嗚呼、無情・・・余りにお粗末な前世紀的神様お願い物語、これで何を感動すればよいのだろう。悪態を吐きながらも、半分以上見てしまうとやっぱり最後まで見ないと自分の時間が勿体無いような気がして見てしまった、もっと勿体無かったりして。続けて、ディズニーの『オズ はじまりの戦い』を見たのだが、これがもっと酷い出来、こちらは思い切りよく1時間程度で見るのを止めた。飛行機では寝るに限るか。

 深木章子さんの『鬼畜の家』、読了。題名の通りの酷い家族、設定がきつ過ぎて、最後の謎解きで明かされる真相のトリッキーさとかなり断絶がある。本格ミステリは、心動かす系のお話(本作も、例えば貴志祐介さんの『黒い家』を思い出させる爬虫類のような女性がぞっとさせる、『黒い家』はぞっとさせるのが目的だからよいのだが。また感動の物語もダメで、例えば乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』が感動の恋愛を描いていないので本格ミステリに出来たわけ)とは相性が悪いようで。とはいっても、文章は達者で構成も見事、次回作を読もうと思わせる出来、流石亀の甲より年の功といったところか。早速、『衣更月家の一族』も購入してしまった。

 近頃、本を読むようになったせいか、音楽を聴くのはもっぱら通勤電車の中だけ、いっそ音楽ブログの看板を外し読書ブログにでも衣替えしようか知らん、などと思ってしまう。そうなる日も近付いていたりして。

 さて、電車の中でよく聴くのが Wayne Shorter 。マッタリした感じが気持ちよい、半睡半醒の意識があるのかないのか判らないような頭の中にスーと入ってくるテナー・サックスの音。

a0248963_16171380.jpg Et Cetera 、1965年6月録音。この作品もお蔵入りしていたもので、初発売は80年になってから、Shorter にはこうした作品が多い。
 ワン・ホーンのカルテット編成でリズム隊は、Herbie Hancock (p)、Cecil McBee (b)、Joe Chambers (ds)。Cecil McBee のベースは深い響きがあって好き、70年代後半の Chico Freeman との共演作など印象に残っている。Joe Chambers のドラムも Elvin Jones や Tony Williams ほど煩くなく、Shorter の音楽には程好い。
 表題作の Et Cetera は、クールというか、ある意味醒めた荒涼な感じがする曲。Hancock のピアノも硬質な(現代音楽風な)感じが曲にマッチしていて、他のアルバムだと McCoy Tyner の方が好きなのだが、このアルバムに限っていえば Hancock で正解、ということのように思える。2曲目以降も押さえ気味の、言い方を変えれば平板な感じなのだが、この盛り上がりに欠ける感じが半睡半醒の通勤電車の時間をもっと気持ちよくさせてくれる訳。
 4曲目の Barracudas のピアノソロ、非常に好き。最後の Indian Song は名曲、名演奏、特にベースの刻み方(唯一ベースのソロが聴ける、このソロ、泣けるほどよい)、ピアノの分散音。
 唯一残念なのがジャケット、初出時のものも自分が持っている再発時のものも、かなりもの足りない。The Soothsayer も同様なのだが、他のアルバムのような感じには出来なかったのだろうか、残念至極。

