日常茶飯事とCDコレクション
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変容していく演奏、アメリカらしさは変わらず カーリュー (3)

 昨日は十数年ぶりに映画を見た、『千年の愉楽』。若松孝二監督作品で、50台半ばの世代にとってはピンク映画の監督というイメージなのだが、近頃は社会派の典型みたいな(というより反権力の象徴的な)感じになっていて、どうも持ち上げられ過ぎのようにも思う。交通事故で亡くなり、これが遺作。先日、原作の感想も書いたが、映画は難解という訳ではない。話を進める要のオリュウノオバと礼如さんの会話が説明的で、余りに曲がなさ過ぎるところはどうにも気になった。しかし、綺麗な男優を揃え女優はそれほどでもないので、原作の「血の宿命」みたいなものは一見して判る(男優の顔を見れば一目瞭然、いい男ばかりですな)。しかし、もともと近代化というのは、そうした「血の縛り」からの解放(ソ連の「ルイセンコ学説」への拘りを見よ)を目指したものであったはず、そこが若松監督らしくなくて、というより若松監督が「逃れられないもの」として描き出してはいけないような気もする(歳を取ると「土着的」なものに回帰するということか、それならば・・・)。中上健次は自分がそうだから、自己弁護・自己肯定の意味もあって、ああいう形で小説にしたのは判るとしても。
 オバ・礼如の説明的会話を別にして、最後のエピソード(達男の部分)は変に蛇足っぽい感じ、また佐野史郎の礼如さんもインテリっぽくてこの人物を通して何が言いたいのか判らない(原作でも影の薄い登場人物であったが)、などなど細かい点については文句もあるが、2時間そう飽きることもなく見れた。

 その後、歩いて桜見物、有名なところだけあって人の数はてんこ盛り。ライトアップされた桜はそれなりの感興はあるもの、東京に比べ開花の遅いこの地区ではやっと一昨日辺りに満開、待ち兼ねた人たちが一度にどっと繰り出してきたのだろう。桜は一度に開花し1週間ほどで散ってしまう、その潔さみたいなものが日本人に合って「同期の桜」などに繋がる訳だが、葉もない枝に花だけが大量にくっ付くのはある意味不気味で、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を思い出すまでもない。

 と日本ネタの後で、アメリカン・アヴァンギャルド・ジャズロックの Curlew の紹介の3回目、全く脈絡がありませんな。
 今回の紹介は、Chris Cochrane の加入した2枚、90年代半ばの作品。

a0248963_1783439.jpg Paradise 、1996年。録音メンバーは、George Cartwright (as, ts)、Chris Cochrane (g)、Davey Williams (g)、Samm Bennett (ds)、Ann Rupel (b)、ゲストとして Jim Spike (bs, ss)がクレジットされている。チェロの Tom Cora が抜け、ツイン・ギターの構成になった。Chris Cochrane は、No Safty のメンバーだから、Ann Rupel とはもと同僚の関係。Samm Bennett も Third Person で Tom Cora と協力関係にあったので、狭い範囲でのお付き合いというのがよく判る。ここら辺りのニューヨーク・アンダー・グラウンドは、似たようなメンバーで夥しい録音を残している。
 演奏は、かなりロック色を強くした感じ。最初の Gimmie という Ann Rupel 姐さんの作品から重いベースがブンブンと唸り、ツイン・ギターが変な音を撒き散らすが、作曲も練られており、Cartwright おじさんのアルトもいつもの通り伸びやかで軽い音なので、アメリカ的な明るさは今までの作品と大きな違いはない。

a0248963_1785488.jpg Fabulous Drop 、1998年。ドラムが Bennett から Kenny Wolleson に交替している以外は前作と同様(ゲストはなし)。
 基本的には前作と同様の作風だが、やや Cartwright おじさんのサックス・ソロにフリーキーな音が多いような気がする。Cochrane と Williams のギターもしっかりソロを取るが、それ程の違いが聞き分けられる訳ではない。珍しく Ann 姐さんが Neither, Baby という曲でピアノを弾いているのが目を惹く程度。