a0248963_16173282.jpg The All Seeing Eye 、1965年10月録音。4管編成という異色作、録音メンバーは Freddie Hubbard  (tp, flugelhorn)、Grachan Moncur III (tb)、James Spaulding (as)、Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Joe Chambers (ds)、Alan Shorter (flugelhorn [track 5 only])。何といっても Shorter の編曲の才能が発揮されたアルバムで、素晴らしいの一言に尽きる。何といえばいいのか、現代音楽的というのか、フリーではないきっちりと計算された音の積み重ね。異色作であるが故、Shorter の Blue Note 作品(1967年までの)の中で最もよい作品とはいわないまでも、相当好きとはいっておこう(何がいいたいんだ?といわれそうだが)。前作とは方向性が全く異なる。
The All Seeing Eye とは、Eye of Providence のこと、つまりは神様の「全てお見通しの目」のことで、アメリカのお札の裏にあるピラミッドの中に目が描いてあるアレのこと。このデザイン、フリーメイソンとの関係があるようで、下らぬ陰謀論にはよく出てくる(アメリカを牛耳っているのはフリーメイソンだとか、直ぐそういうことをいいたがる輩の多いこと)。そういう意味でこのアルバムの曲タイトルを見てみると Genesis(創世記)、Chaos(混沌)、Face of the Deep(深みの顔)、Mephistopheles(ファウストに出てくる悪魔)などそれらしい言葉が並ぶ、初期の黒魔術的なほの冥さみたいなものとは異なる感じの異世界。
 1曲目の表題曲、特にエンディングのかっこよさには目を見張る。2曲目は珍しく Ron Carter のベース・ソロがフィーチャーされており、それに導かれる Shorter のソロもなかなかのもの。Hubbard のソロも突き抜けている。3曲目の動き回るアルト・ソロも Spaulding 独特な感じ。4曲目はスロー・テンポで、ソロはテナーのみ。5曲目は、Shorter の弟 Alan の作品でミステリアスな雰囲気、Alan はフリーの分野で活躍した人のようで、この曲にもそんな感じが出ている。

 上着を着ていると暑いが、風も乾いて気持ちのよい季節。心まで晴れやかになるようなことがあればよいのだが、生憎と心当たりはない。
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by ay0626 | 2013-05-18 14:29 | jazz

ブルー・ノート 1964-1965年 ウェイン・ショーター (3)

 女心と春の空。台風並みの低気圧がゆっくりと東へ進む、昨日は気温が上がり眩い春の陽光が燦燦と降っていたのに、今日は大粒の雨が横殴り。どう見たって、秋の空より「春の空」のほうが、女心には近いようで。

 少しずつ読書をするようになってきて、先日は小林泰三さんの『完全・犯罪』を読んでいると書いたが、これは『大きな森の小さな密室』同様あんまり趣味ではなくて、ちょっとどうかと思う出来。作品全部を読んでいるという作家は、三津田信三さんや西澤保彦さんなどがいるが、それでも全ての作品が好きという訳ではない、沢山作品があれば出来がよいのもあれば悪いのもある、そんなもの。
 大坪砂男の文庫版全集が発刊され始め、先週第1巻を購入したが、昨日第2巻も手に入れた。日下三蔵さんの編集も凝っているが、テキストの多少の差異をあれだけ熱心に(偏執的に)調べるとは大したもの。昨日は日下さんの解題と「天狗」のみ読了、「天狗」は何度読んだであろう、何度読んでも笑ってしまう、自己愛と自己弁護の塊が倒錯した論理から奇想天外の犯罪を生み出す物語、今ならさしずめ新型うつ病の典型のような人物の理屈に付き合う小説。喬子さんも「まあ!」までにして「失礼な!」とさえいわなければ、空を飛び白い美脚を晒すこともなかったろうに。昭和20年代始めの雰囲気も露に「洋褌を着了した刹那に咫尺した」だの「笑止なり!個の担板漢!」などの文章を見るに付け、にやりとしてしまう。
 第1巻では「赤痣の女」「三月十三日午前二時」「大師誕生」の3編を読む。今から60年以上も前に書かれた小説で、文章も凝っているのか読み難い上、構成もごちゃごちゃとやたら複雑、なかなか理解しながら読もうとすると時間が掛かる。特に「赤痣の女」など、登場人物の行動があまりに自分勝手過ぎて、見えることと心理状況がまるで違う、真相までがどれが本当のところか。探偵役の緒方三郎の言葉が最後で混乱を招く、天城一や山沢晴雄のリレー小説『むかで横丁』を思い出した。
 昭和47年刊行の旧版全集が本棚に収まっているので、中学生の頃、一度は読んでいるはず、よく理解できたものだと自分で自分に感心したりして。その頃は、乱歩や正史を読み漁っていたから、今よりもそうした時代の小説を読むことには慣れていたのかも。
 ゆるゆると1日1編か2編読んでいきましょう、どうせ暇潰し。