 昨日、本屋にも久しぶりに寄ってみたら、創元推理文庫で『大坪砂男全集』の1巻、2巻が出ているのを見つけ、1巻のみ購入。編者は日下三蔵氏、何年も前から出る出る、といわれていて、それでもなかなか出なくて、これも企画倒れかと思っていた。72年に出版された薔薇十字社版の全集は所持してはいるのだが、もって廻った文章や複雑過ぎる構成などで、読むのに相当苦労した覚えがある。数年前にも一度全部読み返そうとして挫折していたのだが(本が重すぎる、寝床ではなかなか力が要るといった物理的な理由もあって)、今回は文庫ということもあり(値段は決して安くはないのだが)再度の挑戦と相成った次第、積読にならぬとよいのだが。
 
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by ay0626 | 2013-03-31 16:52 | jazz

ジャズかロックか、どっちでも関係ない カーリュー (2)

 この前、ネットのニュースを何気なく見ていたら、男女平等が実現している社会として、アイスランドが1位、北欧諸国が上位に位置し、日本は相当下位であるとの調査が掲載されていた。
 自分が社会に出たのが1980年代の初め頃、何度も書いて恐縮だが、女性の仕事は定型的なことばかりで、今じゃほとんどワードやエクセルで数時間で出来てしまうようなことを何日か掛けて処理していた。そんな訳で、女性の仕事は今のように労働密度が高くなく、定時で仕事を終わるのが当然、一方男は当然のごとく残業と、それはお決まりの光景ではあった。1985年に男女雇用均等法ができ、世の中が少しずつ変わり始める。それに加えてバブルの崩壊、社会保険制度の綻び、少子化の一層の進展など後押しする条件も整い、2000年頃から一般会社でも女性の総合職採用が定着していくようになる。確かに今の一流大学卒業の女性は勤勉で優秀な人が多い、昔のキャリア女性といえば、容姿を褒められることなぞ断固拒否したものだったが、今の人たちはそれも上手く受容して社会に相対していけるように思う。仕事の能力のみならば、相当のものだ。
 女性進出が日本では遅れているというのは、まだまだ事実と受け止めない訳にはいかないだろうが、楽観的に考えれば、まだ本格的な端緒に付いて10年程度、社会全体の変化のスピードとしては、この種の問題の中では比較的早いほうではないだろうか。
 とはいっても、考えなければならない問題は多い。例えば、転勤(結婚していた場合、夫の転勤・本人の転勤とも)の問題、出産に伴う休業期間を如何に考えるか(出勤していたのと同等に評価するのか、それとも経験を積んでいない期間として評価しないのか)など、考えれば色々出てくる、それなりに社会的コンセンサスが必要となるだろう。いずれにしろ、ハンディキャップを負うのは女性であることが多いのは事実。男で今後とも問題となるのは、過重労働くらいだろう、直ぐ働きすぎてしまう輩の多いこと。

 音楽の世界では、男女平等か? 近頃では、バンドの紅一点がベースやドラムのこともあるのだが、まだまだ少数派。ベースで思い出すのは Curlew の Ann Rupel くらいだけれども、あの人は面構えも体格も演奏スタイルも凄かったなぁ。犯罪世界でも、某尼崎事件の中心人物のような凄まじ過ぎる人もいるようではあるが。

 ということで、Curlew の2回目。George Cartwright (as)、Tom Cora (cello)、Davey Williams (g)、Ann Rupel (b)、Pippin Barnett (dr) という黄金時代のライン・アップ、1990年代前半のCD 2枚と DVD 1枚、なかなか根性の入った演奏を聴かせてくれる。