 今回は、Wayne Shorter の3回目。本を読みながら音楽を掛ける、ということをしなくなって、というよりも本を読んでいると(こうして文章を綴っているときも同様)、音楽が全く耳に入ってこない。それならばいっそ掛けないほうが良いと、そんな訳でこの頃は音楽を聴く時間がかなり減ってきている、音楽ブログを標榜している割には情けない現状。通勤時間の1時間が、一番まともに音楽を聴いていることになる。

a0248963_1750457.jpg Speak No Evil 、1964年12月録音。ブルーのジャケットに能面のような女性の写真、題名の上にはルージュで唇の形がクッキリ、正に『不吉なことはいうな!』というジャケットです。この女性、調べてみると日本人らしく「ナカガミ・テルカ」という名前、Shorter の最初の奥さんで二人には Miyako という娘がいるとのこと、そういえば Shorter 作品のコピーライト表示で Miyako Music というのがあったように思うが、この人のことなのかも。
 録音メンバーは、Freddie Hubbard (tp)、Herbie Hancock (p)、Ron Carter (b)、Elvin Jones (ds) 。Elvin が Tony Williams に変われば、VSOP Quintet ですね。同じようなメンバーでの録音の多いこと、気の合った仲間だと良いものが出来易い、それもあるかも知れない。Elvin は、Coltrane との演奏では全面的に叩き捲くりだが、Shorter との共演においてはかなり抑制的な演奏で好感が持てる。5曲目の Infant Eye のみがカルテットでの演奏、なかなか濃密な感じの作品、他のミュージシャンに取り上げられることも多い。
 Shorter のリーダー作でのピアノは、McCoy Tyner か Hancock のどちらかだが、Tyner の方が叙情的な感じがしてずっと好き。前2作が Tyner なので、今作は若干乾いた感じになっている。
 曲目を見ると Witch Hunt だの Dance Cadaverous など「黒魔術的」だといわれそうだが、前2作よりも聴き易くなっているような感じがする。

a0248963_1751261.jpg The Soothsayer 、1965年3月録音。録音メンバーは、Freddie Hubbard (tp)、James Spaulding (as)、McCoy Tyner (p)、Ron Carter (b)、Tony Williams (ds)。この作品、録音時にはお蔵入りの状態で、最初に発売されたのは1979年になってから、演奏には瑕疵があるとは思えず、非常に良い出来。特にアルトの Spaulding 、立派なソロを聴かせてくれる、後の All Seeing Eye や Schizophrenia にも登場しているミュージシャン。
 65年の冒頭に Miles バンドで E.S.P を録音しているためか(tp + ts のクインテットは Miles バンドで充分と思った?)、65年以降の作品にはトランペットを加えたクインテット編成のアルバムはない、ワン・ホーンか3管以上の大型編成の作品ばかり。大型編成になると、Shorter の編曲の才能を発揮することになる。
 冒頭の Lost 、Weather Report の Live in Tokyo でも演奏されている(1枚目のメドレーの中の1曲として、ちょっと判り難いが)ワルツ・タイムの曲。表題曲の Soothsayer とは預言者のこと、不思議な曲想は Shorter 独自のもの。5曲目の Lady Day とは、Billy Holiday のこと、彼女に捧げたバラード。最後の曲(CD では Angola の別ヴァージョンが付いているが)は、何とフィンランドの作曲家ヤン・シベリウスの曲、テナーのソロから始まって後からアンサンブルが付いてくるという曲構成、Ron Carter もソロを取っている、いい感じの音色のソロ。
 アレンジの素晴らしさでは後の All Seeing Eye には負けるか、それでもお蔵入りにするほどの出来ではない。次の Et Cetra もお蔵入りするが、何か理由・意図があったのだろうか。

 久しぶりにのんべんだらりんと。外に行かないのは春の嵐のせいにして、余りに何もしなさ過ぎると夜の睡眠に影響が出そうだが、明日も休みということでまぁいいとしましょう。
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by ay0626 | 2013-04-06 16:44 | jazz