a0248963_18235865.jpg このライン・アップ最初の作品が Bee 、1990年の録音。このバンドの音を聴くと何時もアメリカらしいなぁ、と思ってしまう。このアルバムもかなりアヴァンギャルドな演奏をしているのだが、重苦しい感じが丸でない。Cartwright のアルト・サックス・ソロにしても、Williams のビロ~ン・ビロ~ンとした変てこな、それでも1音1音が非常にクリアに聴こえるソロ(これは本当に好きだ!)にしても、タイトなリズム隊(Rupel ~ Baenett)の上で繰り広げられれば、凄く明るく(というか悩みや屈託が全くない)聴こえるのである、Tom Cora は若干とも翳りのある感じではあるが。
 これは、バンド・メンバー全員がアメリカ人、とりわけリーダーの Cartwright がミシシッピ州ミッドナイト出身であるところが大きいのではないか。ミシシッピといえば、黒人差別とそれに抗う公民権運動で有名だが、黒人の音楽に与えた影響は大きく、ゴスペル、スピリチュアル、カントリーなど様々なジャンルを生み出した。Curlew はそれを白人感覚で咀嚼し直したとはちょっと考え過ぎか、Curlew のアヴァンギャルドではあるが、ノリの良さ、聴き易さはそこらあたりに理由があるのかも。
 本アルバム、音は良くないが、たっぷり70分音楽が詰まっている、各人のソロも十分堪能出来ます。なんと12曲目の As You Said では Ann Rupel 姐さんの容姿に似合わぬ(?)美声が聴けます。

a0248963_18242634.jpg 次が、92年発表の A Beautiful Western Saddle 。ヴォーカルに Amy Denio を迎えた異色作。3分から5分程度の短い曲を14曲並べた構成、なにやら Henry Cow ~ Art Bears の Hope and Fears を思い出すが、Curlew には路線対立みたいなものはありません、念の為。
 Amy Denio の歌いっぷりは堂々としたもの。初めて Denio の名前を知ったのは、Chris Cutler とスイス人ギタリストの Wädi Gysi と組んだ (ec) Nudes で、これがなかなかの傑作で、その直後に本作を聴くことになった(アルバムの発表順は、本作 ~ (ec) Nudes)。一時は、彼女のソロ・アルバムや参加していた The Billy Tipton Memorial Saxophone Quartet の作品も購入して聴いた覚えがある。コブシが効いた歌い方というのも変だが、確かに唸りが効果的に入っている。
 作詞の Paul Hains は、1933年生まれのカナダ人の詩人。Kip Hanrahan の Darn It! や Carla Bley の諸作(Escalator over the Hillなど)で自分にはお馴染み(どんな詩を書いているの?といわれると困るが)。後に Cartwright は、単独名義のアルバム The Memphis Years (2000)で Paul Hains の詩と Denio のヴォーカルを再びフューチャーしている。
 メロディー・ラインのはっきりした曲が多く(当然といえば当然だが)、聴き易いのは確か、若干過激さが薄いが、ヴォーカル・アルバムとしては器楽のソロとのバランスは良い。

a0248963_18253657.jpg そして、93年発表の映像作品 The Hardwood 、1991年3月の Knitting Factory でのライヴ(VHS ヴィデオ・テープで発売)。2010年に A Beautiful Western Saddle が再発されたとき、この作品も DVD 化され、91年12月のワシントン D.C. でのライヴが追加された。追加されたライヴは、Amy Denio も参加している。
 動くミュージシャンは一度は見ておきたいと思うのだが、CD だと何回も聴くのに、DVD だとそう何回も見ないのは何故だろう(気に入っている Faun だって、まともに DVD 見たのは10回に満たない、それこそ CD を聴く回数の数十分の一といったところ、まあ、コレクターだから、とお決まりのフレーズをほざいておきましょう)。本映像で一番かっこいいのは、何といっても Ann Rupel 姐さん、堂々とした体躯をゆさゆさと揺らし、その迫力は最高。 Cora や Williams がひょろひょろっとした感じで随分神経質そうに見えるのに対して、リズムは任せろ! 的な姐さんの存在感はこの頃の Curlew の屋台骨といえる。

 この後、中心人物の Cora が抜け、サウンドも変化してゆく。この頃が、最も安定した迫力のあった時期か。最もアメリカを感じるバンドだった、それ故、のめり込めなかった部分もあったけれど。
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by ay0626 | 2012-10-27 16:46 | jazz