ブルー・ノート 1964年 ウェイン・ショーター (2)

 父親が死んだので、葬式やら手続きやらで先週はブログを綴ることが出来なかった。病院・葬儀場・葬式(坊主)に対して書きたいことは沢山あるのだが、いくら実名を晒さぬブログとはいえ差し障りが多過ぎる、もしこのブログがあと2年でももてば、少しずつ書けることもあるだろう。

 25日の週に入り、手続きも先に済ますべきものはほぼ終了し、やっと会社にも行けるようになった。しかし、仕事では何から手を付けるべきか頭の切り替えが上手く行かない。調子も今一歩といったところで、夜の寝つきも悪くなる。
 それでも、随分前から楽しみにしていた『是巨人』のライブだけは、よろよろと見に行った。『是巨人』は、吉田達也(ds)、鬼怒無月(g)、ナスノミツル(b)のパワー・トリオ。吉田さんなら『高円寺百景』、鬼怒さんなら『ボンデージ・フルーツ』、ナスノさんなら『アルタード・ステーツ』というのが自分の中での位置付けなのだが、このトリオも充分にいける。曲は全て吉田さんが書いて、凄まじい変拍子のなか、1曲の中で曲調が目まぐるしく変化する。ギター・トリオということもあってか、『高円寺百景』のようにもろ Magma という訳ではなく、たとえば Samla Mammas Manna をハードに(最後期の Famly Crack をもっとゴリゴリ)したような感じ。いつもの通り、水割りにミックス・ナッツのお伴だったが、体の調子が充分でなく、またスピーカの前に陣取ってしまって、轟音の演奏(ナスノさんのMCで「音楽にはそれに相応しい音量がある、是巨人の音楽にはこの音量が最適なのでご勘弁を」というようなフレーズがあった)が始まるとバス・ドラムとベースが腹に来る、テーブルに肘を着くと振動が体に伝染する、アルコールが頭の中で沸騰する、などファースト・セットで疲労困憊の体たらく、それでも20分の休憩のうちに心を落ち着かせ、2部はかなり楽しめたが、アルコールの分解がことのほか悪く、頭の中の沸騰は家に帰るまで(家に帰った後も)続いたのであった。
 お客は30人強といったところ、あれだけのテクニックを持ったアンサンブルを見せてチャージが3,200円、飲み代・食い代を含めて5,000円以内、嵐だのスマップだののコンサートに行けば遠く遠くから見ても1万円近い入場料を取られるだろうに、オマケに歌伴は全て打ち込みだったりして。不条理といえば不条理だが、『是巨人』の音楽は絶対に万人受けはしないはず、演奏者本人もそれは充分承知の上。
 彼らの音楽のメロディーを憶えようなどと無謀な試みはしないのだが、それでも「ジャクソン」という曲は前も聴いたことがあるような気がした。あれだけの複雑なアンサンブル、涼しい顔で演奏し、鬼怒さんナスノさんは殆ど汗をかかず、吉田さんもタオルで顔を拭いたのが1度だけ、それが仕事のベテランとはいえ大したものです。

 と今回は、(上に書いた話と)全く関係のない Wayne Shorter の初期~中期 Blue Note の作品。先回書いたが、Blue Note 最後期3部作を聴いて、あまりにも良かったため、それじゃあもう一回試しに・・・と思って聞き直し始めた。25年前の耳には余り魅力的には聴こえなかったが、今の耳には極上の音、それでもって1枚当たり600円~700円程度の価格、ウォークマンに突っ込んで、通勤のお伴になっております。