ニューヨーク・地下世界での20年 カーリュー

 ニューヨークに行ったのは世紀末の1999年の夏、7月。日本企業もグローバル化に対応せねばならぬとマルドメ(「まるでドメスティク」の略称)社員であった自分は、1か月間の海外研修に行くことを命ぜられ嫌々ながらも勇躍(?)、アメリカの地を踏んだのであった。
 人事部生活が長く、海外給与の担当もしていたので、海外出張は2年に1回ほどはいっていたのだが、研修となると勝手が違う、お勉強も長い間ご無沙汰していて、英語読むのはCDのライナー・ノーツくらいのもの、それも長いと「音が全て」などという理由にもならぬ理由を付けて止めてしまうほどの根性なしになってしまっていた。会社に入って初めての英語研修は、入社後20年を経て突然開始されたのであった。
 よくは覚えていないが、行くまでに2~3回は予備の研修があったと思うが、突然聞く耳が良くなるはずもなく、文法が思い出せるわけもなく、まあいいや、どうにでもなれ!と開き直っていくと、そこには自分より歳下の10名ほどの団体が。ある研修団体が企画した、社会人短期留学に加わったわけで、話をしてみれば一番できる奴でも自分に毛の生えた程度でほっとした。日本人10人の団体様なら何とかお茶を濁せる、とちょっと安心した。

 行く先は、インディアナ州、シカゴの近くの小さな大学街にある結構有名な大学で、講義は殆ど理解不能であったが、何とか日々いい加減に、それでも課された宿題だけは黙々とこなし、判らない授業を真面目なフリをして、時々は頷きながら、それなりに勉強はしているんですよ、とさり気なく主催者の御付(妙齢のご婦人、なかなか感じの良い人でした)にアピールをしたものだった。研修の初日は酷く蒸し暑い日で、おまけに大学寮のエアコンの故障とかで印象は最悪であったが、慣れるにつれ、自然の美しさには目を見張らされる思いだった。昼間は栗鼠が走り回り、暑くても湿度は低いのでそんなにへばるほどではなく、夜になれば涼しく無数のライトニング・バグ(要するに蛍)が舞い、散歩は本当に気持ちが良かった。歩いてばかりなので、寝つきも良く健康的な生活だったような気がする。
 もともとそんなに出来の良い子ちゃんクラスではなかったためか、主催者も授業ばかり組む訳には行かなかったのだろう、大学のボロ・バスでいろいろなところにも連れて行ってくれた、その中で一番印象に残っているのが、アーミッシュの部落の見学。固陋頑迷な生活をしているのだろうと興味津々で行ったのだが、冷蔵庫はあるはテレビはあるはで拍子抜けだった。まあ、超保守の方々では、見学を許してくれるわけもないが。

 その1か月に亘る研修の最終スケジュールが、ニューヨークでの2泊の自由行動、勉強で疲れた(?)頭を休めるご褒美といったところ。当時は、随分治安が良くて、夜歩いている人も多くなっていた(その10年程前、1988年に初めてニューヨークに行ったときは、駐在員から「夜は出歩かないほうが良い」と言われたものだ)。皆自分の興味の赴くまま、野球を見に行ったり、美術館にいったり。当方は当然ながら、ライヴ。1日目の夜はヴィレッジ・ヴァンガードへ、ジャズ・ファンとしては当然の行動、なんとかいう主流派のピアノ・トリオの演奏だったが、チャージは高いは、椅子は狭いは、待たせるは、で印象はかなり悪かった。
 2日目は、アングラの殿堂、ニッティング・ファクトリーへ。ニッティング・ファクトリーは、ニューヨーク・アンダーグラウンド界の聖地とも言うべきライヴ・ハウスで、ここでの演奏は同じ名前のレコード・レーベルから夥しい数のライヴ・アルバムとしてリリースされている。前ほど書いた Naked City や今回紹介する Curlew なども常連、4たまの最終ライヴもここでの演奏で、ライヴ・アルバムがリリースされている。当夜は、日本の「メルト・バナナ」というバンドの出演で、現在でも活動しているらしい。MCの英語は自分たち程度と鼻で笑ってやったが、演奏は大したもので、スラッシュ・メタルというべきかハード・コアというべきか、Naked City の Torcher Garden を思い起こさせるような演奏だった。ヴォーカルのお姐さん( Yuko という方らしい)がなかなか可愛らしかった。この日が最後で、それからニューヨークへは行ったことがない。