a0248963_13185341.jpg Shoter は、1959年に初リーダーアルバムを吹き込んだ後、62年までに Vee Jay レーベルで3枚のレコードを残す。そして、1964年から Blue Note での録音を開始、67年まで通常のジャズ(という言い方はおかしいかも知れないが)形式で8枚の作品を残す。65年からは、Miles のクインテットに参加するから(ESPは1965年1月の録音)、その活動と平行して自身のリーダーアルバムを作成していったわけだ。67年まではテナー・サックスのみを演奏している。
 Blue Note での最初のリーダー作が、1964年4月録音の Night Dreamer。録音メンバーは、Lee Morgan (tp)、McCoy Tyner (p)、Reggie Workman (b)、Elvin Jones (ds)。当時絶頂期の Coltrane カルテットのピアノとドラムが参加、流石に味のある演奏を聴かせる。Shorter について良く使われる言葉は「黒魔術的」、しかし、自分にとって若干ミステリアスな感じは受けるものの、「黒魔術」という言葉ほど邪悪な感じはなく、ある意味明るいともいっていいようなところがある。奔放にならず、抑制的で理知的、クネクネとしたソロは今の自分の耳にピッタリ(フリーを聴くにはちょっと歳を取り過ぎた?、いえいえまだ頑張れますが)。McCoy Tyner のピアノが非常にリリカルで、最高。
 最初の曲が Night Dreamer 、最後にサックスのソロを持ってくるという変わった構成、それがフェイド・アウトするのだが、もっともっと聴いていたいと思わせる。2曲目も変わった曲想、3曲目はトランペットが加わらないカルテットでの演奏、非常に詩的な演奏(Virgo とはおとめ座のこと、何を隠そう、自分もおとめ座の生まれ!)。4曲目もカルテットでの演奏で、忘れがたい変てこなメロディーを持つ。最終曲は Armegeddon 、神と悪魔が最終戦争を行うというヤツ、なかなか雰囲気を出しております。この後、CD 版は Virgo の別ヴァージョンが付け加わっている。Shorter の作曲家としての才能が強く出たアルバム、昔は何が気に入らなかったのだろう。

a0248963_13191447.jpg 次の作品が JuJu 、1964年8月の録音。前作から Mogan の抜けたカルテット。メンバー的にいえば、Coltrane カルテットと同等ともいえるのだが、受ける印象は全く違う。Coltrane が真面目で「努力してます!」感を全面に押し出して、密度の濃い演奏をこれでもか!と悲壮な感じがするのに対し、Shorter は浮遊感を持ったある意味捕らえどころのない演奏、この違いがバック(リズム・セクション)にも影響するのだろうか。
 とは言え、本作品、他のリーダー作にはないくらいよく「吼えた」演奏をしている、冒頭のJuJuなどその典型、なかなか根性の入ったソロを展開する、Elvin のドラム・ソロも曲の流れの中でアクセントになっており、拍手。その他の作品も印象に残るメロディーを持っていて、特に3曲目の House of Jade はよい。
 昔は、トランペットなど、金管の音が好きではなくて、それ故、Miles よりも61年以降の Coltrane が好きだったのだが、Shorter の Blue Note 初期~中期作品などを聴くと、むしろワン・ホーンだと物足りない。この作品や Et Cetra 、Adam's Apple なんかより金管の入っている作品のほうが気持ちがよい、また別項で書くが All Seeing Eye のテーマ提示部の見事なアレンジを聴くといいなあ、と思ってしまうのである。やっぱり人間は変化するものだ(なんぞ、偉そうに頷いたりして)。

 もう直ぐ新年度、早いものですね、1年も4分の1終わり。桜の花も満開、春爛漫といったところ。気分を新たに行きたいものです、おじさんも。
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by ay0626 | 2013-03-30 11:33 | jazz

Weather Report 前夜 ウェイン・ショーター

 運気低迷のため、面白い話題がない。こういう時もある。

 この頃は円安が進み、海外からCD を買うのも若干迷う。余りに一気に円安方向に行き、何処かで反動が出るんじゃないか、また円高になるかも、と思うとなかなか手が出ない。この前も書いたが、今それほど欲しいと思うものがないこともあって、今年に入ってからは、海外への直接オーダー1件しかしていない(アマゾンUK に Makam の新作をオーダー)。
 昨年最後に注文したのが、Wayne Shorter の Odyssey of Iska 、アマゾン・アメリカは12月29日に受付即日配送のメールが来た。同じ時にチェコのレーベル Indies Scope にもオーダーを出して、こちらは12月31日に発送の知らせが来ている。正月ともなれば、日本郵便の方々は忙しいので、ちょっと遅れるかな、とは思っていたのだが、チェコからのブツは意外にも早く、1月9日に到着した。それじゃあアメリカからのブツも直ぐ来るかな、と思ったら酷く時間が掛り、20日過ぎに到着、ひょっとして郵便事故?などとも思ったのだが。ヨーロッパからの郵便物は、大体1週間から10日くらいで到着するが、アメリカからの便はやたら早く着くときと時間が掛る時の差が大きい、通関で変なモノでも入っているんじゃないかと留め置かれている、なんてこともあるのかも知れない。

 ということで、Wayne Shorter のリーダー・アルバム3枚の紹介。Shorter が Zawinul と Weather Report を結成する直前に Blue Note に残した3部作。学生時代、Weather Report をよく聴いたことは何度も書いたが、Shorter のリーダー作はその頃聴いた覚えがない、社会人になった後、フリー掛かったそれでも真っ当なジャズとを聴こうとして、一時聴いたくらい。多分、その頃 Arthur Blythe や Chico Freeman をよく聴いたので、そういえば昔の Shorter もこんな感じかなぁ、と勘違いしたことによるものだろう。しかし、新主流派といわれた Shorter の64~67年頃の作品は彼らとはかなり違う感じで、あまり熱心には聴かなかった。

 唯一、学生時代に不思議な感じがして好きだったのが、Moto Grosso Feio というアルバム、昨年 Weater Report のサルベージをしたときに聴きたくなってアマゾンなどを調べていたが、既に廃盤となって久しく、中古品には異常な高値が付けられ手が出なかった。それが昨年末、BNLA 999 シリーズで正規発売となった、それも999円という値段で!こうなると、Blue Note の最後期の3部作を全部聴きたくなって、今回の紹介と相成った訳。聴いてみるとなかなか良い、フリーに最接近した Shorter の凄いこと。

a0248963_1819211.jpg 3部作の第1作は Super Nova 、1969年8月~9月録音。前作 Schizophrenia が1967年5月の録音だから、2年以上も間隔を空けていて、内容的にも大きな違いのある作品となっている。Miles のバンドでギターを加えた電化ジャズに関わって、殆ど同時期に Bitches Brew の録音(69年8月)に参加したので、本作と Bitches Brew の感じは表面的にはよく似ている。しかし、聴いてみると、Bitches Brew にはない、というかそれを超えるような緊張感、不安感みたいなものがこのアルバムにはあるように思う。Bitch は、Teo Macero が切って貼り付けてちゃんとアピール出来るように仕上げた作品であるが、この Super Nova はShorter が己の意思で仕上げたという出来で、そこら辺の根性の入り方(?)が違うような気がしてならない。Bitch が一般向け、本作はマニア向けというところか、フリー寄りの演奏でじっくり聴くとそうとう草臥れる作品ではある。
 演奏メンバーは、Wayne Shorter (ss)、John McLaughlin (a & e g)、Sonny Sharrock (e-g)、Miroslav Vitous (b)、Jack DeJohnette (ds, thumb piano)、Chick Corea ( ds, kbd, vibes)、Airto Moreira (per)、Walter Booker (a-g (3))、Maria Booker (vo (3))。
 冒頭の表題曲の乱れ飛び金切り声を上げるギター(やっぱり Sonny Sharlock のいっちゃってるノリの凄さ)、ぼこぼこに刻み続けるベース、煽り捲くるドラムスと非常に緊張感の高い演奏にビックリ。2曲目、4曲目、5曲目は Miles グループでの演奏もあるが、この時点では発表されるかどうか判らなかったのだろう(Miles の Water Babies は76年の発表)、このアルバムでこれらの作品に陽の目を見させておきたかったのか、どの作品も不安感を孕んだ演奏。3曲目の Dindi は、前後をフリー・フォームな演奏に挟まれたギター伴奏のヴォーカルが美しい(最後は何故だか泣き出してしまう)、冒頭のビリンバウ(弓を叩く楽器)やクイーカがブラジルらしさを出してはいるが、決して明るくはならないところが魔術師 Shorter たる所以。