 と言うことで、ニューヨークといえば Naked City と並んで Curlew 。タイトなジャズ・ロックを繰り広げる、活動歴20年以上に及んだバンド。リーダーである George Cartwright の統率力も大したものだが、バンドの編成で大きく音楽性を変えた歴史を持つ。今回は、創成期、1980年から86年、アルバムでいえば Curlew (s/t) 、North America 、Live in Berlin の3枚。

a0248963_23262226.jpg Curlew の誕生は1980年。リーダーの George Cartwright (sax) とコ・リーダーとも言うべき Tom Cora (cello) を中心に、Bill Laswell (bass)、Nicky Skopelitis (guitar) 、Bill Bacon (drums) という凄いメンバーで発足した。Bill Laswell はベース・プレーヤーとしてよりもプロデューサーとしての仕事の方が有名で、当時出されたアングラよりのレコードには『Produced by Bill Laswell』などというシールが張られていたものだ。John Zorn との関係も深く、Pain Killer という Zornの バンドに加入していたこともある。Nicky Skopelitis は本作がデビュー作だと思うが、後には Herbie Hancock のサイド・マンとしてクレジットされている、どちらかといえばフリーよりの感じの人。
 本アルバム、かなりフリーのロック的要素の多い演奏だが、アメリカのバンドらしく、明るい感じのする開放感のある演奏で、なにより Tom Cora のチェロが新鮮、ギターもなかなかセンスがあってカッコいい。
 本アルバムはなかなかCD化されず、2008年になってやっとボーナス・トラック満載で2枚組として Downtown Music Gallery からリリースされた。1枚目は1st (80年2~3月録音)に加えて、ライヴの残りトラックを収録。2枚目は80年10月の Denardo Coleman をドラムに据えたライヴを収録、Denardo は Ornette Coleman の息子で、 当時のアンダー・グラウンド界の相関関係が良く判る。

a0248963_23265042.jpg 2枚目は、North America 、ドイツの Meors レーベルから1986年にリリースされた。録音は84年から85年頃のようだ。この時にはメンバーも大きく入れ替わっており、George と Tom 以外は同じメンバーはいない。このアルバムのプロデューサーは、あの Fred Frith 。何処にでもよく出て来る人ではあるのだが、多分ここでは Tom との Skeleton Crew の関係があったためだろうと思う。Skeleton Crew は2枚のアルバムを残した Frith ~ Cora のデュオ(後にZeena Parkins が加わる)で、大道芸的な乗りのバンドだった。
 このアルバムは短い曲が並ぶ、とっちらかった印象が強い作品で、この後の86年の Live in Berlin がタイトな纏まった演奏を聴かせるのとは対照的だ。Frith はこの1作のみの参加だが、様々な面を見せる本アルバム、過渡期といったところか。
 Cuneiform から再発された際には、83年のライヴがボーナスとして収録されているが、ギターは Nicky Skopelitis 、ベースとドラムスは1st とも2nd とも異なっている。メンバー的にも入り出が多かったようだ。

a0248963_23275645.jpg 3枚目が Live in Berlin 、1986年、87年録音。メンバーは、Cartwright 、Cora 、Pippin Barnett (drums)、Davey Williams (guitar)、Wayne Horvitz (keyboard bass & keyboards)。Wayne Horvitz が Ann Rupel に変わると黄金期のメンバーとなる訳だ。ちなみに Horvitz は、Naked City のキーボード担当。
 前作と異なり、かなりタイトできっちりとした印象、各人のソロも大幅にフューチャーされ、ジャズっぽさが増した。Cora のソロは勿論、Williams のソロもなかなか凄い。Williams はアラバマで LaDonna Smith (violin) とTransmusiq というレーベルを立ち上げた完全な(?)インプロヴァイザーだが、ここではフリーと言えばフリー程度の案外まともな演奏をしている。収録時間もたっぷりで、もうちょっと音が良ければなあ、と言うところか。

 海外、昔は楽しんで行けたものだが、この頃は億劫になって、そんなに行きたいとは思わなくなった。そんなんじゃいけない、とも思うのだが・・・。CD屋、本屋に行くのも億劫だからなあ。
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by ay0626 | 2012-04-28 20:26 | jazz