a0248963_18194490.jpg 第2作が、Moto Grosso Feio  (直訳すれば「醜い太った自転車」、アマゾン河のことらしい)、1970年4月録音。録音メンバーは、Wayne Shorter (ss, ts)、John McLaughlin (12 string g)、Miroslav Vitouš (b ~クレジットはないが、演奏には参加している)、Ron Carter (b, cello)、Jack DeJohnette (ds, thumb piano)、Chick Corea (marimba, ds, perc)、Micheline Pelzer (クレジットはMichelin Prell、ds, perc)、Dave Holland (a- g, b)。本職の楽器を外して演奏している感じがする。因みに Micheline Pelzer はベルギー出身のサックス奏者の娘で当時19歳だったという。
 非常に不思議な感じがするアルバム、例えば Marion Brown の Afternoon of Georgia Faun を思い浮かべてしまうのは自分だけか。点描的というか、特に表題曲は、ギターとチェロが導く非常に自由な空間に Shorter のソプラノが鳴る、ずっと聴いていたいと思うような作品。マリンバの響きが耳に残る、また主題も非常に印象的で何度も不意に立ち上がって来る。後の曲も、パーカッションの響きが、奇妙な主題にマッチしてどの曲も凄く良い。Ron Carter の外れたようなチェロもまた良い。偏愛する1枚、正に Weater Report がやろうとした集団即興演奏の前駆となる作品。
 この作品、録音後直ぐに発表されず、74年になってやっと発表された。74年といえば、Native Dancer の発表された年でもある(このアルバムにも Milton Nasciment の曲が1曲収録されている)。ブラジル繋がりで、ついでに発表されたか、お蔵入りとは勿体無い話ではある(65年の作品でも The Soothsayer や Et Cetera などお蔵入りして後で発表された、何を考えていたんだろうか)。

a0248963_1820108.jpg 第3作は、Odyssey of Iska 、1970年8月録音。この作品は、多分1、2回は学生時代にジャズ喫茶で聴いたことがあるように思うのだが、まともに聴くのは今回が初めて。
 メンバーは、Wayne Shorter (ts, ss)、Gene Bertoncini (g)、Cecil McBee (b)、Ron Carter (b)、Alphonse Mouzon (ds)、Billy Hart (ds)、Frank Cuomo (ds, perc)、David Friedman (vib, marimba)。殆どリズム隊の中でサックスが響くといった感じ。
 特に最初の Wind から2曲目の Storm など、最もフリーに接近したのではないか。しかし、前の2作において他の楽器が果たしたような役割を負っている奏者はおらず、リズムの只中に Shorter が一人いる、というような感じがすることも確か。その意味で、やはりこの形式ではどん詰まり、これ以上の進展は望めなかったのかも。また、4曲目の真っ当な演奏、フリーっぽい1曲目2曲目とは全く異なる、Weather Report の聴き易さの部分の先取りか。前2作よりも聴く回数は少なくなりそうだ。
 この作品、アマゾン・アメリカから買ったのだが、Blue Note が正規に出している訳ではないらしい。ライセンスを受けて、少量ずつ生産しているのではないか、ジャケットのカラー・コピーのような安っぽさ、音の悪さなどを考えると、ちゃんとリマスターして出しなおして欲しいと思う。

 この頃は、チェコだとかハンガリーだとかに現を抜かしておったので、アメリカ音楽を久しぶりに聴くと、あぁいいなあ、なぞと嘆息してしまうのであります。こうなったら、Shorter の64~67年の Blue Note 作品も聴くぞ~、などと叫びたくなってくる訳で。しかも、多分殆どの作品がリマスターで1,000円以下で購入できる、暇潰しには最高だったりして。
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by ay0626 | 2013-02-03 18:09 | jazz